2020年01月28日

鎌倉期に書写された『源氏物語』の《宮川版 臨模本》

 鎌倉時代中期に書き写された『源氏物語』の中でも、私が現存する古写本の中でもっとも完成度が高くて古いと考えているものが、この世に3冊あります。それは、すでに影印本として刊行していますので、本文の実態は容易に知ることができます。

(1)『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013年)
(2)『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤鉄也編、新典社、2014年)
(3)『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子編、2015年)


 その写本をそっくりそのままに写し取った臨模本の作成に、書家の宮川保子さんが挑戦して来られました。

 国立歴史民俗博物館に収蔵されている「鈴虫」については、私が同じ機構に所属していたことと源氏千年紀に何度か調査に伺い、また学芸員の資格を持っていたこともあって、ご高配をたまわって宮川さんをお連れして原本の調査を行ないました。このことは、「【追補版】国立歴史民俗博物館で重文の源氏写本の調査」(2018年08月03日)に記した通りです。

 そして、同じ月の8月29日には、日比谷図書文化館での源氏講座を受講なさっていた宮川さんと一緒にアメリカのハーバード大学美術館へ行き、ご所蔵の『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の2巻を実見してきました。メリッサ・マコーミック先生には、写本の実見と調査の上でさまざまなご協力をたまわりました。

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 こうして、紙の用意から始まり、装飾の手法で美麗な本文を書写する用紙が整い、完成した臨模本が公開されたのは昨年、2019年5月13日の中古文学会の折でした。共立女子大学で開催された「共立女子大学図書館所蔵貴重和書展示 本の見た目を楽しむ」で、ハーバード本の臨模・複製本を展示なさったのです。その様子は、「日比谷で源氏の橋本本(11)を読んだ後は共立女子大学へ」(2019年05月11日)に詳しく書いています。

 その3冊の内、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨』と『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語 鈴虫』の臨模本2冊が、宮川さんのご理解をいただいたことから、今、私の手元にあります。
 送り届けていただいた2冊の臨模本には、「拙い作品ですが資料としてお役にたてればうれしいです」という添え書きがあります。ありがたいことです。
 実際には、昨年の師走に京都で受け取ることになっていました。しかし、お互いに所用が重なり延期となり、心待ちにしていたすばらしい写本が新年に届いたのです。これは、私がお預かりするというのではなく、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉でお受けし、末長く『源氏物語』の本文のことを考えるための資料として、会員のみなさまと共に大切に守り伝えていきたいと思います。宮川さんは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員でもあります。2015年5月8日に、西荻窪駅前の喫茶店で写本を書写されている件でご相談を受けて以来の、そのありがたいご縁に感謝しています。
 この臨模本の価値を一人でも多くの方々に知っていただくためにも、機会を得ては直接手に取って見ていただこうと思っています。まずは、今週、目が見えないHさんに触っていただき、生まれながらにして見えなかった中での初めての感触をお聞きしようと思っています。その役目を果たしていただくのに、感覚が研ぎ澄まされた方ということもあり最適な方だと思います。
 今後は、さまざまなイベントに持参して、宮川さんの手を通して伝わる鎌倉時代の文化を体感してもらうつもりです。必要であれば、小学・中学・高校や大学の行事や授業などにも参加して見ていただき、手と目の感覚で実体験をしてもらう予定です。このブログのコメント欄を活用して連絡をいただければ、可能な限りご相談に応じます。

 以下、宮川さんの臨模本の姿がわかる写真を掲載します。
 まずは、箱書きから。

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 「須磨」の装飾料紙がすばらしいので、この雰囲気を感じ取ってください。

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 この見開き丁のハーバード本原本の画像を、参考までに引きます。雲の模様と文字の配置の絶妙なコラボが堪能できます。

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 「須磨」の第1丁表の前から3行目の下には、1行に書き切れなかった「支(ki)」が「那(na)」の左横に書き添えられています。

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 ここに関しても、原本の画像をあげて比べてみましょう。

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 長文の注記が行間に書き込まれている箇所も、忠実に再現されています。

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 これも、次の原本をご覧ください。

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 書き様も再現されています。

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 この「す満尓八(sumaniha)」の原本は、次のようになっています。

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 この臨模本のことは書き切れません。
 直接お話をする機会を得て、思う存分に語らせていただくつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2020年01月27日

「紫風庵」での触読に関する報告(その2)

 一昨日、1月25日(土)の「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第8回)」で、全盲のHさんがどのような様子だったのかを、直接横でサポートをした吉村君から報告を受けました。前回の報告、「目が見えなくても変体仮名は触読できる」(2019年12月10日)に続いて、2回目の報告を整理しました。

■Hさんへの触読支援に関する報告■



「第8回 源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(1920.01.25_)

 今回は、前回(昨年末12月10日)よりも格段に文字を読むことができるようになっておられました。
 まず三十六歌仙では、藤原清正の「藤」を触った時に「これは藤原ですか?」と尋ねられました。「なぜわかったのですか?」と訊いてみると、「草冠の所でわかった」との事でした。
 また源順の「源」を触った時には、「源ですよ」と伝えると右の部分(旁)はわからなかったものの、「(三水の部分が)繋がっているんですね」とおっしゃいました。
 脈絡なしに漢字が出てきた時には、「藤原」や「源」であるとわかるのは難しいかもしれません。しかし、漢字の場合は、部首が理解に繋がることは多いかもしれません。
 他の漢字について、「月」については「言われてみればわかる」との事でした。また「風」は右側の跳ねる部分が特徴的だったようで、後にご自分で確認した際に「ああこれが風ですね」とおっしゃっていました。
 その他、漢字の「川」の形に近い「つ」を、ご自身で読むことができていました。
 「の」は、漢字に近いものも平仮名に近いものも、ご自分で読む事ができていました。
 また、藤原興風の書風が他のものと明らかに異なる、という説明がありました。これについては、触読でも文字の太さから理解されていたようです。また源順の左下の模様がそのまま印刷されていたので、普段は字を読むために消している地の模様が、今回はこのような形で線が浮き出ている、ということもお伝えしました。

 『源氏物語』の写本の「須磨」では、最初の「み」をご自分で読む事ができていました。
 変体仮名は、「可」もご自分で読むことができています。「可」は前回は読めていなかったかと思います。ただ、「る」を踊り字「ゝ」と、似た形であることもあって混同してしまうことがありました。このあたりは、文脈も含めた慣れが必要かもしれません。
 全休的には、やはり変体仮名が難しいようでした。「堂」のような画数が多いものは立体コピーの限界もあって、文字が潰れてしまいやすいのです。「尓」のような小さいものも、文字が潰れてしまうために、認識しづらい原因となっているかと思われます。
 今回頻出した「多」は、画数も少なく、字も小さくないため、変体仮名の中では読みやすいのではないかと思います。逆に、平仮名ではご自分でわかるものと、答えを伝えれば理解できるものが半々くらいだったように思います。答えを伝えたもとしては、「き」のように一文字が大きいものや、「て」と「く」などのように、似ているものが多かったように思います。
 和歌が一字下がって書かれている、という説明がありました。これは、実際に触ることで理解できていました。16丁ウラの左上部分にある三角形の装飾(砂子でしょうか?)が立体コピーでも出ていたので、そこが装飾されている部分だということをお伝えしました。(科研運用補助員・吉村仁志)


 前回からの格段の進展がうかがえる報告です。変体仮名が読め出したというご自身の感触が、着実にこちらにも伝わってきます。
 今回、漢字に反応されたことは驚きでした。2回目でこうした感触を得られたことを好機として、さらに前進することをご本人に伝えました。そして、快諾をいただきました。
 今は、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の写本に書かれている漢字の文字列を活用して、『漢字触読字典』の用意をし出しています。3年前に、『変体仮名触読字典』と『触読例文集』を手作業で作りました。その第3弾が、これから着手する『漢字触読字典』になりそうです。今週中に、その報告ができると思います。
 また、アルファベットにも挑戦していただこうかと思います。
 こうした挑戦については、インドで試みました。「デリーの盲学校で立体コピーに挑戦してもらう」(2016年02月18日)
 あれから4年。さらにいい環境と関係ができているので、この試みがどのように進展していくのか、今から楽しみです。
 このチャレンジは、図書館の「触読ライブラリ」の実現にもつながっていきます。さらなる高みを目標に置き、試行錯誤を続けていきます。

 「読みたい」というHさんの気持ちを汲み取り、より快適な学習環境や触読用の教材を作り、変体仮名を通して、文字を読むことの楽しさを一緒に追体験したいと思います。そして、文字を読むことの意義も、こうした実習を通して共に語り合いたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 21:33| Comment(0) | ■視覚障害

2020年01月26日

京洛逍遥(589)春到来と勘違いした花たち

 散策の道々で、春の花を見かけます。
 3月に咲いていた花たちです。
 菜の花、カタバミ、タンポポなどなど。
 1ヶ月以上も早いのです。
 3月になったらどうするのか、心配になります。

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 そんな中、何を思うのか、鷺は相変わらず飄々と川を見つめています。

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 親子連れの子供は、もう半袖です。

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 南下して、葵橋あたりでも花を見かけました。

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 出町柳の桝形商店街の前では、団扇太鼓を打ち鳴らして道行く一団を見かけました。

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 この河原町今出川の交差点角に立つ案内地図に、「賀茂川」と「鴨川」を使い分けた表示がなされていました。

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 「高野川」との合流地点を境にして、この表記が変わると言われているものです。正式にはどうなのかはわからないものの、こうして書き分けられています。この流儀でいくと、我が家は「賀茂川畔」にあるのです。
 この標識の真下に、タンポポが咲いていました。

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 それにしても、なぜ黄色の花ばかりなのでしょうか?
 
 
 
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年01月25日

紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第8回)

 大徳寺に近い「紫風庵」で、「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」の第8回となる学習会を開催しました。主催は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉です。
 今日の参加者は、日比谷の講座に長くいらっしゃっている方、京都新聞の記事を見て体験としてお越しになったお2人を加えて、いつもより多い14名でした。
 今回も、まずは、襖に貼られた三十六歌仙の絵と和歌を印刷したプリント資料を使い、実見する前に予習です。今日は、南側左第2領の襖に書かれた「藤原清正」「源順」「藤原興風」の三名です

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 上から順に、「藤原清正」からプリントで確認します。

 ■藤原清正 天津風ふけゐの浦にゐるたづの などか雲居にかへらざるべき(新古今和歌集一七二三)

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  左     藤原清正
【天津風】布気ゐの
  うらにゐる堂つの
閑へら  なと可
  佐る  雲井
   遍き   に


 今回の襖絵の写真は鮮明ではなかったせいもあり、文字が読み取りにくい印刷になってしまいました。いつか、あらためて撮影し直します。
 この清正の歌の最初、「天津風」の「天」は、実際の文字ははっきりと読めました。写真がよくなかったのです。
 続く「布気ゐ」の「布(fu)」は、写真を見つめて判読しました。実際に今日みなさんと確認したところ、この文字は表面が縦に剥落していて、欠字というべき状態です。しかし、「布」と読むことに問題はありません。
 歌仙絵については、架蔵の歌仙絵の粉本とは、その図様が大きく異なります。

 続いて、「源順」です。

 ■源順 水のおもに照る月なみをかぞふれば 今宵ぞ秋のも中なりけり(拾遺集 一七一)

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 右   源順
みつの【面】尓【照】る
 【月】那三越可所ふれ
           八
もな    こよひ
  可      そ
 那里     あ支濃
   介り


 最初の文字が、写真では読みにくいものとなっています。実際には、文字に掛かる金泥が剥落しており、読みにくいながらも「み」とはっきりと読めます。
 ここでは、「所(so)」と「支(ki)」の字形とかなの読みに注意してもらいました。
 歌仙絵の図様は、架蔵のものとよく似ています。

 最後に、藤原興風。

 ■藤原興風 契りけん心ぞつらき七夕の 年に一たびあふはあふかは(古今集 一七八)

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     藤原興風
【契】里介ん こゝろ
  所つらき 七夕の
 東しに【一】堂ひ
  あふ八阿ふ【川】


 これは、他の筆写とは手が違うことが明らかです。なかなか力強い筆致で、見る人の心を摑む文字です。
 「【契】里介ん」の「介(ke)」は、字母はこれだと考えるしかありません。ここでも「所(so)」と「東(to)」、そして漢字の「川」を訓で「かは」と読ませていることに注意してもらいました。
 歌仙絵の図様は、架蔵のものとよく似ています。

 目の見えない方には、次の立体コピーを触読していただく資料としてお渡ししています。

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 これは、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨』に関しても、毎回作成して触読の資料としています。

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 以上の確認を座学で予習してから、襖絵の部屋へと移動しました。文字のポイントを確認しながら、時間をかけて見てもらいました。

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 続いて、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」巻を読む前に、江戸時代の版本を見てもらいました。
 これまでに、明治時代に刊行された本に書かれている仮名文字を見てきました。前回は『たけくらべ』、その前は『学問のすゝめ』、その前が『春琴抄』でした。そして今日は、嘉永3-5年[1850-1852]に刊行された、江戸時代後期の「合巻」である『田舎織糸線狭衣』(いなかおりまがいのさごろも)です。

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 これを回覧しながら、江戸時代の人たちが実際に読んでいた本を触ってもらい、文字や絵を見てもらいました。実際に手に取って触る、という体験は大事なことです。みなさん、興味深く手に取って見ておられました。少し中を読むと、まさに江戸時代の読者になることができるのです。この追体験は、本や読書の理解を深めます。

 ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」巻を読む時間が少なくなりました。こちらの方を大いに楽しみにしておられる、目が見えない方には本当に申し訳ないことです。お渡しした立体コピーを使って、16丁表の1行目から、16丁裏の3行目の和歌「【月】可けの〜」まで進みました。
 糸罫や和歌を書く道具の話で終わったので、次回は実際に道具を持参してきて見てもらうことから始めます。

 今日、初めて参加なさったお2人から、「おもしろかった」との感想をいただき、少し安堵しました。
 次回の第9回は、2月29日(土)の午後2時から、「紫風庵」で開催します。
 
 
 
posted by genjiito at 21:57| Comment(0) | ■講座学習

2020年01月24日

京洛逍遥(588)水ぬるむ川辺で憩い遊ぶ水鳥たち

 まだ一月の下旬だというのに、「水ぬるむ」としか言いようのない三月を思わせる気候です。
 家の中でも、昼間はストーブがなくても大丈夫です。
 散策の時に、季節外れの賀茂川の様子を写しました。
 鳥たちは、いつもよりも早く、そして多くが川辺に集まり、大賑わいです。
 あいにく、愛用しているソニーのサイバーショットが不調です。
 そこで、いつも携帯している iPhone7plus のカメラで撮影してみました。
 遠いところをズームで撮ったものは、やはり不鮮明です。
 しかし、予想外にきれいに写っています。
 これからは近いものはスマホでもいけそうです。

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posted by genjiito at 19:55| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年01月23日

[追補版]『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事

 『かるた展望 第70号』(令和元年12月23日発行、全日本かるた協会)に、目の見えない方々が楽しんでおられる「点字付百人一首」の最新情報が掲載されています。

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 「点字付百人一首」を主導なさっている「百星の会」のイベントなどでいつもお目にかかり、エネルギッシュに指導にあたっておられる南沢創さん(宇都宮市立中央小学校教諭)が、みずから開発された『四人一首』について書いておられます。「バリアフリーかるたの試合方法 メディアが注目 四人一首」(60頁)がそれです。
 まずは、『百人一首』と宇都宮との奇縁から語り出されていきます。

 宇都宮といえば、藤原定家に、小倉山荘の襖に和歌の染筆を依頼した蓮生の出身地である。蓮生の依頼から定家が選んだ和歌が、小倉百人一首のルーツとなった。
 そのことから宇都宮は今、百人一首の街を全国にPRするさまざまな取り組みを行っており、その一環として地元のメデイアが全国向けの情報発信を模索し始めた。


 『百人一首』は、京都・滋賀・福井をはじめとして、全国各地の学校や自治体でのイベントで盛り上がりを見せています。今年も年末年始には、毎日のように全国のローカルニュースで、さまざまなカルタ取り大会の様子が報じられていました。今年の名人戦は?、クイーン戦は? と、大きなニュースにもなりました。
 今回手にした『かるた展望 第70号』に掲載された南沢さんのバリアフリーかるたに関する記事は、この会誌を手にされた方のほとんどが、読まれないままに保管されていることでしょう。このバリアフリーかるたに関わっている1人として、この記事があることを取り上げて、目の見えない方々も『百人一首』を楽しんでおられることを記し留めて置きたいと思います。

 『四人一首』というものをご存知の方は、ほんの少数かと思います。まずは、最近のイベント(2019年11月2日)の写真で、その様子を想像してください。

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 次に、その発案者である南沢さんの説明を引きます。

 四人一首では、向かい合う二人の問に置かれた競技台の四隅に四枚の札が並べられ、その中から読まれた札を取り合う。取られた札のあった場所に次の札が追加され、場に並んだ四枚から次の句が読まれる。この繰り返しで試合が進む。四人一首のアイディアは、私の指導する宇都宮市立中央小学校放課後かるたクラブで生まれた。日ごろから競技かるたに親しむ子供達が、和歌を一首も覚えていない友達に、おもてなしの心をもって百人一首の楽しさを伝えられるよう工夫する中で、形を成してきた。3年ほど前、ふと〈これならば視覚障碍者も百人一首を楽しめる〉と思いつき、点字・拡大文字付かるたを楽しむ会『百星の会』の活動で紹介したところ、参加者から好評を得て、今の形に進化した。そして同会代表の関場理生さんにより、『四人一首』と名づけられた経緯がある。(60頁)


 この、目が見えない方々の「点字付百人一首」は、「オリンピック・パラリンピック」関連のイベントの一環で、今夏8月22日、23日(予定)に「文京区シビックセンター」においてバリアフリーカルタの全国大会として開催されます。

 私も、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の企画として、昨秋、次のイベントを実施しました。
「見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日」(2019年10月26日)
 この集まりに南沢さんをご招待しました。しかし、全国を「点字付百人一首」の普及活動で飛び回っておられることもあり、ご都合がつかず「またの機会に」ということになりました。いつの日か、みなさまには直接『四人一首』の指導をお願いしたいと思っています。常に新しいことを考え続けておられる南沢さんなので、今年も楽しい提案をしてくださることでしょう。

 なお、目の見えない方々が『百人一首』と取り組んでおられるニュースは、私の知る範囲ではこの年末年始には流れていませんでした。東京五輪に関しても、「オリンピック・パラリンピック」という併称が広まっていることはいいことだと思います。ただし、私の所に届く会誌の中のいくつかには、「オリンピック」と言うだけで「パラリンピック」の言葉がないものもあります。一例をあげましょう。

 いよいよ東京オリンピックの開催が迫り、日本にとって記念すべき一年が始まりました。(巻頭言、2頁、『淡交タイムス 第546号』令和2年1月1日発行、茶道裏千家淡交会総本部)

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 また今年は四年に一度のオリンピックイヤーでもあります。先の東京大会から五十六年の歳月が経ちますが、アジアで最初に開催されたオリンピックの感動は忘れることができません。今回も多くの感動をオリンピック・パラリンピックのアスリートたちは与えてくれるでしょう。(同上、4頁)


 めくじらを立てるほどのことではないものの、同じ冊子の中でこれが混在している記事が収載されていると、つい気になります。後者の場合は、これまでの経緯と最近の表現の潮流を考慮して、「オリンピック」と「パラリンピック」が使い分けられていると思われます。しかし、前者の場合の「東京オリンピック」は、「東京オリンピック・パラリンピック」とすべきだと思います。
 これは、編集者の方にも問題意識がないために、見過ごされたままで印刷・発行されたのでしょう。

 こうした情報は、折々にこのブログでも取り上げていきます。目が見える人と見えない人が一緒に楽しめるスポーツの1つとして、この競技に理解が深まることを期待して、「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」や「大阪点字付きかるたを楽しむ会」のイベントなどの広報のお手伝いを続けていきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | ■視覚障害

2020年01月22日

「源氏物語と36 歌仙を変体仮名で読む会」(第8回)のお知らせ

 本日22日(水)の京都新聞「まちかど」欄に、次の紹介記事を掲載していただきました。

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 会場は、平安京の北の基点となった船岡山のすぐ南にある、登録有形文化財に指定されている「紫風庵」です。その「紫風庵」で、同庵ご所蔵の江戸時代に描かれた三十六歌仙の絵と和歌を確認すると共に、ハーバード本「須磨」巻を読んでいます。古筆の平仮名は、変体仮名を再確認しながら、書かれた文字を忠実に読んでいきます。
 江戸時代に描かれた三十六歌仙については、その絵が貼られた襖がある部屋で、しかも間近に見ながら、一文字ずつを解読していきます。

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 前回から全盲の方も、あらかじめ作成した立体コピーを指でなぞりながら、果敢に触読の挑戦をなさっています。今回で、さらに自信がつくことでしょう。福島県と東京都に、変体仮名を触読できる方がすでに3人いらっしゃいます。4人目は京都で、となりそうです。
 また、今回は東京から参加なさる方もおられます。どなたでも、都合のつく時に参加してください。あらかじめ連絡をいただいていると、資料を用意してお待ちしています。

 前回の活動の記録は、「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第7回)」(2019年11月30日)に詳しく書いています。

 「紫風庵」に所蔵されている「三十六歌仙」の詳しいことは、「京洛逍遥(538)登録有形文化財「紫風庵」の三十六歌仙絵」(2019年04月13日)(http://genjiito.sblo.jp/article/185856865.html)をご覧ください。

 今回は、南側左第2領の襖絵(藤原清正、源順、藤原興風)を読みます。

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 1年かけて、この三十六歌仙に取り組む予定です。ぜひこの機会に、生きた古典と接する得難い体験の場としてください。初心者を意識して、丁寧に変体仮名を読むコツなどを説明します。
 参加を希望される方は、このブログのコメント欄をご利用ください。折り返し、説明の返信を差し上げます。
 なお、この学習会は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する企画です。小規模ながら、地道に気長に活動を続けています。
 『源氏物語』ともども、「三十六歌仙」という古典文学作品を生で鑑賞し、そこに書かれた文字を忠実に翻字していくことに興味をお持ちの方の参加をお待ちしています。
 会場である「紫風庵」への道順などは、上記ブログに詳しく掲載していますので、参考になさってください。
 
 
 
 
posted by genjiito at 21:06| Comment(0) | ■講座学習

2020年01月21日

季節感に違和感あり

昨日は「大寒」でした。
しかし寒くありません。
京都は新記録続きです。
今年は雪が降りません。
氷点下の日がないとか。
雨が降らず気温も高い。
戸外に出ても拍子抜け。
「寒風に晒される」?。
肌に突き刺す寒さなし。
マフラーはタンスの奥。
手袋の出番はあるのか?
週末から「菜種梅雨」?
次世代の人の季節感は?
文学作品を読んでも「?」
季節感に違和感が残る。
言葉が意味不明となる。
実感が伴わないのです。
予想外の自然界と直面。
体調不良の一因なのか?
相変わらず気怠い日々。
このまま変転するのか?
推移を見守るだけです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | *健康雑記

2020年01月20日

定家本「若紫」に関するシンポジウムの案内

 「人がつなぐ『源氏物語』―新発見「若紫」をめぐって―」と題するシンポジウム(主催:朝日新聞社・中古文学会)が開催されます。
  日時は、2月29日(土)午後1時〜4時半。
  会場は、大阪市北区にある中之島会館。
  定員250人、入場無料。
  申し込みは、往復はがきで2月5日必着。
 今、もっとも注目されているテーマに関して、最新の情報が行き交う討論会となることでしょう。
 残念ながら、私はすでに別件の用務が入っているので参加できません。
 どなたかの報告を楽しみにしたいと思います。

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posted by genjiito at 19:55| Comment(0) | ◎源氏物語

2020年01月19日

第8回 池田亀鑑賞 授賞式と記念講演会のご案内と過去の記事一覧 -2019

 来月、2月22日(土)午後1時半から、鳥取県日野郡日南町にある「日南町総合文化センター・多目的ホール」で、「第8回 池田亀鑑賞 授賞式と記念講演会」を開催します。
 ポスターができあがりましたので、ここに掲示します。

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 当日のブログラムは、以下の内容となっています。


第1部 池田亀鑑賞授賞式 および 受賞者記念講演会
 演題「『うつほ物語』−初の長編をかたちづくるもの」
     北海道武蔵女子短期大学 准教授 本宮洋幸 氏

第2部 特別講演
 演題「池田亀鑑文学碑の『たゞ至誠にあり』の由来」
     ノートルダム清心女子大学 准教授 原 豊二 氏

第3部 古写本『源氏物語』を読み、池田亀鑑を追体験する
   「新発見・定家自筆本『若紫』の巻頭部分」(予定)
     NPO法人〈源氏物語電子資料館〉代表理事 伊藤鉄也


 日南町は、鳥取県・岡山県・島根県の三県に跨がる、山間地に位置する緑豊かな町です。このようなアカデミックな催しを、「池田亀鑑文学碑を守る会」をはじめとして町民のみなさまと一緒に回を重ねてきました。毎回、80名の方々の参加があります。急速に過疎化が進む町で、この参加者の多さは驚異だと言われています。地元の方々の文化と文学に対する意識の高さを示すものだと言えるでしょう。熱気と活気のある文学集会となっています。

 8回目となる今回も、第1部の池田亀鑑賞受賞者の記念講演はもとより、盛りだくさんの内容です。
 第2部と第3部は、池田亀鑑賞選考委員会のメンバーが担当します。
 第2部では、池田亀鑑と日南町に密着する興味深い秘話を聞き、第3部では、古写本『源氏物語』に書かれている変体仮名を参会者と共に読み、池田亀鑑の仕事を追体験していただきます。

 興味と関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしています。

 これまでのこの集まりの様子は、以下の記事で確認していただけます。

■第0回■

「小さな町を揺るがした池田亀鑑の1日」(2010年03月13日)

■第1回■

「盛会だった池田亀鑑賞の授賞式」(2012年03月10日)

■第2回■

「第2回池田亀鑑賞授賞式と記念講演会」(2013年06月22日)

■第3回■

「第3回池田亀鑑賞授賞式」(2014年06月29日)

■第4回■

「第4回池田亀鑑賞授賞式と講演会」(2015年06月27日)

■第5回■

「第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会」(2016年10月01日)

■第6回■

「充実した第6回池田亀鑑賞授賞式」(2017年06月24日)

■第7回■

「第7回池田亀鑑賞授賞式-2018」(2018年07月01日)
 
 
 
posted by genjiito at 21:23| Comment(0) | □池田亀鑑

2020年01月18日

日比谷で源氏の橋本本を読む(18)[複数の本文を読む楽しみ]

 天気予報では、今日の東京地方は雪とのことでした。午前11時から日比谷図書文化館での源氏講座があります。新幹線が止まらないうちにと、始発で出かけました。
 東京は寒い、の一言です。しかし、雪ではなくて霙でした。2時間も早く着いたので、帝国ホテルのラウンジで1時間ほど読書をして英気を養いました。

 午前の部の「異文を楽しむ講座」では、年賀状に「申し上希満寿」「申し上介万寿」(もうしあげます)と書かれた賀状を見てもらいました。大きく書かれた「寿」がポイントです。

 橋本本の本文の解釈は、藤壺懐妊のくだり(文節番号「052889」「ふしつほの宮」〜)です。本文異同の資料を見ながら、異文の意味を確認しました。配布した異文校合プリントは4枚です。問題とした主な本文異同のある箇所は、以下の通りです。

■「若紫」17本異文校合■



橋本本[ 橋 ]
 大島本(1)[ 大 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
--------------------------------------
(1)ふちつほの宮[橋=中陽池御国肖日穂保伏天]・・・・052889
 ふしつほの宮[大]
 ふちつほのみや[尾高]
 藤つほの宮[麦阿]
この[橋=尾中陽高天]・・・・052890
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ころ[橋=尾中陽高天]・・・・052891
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
わつらひ/つ〈改頁〉[橋]・・・・052892
 なやみ[大麦阿池御国肖日穂保]
 わつらひ[尾中陽高]
 なやみ/や〈改頁〉[伏]
 わつらふ[天]
給[橋=尾中麦阿陽御国肖穂保伏高天]・・・・052893
 給ふ[大]
 たまふ[池日]

(中略)--------------------------------------

(2)心も[橋=大尾麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]・・・・052910
 こゝろも[中]
あくかれ給て[橋]・・・・052911
 あくかれまとひて[大尾中麦阿陽池御肖日穂保伏高天]
 あくかれまとひて/れ〈改頁〉[国]

(中略)--------------------------------------

(3)ナシ[橋=尾麦阿高天]・・・・052952
 こゝろふかう[大御]
 心ふかさなと[中]
 心ふかく[陽]
 心ふかう[池国肖日伏]
 ふかう[穂]
 心ふかう/〈改頁〉[保]
ナシ[橋=尾中高天]・・・・052953
 はつかしけなる[大陽池御国肖日穂保伏]
 心はつかしけなる[麦阿]
御もてなしなと[橋=尾陽高天]・・・・052954
 御もてなしなとの[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 ナシ[中]
ゝりあつめ(とりあつめ)[橋=尾]・・・・052955
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 ゝりあつめて(とりあつめて)[中]
 とりあつめ[陽高]
 取あつめ[天]
なのめなる[橋=尾中陽高天]・・・・052956
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ところ[橋=尾高]・・・・052957
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 所[中陽天]
なく[橋=尾中陽高天]・・・・052958
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
人に[橋=尾中陽高天]・・・・052959
 なを人に[大麦阿池御国伏]
 なを人に/〈改頁〉[肖]
 猶人に[日保]
 猶人には[穂]
ゝさせ(にさせ)[橋=大陽御日保伏高]・・・・052960
 にさせ[尾中池国肖天]
 に[麦阿穂]
給はぬを[橋=大中麦阿陽池御国肖日穂保伏高]・・・・052961
 給はぬを/た△〈削〉給は[]
 たまはぬを[天]
なとて[橋=尾中陽高天]・・・・052962
 なとか[大麦阿池御国肖日穂保伏]
すこし[橋=尾中陽高天]・・・・052963
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
よろしき[橋=尾中陽高天]・・・・052964
 なのめなる[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ところたに[橋=尾高]・・・・052965
 ことたに[大池御肖日穂]
 所たに[中陽天]
 事たに[麦阿国保伏]


 それぞれの本文異同を見ながら、叩き台としての私見を提示しました。それは、現在一般に読まれている大島本は、その本文に男の手が加えられているものであり、橋本本は男の手はあまり感じられない、というものです。
 この視点で、数カ所を見ていきました。まず、本文は2つにしか分別できないこと。これは、すでに多くの巻で確認してきたことです。そして、大島本は橋本本に比べて追補された文が多いことも指摘しました。さらに、藤壺の懊悩の描写に注目して、男が語りに参加している可能性について語り合いました。数人の方から、積極的な意見が伺えました。いずれも、藤壺懐妊をめぐり、その読み分けに関するものです。
 今すぐに結論が出る問題ではありません。私が強調したことは、物語に男の手が入っていることの可能性と、明らかな異文が確認できることから、従来の大島本一辺倒の物語理解ではなくて、橋本本という本文を読むことによって、また別の『源氏物語』を読む楽しみがあることです。『源氏物語』の本文は一つではない、という立場からの、新しい作品理解の楽しさを手にすることができる、という趣旨の私見です。

 お昼休みには、地下のラウンジで、インドでお世話になった東京外国語大学の村上明香さんを交えて、受講者の方々と食事をしました。ウルドゥ語というインドの言葉を研究対象にしている村上さんに、沢山の質問が飛び交いました。楽しいお食事会となりました。

 午後は、「翻字者育成講座」です。今日は、雑談をほとんどせずに、テキストを6頁以上も読み進みました。これまでで最長の分量を読んだことになります。休憩時間も忘れて、2時間も変体仮名を読み続けたのです。みなさんからは、今日1日で半年分やった気がする、との感想が聞こえました。また、目が見えない尾崎さんは、長時間、大量の文字を触読したので、疲れ果ててもうぐったりです、とのこと。立体コピーの文字を指で追いながら読み進むのは、相当神経を集中して取り組んでいるようです。

 たくさん読んだ中で、翻字のミスも指摘してもらえました。以下の2箇所です。

(1)《50オ8行目》「葉多徒き」→「葉多徒き

(2)《50ウ5行目》「いう葉」→「いう葉」


 終了後は、いつものように新橋の近くにあるお店で、講座で疑問だったことなどを話し合いました。自由気儘に意見を言い合うのは、楽しいものです。みなさん勉強熱心な方々なので、充実した時間となりました。

 帰りの新幹線で、尾崎さんからメールが届きました。今日のお礼とともに、希望していた県立図書館から就職試験に合格したとの通知が来たというのです。
 昨年末から、その結果が気になっていました。嬉しい知らせです。新しい世界で、いろいろなことに挑戦してほしいものです。
 特に、立体コピーを活用した触読の普及活動は、尾崎さんにしかできないことであり、図書館で実現することによって輝かしい仕事になることでしょう。
 立体文字による触読ライブラリーを充実させ、触読のカウンセラーとして、読書のアドバイザーとして、目の見えない多くの人に読書の楽しさを広げてほしいものです。
 持ち前の明るさと粘り強さを発揮して、大きな夢を温めながら、着実に実現していくことでしょう。夢語りではなくて、夢を叶えるライブラリアンに成長していくことを期待しています。
 なお、これまでの触読研究に関しては、私の科研のホームページである「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に詳細な活動報告をしています。その中で、この研究の特色と意義について、次のように記しています。(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/?page_id=27

 触常者が、凹凸の平仮名(変体仮名)や立体文字を、しかも縦書きが読めるようになれば、文字を読み本を読む環境が大きく広がる。点字や音読によるボランティアに頼って触常者の読書体験を支えることには限界がある。古い時代に筆で書き写された文字を触常者が触わって読むことができるようになると、積極的に日本の伝統的な文化を、文献や手書き資料を読むことによって、より深く理解できるようになる。さらに、国文学研究資料館が持つ約20万点にも及ぶ古典書物のマイクロ・デジタル資料が活用できるようになり、新たな学習の機会が得られるようになる。
 もし、変体仮名が十分に読み取るまでに至らなくても、明治時代中期以降に国によって定められた現在の平仮名を読み取ることができれば、目的の半ばは達成できたといえる。図書館が平仮名による総ルビの書物を立体コピーしたり、透明シートに平仮名を立体コピーしたものを本に貼れば、触常者が読みたいと思う図書館の資料を利用できるようになる。触常者が、図書館で本が読めるようになると、図書館や資料館の役割も変わらざるをえない。触常者への対面朗読や、点字・朗読CDの貸し出し等に留まっていた図書館の機能が、新たな役割と使命を帯びることになる。


 この図書館の新しい機能に、明るい光が当たることになります。こうした目的を実現する上で、尾崎さんのますますの活躍を楽しみにしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ■講座学習

2020年01月17日

伊藤科研「海外における平安文学」第13回研究会のご案内

 昨年4月から、科学研究費補助金による基盤研究(A)「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号:17H00912、研究代表者:伊藤鉄也)は、基盤研究機関を大阪大学に移しました。本研究の研究期間は4年間です。しかし、3年目に研究代表者が転属したことにより準備に手間取り、本年度の研究会がようやく下記の通り開催できる運びとなりました。
 本研究会の第1回は、2014年2月3日でした(https://genjiito.org/report/studyreport01/)。現研究テーマの前身である基盤研究(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(課題番号:25244012、研究代表者:伊藤鉄也)を順調に引き継ぎ、今回が通算で13回目となります。これまでの研究会の報告は、ホームページ「海外平安文学情報」の中の「研究会報告一覧」(https://genjiito.org/aboutkaken/allreports/)を参照願います。
 今回の研究会は、研究協力者でもあるフィットレル・アーロン先生(大阪大学・招へい研究員)の研究会と合同で開催することになりました。
 本科研では、若手の育成と支援を課題の1つに掲げています。大学の学部生や大学院生の参加を歓迎します。平安文学に関する翻訳の問題は、まだまだ未開拓の分野です。多言語ということもあり、学際的・隣接諸学との連携が欠かせません。このテーマは、一人で研究できることではありません。本科研では、コラボレーションという共同研究の手法で取り組んでいます。そのためにも、この研究会を情報収集活動の1つとして、また研究方法と事例報告の1つとして、参会者に対して有益な情報提供と、みんなで考える機会の提示となれば幸いです。
 自由参加の、開かれた研究会であり続けたいと思っています。参加希望の連絡などは、本ブログのコメント欄をご利用ください。

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■「海外における平安文学」第13回研究会■


 ◆フィットレル・アーロン先生の研究会との共同開催

・日時:2020年2月8日(土)14:00〜18:00
・場所:大阪大学箕面キャンパス
   (大阪府箕面市粟生間谷東8丁目1−1)
    総合研究棟6階
・アクセス:〇大阪モノレール 彩都西駅下車 西へ徒歩15分
      〇阪急バス ・千里中央発 「間谷住宅行」(所要時間30〜40分)
            ・北千里発  「間谷住宅行」(所要時間25〜35分)
            間谷住宅4 下車すぐ
       詳細は https://www.osaka-u.ac.jp/ja/access/accessmap.html#map03 をご覧ください。
       但し、阪急バス「阪大外国語学部前行」は土曜日は運休しております。

・当日の予定: 14:00~15:00 大阪大学箕面キャンパス 外国学図書館 見学
        15:00~18:00 研究会

・発表、報告:
  (1)研究発表 緑川眞知子先生
    「Transcreation(翻訳創造)としてのウェイリー訳
       ―原典とadaptationの間をみつめる―」
  (2)研究発表 常田槙子先生
    「20世紀初頭のフランスにおける『枕草子』受容」
  (3)研究発表 フィットレル・アーロン先生
    「『万葉集』のドイツ語訳における序詞の受容
       ―同音類音反復式の序詞を中心に―」
  (4)研究報告 飯塚ひろみ先生
    「百人一首のフランス語訳についての考察と翻訳実践」
  (5)活動報告 伊藤鉄也、小川陽子先生、須藤圭先生、庄婕淳先生
    「中国での国際シンポジウムを終えて」
  (6)共同討議 「平安文学を翻訳すること」(参会者全員) 
 ※研究発表は、1人20分の予定
 ※研究会後に千里中央駅付近で懇親会を予定

 
 
 
posted by genjiito at 19:17| Comment(0) | ■科研研究

2020年01月16日

ハッチャンの家が東京から届きました

 突然、東京から京都に移り住むことになったハリネズミのハッチャンは、一日中眠り続けています。
 夜中になると、ゴソゴソしています。
 昨日、これまでハッチャンが住んでいた家が、東京から届きました。
 セッティングをしてから、ソッと移しました。

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 まだ慣れないこともあってか、陶器の隠れ家に頭を突っ込んで寝ています。

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 大好きだというリンゴを置いても、食べる気配はありません。
 今夜、食べるのでしょうか。

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 夜の11時。ようやくお目覚めです。

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 環境が急に変わったせいか、ご機嫌斜めの様子。

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 それでも、お腹が空いたのか、食べ物に興味を示しています。

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 とにかく、のんびりとマイペースのハッチャン。
 気長に付き合うことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *身辺雑記

2020年01月15日

読書雑記(279)高橋良久・畠山大二郎『新しく古文を読む』

 『新しく古文を読む − 語と表象からのアプローチ』(高橋良久・畠山大二郎、右文書院、2019年12月)は、これまでになかった工夫が盛り込まれた本です。

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 高校の古文の授業で使われている教科書を対象にして、そこに採択されている作品を丹念に解釈していきます。その過程で、解釈に疑問や複数の理解がなされている箇所を取り上げ、丁寧に説明しています。解釈のための文法の活用は、わかりやすく語られます。文法を遠ざけたいという思いも、こうした説明をされると「なるほど」と納得させられます。
 読者に高校の先生を意識した説明のあと、以下のような提案もなされます。これが、「新しく」を標榜する所以です。


・『伊勢物語』「東下り」に関して。
 「「みな人」と「船こぞりて」の表現に注目することで、この第九段は、こうした読み取りもできるのではないでしょうか。(17頁)」

・『徒然草』「仁和寺にある法師」に関して。
 「全集本の頭注には「『年ごろ』というにはやや合わない」とあるのですが、本文の異同を見てもこの「年ごろ」の語句を欠く諸本はないので、ともかくもここに「年ごろ」があることは認めざるを得ないでしょう。すると、『源氏物語』の「年ごろ」は、おおよそ一年から三〇年の幅のある年月を表すといえます(29頁)。(中略)
 この「年ごろ」は一年かせいぜい二年ほどのこと。法師のためにも、この話、そう読んであげたいと思うのですが、いかがでしょうか。(32頁)」

・『伊勢物語』「筒井筒」に関して
 「ではこの話の結びの一文である、「B男、すまずなりにけり」はどうでしょうか。ここは、「男は(女のもとに)通わなくなってしまった」でも「男は(女のもとに)通わないままになってしまった」でも、話として成り立たちます。しかし、どちらに読むかで、この話の趣は異なります。「男は(女のもとに)通わないままになってしまった」としたら、男は、浮気者のまま、というよりも、なんだかだらしない男に思えてきませんか。これが、「通わなくなった」であったら、一旦は他の女に気持ちが移ったものの、結局は幼なじみの女−お互いにこの人しかいないと思い、「つひにほいのごとくあひけり」となった初恋の人−のもとに落ち着いたということになり、ハッピーエンドの物語になります。
 さて、どちらに読むか。これは、読む方の好みというか判断におまかせするしかありません。(42頁)」

・『徒然草』「神無月の比」に関して。
 「「一筆双叙法」というものを認めるかどうかには、賛否があるはずです。しかし、この「一筆双叙法」という用語を古文の読解学習に取り入れてみてはいかがでしょうか。「一筆双叙法」とはうまいネーミングだと思うのです。ですから、仮に、と断りながら、その箇所を「一筆双叙法」と名付けて整理することで、その箇所が学習者にとってわかりやすくなり、さらに記憶に残るのではないでしょうか。(129頁)」

・『土左日記』「男もすなる日記」
 「副教材の文法書においても学習参考書においても伝聞推定の助動詞「なり」の意味は、「推定」・「伝聞」・「聞音」の三つとする。そうすれば、多くの古語辞書の語義解説と合い、音響を表す動詞に付く例の説明もうまくつき、学習者の戸惑いや疑間もなくなるはずです。(142頁)」

・『伊勢物語』「しのぶずり」
 「「しのぶずり」「しのぶもぢずり」の「しのぶ」は、地名に由来するもので、植物名と関連させる必要はないように思われるのです(188頁)。(中略)
 そして、この「摺」を多様するのが、神事の場です。神様を祀るときに「摺」の施された装束を用いることが多いのです。現在でも、巫女が舞を舞う際などに、「千早」と呼ばれる装束をよく着ています。赤い紐の付いた白い上着が千早です。この千早に模様を付ける場合は、型紙を使った「摺」の技法を用います。また、即位の儀式の中での神事でも、「小忌衣」という装束に「摺」の技法を用いています。神事に「摺」を用いる伝統が、今も息づいているのです。
 ですから、『伊勢物語』「初冠」巻の男は、普段とは異なった加工の狩衣を着ていたことになるのです。(190頁)」

・『伊勢物語』「平安時代の洗濯事情と位色(四一段)」
 「この話を、洗濯に失敗した女性の話だと、簡単に読み過ごしてしまいそうですが、実はこの部分だけでたくさんの情報を読み取ることができるのです。まず、「十二月のつごもり」に「うへのきぬ」の洗濯をしていることに注目してみましょう。(198頁)」

・『枕草子』「几帳の綻び 一七七段」
 「男女の境界として機能する几帳を通して、「綻び」から除く(ママ「覗く」)玉鬘と、几帳ごと押しのける光源氏との両者で、几帳の扱いの違いが示されている例です。(225頁)」

・『源氏物語』「山吹を着た紫の上」
 「表裏ともに山吹色を重ねた、まさに単なる「山吹」の衣こそが、平安時代における「山吹」だったのではないでしょうか。今回は疑わしい色目解釈の一例をあげましたが、教科書も注釈書も襲色目というものの解釈を今一度改める必要がありそうです。(245頁)」

・「十二単という言葉」
 「「十二単」という言葉は、『平家物語』に記されて以降、公家女性の服装を表すことになってゆきます。江戸時代には「十二単」という通称が普及したようですが、『平家物語』の成立は鎌倉時代とされていますから、鎌倉時代以降の言葉で平安時代の服装を言い表そうとするのは正確ではないといえるでしょう。さらに、それまでの文学作品における女性装束の正装の書き方とは異なるので、これを正装と捉えることにも疑問があります。
 それでは、我々が「十二単」と呼んでいるあの服装は、何と呼ぶのが適切なのでしょうか。「十二単」という言葉がさしている服装のほとんどは、現在「唐衣裳」と呼ばれています。皇室関係では、より丁寧に「五衣裳唐衣」という言い方をし、正式な名称としています。「五衣」の上に「唐衣」と「裳」を着重ねた服装という意味で、女性装束の正装にあたります。(260頁)(中略)
戦乱のさなかとはいえ、安徳天皇の母、国母の装束としては略装であり、いずれにしても、疑問の残る難解な言葉であることは間違いないでしょう。宮廷の装束を知らない人が想像で書いた可能性も高いように思われます。「十二単」という言葉に関する様々な問題、そして、他ならぬ「十二単」という言葉が広まった理由など、今後の研究によって解明されることを期待します。古典に描かれる衣服は、これほど有名な言葉であってもわからないことばかりなのです。(273頁)」


 本書は、もう一度古文を読んでみようか、と思わせる説明がなされており、そうした構成になっています。このように、一般の方々が古文に親しみを感じるように仕向ける本は、これまでにあまりなかったように思います。さらには、中学や高校の国語科の先生の中には、古典文学作品のことや、その背景となる生活や文化のことがよくわからないという方も多いかと思います。私はかつて、高校で13年間「国語(現代文・古文・漢文・文章表現)」を教えていました。また、昨年3月までは非常勤講師として、高校で「文章表現」を教えていました。古文が苦手で、教師用の学習指導書が手放せない先生が意外と多かったことを、今思い出しています。そうした先生方がいま一度、教科書に採用されている古文の理解と解釈を再認識して見直すきっかけになるにちがいない啓蒙の書だ、と本書を読み終わった今、思っています。若者たちの国語力を向上させるためには、中学と高校の国語科の先生方の奮闘努力が欠かせません。今の日本で、その人材が確保されているのかという問いは、どこに向けて言えばいいのでしょうか。昨年末に中国で開催した国際シンポジウムの懇親会で、同席の東京外国語大学の岡田昭人先生と、翌日の講演内容となっていて、今回改定される学習指導要領に関するお話をしました。当日のブログには、以下のように書いています。

 東京外国語大学の岡田昭人先生は、「グローバル時代を生き抜く力」と題する講演でした。
 小・中・高の学習指導要領の改訂に伴う教育内容の検討がなされました。昨夜の晩餐会で、私は岡田先生に、高校国語科の先生方の国語を指導する力量に関して、実態調査の必要性を感じていることをお話しました。講演の中で、昨夜お話したことに触れてくださいました。「文学国語」と「論理国語」の問題を考える時に、指導にあたる教員の実態も知った上で、この指導要領が抱える問題を考えていくべきだと思っています。岡田先生は、このことに耳を傾けてくださったのです。(「学術フォーラムの2日目は伊藤科研のメンバーで」(2019年12月22日))


 そうした現実を踏まえた上で、その後押しをする力と役割が、本書には内包しています。
 優しい語り口で、押し付けがましくはなく、それでいて明確な解答を提示してくれます。暗闇の中に連れて行かれ、やがて前が見えて来て、そして出口にたどり着く、という語り口です。語られる言葉に若さが感じられて、好感の持てる読み物となっています。
 後半は、装束について具体的に詳しく語られているのが特色です。付録のDVDだけでも、一見の価値があります。このDVDは、著者の一人である畠山氏の積年の研究成果が社会還元されたものと言えるでしょう。
 この付録 DVDには、動く姿も収録しました。当時は、国語便覧の中の写真にあるような直立不動で過ごしていたわけではなく、生活の中で衣服を着用し、動き回っていました。そうした姿の一端を紹介できればと考えたためです。そして、昔の人々の心情を少しでも身近に感じてもらいたいと思います。
 付録の映像を見てもらいますと、現代の服装とは本当に違っていることを実感してもらえることでしょう。しかし、着ている中身本体は今も昔も、同じ人間です。(中略)
 昔の人々も当然、身支度を行っていたはずです。それでは、昔の人々は、どのような順序で、どのように衣服を身に纏ったのでしょうか、平安時代の男性貴族は「直衣」、平安時代の女性貴族は「袿」、江戸時代の武家女性は「振袖」と「打掛」を例にして、紹介したいと思います。(294頁)


 以前、畠山氏が実演する着装のモデルに私がなったことを思い出しています。
「NPO設立1周年記念公開講演会を終えて」(2014年03月23日)
 実感実証の大切さを教えられた、得難い体験でした。
 このDVDの映像から、平安時代や江戸時代の装束を身にまとった男女の衣擦れの音や、膝行の様子もよくわかります。中でも衣擦れの音は、聴覚が退化してしまった現代の我々には、あらためて音の意味を考えさせてくれます。
 本書は、かつて教科書で見かけた古文に意外な発見が多いことや、古典文学作品を読む技術や心得が盛り込まれた、日本の古典文化を再認識させる入門書となっています。
 「おわりに」で畠山氏は、まだ言い足りないことが多い中で、次のように結んでおられます。
 本書の続編を期待しています。

 このように読み続けられてきた文章をどのように「味わう」かと考えたとき、その答えは一つに限らないでしょう。たとえ古文の教科書に採択され、有名な場面であっても、まだ解釈の定まっていない箇所も多く、これまでとは違った見方をすることで別の解釈が生まれることもあります。その一例を小著では示したつもりです。さまざまな読み方があること自体、文化的に豊かなことだと思っています。
 なお、付録映像の発案は高橋先生によるもので、画期的な試みだと思います。動きのある形で、当時の風俗を理解する機会はそう多くはありません。現代社会と古文の世界が隔絶しているものではないということを、実感してほしいと思っています。(306頁)

 
 
 
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2020年01月14日

ハリネズミのハッチャンが空路ANA便でやって来ました

 ハリネズミのハッチャンが、東京(羽田)から飛行機に乗って大阪(伊丹)経由で京都へと、一人旅をしてやって来ました。

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 今夜から家族の一員です。
 以下、飼い主だった息子からの伝言です。
 忘れないように、ここに転記しておきます。

【基本情報】


名前:ハチ

名前の由来:忠犬ハチ公を見て号泣したため

誕生日:2016年10月1日

性別:オス

好きな食べ物:リンゴ

性格:ビビリでマイペース
  滑車で遊ぶのが大好き

【ハリネズミの特徴】


・幸運のシンボル
 エジプトではハリネズミは幸運のシンボルとされている

・夜行性
 昼間は大体寝ていて、部屋が暗くなると活動を開始する。光が嫌い。

・単独行動
 ハリネズミは一人が大好きで、多頭飼いすると早死にすると言われている。

・トゲは普通に痛い
 怖いことやビックリすることがあると、フシュッ!と言って全身の針を尖らせる。
 刺さると普通に血が出るので、専用手袋は必須。手袋をしていると痛くない。

【飼い方】


・餌と水は1日1回交換
 水大量、餌大量に入れておけば3日は大丈夫。

・くるみクズは1週間に1回交換
 1週間に1回交換すれば臭いはほぼしない。

・1週間はリンゴをあげる以外はほったらかしにする。
 まずはこの家が安心な場所だと覚えさせる必要があるので、何もせず快適な環境にする。

・1週間はリンゴをあげるだけのコミュニケーション。
 リンゴは1日1,2回あげて、安心な場所だと覚えさせる。

・夜はできるだけ真っ暗にする
 真っ暗だとよく行動するので、黒い布をかけるなどする。

・温度を20〜25度に保つ
 最重要! 寒がりなので、この温度を維持してほしい。


 我が家の居候は、これまでのメダカが5匹。

200114_medaka.jpg

 そこへ、このハッチャンが加わることになったのです。
 老夫婦と6匹の生活となります。
 さて、これからどんなことがありますか。
 新年始まって最初の大ニュースです。
 
 
 
 
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | *身辺雑記

2020年01月13日

読書雑記(278)読書において読者側の知識と体験は有用か?

 先週(1月7日)の読書雑記で、船戸与一の『河畔に標なく』をアップしました。そこには書かなかったことで、登場人物の一人が中国の広州出身であることがあります。ちょうど現地に行った後に読み終えたので、その人物が育った背景に想いが至りました。
 読書において本筋とは関係はないことながら、自分が知っていることや体験に接点があると、物語が身近に感じられます。ミャンマーのイラワジ川の周辺での展開となると、その川を渡ったことがあるので、これまた物語の内容に感情移入します。読者として、具体的な現地でのイメージが現実のことに絡めて膨らみます。作り話を読まされているという感覚から抜け出た、物語の展開にのめり込めます。
 昨年末は、ネットで配信されている〈ぶんごうメール〉で、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』を読みました。その中で、眼をくり抜くことや、片目の黒猫が出てきました。ここ数年は、目が見えない方とのお付き合いが広がっているので、ついつい、こうした設定や描写に敏感に反応します。以前であったら、読み流していたことです。
 同じく〈ぶんごうメール〉で、この新年からは梶井基次郎の『檸檬』(1925年、大正14年)が始まりました。丸善の本屋さんにレモンを置いて立ち去る話がよく知られています。二条寺町にあった果物屋さん「八百卯」(明治時代創業)は、2009年(平成21年)1月25日に閉店しました。『檸檬』に出てくる丸善は、三条麩屋町西入ルにあった2代目のお店です。河原町通蛸薬師上ルにあった3代目の店舗も、2005年(平成17年)10月に閉店しました。そして、2015年(平成27年)8月20日には、河原町通りにできた京都BALバルの中に移転して丸善は再生し、今は大盛況の本屋さんの一つです。奇しくも、四条通りに30年間親しまれたジュンク堂京都店が、来月末で閉店します。もっとも、ジュンク堂は丸善の系列なので、ポイントカードは共通ということで利用者の一部が寂しがること以外には特に不利益はありません。
 地下鉄烏丸線北大路駅前にあった大垣書店の本店は、昨年末に店を畳みました。駅の上の大型ショッピングセンターにお店を開いていることと、烏丸四条と三条を初めとする京都各地で店舗を展開しているので、縮小ではなくて本店機能の移転のようです。
 書籍や雑誌の販売額は1996年がピークで、今はその半分以下だそうです。出版不況はずっと続いています。現在の本屋さんの事情に興味と関心を持っており、頭から離れないので、この『檸檬』を読みながらもさまざまな味を楽しんでいます。
 京都に住むようになり、寺町にお茶や文具を買いに行くたびに、この旧地を通ります。10年前に閉店したばかりの「八百卯」さんをたまたま写真に収めていたので紹介します。

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 『檸檬』の舞台が身近になるにしたがい、この作品の自分なりの読み方が変わってきました。おもしろいものです。
 一昨日は、本ブログに藤田宜永の『ボディ・ピアスの少女』を取り上げました。この舞台は、数年前まで私の東京生活の宿舎があった、門前仲町の周辺です。日々生活していた場所が出てくるので、懐かしみながら登場人物と一緒に江東区めぐりを楽しみました。
 読者の知識や体験は、読書の理解や興味や関心に大きな影響を受けるようなので、その楽しみは年を経るにしたがって多彩になっていくようです。若い時に読んだ本が、時と共にその感想はもとより理解や評価が変わってくるのですから、読書は一生繰り返し楽しめる高度な知的遊びです。さらには、若気の至りで興味がなかった本も、今読んでみると意外と楽しめるものも多いのです。この、本との出会いの楽しみを、これからも大事にしていきたいものです。
 私が18歳の時から、何度も何度も読んでいる小説は、井上靖の『星と祭』です。読むたびに、自分の興味と関心が移り変わっていくことを実感します。もう一冊は、松本清張の『砂の器』です。こうした本を上げ出したらキリがありません。吉村昭の『光る壁画』も欠かせません。
 こんな本を何冊も持っていることが、私の精神的な支えとなっているようです。こうした本は、私の宝物の一つだと言えるでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 21:11| Comment(0) | ■読書雑記

2020年01月12日

楽しみの初釜は大和平群で

 今日は初釜です。いつもより早く、午前中に奈良へ向かいました。去年の初釜には行けなかったので、久しぶりです。
 新春の龍田川は、寒さを感じさせない流れです。

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 お茶のお稽古も、今年で10年目となります。ちょうど胃ガンで消化管の全部摘出する手術を受ける直前でした。「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日)
 と言うと、期間が長いのでさぞかし、と思われがちです。しかし、東京から通うのも何かと所用がぶつかり、学会シーズンも外してだったので、年に10回も行けませんでした。
 定年退職して京都に帰ってきた3年前から、毎月2回を何とか守るようにして通い出しました。片道2時間の小旅行です。そして、未熟ながらも、昨秋やっとお茶名「宗鉄」をいただきました。苦節10年とはほど遠い、覚えてはすぐに忘れるということの繰り返しの、お恥ずかしいかぎりのお稽古事です。
 母屋の待合で、お弟子さんたち8人で雑談や自己紹介をして始まる時間を待ちました。床には「千年春」と書かれた末広が飾ってあります。
 出された白湯をいただいてから、別棟のお茶室へ。今日は私が正客とのことです。唯一の男でこの歳となると、そんな役割が当てられることはいつも覚悟しておかなければなりません。
 最初に私から蹲(つくばい)で心身を清めました。
 部屋入りすると、床には「万年祝峯松」の軸が掛かっています。上から下へと、ゆったり大きく垂れ下がる柳は、千家独特のものだそうです。花は、徳利のような花瓶に活けてあります。
 床を拝見した後は、今日の初釜のための道具を拝見して、茶釜の真横の正客の席に着きました。
 少し天気が優れないこともあり、まずは濃茶、そして薄茶をいただきました。お茶は「辻利」。お菓子は「花びら餅」。モチモチしていて、美味しくいただきました。薄茶の時は、「子」の焼印がある麩菓子で味噌餡を挟んだものです。
 薄茶の時に、私も次の方のために一服点てました。突然という流れで、ぎこちないお点前で失礼しました。
 休憩後はお食事です。お酒も少しいただきました。
 本来すべき正客の仕事がいろいろとある中を、助けてもらいながら進んで行きます。全体の流れとその場その場の機会を摑んで、もっと正客としてすることがあったようです。行き届かないことで、申し訳ないことです。そのせいもあって、先生からは多くのことを教えていただき、至らない点の指摘を受けました。こうした場を何度も体験しながら、お役目を果たせる正客の対応を身につけるようにします。
 今年も、身に余る勉強の機会をいただきました。すぐに忘れることなど気にせずに、コツコツと続けることを心がけていくしかありません。
 先生はもとより、社中のみなさま、心もとないお点前のお付き合いを、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | *美味礼賛

2020年01月11日

藤田宜永通読(35)『ボディ・ピアスの少女』

『長編ハード・ボイルド 探偵・竹花 ボディ・ピアスの少女』(藤田宜永、光文社文庫、1996年4月)を読みました。

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 ある夜、竹花は家出少女を助けることから始まります。テンポのいい始まりです。
 話は、かつて私が住んでいた江東区の門前仲町辺りが主な舞台となっています。東京に住んでいた頃はこの町に9年間いました。物語に自分が知っている場所が出てくると、何となくその舞台の中にのめり込みます。話が具体的な場所を背景にして、イメージできるからでしょう。
 文部大臣や代議士が犯罪の匂いの中で出てきます。作者はこれをどう料理するのか、興味を持って読み進みました。しかし、これはネタの1つに過ぎず、何も関係ないままに収束したのは残念でした。
 鼻と唇にピアスをした夏子は、その魅力が描き出されないままに終わります。これも、残念でした。
 殺人事件、秘密、謎、それぞれが投げ出されたままで展開していきます。読んでいて、インパクト以前に話のつながりがつかめません。盛り上がりにも欠けます。最後に、つじつま合わせで、成り行きの解説が長々とあるものの、それまでの長い時間は読者をほったらかしにしていたので、冷ややかに読むしかありません。最後にまとめてある事件の推察は、それまでの物語の中に散らし、全体的にもっと根拠のある推理を展開すべきでした。想像に推測を加えた推理では、根拠が薄弱で嘘話が拡散するだけで、読後に落胆します。藤田の作品は、後半の3分の1は読み飛ばしても大丈夫です。このあたりは、構想の段階で詰めておくべきです。【1】

 書誌:本書は1992年12月に双葉社より刊行されたものを文庫化したものです。
 
 
 
posted by genjiito at 00:50| Comment(0) | □藤田通読

2020年01月10日

何もしない日(令和2年正月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年の正月から、何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | *身辺雑記

2020年01月09日

携帯電話を置き忘れる失態

 つい、うっかり、悔みきれない失態をしてしまいました。何と初めて、携帯電話を外出中に座っていたシートに置き忘れてしまったのです。
 大型ショッピングセンターで本を買い、それを鞄に入れるためにフリースペースにあった長いソファーに腰を落ち着けました。座った時に、ズボンのポケットに入れてあった携帯電話が邪魔になったので、取り出して膝の横に置いたのがいけませんでした。
 買ったばかりの本の目次をパラパラと見てから鞄に入れ、そのまま同じ階にあるスポーツクラブへと急ぎました。その時、携帯電話をソファーに置いたままで立ち上がったのです。ダウンのコートを着ていたので、その裾が広がっていたことで見えなかったようです。
 1時間ほど泳ぎ、お風呂から上がって着替えている時に、携帯電話が見当たらないことに気づきました。忘れた場所は思い当たります。すぐにソファーがあったところに行きました。すでに1時間半以上は経っているので、そのままあるはずがありません。近くのお店の方に忘れ物を受け渡しする場所を聞くと、1階中央にあるインフォメーションセンターだとのこと。すぐに行くと、保管されていた私の携帯電話を、すぐに渡してもらえました。聞かれたのは色とメーカー名でした。そして、取り出された携帯電話に対して指紋認証で画面のスリープを解除すると、それで私のものであることが確認されたのです。書類に住所氏名を書いて終わりという、迅速な対応でした。指紋認証の意外な役割を実感しました。
 携帯電話は、なくすと遠隔でデータを消せるし、電話機の追跡もできます。落とし主の手元に返る確率の高い品物だと言えるでしょう。それはさておき、忘れ物として届けてくださった方には、お礼申し上げます。ありがとうございました。
 それにしてもうっかりミスを、新年早々しでかしました。今年は、慌てず騒がず、マイペースで日々を送りたいものです。注意力が散漫になっているようなので、若い頃のようにテキパキとは動けません。どうぞみなさま、モタモタしていても急かさないで、温かく見守っていてください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | *身辺雑記

2020年01月08日

とにかくやってみる精神で格安携帯への道を開く

 携帯電話の利用料金が安い会社に鞍替えするため、梅田まで手続きに行きました。
 直接対面で契約ができる店舗が限られているので、あらかじめ電話で受付方法を聞いておき、箕面で一仕事を終えてから、梅田のお店に足を運んだのです。
 このキャリアの会社は、梅田からすぐのビルの中にあります。しかし、最近の梅田は、次々と新しい建物が林立しています。先日も、ヨドバシカメラの北側に、大きなビルがオープンしました。
 携帯の地図アプリで道案内をしてもらっていたところ、この店が「本日休業」だと赤い文字で表示されています。

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 ホームページを見ると、今日水曜日は定休日となっています。無駄足だったことを悔い、梅田駅からあまり移動しないうちに帰ろうかと、足は京都に向かい出しました。
 しかし、今日の確認の電話では、詳しく受付方法を説明してもらえました。とにかく、今日の午後6時までに行けばいいとのことだったのてす。
 私はネットの情報を信じないので、電話で案内をしてくれた女性の言葉を信じて、予定通り行ってみることにしました。もしお休みだったら、インターホンや非常ベルでも鳴らして、警備員に訴えよう、という気持ちでお店に向かいました。
 とにかく言ってみる、やってみる、聞いてみる、の精神です。これは、インドでいろいろな生き方を教えてもらった、政治学者の中島岳志君直伝の処世術です。ちょっとやそっとのことでは引き下がらないだけの、強靭な精神の薫陶を受けています。
 お店に行き着いてみると、人気はないものの明かりが点いています。入り口にいた案内の女性から、丁寧に対応してもらえました。出直そうと一時は思ったことが杞憂に終わり、すごすごと帰らなくて良かったと一安心です。
 担当の方にスマホのホームページを見せて、これはどうして「本日休業」になっているのかを尋ねました。すると、あっけないほど何度も謝られ、今はコンピュータのシステムがダウンしていてホームページの表示がおかしいのだ、とのことです。こちらも気が抜けました。
 やはり、ネットの情報は信じないに限ります。あくまでも、参考情報が提示されているだけだ、と考えておくべきなのです。ネットの「本日休業」を信じて、あの時点で引き返していたら、また大阪まで出かけるという、無駄なことをするはめに陥るところだったのです。
 そんなこんなで、後はスムーズにことは運び、1時間半後には無事に携帯電話の新しいシムを手にすることができました。そして、毎月1万数千円の携帯代金の節約生活が実現しました。ガスと電気も、無事にまとめてこのキャリアの会社に一括移転することも、簡単にできました。
 老体となり、加齢で済ませられることの多い身になったとはいえ、強気で生きることを忘れないことの大切さを痛感しました。

■追伸■
 Oさんへ。数年前に教えてもらったキャリアの移行に、遅ればせながら今頃変えることとなりました。職場でのゴタゴタに疲れる日々の中で面倒だったので、私は格安に移行しないままだったのです。今になって、あのアドバイスが的確だったことを痛感し、あらためて感謝しています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:11| Comment(0) | ◎情報社会

2020年01月07日

読書雑記(277)船戸与一『河畔に標なく』

 『河畔に標なく』(船戸与一、2009年7月、集英社文庫)を読みました。長編にも関わらず、一気に読ませるのは船戸与一の筆の力です。

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 まず、ミャンマーという国の確認からしておきましょう。本書巻末の解説(前田哲男氏執筆)にわかりやすくまとめてあるので、それを引きます。

この国には、日本人に遠い日を思い起こさせる記憶の揺り籠の一面もある。
 かつて、ここが「ビルマ」と呼ばれ、イギリスの植民地下にあった一九四一年、日本軍は「アジア解放」「ビルマ独立」の名目下「ビルマ進攻作戦」を行い全土を占領、軍政下に置いた。本心は、中国への物資輸送路(ビルマ・ルート)を断つとともに、あわよくば、チャンドラボースの「インド国民軍」をひきつれ、英領インドに攻め込もうという算段からである。スー・チー女史の父で「建国の父」と称えられる独立の志士アウン・サン将軍は、当初、日本陸軍の謀略組織「南機関」(機関長・鈴木敬司大佐)と組んで「ビルマ独立義勇軍」(BIA)創設に参画、イギリスを共通の敵とする戦いに立ち上がる。鈴木大佐から「オンサン」と呼ばれたアウン・サンは「ビルマ独立志士三〇人」の筆頭に位置していた。だが、進駐してきた日本軍が、BIAをたんなる対英・対中作戦の後方攪乱部隊としか扱わない現実に幻滅すると、「反ファシスト人民自由連盟」(パサパラ)結成に踏み切り、一斉蜂起して抗日武装戦に転じていく。(その時期に、スー・チー女史は生まれた。)
 こうして「ビルマ独立」を掲げ、はるか「インドへの道」をめざした日本帝国の野望は、「インパール作戦」の惨憺たる敗北とともに潰え去るのである。だから『河畔に標なく』の地は「大東亜戦争」の古戦場なのであり、そして本書の登場人物だけでなく、無数の日本兵にとっても「標なき地」となった。(618〜619頁)


 ミャンマーの北部、中国とインドに挟まれたカチン州が舞台です。多くの民族や部族の名前が出てきます。それぞれに言語があり、そこへ北京語や広東語も混じってきます。ごった煮の世界で物語が展開します。
 カチン州を流れ下るイラワジ川沿いを舞台に、荒っぽい内容のいくつかの物語が進行します。地名、人名に馴染みがない私は、流れに任せて読み進みました。
 多くの少数民族が、国内の至る所で小競り合いを展開します。それが丹念に、具体的に描かれるので、時間の流れの中での局地闘争が多面的に伝わってきます。
 那智信之、張徳仁、イエ・シュエなどの男たちが、ミャンマー北部の山の中を200万ドルの大金を巡って彷徨いながら、追いつ追われつの冒険譚が繰り広げられます。オムニバス形式で、淡々と進みます。
 今いろいろと問題になっているロヒンギャーに関して、船戸は本作で次のように語っています。

ラップはイスラム教徒がどんな連中か知らないわけじゃない。十五年ほどまえにバングラディッシュとの国境近くから来たロヒンジャー人だ。その連中はカチン独立軍と共闘を求めてミラスロン峰の麓にあった第九歩兵旅団の駐屯地にやって来た。当時はロヒンジャー人も国家平和開発評議会の前身・国家法秩序回復評議会とすさまじい戦闘を繰りかえしていたのだ。アラカン・ロヒンジャー・イスラム戦線。それがその連中の組織名だった。あのとき、ロヒンジャー人たちのビルマ人にたいする憎しみはカチン人以上のように思えた。それについてこんな表現をしたのだ。ロヒンジャー人の村で国軍に見つかれば不法入国者、川で釣りをしてれば密輸入、森で働くと反乱分子と見傲される。モスクを建てれば外患誘致者と決めつけられる。戦う以外に方法はない。アラカン・ロヒンジャー・イスラム戦線の連中は火器の扱いにも慣れ、山を歩かせてもへばることはなかった。(372頁)


 船戸は、徹底してヒューマニズムを貫いています。荒々しい内容にも関わらず、人を殺すことには自制的です。人間の惨たらしい内面を描きながらも、人間を暖かく見つめているのです。
 カチンの山の中を彷徨う複数のグループが、自然や人間の変化の中で生き抜こうとする様を、実に丹念に描きます。この物語のクライマックスとなります。
 二百万ドルをめぐる男たちの物語も、それが藻屑となって川に飛び散った後は、それぞれの目標がまた生み出されます。気力が人間の生きる源だとでも言いたいようです。生きることへの執着を、これでもかと見せつけられました。そして、新たに生き続けようとする人間への賛歌が綴られていきます。
 最後に、「運」について語られます。運を天に任せた考えに、これまで読んできた船戸作品とは違うように思いました。【5】
 
書誌:2006年3月に集英社より刊行されたものの文庫化。
 
 
 
posted by genjiito at 20:14| Comment(0) | ■読書雑記

2020年01月06日

久しぶりに大阪日本橋へ

 所用があって、大阪の日本橋から難波に出かけました。ここの人混みの中を歩くのは、本当に久しぶりです。
 日本橋は、完全に若者たちの趣味の街となっています。私が毎日仕事帰りにここに通っていた1980年代は、コンピュータや電子部品を探し求めるおじさんたちがたむろしていました。30代になったばかりだった私も、その一人でした。
 大正区にあった職場には、日本橋に置いていた自転車で通っていたのです。帰りに日本橋の電気店をはしごし、民生品として出始めたばかりのパーソナルコンピュータ(パーコン、後のパソコン)の情報収集に明け暮れる日々だったのです。すでに何度も書いたように、その頃この日本橋で、小学生や中学生が後ろから覗く大人に自信満々で店頭のパソコンを操作するのを、食い入るように見つめていたものです。その子供たちに、「マシン語」と呼ばれるコンピュータ用の言語を教えてもらいました。それは、ゼロ(0)とイチ(1)だけで記述する命令指示書です。BASIC言語が出回る直前です。
 この街は、私がコンピュータの言語を店頭で覚えた場所です。今、そんな匂いはまったくしません。この街に通うことは、高校から短大の教員になっても続きました。科学研究費補助金を獲得し、コンピュータを活用しての『源氏物語』の本文と写本の研究にのめり込みました。最初のテーマは「源氏物語古写本の画像データベース化と別本諸写本の位相に関する研究」(1992年)でした。そのことが、東京の研究所から上京のお誘いを受けることにつながったのです。
 当時の東京の秋葉原には、大阪の日本橋ほどの若々しい熱気はありませんでした。勢い、文学研究にコンピュータを導入することにおいても、やがて夢と期待は大きく失速していきました。
 日本文学データベース研究会を大阪大学の中に創設し、文学研究を支援する流れを作ろうともしました。しかし、その理想は、『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(1986年)、『人文科学データベース研究』(全6冊、1988〜1990年)、『国語教師のパソコン』(1989年)、『パソコン国語国文学』(1995年)、『CD−ROM 古典大観 源氏物語』(1999年)に仲間とのコラボレーションの成果として世に問うたまでで終息したのです。文学研究に限定すれば、国文学界の流れはワープロによる原稿の清書と、情報の整理に留まるものでした。考えることを手伝ってくれる、アシストをしてくれるはずのハードウェアもソフトウェアも生まれないままに、今に至っています。今のコンピュータの姿は、当時思い描いた研究者の手助けをする情報文具とはほど遠いものです。どうしてこんなことになってしまったのか、と、こうしてキーボードに文字を入力しながら思い返しています。
 知的な刺激を与えてくれるパソコンは、文科系向けには育たなかったのです。返す返すも残念です。「もし」が許されるのであれば、私が1999年に大阪を離れて上京しなかったら、この流れは変わっていたはずだと、今でも思うことがあります。その代わり、私が目を海外に転ずる好機を東京で摑むことができたことは、それはそれで別の意味で幸運でした。今の自分につながっているのですから。
 そんな、とてつもない夢を追いかけて通っていた街が、この日本橋です。あれから40年近くが経ち、電飾と若者でごった返す街を訪れ、感慨を持って歩きました。私の人生を変えた街、夢が叶わなかった街、がこの日本橋なのです。
 今の若い方々には、AIが文学研究を支援してくれ、また一緒に考えるアシスタントとなるように、新しい波を起こしてくれることを願ってやみません。AIを使いこなすのではなくて、AIがパートナーとして一緒に付き合える仲間になればいい、と思っています。

 家に帰ると、梅が咲き揃っていました。明日の七草に間に合いました。

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posted by genjiito at 22:50| Comment(0) | *回想追憶

2020年01月05日

人のふんどしで相撲を取る

 新春の折り込みチラシに、なかなか味のある手法で客を呼び込むことを考えたものを見つけました。

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 一般的には、「人の褌で相撲を取る」は、あまりいい感じがしない言葉です。ずるくて要領がいい、というのが本来の意味だからです。しかし、今の世の中では、これくらいの図太い気持ちの発想も大事です。近年の日本は異常なほどにマイルドな社会を作り上げたので、かえって海外の発想に太刀打ちできない局面が見られるようになりました。駆け引きもなく、ただただまっ正直をよしとし、打たれることに臆病になってきました。
 このチラシは、年賀状の下に印刷されているお年玉の当選番号を利用したものです。これまでにも、すでにこの手法を使ったものがあったことでしょう。私は、今回初めて出会いました。やったらいいのに、と思っていたことだったので、やはりというべきか、ついに出会ったのです。何ということはないものの、嬉しいものです。
 下三桁の数字が合うと3割引のサービス券が、下二桁で2割などと、いろいろな組み合わせがあります。いずれにしても、人が持っている年賀状に印刷されている番号を、チャッカリと拝借して転用するのです。
 近所の大型電器店から送られてくるダイレクトメールには、いつも三桁の番号が印刷されており、店頭で掲示される当たり番号によって、いろいろなプレゼントがもらえます。それを考えると、年賀状を使うのは手間が省けて公平です。
 日常の何気ない所や物にヒントを得て、おもしろい発想や企画を考えることは、一人で妙案を思いつく楽しみとしても格好の頭の体操となります。
 今年も、楽しいことを考えて、おもしろい日々にしたいものです。

 家の梅は、ほぼ咲きそろいました。手前にあってここでは見えない子供の梅は、小振りながらも明日は賑やかに咲きそうです。

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posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | ◎情報社会

2020年01月04日

京洛逍遥(587)視覚障害者の写真展を見てから仲源寺にお参り

 河原町三条で食事をしてから、四条の祇園に向かいました。
 三条大橋の下には、多くの鴨が集っています。
 とにかく今年の賀茂川は、鴨が多いことが特徴でしょうか。

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 四条通り花見小路西入ルに、お漬物の「西利」があります。鴨川畔にある南座の並びです。その4階の「ぎやらりぃ西利」で写真展があったので行ってきました。
 今回の写真展は、「いのちV」と題して3人の作品を3階と4階で展開するものです。そのうちの一人、視覚障害者の堀越信司さんは、陸上競技のパラリンピックに出場という実績のある選手でもあり、今年の東京パラリンピックにも出場が内定している方です。
 会場に掲示してあった堀越信司さんのプロフィールを引きます。

 堀越信司
 Tadashi Horikoshi


視覚障がい陸上長距離・マラソン選手
1988年生まれ(31歳)長野県出身
2008年北京から3大会連続でパラリンピソクに出場し、世界選手権やアジアパラ大会など、これまでに国際大会で合計8個のメダルを獲得
NTT西日本陸上競技部に所属


写真への思い


私は弱視であり、自らの目で像を捉えるには限界があります。
しかし、写真を撮影しそれを拡大することで、普段肉眼では見えないものも見ることができます。
写真は、自分の世界を広げてくれるのです。
専門知識や技術はありませんが、私なりに捉えた世界をご覧いただけると幸いです。


 20数点の写真は、飛行機であったり空であったり、また渓流や植物もあります。見ているうちに、その背後に音があることに気づきました。それがシャッターチャンスだったのでしょうか。撮影後に写真を大きくして確認する時に、耳によるイメージが選定に深く関わっているのではないか、と素人目ながら感じました。
 この感覚による写真は好きです。機会を得て、また見たいと思います。
 パラリンピックでの健闘も楽しみにしています。
 なお、「パラサポWEB」には、次の戦績が掲載されていたので紹介します。

パラリンピック成績


2008年
 北京パラリンピック
  男子1500m(T13)予選敗退
  男子5000m(T13)予選敗退
2012年
 ロンドンパラリンピック
  男子5000m (T12)5位
2016年
 リオパラリンピック
  男子マラソン(T12) 4位
     最終更新日:2019.11.26
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主な成績


2010年
 広州2010アジアパラ競技大会(中国)
  男子5000m 2位
2014年
 インチョン2014アジアパラ競技大会(韓国)
  男子5000m 1位
  男子1500m 1位
2015年
 IPCマラソン世界選手権・ロンドンマラソン
  3位
2017年
 マラソンワールドカップ・ロンドンマラソン
  3位
     最終更新日:2019.11.26


 四条河原町まで出てバスで帰る前に、西利のすぐ横にある仲源寺に新年のご挨拶をしました。

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 この仲源寺について詳しくは、「京洛逍遥(549)洛陽三十三所(16)仲源寺」(2019年05月06日)に書きました。
 間近に佇む、重要文化財に指定されている大きな千手観音は、頼み甲斐があります。
 今は、ひたすら今年の安寧を祈って歩いています。

 家の床の梅は、親梅は2色ともにほぼ咲きそろいました。
 加えて、子供の紅梅と白梅も蕾が一つ二つと花開くようになりました。
 これからどのように広がっていくのか、大いに楽しみです。

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posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年01月03日

京洛逍遥(586)出町桝形商店街の百人一首絵と箱根駅伝のこと

 昨日は北山に向かって歩いたので、今日の賀茂川散歩は南の葵橋の方面です。
 このお正月は、鴨を多く見かけます。

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 いつもはいない、首から下が白い鳥がいました。

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 鯖街道の終点である出町柳の桝形商店街は、ほとんどのお店が閉まっていました。
 開いていたのは2軒の古本屋さんとお茶屋さんだけです。

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 その通りの中で、シャッターに『百人一首』のパロディー版が描かれているのを見つけました。
 閉店後にこの通りに来ることがなかったので、この絵のことはこれまで気付きませんでした。
 このあたりにはデザイン関係の学生や事務所が多いので、おそらくこの通りもいずれはこうしたアートなシャッター通りになることでしょう。
 しばらく、このカルタの絵から、どの歌なのかを探し当てていました。
 以下の写真を見ながら、ゆっくりと楽しみたいと思います。
 写真は、まず全体、次に四分割した右上、左上、右下、左下の順番です。

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 家に帰ると、西の空に眩いばかりの金星が瞬いていました。こんなに明るい星は久しぶりに見ます。

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 今日の箱根駅伝では、母校である國學院大學が総合で3位に入りました。昨日の往路では2位。昨年10月の出雲駅伝では優勝。この出雲は、私が生まれたところです。出雲駅伝のコースの一部は、小さい頃にお正月になると泊まりに行っていた親戚の「いなばや旅館」(今はありません)の周辺を走ります。出雲大社の北島家との関係は、かつて書いたので省きます。
 その國學院大學は、1882年(明治15年)に明治政府が日本の古典や礼式を研究し国家に必要な人材を育てるために設けた皇典講究所に始まる大学です。この大学に博士前期課程まで学び、一時期は大学院の授業を持っていた関係で、高校野球やサッカーでの活躍を見るにつけ、スポーツの世界でも活躍するのは、新しい時代に向けて頼もしいことだと思っていました。それが、駅伝でも頑張っているのです。ここで育ち、ここに育てられた一人として、年明け早々に嬉しい出来事となりました。
 今日の金星も、母校への祝福を込めた気持ちで眺めました。

 自宅の床の間の梅は、紅梅も花開く数を増してきました。
 明日には、ほぼ咲きそろいそうです。
 七草には満開となることでしょう。

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posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年01月02日

京洛逍遥(585)新年の鷺と鴨たち

 新年の夕刻に初散歩をしました。

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 鴨の親子たちは、おせちをいただくのに大忙しです。

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 鷺は相変わらずじっとしています。

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 この鳥たちは、年が改まったことを知っているのでしょうか?
 体内時計がどうなっているのかはわかりません。
 今年もまた、ここでのんびりと暮らそう、などと思っているのでしょうか?
 どんなお気持ちですか? と聞いてみたくなりました。

 床の間の梅は、白梅から咲いていくようです。

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posted by genjiito at 21:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年01月01日

京洛逍遥(584)元旦は下鴨神社へ初詣−2020年−

 新しい年、2020年が始まりました。
 今年のお節は、妻が作り息子が盛りつけました。
 私の役割は、新年のお茶をおいしく点てることです。

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 お正月と言えば、何はさておき神頼みから。
 ぶらぶらと歩いて、糺ノ森の下鴨神社へと向かいました。

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 氏神様は、大型観光バスで押し寄せる遠来のお客様の対応で大忙しです。
 下鴨神社の狭い境内は、とにかく人人人です。
 拝殿の前が狭いので、長い列が続いています。

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 いつもの儀式のように参道で甘酒をいただきました。
 家に帰り、神社からの頂き物などを床に並べました。
 紅梅と白梅が1輪ずつ、小さな花を咲かせています。
 これから日ごとに、その開花が進むのが楽しみです。

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posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年12月31日

今年もありがとうございました -2019-

 あと数十分で新年を迎えることになります。
 2019年も無事に終えることができます。
 多くの方に助けていただいて過ごせました。
 この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
 2020年もどうぞよろしくお願いします。

 我が家の玄関先にも注連飾りを掲げました。
 注連飾りは「一夜飾り」にしないそうです。
 そう言われ続けているので昨夜つけました。

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 また新しい年にどのようなことがあるのか。
 新たな出会いに満ちた日々になるでしょう。
 いろいろなことにチャレンジする予定です。
 末長いお付き合いをよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | *身辺雑記

2019年12月30日

形ある物としての本を処分すること

 今年も、本に悩まされました。
 本年3月に、突然とでも言うべき理不尽な理由によって、研究室を出ることになりました。
 3年前の3月に、東京立川の職場と江東区の官舎から、京都と大阪に大量の荷物を移動させました。もちろん、大半が本の詰まった段ボール箱です。
 大阪南部の研究室に移動して来た専門的な内容の本は、しばらくは安泰だと思っていた矢先のことでした。今度は、大阪北部に移動させることになったのです。150個の段ボールに詰めた本は、その分量はともかく重さが半端ではありません。
 幸い、新しい移動先の研究室は90平米もある広さなので、置くスペースは十分です。

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 いまだに新研究室に運び込んだ本の整理が終わっていないのですから、これにかけるエネルギーと時間は膨大なものが費やされています。いやいや、自宅においても、すでに東京を引き上げて来て3年が経とうとしているのに、いまだに未開封の段ボールが、押し入れに投げ込まれています。必要になった本を手にしたい時に、段ボールの側面に書かれたメモを頼りに、やおらガムテープを剥がして本を取り出しています。
 それにしても思います。なぜこんなに本を持って移動し続けなければならないのか? と。
 資料集や参考書であれば、折々に見て確認することがあるので、身近な場所に置いておく必要があります。しかし、研究書や雑誌論文を収めた本や冊子に加えて読み物としての本は、必要な時に手にできればいいのです。そのために、京都府立京都学・歴彩館の近くに終の住み処を定めたはずです。しかし、やはり手元に本を置いておきたいために、多くの本を処分する勇気がなかなか出ません。
 一度読んだ本は、自宅に置いておく必要はなくて、図書館や資料館に寄贈すればいいと思いました。しかし、実際には引き受けてもらえない現実があります。よほど貴重な本でない限りは、図書館などでも重複してしまうのです。
 また、本を購入した際には、読み終わったら購入したその書店で引き取ってもらえるといいとも思いました。しかし、これも手放す方はそれで開放されるとしても、書店としては引き取ってからの処置がややこしいようです。本には、定価というものが付いているので、いろいろと問題も多いようです。勢い、ブックオフなどの存在意義がでてきます。しかし、私はブックオフに本を引き取ってもらったことがありません。本がかわいそうに思えるからです。突然、自分の心の中に、本に対する愛着が芽生えるのです。それを書いた人、刊行した出版社の方々の顔が浮かぶのです。
 読み終わったら持て余すことの多い、物としての本は、どうあるべきなのでしょうか。
 電子ブックという新しい流れがあります。しかし、私は光の点が構成する文字というキャラクタの連続に目を走らせると、すぐに目頭が痛くなります。新しい技術であり文化なので、まだ慣れないからでしょうか。特に少し専門的な内容の本は、電子ブックになっているものは少ないし、あっても考えながら読むには適さないように思います。紙に印字された文章を読む方が、私には安定して、書かれている内容が理解できます。この安心感は得難いものです。
 小説にしても、紙の質や本の重さも、読書の楽しみの一つとなっています。読み進むにしたがって、その前と後ろの厚さが移動していきます。長編小説を読むことが大好きな私は、この自分の現在位置を示す本の厚さは、読み進む上では大切な情報です。これが、電子本では、質感も分量もページをめくる感触もないので、気が抜けてしまいます。だだッ広い野原に、文字を集めたデータを与えられたように思ってしまいます。宙ぶらりんの状態での読書は、手応えがありません。
 もちろん電子版は、キーワードで探しやすいし、何かに引用するときに重宝します。私の科研では、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』『平安文学翻訳本集成〈2018〉』『海外平安文学研究ジャーナル』(既刊6巻)などの電子版をホームページから公開しています。海外の方々などは、本の入手が大変なので、こうした電子版はダウンロードすれば読めるので歓迎されています。その効用は理解しています。しかし、それは確認のための活用に向いているだけだと、私は思っています。
 なお、漫画本は、電子本でもいいのではないか、とも思います。これは、画像としての画面を楽しむことに起因するものだと理解しているからです。
 厚さがあり、重さがある物体としての本は、家の中の場所を取ることが一番の問題でしょう。木造の家に住んでいる私などは、本の重さは死活問題です。すでに家が傾いています。家の中の柱の位置は、私にとっては大切な情報です。そのためもあって、いかに手際よく本を処分するか、ということに悩まされ続けているのです。
 著者や出版社には申し訳ないことです。しかし、読者の立場も何かと大変です。購入するのはいいとして、読んだ後はそのほとんどを手元から遠ざけないことには、居住生活に影響します。
 これは、みなさんが直面している問題かと思います。
 本の流通と、その本の読後の取り扱いについては、これからも悩み続ける問題といえそうです。今、私にできることは、1冊でも多くの本を人に差し上げることと、心ならずもゴミとして処分することです。いずれは、食べ残しのゴミに近い性格の問題として、本の後始末が問題になるかもしれません。これは飛躍しすぎとしても、とにかく本をきれいに処分することは喫緊の課題なのです。海外では、図書館がこの問題に救いの手を差し伸べている実態を見てきました。しかし、日本ではまだまだ個人が本を購入して、個人で管理している現実があります。
 多くの関係者に、大変失礼なことを書いているかと思います。しかしながら、自分をごまかしながら現実には本をどんどん捨てている日常を思い、とりとめもない雑駁な考えで今の自分を振り返ってみました。
 先日も、何万円もする本を数冊、燃えるゴミと一緒に出しました。いろいろな方の顔が浮かぶ中を、私にとっては毎月の仕事と化しています。いつまでこんなことをするのか、させられるのか。本の後始末には、苦渋の決断が伴います。心おきなく本が処分できる環境を、あるいは処分ではなくて流通させる手だてを、一日も早く作りあげたいものです。
 歳末の今日も、たくさんの本を処分しました。本の供養塔を、家の裏にある狭い庭先に建立することを、真剣に考えています。その形は、枡形本と巻子本を組み合わせたものにしたい、とも思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *身辺雑記