2008年06月23日

ちょうど1年経過したブログ

 このブログを始めたのは、昨年の6月24日(日) 午前 00:時58分でした。
 「京洛からのことあげ」と題して、こんなことを書きました。



 多くの方々に読んでいただけた「たたみこも平群の里から」の終了を承けて、このサイトを通して、装いも新たに京都からの「折々のよもやま話」をお届けします。

 平成19年5月に、23年間過ごした大和から京洛の地に住まいを移しました。我が人生の最終章を、平安の都で閉じたいとの思いからの決断でした。

 賀茂川畔を拠点として、さまざまな情報を思いつくままに記すことにより、私なりの存在証明の記録にしたいと思います。

 気分を一新してのスタートです。



 2回目の記事は、引っ越しの話です。
 いつ終わるとも知れぬ、連日の引っ越しでした。

 あれから1年。
 本年2月からは、毎日書くことを心掛けています。
 単なるメモではなくて、できるかぎりお話になるようにしています。
 お陰さまで、毎日400人以上の方々が読んでくださっているようです。
 予想外の多さに恐縮しています。しかし、妻や子供や知人に語りかけるつもりで、気楽に書き流すようにしています。
 私は、書いて投稿した後で、結構、文章に手をいれています。折を見て、過去のものもご覧ください。相当、内容が変わっているものがあるはずです。
 思いついたら手を入れているので、一々補訂したことを断っていませんので、悪しからず。

 私がインターネット上に初めて情報を流したのは、1995年8月11日の


「第5回紫式部文学賞は、吉本ばなな氏の「アムリタ」に決まる(朝日新聞1995.8)」


という記事でした。
 ホームページというものを開設してすぐのことです。今から13年前は、いろいろと苦労の中でも楽しかった思い出ばかりです。
 参考までに、アドレスを引いておきます。興味のある方は、タイムカプセルのような世界へどうぞ。

http://www.nijl.ac.jp/~t.ito/HTML/R3.1_Kabe/R3.1_Kabe_01_1995.html

 ついでに、私のコンピュータとの係わりもまとめておきます。

 私の初めてのコンピュータ体験は、1980年のマイコンキットNEC〈TK-80〉でした。
 1981年にPC-8001で半角カタカナによる『源氏物語』の本文データベースに着手。『源氏物語別本集成』(おうふう、全15巻)の原点です。
 1984年に、PC-9801F2と音響カプラによるコンピュータ通信を開始するが続かず。
 オリベッティ・NEC・富士通・EPSON・日本ゲートウェイを経て、アップルとソニーのコンピュータを使うようになりました。
 ウインドウズV1に失望して、アップルに移り、時たまソニーのバイオノートを触ります。

 初期のパソコン事情は、『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年11月)にまとめました。そろそろ、インターネットが生まれてからの四半世紀を、私なりにまとめてもいい時期かも知れません。

 今、私の関心は、iPhone です。
 今後は、ワイヤレス・ネットワークとの係わりが、情報文具の展開に必須のものとなります。
 いつまでも、飽きさせない世界が広がっています。
 最前線のレポートはできなくなりましたが、今後とも、活用を通しての報告を続けていきたいと思います。

 恐らく、死ぬまで何らかの形で情報発信を続けるはずです。
 末長いお付き合いを、よろしくお願いします。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | *身辺雑記

地縁への不思議な気持ち

 先週は、仕事の関係で東京にいました。
 久しぶりの東京での週末なのに、天気が悪かったことと仕事が忙しかったので、ほとんど建物や部屋の中にいました。
 それに、オランダ帰りの時差ボケが加わり、気だるさの中での緊張感のない日々でした。

 近所の深川のスーパーで、娘がかつて下宿していた京都のマンションの近くで作られた京菓子を見つけました。何気なく見た製造者が、「大将軍」という住所だったのです。
 娘と一緒に、マンション探しに行ったことを思い出しました。さらには、引っ越しのことを、妻と学生生活の様子を見に行ったことを、そして、私がその近くの大学で講師をしていた日々を、一気に頭の中を映像が駆け巡ったのです。
 こんな時には、理由もなく買ってしまいます。不思議な心理です。
 この気持ちは、いったい何なのでしょうか。
 かつての地縁に引かれる心理が、よくわかりません。とにかく、懐かしさなのか、これも縁だと思うのか、その品物が手放せなくなるのです。

 奈良の平群には、生姜で有名な製造所があります。お寿司が好きな私は、パックに入っている生姜が平群のものだと、もう嬉しくてもう一つ買いたくなります。
 海外で見つけたお寿司のパックに、この平群の生姜が入っていた時には、嬉しさのあまり、どんな人が買うのか、しばし近くで見張っていました。嬉しくて、しょうがなかったのです。

 どうしたわけか、自分がかつていた所が商品の生産地や製造地として記載されていると、要らないものでも、どうしても買わずにはいられません。
 自分との距離を縮めようとする心理の一種なのでしょうか。
 懐かしさと今の状況を、それで埋めようとするのでしょうか。

 よくわかりませんが、不思議な気持ちに包まれる一時です。




posted by genjiito at 04:46| Comment(0) | TrackBack(0) | *身辺雑記