2007年07月26日

井上靖卒読(12)『花と波濤』

 この小説は、男2人女3人が繰り広げる恋愛物語です。
 女主人公である佐竹紀代子の目を通して語られ物語は、純粋な愛を文章で追究するものとなっています。男である井上に、よくこんな女性心理が描けるものだと、感心しながら読み進みました。
 男の心理描写はごく自然です。それでは、女性はどうでしょうか。この作品を女性が読むと、同じように女性の心理描写を自然に受け取るものなのでしょうか。このことが、知りたくなりました。

 作中で、「紀代子にしろ、この女にしろ、戦前には決して見られなかった若い女性の型だった。」(94頁、講談社文庫)とあります。作者は、戦後という新しい時代の新しい女性を描きたかったようです。それは、明るく清潔な文章によって成功したと思います。

 最終章で、やっと私にとって待望の月が出ました。
 砂浜の月、賀茂川の月、満月の夜に認められた紀代子の決意と別れの手紙。しかし、その背景にある月は、あまり効果的なものではないように思います。まだ、月の設定が井上の小説の中に生かされていないと感じました。

 物語も、何となく人物が描ききれないままに終わっています。スッキリしません。煮え切らない登場人物たちが織りなす、思い悩む恋物語であるせいでもありましょう。私は井上らしい、明るい明日がみえないものとなっている点が不満です。透明感はあるのですが、時間と共に濁っていくのです。

 この作品は、『あすなろ物語』と同時に連載が開始されたものです。男から見た人生に対して、本作品は女から見た人生を語るものです。その書き分けが、精力的な執筆時期でもあり、疲れの中で最後の甘さが出たのでは、と思われます。【3】


 なお、今後も作品に関する参考情報として、ウエブサイト「文庫本限定! 井上靖作品館」(http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/)で公開されているデータを抄出させてもらいます。
 このデータベースは、非常に広範囲にデータを収集し、国民的な財産となるような整理をして公開されているものです。井上靖のことを調べようとおもったら、まずはこのサイトを確認することです。
 ますますの充実を声援しつつ、多いに有効活用をさせていただきます。

初出誌:婦人生活
連載期間:1953年1月号〜12月号
収録文庫・全集:講談社文庫

映画の題名:花と波濤
制作:新東宝
監督:松林宗恵
封切年月:1954年3月
主演俳優:上原謙、久慈あさみ
posted by genjiito at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読