2008年01月22日

井上靖卒読(24)『淀どの日記』

 『淀どの日記』を読もうと思って、文庫本を探しに書店へ行きました。昨年末のことです。『井上靖全集』など、いくつか収録した本は持っていますが、電車などで移動中に読むことが多いので、文庫本が一番いいのです。
 始まったばかりの映画『茶々』の原作ということでもあるので、平積みになっているかと思ったら、東京も京都でも、ほとんどの書店に置かれていなかったのには驚きました。今年になってから、京都四条のジュンク堂で、初めて2冊が書棚に置かれているのを見かけました。原作の文庫本が映画と連動していないのが意外でした。

 さて、1ヶ月ほどかけて、ようやく『淀どの日記』を読み終えました。
 読み終わって、大変満足しています。読み進む途中で見た映画が不出来だったことは、この作品を読んでいく上で、まったく影響しませんでした。それだけ、この小説にはしっかりと登場人物や背景が描かれています。そして、感動的なシンーも、たくさんありました。

 この小説は、幸せとは何か、その幸せが何かわからないままに、そこに向かって生きていく女性の物語です。
 秀吉の側室に対する心配りも、随所で語られています。井上らしい、目配りの利いた描写となっています。
 醍醐の花見の折に、着飾った妻妾たちのようすは、作者の語りではなくて、女たちの心理劇仕立てにしてほしいところでした。その方が、臨場感が出て、華やかさと人の心の中が照らし出されたことでしょう。
 それにしても、幸福の中の茶々の不安感が、よく伝わってきました。

 関ヶ原の戦の後、茶々は生きなければならぬ決心をします。井上お得意の物語展開となります。この時に、満月を見せてくれます。その設定の意味するところを、また後日考えてみます。月が出ている場面で、茶々と妹の小督が回顧する情景は、月を物語の中に設定する上での作者の意図があると思っています。

 最後の戦である大坂夏の陣を前に、母である茶々と息子秀頼との情愛深い場面が、物語のクライマックスを準備します。血の通った母子の姿が、さわやかに描かれています。ひたすら前を向いて生きる人間が描かれています。井上文学のいいところです。
 この場面で、秀頼が母に誘いをかける「久しぶりに庭でも歩きましょうか」という言葉は、本作の中で私が一番気に入ったフレーズです。大坂城の本丸の中庭には、菖蒲の花が咲いています。静けさの中に、迫り来る運命が身を潜めていると思うと、読んでいて心が熱くなりました。本を読んでいて、こんなことは滅多にあることではありません。
 この小説は、3人の女性がうまく描きわけられています。そればかりではなくて、母子の物語でもあります。歴史という舞台の中で、人間がさまざまな生きざまを見せてくれました。【5】



初出誌︰別冊文藝春秋
連載期間︰1955年8月47号〜1960年3月71号
連載回数︰25回

角川文庫︰淀どの日記
井上靖小説全集14︰淀どの日記・風と雲と砦
井上靖全集10︰長篇3


映画
『茶々−天涯の貴妃(おんな)−』
2007年12月22日公開
製作:東映株式会社

原作:井上靖(「淀どの日記」角川文庫)
脚本:高田宏治
監督:橋本一
出演:和央ようか(茶々)、渡部篤郎(豊臣秀吉)、松方弘樹(織田信長)、中村獅童(徳川家康)


posted by genjiito at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読