2008年03月27日

通勤電車内でライターを点火する女性

 今日の通勤途上での出来事です。
 東京駅から乗った、中央線の高雄行きの電車内でのことです。

 座って、立川までの50分の読書タイムを始めた時でした。向いの席に陣取った一人の女性が、やおらお化粧を始めました。その身振りなどが派手だったので、読んでいた本越しに、いやでも気になって見えるのです。

 見るからにブランド物のバッグの中を、ジャラジャラと掻き回していました。ガチャポンの中のプラスチックボールを混ぜ合わせるという表現がピッタリです。
 お化粧をするためには、いろいろな小道具があるのですね。取っ替え引っ替え、小物を取り出しては仕舞い、摘み出しては投げ込んでいるのです。

 かれこれ20分くらいしてからでしょうか、付けマツゲを取り出したかと思うと、やおら左手に100円ガスライターを持ち、何をするのかと思いきや、走行中の車中であるにもかかわらず点火したのです。
 ボッと、彼女の座席で小さいながらも火柱が上がりました。そして、その炎を見つめながら、周りの気配に頓着することもなく、付けマツゲを近づけて、それを焼き始めたのです。そして、焼いたマツゲを、自分のマブタに貼り付けているのです。
 化粧に詳しくないので、何をどうして焼いたのかはわかりません。
 私のマツゲは、長くて上に反り気味にカールしていて、マッチ棒が3本以上乗ります。目の前の女性のマツゲは、短いのでしょうか。黒々としたものが、目の縁に付けられました。
 何やら気持ちが悪くなったので、視線を意識して本に落としました。

 それにしても、通勤電車の中でライターを点火する神経が、もう私にはわかりません。
 こんなわからないことの多い社会で、何とか適応しようと思って生きていますが、これには正直言って、朝っぱらからドッと疲れました。

 世界中経巡っての個人的な感想は、とにかく日本は地球始まって以来の平和な国になっている、ということに尽きます。こんなに平和な国が、この地球上にあっていいのか、と思うほど、海外の国々の人々は疲れています。
 もっとも、日本に原爆を落として無差別大量殺人をしながらも、自分たちは正しいことをしたと言い張る脳天気なアメリカは、ある意味で地球最大の不幸と差別と貧困が渦巻く国と脱していますが……。

 それはさておき、日本が平和を謳歌している現状は、これでいいのでしょうか。平和平和とお題目のように唱えて、それを実現したことは偉大です。しかし、その結果として日常的に目にする若者の生態は、平和を目指した結果とすると、はなはだ疑問に思われる節もあるのではないでしょうか。

 最近私は思うのです。何も考えずに平和平和と唱えることが、果たして本当にいいことなのでしょうか。平和を唱えてさえいれば安心感を得られると言う心理には、何かごまかしがあるようにも思えます。平和の行き着く先に到達した感のある日本にいるからこその、贅沢な感想かも知れません。
 もちろん、苦しいことの多い国では、平和が望まれます。しかし、その平和も、行き過ぎると、何がいいのかがわからなくなる、というのが日本の現状が見せつけているように思います。

 何事も、度が過ぎるとよくないのです。
 ほどほどの平和な社会を改めて考えてもいいのでは、と思うようになりました。




posted by genjiito at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | *身辺雑記