2007年11月03日

『源氏物語』の古写本を調べる

 先週は、京都文化博物館に寄託されている、古代学協会ご所蔵の『源氏物語 大島本』の調査をしていました。

 最近は、古代学協会に毎月足を運んで、書き込みだらけのこの『源氏物語 大島本』の写本を、拡大鏡などを使って調べています。
 実は、この大島本が、現在読まれている『源氏物語』の唯一の底本となっています。この本を元にした本文だけが読まれていることの問題点は、またいずれ……。

 原本に書かれている文字の状態を見ると、今読まれている『源氏物語』の本文について、改めて疑問が生まれます。我々は、一体何を読んでいるのだろうか、と。

 よく利用されている『新編日本古典文学全集』の中の『源氏物語』の本文は、どのような位置づけになるのでしょうか。
 今後の研究史の中では、江戸時代から明治時代にかけて読まれた『湖月抄』のような評価がなされるのでは、と私は思っています。

 いずれにしても、遠く平安時代に書かれたと思われる『源氏物語』の文章を想像しながら、こうした活字化された本文を読むしか、今は仕方がないのです。
 それでは、どのような本文を読んだらいいのか、という問題になりますが、それはさておき……。


 今週は、勝手知ったる奈良の地での調査に行っていました。
 天理大学附属図書館に所蔵されている『源氏物語』の写本の中でも、河内本とされている数冊を、丁寧に読んできました。

 現在の『源氏物語』の研究では、昭和28年(1953)6月に刊行された池田亀鑑編『源氏物語大成』を、基本文献の中でも重要な一つとしています。
 この『源氏物語大成』は、昭和17年(1942)10月に『校異源氏物語』として刊行されたものを、さらに利用しやすくしたものです。

 ただし、これにはさらに前史があります。
 それは、昭和7年(1932)11月に、池田亀鑑が完成させたばかりの『校異源氏物語』の稿本が、東京大学で展観されたのです。この時には、蒐集した資料の一部として展示されたのですが、それがどのようなものであったのかは、今もってわかりません。
 ただし、その稿本において諸本の本文を比較する上での基準となる底本は、何と、河内本と言われるものだったのです。
 昭和7年時点での底本・河内本が、次の昭和17年の『校異源氏物語』では、佐渡から見つかったばかりの大島本に一大変更されたのです。
 河内本から大島本に変えるという、その変更作業たるや、想像を絶するものがあります。この実態も、よくわかりません。
 そして、昭和17年の『校異源氏物語』以来、私たちは、この大島本で『源氏物語』を読むことになりました。
 〈大島本信仰〉の始まりです。もちろん、無意識の内に読まされてきた、と言った方が正確ですが。

 今回、天理図書館で調査した河内本とされる『源氏物語』は、実は池田亀鑑が最初の稿本で底本にしたと思われるものです。
 この53冊(第23巻「初音」欠帖)の写本の本文は、『校異源氏物語』にも『源氏物語大成』にも、まったく資料として採択されていないのです。
 最初の段階で、校異の底本にしていたのならば、その後の改版の中で、これも校異資料として取り上げるのが普通のはずです。しかし、池田亀鑑は、この本はなきものとして処理したことになります。

 それでは、この写本の本文は、どのような内容になっているのでしょうか。
 現在刊行中の『源氏物語別本集成 続』では、この本の本文を翻刻して、他の本文と比較できるようにしています。
 現在のところ、『源氏物語別本集成 続』は第4巻まで刊行し、今まさに第五巻(18松風〜21少女)を作成中です。
 今回、天理図書館へ行ったのは、この「少女」以降の巻の本文を確認するためでした。
 この本は、非常に読みにくい、というよりも癖のある文字で書かれています。室町時代に書写された写本なのですが、読み解くには馴れが必要です。
 ひらがなの「そ」「に」「は」「も」は、なかなか悩ましい字形をしています。

 この本の全容は、まだまだ分かりません。
 根気強く、一文字ずつ読み解く中で、この写本の意味するところを明らかにしていきたいものです。

 『源氏物語』は膨大な分量の物語なので、写本を確認するだけでも、コツコツと作業を進める以外には、方法がないのです。翻刻をしてから、他の本に書かれている内容と比較検討することになります。
 こうしたことは、文学の研究の中では、あまり好まれません。なかなか成果があがらないので、若い人たちも、手を延ばしません。また、その指導に当たられる先生方も、業績をあげるためにも、このようなテーマに取り組ませることは避けておられる、というのも実情のようです。

 何とも説明のしようもない、こんな気の長いことをしています。
 難しくてややこしい研究ではなくて、墨で書かれた文字を読むことに対して興味のある方は、ぜひこうした作業に参加してくださいませんか。
 ボランティア募集中です。
 その窓口は、〈NPO法人 源氏物語の会〉となっています。
 もっとも、今年の3月にレンタルしていたサーバーがクラッシュしたために、〈NPO法人 源氏物語の会〉のホームページは、現在まだ再構築中です。もうしばらくお待ちください。
 私のプログも、以前は「たたみこも平群の里から」と題して、NPOのサーバーから発信していました。それが、今年の3月にNPOのホームページと共に、一瞬の内に頓挫したのです。
 なんとか復元可能なものは、以下のアドレスで確認できるようにしてもらいました。

http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php

 本ブログ「賀茂街道から」は、それ以降のものです。
 「賀茂街道から」以前のものは、不完全ですが、上記のアドレスからご笑覧のほどを。
posted by genjiito at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎源氏物語