2008年04月03日

消された年金記録の報告(続)

 送られてきた「ねんきん特別便」に記されていた電話は、いつかけても通じません。
 しかたがないので、立川にある年金相談センターへ行きました。
 待ち時間が1時間以上とのことなので、結局は受付の男性と立ち話をして帰りました。

 平身低頭の対応でした。
 気の弱そうな方だったので、国民の感情を逆撫でしない、同情を誘うような職員を配置したのでは、と思わざるをえません。
 ただし、年金に関する知識は十分にある方でした。
 いつぞや奈良の拙宅においでになった、わけもわからずに外回りをさせられた、にわか仕立てで急ごしらえの社会保険庁の職員とは違っていました。きちんと説明できる職員がいるのですね。
 もっとも、市民への対応をしているうちに、耳学問で少しずつ知識が蓄積されたから、ということも考えられますが……。

 私の14年分の年金が消えていることについて、平成9年以前については共済年金との統合がうまくいっていなかったことを認めた上で、ある程度は丁寧な説明を聞くことができました。この説明がどの程度正確かは、後日わかることでしょう。

 なぜそのようなことになったのかは、理解できませんでした。一言で言えば、社会保険庁の仕事がでたらめだったのですが、なぜそんな不真面目な仕事が何十年もの間、平然と行われていたのかです。というより、書類を放置しておくだけで、なぜ仕事をしなくてもよかったのでしょうか。

 厚生年金や国民年金は社会保険庁の管轄だったそうです。しかし、私の場合のように共済年金加入者は、平成9年以降に社会保険庁のデータに一本化されたのですが、その時に記録が継続されなかったために、宙に浮いてしまったそうです。
 これも、どこまで本当の説明なのか、後日わかることでしょう。

 それでは、今、私は何を、と聞くと、とにかく窓口で相談を、ということだったので、昨日はそのまま帰りました。また、後日行くことにします。

 今度行ったら、残念だがもう受付期限を過ぎたので、おたくが支払った14年半分の年金は無効として処理された、と言われそうですね。
 できるだけ近い内に、冷酷に切り捨てられない内に行きます。
 とにかく、何をするかわからない組織が相手ですから。

 日本って、こんな国だったんだ、と改めて知りました。
 海外の方々は、日本という国の仕組みや組織を絶賛されますし、私もそれは誇りの一つでした。しかし、今回の我が身に降り掛かった件で、大いに失望しました。
 これからの若い人たちのためにも何かをしなくては、とは思うのですが、今は何ができるのかが見えて来ません。

 これも、平和大国日本の一面であることを、実感させられています。



posted by genjiito at 05:21| Comment(0) | TrackBack(0) | *身辺雑記