2008年06月22日

京洛逍遥(41)いつから「町家」か?

 「源氏のゆかり(18)説明板14-宜陽殿跡」と題する記事の中で、「町屋」という表記をしました。
 これに対して、次のご教示をいただきました。


書き間違いですか?

「町屋」ではなく「町家」ですね。
よく間違われます。




 わざわざのご指摘とご教示に感謝しています。

 これには、以前から引っ掛かりがあったので、この機会に少し手近な本を開いてみました。

 現代における、表記を一つに統一しようとする風潮から言うと、「町家」ということになります。それには異論はありません。
 しかし … 。

 10世紀から11世紀を中心とする平安時代を勉強している者の立場からの意識では、11世紀以降の商家や職人の住まいを指す「町家」には、あまりなじめません。
 国語政策に楯突くつもりはありませんが、「町家」という表記には違和感を持っています。

 明治時代の国語政策として、ひらがなを一つの字母の崩し文字に強制されました。そのように、用字を一つに統一することによる利点はわかりますが、自由に自分の感覚で漢字をつかえる余地も必要かという思いもあります。
 ひらがなを一つに統一したことにより、変体仮名が読めなくなり、古典籍が読めなくなったのです。『源氏物語』の古写本が読める日本人は、本当にすくなくなりました。
 貴重な日本文化を、教育普及というお題目の元に、切り捨てたことになります。

 馴染めない用字に縛られるのは、窮屈なので、いろいろな表記ができる日本語でありたいと思ったりします。
 もちろん、世の中の統制主義には一応は従いますが … 。

 手元にある『日本民俗事典』(大塚民俗学会編、弘文堂)では、「町屋」で立項されていました。「町家」はありませんでした。
 林屋辰三郎さんや原田伴彦さんのご著書が参考文献としてあげられていますので、機会があれば確認してみたいと思います。

 ついでに、『柳田国男全集』を見たところ、15ヶ所の表記はすべて「町屋」であって、柳田は「町家」とは書いていませんね。

 ウィキペディアでも「町屋」をとり、最後に「『町家』とも書く」としています。そのせいか、「町家」の項目はまだなされていないようです。

 ついでに、電子辞書も見ました。
 『広辞苑』と『ブリタニカ国際大百科』は「町家」だけを立項。
 『明鏡国語辞典』は「町家・町屋」というように併記していました。

 いつから「町家」に統一しようという機運が生まれたのか、どなたか教えてくださいませんか。おもしろそうです。

 京都の町中で配布されているパンフレットなどの表記は、「町家」を取っているものが多いようです。
 このあたりは、京の町衆がその根拠と意義を説いて、なんとかしないといけませんね。

 ブログにコメントをいただいたおかげで、おもしろい問題に気付かせてもらいました。



posted by genjiito at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎京洛逍遥