2008年01月11日

井上靖卒読(20)『詩集 季節』

 久しぶりに、刊行されたばかりの姿の詩集を手にしました。
 いかにも詩集という装幀の本は、しばらく買っていなかったので、本を読みあさっていた昔を思い出しながら、文学青年になったつもりで読みました。

 『詩集 季節』は、井上靖の第四詩集です。
 少し縦長の本です。

 もっとも、この詩集は昭和46年に刊行されたものなので、古書店で手に入れました。


Hoyrgw6k_s本の外箱




 本書は、昭和43年から46年までに書かれた30編の詩を収録したものです。
 刊行された46年というと、私が大学に入学した年です。そして、この年の5月11日から翌47年の4月10日まで、朝日新聞の朝刊に長編小説「星と祭」を333回にわたって連載しています。
 この小説が掲載された新聞を、私は毎朝、自転車を漕いで配っていたので、この作品は私にとっては掌に温もりを感じるものとなっています。

 その『星と祭』のなかで、主人公は琵琶湖で亡くなった娘と対話をします。もう一つの星の私と、この地球にいる私とでは、どちらが実像でどちらが虚像かわからないという話がでてきます。これは、主人公が自問自答する形式として、井上靖がよく用いる手法です。『化石』などがそうです。
 しかし、この『星と祭』の死者との対話は、スケールが大きく、ロマンチックな構成となっています。

 その原点とでも言うべきものが、この詩集の中にありました。「仮説」と題するものです。見開き2頁のものなので、画像で全文をあげましょう。


4cowoxrq_s詩「仮説」



 この詩は、昭和43年の『風景』という雑誌の5月号に発表されたものです。新聞に『星と祭』を連載する3年前です。

 『星と祭』には、こうあります。


 「宇宙のどこかの遊星群の星の一つに、自分と同じ人間が、いまこの瞬間も、同じことを考え、同じことをして生きていると言うんです。そして、どちらかが実像で、どちらかがその影、つまり虚像だと言うんです」
 「ほう」
 杉本が顔をあげると、
 「もちろん、これは天文学者か、数学者がたてた仮説です。そいつは、酒を飲むと、しきりにこの話をする」
 そう言えば、どこかでそんな話を読んだことがあると、架山も思った。
 「ほかの星にももう一人の俺がいる。そして、この俺はそいつの影!」
(角川文庫、71頁)



 こうしたやりとりは、しだいに娘との会話に移行します。格調の高い話へと昇華していく描写が、読み手の心を惹きつけます。私が、この小説を何十回となく読む所以でもあります。

 今回、行間のみらなず、空間をタップリと使った紙面に、一文字ずつ丁寧に打たれた活字を目で追い、詩集をゆったりと読む楽しさを味わいました。
 長く忘れていたことでした。

 ゆとりのある日々が来たら、それこそユッタリと、こうした詩集を読みたい、という思いを強く持ちました。

posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読