2007年08月31日

井上靖卒読(13)『真田軍記』

 『真田軍記』は、4編の短編で成っています。歴史物として、なかなかおもしろい仕上がりです。【3】

 (1)「海野能登守自刃」
 人間の運とその背景にある情を語る短編です。
 海野能登守は、満足しない性格が運を失います。身を引くも、やってきた運に欲がでます。強すぎたが故に疑いを持たれても、逆らう気はまったくないのです。しかし、人は邪魔に思われることがあります。本意と異なる状況での、冷静な判断を下す能登守に、人間の清々しさを感じました。

初出誌:小説新潮
初出号数:1955年8月号

角川文庫 :真田軍記
旺文社文庫:真田軍記
井上靖小説全集:14 淀どの日記・風と雲と砦
井上靖全集:5 短篇5

 (2)「本多忠勝の女」
 敵対する者との腹の探り合いの中で、親としての子への自然な情に従う真田昌幸を、客観的に語ります。そしてその背景に、一見ひ弱で従順なだけの嫁への好感が、その出自ゆえのしたたかさを知って感嘆する様が、サラリと描かれています。佳作です。

初出誌:小説新潮
初出号数:1955年9月号

角川文庫 :真田軍記
旺文社文庫:真田軍記
井上靖小説全集:14 淀どの日記・風と雲と砦
井上靖全集:5 短篇5

 (3)「むしろの指物」
 引っ越しを終えた夜に、自分の思い通りに生きた無欲の2人のつましい男の一生を、淡々と語ります。
 平凡すぎるほどの平凡な人生の中にも、その時々の満たされた心が、読者に温もりを感じさせます。末尾の、2人が別かれるシーンで、湖に蛍が飛ぶのが印象的でした。
 「最初の時は月光が照り、月の周囲を雲が早く走っていた。」という所は、しっかりとチュックしました。

初出誌:小説新潮
初出号数:1955年10月号

角川文庫:真田軍記
旺文社文庫:真田軍記
井上靖小説全集:14 淀どの日記・風と雲と砦
井上靖全集:5 短篇5小説新潮*

 (4)「真田影武者」
 闘う闘志の描写が生き生きとしていて、井上靖らしいと思いました。
 ただし、内容は資料不足のせいか、薄っぺらに思えました。

初出誌:小説新潮
初出号数:1955年11月号

角川文庫:真田軍記
旺文社文庫:真田軍記
井上靖小説全集:14 淀どの日記・風と雲と砦
井上靖全集:5 短篇5


 
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2007年08月28日

銀座探訪(1)夜の銀座 de 泳ぐ

Sfdm7o7t_sアップルストア銀座


 夜の銀座で泳いで来ました。
 場所は銀座三丁目、三越と松屋の向かい側にある、アップルストアの隣のスポーツクラブです。

 宿舎の引っ越しに伴い、これまで行っていた川崎のスポーツクラブが遠くなったので、新たな通勤途中にある銀座店の会員に移行しました。

 場所が場所だけに、思ったよりもいい施設でした。銀座のど真ん中の地下にプールがあるとは、ほとんどの人が知らないことでしょう。18メートルの長さで2本しかないプールです。子供のスイミングプールですが、人が少ないのを幸いに、ウォーキングをする人の間をすり抜けるようにして泳ぐことになります。
 スチームサウナと気泡プールもあるので、気分転換の施設として利用できます。お風呂がないので少しもの足りませんが、このプールとシャワーブースをうまく活用すれば十分です。

 今日は、移転手続と個人ロッカーの確保、そして挨拶代わりのプールでの初泳ぎをしました。

 行ったのは、夜の8時前後。会員の方の年齢が高かったように思います。8割は女性のようでした。

 これまでの川崎が大きな施設だったので、この銀座は非常に小さな店に見えます。しかし、会員は少なそうなので、これもいいものです。

 これからは、夜の銀座で健康生活を持続したいと思っています。
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2007年08月27日

エレベータはなぜ仲良く昇降するのか

 今日は、エレベータの前でジッと待つ日でした。
 違う場所で4回も同じ状況に置かれたので、日ごろの疑問が確信になりました。
 どうして、複数台あるエレベータが、一緒に動くことが多いのでしょうか。
 2台や3台、もしくは4台もあるエレベータが、どれも同じ階にあることに直面することが多いのです。もっとランダムに昇降できないのでしょうか。

 エレベータを管理するコンピュータのプログラムがどうなっているのかは知りません。しかし、どう考えても効率の悪い動きをしているとしか思えません。

 一緒に上がってくるエレベータが複数台あっても、1台が到着すると、他のものは手前で折り返していることはわかります。それくらいはプログラミングで対処できることです。一つの呼び出しに、複数台が駆けつける必要はないのです。
 問題は、エレベータの前で待つ時間の長さです。複数台あれば、うまくコントロールすれば、待ち時間を短縮できるはずです。
 少なくとも、並んで昇降するエレベータを、ジッと眺める状況が生ずるのは、エレベータを管理する会社とそれを動かすプログラムのレベルが低すぎるからとしか思えません。怠慢です。危険なエレベータに対する技術的な改良と対処は必要です。しかし、利用者のことはプログラミングされていないようです。

 今のエレベータのプログラムの多くは、あまりにも出来が悪いと思われます。もっと、利用者の心理を研究して、効率の良い昇降をする道具にしてもらいたいと思います。

 海外はともかく、日本人はこうした点では優秀なはずなので、エレベータ会社はチャレンジしてほしいと思います。利用者の気持ちを熟知した動きをするエレベータの設置を、心待ちにしています。
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スクーバ・ダイビング(11)

Baqf3o9s_s沈没船


 2日目は、ボートに乗って沖に出て潜りました。
 小型船の船端から、シッティング・バック・エントリーといって、ボンベを背負ったままで後ろ向きにひっくり返って水中に飛び込みます。テレビなどでよく見る入り方です。これは、ここに来る直前に、スポーツクラブで練習をしてきたので、問題なくできました。なかなかダイナミックな入り方です。

 今回のダイビング・ポイントは、沈没船のまわりでした。海底では、圧力変化の実験と、浮上時に水中5メートルの位置で3分間の安全停止をする訓練をしました。
 とにかく、海に潜るのは水圧の人体への影響ばかりではなくて、それ以上に体内の残留窒素との闘いです。これは、想像を絶するものがあります。実は、私は海から上がって10時間以上が経っています。しかし、私はまだ飛行機には乗れないのです。乗ってはいけないのです。人間の体は不思議です。その精巧に出来た身体を熟知し上で、こうしたダイビングの安全思想があるのです。

 さて、海底に降りると、ちょうどそこはタンカーの沈没したのが横たわっていました。上の写真がそうです。
 すこし濁っていたので写りは悪いのですが、迫力ある光景は伝わるかと思います。
 この沈潜は漁礁になっていて、デッキやキャビンも覗いてみました。

Rlwbe6_b_s漁礁


 中性浮力のコントロールも自由にできるようになり、思い通りの遊泳ができるようになりました。
 インストラクターの後を追いながら、海底散策を楽しんでいるところです。

K7oxcma7_s海底散策中


 少し余裕の出たところで、私のカメラをペアの人に渡して撮影してもらいました。

Kanzg4x8_sVサイン


 今回、ボートダイビングをマスターできたことにより、スクーバ・ダイビングの幅が広がりました。
 雪山のスキーに例えると、山の下から歩いて上がっては滑り降りていたのが、リフトを使って高い所から滑降することになったのと同じです。

 今月だけで、海に4時間半も潜ったことになりました。

 せっかく覚えたスキルですし、せっかく手にしたライセンスなので、折を見て生活に活かして行きたいと思います。
 また、さらに高度な技術やコースがあるようです。機会を掴まえて、さらに一つずつライセンスを取得していきたいものです。

 目標をクリアしたばかりではありますが、思いきって挑戦してよかったと満足しています。

 老化がこれ以上に進行しないように、また新たな目標を目指したいと思います。
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2007年08月26日

スクーバ・ダイビング(10)

 早朝、東京駅からこだまで伊豆の河津へ行きました。半分、寝ぼけ眼です。
 今回は、アドベンチャーダイブとしてのアドバンスドコースのトレーニングを受けるため、1泊2日のライセンス取得の旅です。
 本来ならば、熱海に近い宇佐美というところだったのですが、先般サメが出没したということで、南端の下田に近い河津になったのです。1時間以上も電車で南下したところでした。

 駅に着くと、すぐに海岸へ行き、説明を受けて早速海洋実習となりました。

Xlu3o_vs_sビーチ


 まずは、中性浮力の練習からです。水中において立ち姿勢での水中静止と、垂直姿勢での水中静止です。
 今回は6人1グループでの講習でした。みんな、なかなかうまくいきません。この水中での自分の体のコントロールが、スクーバ・ダイビングの一番のカギであることは間違いありません。

 初日の2回目のダイビングは、カメラを持っての海底撮影の練習です。カメラを片手に潜り、魚や岩場などを撮影しました。
 次の写真が、私の最初の作品です。

Ec7ngxtq_s初写真・潜降


 これは、今回のメンバーの一人が、ウキから垂れ下がっているロープ伝いに海底に降りる所です。私はその直下にいたので、海底に降りるやいなやシャッターを切りました。

 持って行ったのは、いつも使っているソニーのサイバーショットです。それを、水深40メートルまで大丈夫な樹脂製のケースに入れて潜っています。

 最初の難関が、この潜降です。なかなか体が沈んでくれないのです。大きく息を吸い、そしてそのすべてを吐くと、徐々に体が沈むのですが、それがそう簡単ではないのです。私も苦労しました。

 今回は、どうしたわけか魚が少なくて、シャッターを切るモノを探すのに時間がかかりました。
 私が最初に写した魚は、こんなものでした。

6bpvopwh_s


 図鑑を調べればいいのでしょうが、まだこの魚の名前はわかりません。

 ちょうどこの時でした。6人のメンバーの内の一人が、急に中性浮力を失い、突然上昇しはじめたのです。

5sedgk8s_s一大事


 たまたま私はそのそばにいたので、こんな写真が撮れました。水中で自分のポジションを確保して移動するのは、思ったほど簡単ではありません。

 この日の3回目のダイビングは、水中でコンパスを使って目的の地点に移動する練習です。これは、2人づつ組んだメンバーの意思の疎通を欠いたためもあり、ロスタイムの多い講習でした。エアがギリギリになったので、途中で打ち切って浮上することとなりました。
 海底での待ち時間が長かったのでブラブラしていたら、頭上を魚の大群が通りかかったのでパチリ。

Pfyxjir5_s魚の大群


 初日は、水深10メートルの所を、1時間40分ほど潜りました。
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2007年08月24日

スクーバ・ダイビング(9)

 アドバンスドコースの3時間の科目講習を受けてきました。
 その帰り、駅を降りると、バケツをひっくり返すとはこのことか、というほどの大雨でした。久しぶりの雨です。ベランダに積み上げてある段ボールのことが、一瞬気になりました。

 今日は、これまでよりも更に深く海に潜る上での、知識や理屈のお勉強です。明日が海洋実習なので、真剣に話を聞きました。もっとも、今日の受講者は私一人です。インストラクターの先生と世間話をしながらの、和やかな講習でした。テキストに書いてないことを、たくさん教えてもらいました。

 一つ一つの知識が、我が身を守り、大きな楽しみを与えてくれるものとなるので、勉強もやりがいがあります。それも、明日直面するかもしれないことなので、自然と身が入ります。

 昨日練習した、ボートからのダイビングは、明日は漁船からのダイビングになるそうです。突然、日本的な要素が加わりました。
 真っ白なクルーザーから、とたんに木造のギーギーと音のする手漕ぎ船へと、イメージが一変しました。それは極端としても、それもいいだろう、と納得して、明日の準備をしています。

 デジタルカメラでの撮影講習も、明日のメニューに入っています。海の中を、自分の目で見たものを撮影するのも楽しみです。

 準備万端整いました。水深40メートルの世界を堪能してきます。
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2007年08月23日

スクーバ・ダイビング(8)

 明後日の伊豆での海洋実習の前に、少しダイビングの練習をしました。
 2週間以上潜っていなかったので、感覚を取り戻すのに時間がかかりました。しかし、すぐに感触がつかめ、気楽にウォーミングアップができました。

 あれだけ不安定だった、水中でポジションを保つ中性浮力が、今日は問題なくできました。ダイビングプールの水深3メートルから4メートルの深さで、安定した泳ぎができました。やはり、ゆっくりした呼吸が大事です。そして、余計なことを考えずに挑むことを学びました。

 今日のメインは、海上でボートから海に入るテクニックです。
 この、ボートからのダイビングには、座ったままで後ろ向きに倒れて海に入る方法と、立ったままで水の中に踏み出すジャイアント・ストライド・エントリーがあります。

 初めてこの方法をやってみました。
 最初は怖かったのですが、やってみると何でもないのです。これで、どこのダイビング・スポットへも行けるようになります。

 体で覚えたことは、繰り返しの中で再現できるようです。そして、少しだけですが、これまでよりも恰好良よくなったようです。

 チャレンジするたびに新しいスキルが身に付くのは、本当に楽しいものです。マスターしたことが自分の体で確認できるので、一つ一つに達成感があります。

 明日は、夜に3時間の学科講習を受け、明後日に伊豆での実習に向かいます。次はどんな技術が身に付くのか、非常に楽しみです.
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2007年08月22日

心身(7)鼻からの胃カメラは良好です

 早朝より人間ドックに行きました。
 東京の目黒区にある三宿病院には、もう8年間もお世話になっています。それなのに、行き方を間違ってしまいました。
 年1回ということで自分を慰めていますが、降りる駅を勘違いしているのですから、ボケも益々進行しているようです。
 そういえば、最近はよくモノを落としたり、躓いたり、頭をぶつけたりしています。着実に老化が忍び寄っています。

 昨夜、寝る前に電車での行き方を確認しました。その時に、行き先を、どうしたわけか「中目黒」としました。例年、「祐天寺」で降りて歩いて行っているのに。

 パソコンが検索結果として教えてくれた経路と時間にしたがって「中目黒」駅で降りてみて、そこがいつもと違う駅の雰囲気であることに気付きました。どう見ても、初めての駅なのです。次の駅の「祐天寺」だったことに思い至り、すぐに乗り直そうかと思いましたが、ここからでも何とかなるだろうと、道順を聞くことにしました。
 駅の売店に足を向けましたが、どうも頼りなさそうなおばさんだったのでヤメにして、改札の横の駅員さんに聞きました。すると、地図を出して丁寧にバスでの行き方を教えてくれました。本当に親切な若者でした。気の毒な親父だと思ってのことでしょう。あの売店のおばさんだったら、どんな対応をしてくれたのでしょうか。

 教えられた通りにバス停に行くと、ラッキーなことにちょうどバスが止まっていて、それが教えてもらった番号のバスでした。一つ間違うと数十分待つことになるところだったので、とにかく助かりました。

 運転手さんに聞くと十分ほどかかるとのことだったのですが、渋滞もなかったせいか、5分で着きました。これまたラッキーでした。

 人間ドックでは、いつも各科を回るのに待ち時間がかかるのに、今日は本当にスムーズに行きました。

 胃カメラが最大の難関なのですが、昨年からカメラを口から入れるのではなくて、鼻からの方式を選択できるようになりました。そして、それを試みたところ、実に楽だったのです。その仕組みの詳細は、昨年の報告「胃カメラを鼻から入れる」をご覧ください。

http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php?categ=1&year=2006&month=5&id=1148381592

 さて、今年も鼻からの胃カメラを希望しました。すると、昨年は右からでしたか、左からでしたか、覚えていますか、と聞かれて、「?」 でした。楽だったことだけは鮮明に覚えていますが、それがどちらから入れたのかは、どうしても思い出せません。とにかく、「右でお願いします。」と言っておきました。

 看護婦さんは右の鼻に麻酔液を入れ、20センチほどのパイプを突っ込まれました。くすぐったくて小さなクシャミをした後は、もう鼻に突き刺さったパイプは何の違和感もなく目の前にあります。人に見られたくない姿だったと思います。

 ベッドに横になり、先生と話をしながら鼻に胃カメラを挿入してもらいました。カメラの先がノドを通る時に、少し気持ちが悪くなりそうでしたが、後は何ともありません。
 口からノドを通して胃カメラを入れていた数十年間というものは、眼から自然と流れる苦痛の涙や唾液との苦闘が、この鼻からの方法では嘘のような過去の出来事となりました。

 目の前のモニタを見ながら、先生は私の質問に気軽に答えてくださいます。そうなのです、胃カメラを入れられているのに、先生と話ができるのです。

 私が胃のないことを事前にご存知だった先生も、「アレッ、もう腸まで行っていますね」と仰るほど、スムーズに胃や腸の壁面の点検が進みました。黄色い胆汁が、よく確認できました。胃を切除した時の接合部分が、今年もやや赤くなっていたので、生体検査のために細胞組織を掴み取られました。取られた瞬間に、少し血が出たことまで、モニタにはハッキリと映し出されました。
 これで、今年も検査の後の食事は、お粥さんです。そして、1日中胃を守るように、という指示がでるのです。

 その他の検査では、特に異常はなかったように思います。
 血糖値は、いつものことながら高めでしょうが、日々の測定で極端に高くならないように節制しているはずなので、あまり気にしていません。今回気になったのは、内科の先生が、体重が少ないのが気になりますね、と仰ったことでした。
 自覚していることなので、カロリーがオーバーしない範囲で、体重を増やすことを心がけたいと思います。
 贅沢だと言われるのですが、体重を増やすにはどうしたらいいのでしょうか。
 これが、私にとっての最大の課題です。

 そうそう、内科での触診の時に、肋骨の下部でヘソの上あたりに最近できた丸いシコリについて聞くと、老化に伴って出てきた軟骨なのだそうです。自分の体が着実に老朽化していることを確認できたということは、正直なところショックでした。自分はまだ老人ではないと思っているので、この現実を思い知らされるモノと直面し、時の流れに己が身を任せるしかないか、と思うことにしました。

 事実はそうとしても、やはり自分が思う気力や体力の若さのイメージを大切にして、気分だけは老けないように生活するつもりです。

 今週末は、東伊豆の海を潜ることになっています。明日は、そのためのダイビングの訓練を、明後日は学科の講習が待っています。
 この調子ならば、当分は落ち込む暇もなさそうです。
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2007年08月21日

お風呂とトイレの工事だとか

Omhkcnbv_s隅田川の対岸から


 先週から生活を始めた新しい宿舎は、隅田川沿いにあります。
 隅田川越しに撮った写真の、右端中央に低層の四角い建物が見えます。大きな建物に囲まれて、質素に建っています。

 木々に囲まれて、いい環境です。ただし、相当古いために、住んでみるといろいろと問題が噴出です。

 まず、トイレの排水パイプが腐食しているために、階下に漏れていることが本日確認されました。近日中に、トイレの床を壊して、階下の天井とともに大工事をすることになりました。階下の方には、私が入ってこなければ問題が表面化しなかったのですから、申し訳ないという気持ちがあります。しかし、私としては、どうしようもないことなので、管理人さんたちにまかせています。

 次に、お風呂の火力調節をするツマミが腐食して動かなくなっていることも、本日、ガス屋さんが正式に確認しました。これは、風呂釜意外のボイラー一式を交換することになりそうです。ただし、この宿舎を所有しているところの承認が必要だとのことで、これも了承が得られ次第に工事をするそうです。

 ベランダの漏水は、まだ解決していません。

 8月下旬は、そんなこんなで慌ただしいことになります。

 隅田川の川風を頬に受けながら、そんなこともあるさ、と明日の人間ドック入りの準備をしています。

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2007年08月20日

有料のゴミ袋

 今度住むことになった地域は、月曜日が生ゴミ回収の日です。
 早速、先週から溜まっているゴミを出しに、集積所に行きました。
 大きなゴミ袋を5つ抱えて。

 ところが、置かれているゴミが、すべて東京都指定のゴミ袋に入れられていることに気付きました。
 そういえば、京都もゴミの出し方に厳しい街です。近所のスーパーなどで有料のゴミ袋を買い、それに入れて出すのです。

 これまで住んでいた奈良も、そして横浜も、共にスーパーの袋などで出していました。ついその習慣から、いつものようにゴミを出そうとしたのです。
 これはいけないと思い、すぐに近所のスーパーに、といっても少し距離がありますが、走って行きました。そして、店員の方に都指定のゴミ袋はないかと聞いたところ、案の定、京都と同じようなゴミ袋を置いていました。それを購入して帰り、詰め直して集積所に出しました。

 ゴミの出し方も、何かと面倒になってきました。環境問題の一環からでしょうが、わざわざ購入したゴミ袋で出すのは、多分に環境問題への教育的な配慮をしてのことと思われます。ゴミを減らすための方策として異議はありませんが、まだすんなりと納得できない方式のように思います。

 そして今日、仕事を終えて帰った時、郵便受けを見てガッカリしました。いつものように、わけの分からないチラシが大量に投げ込まれていたのです。
 どうして投げ込まれた紙くずを、住人が有料の袋に入れてゴミとして出さなければならないのでしょうか。
 生活に困った人が、アルバイト費を稼ぐために各家庭にゴミをばらまく行為を、かねてより疑問に思っていました。これは、あきらかに犯罪ではないでしょうか。共産党が自衛隊の官舎に反戦のビラを投函したということで、裁判になっていました。しかし私は、この見知らぬ人によるポストへのゴミの投げ捨て行為こそ、厳罰に処すべきだと思います。

 これまでの疑問が、ゴミ袋の有料化に伴い、現実のこととして問題意識を高めることとなりました。
 私にはゴミとしか思えないチラシを投げ込む人に、注意をしたいのですが、殺されるのも放火されるのもいやなので、見て見ぬふりをせざるを得ません。これは、どこの誰が、どうやって解決するものなのでしょうか。
 自分に出来ることは何なのでしょうか。

 地球上に人類が1日でも長く存在するためにも、こうした環境問題について、今はさまざまなアイデアを持ち寄る段階だと思われます。優れた知能を持つ高等な生物として生息する人間は、激変する環境は変えられないにしても、ここで生き抜くための知恵は持ち合わせているはずです。

 これからの時代は、欧米流の自然を征服する発想ではなくて、東洋的な自然と親和する意識が再評価されることは、言われている通りでしょう。
 身近なところから、一つずつ確認していきたいと思います。
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2007年08月19日

洗濯用ホースの欠陥

 引っ越し荷物の片づけは順調です。
 段ボール箱はすべて開梱しました。
 引っ越しのキーワードは段ボール箱です。これをすべて片づけたら、もう整理は最終段階です。

 洗濯機の給水ホースの長さが足りないことがわかりました。
 長いホースを買うよりも、延長ホースで解決しようとしたのですが、購入したホースが欠陥品で、中継ぎ部分から水漏れがするのです。ブリジストンの製品だったので大丈夫だろうと思ったので購入しました。しかし、世の中はそんなに甘くはありません。
 欠陥商品が巷に満ち溢れているのを忘れていました。今回も、お決まりの欠陥品をつかまされました。

 洗濯機の後ろに水が溜まっているのを見た時は、背筋に冷たいものが走りました。私は2階に入居したので、下の階に水が漏れたのでは、とドキドキしました。幸い発見が早かったので、事無きを得ました。恐ろしい商品が市販されているものです。

 早速、購入したイトーヨーカドーへ行き、事情を説明して、継ぎ足す延長ホースではなくて、1.5メートルの一本でつなぐものと交換してもらいました。店員の方は、そんなはずはない、と交換を渋っておられました。どこの店でも示される反応です。私が間違った使い方をしたせいだろう、と暗に責める口調です。そこで、丁寧に説明をして、納得をしてもらって、少し追い金を支払って、一本のホースを持ち帰りました。今度のモノは大丈夫でした。

 そうこうするうちに、階下の方がお出でになり、うちのトイレの天井から水が漏れるのですが、お宅の水洗はどうですか、とのことでした。何も異常はないということを伝え、管理人さんに連絡をしてもらいました。しばらくしてお出でになった管理人さんは、私の部屋と階下との間の鉄管が腐食しているのでしょう、古い宿舎ですから、とのことでした。そんなに簡単に結論を出していいのかと、こちらが面食らうほどでした。

 ちょうどよい機会だったので、私の部屋での不具合を報告しました。
 まず、お風呂の温度調節をするコックが錆びついて回らなくなっていることです。湯沸かし器を取り付けに来たガス屋さんの見立てでは、これは心棒がダメになっているので、無理に回さないほうがいい、と言われたことを伝えました。また、蛇口とシャワーの切り替えツマミが、本来の部品ではないことも伝えました。共に、検討するとのことでした。
 さらに、ベランダの庇から水がポタポタと落ちてくることも。一日中水が滴り落ちているのです。真上の部屋のベランダからのものでしょうが、何かの水漏れなのか、クーラーの水が落ちてくるのか、とにかく困った状態であることを分かってもらいました。

 そうそう、今日、トイレの便器のフタがないことに気付きました。昨日、管理人さんと部屋の点検をした時には、まったく気付きませんでした。引っ越しのドサクサには、ものがよく見えていないことを実感しました。

 とにかく、新しい生活を始めるにあたっては、いろんなことがあるものです。何が見えて、何に妥協するか、ということとのせめぎ合いの局面の連続です。これも、残された生活を送るに当たっての楽しみの一コマ一コマなのでしょう。

 何事も有り難いことです。現実との直面を素直に受け入れて、これらも楽しみの糧にしたいと思っています。
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2007年08月18日

熱風が一転して涼風となる

 金沢文庫最後の夜は、これまでにない暑さでした。
 引っ越しの荷物に囲まれて、明け方まで寝苦しい一夜でした。私の所にはクーラーがないこともあり、8年半いた宿舎の最後が、思いがけない記念すべき日となりました。汗が布団に染み込んでいくのがわかりました。

 今回は、引っ越しの専門業者に頼みました。ただし、荷造りは私の方でやり、運んでもらうのを依頼しました。酷暑の中なので、自分が荷物をトラックに積み込んだり、そのトラックを運転する必要がないだけで、気分は相当違いました。今春の奈良から京都への家族総動員の引っ越しは、楽しさと充実感は得られましたが、やはり疲れました。

 今回は、単身赴任先の引っ越しということで、荷物も私一人の分量です。家具は、食器棚だけです。冷蔵庫や洗濯機はありますが、とにかく単身用の小さなものなので、総量はたいしたことはありません。
 4トン車が来ましたが、荷台の半分を埋めた程度でした。ほとんどが本の入った段ボール箱なので、3人の業者の方は手際よく運んでくださいました。よく教育された方々で、気持ちのいい対応で安心しました。予定よりも大分早く出発となります。

Fqjljjoe_s金沢文庫出発


 行き先の宿舎は、東京の江東区の中でも深川・木場地域です。下町らしさが残っていそうな所です。
 荷物の搬入もスムーズにいき、夕刻になる前に、早々と引っ越し終了となりました。

Si1kp2zk_s越中島荷卸


 後は、恐怖の段ボールの開梱です。しかし、引っ越しも手慣れてきたせいか、次々と空になった段ボールを畳んでベランダに出すことに、不思議な快感と満足感が得られるようになりました。

 1年以上も空き部屋となっていたということで、一見きれいでも布巾は真っ黒になります。これから、掃除にエネルギーを吸い取られそうです。

 新しく入居した宿舎での最初の夜、明け方に何と寒さで眼が覚めました。暑かったので、ガラス戸はすべて網戸にして寝ました。気持ちのいい隅田川の風が通っていたのです。それが、明け方に一転して肌寒いほどの涼風になっていました。足下に置いていたタオルケットを首までスッポリとかけて、再度寝直しました。

 引っ越し疲れのピークにもかかわらず、眼が覚めるほどの涼しい風だったのです。前夜の、体から水分がにじみ出ていく感触とはまったく正反対の夜明けがたに、とにかく驚きました。

 なかなか楽しみの多い新生活が始まりました。
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2007年08月13日

養林庵の庵主さん

Kofu16po_s庵主さん


 一昨年、母親が亡くなった時に、仏事をお願いするお寺を変えました。それまでは、奈良には曹洞宗のお寺が少ないこともあって、臨済宗のお寺さんのお世話になっていました。しかし、母のかねてよりの希望により、我が家の宗旨に合った曹洞宗のお寺から来てもらうことになりました。大阪の柏原市にある薬師寺の庵主さんは、気さくに何でも楽しく話のできる方でした。
 それも、今回の引っ越しにより、わざわざ京都までお出でいただくわけにもいきません。ご挨拶に伺った折に、京都でのお寺さんを紹介してもらいました。それが、養林庵でした。我が家から地下鉄で一駅の近さです。お盆の供養をしていただく前日に、妻と共にご挨拶に伺いました。
 この庵主さんも、気さくに話のできる方でした。当日は、車で迎えに行きました。わざわざ門前で待っていてくださいました。

 庭に面した和室に仏壇を据え、少し足が痛いとおっしゃる庵主さんには、椅子にかけてもらいました。我が家にいつからか伝来する木魚は、畳の上に置いていたので、前かがみの窮屈な姿勢で叩いてもらうことになりました。この次には、木魚を置く台を作っておきましょう。

 30分ほどでしたでしょうか、丁寧なお経をあげてもらい、しばし歓談となりました。
 京都では、ロウソク立ては一つでいいのだそうです。

 仏壇にあげたお膳は、息子が朝から丁寧に作ったものでした。

Va1wycy7_sお膳


 これまでにも、何度か法事などでお膳を作ってくれました。今はイタリア料理を勉強している息子ですが、最初は和食からスタートしたことが、こうして役立っています。

 庵主さんは、お膳の出来栄えの見事さに感心しておられました。プロを目指す者の手になるだけあって、細かい芸が忍ばせてあるようです。

 ただし、庵主さんから食器の位置について助言をいただきました。写真の配置がお薦めのできあがりとなります。
 最初、息子は左下の高皿に盛った漬物は中央に置いていました。中央にある、煮物や胡麻和えを盛ったツボ腕は、最初は左下にありました。この2つは、入れ替えた方がいいそうです。
 息子の説明によると、食器が納めてあった入れ物に説明書が添えてあり、その通りの位置に並べたとのこと。
 庵主さんの話では、業者の方はよくそう言われるが、我々はそうはしていないんです、とのことでした。
 食器の並べ方についても、いろいろとおもしろいことがあるようです。
 そうそう、箸の向きも直してくださいました。仏様が右手に箸を持って食べられるようにするのです。
 細かなことですが、主役が誰かを考えると、納得のできるお作法だと言えましょう。

 慌ただしい日々の中ではありますが、新しいお寺さんを迎えての、気持ちを一新してのお盆を迎えることができました。

 そうこうする内に、私は息子と大阪・八尾の高安山の中腹にある我が家の墓地に、妻は亡父の初盆のために秋田へ飛び立ちました。そして、今週末の横浜の宿舎の引っ越しのために私は上京し、妻は秋田から横浜に手伝いに来るという、またまた目まぐるしい日々がまっています。
 とにかく、私は横浜の宿舎の荷物を、段ボール箱に詰めなければいけないのです。単身赴任なので、家具は少ないとはいうものの、本などはそれなりにあるので、面倒な作業が待っています。
 元気に引っ越しが終われば、すぐにスクーバ・ダイビングのアドバンスド・コースの講習と海洋実習が待っています。次は、伊豆・下田湾の近くを潜ります。
 仕事の合間とはいえ、休む隙のない毎日です。回遊魚と言われるままの生活を続けているのは、まさに天命なのでしょう。
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2007年08月12日

京洛逍遥(12)下鴨神社

Q0yb2y16_s世界文化遺産


 京都に引っ越しして、まずは氏神さまにご挨拶に行きました。
 下鴨神社の正式な名称は「賀茂御祖神社」です。平安京の造営以前からある古い社です。
 賀茂川と高野川に挟まれた糺ノ森の北にある本殿へは、自宅近くの下鴨本通りから参拝しました。
 入ってすぐに、上の写真のような、世界文化遺産の記念碑があります。

 そして、立派な鳥居。

Wuvt910e_s鳥居


 西側の横手から入ったこともあり、いかにもご近所の観光地へ地元の住人が参ったという感じでした。

 大炊殿は、神様にお供えする物を調理する所です。いわば台所。

G4xvrub3_s大炊殿


 息子が料理の勉強をしているので、丁寧に見ました。神社の土間や竃などは、貴重な見学となります。
 右に見える双葉葵は、下鴨神社の御神紋です。葵祭で、牛車や参加者が身に付けたりしているのでよく知られています。

 東本殿の祭神は、賀茂別雷命の母の玉依姫命が、西本殿は玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀っています。八咫烏は賀茂建角身命の化身だそうです。

3ecfqrb8_s本殿


 本殿の横に「みたらしの池」があります。この池から湧く水の泡をかたどったのが「みたらし団子」だそうです。
 泉川、奈良の小川、瀬見の小川、鴨長明ゆかりの河合神社などなど、よく耳にする場所が散在しています。

 「鴨の火水(かみ)ふだ」という神札を求めて帰りました。火や水の災いから守ってくださるお札です。
 自宅の台所に貼りました。

E4hebdyq_s神札



 葵祭は、この下鴨神社から拙宅の横の賀茂街道を通って、上賀茂神社へと移動します。
 次は、上賀茂神社へ行くことにしましょう。
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2007年08月11日

心身(6)五十肩に苦しむ十八歳

 最近、ますます両肩が痛くなり、寝ていて寝返りが打てません。電車で吊り革を持ったり、高いところのものを取れないのです。お風呂で、背中に手が回らない時に、その情けなさを痛感します。

 そんな中、スポーツクラブで体力測定をしました。この前、非常に良かったので、あれが本当かどうかを確かめるためにも、その結果が楽しみでした。

 自転車を15分間漕ぐ要領で実施します。今回も、心拍数がほとんど上がりません。この前よりも楽なのです。最後の方で、心拍数が100を越えましたが、ほとんど80位を維持していました。
 結果は、今回も18歳の体力だと出ました。マイナス37歳の体力だそうです。アレッ、と自分の歳を間違えていたことに気付きました。どうでもいいことですが……。
 目の前のモニタではキラキラ星が5つ輝き、判定結果を知らせる文章も褒めちぎってくれています。それも、酸素消費を示す数値は、この前よりも更にいいのです。
 この調子でいくと、次回は17歳か16歳か15歳になるでしょう。その次は、14歳、13歳、12歳となり、それはそれで不安になります。果たして、どこまで行けば止まるのでしょうか。

 前回は神奈川県の川崎のクラブで測定しました。その時の様子は、本ブログで書いた通りです。

http://blog.kansai.com/genjiito/13

 今回は、京都のクラブです。同じ型のマシンですが、明らかに場所が違うのです。機械に組み込まれたプログラムにバグがあるのでしょうか。どうしても、素直に信じられません。

 コンピュータを信じないせいだけではなくて、あまりにも自覚する体力とかけ離れた結果なので、余計に疑問に思うのです。

 3度目の正直ということもあるので、またチャレンジしてみましょう。
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2007年08月06日

ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん

 広島に原爆が落とされた今日、マスコミは相変わらず賑やかに被爆、被災、被害に関するお祭り報道をしていました。日本は、「被」を冠する受け身の戦争体験国という位置づけであることは、もう何十年も続いています。
 しかし、原爆は人間の手によって落とされたものです。そして、それを落とした人が、落とすように命令した人が、落とした国があり、それもその国が特定できるのです。今は、大量殺人国家として地球のお荷物と化している国です。原爆を落とした国に対して、なぜ落とされた国はペコペコと低姿勢で揉み手をしているのでしょうか。

 原爆を落とした国の大統領が、誰か一人でも広島に来ましたか? そして、自分たちがやったことを謝りましたか? かえって、戦争を早く終わらせるためにも原爆は必要だった、というのが、当該大量殺人国家の言い分です。私は、どう考えても変だと思います。

 一昨年の秋に、インドのニューデリーで「インド日本文学会」の第2回を開催しました。この会は、ネルー大学のアニタ先生とデリー大学のウニタ先生、そして私の3人で作った学会です。そこで、デリー大学の学生が、原爆の絵本を手にして、「ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん」とみんなで朗読しました。

Iwrbswj0_s絵本ピカ


 インドも核を持っているので、この劇は少し説得力に欠けましたが、それでも日本の歴史を理解し、戦争について考えようという姿勢は評価できます。

 先日、中島岳志氏の『パール判事』という本の紹介をしました。その中に、印象的なエピソードが語られています。
 パールは、広島の原爆慰霊碑に刻まれた「安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから」ということばに問題点を見い出します。それは、日本人がどんな過ちを犯したというのか、という疑問です。そして、落としたアメリカの反省がないことについて非難しています。

 この問題は、今に引きずっています。私も、かつてブログでこうしたことを問題にしました。

「地球のお荷物アメリカ」(2006.9.11)
http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php?categ=1&year=2006&month=9&id=1157986341

「日本人を「畜生」扱いするアメリカ人」(2006.9.13)
http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php?categ=1&year=2006&month=9&id=1158075405

 後者では、井上ひさし氏がよく講演会で例に出されるという、以下のことばを引きました。

トルーマン大統領が長崎と広島に原爆を落としたときの喜びようは、彼が当時のローマ法王ピウス12世に宛てたメッセージに見事なまでに言い表されている。
 「畜生には畜生に応じた懲らしめが必要なのです」
(堀武昭著『「アメリカ抜き」で世界を考える』29頁、2006.1、新潮社)


 広島の次は、長崎に原爆が落とされた日が来ます。原爆を落とした国に、自分たちがしたことの意味を、さらには地球上で仲良く共存していくために必要な知性を、何とかして教えてあげたいものです。
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2007年08月05日

楽しい似顔絵

 単身赴任先である横浜の生活も、あと10日で引っ越しとなりました。何かと準備も忙しくなり、この週末は横浜で過ごしました。
 今から8年半前に、初めてこの地に来た時、真っ先に近くにある金沢文庫と称名寺へお参りに行きました。引っ越しの手伝いに来ていた、妻と娘と一緒に花見がてらの参拝でした。
 ここに来た時に挨拶をしたので、今度はお別れの挨拶をしなくては、と思って、暑い中ではありましたが称名寺に詣でました。といっても、歩いて5分ほどのところですが。

64rleivd_s真夏の称名寺


 鎌倉時代からの歴史的な名所なのに、これまでにあまり訪れなかったのは怠慢でした。河内本と呼ばれる『源氏物語』の古写本と関係の深い所なのに、あまりにも近すぎるがゆえに調べないままでした。この地を離れてから、改めて親近感を持って勉強することになると思います。

 もう8年半前のことになりますが、ここの宿舎に入った最初のゴールデンウィークに、二人の息子が遊びに来ました。そして、三人で近くにある八景島シーパラダイスという所へ遊びに行きました。関東では著名で大きな遊園地で、歩いて15分ほどで行けます。そこで家族との似顔絵を描いてもらって以来、何度も似顔絵を描いてもらいました。
 もうすぐこの地ともお別れなので、上の息子と一緒に、転居記念に似顔絵を描いてもらいに行きました。
 息子は、「21歳にもなって、このくそ暑い真昼に親父と2人で遊園地か……」とつぶやいていましたが、クーラーのない私の部屋にいても体が溶けるだけなので、これも気分転換だと諦めて付いて来ました。

 今日の作品は、こんな感じのものです。女性が描いてくれましたが、いかがでしょうか。私からのコメントは差し控えましょう。


Ubched6o_s今日の似顔絵



 ちょうど8年半前に、私はこんなふうに描いてもらいました。確か、似顔絵コンテストの第1回優勝者だった杉山さんだったと思います。


Zwfuqvk5 99年5月



 同じ年の夏にはこんなふうに。この時は、若い男性の画家でした。


Z0559ons 99年8月



 そして、さらにその秋にはこんな感じでした。これは、女性の画家でした。


R52cqxsd 99年9月



 今から6年半前には、こんな感じになりました。

Hg0oog3k 01年3月



 この絵を描いてくださったのは、最初の春に描いてもらった時と同じ杉山さんでした。イメージチェンジをした画風で描いてくださったのです。

 それにしても、人によってさまざまな描き方をされます。どれをとっても、写真で見る自分とは相当ちがうようです。しかし、人間の眼には、意外とこんなふうに見えているのかも知れません。
 これらの絵は、色紙用の額に入れて、私の部屋に飾ってあります。
 その時々の自分の雰囲気が絵になっている、と思いながら、いつもチラッと見ています。
 そこへ、久しぶりに新たな1枚が加わりました。

 光の反射物を記録するだけの写真と違って、絵は人間の眼を通したものが描かれるので、本当におもしろいものです。
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2007年08月04日

スクーバ・ダイビング(7)

O6wvofvi_sこれからダイビングに出発です


 2日目は、スキンダイビングの方とファンダイビングの方と一緒の、3名の実習です。もっとも、オープン・ウォーターというコースは私だけなので、今日もマンツーマンの指導が受けられます。
 明日は、100人以上来るとか。夏のダイビングは大盛況です。

 1本目は、コンパスを使っての水中移動の訓練からでした。水中でマスクに水を入れてから抜くのは、もう大丈夫です。ジャケットのBCDを水面で脱いでからまた着ることや、水中でウエイトを外して、また着けるのもOK。快調です。8.4mまで潜り、19分のダイビングでした。
 透明度は3〜7mでした。昨日よりも、水中はよく見えました。

 スキルはすべて出来るのですが、中性浮力ががまだ安定しません。これは基本的なことなので、完璧にしなくてはなりません。回数で慣れるとのことでしたが、それでも早く身体に覚えさせたいものです。腰に着けるウエイトを、午後の2本目からは2キロ減らして、4キロにすることになりました。

 食事は、昨日と同じ、ほっけの定食。食べながら、少しずつ自分が上達しているのが実感としてわかることに感激しました。

 午後の2本目で、このオープン・ウォーターというコースは終了です。最初のマスク脱着は一番いやなスキルですが、マスクをはずしてもレギュレーターだけで呼吸ができました。鼻から水が入ったらどうしよう、という怖さは払拭できました。大きな自信です。ホバリングや水中コンパスなどのスキルも一発でクリア。これで、すべてが終了です。

 ただし、ウエイトが4キロになったせいか、中性浮力が不安定になると、なかなかもとに戻れません。水中を上下してしまうのです。安定して前に進めません。もっと息を思いっきり吐いて下降しろ、と言われるのですが、息を吐きすぎて苦しくなるのではと思うと、怖くて吐き切れないのです。空気が身体からなくなったら、自然と口のレギュレーターから吸うはずであることはわかるのですが、どうも空気が身体から抜けることへの怖さがあります。また、そのせいもあってか、呼吸が早くなっているとか。過呼吸になりがちなので、もっとゆっくりと、そしてもっと吐き出せ、とのアドバイスをもらいました。

 実は、私は過呼吸になり、特急列車の中で意識を失ったことがあります。身体が硬直し、何もできない状態になったのです。このことは、以下のホームページに「突然意識を失ったこと〈1997.12.24〉」と題して書きましたので、お暇な時にでもどうぞお読みいただければ幸いです。

http://www.eonet.ne.jp/~genjiito/HTML_tetsuya/hitec_folder/R4.2_hitec_03_1997.html


 この経験が、意識の底で何か囁いているのかもしれません。何とかして克服しましょう。

 さて、この最終ダイビングでは、21分間、最大潜水深度は7.8mでした。
 とにかく、無事にオープン・ウォーターというコースを卒業です。
 最後は、楽に水中移動して陸地にあがることができました。
 ただし、安心したこともあり、喜びとともにドッと疲れも出ました。緊張の連続だったせいでもあります。

Sbbiu5ns_sダイビングを終え、少し疲れの色が


 少し休んでから、今回参加した3人で、オプションであるファン・ダイビングをすることになりました。私は今日で3回目のダイビングです。少し無謀だったかもしれません。しかし、まだまだ体力が残っていて気力も十分あったので、出来る時に出来ることをとの思いから、躊躇うことなく参加しました。これは、本当に自由に海底を散策するコースです。スキルの試験もなく、ただインストラクターに付いていって、海の中のいろいろなものを見たりするのです。

 40分間、海の底でお魚さんたちを見てきました。
 ハナアナゴ、イシダイ、ウツボ、ホタテ海ヘビ(アナゴに似たもの)などなど、たくさんのお魚さんに会いました。タコもいました。
 クマノミは、ディズニー映画の「ファインディング・ニモ」に出てくるキレイで可愛い魚と一緒のものでした。アニメのような色の体で泳いでいました。カメラの実習に来ていた方は、一生懸命にシャッターを切っておられました。
 ウツボが、突然我々に向かって威嚇するように、口を大きく開けてパクパクしながらやってきました。インストラクターの方が、足のフィンで追われたのですが、私はそのすぐ横を泳いでいたので、必死に足を動かして下に降りないように一生懸命に泳ぎました。

 この散策の後半で、私はまたもや中性浮力のバランスを崩しました。上下にふらつくのです。またもや、シッカリと息を吐けとのアドバイス。わかってはいるのですが、そうそううまくはいかないのが現実。四苦八苦しながらも、3人に付いていきました。途中で、インストラクターの方が手を引っ張ってくださいました。また、ジャケツトの空気を抜いてもらったりと、いろいろと水中でもお世話になってしまいました。感謝、感謝。

 とにかく、いろんな魚を見て、楽しく長時間の海底散策を終えました。
 このダイビングでの最大深度は、何と14.5m。大満足です。

 今日一日で3回も潜りました。また、今日だけで1時間16分も海中にいたのです。
 この2日間では、1時間54分のダイビングをしたことになります。
 よくぞと、自分の気力に感心します。18歳の体力があるとの体力測定の結果は、意外と当たっているのかも知れません。

 そうそう、最後の最後に、ドジなことをしました。
 最後のファン・ダイビングを楽しく終えての帰り、海底から上昇中に、無意識の内に、耳の空気抜きをしてしまったのです。鼻をつまんで、耳に空気圧を送るのですが、これをしたことにより、鼻血を出したのです。体内の空気が、水中から上昇するのにともなって膨張している時に、鼻に空気圧をかけたために、鼻の血管が瞬間的に切れたようです。大したことはなく、すぐに出血は止まったので事無きを得ましたが……。
 水中では、いろいろな体験をするものです。

 上がってから、みんなで今回のログを記録します。これは、今後のための大切な作業です。

 帰るにあたり、道具を洗うのも大変です。少し乾かしてから、バッグにいれて、宅急便で自宅に送ります。
 帰路は、道々、3人でワイワイガヤガヤとダイビングの話で盛り上がりました。今日初めて会ったはずの人と、もう仲間になり、いろんなことを語り合うのです。この楽しい出会いも、ダイビングの大きな収穫です。潜水技術を少しでも上げたいという思いが、さらなる楽しみを呼び寄せてくれることでしょう。

 スクーバ・ダイビングに思い切って挑んでよかった、というのが、今回の実感です。
 次は、ワンランク上の、アドバンスドオープン・ウォーターダイバーを目指したいと思っています。
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2007年08月03日

スクーバ・ダイビング(6)

Ktsj1wnw_sダイビング直前の準備。初日のインストラクターは宮本さんでしたが、写真を撮るだけの余裕がなかったのです。これは、2日目の高橋さん。2人とも優しい爽やかな青年でした。


 台風間近のために、横浜は朝から大雨。しかし、伊豆長岡に着くと晴天。日ごろの行いのせいでしょうか。

 送迎バスで大瀬崎へ。
 参加者が少なめだったために、私はインストラクターとマンツーマンの指導を受けることができました。土日は100人もの大混雑なので、本当にラッキーでした。

 レッスン前は、シュノーケルを使って浅瀬で水に慣れることにしました。腰までの深さなのに、魚がいっぱいいました。小さなフグもいました。

 初日の1本目のダイビングは、水中ツアーからでした。魚の名前や泳ぎ方のコツを教えてもらいました。6.8mまで潜りました。
 中性浮力がなかなか安定しなくて、同じ深さをスムーズに移動出来なくて大変な思いをしました。インストラクターはうまいと言ってくれましたが、ぎこちないものでした。水底から上がれないと思ったら、今度は沈めないのです。ジャケットのBCDというものに空気を入れ過ぎて、インストラクターが抜いてくれました。とにかく、肺の中の空気を使って、足に履いているフィンを底に着けてのピポットという静止姿勢の練習をすると、よくなるそうです。プールでは出来ていたのに、実際の海となると、海の広さや水の深さに気持ちが圧倒されて、勝手がちがうのです。

 でも、とにかく楽しい初めてのダイビングとなりました。
 1本目は、17分間のダイビング。透明度は5m。海の中は、見通しが悪かったせいか、あまりきれいではありませんでした。

 お昼は、ほっけの焼き魚定食にしました。あっさりした味で、ダイビングらしい食事をしました。

 昼休み時間には、また一人で水に浮かんで海中を見学です。

 2本目のダイビングでは、いろいろなスキルの実習でした。マスククリアに始まり、空気を吸う道具のレギュレーターリカバリーなどなど、盛りだくさんでした。すべて1回でクリアできたので、ホッと一安心です。
 水の中の動きも安定してきて、快適なダイビングでした。
 マンツーマンということもあり、インストラクターも色んなことをして見せてくれました。すべてクリアできたので、大分自信がついてきました。

 ガンガゼという、尾鰭に毒のある魚が感動的でした。たくさんの魚の群れが頭上を通過するのも、実に爽快な眺めでした。自分が水族館の中にいる気分になります。しかし、泳ぎ出すと、現実の海の中だと気付き、とたんに慌てて自分の置かれている環境に思いをいたします。

 水中散歩も楽しかったのですが、この日の透明度が5mだったので、あまり海の見事さは感じられませんでした。しかし、2本目では7.2mまで潜ったのです。普通は5mまででいいのだそうです。インストラクターのサービスだったようです。21分間の水中遊泳。
 今日は、お魚との出会いの日でした。

 腕のダイビングコンピュータは、実に正確な数値を記録しています。自分が、着々とダイバーになっていくのを実感できました。

 今日一日で、38分間のダイビングをしたことになります。楽しかったせいか、疲れはあまり感じませんでした。
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2007年08月02日

読書雑記(2)『パール判事』快著誕生

9fnglcno_sブックカバー



 中島岳志氏の『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』(白水社、2007.8.15、1,800円)が刊行されました。
 新進気鋭の手になる、読みごたえのある本です。内容は固い印象があります。しかし、若い人に、ぜひ読んでもらいたいと思います。学校で教わったこととは違う、視点を新たにした近現代の歴史が立ち現れてくることでしょう。

 中島氏の文章は、いつものことながら語り出しがいいですね。描写が生き生きとしています。話を聞きたくなります。希有の文才を持った若者です。

 本の内容は、パールという人物について<東京裁判>を中心に据えて、冷静に読み解いていきます。
 あとがきに、「本書では「パールの論理」を描くことはできても、「パールという人間」を描くことは出来なかった。」(303頁)とあります。著者の意図はともかく、パールという人物に真正面からぶつかった中から、私にはパールという人間がイメージできたように思います。
 中島氏は、パールを直視します。知りうる限りのことを語ろうとしています。パールの論理展開と歴史認識を辿る中島氏の姿勢には、好感が持てます。

 一つだけですが、欲を言えば、アメリカによる原爆投下について、やや詳述を避けたのではないか、と思われるのですがどうでしょうか。
 次は、中島氏の原爆投下についての意見を聞きたいものです。

 本書については、述べたいこと、紹介したいことがたくさんあります。今はこれ以上書く時間がないので、日を改めることにします。
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2007年08月01日

家を空ける時の身辺整理

 旅に出る時には、かならず身の回りを整理する癖があります。
 机の上や引き出しの中などを、何がどこにあるのかがわかるように整理するのです。
 もうここに戻ってこられないかもしれない、という思いが頭を掠めるので、つい片づけてしまうのです。残された家族のためを思うと、つい手が動きます。

 これは、苦労続きの人生を送った父の教えを受け継いでいるのかも知れません。人生、いつ何があるかわからないとは、父の口癖でした。いつ何があってもいいようにしておけ、とは、父がよく説いていたことばです。

 二十歳の時に、住み込んで働いていた新聞配達店が、早朝に出火しました。その時も、枕元に財布を始めとする身の回り品を置いて寝ていたので、それを身に着けて猛煙の中を窓から飛び降りました。

 何度か死に目に遭っているので、明日が来る確証がないという思いが、日常の切れ目に蘇るのでしょう。

 海外出張の前には、それこそ念入りに身辺整理をします。国内出張でも、チョッとした旅でもそうです。やりかけや、中途半端な状態を見られたくない、という思いも強いのかも知れません。

 スクーバ・ダイビングの海洋実習を控え、ゴソゴソと整理をはじめました。海底から上がってこられないことが想定できるからです。
 きりのないことですが、それでも何となく落ち着かないので、片づけるのです。そのせいもあり、旅の当日は寝不足です。

 今回もそうなりそうです。
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