2008年08月31日

辞めることの煩わさし

 携帯電話をauからiPhoneに替えて、意外なことがわかりました。
 それは、これまで「駅探」という乗り換え案内のようなサービスに加入していた、ということです。
 かれこれ、4年もの長きにわたり、月額105円の利用料を支払っていたのだそうです。「そうです」というのは、私がそのことを知らなかったからです。

 まったく覚えがいなのです。しかし、私の携帯電話からしか契約できないそうなので、何かの拍子に登録したのでしょう。auの電話料金と一緒に請求されていたので、気づかなかったのです。

 パソコンであれば、このような検索サービスに、一々お金を払うことはありません。携帯電話特有の現象です。
 「駅探」は使わないのでもう解約したいとauに言ったところ、移転先のソフトバンクに言ってくれとのこと。ソフトバンクに行くと、こちらには何も引き継がれないので、auで対処してもらってくれ、とのことです。
 体のいいタライ回しに嵌ってしまいました。

 結局は、元に戻って相談したauでもどうしようもない、とのことで、次の請求を見て対処することになりました。
 何といいかげんな。105円だからでしょう。責任が伴わない仕組みになっているようです。

 こういうのは、利用者の不注意ではありますが、それを助けるシステムは、どうやら想定外のこととして放置されているようです。過日のauからiPhoneに移行する時のトラブルのように、会社の都合で契約させられていることを、またしても実感しました。
 auにもソフトバンクにも、言い分はあるのでしょう。利用者が我慢を強いられるのは世の常なので、あまり問題にならない処理がなされているようです。

 何かを「辞める時」や「辞めた後」には、かならずといっていいほど不愉快なことが伴います。

 生まれて最初に体験するのは,お稽古ごとを辞める時ではないでしょうか。クラブ活動を辞める時、学校を辞める時、交際を辞める時、契約を辞める時、計画を取り止める時、そして離婚する時と、さまざまな局面で辞めることに伴う煩わしさが発生します。
 その意味では、失恋はおもしろい現象ですね。交際を辞めようとする立場と、辞めさせられる立場は、まさにドラマに仕立てやすい設定を生みます。

 辞めてきれいサッパリとする場合はいいのですが、いろいろと揉めることもしばしばです。

 それが煩わしければ、損を承知で引っ被ることです。

 始めることは簡単です。しかし、辞める時は難しいことが付きまといます。
 辞める時がいつかは来ることが多いのですから、始める時には辞める時のことを考えておくべきなのでしょう。

 夢のない話になってしまいますが、夢もいつかは醒めるのですから……。
 もっとも、その醒めるまでを大いに楽しむのだ、というささやきも聞こえます。

 私は、ものごとにはいつかは終わりがある、ということは考えもせず、とにかく走り出すタイプです。回遊魚の仲間なので、常に動いていないと気が済まないのです。ということは、常にややこしいことに直面しながら生きている、ということにもなります。

 NOと言いにくいことがほとんどの日々の中では、何かを思い切って捨てる勇気が大切だということになるのでしょうか。
 にわかに実行できないことですが、意識しておくことにします。
posted by genjiito at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | *身辺雑記