2008年01月31日

源氏千年(8)源氏物語の記念硬貨発行?

 源氏物語の千年紀を機会に、記念硬貨の発行が計画されています。
 京都府と京都市は、総務省が地方自治法施行60周年を記念する記念貨幣の発行を計画していることに対して、源氏物語の硬貨を提案するそうです。
 全国の都道府県が対象ですが、京都としては、その初年度ということと、今年が源氏千年紀だということもあり、積極的に働きかけるようです。
 毎年三、四県だそうです。
 果たして、京都が初年度に記念硬貨発行の県として選定されるかどうか、大いに楽しみです。

 沖縄サミットがあった2000年には、2000円札が記念紙幣として発行されました。表面には守礼の門が、裏面には源氏物語絵巻「鈴虫」とその詞書が印刷されました。

 そうしたことから言えば、今年は洞爺湖サミットがあるので、北海道は当確でしょう。
 そして、京都の源氏千年紀も、有力な話題として評価されることでしょう。

 何でもいいので、お祭り騒ぎ大歓迎です。




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2008年01月30日

読書雑記(6)清水義範『読み違え源氏物語』

 清水義範著『読み違え源氏物語』の帯には、


「源氏物語」を彩る各段を大胆かつ斬新に解釈

夕顔は実は生きていた−その驚くべき正体とは?




とあります。
 どんな話になっているのか、興味深く読みました。

 短編が8つ収められています。以下、順次、感じたことを認めましょう。

(1)夕顔殺人事件

 玉鬘は空蝉の子供、ということになります。仕掛け人の頭中将は、空蝉との間に玉鬘を儲けたことになるのです。後の話とうまくつながりません。ここをミステリーで解く必要が生じてきます。語り手の話をどこまで信じるか、という問題が前提になってきます。


(2)かの御方の日記

 何を意図したものかが不明です。葵上の独白を読まされただけのことです。日々書く日記のスタイルです。「後日の書きそえ」という文句で、少し工夫があるかと思いました。しかし、特に何もなく終わります。筋をなぞっただけの雑文に終わっています。何の捻りもないのが残念です。


(3)プライド

 『源氏物語』をなぞって、現代版に作り直したものです。『源氏物語』を下敷きにするところが見えすぎて、その必然性がわかりません。小説としても不出来です。無理やり作ったお話です。筋だけで、描写がない上に、心理劇になり切れない失敗作といえます。


(4)愛の魔窟

 登場人物に『源氏物語』の人名をダブらせています。それだけ、話は現代に置き換え切れず、単に『源氏物語』をなぞるだけの駄文です。読んでガッカリしました。なぜ清水氏は、何の工夫もしなかったのでしょうか。人に読ませるものには至っていません。この草稿を、もっと高めるような手を入れないといけません。


(5)ローズバッド

 1950年代のアメリカの男女という設定です。思い切った試みに期待させられます。しかし、『源氏物語』をなぞるだけ。人の肉体的なことをバカにする描写が多いので、読んでいて不愉快になりました。何のための文章なのでしょうか。捻りがないので、いやな気分のまま引きずられます。後半で、シカゴに出たジョンの話からおもしろくなりそうでした。しかし、それも尻すぼみです。素材を生かしきれない作文に留まっています。


(6)うぬぼれ老女

 老女の一人語りという設定です。内容は、『源氏物語』のエピソードをなぞるだけです。何か工夫がないと、あらすじの確認に終わるだけです。『源氏物語』から抜け出せない作者の歯ぎしりが聞こえてきます。


(7)最も愚かで幸せな后の話

 登場人物のネーミングに工夫の跡があります。ただし、ピカリッペは下品です。キリツボーシャも、フジツボーシャも、人をバカにしていないでしょうか。アラビア語の原典を持ち出すのはおもしろいと思います。もっとも、アイデア倒れで、活かされてはいませんが。アホな、思考力をもたない、フジツボーシャの設定は、『源氏物語』を軽く見過ぎた結果のようです。読解不足から発した作り話です。


(8)ムラサキ

 女性を植物にたとえて、通ってやる大切さ、世話をする大切さを比喩として語っています。しかし、それがあまりにも『源氏物語』から遠いところでの語りとなっていて、読んでいる側が疲れます。工夫が報われない出来になってしまっています。作者としては、言い訳をしたい作品のように思われます。


 以上、あまりいい評価が書けませんでした。
 この続きを、また書いてもらいたいものです。


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2008年01月29日

源氏千年(7)京都府立総合資料館

 京都府立総合資料館3階の図書閲覧室で、「源氏物語の世界 −美術資料を中心に−」という書籍展示が行われています(今月末まで)。
 ここは、「京都府立陶板名画の庭」の東隣にあるので、陶板画を見た帰りに立ち寄りました。

 京都府立総合資料館には、文学関係の資料としては古典籍だけしかありません。
 そこで、源氏千年の記念として、『源氏物語』から派生した美術・芸術に関する館蔵の図書を中心に展示がなされています。
 展示に関する詳細は、次のアドレスで確認してください。

http://www.pref.kyoto.jp/shiryokan/mini07.html


 閲覧室内の2箇所にテーブルを並べ、そこに美術を中心とした書籍を展示し、自由に見てもらえるようにしただけの、ささやかな企画展です。しかし、目で楽しむ『源氏物語』の世界が十分に伝わる、館員の皆様による手作りの企画展となっています。

 今後のためにも、許可願を提出して、展示の様子を写真撮影させてもらうことにしました。
 閲覧者が写らないように、とか、展示資料の内容が特定できないように、という制約のもとに、あくまでも風景としての写真を撮ることで了承を得ました。
 展示の事例研究という目的での撮影だったので、その画像をここに公開することができません。何かと難しい権利関係の問題があることなので、ご了承願います。
 もっとも、展示の様子を風景として撮影する、ということだったので、次の2点はここに掲載してもいいかと思います。


Ejes9k7j_s閲覧室-右




Cek578xk_s閲覧室-左





 ここで展示されている資料の、その半数以上は持っています。しかし、自分で持っているものは意外にジッと見ることがないものです。今回、改めてそれぞれの作品を見ることができました。

 とにかく歩いて、そして何でも見る、という基本的な姿勢が大事であることを実感しました。
 今後とも、この精神を忘れずに、京洛の内外を歩き回ることにします。





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2008年01月28日

京洛逍遥(23)京都府立陶板名画の庭

 朝から小雪がチラつく日でした。坪庭に雪が覆いかぶさる日を楽しみにしていますが、それほどは降りませんでした。

 家でジッと座ったままで仕事をしていると、足腰が弱ります。散歩を兼ねて、ミゾレ混じりになった頃に、北山大橋の先にある「京都府立陶板名画の庭」へ出かけました。

 名画が陶芸と結びついたのはすばらしいことです。
 比叡山の山頂にある「ガーデンミュージアム比叡」では、印象派の陶板名画を堪能しました。本ブログの「京洛逍遥(14)比叡山のルノワール」(http://blog.kansai.com/genjiito/60)で報告しています。

 「京都府立陶板名画の庭」は、以前から行ってみたかったのですが、それ以上に行きたいところがたくさんある京師なので、その機会がなかなかなかったのです。いつも、ここは素通りでした。
 しかし、陶板の名画なので、こんな天気の日には最適です。


Rsd2dpwx_s名画の庭の入口



 写真の右端に写っているように、この施設の下に、地下鉄烏丸線の北山駅があるのです。
 交通の便のよい割には、参観者は誰もいませんでした。寒い小雪の日に来る人はいないのでしょう。受付の方も、トイレに行っておられたようで、しばらく入口で待ちました。

 入って驚きました。吹き抜けでコンクリートを打ちっぱなしにした壁に、10点に満たない陶板画が飾ってあるのです。陶板画は全部で8点とのことでした。もっとたくさんの陶板画が見られると思っていたので意外でした。
 今思い出しても、解説のパンフレットにある、モネの「睡蓮・朝」(オランジェリー美術館蔵)を見た記憶がありません。あまりにも奇抜な設計だったので、最初の方にあったものを見逃したのでしょうか。

 この建物は、建築家の安藤忠雄氏の設計で、サインデザイン優秀賞を受賞したそうです。独特の雰囲気を持った空間でした。

 スロープを歩いて行くと、まず鳥羽僧正の作とされる「鳥獣人物戯画」(京都高山寺蔵)があります。壁に沿って、巻物が原寸を縦横約2倍に拡大した大きさで、22メートルも続きます。それが甲・乙2巻あります。実物よりも大きいせいか、この方がじっくりと見られます。これは、もう一度見て確認したいものです。
 
 続いて、ミケランジェロの「最後の審判」(バチカン・システィナ礼拝堂)が見えてきます。


3v0edue1_s「最後の審判」




 これは圧倒される大きさで、14メートル×13メートルと、ほぼ原寸大です。近くからではよくわからないので、少し離れてスロープに戻って見るといいようです。実物を見たときよりも、この陶板画の方がインパクトがあります。絵が置かれた場所と景観が、印象に大きく作用するようです。

 レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」(イタリア サンタ・マリア・ディレ・グラツィエ修道院)は、ミラノで修復中に見ました。何かと話題になったマグダラのマリアをジッと見ましたが、少しボケているように思えたのは、目の錯覚なのでしょうか。これも、4メートル×9メートルと、ほぼ原寸大でした。これは、2倍にしてほしい絵です。

 続く(伝)張澤端作の「清明上河図」(台湾 台北故宮博物院蔵)は、私には興味がない図柄のせいもあり、パス。

 出口には、スーラの「ラ・グランド・ジャット島の日曜日の午後」(シカゴ美術館蔵)と、ルノアールの「テラスにて」(シカゴ美術館蔵)、そしてゴッホの「糸杉と星の道」(オランダ クレラー・ミュラー美術館蔵)があります。いづれも、原寸を縦横約2倍に拡大した陶板画です。


8xnquss3_s印象派



 この絵の見せ方には疑問を持ちました。
 こんなに解放感のある施設なのに、この3点は隅に押しやられた感じです。また、ガラス越しに見ることになります。私には、こうした意図がわかりません。印象派のものなので、もっと光が当たる広い場所に置いたらいいのに、と思ったのが素直な感想です。


 帰ってから、ホームページでここを確認しました。
 その中に、陶板画の説明が要を得てなされていたので、それを引いておきます。


 陶板画は原画を撮影したポジフィルムから写真を製版して転写した陶板を焼成して鮮やかな色を出したもので、それを組み合わせて一つの巨大な絵画としたものです。
 変色も腐食もしないので永く保存することができ、焼物と芸術の複合した新たな芸術ジャンルと言われています。
 陶板画を製造しているのは、滋賀県信楽町にある大塚オーミ陶業株式会社信楽工場です。




 昨年は、学芸員の資格取得のための授業で、徳島県鳴門市国立公園内にある「大塚国際美術館」のことを知りました。これを機会に、ぜひ徳島まで足を延ばしてみたいと思うようになりました。









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2008年01月27日

源氏千年(6)バレンタイン和歌コンテスト

 「バレンタイン和歌コンテスト」(京都高島屋主催)がありました。

 全国からの応募作は55点。
 その中から、優秀作品が20点ほど選ばれたとのことです。
 審査員は、イラストレーターの水森亜土さん等。
 多分にお祭り気分ののりで、「源氏物語千年紀」を盛り上げよう、ということのようです。

 京都新聞(平成20年1月26日)に掲載された作品は、以下のものでした。

 金賞
   京の街語りつくせぬあなたとの春夏秋冬恋物語り
 銀賞
   急ぐんだ二酸化炭素の削減を地球への愛あなたへの愛
 入選
   誰よりもあなたを思うかがやきはダイヤモンドやヒスイにまけぬ


 『源氏物語』との関わりを持たせた作品があれば、見たい気もしますが……。
 どうやら、そうしたものはなかったと思われます。
 バレンタインということなので、こうした作品が選ばれたのでしょう。
 優秀とされた残る17作品は、もう見なくてもいいようです。





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2008年01月26日

源氏のゆかり(3)浮舟の石碑

 京都府宇治市莵道に三室戸寺があります。西国33ヶ所の第10番札所でもあります。


8mlupx4n_s三室戸寺山門



 私は、この寺が好きです。広い庭園には、いつ来てもたくさんの花がある、きれいなお寺だからです。
 この三室戸寺に、『源氏物語』の宇治十帖で知られる浮舟にまつわる石碑(供養塚)があります。
 ここに掲載する写真は、平成16年の9月、母が亡くなる1ヶ月前に西国札所巡りで訪れた折のものです。


2vpk3zwo_s 浮舟の記念碑




 説明板には、『源氏物語』の浮舟と、謡曲の浮舟のことが記されています。
 石碑に近づくと、草花に埋もれるようにして立っています。



Rdeosvgi_s浮舟之古墳



 この浮舟の碑に関して、平成19年12月13日の京都府宇治市議会一般質問で久保田勇市長が答えたこととして、京都新聞にこんな記事がありました。


  久保田勇市長は現在ある三室戸寺(同市莵道)から宇治川沿いへの移設や、碑がかつて川沿いにあったことを示す方法を検討する考えを示した。。
 久保田市長は「所有者(三室戸寺)の了解が得られれば、元の場所の宇治川周辺に移設することが最も望ましい」と述べた。また、寺の了解が難しい場合は「古跡がもともとあった場所を何らかの形で示す方法を検討する」とした。
 浮舟は、源氏物語全五十四帖のうち、宇治が舞台となった「宇治十帖」のヒロイン。宇治川に身を投げて命を絶とうとした物語で知られる。久保田市長は碑の位置について「象徴的な舞台として川に近いところがふさわしい」と述べた。
 浮舟の碑は三室戸寺が浮舟の古跡を明示するため1742年に建てた。もともとは川べりの「莵道稚郎子の墓」辺りにあったが、明治中期以降、移転を何度も繰り返した末、現在の三室戸寺に移されたとされる。
(京都新聞 平成19年12月13日)



 確かに、宇治川沿いに石碑があった方が、観光的にはいいと思います。
 ただし、三室戸寺に今ある経緯とその意味を確認してからでないと、歴史を無視した現代のご都合主義による暴挙となりかねません。市長が言い出したのには、何かその背景があるように思われます。
 その後どうなったのかは、まだ調べていません。
 わかり次第に、また報告しましょう。





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2008年01月25日

源氏千年(5)日銀京都支店の源氏ツアー

 日本銀行京都支店が、「源氏物語千年紀記念 日銀見学ツアー」を開催しています。
 日銀のホームページから、その内容を転記します。

・源氏物語関連資料等展示
  ― 平成の源氏物語絵巻(染匠 東野四郎 作)
  ― 源氏物語パネル
  ― 源氏物語関係書籍等
・二千円札紹介パネル展示
・二千円札大判イメージ(印刷局刷り上り時イメージ)展示
  ─ 同時に「世界の『2』のつくお金展」
・二千円札(図柄)源氏物語「鈴虫の帖」現代用語解説
・日銀業務内容紹介ビデオ鑑賞(大人向け・子供向け)
・京都支店歴史紹介(映像・解説)
・銀行券偽造防止策確認体験(マイクロ文字、潜像模様等)
・一億円(模擬券)重さ体験
・お札裁断片プレゼント(源氏物語キャラクターシール付き)、など


 「平成の源氏物語絵巻」は、友禅染だそうです。
 私も、二千円札に関する本を出していることもあり、行ってみようと思います。
 2週間前の事前予約が必要とのことです。
 詳細は以下のホームページで確認してください。
 http://www3.boj.or.jp/kyoto/kengaku/sennenki.htm



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2008年01月24日

井上靖卒読(25)『若き怒濤』

 結婚を断る件では、『夢見る沼』を思わせるメッセンジャー役を妹が受け持ちます。

 藍子は恭平と親しくなるのでしょうか。
 とすると、その結末は?

 多枝子の相手は、3人の男性です。井上にしては珍しい設定です。

 後半の「女の幸福」の章(文芸春秋版、148頁)が、一番きれいにまとまっています。女性にとっての幸せとは何かを、井上流に語っています。
 その後、藍子は次のように興奮した口調で言います。

「わたしはいや! 自分の一生を大切にするわ。人を不幸にしないと同時に、自分をも決して不幸にしないわ。自分をも決して不幸にしないという考えが、一番大切だと思うの。いままでの女の人は自分を直ぐ棄ててしまったわ。姉さんもそう。でも、わたしは決して自分を不幸にしないわ」(219頁)


 この作品が発表されたのは、昭和28年でした。私が2歳の子供の時です。その時代に、このような考え方は、おそらく先駆的だったのではないでしょうか。
 なお、この作品に似たものとして『ある落日』が思い浮かびます。
 『若き怒濤』は若い女が妻子ある男を愛した話、『ある落日』は妻子ある男が若い女を愛した物語です。
 この2作品の比較は、またいつかにしましょう。

 終盤の「月」の章では、湖と月に触れながら、月が出いてるのかもしれない、とそっけない表現に留まっています。湖と月の美について、まだ熟していない頃といえましょう。
 話は、月と湖に移ります。しだいに、観月に傾きますが、大洗の海と月の美しさに、とうとうなりました。波の音と月の光の中の男女の設定がいいのです。
 この「月」の章の最後は、姉妹が縁側で月を見ます。井上の月の描写に関して、注目したいところです。

 最後の終わり方が、どうも中途半端な気がします。妹と恭平のことも、尻切れトンボです。三田村も、整理されていないように思えます。

 まだまだ、井上作品の読み方を手探りする状態です。【2】




初出紙︰京都新聞、他
連載期間︰1953年4月2日〜9月14日
連載回数︰165回

文春文庫︰若き怒濤



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2008年01月23日

心身(9)健康維持の日々

 東京地方は、朝から小雪が舞っていました。積もることを期待したのですが、昼過ぎには小雨となり、吹き溜まりに白いものが残っている程度でした。シャーベット状の道を歩くのは、ベチャベチャとして気持ちが悪いものです。白雪を踏む時のギュッギュッという音が懐かしく思われます。

 品川の職場も、立川へ移転するために、ここに通うのは来月の15日までです。
 電車を降りたら、館長と一緒になりました。正門まで来た時に、館長は突然カメラをカバンから出され、少し雪を被った庭などを撮影しておられました。春の桜が満開の時は、たくさん写真を撮ったとおっしゃっていました。最後の雪景色を撮影できるのかと思われたようですが、真っ白な庭ではなくて少し残念そうでした。

 今日は、4つもの会議と過酷な業務の合間に、部屋の書類などを、寒い中、セッセと段ボールに詰めました。もう20箱ぐらいになったでしょうか。まだまだこの作業は続きます。

 夜、銀座の伊東屋へ行き、愛用の手帳のリフィルを買いました。これまでは、見開き1週間タイプを使っていました。しかし、用件だけを記入するので、スペースを埋めるのが面倒です。そこで、見開き2週間タイプに変更することにしたのです。
 これで、手帳もスリムになります。代わりに、メモ用紙を少し多く入れることにしました。

 いつものスポーツクラブでは、今日はヨガを取り入れたヒーリングクラスに入り、心身をリラックスさせました。ここは、気分転換には最適の空間です。
 体重は52.5キロと、秋口の50キロスレスレをようやく脱却できました。食事の時間帯とメニューを考えながら、何とか1日1500キロカロリーという食事制限を維持できています。新年早々は食べ過ぎたせいもあり、血糖値が高い日が多かったのですが、今は糖尿病の境界値の少し内側をさまよっています。息子に弁当も作ってもらっているので、この調子でいけば、薬漬けの生活を送らなくてすみそうです。

 体力測定も、新年は19歳レベルだと出ました。毎月測定していますが、18歳から20歳レベルの体力を維持できています。もっとも、マシンをコントロールするのも得意なので、この体力測定の機器も、うまく操っているところがあります。呼吸法によって、結果が違うのです。私の体力が二十歳以下だというのではなくて、そのような結果が出るコツを会得している、というのが正直なところです。

 今年も、身体に気を遣う生活を送ることとなります。
 まずは、順調なスタートと言えるでしょう。


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2008年01月22日

井上靖卒読(24)『淀どの日記』

 『淀どの日記』を読もうと思って、文庫本を探しに書店へ行きました。昨年末のことです。『井上靖全集』など、いくつか収録した本は持っていますが、電車などで移動中に読むことが多いので、文庫本が一番いいのです。
 始まったばかりの映画『茶々』の原作ということでもあるので、平積みになっているかと思ったら、東京も京都でも、ほとんどの書店に置かれていなかったのには驚きました。今年になってから、京都四条のジュンク堂で、初めて2冊が書棚に置かれているのを見かけました。原作の文庫本が映画と連動していないのが意外でした。

 さて、1ヶ月ほどかけて、ようやく『淀どの日記』を読み終えました。
 読み終わって、大変満足しています。読み進む途中で見た映画が不出来だったことは、この作品を読んでいく上で、まったく影響しませんでした。それだけ、この小説にはしっかりと登場人物や背景が描かれています。そして、感動的なシンーも、たくさんありました。

 この小説は、幸せとは何か、その幸せが何かわからないままに、そこに向かって生きていく女性の物語です。
 秀吉の側室に対する心配りも、随所で語られています。井上らしい、目配りの利いた描写となっています。
 醍醐の花見の折に、着飾った妻妾たちのようすは、作者の語りではなくて、女たちの心理劇仕立てにしてほしいところでした。その方が、臨場感が出て、華やかさと人の心の中が照らし出されたことでしょう。
 それにしても、幸福の中の茶々の不安感が、よく伝わってきました。

 関ヶ原の戦の後、茶々は生きなければならぬ決心をします。井上お得意の物語展開となります。この時に、満月を見せてくれます。その設定の意味するところを、また後日考えてみます。月が出ている場面で、茶々と妹の小督が回顧する情景は、月を物語の中に設定する上での作者の意図があると思っています。

 最後の戦である大坂夏の陣を前に、母である茶々と息子秀頼との情愛深い場面が、物語のクライマックスを準備します。血の通った母子の姿が、さわやかに描かれています。ひたすら前を向いて生きる人間が描かれています。井上文学のいいところです。
 この場面で、秀頼が母に誘いをかける「久しぶりに庭でも歩きましょうか」という言葉は、本作の中で私が一番気に入ったフレーズです。大坂城の本丸の中庭には、菖蒲の花が咲いています。静けさの中に、迫り来る運命が身を潜めていると思うと、読んでいて心が熱くなりました。本を読んでいて、こんなことは滅多にあることではありません。
 この小説は、3人の女性がうまく描きわけられています。そればかりではなくて、母子の物語でもあります。歴史という舞台の中で、人間がさまざまな生きざまを見せてくれました。【5】



初出誌︰別冊文藝春秋
連載期間︰1955年8月47号〜1960年3月71号
連載回数︰25回

角川文庫︰淀どの日記
井上靖小説全集14︰淀どの日記・風と雲と砦
井上靖全集10︰長篇3


映画
『茶々−天涯の貴妃(おんな)−』
2007年12月22日公開
製作:東映株式会社

原作:井上靖(「淀どの日記」角川文庫)
脚本:高田宏治
監督:橋本一
出演:和央ようか(茶々)、渡部篤郎(豊臣秀吉)、松方弘樹(織田信長)、中村獅童(徳川家康)


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2008年01月21日

相変わらず杜撰な保険屋さん

 突然、保険の継続契約に関するハガキが来ました。
 何だろうと思ってよく見ると、娘の留学保険についてでした。

 はてな、娘は一昨年、イギリスの大学を卒業して帰国しています。なぜ今ごろ留学保険の継続の連絡だろうと、不思議に思いました。
 そして、昨年の契約がどうなっているのか、銀行口座の記録を確認しました。すると、どうしたことか、娘が帰国して半年以上たった昨春にも、自動引き落としで保険金が取られていたのです。
 昨春は、奈良から京都への引っ越し騒ぎで、こんなでたらめな引き落としがなされていたことに、迂闊にも気付きませんでした。

 一昨年の7月に、娘が帰国した時に、留学保険の解約を連絡したのに。呆れて声も出ません。

 保険会社がいいかげんなことは、個人訴訟をして東京高裁で訴えを認めてもらった実績を持っています。あれも、娘の留学保険に関するものでした。顧問弁護士も、私をなめきった、でたらめな訴訟をしていました。MS海上火災保険会社がいかにペテン師集団かを、身をもって体験したことは、以下のホームページで詳細に報告した通りです。
 ついでに、東京地裁にはいいかげんな裁判長がいることも、この報告で知ってもらえたら幸いです。

http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/R1.3.0_hoken_top.html


 今回は、NK損害保険会社と契約した保険ですが、実質的にはMS海上火災保険会社の時と同じで、代理店の担当者の杜撰な処理が直接の原因です。

 早速担当者に電話連絡をすると、あっさりとミスを認め、返金に応じるとのことでした。しかし、一昨年にさかのぼっての中途解約の残金の返済は勘弁してほしいとのこと。虫のいい話だとは思いましたが、そもそも私は保険会社を信用していないので、それ以上は追求せずに、昨年の返金だけで了解しました。年間3万円の契約だったので、2万円弱の損害です。
 また、返金の振り込みは、担当者の名前でするとのことでした。個人的な弁償のようです。

 とにかく、保険会社は弛みきっていると思います。まずは、信用しない方が無難です。
 想像を絶するでたらめを繰り返している社会保険庁のみならず、保険関係のことは「ないよりまし」「もらえたらラッキー」という感覚で契約しておけばいいと思われます。
 まともな保険会社は、日本にはないのでしょうか。保険業発祥の地であるイギリスを、日本の保険会社は見習うべきです。



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2008年01月20日

江戸漫歩(5)隅田川

 一日中部屋に籠っていたので、気分転換に宿舎の周りをウォーキングしました。永代橋から隅田川沿いに歩きました。
 隅田川は、思ったよりも悪臭がしていました。水上バスが通ると、下水の匂いが川風に乗って襲ってきます。見た目は、そんなに濁っているようには見えません。河底はそうとう汚いのでしょう。
 『伊勢物語』の「東下り」の段で有名な隅田川ですが、大いに幻滅です。

 写真は、隅田川から宿舎のある晴海運河の方を見たものです。


Mqhbpukg_s隅田川



 折しも、東京水辺ラインの観光汽船が通りかかりました。
 右端には、重要文化財の帆船・明治丸のマストが見えます。
 手前の柵には、『伊勢物語』の都鳥ならぬ水鳥が羽を休めています。

 環境は整備されつつあります。見た目はいいので、匂いに関して何か対策が必要だと思いました。


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2008年01月19日

江戸漫歩(4)怪しい郵便ポスト

 まずは、駅前のバス停に立つポストの写真を見てください。


R_jecluv_s2つのポスト




 場所は、東京・山手線の五反田駅前です。

 郵便物を投函しようとして通り掛かったポストの前で、しばし思案しました。

 どうして、ここにポストが2つあるのか?
 何かのいたずらなのだろうか?
 私は、どちらのポストに入れるべきか?

 あたりを見回し、ポストの周りをよく見ました。ビックリカメラのような趣向は感じられません。どう見ても、2つとも同じ仕様のポストです。色も形も、パネルの文字も。瓜二つです。

 (1)どちらも偽物である
 (2)右が偽物である
 (3)左が偽物である
 (4)どちらも本物である

 このポストの前で、クイズミリオネアをする気はありません。急いでいるのです。
 とにかく、郵便物を何週間も持ち歩くことが多いので、今ここで投函しないと、また何日もカバンの中に入ったままです。

 どちらに投函しようか、と思案した揚げ句、次の4点を根拠に決断しました。

 (1)歩道橋側よりもバスの乗り降りする場所に近い方が便利
 (2)ポストの側面に張り紙の跡がある
 (3)ポストの支柱に落書きがある
 (4)もう一方のポストの支柱は埋め直されている

 ということで、存在意義の感じられる左側のポストに投函しました。
 さて、私の郵便物は、無事に相手方に届くでしょうか。
 日本郵便も、民営化されて、遊び心が芽生えたようです。




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2008年01月18日

贈られた言葉

 今日は、学芸員の資格取得のために受講していた授業で、長崎県美術館館長の米田耕司先生の最終授業でした。最終というのは、先生にとって、國學院大學での授業の最終ということでもありました。
 館長職が激務のために、今年限りで講師をお辞めになるとのことでした。
 私が、『源氏物語展』などに関わり、スペインの情報を持っていたことなどから、いろいろとお声をかけていただいた1年だったので、本当に残念です。

 最後の授業ということで、学生に贈る言葉を用意しておられました。
 それは「楽則能久」です。
 「らくそくのきゅう」と読み、意味は「楽しくなければ永続きしない」ということだそうです。知りませんでした。
 少し調べたところ、出典は春秋左氏伝で、原文を書き下すと「楽しまばすなわちよく久し」と読むようです。

 確かに、永続きの秘訣は、楽しみがあることです。続ける、ということの大切さは誰も理解していることなので、そこに楽しみを常に持たせることが肝要なのでしょう。

 スポーツ選手が、「楽しんでくる」とか「楽しみます」、と言っていることをよく耳にします。あれは、ここから来ているのでしょうね。
 この言葉を発することによって、自分の中に沸々と湧き上がる緊張感を緩和する効果もあるのでは、と私は思っていました。あまり好きな表現ではなかったのですが、改めて永続きさせるための呪文としての「楽しさ」の強調ならば、それはそれで納得できます。

 このブログも、「楽則能久」の言霊をいただいて、さらに弛まず続けていきたいと思います。



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2008年01月17日

源氏絵皿の最新作です

 精力的にガラスの大皿に源氏絵を描いている植村佳菜子さんの最新作をご覧にいれます。

 昨年の12月13日に、以下の本ブログで紹介した作品に続くものです。


http://blog.kansai.com/genjiito/125


 このガラスの皿を造ってくださっている「ガラス工房やまむら」については、これまた本ブログ(昨年12月4日)で詳しくその工程を含めて紹介しました。

http://blog.kansai.com/genjiito/118


 今年は、源氏物語千年という記念の年です。
 今春までには、少なくとも宇治十帖の10枚は完成させよう、という合言葉のもとに、おっとりした性格にムチ打ってペースをあげているようです。

 私からの励ましのことばは、急ぎながらも作品の質を落とさないように、という無責任な声援です。

 配色のことを言うと、
「ガラスに色を入れて焼くので、なかなか思うような色にならないし、絵の具もフランスからの輸入なので、意のままにならないところがあって」
と、言い訳を言っていました。

 無視

 夜回り先生として有名な水谷修さんの講演会を聞いて来たそうで、水谷さんが
「全国の先生! 子供たちをしからないでください、ほめてあげてください。」
と言っていた、との報告。

 無視


7hoymdmq_s新作源氏絵皿1




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2008年01月16日

マックでタイムマシンを体感

 さきほど、マッキントッシュの新しいOS「レパード」の目玉の一つである「タイムマシン」というバックアップ機能のすごさを実感しました。

 今日、職場で、アップルのドットマックというサービスを利用して、職場で使っているデータのいくつかを、ネット上の保管庫のデータと同期させました。
 ところが誤って、今週の月曜日の深夜に京都からネット上のデータ保管ディスクに送ったデータを取り込まずに、先週末まで使っていた職場のマシンのデータをネット上に送ってしまったのです。送信と受信を間違ったのです。
 今日、職場でそんなに古いデータの入ったパソコンを使っていたのは、職場のパソコンのOSも「レパード」にする作業をしていたためです。

 ネット上の保管庫に古いデータを送ったことをすっかり忘れて、東京の宿舎に帰ってから、ネット上の保管庫のデータと同期する時に、今日間違って送った古いデータを取り込んだのです。そのために、宿舎のデータが、職場の一番古かったデータに置き換わってしまいました。
 私は、品川・深川・京都と、東西の3箇所で仕事をしています。そのために、扱うデータが絶えず変動しています。ドットマックを利用することによって、移動するたびにネット上の保管庫の最新データを置き換えています。そのデータと同期を取っているので、どこでも同じ環境で仕事ができます。

 今日、一番古い職場のデータを保管庫に置き、それを宿舎でダウンロードしたために、最新のデータは京都のもの、ということになったのです。
 これでは不便です。
 アーアと思っていたそんな時、昨日までの最も新しいものが宿舎のバックアップにあることに気付きました。マッキントッシュの最新OSの「タイムマシン」によって、昨夜の宿舎でのデータ環境に戻ればいいのです。

 初めて「タイムマシン」を使ってみました。
 そして、いとも簡単に、昨日の作業環境に戻りました。
 具体的には、インターネットのブラウザのブックマークと、メール用のアドレスブックのデータなどです。

 マッキントッシュの基本データのいくつかが先週に逆戻りしたすぐ後に、またまたもとの環境と機能に戻ったのです。

 その名の通り、「タイムマシン」に乗った気持ちです。
 この機能は、今後とも重宝しそうです。
 年とともに、パソコンの操作が覚束なくなりました。ミスが多くなったのです。
 そんな老いを、この「タイムマシン」は援助してくれます。
 ユニバーサルアクセスのありがたさを体験しました。





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2008年01月15日

井上靖卒読(23)『夢見る沼』

 開巻早々、結納の取り消しから始まります。
 読者を惹きつけるのがうまいのです。
 井上は、話が進むうちにおもしろくなっていく作品と、このように、まず人の心を掴んで、グイグイ引っ張っていくものとがあります。
 後者の方が、読む方は安心して物語の世界に浸れます。時間を任せて、読み進められるからです。

 最初のところで、「ふられた」ということばが、下品なことばとして出てきます。いまはそのような意味合いはないので、ことばが持つ時代の色合いは、本当におもしろいものです。

 第6章から、「運命」とは何かが語られます(講談社文庫52頁)。
 重たい問題を、さりげなく投げかける感じです。井上らしく、わかりやすくさわやかに、運命が進行していくのです。
 この章は、井上らしいよさがあります。
 東京のタクシーはピチピチと、京都のタクシーは静かに走る、と、二都の違いを表現しています(158頁)。今も通じるかもしれません。
 また、ホテルでボーイが、電報をツレと勘違いして伊津子に託す話は、あまりにも不用意で、あり得ない話のように思えます。今の感覚で読むと、話がしらけます。しかし、当時の情報管理はこんなものだったのでしょうか。一流ホテルなのに、と疑問に思いました。

 この小説は、井上らしくなく、男一人、女二人の話です。
 もう一人、男が出ます。しかし、この鳥飼という男は、影が薄いのです。出過ぎず、出しゃばらず、大人の穏やかな時が流れています。

 良識過ぎて、大いに物足りなさを感じました。【3】




初出誌︰婦人倶楽部
連載期間︰1955年1月号〜12月号

講談社文庫︰夢見る沼



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2008年01月14日

井上靖卒読(22)『青衣の人』

 この作品を読むのは3回目です。1981年と1990年に続いて、今回また読みました。
 それなのに、どうしたことか、まったく内容について記憶がないのです。
 これが、井上靖の小説の特徴なのかもしれません。

 道介・暁子・れい子の3人が織りなす恋愛物語です。どこにでもありそうなトラブルをめぐる話が展開します。

 2人の女性は、美しく描かれています。しかし、私には、人工的に見えました。2人の同性としての愛情の香りは、井上が男の感性として掴んだものなのでしょうか。女性に、本当にこのような感情があるのかどうか、知りたくなります。

 道介は、非常に冷静です。概して、井上の作品に登場する人物は、そうした設定が多いのです。そして、常識から少しはみ出す所に、物語展開のおもしろさを見せてくれます。

 最後の終わり方は、あまりにも唐突でした。なぜこうなのか、私にはわかりません。

 10年後あたりに、またこの作品を取り出して読んでいることでしょう。【3】



初出誌︰婦人画報
連載期間︰1952年1月号〜12月号
連載回数︰12回

角川文庫︰青衣の人
井上靖小説全集1︰猟銃・闘牛
井上靖全集9︰長篇2


映画の題名︰離愁
制作︰松竹
監督︰大庭英雄
封切年月︰1960年8月
主演俳優︰岡田茉莉子、佐田啓二




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2008年01月13日

映画『茶々 天涯の貴妃』

 井上靖の『淀どの日記』を読んでいますが、何かと多忙の折でもあり、なかなか読み終わりません。
 小説を読んでから映画を見よう、と思っていました。しかし、そうこうするうちに映画も終わってしまいそうです。しかたがないので、読書の途中ではありますが、京都三条・新京極にある映画館へ行きました。

 開始早々、主人公の茶々の容貌はもとより、その太い声に違和感を持ちました。茶々をとりまく登場人物たちも、それなりの実績のある方々なのでしょうが、どうも馴染めません。たくさんのコマの一つ一つが、スムーズにつながっていないのです。

 極め付けは、最後に流れる場違いな歌です。
 若い人たちへの媚からの選定なのでしょう。しかし、一応満員だった館内の観客の、その8割がたは40歳以上と見ました。みなさん、これ何、という感じで席を立っておられました。
 製作者側に、大きな勘違いがあるとしか思えません。それとも、何か深い意図があるのでしょうか? 
 私にとっては、突然若者が集まる店に入った雰囲気にさせられるだけでした。それでなくても、映画の出来に失望したところに、追い撃ちをかけるようなエンディングなので、もう作品が台無しです。
 ハッキリ言って、この映画は、失敗作品としか言いようがありません。

 他の人は、この作品をどう評価するのでしょうか。
 私にとっては、見なくてもよかった映画です。
 井上靖が見たら、どんな感想を洩らしたでしょうか。
 テレビドラマの『風林火山』が、私にとっては早々に見ることを打ち切ることになったように、井上靖の小説の映像化は、昨年の2作ともに駄作だったといえましょう。

 帰りに、駅の構内で珍しい場面に出くわしました。
 地下鉄の自動改札の出口で、ICカード PiTaPa を読み取ってくれないのです。前の人の切符が、改札機の投入口に詰まっていたためです。この出口には、これ1台しかIC対応の改札機はありません。この機能の付いた改札機で出場しないと、記録が未処理扱いとなり、 PiTaPa が次回に使えないのです。
 無人の改札口だったので、インターホンで駅員に事情を説明しました。すると、すぐに行きます、と言って、長い地下通路をアッという間に自転車で駆けつけてくれたのです。インターホンを切ってすぐでした。
 まさか自転車で駆けつけてくれるとは思わなかったので、気分はしばらく待つ覚悟でした。直線距離なので、これはアイデアです。

 駅員さんは、詰まった切符を手際よく取り除き、カードが使えるようになったのを確認してから、またスイスイと地下通路を走り去っていかれました。
 思わず、シャッターを切りました。

 映画よりもこの映像の方が、今日の私にとっては感動的で印象深い場面となりました。


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2008年01月12日

井上靖卒読(21)『あした来る人』

 男女の言動や行動が、丁寧に語られて行きます。
 日常が静かに、ゆったりと描かれています。
 この穏やかな時間の流れが、非常に上質な物語を産み出していると思います。

 長編の中ほどで、克平が山で遭難したと新聞が報じます。すると、杏子が信州の大町へ飛んで行く。このあたりから、この小説はおもしろくなります。

 克平の描写も、印象が大きく変わります。突然、山男の魅力が満ちた人間として立ち現れてくるのです。

 2人の関係も、以後は微妙なおもしろさを見せます。2人のバランスと、対仲間の関係が、うまく描かれていきます。

 曽根という在野のカジカの研究者の、学者としての誠実な姿勢を描くところは、共感を持ちました。出版に対しての考えはいいですね(新潮文庫400頁、406頁)。

 克平のカラコルム行きは、『星と祭』の前奏となっています。「黒い潮の渦」(432頁)という語が気になりました。
 井上靖のキーワードになるかもしれません。

 カラコルムへ旅立つ克平に、曽根はインダス川の上流で魚を釣ってくれと頼みます。今後につながる、おもしろい発想です。月見よりも、学問的で現実的です。

 『星と祭』では、旅立ちと女性問題は絡めていません。俗を削ぎ落としていた、というべきでしょうか。

 最後は爽やかに4人の男女が「あした来る人」となることが語られています。梶という男は、この小説を支配しています。【4】


初出紙:朝日新聞
連載期間:1954年3月27日〜11月3日[2]
連載回数:220回

新潮文庫:あした来る人
井上靖小説全集7:あした来る人・波濤
井上靖全集5:短篇5
井上靖全集10:長篇3


映画化情報
映画の題名:あした来る人
制作:日活
監督:川島雄三
封切年月:1955年5月
主演俳優:山村 聡、月丘夢二

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2008年01月11日

井上靖卒読(20)『詩集 季節』

 久しぶりに、刊行されたばかりの姿の詩集を手にしました。
 いかにも詩集という装幀の本は、しばらく買っていなかったので、本を読みあさっていた昔を思い出しながら、文学青年になったつもりで読みました。

 『詩集 季節』は、井上靖の第四詩集です。
 少し縦長の本です。

 もっとも、この詩集は昭和46年に刊行されたものなので、古書店で手に入れました。


Hoyrgw6k_s本の外箱




 本書は、昭和43年から46年までに書かれた30編の詩を収録したものです。
 刊行された46年というと、私が大学に入学した年です。そして、この年の5月11日から翌47年の4月10日まで、朝日新聞の朝刊に長編小説「星と祭」を333回にわたって連載しています。
 この小説が掲載された新聞を、私は毎朝、自転車を漕いで配っていたので、この作品は私にとっては掌に温もりを感じるものとなっています。

 その『星と祭』のなかで、主人公は琵琶湖で亡くなった娘と対話をします。もう一つの星の私と、この地球にいる私とでは、どちらが実像でどちらが虚像かわからないという話がでてきます。これは、主人公が自問自答する形式として、井上靖がよく用いる手法です。『化石』などがそうです。
 しかし、この『星と祭』の死者との対話は、スケールが大きく、ロマンチックな構成となっています。

 その原点とでも言うべきものが、この詩集の中にありました。「仮説」と題するものです。見開き2頁のものなので、画像で全文をあげましょう。


4cowoxrq_s詩「仮説」



 この詩は、昭和43年の『風景』という雑誌の5月号に発表されたものです。新聞に『星と祭』を連載する3年前です。

 『星と祭』には、こうあります。


 「宇宙のどこかの遊星群の星の一つに、自分と同じ人間が、いまこの瞬間も、同じことを考え、同じことをして生きていると言うんです。そして、どちらかが実像で、どちらかがその影、つまり虚像だと言うんです」
 「ほう」
 杉本が顔をあげると、
 「もちろん、これは天文学者か、数学者がたてた仮説です。そいつは、酒を飲むと、しきりにこの話をする」
 そう言えば、どこかでそんな話を読んだことがあると、架山も思った。
 「ほかの星にももう一人の俺がいる。そして、この俺はそいつの影!」
(角川文庫、71頁)



 こうしたやりとりは、しだいに娘との会話に移行します。格調の高い話へと昇華していく描写が、読み手の心を惹きつけます。私が、この小説を何十回となく読む所以でもあります。

 今回、行間のみらなず、空間をタップリと使った紙面に、一文字ずつ丁寧に打たれた活字を目で追い、詩集をゆったりと読む楽しさを味わいました。
 長く忘れていたことでした。

 ゆとりのある日々が来たら、それこそユッタリと、こうした詩集を読みたい、という思いを強く持ちました。

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2008年01月10日

井上靖卒読(19)『化石』

 主人公が十二指腸ガンの病魔と闘い、死を見つめて生きる日々の中で、日頃は見えなかったものが新たな視点で見えてくるのです。その新鮮さに、読者も引き込まれます。
 最後は井上らしく、生きることへの価値観の転換に戸惑いながらも、生きることへの再スタートを歩み出す一人の男の姿を描いて、長かった物語の幕が閉じられます。

 最終場面で主人公は、死を意識して以来ずっと付き合ってきた、自分の中の同伴者に、こう語りかけています。

おれは長い一生の中で、八か月ほど、そこだけ全く違った人生を歩いたのだ。その間、おれは死という眼鏡をかけさせられた。暗く、悲しく、辛い色をした眼鏡だった。その眼鏡を通して見ると、心に触れるものも、みんなそれまでとは違って感じられた。(角川文庫743頁)


 これは、まだ生きられるとわかった時の、己の内にいる同伴者との自問自答です。しかし、生きる側に立っての同伴者との会話は、死を意識していた時の同伴者よりも張り合いがないというのです。生という同伴者には、生彩がない、とも。(743頁)これは、非常に興味深い指摘です。

 私は、この物語の行き着く先は、主人公の死だろうと思っていました。生への展開は、あまりにも当たり前すぎて、おもしろくないと思えたからです。しかし、井上はあえて、常識的な生きる道を選びました。そして、それにふさわしい、人生を肯定的に捉えた、みごとな主人公の心の内の変化を描き出しました。

 死の同伴者との心の内の対話が、生の同伴者との対話に変化した時、人間はこんなにも緊張感がなくなるとは……。人生論に転嫁したくはないのですが、生き甲斐というものの本質に触れています。
 みごとな構成の物語となったと言えましょう。

 私の父は、ガンで亡くなりました。本人には知らせなかったのですが、感づいていたようです。父は、病院の中で存在証明としての川柳句集を編集し、病床で発送をし終えて亡くなりました。産まれて半年の孫娘に宛てて、最後の句は次のものでした。


  病窓にいとし笑顔見る今宵
  週毎の成長の度を支えとし
  ランドセル背負う姿をみるまでは
  幼くも私一人は平群人
  みな持つて行くぞこの子の苦と病い


 この『化石』を読みながら、私の父の最後を重ね合わせてしまいました。それだけ、病を抱えた男の心の内が、みごとに描き尽くされていると思います。
 物語の主人公は、死の同居者に、こんな別れのことばを言っています。

おれは交替する。生命若く、汚れなき、稚き美しいものと交替する。おれは玲子と交替する。(722頁)


 ここで出てくる玲子とは、主人公の孫娘で、生後1年ほどの赤ちゃんです。
 私の父もそうでしたが、自分が病気であることを意識してか、自分の手で初孫を抱くことに慎重でした。というよりも、臆病でした。
 生と死の特殊地帯にいる人間は、世の中から下りているという意識からか、新聞に手を出すことに躊躇っていたことも、ウチもそうだったとうなづいてしまいました。

 井上は、人間をよく観察して描いています。

 読みながら記したメモがたくさんあります。この小説は再度読むことがあるはずです。その時に、またいつか、まとめたいと思います。長くなりそうなので。【5】



初出紙:朝日新聞
連載期間:1965年11月15日〜1966年12月31日
連載回数:409回

角川文庫:化石
井上靖小説全集24:化石
井上靖全集17:長篇10


映画題名:化石
制作:東宝
監督:小林正樹
封切年月:1975年10月
主演俳優:佐分利信、岸恵子

◎この映画については、ウェブサイト「文庫本限定!井上靖作品館」の掲示板で、伊豆さんが次のコメントを書いておられますので、参考までに引きます。

12月9日にケーブルテレビで幻と言われていた映画版「化石」が放送されていたのでビデオに録画しながら途中まで見ました。この映画はもとは1972年(昭和47年)の1月から3月までフジテレビの月9で放送されたテレビドラマをそのまま200分に編集して3年後の1975年(昭和50年)に劇場公開されたものでその年のキネマ旬報ベストテンの第4位にランクインした名作です。(2001/12/12)


 また、伊豆さんはその後、映画の詳しいキャストも紹介されています。



一鬼太治平 ・・・・・・・・・ 佐分利 信
一鬼の長女・朱子 ・・・・・・ 小川真由美
一鬼の次女・清子 ・・・・・・ 栗原小巻
船津 ・・・・・・・・・・・・ 井川比佐志
岸昭彦 ・・・・・・・・・・・ 山本圭
岸の妻 ・・・・・・・・・・・ 佐藤オリエ
一鬼の義母 ・・・・・・・・・ 杉村春子
矢吹辰平 ・・・・・・・・・・ 宇野重吉
一鬼の弟・泰助 ・・・・・・・ 中谷一郎
木原 ・・・・・・・・・・・・ 神山繁
坂上 ・・・・・・・・・・・・ 滝田裕介
須波耕太 ・・・・・・・・・・ 宮口精二
<ナレーター> ・・・・・・・ 加藤剛
マルセラン夫人/喪服の女 ・・ 岸 恵子

※岸恵子さんは1人2役をされています。2人はそれぞれ全くの別人。「喪服の女」は原作の一鬼太治平の‘死の同伴者’の脚色。
 原作とは違い女性の言葉遣いになっていますがセリフの内容は原作の‘(一鬼の)死の同伴者’とほぼ同じです。ちなみに喪服は和服です。髪型もマルセラン夫人とは全く違って、ちゃんと和服に合った髪型です。
(2002/09/07)


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2008年01月09日

銀座探訪(8)戸越銀座の商店街

 先週土曜日、5日のことでした。
 一人の若者が戸越銀座商店街で、2丁の包丁を振り回して通行人5人を切りつけたのです。そのニュースが流れた後、いろいろな方から安否のメールをいただきました。
 私がいつも、いろんな所をうろついているので、ひょっとして、と思わせたからでしょうか。
 というよりも、私の職場が、この商店街のすぐそばにあるからです。

 国道1号をまたいで全長1.6kmのこの商店街は、関東では、よくテレビで紹介されます。


Fpynbows_s戸越銀座商店街



 大阪の商店街を、もう少しお上品にした感じ、と言えばいいでしょうか。
 ここがどんな所かは、この商店街を紹介する次のホームページの説明にお任せしましょう。


 昔から、にぎわっている場所には何かと「銀座」がついたものですが、ここ戸越銀座の「銀座」は、大正12年の舗装工事でいらなくなった、銀座のレンガ敷きのレンガを譲り受けたという経緯からの命名。
 由緒正しい庶民の「銀座」は、物価の安さにまず驚かされます。八百屋さん、魚屋さんはもとより、衣料品や靴も他所より3〜5割は安い。いったん近くに住んだら、よほどのことがないと引越できなくなるでしょうね。

 そんな超ドメスティックな商店街のまわりには、大名屋敷の庭園を受け継ぐ「国立国文学研究資料館」や、大正時代の建物が残る「星薬科大学」など、閑静な名所も点在していて、散策目的で訪ねるのもまた楽しい。でも帰り道は、やっぱり商店街で特売品を買って帰ることになると思いますが…。

[取材・文]フリーライター・菊井 朋子



 私の職場は、熊本藩主であった細川家の拝領屋敷が、明治維新後に三井家に渡った敷地に立っているのです。もっとも、庭も池も当時の風情は微かにしか残っていませんが。
 この職場も、来月中旬には、立川に移転します。このところ、書籍や書類を段ボール箱に詰める仕事に忙殺されています。勉強どころではない日々を送っています。
 昨年から、奈良から京都へ、横浜から深川へ、そして、今度は、品川から立川へ、と慌ただしいことです。

 この戸越の地もあとわずか、と感慨に浸って、年末のご用納めをして年越しをしました。
 ところが、新年早々の仕事始めのために京都から上京した翌日のことです。職場のそばが、芳しくないことでニュースになってしまいました。
 奈良の平群にいたときにも、いろいろとニュースで有名になりました。全国の人に、「へぐり」という地名を覚えてもらいました。
 今度は、東京の品川の職場がある地が、お騒がせの舞台となりました。

 私は、この戸越銀座商店街の真ん中にある地下鉄の駅を、毎日通勤に使っています。そして、この商店街で、お昼のお寿司を、これまた毎日買っています。
 4日の金曜日は仕事始めで朝5時に起きて上京したために、5日の土曜日は、久しぶりに東京の住民でした。
 この日は、溜まりに溜まった仕事をするために、出勤しようと思っていたのです。しかし、新年早々の宿舎の掃除で、行くタイミングを失してしまったのです。危ないところでした。

 それにしても、生きていると、何かといろいろとあるものです。
 1日でも多く生き延びて、いろいろな出来事を見て、その時々の感想を存在証明として、こうして記し続けていきたいものです。



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2008年01月08日

東西の都でガスストーブを買う

 今年の冬は、いつもより暖かくないですか ?
 これなら、インドのこの時期の冬の方が寒かったように思います。ニューデリーでの1月の初旬は、持参した電気湯沸かし器の蒸気で部屋を暖めていたのですから。


 初めての京都の冬は、もっと寒さが厳しいものかと思っていました。しかし、それほどではないのです。拙宅は隙間だらけの家ですが、廊下を裸足で歩く時のヒンヤリ感が、少し気になる程度です。
 そういえば、夏も、賀茂川からの川風が通るせいか、思ったほど蒸し暑さは感じませんでした。クーラーはほとんど使わずにすんだのです。

 そうは言っても、寒さに弱い私は、やはり暖かな生活を好みます。これまでの主な暖房は、居間のガスストーブ1台で過ごしてきました。私の書斎は小さな電気ストーブだけでした。ただし、これまた大好きな蒸気を出す機種だったので、それでどうにかやってきました。

 冬が本格的になるにしたがい、やはり部屋が早く暖まることを考えました。そして思い切って、小さなガスストーブを買いました。
 原油が高騰している折でもあり、奈良で使っていた2台の石油ストーブは、倉庫にしまったままで使わないことにしています。

 ガスストーブは、燃料を補給する手間もなく、すぐに部屋が暖まるので、便利な道具です。小まめに付けたり消したりすれば、光熱費も節約できるでしょう。

 東京の冬も、昨夏までいた横浜に比べると、思ったよりも暖かいのです。家庭から出る、エアコンの熱も関係しているのでしょうか。
 そうは言っても、小さな電気ストーブでは、暖まる時間や電気代が大変です。そこで、思い切って、東京の生活でもガスストーブを買いました。

 温度の設定を18度にすれば、京の家と違って密閉性の高いマンション形式の部屋なので、これで十分に暖かさを維持できます。

 限りある資源を消費する生活の中で、この暖房に対する対策は重要な問題でしょう。
 ガスは便利です。しかし、その供給先の事情を考えると、これでいいのか疑問です。
 かといって、電気も、その供給状況はお寒い限りです。
 やはり、太陽エネルギーを取り入れることでしょうか。
 風車を回すのもいいですが、あの音には閉口します。

 中国とインドが、膨大な資源を消費しています。そして、垂れ流しや放出をしています。これからの国なので、かつて日本がそうであったように、止めることは難しいのでしょう。しかし、なんとかしなくてはいけない問題であることに、かわりはありません。

 快適な生活環境を保つためには、まだまだ課題が多いようです。異常なほどに恵まれすぎた日本ならではの、贅沢な悩みのように思えます。しかし、これが世界各国の先鞭となる課題の対処となります。

 いい知恵を出し合って、効果的な、効率のよい住環境を組み上げていきたいものです。



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2008年01月07日

井上靖卒読(18)『ある落日』

 清子とは何者なのか。
 進展する話の背景がわからないまま、何があるのだろう、と思わせながら物語は展開します。井上の長編小説で使われる、1つの手法です。
 不倫をテーマとするので、井上の語り口に興味を持って読みました。

 以下、思いつくままに。

・月光の中の女性まさみは、わざとらしい設定です。きれいなシーンを作ろうとしたようですが、話の流れからは唐突でした(角川文庫603頁)。

・人生観を語る実業家の小杉に、この物語の結末を予感しました。死ということを(388頁、475頁、476頁)。

・『星と祭』のように、もう一つの世界にいる自分との対話が、この作品に出てきます(473頁)。自己を投影して客体化する設定です。これは、『化石』でも用いられる手法で、死に関係する物語展開で、井上が有効な使い方をするものだと思われます。

・後半の、雪の八ケ岳山麓での、愛と死をめぐる二転三転がおもしろい作品です。絵のように、きれいな物語です。
 ただし、登場人物の3人については、どうもスッキリしないままです。明るい展望がないままに幕を閉じます。

・私には、消化不良の小説でした。ただし、再度読む価値はありそうです。

・巻末の自分で記してあったメモによると、ちょうど20年前に、これを読んでいます。しかし、話の内容はまったく覚えていませんでした。
 井上靖の小説は、すでに読んでいるはずのものでも、私にとっては、いつも初めて読むものなのです。不思議です。どうしたわけでしょうか。こうして、このブログで井上の全作品を、記録を残しながら読み進もうと思ったのは、この物語の内容がまったく記憶にのこらないという不可思議さについて、その理由を探りたかったからでもあります。【3】

初出紙:読売新聞
連載期間:1958年4月12日〜1959年2月18日
連載回数:310回

角川文庫:ある落日
井上靖小説全集19:ある落日

映画:ある落日
制作:松竹
監督:大庭英雄
封切年月:1959年3月
主演俳優:岡田茉莉子、森雅之

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2008年01月06日

源氏千年(4)ドラマ化はいつ

 『源氏物語』をドラマにしてほしい、という視聴者が多いようです。
 朝日新聞日曜版の「週間TVナビ」に、「TV端会議」というコーナーがあります。今日の見出しには、「源氏を滝沢で・・・」とありました。

 このコーナーは、読者の投稿(Eメール、はがき、FAX)をもとに、読者の側からテレビの諸相を見せてくれます。

 今日は、「今年こそ見たい番組!」というテーマに対する読者の意見が紹介されています。そして、『源氏物語』のドラマ化への要望が強いとのことでした。
 それでは、光源氏は誰がというと、圧倒的に滝沢秀明に人気が集まっているようです。大河ドラマ『義経』での演技が評価されているのでしょうか。

 私は滝沢秀明が出るドラマを見たことがないので、どのような役者なのか、よくわかりません。顔は知っていますが。
 私は、内田有紀に光源氏をやってほしいと、今でも思っています。平成4年(1992年)に17歳でデビューした時から、そんな感じがしたのです。内田有紀を知らない方は、以下のホームページをどうぞ … 。

http://www.jap.co.jp/yuki/

 今年は、『源氏物語』の千年紀でもあり、どこかで企画が進んでいることでしょう。11月の直前にでも、『源氏物語』に関するドラマが放映されることでしょう。

 誰が光源氏をやるのか、楽しみです。



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2008年01月05日

源氏のゆかり(2)若紫がいた北山

 『源氏物語』の第5巻「若紫」は、次のような話で進みます。

  1-源氏は瘧病の煩いにより北山の聖のもとを訪れる
  2-なにがし僧都の僧房の様子
  3-源氏は後ろの山から風景を眺めるとともに、
    明石入道の生活と女君の噂を聞く
  4-夕暮れ時に小柴垣の僧房を垣間見し、
    尼君とともに若紫を見いだす
    (『CD-ROM 角川古典大観 源氏物語』より)

 この話の舞台がどこなのかは、いろいろと説があります。
 鞍馬寺とするのが古来よりの通説です。
 しかし、角田文衛先生は岩倉の大雲寺とされます。

 そこで、よく知られた上の2つ以外の所を訪ねてみました。
 霊厳寺というお寺です。

 この霊厳寺は、今はその姿を確認することはできません。
 洛北西賀茂にある正伝寺の背後に、大文字五山送り火の一つである舟山があります。このあたりが、霊厳寺のあった所ではないか、と言われています。ただし、この霊厳寺は、平安時代の末期には廃絶したようです。
 この霊厳寺については、『今昔物語集』(巻31)に、おもしろい話があります。その内容は今は措くとして、この霊厳寺には、上寺と下寺があったとされています。下寺が、今の正伝寺のようです。


Owi4icx6_s正伝寺山門




 この正伝寺は、西賀茂ゴルフコースの中にあり、お寺のまわりはゴルフ場となっています。参道を上っていくと、ゴルファーとゴルフバックを乗せたカートが横切るのに出会います。


1a18kkzc_sゴルフのカート



 お寺の境内がきれいなので、このような情景に違和感はありませんでした。

 重要文化財の方丈は、木々の中に姿を見せます。これは、伏見桃山城にあった遺構を移築して、本堂としたものです。

7uw_w3bn_s本堂



 ここの本堂には、江戸時代の小堀遠州が作庭した「獅子の児渡し庭園」があり、京の名庭の一つとされています。


12rgqqc7_s庭園



庭は、竜安寺の石庭を思わせます。ただし、ここの庭は、サツキの刈り込みの枯山水です。さらには、庭の向こうに比叡山が望めます。ぜいたくな借景庭園です。

 境内の一角に墓地があり、木々の間からゴルフ場が覗けました。


Nwghqifr_s墓地



 どんなところか足を運んでみたところ、京の街が一望のもとに臨めるのです。


Qal9drub_sゴルフ場からの眺め



 少し小高いところからは、こんなにみごとな景色が目に飛び込んでくるのです。
 中央右端の白い長方形の建物のそばに、拙宅があります。その右には、京都御所が、さらに右に目をやると、京都タワーも見えました。
 まさに、絶景です。


Nrzz9oxk_s市外遠望



 ゴルフ場の反対側に行ってみました。
 山峡には、民家のような屋根が散在しています。


Urxejv13_s山麓の人家



 『源氏物語』の原文を読み比べると、この情景と物語の舞台の雰囲気が非常によく似ていることに気付かされます。丁寧に原文を読めば、さらに実感が湧いてくることでしょう。

 行くまでは、あまり期待をしていませんでした。一応、若紫が見つけ出された北山の一つを見ておこう、という動機で来ただけでした。しかし、その印象は、物語の場面を彷彿とさせる所でした。
 これは、少し真剣に調べてもいいかもしれません。

 早速、以下の2つを読んでみようと思います。


・永井義憲「源氏物語『若紫』の北山は霊厳寺か」(『大妻国文』五、1974年3月)

・竹内正彦「北山の天女―「若紫」巻における明石一族の噂話―」『源氏物語発生史論』(平成19年12月、新典社)



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2008年01月04日

井上靖卒読(17)『黒い蝶』

 エネルギッシュな実業家の、ひたすら前向きな生き方を語る物語です。
 「ムラビヨフ」ということばの推理から始まるオープニングは、読む者の気を惹くものがあります。そして、ストーリーの展開のおもしろさに、読ませる小説となっています。
 出てくる人物は、みんな善人です。井上らしく、前向きに生きる人間が、清々しく描かれています。主人公について、井上はペテン師と語っています。しかし、夢を求め、実現することを疑いながらも真面目に対処し、いいかげんではないところが、好感を持たせました。

 最終場面で、みゆきは、「ムラビヨフ」は飛行機から降りてこない、と言います。ペテン師である三田村が、ペテン師でなくなることに対しての恐れからなのでしょう。愛情が色褪せないためにも……。
 私は、ムラビヨフはタラップで殺されるかと思ったのですが、思い過ごしでした。

 本作品のタイトルは、最終場面で登場するムラビヨフの、蝶ネクタイのことを指しています。何か、違和感を感じます。
 また、良里子(らりこ)という少女の名前も、不自然な思いが残ったままです。
 三田村も、あまりに無責任過ぎます。
 話はおもしろく設定されていますが、人物の描き方に粗っぽさを感じました。三田村もみゆきも、どことなく中途半端でした。
 みゆきの兄で富豪の江藤は、なおさらです。最後のムラビヨフへの突進は、あまりにもピエロ過ぎます。

 この小説は、井上らしくないと思います。登場人物の扱いが乱暴な仕上がりです。
 これは、井上の最初で唯一の書き下ろしだそうです。常に読者を意識しながら書き進める、得意な新聞小説との違いが、こうしたところに出たのではないでしょうか。【3】


書き下ろし:1955年10月10日、新潮社刊

新潮文庫:黒い蝶
井上靖小説全集9:黒い蝶・射程
井上靖全集11:長篇4
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2008年01月03日

【復元】古都散策(24)龍田大社へ初詣

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)


☆2007年1月1日

人出の多い元日の龍田越え


 新年を迎え、いつものように家族で、河内高安にあるお墓参りに行きました。

 我が家のお墓は、『伊勢物語』の第23段「筒井筒」で有名な大阪河内の高安山の中腹にあります。大阪市内から淡路島までが一望できる地です。我が家のある平群の里は、ちょうど山の反対側に当たります。在原業平とおなじように歩いて山越えすれば、2時間ほどでしようか。

 私の出身小学校は大阪府八尾市立南高安小学校、中学校は同 南高安中学校です。まさに、高安の地です。
 中学校の冬のマラソン大会は、学校から奈良側の山を越えた平群町の信貴山までを往復することでした。小さい頃は河内高安で、大きくなってからは大和平群という、まさに業平の竜田越えの世界に私は生きているのです。

 お墓参りの後は、これまた例年のごとく、我が町の信貴山にある朝護孫子寺に初詣です。
 河内側から高安山を経て信貴山へ行くと、ことのほか人出が多いようでした。
 信貴山は虎が守護するところだけに、阪神タイガースの聖地です。優勝した年の人手はすごいものがあります。しかし、今年は優勝した年でもないのに、初詣客が多いのです。
 駐車場への待ち時間がすごいので、明日にすることで下山しました。
 反対車線の登りは、山頂から麓の王寺町まで、それも息子が卒業した信貴丘高校の校門あたりまで、車の列が続いているのです。こんなことは初めてです。

 我がご町内のお寺に、こんなに人がたくさん来ることは大歓迎です。しかし、ゴミが溢れ、自然が汚されるのはかないません。複雑な心境です。

 信貴山を下り、竜田の地にある龍田大社(大和国平群郡 龍田坐天御柱国御柱神社、現奈良県生駒郡三郷町立野南)にお参りすることにしました。


Y8zotvpc_s龍田大社の鳥居



 『日本書紀』の675(天武4)年4月10日の条に、龍田大社の風神祭のことが記されています。
 また、『延喜式』には「龍田風神祭祝詞」というものが収録されており、旧官幣大社の一つとしても全国に知られています。

 なお、法隆寺のすぐそばに龍田神社(大和国平群郡 龍田比古龍田比女神社、現奈良県生駒郡斑鳩町龍田)があります。
 私もその昔、この龍田神社を、かの有名な龍田の神の社だと思って、レタンサイクルで訪れたことがあります。しかし、平群の地に住むようになってから、そうではなくてもっと西の立野の地にあるのが、風の神の龍田大社であることを知りました。ややこしいことです。

 この龍田大社も、すごい人でした。賽銭を投げてお祈りをしようとする人が、長蛇の列をなしていました。


Gm07ocis_s本殿



 こんなに人が多い龍田大社は初めてです。
 本殿の横で振る舞い酒がありました。


Azkgy05b_sお屠蘇



 月桂冠でした。車で来ていて、おまけに糖尿病の私は、日本酒は避けました。
 例年、この場所では焚き火に人が群がっていました。しかし、今年の元日は非常に暖かかったからでしょうか、焚き火はありませんでした。

 いつものように、この龍田大社の破魔矢を買って帰り、床の間に掲げました。


Crnm5vt1 破魔矢



 今年も家族全員が無病息災で暮らせますように。



posted by genjiito at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都散策

2008年01月02日

京洛逍遥(22)元旦の新聞に!!

 元旦の朝日新聞を見ていて驚きました。
 ナンと3面の手前の記事に、自分の顔が微かに見えるのです。写真中央の頭は、どう見ても、これは自分です。
 あれっ、これは昨日の、と、確信に至りました。


Mry4wvrk_s元旦の朝日新聞



 前夜の大晦日に行った、八坂さんのをけら詣りの記事に添えられた写真の中に、自分の顔の上半分が写っていたのです。

 年末に別件で朝日新聞の取材を受けたばかりだったので、不思議な縁を感じました。

 をけら火の右側に、報道関係のカメラの列があったので、それを避ける気持ちもあって、左側の火に縄を延ばしたのですが、その時が朝日新聞のカメラマンのシャッターチャンスとドンピシャだったようです。
 それにしても、全身でなくてホッとしました。
 どこで自分の姿が全国に晒されるのかわからない、と思うと、複雑な気持ちになりました。

 新聞、テレビ、週刊誌と、さまざまな写真が氾濫しています。
 悪いことをしているのではないので、別にこれがどうということはありません。しかし、自分の知らないところでこうした存在証明をされることは、内心戸惑いが起きます。
 テレビ中継などでは、プラカードなどで、姿が放映されることを通知されるそうです。しかし、こうした行事に参加した者の様子を報道する際には、いちいち確認はしないのでしょう。
 毎年恒例の伝統行事なので、報道されることは暗黙の了解の元に成り立つ現場であり、それを前提での報道写真ということなのでしょう。

 松本清張の小説に、映像によって自分のアリバイが崩れる作品がありました。フッと、そのことを思い出しました。

 昨年の元旦には、『源氏物語』の外国語訳に関する記事の中で私のことが紹介されました。
 今年は、京の伝統行事に絡んで、偶然とはいえ自分にとっての記念となる掲載となりました。
 他人にとっては何ということはない出来事ですが、何となく生きている面白さを感じさせてくれる1年の締めくくりと、それを引き継いでのスタートとなりました。

 今年は、どんな1年になるのか、大いに楽しみです。



posted by genjiito at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆京洛逍遥

2008年01月01日

源氏のゆかり(1)上賀茂神社の片岡社

 初詣には、小雪が舞う中を、上賀茂神社へ行きました。

 町内会の寄付などは、上賀茂神社から回ってきます。拙宅からは下賀茂神社の方が近いのですが、氏子の気分で上賀茂へ参詣しました。


Oqvg9mnz_s上賀茂



 京都を守る神が鎮座するところだけに、鳥居にも存在感があります。

 鳥居を潜って境内に入ると、白馬が出迎えてくれます。この神馬は、なんと言えばいいのでしょうか。古典の知識では「白馬」と書いて「あおうま」と読むのですが、ここは素直に「はくば」でいいのでしょうか。


7tktowrd_s白馬



 本殿に掲げられた神文の二葉葵が印象的です。
 葵祭の象徴でもあります。


E5qzkokz_s本殿



 本殿楼門の近くにある第一摂社は、片岡社といいます。小さな社ですが、上賀茂の祭神である賀茂別雷大神の母である玉依比売を祀っています。


1yh02rwt_s片岡社



 ここは、縁結びや子授けの神様とされています。しかし私にとっては、紫式部に縁のある社となっています。

 紫式部は、ここに来たときに、次の歌を詠みました。

  賀茂に詣でてはべりけるに、
  人のほととぎす鳴かなむと申しけるあけぼの、
  片岡の梢をかしく見えはべりければ
                  紫式部
  ほととぎす声待つほどは片岡の森の雫に立ちや濡れまし
                (新古今和歌集 第三)

 この歌は、大津皇子の次の歌を本歌とするものです。

  あしひきの山の雫に妹待つと我立ち濡れぬ山の雫に
                 (万葉集 巻二)

 大津皇子が眠る二上山は、平群の家の勉強部屋から遠望できました。この歌を通して、はるか北山の地と縁があったことは、奇縁といえましょう。

 上賀茂社で、杉板のしおりを買いました。
 斎砂は、拙宅の坪庭に撒きました。


Hkps0oji しおり



 『源氏物語』のゆかりの地として、「片岡社」を、まずはその第1号の紹介としましょう。

posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆源氏物語