2008年05月17日

夕陽ヶ丘駅の家隆の塚

 大阪の地下鉄谷町線・四天王寺前夕陽ヶ丘駅の近くに藤原家隆の塚があります。


Zokpyhkq_s塚を遠望



Gsa7u0dz_s塚の入り口



 家隆は鎌倉時代の歌人で、『百人一首』では次の歌が選ばれています。

  風そよぐならの小川の夕暮れは
    みそぎぞ夏のしるしなりける

 上賀茂神社の「ならの小川」を歌ったものです。本ブログでも、何度か紹介した歌です。

 家隆は藤原俊成に歌を学んだ、定家と同時代の歌人です。
 上町台地の南端にあるこのあたりに「夕陽庵」をむすび、浪速の江に沈む夕陽を見て、落日を拝むと西方浄土を見ることができるという「日想観」を感得したのだそうです。そうしたことがわかる歌が、次のものです。

  契りあれば難波の里にやどりきて
    浪の入日を拝みつるかな


 今は、まわりに家やビルが立て込んでいますが、ここは大阪湾に夕陽が落ちるのがよくわかる場所です。この一帯を「夕陽ケ丘」と言うのは、その美しさから命名されたものだそうです。

 私が通っていた高校は「夕陽ケ丘高校」と言います。この家隆塚のすぐ近くなので、家隆に関係するものがあることは知っていましたが、一度も行ったことがありませんでした。
 「夕陽ケ丘」については、以前、以下のブログで少し触れましたので、参考までに記しておきます。

【復元】井上靖卒読(8)『紅荘の悪魔たち』
http://blog.kansai.com/genjiito/112


It17r_r6_s説明板



 今日初めて家隆の塚に来て、なかなかいい環境の中にあることを知りました。
 こんもりとした木立の中にあるので、まわりの喧騒から切り離された空間となっています。
 自分だけの一時を持ちたい方は、一度足を運んでみてはどうでしょうか。


By36s4dt_s家隆塚



 塚の前には、漢文で家隆を讃える文章が刻まれています。
 漢字を読むのが苦手な私は、文字を追うことを早々と断念しました。


8erq0rah_s墓碑銘



 私は高校時代にテニス部に入っていて、クラブ活動で基礎練習として、この周りの愛染坂や清水坂を上り下りしたり、境内で腹筋や腕立て伏せなどをさせられました。あまりいい思い出のある一角ではなかったのですが、この家隆の塚の周辺を40年ぶりに訪れ、思いの外、心安らぐ思いをしました。
 次は、夕陽が沈む時にフラリと来ることにしましょう。



posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ・ブラリと