2008年04月19日

井上靖卒読(35)「姨捨」「胡桃林」「グウドル氏の手套」

■「姨捨」
 姨捨山の棄老伝説が背景にあるものなので、月の光をどのように扱うのか興味を持って読みました。しかし、期待しすぎたせいか、特段の描写はありませんでした。
 昭和30年の作品なので、まだ井上に月に対する明確な意識がなかったのかもしれません。
 作中に3例「月」がでてきます。


(1)背負った母を捨てる場所を求めながら歩く息子に、母が背中から語りかける言葉
 「月の光がちくちくと肌を刺すような気がする」
(新潮文庫、16頁)

(2)あそこに捨てて行ってくれと言う母を前にして
 「月光が刺すように痛く滲み込んで来る」
(17頁)


 いずれも、息子が空想する一幕です。
 もう1つは、

(3)「碑が月光に照らされているところを想像すると」(29頁)


というものです。いずれも、テーマとは深くは関わらないものとなっています。

 さて、この小説を読んで、自分の意志で社会から身を引く、今の境遇から脱出することについて、深く考えさせられました。
 母を背負いながら、捨てる場所を探して歩くという想像の場面は、母子の情が通った会話で構成しています。お互いを思いやる気持ちが溢れた、印象的な場面描写でした。【3】



初出誌:文藝春秋
初出号数:1955年1月号

新潮文庫:姨捨
集英社文庫:十字路の残照
旺文社文庫:猿狐・小盤梯 他八編
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集4:短篇4




■「胡桃林」
 プライドの中を、1人で生きて行く女。老女となっても、しっかりと生きる女。
 周囲は冷ややかに見ていますが、女には筋があることが語られて行きます。
 我が子への期待が叶わぬと、次は孫へと移ります。しかし、その孫は自殺するのです。
 明るさのない話になっているのは、井上にしては珍しいと思います。
 やるせない気持ちで読み終えることとなりました。【3】


初出誌:新潮
初出号数:1954年5月号

新潮文庫:姨捨
角川文庫:満月
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集4:短篇4




■「グウドル氏の手套」
 記憶の中の人生を語るものです。
 曾祖父から手繰り寄せられた松本順とグウドル氏を、うまくつないでいます。印象的なシーンが巧みに織りなす物語となっています。
 祖母おかの婆さんが、記憶の断片の中から愛情を持って呼び出されたものです。
 ただし、読後の印象は薄いものでした。自伝的要素が強く、話が拡散しているために、まとめにくかったようです。【2】


初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1953年12月37号
収録状況

新潮文庫:姨捨
旺文社文庫:猿狐・小盤梯 他八編
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集4:短篇4



posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読