2008年05月08日

源氏千年(44)朝日「人脈記」11

 第11回目は、「反権力で読む王朝絵巻」(関東版)/「学生運動の熱気 研究に」(関西版)です。

 現在の『源氏物語』の研究について、私は停滞期にあると思っています。
 好き勝手に読んできた結果、今、自分たちが読んでいる『源氏物語』の本文が一体何なのか、という、足下を見つめ直そうとし出した時期になっていると認識しています。
 池田亀鑑に対する神話を崩せた、ということも要因の一つでしょう。
 『源氏物語別本集成』恐るべし、と思っているのは私だけでしょうか。
 この点については、明日ご一緒に鞍馬寺所蔵の与謝野晶子訳『源氏物語』の自筆原稿を調査する神野藤昭夫先生の力強い支援があるので、身贔屓だけではないように思っています。

 その意味では、今日のタイトルで、関西版の「学生運動の熱気 研究に」が、あの熱き時代と現状との落差が伺えて、絶妙の見出しだと思いました。関東版はきれいすぎます。スルメを齧りながらの評論家の姿勢でのネーミングとなっているのが惜しまれます。

 今日の「人脈記」の話は、東大安田講堂事件から始まります。藤井貞和先生です。「バリケード」という言葉が、今の若い方々にどう伝わるのでしょうか。
 その時、私は高校2年生でした。
 私が通う高校も、バリケード封鎖がありました。実は、私もその封鎖に加担していました。デモにも参加していました。
 高校の文芸誌に、デモに参加したときの思いを「隆司の場合」という短編の小説にして発表したのが、今でも鮮明に思い出されます。もっとも、私が書いた作品のタイトルは「ある日のデモ」でしたが、文芸部の先生の配慮からか、勝手に変えられていたのですが……。添付した資料も、学生運動に関するものだったせいか、途中でカットされていました。あの頃は、そんな時代でした。

 高校3年の時には、授業の前に黒板に、授業が何なのか、今やっている授業の内容はどのような意味があるのか、という文章を、黒板の全面に必死になって書きました。また私は、日本史と物理の先生に質問攻めにする役割を果たしていました。その物理の先生が、秋には転勤されたので、申し訳ないことをしたとの思いが今でもあります。高校生ではありましたが、社会の問題と連携した意識でいられた時代でした。

 「国家権力」ということばも、いまではそのパワーを失速させているように思えます。当時は、もっと自分という存在との対決姿勢が鮮明なことばでした。

 古典を読む、それも『源氏物語』を読む、ということは、軟弱な象徴だったように思います。私は、谷崎潤一郎の小説が好きだったことから『源氏物語』に興味を持ちました。大学に入ってからです。当時は、作家か新聞記者になりたかったのです。

 それはさておき。

 この導入部分を、若い方々がどのように読まれたのか、知りたいと思います。書かれている意味が、どの程度理解できたか、という意味からです。社会情勢が違いすぎるので、『源氏物語』の研究史的には、説明がもっといるのではないでしょうか。
 この確認作業は、『源氏物語』を読むことや、研究する意味を問いかけてきます。
 今回の記事を契機として、その当時から今への流れを追跡をしてほしいものです。

 藤井先生から長谷川政春先生へとバタンが渡ります。
 長谷川先生は大学の先輩でもあり、お書きになったものをよく読みました。折口信夫を背景にした『源氏物語』の研究に話が展開しなかったので、私にとっては少し物足りなさを感じました。
 話を物語研究会へ導くためであることはわかりますが、長谷川先生のつなぎ役が中途半端な印象を受けました。これも、限られた紙面からくる筆者の苦しさが伺えるところです。
 後の安藤徹先生も同じです。もっとも、ご本人は今、今週末の中古文学会の会場校として奔走なさってる頃でしょうが……。

 生前の三谷邦明先生の話し振りや書きっぷりには、ただただ圧倒されました。エネルギッシュな先生でした。
 ある席で、三谷先生から、『源氏物語別本集成』は使いにくくてだめだ、と、いつもの大きなお声で叱責されました。私は、自分が読む本文を探すための資料集だという点から説明したのですが、その時に、もうそのくらいにして、と横から話の流れを変えてくださったのが、三田村雅子先生でした。まわりの雰囲気を読み取って、思いやりのある対応をしてくださる方だと思いました。

 私自身は、物語研究会には距離を置いていました。自由に読む前に、大島本だけで『源氏物語』を読むことに疑問を持ち続けていたからです。一冊でも多くの写本を翻刻することに没頭していたのです。

 今日の「人脈記」には、少なからず違和感を持ちました。
 最後のまとめが、次のようになっています。


 『源氏』研究をリードする学者が輩出した物研の発表会は、4月で350回をかぞえた。会員約250人。学生運動の熱さが生んだ自由な気風をいまも受け継いでいる。


 今回ブログの冒頭に記したように、物研の始発時の精神は、今はどう受け継がれているのか、時代認識に隔世の感がある現代において、この研究会という組織はどのような存在意義を持ち得ているのか、会員ではない立場からは見えないだけに、気がかりです。

 物研の果たした役割は認めますが、今の役割は、という点がわからないので、このような失礼ともいえる感想を記してしまいました。
 私は、この40年で時代は変わったと思います。
 今は、論理を振り回すのではなくて、足下を、本文をじっくりと見定める時代だ、と思っています。
 少し乱暴な意見を記しています。このことで論争をする気はまったくないので、反論をお持ちの方々には申し訳ありませんが、放言としてご寛恕のほどを。

 今回の記事は、いい問題提起をしてもらえたと、高く評価をしています。

 ただし、論客であった三谷邦明先生の急死ということもあり、記事の文章に筆者である白石さんの感情が出ていたように思えます。これまでにはなかった書きぶりのように感じたのです。話題に感情移入があったために、雰囲気がこれまでとは異なっているのでしょうか……。

 この記事の筆者よりも、物研を遠くから見ていた者としての私の方が、客観的に書かれている内容を読み取った、と言えるのかもしれません。
 生意気なものいいですみません。妄言多謝。




posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎源氏物語