2008年01月24日

井上靖卒読(25)『若き怒濤』

 結婚を断る件では、『夢見る沼』を思わせるメッセンジャー役を妹が受け持ちます。

 藍子は恭平と親しくなるのでしょうか。
 とすると、その結末は?

 多枝子の相手は、3人の男性です。井上にしては珍しい設定です。

 後半の「女の幸福」の章(文芸春秋版、148頁)が、一番きれいにまとまっています。女性にとっての幸せとは何かを、井上流に語っています。
 その後、藍子は次のように興奮した口調で言います。

「わたしはいや! 自分の一生を大切にするわ。人を不幸にしないと同時に、自分をも決して不幸にしないわ。自分をも決して不幸にしないという考えが、一番大切だと思うの。いままでの女の人は自分を直ぐ棄ててしまったわ。姉さんもそう。でも、わたしは決して自分を不幸にしないわ」(219頁)


 この作品が発表されたのは、昭和28年でした。私が2歳の子供の時です。その時代に、このような考え方は、おそらく先駆的だったのではないでしょうか。
 なお、この作品に似たものとして『ある落日』が思い浮かびます。
 『若き怒濤』は若い女が妻子ある男を愛した話、『ある落日』は妻子ある男が若い女を愛した物語です。
 この2作品の比較は、またいつかにしましょう。

 終盤の「月」の章では、湖と月に触れながら、月が出いてるのかもしれない、とそっけない表現に留まっています。湖と月の美について、まだ熟していない頃といえましょう。
 話は、月と湖に移ります。しだいに、観月に傾きますが、大洗の海と月の美しさに、とうとうなりました。波の音と月の光の中の男女の設定がいいのです。
 この「月」の章の最後は、姉妹が縁側で月を見ます。井上の月の描写に関して、注目したいところです。

 最後の終わり方が、どうも中途半端な気がします。妹と恭平のことも、尻切れトンボです。三田村も、整理されていないように思えます。

 まだまだ、井上作品の読み方を手探りする状態です。【2】




初出紙︰京都新聞、他
連載期間︰1953年4月2日〜9月14日
連載回数︰165回

文春文庫︰若き怒濤



posted by genjiito at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読