2008年05月16日

井上靖卒読(37)「蘆」「川の話」「湖上の兎」

 井上靖の短編を取り上げています。
 いずれも、『姨捨』に収録されているものです。

■「蘆」
 記憶の断片の話です。
 ボートの転覆のことが出て来ます。『星と祭』に結び付くのかなどなど、余計なことを思いながら読み進みました。
 お互いの記憶が、カード合わせによって確認される、というパターンの理解は、面白いと思います。今なら、ジグソーパズルを例にしたくなりますが……。
 4、5歳の時に、母を亡くした経験が、後の展開に生きてきます。
 舟の中に横たえられていた時、横で男女が顔をくっつけていた記憶は、おもしろく描かれています。情事が明るい記憶として語られているのです。この経験が、井上文学の明るさにつながっているように思います。また、これは二十歳で自殺した「みつ」とも関係する記憶のようです。
 昭和25年頃に、湖北との出会いがあったことが語られています。これも、『星と祭』につながっていくように思います。【4】
 

初出誌:群像
初出号数:1956年4月号

新潮文庫:姨捨
角川文庫:狐猿
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5




■「川の話」
 この作品は、非常にいい仕上がりです。
 問わず語りのように、問われるままに語るスタイルの文章となっています。物語です。
 川は、みんな海に出ようとする一途さをもっているので好きだ、と言う前向きな視点があります。
 天竜川の自然が破壊されていくのを見て、機械を虫に見立てているのは、よく感じを捉えています。人間は蟻なのです。客観的にものが見えるからでしょうか。自然に対する不逞な想像に、井上は怒りを感じるようになります。環境に対するものの見方を、静かに語る話です。
 具体的な報告のもとに、説得力を持って読者に訴えてきます。
 タイトルのような、のんびりとした話ではありません。作者の抗議が含まれています。
 最後に、説明役の技術者が、危篤の子のために上京するという話は、人間の存在にハッと気づかせます。いい収め方だと思います。【5】


初出誌:世界
初出号数:1955年7月号

新潮文庫:姨捨
角川文庫:狐猿
旺文社文庫:あすなろ物語 他一編
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5




■「湖上の兎」
 淡々と語られる、りゑという女の話です。
 人物が目の前にいるかのように描き出されています。
 病床で死を待つ女ですが、その人間味がよく表現されています。
 みんな、憎めない人たちが出てきます。湖のむこうに、その女が立ち上るようにして、話が終わります。福島県の郡山の湖ですが、井上は湖をうまく背景に使っています。
 『戦国無頼』しかり、『星よまたたけ』、『星と祭』など、湖シリーズとも言えそうな作品です。【3】


初出誌:文藝春秋[1]
初出号数:1953年12月号

新潮文庫:姨捨
角川文庫:楼門
旺文社文庫:猿狐・小盤梯 他八編
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集4:短篇4



posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読