2026年01月21日

京洛逍遥(964)東寺の初弘法と『百人一首』の陶器のこと

 今年最初の弘法市(初弘法)に行きました。

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 境内に露店は、1,200軒が集まったそうです。骨董や食品が所狭しと並んでいます。大勢の方が出かけて来ておられます。日本人が多かったので、少し意外でした。それでも、半分は海外の方のようです。東南アジアの方をたくさん見かけました。お店の方に、簡単な英語や片言の日本語で訊ねておられます。買い漁る中国からの方が少なかったので、穏やかな中にも何かを探す姿勢が到る処で感じられる初弘法でした。新年の晴れやかな賑わいです。

 『百人一首』の茶碗を見つけました。私には高額です。値段の交渉をしても、ほとんど安くならなかったので諦めました。写真だけは撮らせてもらえました。

260121_100人茶碗.jpg

 別のお店で、『百人一首』の12番歌である僧正遍照の歌を書いた徳利を見つけました。これはコイン1枚にしてもらえたのでいただきました。

260121_徳利1+2.jpg

 【天】津
     可世
  くも能
   可よひち
 【吹】きとちよ
  【乙女】能
    す可た
 し
  は志
  とゝめん

 弘法大師の御影堂の近くで、法会に向かうお坊さんの列に出会いました。自然と頭を垂れる姿勢になり、胸に手を合わせます。

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 今年も、猿回しに出会えました。ちょうど、終わりの挨拶をするところがいいタイミングで撮れました。

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 いつも立ち寄る門前のお花屋さんで、秋口にはなかった白式部の花のことを聞きました。なかなか入って来ないので、秋まで待ってくれとのことだったので、気長に待つことにします。

 今日は、修学旅行生がたくさんいました。貴重な品物との出会いがある弘法市に来るとは、なかなか粋な選択です。わからないながらも日本の物と食の文化の一旦を体感することになり、いい学習になることでしょう。

 1日6回食の私の3時の食事は、いつもの高木鮮魚店です。最近はずっと、海鮮丼や押し鮨(箱鮨・大阪鮨)や軍艦巻をいただいていたので、久しぶりに握り鮨にしてみました。

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 新鮮なネタが握られていて、これで千円なので我が家の予算内です。妻はいつもの漁師めし(海鮮丼)です。

 上の階のワークマン女子で、暖まる健康衣類を買い足しました。予定していた商品は悉く売り切れだったので、今あるもので妥協です。
 1点だけなかったので、それは隣のユニクロで買いました。ただし、ここの返品システムには不信感を持っていることと、今はワークマンの価格設定に無理やり合わせて値下げセールをしています。かつてはヒートテックなどでお世話になったにもかかわらず、今はほとんど行かなくなりました。返品システムについては、次の記事を参照願います。
 「ユニクロの返品交換の方針は一般的なのでしょうか?」
 そして、この時のダブダブのMサイズの商品は、年末年始のお掃除用の布巾となって、最後の一仕事をしてもらいました。

 帰りの京都駅では、551の蓬莱の列が途切れていたので、今日はいつもの豚まんと二種類の焼売に加えて肉団子もいただきました。今日の夜食にするためです。




posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月20日

集会所で簡単なジェンガのゲームをする

 寒い1日でした。
 そんな中でも、集会所には高齢者の方々が集まって来られます。
 家に一人でいるよりも、こうして仲間と体操をしたり歌を唄ったり早口言葉を楽しむのは、いい刺激をもらえます。
 こうした脳活をするのは、全身の活性化にもつながります。
 その後でみんなと話をしたりゲームをするので、心身共に健康になります。
 みなさん、元気をもらって帰られます。

 今日は、手作り版のジェンガによく似たゲームをしました。
 まず、牛乳パックを用意し、ハサミを使って四角の輪っかを12個作ります。
 そして、それをかき集めて1個ずつ積み上げ、何個が積み上がるかを競うゲームです。
 ジェンガのように、抜き取ることはしません。

 私が属したグループでは、32個を積み上げました。隣のグループでも、32個が最高でした。
 40個位までは可能だそうです。
 シンプルなゲームほど、日常の延長としての楽しさと満足感が得られるので、おもしろいものです。

 これは、注意力・集中力・器用さ・協調性に留まらず、論理的な思考力も鍛えられます。
 何個まで積み上げるかという、目標の到達に向けての訓練としてもいいと思います。
 不安定なビルを思わせるので、視覚的な刺激があり、いつ倒れるかという緊張の中に身を置きます。
 子どもたちのみならず、高齢者にこそ、うってつけの遊びです。

 また3日後に、と言ってみなさんと分かれました。




posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | *福祉介護

2026年01月19日

お茶のお稽古(2)で大和西大寺へ

 大和西大寺でのお茶のお稽古は2回目です。
 私は、前回に引き続き立礼での盆略手前を、妻はお菓子のいただき方などの基本動作に加え、初めて茶筅を持ってお茶を点てました。これも立礼です。我々は、足腰に多少の難があるので、ここでのお稽古は立礼でお願いしています。

 妻が最初に点てたお茶は、私がいただきました。ふっくらと泡立っていたので、先生も初めてとは思えない出来です、と褒めておられました。妻も、この年になって褒めていただくとは嬉しいことです、とニコニコと応えていました。

 今日も、若いお弟子さんたちは手順をうっかり忘れてもものともせず、明るく熱心に取り組んでおられます。この楽しくお稽古ができるところが、この教室のいいところなのでしょう。
 私も、前回のことを思い出しながら、なんとかこなしました。それでも、スッと手が動いたのは半分くらいです。

 先生のお話にもあった、1から10に行き、また1に戻って10に向かうことの繰り返しが大切である、という利休さんの考えがここでは徹底しています。緊張するばかりではなく、完璧を求めてそのことだけに集中するのではなく、広く見渡して、とにかく前へ前へと進むことの意義を語ってくださいました。忘れたり、失敗を気にするのではなく、繰り返しの中で身に付けましょう、と。そう言われると、気持ちが楽になります。

 一人の方が使っておられたお茶碗が富士山を描いたもので、新春らしいものでした。三保の松原から望む富士山でしょうか。

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 『百人一首』の4番歌である、山部赤人の歌の下の句が書かれています。変体仮名は「尓」と「八」だけです。

 ふしのたか
ね尓ゆき八
 ふりつゝ

 お稽古が終わって帰る時に、玄関先で「覚えていらっしゃいますでしょうか、真々庵でお目にかかりました。」というお声がかかりました。お着物姿とご様子から、次のお稽古の先生のようです。しかし、私は森田先生の後ろに付き従ってパナソニックの迎賓館と言われる真々庵へ行ったことと、同行の錚々たる茶道の先生方の雰囲気に気圧されていたので、申し訳ないことに目の前で親しく話しかけてくださる先生のことが、どうしても思い出せません。しかし、真々庵を訪問した15年前のことは覚えているので、「お変わりなくお元気そうで」と言われたので「先年、脳梗塞になり右半身のリハビリ中です」とお答えし、会話にはなりました。大変失礼しました。この次のお稽古までに、失礼のないように情報を仕入れておきます。

 以下に、真々庵へ行った時の本ブログの記事を引きます。玄関先でご挨拶してくださったのは、この時にご一緒した先生だったのです。この体験は貴重だったので、詳細な報告を認めました。しかし、あらかじめ真々庵に記事を公開することの確認をすると、中でのことは書かないでほしいとのことだったので、実際の記事の3分の1以下に縮めています。

「京洛逍遥(208)「真々庵」でPHPを考える」

 近鉄西大寺駅に向かう途中で、故安倍元首相が銃撃された駅前のロータリーの一画に、一束のお花が手向けられていました。ここがあの現場だったのだ、ということを実感します。
 また、駅の改札口の横にあるコンビニで、高石現首相をデザインに取り入れたクッキーを売っていました。

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 奈良の生駒で20年間、子育てをしていた頃に、駅前などで高石さんの選挙ポスターを見かけました。その方が後に「奈良初・女性初の総理大臣」になられるとは、予想だにしなかったことです。奈良はすこぶる地味な県なので、これで少しは知られることになったのは良いことだと思います。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *身辺雑記

2026年01月18日

江戸漫歩(183)越中島から西荻窪へ

 昨夜は、永代橋の手前にある宿に泊まりました。かつて住んでいた門前仲町から歩いてすぐなので、定宿にしているところです。ただし、いつも満室でなかなか確保できません。今回は、息子の出張が早い段階でわかったので、かろうじて取れたのです。

 今朝は、隅田川沿いを散歩です。8年前までの8年間住んでいた東京医科歯科大学の官舎跡地の、解体後の工事の様子を見に行きました。この前に来た時のことは、「江戸漫歩(180)両国国技館から水上バスで越中島へ」(2025年09月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/191494163.html)の記事の最後に書きました。
 あれから4ヶ月。この跡地には、19階建ての複合施設が立つようです。掲示板には、共同住宅・商業施設・サービス付き高齢者向け住宅が計画されているようです。4ヶ月前はまだ更地だったのに、今日はビルの姿が思い描けるほどに工事は進んでいました。

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 海洋大学の前の陸橋からは、敷地の全体が見渡せます。

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 手前にショベルカーがあるところの手前に、私の部屋はありました。かつての面影は微塵もありません。参考までに、私の部屋がちょうど壊されている時の写真をあげます。偶然その場にいたのです。詳しくは、「江戸漫歩(168)門前仲町を散策し隅田川で一休み」(2024年06月16日、http://genjiito.sblo.jp/archives/20240616-1.html)の後半に書いています。

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 お昼前に、 JR越中島駅から京葉線で東京駅を経由して、西荻窪駅に向かいます。書家の宮川さんのお宅を訪問するためです。
 東京駅での乗り換えには、とにかく延々と歩きます。地下から地上に出るために、垂直移動をします。また、中央線のホームまで行くのにも、長いエスカレーターに乗ります。この長いエスカレータに乗ると、モスクワの地下鉄で地底深くに掘られたシェルターの中に吸い込まれ、這い出してくる、あの不気味な感覚に襲われます。もっとも、モスクワの奥深くへ潜るエスカレーターの長さは、東京駅の3倍はあったと思います。

 昨日は、日比谷図書文化館の近くの霞ヶ関駅から千代田線を使って、予約した宿がある門前仲町駅に向かいました。ところが、霞ヶ関駅はいくつもの線が乗り入れており、千代田線は一番端にあります。そのために、構内を二駅以上は歩きます。次の大手町駅も多くの線が交差する所で、延々とこれまた構内を二駅分は歩きました。健康的なリハビリウォーキングが出来た、と前向きに捉えましょう。東京の地下鉄は、リハビリには格好の施設です。

 門前仲町は、通勤に使っていたので勝手知ったる駅です。その駅前にあるスーパーマーケットの赤札堂で、食料品を調達しました。よく行ったお店で、売り場は8年経った今も、配置がまったく変わっていませんでした。一瞬、タイムスリップした気になりました。また、よく行った居酒屋の魚三で極上なのに耳を疑うほどに安いウニを食べたくなりました。しかし、お酒を飲まないとおつまみを注文できないので、まったくお酒を飲まなくなった私も妻も、ジッと我慢です。

 さて、今日のお昼には、中野駅前のブロードウェーを散策しました。

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 中野は国文学研究資料館への通勤時の乗り換え駅でした。帰りに途中下車をして、この街をよく歩いたものです。ちなみに、妻が学生時代に下宿していたのも中野でした。住みやすい街なのです。

 そこから西荻窪にある書家の宮川さんのご自宅に伺いました。写本の臨模本を制作なさっている現場で、現在進んでいる相愛大学本の臨模本制作の打ち合わせをするためです。現状と今後のことを話し合いました。また、臨模の実態を教えていただきながら、私が講座などで説明しやすいように、実演もしていただき、写真に収めることができました。

 打紙と言われる、書写をする料紙を木槌(砧)で打つ工程です。トロロアオイを紙に馴染ませてから打って乾かす場面です。しなやかさと光沢が生まれます。

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 キラ刷りに使う板木(写真右)と、その完成作品(写真左)です。これに裏打ちをして、写本の表紙にするのだそうです。

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 装飾料紙の一つである、型押しを施して雰囲気を出す工夫も、拝見しました。
 金粉をまぶしたように見える、丁子油を振りかけるための道具の網とブラシも、写真に収めました。

260118_型押しと丁子道具.jpg


 さらに、中国伝来の竹を原料とした二番唐紙(日本での画仙紙)というものも拝見しました。
 次の写真は今回いただいた料紙で、左から、雁皮・三椏・麻・二番唐紙の4種類。

260118_料紙.jpg


 二番唐紙は中国から手に入れるとのことで、下書きや練習に使っておられます。繊維が短いので、長持ちはしない、とのことでした。

 お話を伺いながら、貴重な多くのことを教えていただきました。
 使わなくなった紙や失敗した作品などは処分するとおっしゃっていたので、そのいくつかを今回いただいてきました。現在、私の『源氏物語』の講座にお越しになっている方々には、折々にこれらの料紙の実物を手にして実感していただき、平安・鎌倉の古写本の姿を体感してもらうつもりです。目に頼った視覚優先の社会となった今、手で触って実感することの大切さを身に付けていただくつもりです。「触らないでください」ではなくて、「触ってみましょう」の実践です。

 銀座の鳩居堂で宮川さんが『源氏物語』の作品展をなさった時にご挨拶をした旦那様とも、今日は親しくそして楽しくお話ができました。
 いろいろと収穫の多い一日でした。
 宮川さん、そして旦那様、ありがとうございました。




posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | ・江戸漫歩

2026年01月17日

日比谷で「須磨」(32)と『百人一首』(9)を読む

 日比谷図書文化館の正面入口には、本日の案内が出ています。

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 まずは、「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」からです。

 『源氏物語』の翻訳で44番目となる、インドネシア語訳『源氏物語』を回覧しました。

インドネシア語訳G.jpg

 これは昨年入手した本です。昨秋は『探幽筆三十六歌仙』(架蔵粉本)や、版木(『古訓古事記』)と版本(『絵入源氏物語』)を持参して手に取って見ていただいたため、この翻訳本の情報の確認が先延ばしになっていました。

書名:GENJI MONOGATARI
出版元:Boston and New York. Houghton Mifflin Company.
    The Riverside Press Cambridge, 1925年版。
著作権・出版情報:Copyright コピーライトマーク CV. Shinyuu Japanindo
翻訳者:Sutrisno / 編集者:Gafna Raizha Wahyudi
※本書は2024年に出版された。(ただし、2022年と2023年にも出版)
※本書は、アーサー・ウェイリーの英訳(The Tale of Genji, 1925)全6巻の内、第1巻のみの翻訳。例えば、インド語8種類の翻訳は、すべてウェイリーの英訳の第1巻だけをそれぞれの言語に訳したもの。
※参考記事︰「『源氏物語』の44番目の翻訳となるインドネシア語訳を入手」(2025年10月31日、http://genjiito.sblo.jp/article/191531889.html

 昨秋の時点で、『源氏物語』の翻訳本は以下の言語を確認しています。

【『源氏物語』が翻訳されている44種類の言語一覧】(2025年10月31日現在)
アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・【インドネシア語】・ウクライナ語・ウズベク語・ウルドゥー語(インド)・英語・エスペラント・オランダ語・オディアー語(インド)・カタルーニャ語・クロアチア語・ジョージア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・日本語(現代)・日本点字・ハンガリー語・ハングル・パンジャービー語(インド)・ビルマ語・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ヘブライ語・ペルシャ語・ポーランド語・ポルトガル語・マラヤーラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ルーマニア語・ロシア語

 ハーバード本『須磨』の翻字の確認について、今日は以下の箇所が終わりました。
 今回は、平仮名「ま」と「と」の字形が不安定な書かれ方をしていました。とにかく、紛らわしいのです。この巻を通して、本書の書写者の癖を再確認をすべきことだと思われます。

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■ハーバード大学蔵『源氏物語 須磨』57丁裏3行目〜59丁裏

翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
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うれを/れ±へ、う〈墨ヨゴレ〉、(うれへを)・【申】いてゝ/(【申】いてて)・そこ者可と・奈く・さ
え徒るも/え〈虫喰、ママ〉・【心】の・ゆくゑは・於奈し・こと奈
る可・こと那る[260117_ココカラ]→あ者れ尓・み【給】・【御】そとも
なと・可川遣さ勢・堂満ふを・いける/へ&い、(へける)・可ひ
と・於もへり・【御】むま奈とも・ち可く・多てゝ/(多てて)・
三や里那る・くら可・な尓そなる・い祢なと・
いふ・毛乃・とりいてゝ/(とりいてて)・可う毛・めつらしく・み・【給】・
あ寿可【井】・すこし・う多ひて・【月】こ
ろの・【御物】可多り・なき身・王らひみ・王可
【君】能・な尓とも・【世】越八・於も者て・毛のし堂満ふ/堂〈次頁〉、(57ウ)
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可奈しさ越/さ〈墨ヨゴレ〉・於とゝ/(於とと)・あけくれ
尓・徒遣て・於ほし奈介く・こと那と毛・可/〈ママ、諸本かたり〉・
堂満ふ尓・多え可多く・於ほし多り・つき
寿へく毛・あら祢八・【中】/\尓/(【中中】尓)・可多八し
毛・え・ま祢者寿・よ毛す可ら・満とろまて・
ふ三なと・あ可し・【給】・さ・いひな可ら毛・【物】ゝ/(【物】の)・
きこゑを・川ゝ見て/(川川見て)・いそき・可へ里・【給】・
いと・【中】/\な里/(【中中】な里)・【御】可八らけ・まいり弖・
ゑひの・可那しみ・な三多・そゝく/(そそく)・【春】能・
さ可【月】の・うちと・毛ろこゑ尓・すんし・【給】・【御】とも乃/とも〈丁末左〉、乃〈次頁〉、(58オ)
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ひと/\/(ひとひと)・な三多を・那可す・をの可しゝ毛/(をの可しし毛)・
者る可なる・王可れを・志のふへ可め里・あさ
本らけ乃・そら尓・可り・つらね弖・王多るあ
留し乃【君】・
「ふるさと越・い川れ乃・【春】可・ゆきて・
三ん・うらやましき八・可へる・可り可祢」・【宰相】・
佐ら尓・堂ちいてん・【心】ち・世須・
「あ可奈く尓・可里乃・とこよ越・多ち王可
れ・【花】乃・三やこ尓・三ちや・まと者む」/万&ま〈ママ〉、(万と者む)・さる
へき/さ〈ママ〉・三やこ乃・徒となと・よしある・さ満尓て/て〈次頁〉、(58ウ)
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あ里・あるし乃【君】・かく・可しこき・【御】を
くり尓とて・くろこ満・堂てま川里・【給】・ゆ
ゆしく八・於ほさるゝとも/(於ほさるるとも)・【風】尓・あ多りて八・
い者えぬへ介れ者奈と・【申】・【給】・よ尓・あ里
可多け奈る・於ほん満の・さまな里・可多
み尓・し・【給】へとて・いみしき・ふえ・多て
まつ里・【給】【人】のと可免徒へきこと八可多三に
えし【給】八須・【日】・やう/\/(やうやう)・さしあ可りて・
【心】あは多ゝし遣れ八/(【心】あは多多し遣れ八)・可へり三の三・し
つゝ/(しつつ)・いて・【給】をみをり【給】介しき/みをり〈ママ、諸本みをくり〉・いと・な可/\なり/(な可な可なり)、(59オ)
--------------------------------------
い川・ま多・堂いめん・多ま者らむと・すらん・
さりとも・かくてやはと・【申】・【給】尓・あるし・
「く毛・ち可く・とひ可ふ・堂川毛・そら尓・三よ/よ〈左傍記〉・
王れ八・者るひ乃・く毛里・那き・みそ」・可
徒者・多のまれ奈可ら・可く・奈りぬ
る尓・【人】八・む可し乃・可しこき・【人】多尓・八
可/\しく/(八可八可しく)・よ尓・【又】ましらふ・こと・可多く・
者へり介れ者・な尓可・【宮】この・さ可ひ
を毛・【又】・【見】む奈と・於ほえ・者へらぬなと・
の【給】・【宰相】/(59ウ)
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 終了後に受けた質問の中に、今後の翻字方針を補訂すべきことがありました。
 平仮名の「て」の字母に「天」と「弖」があり、「て」と「天」の間の字形に関しては、漢字に近い「て」は「天」がいいのではないか、という提案です。確かに用例を見るとそうなので、今後は「て」の翻字には、さらに厳密な字母を追加して対処することにします。

 1時間の休憩を挟んで、後半は「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」となります。

 プリントにより、「遊びとしての『百人一首』(坊主起し)」と「生成AIによる「坊主めくり」の説明(再編集)」を、『百人一首』の受容史として説明しました。
 また、「57紫式部と58大弐三位の歌碑(廬山寺の境内)の再確認」については、「中之島での『百人一首』(第20回)と『源氏物語 蜻蛉』(第31回)」(2026年01月10日、http://genjiito.sblo.jp/article/191592716.html)の前半に記した通りの説明をしたので、その詳細は上記ブログの記事を参照願います。

 今回追加した新たな情報は、宇治川の氷魚は「琵琶湖から押し出されたか」ということを紹介する、「百人一首に詠まれた宇治川の風景 網代の氷魚 どこ生まれ?」(京都新聞、2026.1.13)という記事です。生態学と歴史学の研究者が、「平安時代の宇治川で盛んだった氷魚漁は、琵琶湖育ちの後期仔魚を対象としたものだった可能性が高い」という研究結果を伝えるものです。
 古典文学や古代文化が今につながっていることを確認できることの楽しさを、いろいろな例をあげてお話しました。

 本題の『変体仮名でよむ 百人一首』は、55番歌の大納言公任から64番歌の権中納言定頼までを、二種類のカルタに書かれた変体仮名を確認しながら終えました。




posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | ■講座学習

2026年01月16日

清張復読(85)「弱気の蟲」(『黒の様式』より)

■「弱気の蟲」
 お役人として、日々平々凡々な生活を送る男は、省内での麻雀のお付き合いで他の職員と接するだけでした。そんな彼が、ふとしたことから外での麻雀に嵌ります。そして、借金地獄に。あの手この手で工面しながらも、どうしてもギャンブル依存症から抜けられません。人間の弱さに端を発した、一人の男の転落する様が描かれています。
 役所での麻雀では、仲間から嘲笑を受け、外では借金で首が回らなくなって脅される。弱気の上に、恐怖感が被さるのでした。さらには、この男は私大出のノンキャリアながら、某本省の課長補佐という立場もあります。情けない男の心情が活写されます。
 後半が秀逸です。殺人事件と麻雀仲間の関係から、警察に疑われるのです。やがて、警察によって追い詰められていきます。自分を守るために、最初についた嘘を守り通そうとする男の心の葛藤が、丹念に描かれていきます。人間を描こうとする作者の粘りが伝わってきました。
 最後に、役人を辞めた後、嘘を突き通したことが麻雀仲間を守ったということに縋り、再就職の相談に行くところで終わります。作者の関心は、殺人事件の犯人ではなくて、人間のつながりにあるのです。
 本作は、後半が読ませます。ただし、犯人にされた麻雀仲間の殺人現場での様子を描くところが、いかにも犯人と思われるような描写になっていました。勇足です。誤誘導と言われかねない部分です。
 それはそれで瑕疵として、前半はぐだぐだと状況説明が続いて少し退屈だったものが、後半は心理劇として楽しめました。【4】


初出誌:『週刊朝日』1967年11月〜68年2月

原題︰「弱気の虫」

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。
「弱気な男が麻雀の魅力に取り憑かれて破滅していく過程をリアルに描いたギャンブル小説の力篇。」(174頁)




posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | □清張復読

2026年01月15日

京洛逍遥(963)病院での予約変更、帰りに茶器を買う、大階段を降りたこと

 今日の大文字山は、薄曇りの寒い中でぼんやりと佇んでいました。

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 本年度から毎週月曜日は、奈良でお茶のお稽古に行くことにしました。
 京大病院での診察と検査の予約をこれまでは月曜日に入れていたので、それに伴い今後の予定が変わります。その変更の手続きで、今日は長時間にわたり予約を振り替えることであたふたとしました。
 特に、月曜日しか診察をなさっていない先生の場合は、主治医の先生が変わることになります。今日の時点では、後日あらためて再検討を、となりました。

 結局、水曜日だけが自由な日で、その日を調整しながらスケジュールが玉突きで大移動です。少しずつ動かしながら、無理のない最適な予定を組むことになります。

 これまでにも、スケジュールの移動に関しては東京と大阪での社会人講座で経験しています。
 変体仮名を読む講座を、今は4つ持っています。しかし4年前までは、3つの講座が、水曜日、金曜日、土曜日と分散していました。それを、少しずつ移動させて、一昨年からはすべてを土曜日に集中させました。昨夏から始めたものは、空いていた第1土曜日に入れることで、パズルがきれいに一列にまとまりました。

 スケジュールを眺めていると、あらためて慌ただしい日々を送っていることを実感します。ただし、自分が一番好きなことをしているので、充実感を持って楽しく飛び回っています。明後日からは東京です。
 この隙間に、リハビリを兼ねた街歩きをするので、本来の仕事をするのは夜の時間帯となります。量は極端に減ったとはいえ、これも好きなことを好きなようにしているので、今後ともマイペースで取り組んで行きます。

 多くの方への連絡や約束は、こうした中での対処となっているので、忘れていたら折々にいつでも遠慮なくおっしゃってください。
 今もスケジュール表を修正しながら、書き忘れや消し忘れがないか、ネット上のクラウドにあげているデータを再確認しています。

 さて、本日の脳神経内科では、1週間前に受けた右足のむくみについて、検査結果を教えていただきました。結局、血管は詰まっていないので、治療を要するむくみではないとのことです。血液検査でも、体内器官や甲状腺などにも問題はないようです。脳梗塞の後にはよくあることで、足を上げて寝るなどしながら、もう少し様子を見ましょう、ということになりました。
 とにかく、まずは一安心です。

 手元にある薬の残りに多寡があるので、調整をしてもらいました。
 処方箋の送り先は、今日からは家と駅の間にある一昨年に開院した病院の隣にある薬局に変更の登録をしました。

 帰りは、夕暮れの賀茂川を散歩しました。下鴨に住んでいた頃には、朝昼晩と賀茂川沿いを散策していたので、薄暗くなってからの散歩は久しぶりです。

 荒神橋の上手の飛び石を、いつものように飛んで渡りました。足腰の調子を看るのに、この川渡りはいいリハビリです。今日は、1度だけ右足が上がらなかったために、躓いて川に落ちそうになりました。調子の悪い右足で蹴り、左足で着地をしようとした時でした。蹴った右足が、着地をした左足に合わせて、うまく次の石の上まで延びなかったのです。危ないところでした。その後は、左足で蹴り、右足で着地して渡り切りました。右足での着地は、ぐらついたりバランスを崩さないか、慎重に石を飛びました。後ろから様子を見ながら付いてくる妻は、ハラハラしたようです。

 河原では、多くの若者たちが3つのグループに分かれてモルックを楽しんでいました。集会所では、狭い部屋の中に敷き物を拡げてやっています。この若者たちは、だだっ広い公園で思いっきり投げて遠くに飛ばしているので、実に大らかにゲームを楽しんでいました。

 出町柳の手前にある骨董カフェ「京や南店」で、春先の柄のお茶碗をいただきました。

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 今年から始めたお茶のお稽古では、季節季節の柄のお茶碗を持参して練習しようと思っています。まずは桜からです。その他、いろいろと小物も見つけました。

 さらに必要な小物を求めて、出町柳駅から帰るのではなく、市バスで京都駅に出て、伊勢丹の茶器売り場に寄りました。その売り場は8階にあったので、帰りはいつもの大階段を使って降りました。ちょうどイルミネーションが始まっていたので、真ん中しかない手すり持って降りました。

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 両サイドに手すりがあれば、下で写真を取っておられる方の邪魔にはならないのに、この京都駅のビルの設計は弱者のことをまったく考えない、健常者だけのための施設なのです。上の写真の中央上に2人の姿が写っています。ここしか、歩けないのです。かねてより見直しを提言しているところです。今、再検討がすすめられているようです。私の要望書が無視されないことを願っています。このことを扱った2本の記事を、念のためにあげておきます。

「京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える」

「[その 3/3]京都駅舎の設計に関する新聞記事への違和感」

 さらには、夜食にするために551の蓬莱の豚饅とエビ焼売も、京都駅で手に入れました。何かと忙しい帰り道になりました。

 病院のサービスを利用して処方箋を送った、自宅近くの薬局がまだやっていたので、薬を受け取りに行きました。ところが、FAXは届いていないとのことです。処方箋の原本を見てもらい、受け取る薬の用意をしてもらいました。その間に、FAXが届いていないことについて、手元にあるFAX送信済みの受付票を見てもらいました。確かにこの薬局に送信した記録が記されています。
 いろいろと確認しておられた時に、薬剤師の方が、送信した宛て先がFAX番号ではなくて薬局の電話番号になっていることに気付かれたのです。今回の私が、この薬局としては京大病院のFAX送信サービスでなされた手配の第1号だ、とのことです。この薬局の宛て先であるFAX番号が間違っていることは、私が開局以来初めての例だったのでわかったのです。京大病院で昨年開局した薬局をコンピュータに登録する時に、FAX番号ではなくて電話番号を登録されたようです。明日、病院に直接確認しておきます、ということで、私には何も落ち度がなく処方箋の原本も持参していたので、無事に薬をいただくことができました。

 世の中には、予想外の出来事がいろいろとあるものです。特に私は、こうしたトラブルに出くわすことが多いのです。気をつけようにもどうしようもないことなので、こんなこともままあるものなのだ、ということでこのことも一件落着ということにします。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月14日

清張復読(84)「二つの声」(『黒の様式』より)

 野鳥の鳴き声を録音するために、4人の俳句仲間の男たちが軽井沢の空き別荘に行きます。真夜中の空き時間には、連句会もして楽しみます。なかなか本格的な趣向が盛られた、厚みのある物語となっています。この連句の役割をもっと物語にかかわらせたら、さらに仕上がりがよくなったのに、と思いました。
 集音器で拾った野鳥の声に混じって、人の話し声が聞こえます。そのまま録音をして、後で音声を確認したところ、期待に反しておもしろくありません。しかし、これが後に大問題となるのです。
 4人が行きつけのバアの女が、野鳥の声を聞いていた日に行方不明になっていたのです。そして、あの録音の中に紛れ込んでいた男女の囁きが、その女と結びついていくのです。人殺しの現場を、偶然とはいえ録音していたのです。さらには、4人のうち3人は、その女と関係があったのです。
 なお、テープレコーダのトリック、集音器の役割、録音されていた男の声の正体、死体の運搬などに、やや無理があるように思いました。
 この展開は、清張ならではのツカミです。ある程度、これは読んでいて物語の展開は予想できました。しかし、話が拡がりすぎて、作者に振り回されます。結局は、予想外の結末を見ます。一気に読むだけの物語です。ただし、長々と付き合わされて疲れました。【3】


初出誌:『週刊朝日』1967年7月〜10月

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。
「録音テープをトリックに利用したアリバイ崩しの秀作で、連句と野鳥の趣味が物語に興趣を添えている。」(156頁)




posted by genjiito at 21:39| Comment(0) | □清張復読

2026年01月13日

新しい歯医者さんでの治療が終了し医療の根幹について思う

 ちょうど一年前の昨年1月下旬から、A歯科医院での治療が始まりました。そこの院長からは昨年末の12月1日に、「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という絶縁状を突き付けられました。主語は院長であり、インフォームドコンセント(説明と同意)を確認したくて文書を渡したのは患者である私です。歯の治療と患者との信頼関係とは、医療現場においてどのような位置づけなのか不可解なままです。

 おしなべて医療は、困っている患者を医師が手助けをして本復させる行為だと思っていました。ところが、あくまでも医師が患者に信頼関係を求めるものだという発想が、今でも私にはよくわからないままです。そして、医師が患者との信頼関係が得られないと判断すると、治療がどのような段階にあっても中断し、約束は不履行のままで、さらには治療の継続を拒否できるとのことです。

 18歳の時に内蔵が破裂し、以来65年間にわたって消化管を持たない私は、ずっとお医者さんのお世話になってきました。今回の対応は、医療の捉え方を根底から覆す、衝撃的なものでした。

 さて、4月から院長の判断により保留のままだった箇所と、10月から院長により放置されていた治療箇所と、何も問題のなかった箇所が院長の指示の元に無残にも破壊された箇所に関して、問題は何も解決されないままに店晒しです。治療の継続が突然打ち切られたので、丁寧な説明があるとの情報を得た私は、すぐに別のH歯科へ行きました。
 この間の経緯は、次の3本の記事で詳細に報告した通りです。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置について考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

(3)「私の歯科医療に関する文章は脅迫文だそうです」(2025年12月01日、http://genjiito.sblo.jp/article/191559064.html

 そして年内に4回の診療を受けて、A歯科医院の尻拭いとなる治療が一先ず終わり、スッキリとした年越しとなりました。このことは、「[その1]新しい歯医者さんでの後始末が今日終わりました」(2025年12月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/191583666.html)に書きました。内容が重複する点が多々あることは、ブログという時間を切り取った内容を日々書く性格上、ご寛恕のほどを。

 年明け早々に微調整があり、今日は仕上げの微調整がありました。1年がかりの煩わしい歯の問題がこれでめでたく解決し、H歯科の院長さんには感謝の気持ちしかありません。
 医師と患者の信頼関係は大切です。しかし、今回の場合は入院や大手術とは違います。歯科診療の場合は、お互いの信頼関係が最優先ではなく、患者が困っていることを医師が診る治療が、やはり医療の根幹にあるものだという思いを強くしました。H歯科の院長さんには、そうした意味からも感謝だけではなくて、敬意を表したいと思います。




posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月12日

新春のお稽古始め

 新年早々の今日、お茶のお稽古に行きました。
 場所は、近鉄大和西大寺駅のすぐ前。
 妻は、生まれて初めてのお稽古通いになります。
 あらかじめ指示があったので、お茶碗や茶筅やタオルなどを持参しました。

 私は初心者に立ち返って、盆略手前のお稽古をしました。16年前に先生のご自宅へお稽古に行き、初めてお茶を始めた時も、この盆略手前からだったことを思い出しました。あの時は、胃ガンの手術の2日前でした。
 以来、先生にはとにかく気長に指導をしていただいて来ました。
 最近では、2年半前の「久しぶりにお茶のお稽古で大和路へ」(2022年06月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/189597419.html)に書いように、本当にしばらく遠ざかっていたのです。

 今回は、私も妻も手足がイマイチであることから、テーブルの前での立礼でのお作法です。
 妻は、お菓子をいただいてから、私が点てたお薄をいただくところまでを教わりました。その後は、袱紗の扱いを手取り足取りで教わっていました。

 私の盆略手前は、まだ2回目という若い方がなさっているところをじっくりと拝見した後だったので、10数年前を思い出しながら何とかやり終えました。意外と覚えているものだと、あらためて自信を持ちました。もちろん、先生が横から手順を逐一囁いてくださったから出来たことですが……

 この教室の生徒さんは、明るく楽しくお稽古をなさっているので、雰囲気のいい中でお茶のお稽古ができます。二つのグループに分かれ、初心者は先生のおられる部屋で、もうひとグループは隣のお茶室で教え合いながらのお稽古です。これが、厳しいながらも和気靄々とお稽古ができる秘訣のようです。
 そして、先生の目は二つの部屋を均等にごらんになっており、時折お隣の部屋での所作の不都合な点を指摘しておられます。目が幾つあるのだろう、と思うほどに行き届いたアドバイスでした。

 昨夜は不安でなかなか寝付けなかった、と行くまで妻は言っていました。しかし、初日が終わり心配したほどではなく、みなさんの厳しい表情の中にも和やかなやりとりがあったことに安堵したようです。楽しかった、おもしろかった、と言っているので、今後とも続きそうです。
 よかった、よかった、のお稽古の初日でした。




posted by genjiito at 21:39| Comment(0) | *身辺雑記

2026年01月11日

京洛逍遥(962)女子駅伝と京都マラソンと宇治川マラソン

 今日は、洛中の外周を「皇后杯 第44回 全国都道府県対抗 女子駅伝」のランナーが走りました。3年前まで住んでいた所が北大路通りから京都御所に向かうコースに近かったので、例年見物と応援に行っていました。今日も行こうと思いながら、風邪気味ということもあり、外の寒さを考えて出掛けるのを止めました。

 結果は大阪・兵庫・長野の順位で、2連覇を狙う京都は惜しくも4位でした。見ようと思っていた場所は紫明通だったので、往路も復路も先頭集団とは離されていたようです。また来年、ということにしましょう。

 なお、もう13年前のことながら、「皇后杯 第31回 全国都道府県対抗 女子駅伝」を応援した時のことは、「京洛逍遥(250)都大路を走る女子駅伝」(2013年01月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970734.html)に書いています。この年は奈良から京都に転居した翌年だったこともあり、奈良のランナーに注目していたことがわかります。

 最近、街歩きをしていると、来月開催されるマラソンのポスターを見かけます。
 絵柄がおもしろいので紹介します。

 全国的に知られているのは、2月15日の「京都マラソン2026」でしょう。ポスターは2種類あります。京の町衆が走る徒競走が活写されています。

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 この京都マラソンについては、「濃茶のお稽古で自分だけが大あわて」(2018年02月18日、http://genjiito.sblo.jp/article/182450517.html)の最初に、ほんの少しだけ書いています。

 もう一つは、「京都マラソン2026」の1週間後の2月22日に実施される、「40th 宇治川マラソン大会」です。このポスターは、十二単のお姫さまが運動靴を履いて走る姿が描かれています。

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 3年前のこのマラソン大会のことは、「京洛逍遥(824)『源氏物語』の宇治十帖古跡巡り」(2023年02月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/190200617.html)の中程に少しだけ書いています。
 今年は、前日から東京へ行っているために、応援に行けません。これもまた来年、ということになります。




posted by genjiito at 21:14| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月10日

中之島での『百人一首』(第20回)と『源氏物語 蜻蛉』(第31回)

 今日の大阪府立中之島図書館での講座は、まずは「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」という〔入門講座〕からです。
 お正月ということで、『百人一首』の「坊主めくり」の話から始めました。
 『百人一首』が遊技化した江戸時代以降、明治29年の「坊主起し」を描いた絵が残っています。このことは、本ブログの「集会所で新春恒例の『百人一首』とトランプで遊ぶ」(2026年01月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/191589343.html)で報告した通りです。その絵では、3人の子供がいずれもカルタをめくって手元に置いています。歌を読み上げる人はいません。今の競技カルタではなくて、遊びとして『百人一首』が楽しまれていることが確認できる絵です。
 こうしたことを踏まえて、あらかじめ生成AI氏には「坊主めくり」の歴史とその意義について尋ねました。いろいろとやりとりをした結果を次のように整理して、本日提示してみました。


■生成AIによる「坊主めくり」の説明(再編集)
・坊主めくり「坊主=不利・姫=有利」は、歴史的・文学的な必然性はなく絵柄による視覚的な役割分担。
・坊主めくり成立の前提条件︰瞬間識別性/坊主と姫とを一瞬で判別できる。
・坊主が多いのは『百人一首』の作者構成を反映した結果→坊主が多いと波乱が起きやすい。
  坊主30〜35枚、姫君21枚、公家44〜49枚
 (ここで坊主の人数に幅があるのは、その認定に曖昧さがあるためです。
  例えば、蝉丸の場合は、次のような事情が関係します。
  蝉丸は、官人でも女性でもなく、僧とも言い切れない。
  百人一首の中で唯一の「世俗の境界に置かれた例外的存在」。
  僧形・隠者・盲目の楽人、などとして伝えられる歌人。)
・平安〜鎌倉期の和歌の担い手に高僧・出家貴族が非常に多かった
・特に鎌倉期以降は、仏教者=知識人=歌人という構図が強まった
  剃髪:正式な僧→完全に俗世を離れた印象(清僧・遁世者)
  頭巾・被衣:入道・隠棲者→元は貴族・武士で、後に出家した「入道」的存在
  完全な無帽:俗世離脱の強調→公的役割を残す高僧イメージ
・高級百人一首 → 横顔・後ろ姿あり
 普及版・学習用 → 顔が見える向き
・中世貴族文化→ 陽明文庫系
 江戸上層文化(鑑賞・意匠)→ 光琳系
 江戸庶民文化(遊戯)→ 絵札カルタ
 近代教育文化→ 教材・競技かるた
・陽明文庫旧蔵『百人一首』は、遊ぶためのカルタ文化とは交わらず、「書と仮名の正統を体現する百人一首」であり、そのため字形が意図的に難解。
・陽明文庫系が公家内部の書の規範なら、光琳かるたは上層町人も鑑賞できる美術。
・陽明文庫旧蔵『百人一首』は、後代のカルタが切り捨てていく「仮名の多様性」を最後まで保持した基準点であり、そこから光琳的翻訳と競技的単純化が分岐した。


 なにげなく遊んでいる「坊主めくり」も、こんな意味合いを見い出すとおもしろくなってきます。あそびが、さまざまな文化を背負っていることがわかります。

 次に、廬山寺の境内にある紫式部と大弐三位の歌碑について説明しました。それも、石に刻まれた文字に関して、これまで私が読んでいた翻字の修正をすることに及びました。
 このことは、昨日の本ブログの「京洛逍遥(961)廬山寺の歌碑を確認してから京大病院へ」(2026年01月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/191591869.html)に詳述しているので、内容についてはそれに譲ります。

 テキストである『変体仮名でよむ 百人一首』については、59番歌の赤染衛門から66番歌の大僧正行尊までを確認しました。「坊主めくり」を思い出させるお坊さんで終わったので、何となく締めのカルタになったようです。

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 30分の休憩を置いて、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」です。
 今日でハーバード大学本「蜻蛉」巻を終わるにあたり、まずは巻末に捺されている「月明荘」と「拝土蔵書」という朱印の説明をしました。

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 右側の「月明荘」という朱印については、次の説明文をあげました。

「月明荘」
 反町茂雄(1901〜1991)
 昭和期の書誌学者、古書籍商。弘文荘代表取締役、文庫の会会長、東京古典会会長、明治古典会会長を歴任。自身を描いた「一古書肆の思い出」(平凡社,1986-1992) や「紙魚の昔がたり」(訪書会,1934)、「定本・天理図書館の善本稀書」などを著した。

 また、左側の「拝土蔵書」という朱印については、次の説明文をあげました。

「拝土蔵書」
 ドナルド・ハイド(Donald Frizell Hyde, 1909年 - 1966年)
 アメリカ合衆国の著名な弁護士であり、世界屈指の稀覯本・写本コレクター。1966年に56歳で亡くなりましたが、彼が収集したコレクションは現在も研究者に広く活用されています。

 このことに関連して、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編著、新典社、2013年)に解説を寄せていただいた、前ハーバード大学フォッグ美術館の文子・E・クラストン先生の「ハーバード大学美術館蔵「源氏物語」二冊の古写本の来歴について」と題する文章の一部をプリントに掲げて確認しました。

 この重要文化財又は重要美術品とも成り得る「源氏物語」五十四帖のうち、「すま」の巻(第十二章)と「かげろう」の巻(第五十二章)の二冊(書写された当時は、全五十四帖であったかどうかは不明)のみが市場に出て本館所蔵に帰したのは、今から二十九年前の一九七四年の事でした。
 この記念すべき年は、フォッグ美術館(現在、大改装中)の東洋美術史部門・日本美術史科が、恐らく日本でも珍しい日本美術と日本古典文学(特に古写本、古活字本、絵巻物等等)とを合わせて大々的な「日本古典文芸展」と題する展覧会を開催し大好評を博した一年後のことでした。
 ハイドご夫人はその年を記念してこれらの貴重な古写本二冊を寄贈して下さったのでした。
(中略)
 これらの美麗な稀覯本は、以前、弘文荘〈こうぶんそう〉(東京)の反町茂雄氏(一九〇一〜一九九一年。古本・古写本などを中心に店舗を持たずに販売・買入れを本業とする古本屋で販売目録なども多く出版した)の蒐蔵でしたが、一九六二年にドナルド・ハイドご夫妻が購入され、その所蔵となりました。
(中略)
 東京の弘文荘では、反町氏がその学識と豊富な経験から古写本、絵入り版本、絵巻物など、それこそ重要文化財・重要美術品級の作品を二十種類ばかりご覧に入れたのでした。
 その時、ご夫妻は多くの量は望まれず、質が高く、意義の深い、しかも価値のある日本古典文学の古写本、古版本などを蒐集されるご主旨で、それら二十種類を殆ど購入されました。その時から、ハイドコレクションは始まりました。が、残念なことに、不幸にもドナルド・ハイド氏は一九六六年に永眠されました。(155頁)

 さらには、テキストとして使用している『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編著、新典社、2014年)に収録しているハーバード大学のメリッサ・マコーミック先生の解説文の「古写本が伝えること」について、後半だけではあるものの確認をしました。

 最後に、付録として置いた資料編「ハーバード本と大島本との主要本文異同一覧(含・尾州家本、麦生本)」を見て、ハーバード大学本「蜻蛉」と大島本「蜻蛉」の本文の違いも見ました。鎌倉時代中期に書写された『源氏物語』の古写本であるハーバード大学本は、明らかに現在流布する大島本とは違う本文を伝える写本であることを確認するためです。

 拙稿「海を渡った古写本『源氏物語』―「蜻蛉」の場合―」という解説文も見ました。ハーバード大学本の「須磨」と「蜻蛉」を調査して撮影し、その後刊行した本を今回テキストとして使用している経緯についても、詳しくお話しました。

 なお、この拙稿の前半に、次のように記していることを、ここであらためて確認しておきます。それは、現在調査を進めている相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語』(断簡5冊)について触れているからです。中山本はすでに刊行しています。

 本書の仲間(ツレ・僚巻)が日本に現存している。中山本(第三八巻「鈴虫」、国立歴史民俗博物館蔵、重要文化財)と、いくつかの断簡(第三三巻「藤裏葉」、第四五巻「橋姫」、第四九巻「宿木」、第五三巻「手習」)である。これら七巻分の古写本は、もとは一揃いの写本であったと思われる。(166頁)

 ここで、「帚木」のことに言及はしていないものの、今から12年前にハーバード本「須磨」「蜻蛉」と歴博本「鈴虫」のツレとなる古写本として、相愛大学(春曙文庫)に『源氏物語』(断簡)があることを明記しているのです。そのことを私が長く失念していたために、干支が一回りした昨年あらためて気付き、慌てて調査を始めました。これは、書家の宮川保子さんからいただいた情報を契機として思い出しました。また、12年前に私の科研付きの研究員(現・名古屋大学)だった淺川槙子さんには、相愛大学本の情報収集をお願いしたまま手を付けていなかったことについて、ここにお詫び申し上げます。現在、調査員の辻義孝さんの支援を得て翻字を鋭意進めていますので、成果の公表はいましばらくお待ちください。

 次の写真は、『源氏物語』の写本の調査をしたハーバード大学アーツミュージアムの入口の様子です。

2018_アーツM.jpg


 今日で最後となる本文の確認は、67丁の表6行目から裏の末尾までです。

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【前略】
を可し可里し可登・【260110_ココカラ→】堂ゝ【何事】尓/(堂堂)・川介
て毛・可乃・ひ登川ゆ可りそ・於もひいて・
【給】け累・あやし婦・川ら可里介累・ち
きりと母なり介り登・徒く/\登/(徒く徒く登)・於毛ひつゝ
け/(於毛ひつつけ)・な可め・【給】ふ・ゆく礼/〈ママ〉・可遣ろう乃・毛能者可那介尓/者〈次頁〉、(67オ)
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とひち可ふを・
「あ里登・身て・ゝ尓葉/(て尓葉)・とら礼春・三れ
者・満多・ゆくゑ毛・しら春・きゑし・可介
ろう」・ある可・なき可乃登・礼い乃・ひとりこち・
【給】と可や/可$、(67ウ)
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 次回は、この「蜻蛉」巻の「変体仮名翻字版」による索引を提示して、鎌倉時代の写本にはどのような字母が使われているのかを、丹念に確認したいと思っています。
 索引は面倒な手順を経て作るので、いろいろと苦心することかと思います。しかし、1ヶ月でなんとか字母別の語意索引を完成させるつもりです。どのようなものが出来上がるのか、自分でも楽しみです。




posted by genjiito at 22:32| Comment(0) | ■講座学習

2026年01月09日

京洛逍遥(961)廬山寺の歌碑を確認してから京大病院へ

 中之島図書館で明日使う資料の内、写真では判別が難しい文字がありました。そこで、実物を実際に確認するために、廬山寺へ行きました。過去の写真や、ネットに公開されている情報を確認しても確定できないからです。

 大弐三位の「ゐなの」の「なの」と、「やはする」の「す」の文字が、石の色と紛らわしく、その刻字も不鮮明なため、字母の確認ができないのです。

260109_廬山寺の歌碑.jpg

 今日はちょうど、桜が咲き初めたところです。好天の中、じっくりと文字と睨めっこができました。

260109_歌碑と銘板と桜.jpg

 歌碑の右横に置かれた銘板は、次のように掲示されています。微妙に字形が異なるのです。こちらの銘板の方が、文字を刻む時の最初の資料だったのではないか、と思われます。

260109_銘板_大弐三位.jpg


 この銘板の文字を参考にして歌碑と対峙すると、「ゐ那農」と「やは須る」だと読めます。特に、「ゐ那農」の「那農」は、これまで私が「な乃」だと思っていた文字です。

260109_銘板「ゐ那農」.jpg

260109_那農up.jpg


260109_銘板「者須る」.jpg


 今回の実見により、その翻字を修正することにします。

    【大貮(貳)三位】
【有馬山】ゐ那農
さゝ【原】可ぜふ介ば
 いで所よ【人】を【忘】れ
   や者須る

 なお、途中のバスの中での出来事を記しておきます。
 降りる方が「ありがとう」とおっしゃった時に、女性の運転手さんが「こちらこそ」と返事をなさいました。公共交通機関では「こちらこそ」はあまり聞くことのない言葉でのやりとりだったので、こうしたコミュニケーションも人間味を感じさせていいものだな、と思いました。

 今日の大文字山は、新年らしく春を待つ姿をしています。

260109_大文字.jpg


 京大病院の超音波検査センターで、足の血管を超音波のエコーで診てもらいました。
 昨年の秋口から右足がむくむことが多くなったために、脳神経内科の診察の折に検査を入れてくださいました。脳梗塞の後遺症の疑いがあり、足の静脈の血の流れを見てもらうことになったのです。特に右足が顕著なので、これまでの一連の右半身の障害の一つだと思われます。大事に至らない内に、早め早めの対処をしていただいています。検査結果は、来週わかります。




posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月08日

終日病院で過ごし新しい衣類で寒さ対策中

 朝の9時過ぎに、宇治徳洲会病院へ送迎バスで行きました。
 月2回ある妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療に付き添うためです。
 診察が終わったのはお昼前。
 点滴が終わったのは午後3時。
 いつものように、6時間という半日がかりの大仕事です。

 帰りには、近鉄大久保駅にある、いま話題の衣料品店であるワークマンに立ち寄りました。
 私は、2010年の真冬の1月にモンゴルに行って以来、防寒着はユニクロのヒートテックで通してきました。
 ウランバートルはマイナス34度で、滞在中はヒートテックの衣類に助けられました。

「マイナス34度のウランバートルに到着」

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 それが、昨年末から新しいブームに乗り、ユニクロからワークマンのメディヒールウェアに衣替えです。
 一般医療機器というジャンルで販売されているものです。
 今日も、下着や部屋着のズボンなど、発熱素材や蓄熱素材の衣類を買いそろえました。
 毎日出歩いている私にとって、新しい素材の着衣は試すことに喜びを感じます。
 冬の楽しみが増えました。
 寒さが気にならなくなったからです。

 明日は京大病院で検査を受ける日です。
 今日手に入れた服で、寒さがどのように感じられるのか、試してきます。
 新年早々、相変わらずバタバタするだけの日々が過ぎていきます。




posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月07日

七草の今日は本年初の大階段登り

 年末から、平地を歩くだけで階段登りをしていませんでした。この近くでは、京都駅の上にある大階段が私にとって格好のリハビリ施設です。
 途中の踊り場で、3回も小休止をしました。屋上の大空広場で、息を整えながらゆったりと休憩です。

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 そして、アップルウォッチを見て驚きました。この階段登りで屋上に到着した時の、私の心拍数は72拍/分。ところが、息切れすることもなく元気に登った妻は、148拍/分でした。その数値が高い理由がわからないこともあり、大急ぎで深呼吸をして85拍/分まで下げるように言いました。心拍数は変動するとは言うものの、息切れした私とはあまりにも差があったので、明日の宇治徳洲会病院での点滴前の診察の時に、先生に報告しましょう。

 共に心拍数が70拍/分台に落ち着いてから階段で下りると、10階で北海道展をやっていました。函館の海鮮寿司と札幌のいかめしをいただき、屋上の大空広場へまた引き返してお昼ご飯としました。

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 陽光を浴びながら、ミス・ケミッコ(ケメコの歌)よろしく「大きなおにぎり10コ持ちケメコが8つに僕2つ」という、いつもの配分でいただいていた時です。ベンチの周りを2羽の人馴れしたセキレイが自分たちも欲しそうに我々を見つめています。しばらくすると、ピョンピョンと跳ねて違う所へ行きました。

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 今日は七草なので、今朝は我が家でも七草粥をいただきました。ただし、我が家のベランダで育てている野菜だけでは間に合わないので、スーパーで買ってきた七草で作ったお粥です。身体が浄められた気がしました。そして、お昼には小鳥の視線を感じながら、伊勢丹の屋上で昼食。なかなか変化のある楽しい日となっています。

 帰りに、近鉄京都駅で伊勢の赤福餅を買いました。仏壇へお供えしようと開封したところ、七草に関する「伊勢だより」のカードが入っていました。表面の絵と、裏面の文章をあげます。今日一月七日限定の「伊勢だより」です。

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 今日は七草です。鳥羽・国崎(くざき)の家々では、一月六日の夜、ひじきやふのりなど海の七草を床の間の前にととのえます。
 これを、一家の主が羽織袴の正装をしてきざむのです。左手にすりこぎ、右手に包丁を持つというのも昔からのきまりです。
 こうしてきざんだ七草は酢のものとして神棚に供え、翌朝にはこれでおかゆをいただくのです。
 一月七日
各位
               店主敬白


 新しい年がスタートしたことを体感できた一日でした。




posted by genjiito at 19:28| Comment(0) | *美味礼賛

2026年01月06日

集会所で新春恒例の『百人一首』とトランプで遊ぶ

 新年最初の集まりが集会所でありました。
 残念ながら、100歳のTさんは年末からのお休みが続いています。

 今日は、まず『百人一首』から。といっても、ここでは読み上げられたカルタを取るのではなくて、個人遊技の坊主めくりを楽しみます。お姫さまを引くと場に出ている札をすべてもらい、坊主を引くと手元の札を場に差し出す、という一般的なルールで進みました。
 目が不自由な方々も『百人一首』を楽しんでおられます。「大阪点字付きかるたを楽しむ会」や「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」でも、初心者用に坊主めくりもメニューにあげておられます。
 「点字付百人一首」を使ったカルタ遊びと坊主めくりに関しては、以下の記事をご覧ください。

「「京都で点字付きかるた(百人一首)を楽しむ会」は大盛況でした」


「「京都でかるたを楽しむ会」で『百人一首』」


「【補訂版】ヤンゴンのジャパン・カルチャー・ハウスで盛況だったカルタ取り」


「大阪で開催された「東西でかるたを楽しむ会」に参加」



 なお、『百人一首』が遊技化した江戸時代以降、明治29年の「坊主起し」を描いた絵を紹介します。「坊主めくり」や絵札については、後日整理して報告します。今日楽しんだ坊主めくりは、なかなか歴史のある遊びなのです。

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「六 江戸期の庶民文化と「百人一首」 (六)和歌文芸の外に成立した「坊主めくり」遊技」」(https://japanplayingcardmuseum.com/5-5-6-6-bozumekuri-game-outsideliteralculture/?utm_source=chatgpt.com)より。


 『百人一首』の次は、トランプを使った神経衰弱をしました。
 前回もそうだったように、最後に私の番が回った来た関係で、残った札をすべていただくことができました。それにしても、最近は頓に記憶力が減退し、なかなか札の位置と書かれている数字が覚えられません。この傾向は、老化の一端として自覚しておく必要がありそうです。




posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | *福祉介護

2026年01月05日

世間は仕事始め私は通院始め

 新年早々、病院へ行きました。しかも2箇所に。


 まずは、昨年末に直していただいた歯医者さんから。

 年末に、それまで無責任にも治療が中断し放置されていた口の中を、別の歯医者さんでとにかく快適な口内環境にしていただきました。今日は、そのケアとしての微調整です。少し痛かったところを直してもらいました。


 次は、年末からずっと不快だった鼻と喉です。これは、私のウイークポイントでもあります。

 これまでにも近所の内科で診てもらっていたので、こじれないうちにと、思い切って行きました。アレルギー性鼻炎の薬を処方してくださいました。


 これで、しばらくは快適な日々が送れます。

 今日は身体を休め、明日から本年の仕事始めとします。





posted by genjiito at 21:04| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月04日

田郁集(34)『志記(一)遠い夜明け』

 『志記(一)遠い夜明け』(田郁、時代小説文庫−ハルキ文庫、2025年10月)を読みました。田郁の新しいシリーズの始まりです。

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 女医を志す美津と、女刀鍛冶を志す暁の物語は、逞しく前を向いて生きる2人の女性の生き様が語られます。
 書名の「志記」については、巻末の「赤みみずく付記」で作者は次のように説明しています。

 作者の造った言葉です。最新の医療にせよ、過去から受け継がれる文化にせよ、現代の私たちが享受する暮らしは、そこに至らんと志した先人たちの存在があればこそです。志を抱き、難儀に屈せず、精進を重ね、前へ、前へ、と歩んだひとびと。しかし、その多くがさして報われることもなく、時の経過とともに忘れ去られてしまう。史実を丹念に探った上で、たとえフィクションであっても、誰かの記憶に残るよう、各々の志と、それを叶えるための姿を書き記しておこう−そう願って、タイトルとしました。(312頁)

 本書は本文庫の書き下ろし作品です。


■第一話「遠い夜明け」
 オープニングから、どんな物語が始まるのか楽しみにして、テーマと登場人物を知ろうと思って読み始めました。江戸時代のお医者さんの話です。
 処刑によって首のない女性の腑分けの話からなので、刺激的なスタートです。処刑場の描写があまりにも詳しいのに驚きました。そんな文献があるのでしょうか。あまりに具体的な描写が多いので、いつ見てきたのだろう、と思いました。
 本話は、藩主が医学校を創設する、明るい未来の到来を予感させるところで閉じられます。実に巧みな物語の構成となっています。【5】


■第二話「授けられた灯」
 「青雲館」という藩の医学校を設立してからの話です。女主人公の父親の話が中心となります。
 流行病で3人の男の子を亡くした恵明は、3人目の子が生まれるとともにその母である妻を亡くします。怒涛の日が過ぎる中、生まれた娘が医師になる可能性に逡巡します。
 そうした中で、藩主が精華院尼に対して「一切、承知に存じ仕ります」(148頁)と言った真意が、この物語の伏線となって次へと繋ぎます。【5】


■第三話「春の傷」
 もう一人の女主人公が、一風変わった娘として登場です。刀鍛冶を継ぐ娘の設定は、異色の展開を予感させます。
 刀鍛冶に関する基礎的な知識が披露されます。著者がよく調べていることがわかりました。
 やがて、鋼を打つ場面が緊迫の度を高め、読む者を離しません。筆の力を感じます。女と男の役割が綯い交ぜになり、鋼に神が宿るという瞬間が見えます。
 そんな中、鋼を打つ時の火花が塊として飛んできました。女の顔を掠め、失明は避けられたものの火傷が顔に残るのでした。それでも、親方の優しさを跳ね除けるようにさらなる修行を訴え、女刀工の歩みが始まります。【5】


■第四話「高々と灯火を掲げよ」
 女が医学を志すには、さまざまな障壁があることが語られます。江戸にも、京にも受け入れてくれるところがないのでした。
「病を診るのに、男も女もない。」という女医のありようを確たるものとして、親娘は差別や偏見に立ち向かい、前に向かって進んで行きます。
 また、名付け親であった比丘尼御所の門跡院尼が、この娘の布石を打っておいたと言い残していました。種を蒔いておいた、とも。その言葉の意味することが話題となります。今後の伏線なのでしょう。楽しみです。
 江戸に遊学するにあたって、藩主から直々に徒士2人の同行が伝えられ、院尼から拝領した御軸も江戸へ持参するように、との家老からの言葉もあったのです。隠された背景が少しずつ語られていきます。
 途中で、比丘尼御所に立ち寄り、元乳母だった老尼から院尼の遺言などを聞きます。次の禅問答のような遺言が伝えられます。
「『何を言われ、聞かれようとも、一切を打ち消さず、認めず、ただ慈悲の笑みを以て応えるべし。これ全て、美津の行く道を照らす灯なり。灯を高々と掲げて、その道を行くがよい』 −−清華院尼さまより、そなたにそう伝えよ、と」(270頁)
 美津は、老尼の言葉を振り返ります。

母の命と引き換えに、この世に生を受けた。周囲が伏せていた事実を美津に伝えたのは、清華院尼に他ならなかった。父の仕事の尊さを教えたのも清華院尼なら、女の患者には女の医師が必要だ、と説いたのもそうだ。(272頁)

 江戸に出た美津は、念願の医塾での修行が始まります。
 父に連れて行かれたのは、九段下の俎橋にあるつる家。ここは『みおつくし料理帳』の舞台だったので、あの話と繋がります。田郁の愛読者は、拍手喝采の展開となります。
 女鍛治屋を目標とする暁との出会いで、続きがよろしいようで、と第一巻の幕が降りました。
 また半年待つことになります。【5】




posted by genjiito at 23:08| Comment(0) | □田郁集

2026年01月03日

京洛逍遥(960)宇治上神社の後はHONBAKO京都宇治へ

 今年は、街に出かけてもお正月らしさが感じられない中で、京阪宇治駅前の通園には門松が飾られていました。こうした光景を見るとお正月であることを感じるのは、すでに一世代古くなったからでしょうか。

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 元日には、4年前までいた所の氏神さまである、下鴨神社へお参りしました。新年2つ目の初詣は、今の住まいの氏神さまである宇治上神社へ行きました。共に世界文化遺産で国宝の神社です。
 鎌倉時代前期に伐採された桧が使用されている拝殿は、1000年前の寝殿造りの実際が見られます。

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 その正面の半蔀の前には、2流派のお花が生けてありました。

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 少し南に下り宇治川近くの宇治神社には『百人一首』に収録されている喜撰法師の歌「わ可【庵】は【都】のたつみ〜」が石碑として置かれています。しかし、今日はおみくじが優先となっており、残念ながら近付くことも、刻まれている文字を読むこともできません。もう少し工夫できなかったのでしょうか。これも貴重な文化資産なので、残念な神社側の対処だと思いました。

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 平等院の表参道から宇治橋通を経て、シェア型書店HONBAKO京都宇治へ新年のご挨拶に行きました。本年は今日から開店です。

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 多くの方がいらっしゃっていました。ここは、本屋さんに留まることなく、まさに本好きが集まるコミュニティが生まれ育っています。妻も、初めてお目にかかる方々と、本にまつわる話などで盛り上がっていました。自分の興味と関心のある話で、初めて出会う方との会話が展開するのですから、すばらしいコミュニティが形成されていることを実感しました。ますます多くの人々が集い、来ることが楽しみになる場所になってほしいものです。




posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月02日

河内高安へ新春の墓参

 河内高安にある信貴霊苑に、新年の挨拶に行ってきました。
 昨年末はバタバタするだけの日々だったために、お参りできなかったのです。
 近鉄だけで、大和西大寺→布施→河内山本→信貴山口と乗り換えをしながら行きました。

 予想外に人出が少なかったので、拍子抜けです。
 また、昨日に引き続き、晴れ着姿の人を今日は一人も見かけませんでした。
 初詣という文化が今はどんな形に姿を変えているのか、知りたくなりました。

 お墓の最寄り駅である信貴山口は、私が高校生の頃に毎日使っていた河内山本からは単線の駅です。
 駅前を含めて、今もほとんど変わっていません。
 駅前から、霊苑行きの送迎バスが待っていました。

 我が家の墓石のお掃除をしてから、眼下の大阪平野を望みました。
 右手に、姉がいる芦屋や神戸と明石方面が見えます。
 正面には淡路島が、左手には関西新空港が見えています。
 我が家のお墓は、大阪一帯が一望できるところに建っています。

260102_大阪一望.jpg

 息子が、東京の青山墓地への移転を考えていて、霊地が空くのを順番待ちしているようです。
 しかし、両親と共に住んでいた高安の地にあるこのお墓は、このままにしておきたいと思っています。
 また、両親が生前に島根県の出雲から墓じまいをしてここに移してきたことを思うと、なおさら去ることが出来ません。

 墓前には、妻がベランダで育てている花をお供えし、花手水のようにしました。

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 今年も健康第一にして過ごしますので、昨年同様に見守っていてください、とお願いしてきました。

 帰りの信貴山口駅では、小雪が舞っていました。
 いつものように布施駅で降り、回転寿司発祥の地で今も大賑わいの元禄寿司へ行きました。
 私は、マイペースで6皿と限界を少し超えました。
 元気な妻は12皿と、いつもの8皿よりも多かったので、快調に新年がスタートしたことを確かめ合いました。




posted by genjiito at 22:27| Comment(0) | *身辺雑記

2026年01月01日

京洛逍遥(959)下鴨神社への初詣で晴れ着姿がないことを実感

 今朝は早々とお仏壇にお膳を運び、今年も息災に過ごせるように見守ってください、とご先祖さまにお願いをしました。我が家のご先祖さまは、ほぼ願いを叶えてくださるので、いつでも何でもお願いをしています。頼りがいのある支援者なのです。

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 お節は、奈良にいる息子が今年も2年続きで忙しくて作りに来られなかったので、昨年同様に妻が手がけました。
 我が家の2026年は、我ら2人とお仏壇の中に4人、そしてメダカの成魚が5匹、幼魚が1匹、稚魚が8匹のメンバーで生活がスタートしました。

 自宅から出町柳駅まで、近鉄と京阪の2つの電車を乗り継いで40分。不思議なことに、この間に1人も着物姿の方を見かけません。おめでたいお正月らしさが感じられなくなっている、と感じました。

 出町柳駅から下鴨神社まで、参拝の人々の大群に流されながら歩きました。ここでも、お茶会に行く時の着物姿の高齢の方が3人と、晴れ着姿の若い方が2人、男性は紋付羽織袴姿のエジプトでお世話になった方によく似た1人を見かけただけです。糺ノ森の参道でも見かけません。ほんの数人しか着物を着ていないのです。いつもの初詣でとは違うのです。対して、女性のミニスカートが増えています。妻が、50数年前に自分で作って穿いていた学生時代を思い出す、と言っていました。パンタロン姿もチラホラ見られ、懐かしいと言っています。ファッションの巡り合わせなのでしょうか。

 境内の鳥居の前で、恒例の焚き火にあたり、暖を取りました。後方に楼門が見えています。

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 本殿にお参りするのに、ここまで行列ができています。こんなことも初めてです。ここはかつての氏神様なので、勝手知ったる境内をうまく擦り抜け、本殿の近くまで行きました。しかし、とても入れるような状況ではないので、隙間から礼拝をしました。お札をいただくのも一苦労です。いつもと違う初詣です。

 楼門までにも着物姿はなく、境内に入ってからは2人だけ見かけました。海外の方がレンタルで着物を借りてお参りしておられると思っていた予想は、大きく外れました。

 帰りには、いつものように境内のテント下で甘酒をいただきました。寒い時には、殊の外おいしいのです。
 鳥居前の焚き火にあたろうと思って足を向けると、すでに消火作業をなさっているところでした。

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 下鴨神社からの帰りも、出町柳まで着物を着た方とは1人も出会いません。自分の中にあったお正月風景の中の華やかさが、もののみごとに崩れました。




posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年12月31日

大晦日に一年の感謝を

 今日は2025年の最終日となる大晦日。
 今年も一年を何とか生き通せました。
 体調が思わしくない日が何度もある中を、
 大過なくとにかくやり過ごせたのも、
 多くの方の手助けがあってのことです。
 ありがとうございました。

 ブログを今年も356日書き続けました。
 今年のアクセス数で最も多かった日は、
 12月3日の24,223アクセスです。
 2日前の歯医者の記事が原因のようです。

 2007年12月30日から毎日書き出し、

251231_ブログ2007年12月.jpg

 昨日の30日から19年目に入っています。
 本日の記事が6,868本目。
 私がこの世に生存していた証明を、
 日々の歩みを等身大の雑録として、
 このブログで毎日公開し続けています。
 まさに私個人のタイムカプセルです。

 来年で毎日記事を書くことは20年目。
 7,000本の記事で一区切りとしましょう。
 これまでに1,000本近い記事が消えています。
 サーバーのクラッシュや閉鎖されたためです。
 それらを探して再現したいと思っています。

 来年は父にとって縁の深い午年です。
 1983年に亡くなったので生きていたら111歳。
 父の『句集 ひとつぶのむぎ』の巻末にある、
 「柳号『馬蹄』のこと」を引きます。

 「私が柳号を馬蹄と称し半ば本名化しているのは、けだし馬に対する愛着心のお蔭と心得ている為である。
 私は軍隊生活十余年の内、そのほとんどが馬と共にの戦であった。蹄鉄工務から始まり、任官後は師団通信隊、師団衛生隊、歩兵聯隊附、終戦時は師団獣医部附と、愛馬行進曲が涙なしに歌えない程縁が深い動物であった。世の変遷と共に滅多に馬のひづめにもお目にかかれなくなったのを、心から悲しく思う。私の柳号を馬蹄とするゆえんである。」(288頁)

 本ブログを毎日楽しみにしてくださっている、
 英国のN先生をはじめとして国内外の方々など、
 多くのご支援を力にして日々を送っています。
 来年もおりおりにご愛読のほどを、
 よろしくお願いいたします。
 そして、よいお歳をお迎えください。




posted by genjiito at 19:41| Comment(0) | *回想追憶

2025年12月30日

[その2]京洛逍遥(958)先斗町から三条寺町へ

 歯の治療が一段落ついたこともあり、H歯科の帰りに妻と駅で待ち合わせをし、河原町界隈を散策することにしました。
 下の歯の締め付け感から顎が熱を持つこともなく、貼り付けるだけだった上の歯がポロリと落ちてくることもないので、安心して話ができ、食事ができるのです。何かとモヤモヤしていた1年だったので、一時は京大病院のモヤモヤ外来の受診を考えるなど、真剣に悩んでいました。

 爽快な気分で四条河原町に出て、年の瀬の食事を先斗町ですることにしました。
 ブラブラしていたら、ウサギの小物を扱う小さなお店がありました。

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 私は卯年生まれでもあり、狭い店内でいろいろと見ていたら、お店の方が抹茶茶碗に茶筅をササっと振って、一服点ててくださったのです。思いがけず、美味しいお茶をいただくことになりました。他にいらっしゃった2人の海外の方にも差し上げておられました。このおもてなしは、皆さんに喜ばれることでしょう。お店で何もいただかなかったので申し訳ないと思いつつも、お礼を言うと、朗らかな返しが聞こえました。海外の方には、大いに日本のイメージを上げていることでしょう。

 先斗町には、焼肉屋さんが多いことに、あらためて驚きました。そして、少食の私が、しかも一人1,200円以内という予算で入れるお店は見つかりませんでした。

 そのまま三条に向かうと、先斗町の歌舞練場の前にあり過日の火災で焼けたお店がシートに覆われてありました。二十歳の時に火事で焼け出された経験を持つ私は、目のやり場に困りました。これからが大変であることがわかるからです。お隣のお店も、貰い火で類焼したためにしばらく休業します、という張り紙が貼られていました。

 河原町通を西に渡り、足はいつものくら寿司に自然と向かっています。しかし、気を取り直して自由に食事ができるようになったことでもあり、寺町通に出て、かつて行った、創業明治11年の生そばの「常盤」に入りました。このお店のことは、本ブログの「京洛逍遥(927)『百人一首』の版本、昭和の大衆食堂、そして桜を観る」(2025年04月05日、http://genjiito.sblo.jp/article/191308127.html)の中程で紹介しています。
 ここは、昭和を彷彿とさせるレトロな大衆食堂です。運良く、入るとすぐに座れました。
 私は、鯖の塩焼き定食を、妻は今日も大好きな、昔ながらの中華そばです。
 今日も、ご飯は少なめだったにもかかわらず、お蕎麦と鯖とご飯のそれぞれ半分は妻に渡しました。
 それにしても、口の中がしっかり安定していると、少しであっても食べ物が美味しく感じられます。年の瀬に合わせて補修してくださったH歯科には、感謝の思いを強くしました。

 このお店の隣には、矢田寺があります。このお寺のことは「京洛逍遥(878)矢田寺の御詠歌とソバ屋の変体仮名」(2024年08月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/191030599.html)に書いているのでご覧ください。ここの扁額に書かれた矢田地蔵尊詠歌の変体仮名は、実力を測るのに最適です。上記の記事にある答えを見ずに、チャレンジをしてみてください。
 今年も、いろいろとあったものの、何とか無事に生き延びることが出来た感謝を、お地蔵さんにお伝えしました。

 その少し南には、鳴門鯛焼き本舗があり、一ついただきました。お支払いするついでに、東京の新橋駅前にあるお店もお宅の系列店ですかと聞くと、そうだとのことでした。新橋のお店はいつも急いで通るので、新年に行った時にはいただくことにしましょう。

 三条通を京阪三条駅に向かって東に歩き、三条小橋の角にある小川珈琲に入りました。今、私は珈琲焙煎工房Hugの豆を挽いて愛飲しています。しかし、その前までは、小川珈琲の豆を挽いていました。
 2階の窓辺で、高瀬川と柳や桜が春を迎える姿を眺めながら、リッチな珈琲をいただきました。優雅な半日を、心置きなくのんびりと過ごすことが出来ました。




posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | ◎京洛逍遥

[その1]新しい歯医者さんでの後始末が今日終わりました

 2週間前の記事に、「不作為の責任」というものを取り上げました。その言葉の説明がここで問題にしている事案と関連するので、以下に生成AIの解説を再度引くことで再確認しておきます。

 すべき行為(作為)をあえてしないこと(不作為)によって生じた結果に対して負う責任で、法律上、行政や企業、個人が「知っていたのに何もしなかった」ことで問われる法的・道義的責任を指します。これは、積極的な行動を起こさなかったこと(作為)が、結果として損害や問題を引き起こした場合に発生し、「やらないこと」が「やること」と同等の法的・倫理的責任を伴う点が重要です。


 2年前にA歯科医院で作ってもらった装具のピンが折れたので、今年の1月27日に修理をしてもらうために予約を取って行きました。以来、2月、3月と、2度にわたって私には不適合の不出来な物だったので、3度目の作成をお願いしました。しかし、それは半年間はできないとのことでした。我慢を強いられた揚げ句に、約束の9月になっても無責任な約束不履行が続きました。さらに加えて、何も問題がない上の歯に被せていた物を、確認もなく無残にも損壊されたので、インフォームドコンセントを求めました。しかし、それも無視され続けて来ました。

 これらの経緯は、下記の2件の長文の記事を読めば明らかなので、再度の説明はしません。もちろん、患者側からの視点で書いたものです。当然、医師側からは異見や異論があるはずです。しかし、まったく返答がないので、このまま進めます。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、 http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置ろについて考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

 紆余曲折を経て、今月12月1日に交わしたA院長との電話で、「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という宣告のもと、その後の治療は院長の方から拒絶されました。お医者さんとしての本分と患者が望むことの関係が、もう無茶苦茶になっているという思いを強く持っています。

 私が手渡しした文書は事実を追って書いたものであり、電話において事実誤認がないかを確認した時も、院長からは特段の発言はありませんでした。事実という「理」の確認をする私に対して、院長は信頼関係という「情」で切って捨てられたのです。とにかく、院長の治療拒否の口実には時間軸が前後するなど、その行動も含めて矛盾点が噴出します。

 これまでの治療のすべてをA院長は放擲されたので、途方に暮れた私は、妻が行っている歯科の院長のもとにセカンドオピニオンを求めて行きました。しかし、それは明確に拒否されました。そこの院長は私が持参した書面を開封もせず、私の口の中を見もしないで「あなたのことは引き受けられない」とおっしゃったからです。不可解なことです。その背景には、何かありそうです。そのこともあって、その歯科へ行くわけにはいきません。

 途方に暮れている中で、紹介を受けてH歯科へ行ったのは、A院長から「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」と言い放たれた12月1日と同じ日の午後でした。

 私が事情を説明しようとするが早いか、H歯科の院長は、とにかく口の中を見てからにしましょう、とのことで、とんとん拍子にA院長が放擲された尻拭いの治療を、わかりやすい説明と確認をしながら進めてくださいました。そして、4回目の診察となる今日、年の瀬の慌ただしい時に、すべてのやり直しと補修が無事に終わりました。

 あの、今年の1月27日から12月1日までの10ヶ月に亘るA歯科医院での不可解な経緯は、一体何だったのでしょうか? 一切説明がないことなので、患者である私にはお手上げです。
 H歯科ではあっけなく、1ヶ月という短期間ですべてが解消したのです。しかも、費用も圧倒的に安く上がりました。A歯科医院に10ヶ月間で支払った額の半分以下でした。素人には、その裏事情を知る由もないので、わけがわかりません。

 懸案のA歯科医院との問題は今日で終わり、後は今日の処置に対する微調整が年明け早々にH歯科であります。

 なお、手元の資料を片付けていたら、以下のものが出て来ました。これは、上掲(1)の「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」に記した、10月23日の治療に関する次の2項目の内の、(1)にあたることに関する資料です。

 (1)10月23日に入れていただいた7本分の差し歯のその後の調整が1度もなされていない
 (2)3本の部分装具の掛け金が10月23日に無断で切断された理由が不明

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 ここで、「クラウン・ブリッジ維持管理料」(赤丸囲い)が計上されており、これは私が支払ったものです。しかし、これは処置がなされた10月23日以降一切点検されることもなかった上、12月1日にA院長が「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」と、ご自分から宣告されたことによって自動的に無効となり、返戻金の扱いとなるものかと思われます。これはあくまでも素人判断であり、当該業界での慣例はまったく知りません。日割り計算だと、些少の金額が引かれるとしても、歯科医院側が徴収したままで放置することはいかがなものでしょうか。額にして数百円かと思います。しかし、終始うやむやのままで遣り過ごすことはよくないと思うので、請求はしないものの、あえて記しておきます。

 私が蒙った多大なる損害と迷惑は、専門家を自認しておられるA院長は、それがどれほど残酷なものであったかは充分に理解しておられることでしょう。それだけに、私の心労の重さをご存知であったはずなので、冒頭で「不作為の責任」のことをあえて記しました。
 しかし、今日、H歯科で補修が一旦終わったこともあり、これ以上は私から正面切って問題にするつもりはありません。これまでも、私のことは常に無視され続けてきたことであり、お互い子どもではないので再燃することはないと思っています。




posted by genjiito at 23:13| Comment(0) | *身辺雑記

2025年12月29日

2025年の10大出来事・2_日々の活動記録

●相愛大学所蔵の春曙本『源氏物語』(断簡)5巻の原本調査を開始

●シェア型書店HONBAKO京都宇治に本箱を持ち相愛本「橋姫」を読む

●『変体仮名でよむ 百人一首』(伊藤・吉村編、新典社)を刊行する

●NPO法人主催の第6回平安文学散策は宇治の『源氏物語』史蹟巡り

●初夏に通信業者を変更するもあまりの遅さで年末には別の業者に変更

●5年半ぶりにパソコン草創期の旧知の仲間3人と京都駅で楽しく会食

●平安文学リレー講座の第7回は大津氏の「谷崎潤一郎と『源氏物語』」

●『源氏物語』では44番目の翻訳本となるインドネシア語訳を入手する

●私の歯科医療に関する質問文は脅迫文だとして以降の診察を拒絶される

●平安文学リレー講座の第8回は薮下氏の「歌舞伎と『源氏物語』」




posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | *回想追憶

2025年の10大出来事・1_金婚記念の記録

■Mac mini M4Pro48GB2TBをメインマシンにする

■携帯端末を iPhone16 ProMax 256GB に買い替え

■結婚50年の金婚記念の旅行として白浜温泉へ行く

■西国三十三所札所巡りは青岸渡寺で7巡目に入る

■金婚記念の旅行の第2弾は妻の実家がある秋田へ

■義兄と4月に温泉へ行き半年後には葬儀で秋田再訪

■金婚記念旅行で「砂の器」を追って島根の亀嵩へ

■近くの家族葬のホールへ行き我々のお葬式の相談

■金婚記念にと永平寺から芦原温泉へと慰霊の旅へ

■お茶のお稽古を大和西大寺駅前で妻と共に始める




posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | *回想追憶

2025年12月28日

映画『裳着』の制作にご参加を

 平安時代の元服式を描く映画『裳着』が、“全編平安語”で短編映画として再現されます。


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 この映画の制作にあたっては、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の副代表理事である畠山大二郎氏が、衣装考証の監修者として参加しています。


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 このクラウドファンディング募集の詳細は、以下のサイトをご覧ください。



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【参考までに、畠山氏に関する本ブログでの主な記事を列記します。】

■「参加できなかった第2回平安文学リレー講座「夏の装束」」

■「『新しく古文を読む』が点字図書・デイジー図書になりました」

■「読書雑記(279)高橋良久・畠山大二郎『新しく古文を読む』」

■「第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会」

■「畠山大二郎著『平安文学の服飾表現研究』に博士(文学)の学位が授与されました」

■「NPO設立1周年記念公開講演会を終えて」

■「国文研蔵『源氏物語団扇画帖』服飾関係分類索引(畠山版1)」
[畠山版2、2012年06月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/178946159.html
[畠山版3、2012年07月02日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970440.html
[畠山版4、2012年07月07日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970446.html
[畠山版5、2012年07月08日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970447.html
[畠山版6完結、2012年07月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970448.html
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2025年12月27日

キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第4回)

 今日も、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の入口正面には、いつものイベント案内が表示されていました。

251227_掲示板.jpg


 まず、街中の変体仮名からです。

250724_くをん.jpg

 新町通錦小路通りで見かけた暖簾に書かれていた「くをん」は、「を」の字形がおもしろいのと、朱の落款が「久遠ん」と読め、今の平仮名の字母がわかる例として紹介しました。
 平仮名の字母である漢字がわかる例として、宇治橋通の「左し治」も紹介しました。

251206_宇治の「左」.jpg

 今日は、予定通り相愛大学本「帚木(断簡)」を終えることができました。そして、この古写本は草稿本を書き写したものではないか、という視点で変体仮名で書かれた本文を確認していきました。そうした見方で本文を追いかけると、至るところにその片鱗が伺われます。
 今回「変体仮名翻字版」で本文を確認したのは、第8丁表から現存する最終丁である第10丁裏までです。
 脱字や欠脱、そしてナゾリ書きが何例も確認できました。このままでは意味が通らないので、意味などは考えずに、ただ親本を写したようです。その親本が草稿本というものであったのではないか、ということが、確認を通してその蓋然性が高くなったと言えます。これは、今後の検討で明らかにしていくつもりです。

 今日問題とした箇所で、主なものを5例あげます。「文節番号」としているのは『源氏物語別本集成 正・続 第1巻』で用いているものです。

(1)8ウ/8行目 ・文節番号4934「かゝる/寿&る〈判読〉」

251226_相愛帚木8uL8寿&る.jpg


 これは、「かゝ」に続く文字にナゾリがあり、「寿」と書いた後に「寿」の上から「る」をなぞった例としました。「る」の上に「寿」をナゾッたとはしません。ただし、「る」は微妙な字形で書かれていると判断し、〈判読〉としています。


(2)9ウ/9行目 文節番号5029「△&か」

251226_相愛帚木9uL9△&か、し.jpg


 この右のナゾリは「かの」と読み、下に書かれた文字は判読できないものの、上には「か」と書かれているものです。他本に「この」とあります。しかし、この下の文字は「こ」ではなく、「そ」として「その」と想定しても、いずれもそのような字形の文字が下に書かれているとは思えません。いまは不明としておきます。


(3)9ウ/10行目 文節番号5032「見しかゝめ里なと/し〈虫損、左傍記△、諸本みしかゝりなんと〉
 上の写真の左側の行に書かれている「し」の左横の墨の線が何かは、今はわかりません。本日の勉強会の中で最後に、これは「も」ではないか、という意見が出ました。確かに、この形の「も」が前後に見受けられます。そこで、これは「も」であろうとしました。
 しかし、帰宅してから諸本の本文異同で「みしかゝりなんと」とか「みしかからんなと」、そして「みしかし」という例もあることから、ここは「も」ではなくて、やはり「し」であるとします。そして、依然として「し」の左横の墨の線は不明とせざるをえません。今後の課題です。
 この「帚木」の断簡には、「も」の左横に意味不明な傍線が書かれていたり、不思議な字形で「そ」と書かれていたり、「の」の最後が「ぬ」のように丸く廻っていたり、「け」の最初の棒が二本引かれていたりします。踊り字の「ゝ」が「く」や、次の仮名へのつなぎの線のように見えたりもしています。

 とにかく、これまでの古写本には見られない、イレギュラーな字形や意味不明な字句やケアレスミスが散見します。今後とも、この写本の文字列は慎重に読み解いていく必要があります。そして、この写本が「草稿本」ではないか、という可能性も探っていきます。


(4)10ウ/10行目 文節番号5131「り&累〈判読〉」

251226_相愛帚木10uL10り&累.jpg

 ここは「者可累/り&累〈判読〉」と読みました。つまり、下には「り」とあり、その上に「累」がナゾられたとしたのです。「者可累」と書いた後に「累」の上から「り」を書いて「者可り」としたのではない、と判断したのです。

 これらの判断はあくまでも暫定的なものであり、来春早々に相愛大学で原本を直接調査するので、その時に実見を通して確定していきます。

(5)8ウ/10行目 ・文節番号4942堂可ふへくもあらす/〈行間上部・貼紙「△△」〉

251227_相愛帚木8uL9-10上部〈貼紙〉.jpg


 丁末の行頭に〈貼紙〉があります。ただし、千切った和紙を貼り付けた例を、これまでに私は見たことがありません。ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」に、貼紙がありました。しかし、それは四角に切られた和紙に文字を書いて貼り付けたものであり、このような間に合わせの対処は初見です。また、書かれている文字も、私には意味不明です。
 大方のご教示をお願いします。

 以下、本日確認した「変体仮名翻字版」の翻字を引きます。
 これで、相愛大学本「帚木(断簡)」は終わりです。
 次回は、多くの問題点を抱えるこの写本の課題を整理し、索引の作成に入ります。また、大島本などの現行の『源氏物語』とは大きく異なる本文を伝える写本なので、この本文の性格にまで及べるように調査を進めます。


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■相愛大学本「帚木(断簡)」(今回:第8丁表〜第10丁裏まで)
  [変体仮名翻字版] (翻字:辻 義孝/補訂:伊藤鉄也)
   ・翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
     傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
     補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
     底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
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ナシ・ナシ・きこゑ【給】・ナシ・いと者川
かし介れ八・ナシ・うちいて尓くゝ/(うちいて尓くく)・於ほさるれと・
いと・よく可多らひ堂万ひ弖【御】ふ三可き
【給】あやしと於もふ尓こま/\とみゝ尓あてゝ/(こまこまとみみ尓あてて)・
いひ志らせ・【給】・かゝる/(かかる)・こと古所八と・ナシ・いとおもひ
可けか多けれと・於さ那・【心】ち・ふ可う毛・堂と
らす・ナシ・もてき多れ八於んなむね川ふれ弖・
あさましき尓・な三多も・於ちぬ・この・古の・於も
ふらん・ことも・者つ可しうて・さす可尓・【御】ふ三を・
お可く新尓/〈ママ、諸本おもかくしに〉・ひきひろけ多り・いとこと・於ほく弖/弖〈丁末左〉、(8オ)
--------------------------------------[4900]
「みし・ゆ免を・あふ・よ・ありやと・なけく・
ま尓・めさへ・あ者てそひ/ひ$・ころ/ろ+も、(ころも)・へ尓介る」・ぬる・
よ・なけれ八なといと・め・と万りぬへき・【御】可き
さま奈れとみいれられ寿・めも・きり弖・
【心】え可多き三の・すくせ・うさそひ堂り
けるを・ナシ・於もひ川ゝけ/(於もひ川川け)・うちふし・【給】へり・【又】
乃ひ・そのき三越/そ〈判読〉・免し多れ八・まいるとて・
【御】可へり・こへ八・かゝる/寿&る〈判読〉、(かかる、かか寿)・【御】ふ三・みわくへうも
あらすと・ナシ・ナシ・きこ江よと・いへ八・うちわらひて・
堂可ふへくもあらす/〈行間上部・貼紙「△△」〉・の【給】者せし越・ナシ・い可ゝ/(い可可)、(8ウ)
--------------------------------------
さは・きこゑむと・いふお・【心】や万しくて・
のこりなう・の【給】・き可せ介ると・於もふ尓・
川らき・こと・かきりなし・いて・およすけ多る・こと
盤・い者ぬ【物】そ・さ八・な・堂万へりそと・ナシ・けしき
あし介れ八・めす尓八・い可ゝとて/(い可可とて)・まいりぬ・かの
三/〈ママ、諸本きのかみ〉・すい多る【心】ち尓・この・まゝ者ゝ能/(まま者者能)・ありさま
を・ナシ・ナシ・よ尓免て多しと於もひて/も〈判読〉・川いせう
し・よるこゝろなれ八/(こころなれ八)・こき三わ八く累
ま尓て/わ〈ママ〉・ナシ・ゐて・ありく・こきみ・めしよせて・
きのふ八・まちくらしてやみ尓き・ナシ・あひおもふましき奈免りと/ま〈次頁〉、(9オ)
--------------------------------------
ナシ・の【給】尓・か本・うちあ可め弖/△&う、ちあ可〈墨ヨゴレ〉・
ナシ・い川らと・能【給】尓・志可/\なん/(志可志可なん)・者ら多ち者へ
ると・ナシ・きこゆれ八・ナシ・ナシ・【心】のことやとて・【又】も・多万へ
り・あこ盤・ゑし羅しな・その・いよの・於きな
ともの・さきより・ナシ・み多てまつりそめし/そ〈判読〉・
ひとそ・されと・堂の毛し介なく・ゝひ/(くひ)・本
そと・ふ川徒可奈る・ナシ・こゝろてこしつき
ゑり・ナシ・ナシ・まうけ【給】へ累そかし/△&け・ナシ・ナシ・き三は
あ可・こにて・あれよ・かのをや八/△&か、かの〈ママ、諸本この〉・堂のもし
けなれと・ゆくさき・見しかゝめ里なと/し〈虫損、左傍記△、諸本みしかゝりなんと等〉、(見しかかめ里なと)、(9ウ)
--------------------------------------
の【給】へ八・さ毛・あり介ん・いみしかりける・こと
と・於もへ累も・於可しと・於も本寿・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・【又】【御】ふ三
毛・ナシ・【給】へり・されと・この・こ毛・いと・者可那し・
【心】より・本可尓・ち里毛・せは・可ろ/\しき/(可ろ可ろしき)・
奈さへ・そへむ・みの・ありさま越を/越を〈ママ〉・いと・川
き那く・おほえて・免て堂き・ひと奈り
とも・わ可・三こそと・【思】へ八・いとすきか万
しきことのふさ者しからぬうちとけ
堂る・け者ゐ毛・きこゑす・本の可那
りし・【御】けはひ・なとお・け尓・よ尓・なへてなと八/て〈次頁〉、(10オ)
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於もひ・きこ江ぬにしも・あらね
と・を可しき・さま越・みえ・多て万つり弖・
奈尓ゝ/(奈尓尓)・なるへきみそと・於もひ可へ寿
なり介り・き三毛・於ほしおこ多る・ナシ・ナシ・於
り毛なく・こひしきよりも【心】く累し
う・ナシ・ナシ・於もへりしさま越・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・於ほしわ多る・
かろ/\しく/(かろかろしく)・八ひまきれて・堂ちより・
堂万者ん尓も・【人】免・し介く奈れ八/く〈ママ〉・ナシ・す
き/\志き/(すきすき志き)・ふるまひや・あら者れんと・ナシ・ナシ・ナシ・者
者可累とさまかうさま尓於ほしくらす/り&累〈判読〉、(10ウ)
--------------------------------------[文節番号025131]まで
相愛大学春曙文庫「帚木」以降 落丁
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2025年12月26日

集会所で今年の一文字を各自が漢字で書いて見せ合う

 本年最後となる集まりが集会所でありました。
 今日は、今年を漢字一文字で表わすと何になるか、という問い掛けがなされました。
 みなさんそれぞれが、紙に書いて披露しました。
 以下、思いつくままに書き上げます。

 「希・食・友・明・花・笑・幸・桜・淡・楽」などなど。
 二人から出たのは、「空・歩・喜」。
 私は「」、妻は「」でした。

 各自がそれぞれに、その理由を話しました。

 いろいろなことがあり、いろいろな思いで過ごした一年だったのです。
 みなさんに共通するのは、この集まりに来ることが楽しみだった、ということです。
 来年も元気に集まり、楽しく過ごしましょう。



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posted by genjiito at 19:07| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月25日

宇治徳洲会病院で突然のクリスマスコンサート

 朝8時過ぎに送迎バスに乗り、宇治徳洲会病院へ妻の点滴治療の付き添いとして行きました。
 今日から、新しく泌尿器科が加わっています。機能に問題があるのではなくて、多分に不安症候群から来る頻尿のようです。過活動膀胱と言われるものです。私も一昨年、睡眠時無呼吸症候群の治療を受けている時に頻尿となり、この病院で治してもらいました。早めの対処で治るものなので、心配はしていません。しばらくは、漢方薬を飲めばいいそうです。
 私の時には、気の持ちようということで、薬は出ませんでした。他に多くの病気を抱えている我が身の場合は、命に別状がないこともあってか、いつしか治っていました。

 次は、本日のメインである脳神経内科での診察です。担当医の女医さんが京大病院での妻の主治医の教え子ということもあり、先日の京大病院での診察の報告もしました。妻が、この病院での担当医の先生の名前を姓も名もしっかり覚えていたので、京大病院の先生から褒められた話をすると、あの先生らしいと笑っておられました。お茶のお稽古を今週から始めたことを報告すると、それはいいことだと励ましてくださいました。気長に楽しくやってください、と。
 その他には特に問題はないので、下に降りて観察室でレカネマブ(レケンビ)の点滴治療になりました。

 いつものように相変わらず段取りが悪くて、無駄な時間が過ぎていくだけなので、私はカフェで一休み。小一時間してから点滴中の妻のベッドのそばに行くと、あと30分はかかりそうでした。今日はイスがあったので、狭い隙間にイスを置いて、退屈そうに点滴のチューブを見ている妻と世間話をしていました。終わっても、あと30分は生理食塩水を注入するということでベッドを降りられないので、私は部屋の外のソファーで待つことにしました。

 月初めに一回だけ16,000円を払うと、その月の2回目の診察と治療の費用はかかりません。そのため、今日の会計では支払いはありませんでした。
 そうこうするうちに、入口のホールでは背筋に関する講演会が始まりました。姿勢の話などは参考になります。
 この病院の待ち合いに置かれている、個人用のソファタイプのイスは豪華です。病院らしくありません。立派な国際会議場などで使われるイスです。私は、ケンブリッジ大学で国際研究集会を主催した時に、このタイプのイスに座りました。今日は、身体が包み込まれるようなイスにゆったりと身を沈め、先生のお話を伺いました。

 それが終わると、クリスマスコンサートが始まります。ギッシリと集まっておられたみなさまは、実は先生の講演会よりも、このコンサートがお目当てだったのです。
 今日は、ピアノは橋本さん、クラリネットは山口さんという、共に相愛大学の卒業生でした。相愛大学は、今、鎌倉時代の古写本『源氏物語』の調査をしているところなので、つい親近感を覚えました。曲目は、以下のものです。

251225_コンサート曲目.jpg

251225_病院のクリスマス.jpg

 きれいな音でのクリスマスソングなどを聴くことができました。何ものにも替えがたいクリスマスイベントになります。ただし、会場が音響を考えた場所ではなくて、病院の入り口にある待ち合いのスペースだったので、音が吹き抜けの2階のさらに上に抜けていっていたので、身体が音に包まれる感触は皆無でした。クラリネットは思ったほど音が拡がらず、迫力もなかったので、もっと狭いホールだったらよかったのに、と思いました。しかし、臨時のコンサート会場にもかかわらず、主催者と演奏者の思いが伝わって来て、お2人の熱演を楽しませていただきました。トークも楽しく聞きました。ありがとうございました。




posted by genjiito at 21:19| Comment(0) | *健康雑記

2025年12月24日

キャンパスプラザ京都で相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を読む会(No.4)のご案内

 昨日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」(春曙文庫)の本文を変体仮名で読む会の案内記事が掲載されました。
 本年9月から、「帚木(断簡)」を「変体仮名翻字版」で翻字をする勉強会がスタートしています。

251222_NPO新聞.jpg

 会場は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の6階にある第8講習室です。
 相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」は、ハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」や歴博本「鈴虫」と近い環境で書写された、鎌倉時代の写本の断簡だと思われます。ただし、この「帚木」は下書き本ではないか、という意見もいただいています。とにかく、興味深い本文を伝える写本です。
 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 現在、毎回約10名の参加者と一緒に、和やかに変体仮名を読み進めています。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 鎌倉時代の古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを第一の目的としています。
 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第3回)」

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、京都駅から JR の線路沿いに歩いて5分の所です。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。




posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年12月23日

集会所でのクリスマスパーティの前に発熱騒ぎ

 今朝は、何となく気怠い目覚めでした。身体が少し温かいので、熱を測ると「37.2」度。もう少し寝てから測ると「38.0」度。これは大変です。
 先週末は東京、昨日は奈良と、東へ南へと動き回っていたからでしょうか。久しぶりにお茶のお稽古をしたので、慣れないことに身体がついていかなかったからでしょうか。

 お昼前に歯医者さんへ行く予定が入っているので、うどんを食べて風邪薬の「改源」を飲み、「葛根湯」のドリンクを飲んで、また寝ました。
 次に測ると、「37.0」度。さらにもう少し休むと、「36.5」度。急速に回復しています。これで一安心です。

 こんんなことは、これまでにも何度もあったので、気を持ち直して歯医者さんへ行きました。
 春先から、別の歯医者さんでよくわからない治療をされ、インフォームドコンセントとしての説明を求めても無視され、揚げ句の果てには治療を拒否されたのが先月。それからセカンドオピニオンを受けに行った歯医者さんも、口の中を見もしないでこれまた拒否。根拠はないものの、地域で結託して不祥事を隠す連携プレーがなされているとしか思えません。

 民生委員のNさんに教えてもらって行き出したのが、今日の歯医者さんです。経過を説明しようとすると、とにかく見てからということで、治療の方針を説明してくださいました。そして、10ヶ月近くも擦った揉んだした治療が、この歯医者さんに移ってからは、1ヶ月ほどした今日でほぼメドがつきました。次回の12月30日で終了なので、年末にスッキリすることになりました。
 歯医者さんの世界は、まさに伏魔殿となっているようです。いい経験をしました。コンビニの数よりも多い歯医者さん。どこへ行けばいいのか、難儀な時代になっているようです。

 今日の集会所では、クリスマスパーティがありました。
 Nさんの演奏で、冬の歌やクリスマスソングをみんなで歌いました。
 続いて、恒例の射的でお菓子をもらい、そこに書いてある番号の景品がいただけます。みなさん、お楽しみのコーナーです。今日は、家庭用品が並んでいます。

251223_景品.jpg


 私はペーパークリーナーとジュース、妻は冷蔵庫の脱臭剤とジュースでした。
 残り物に福があるとのことで、ジャンケンで争奪戦をしました。私は最初に勝ったので、大きな袋に入ったキッチンペーパーをいただきました。
 全員にロールケーキも配られました。
 景品がいただけることは、幾つになっても楽しくて嬉しいことです。

 今日も、100歳のTさんはお休みでした。通りかかった時に、家の前にいつもの手押し車が出ていたので、今日は出席かな、と思っていました。
 Nさんの話では、大事をとってのお休みで、お元気だとのことでした。家具を入れ替えたりして、生活環境を整備なさっているようです。これも、一安心です。今週金曜日の集まりには、参加なさることでしょう。




posted by genjiito at 22:56| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月22日

久しぶりにお茶のお稽古を始める

 しばらくお休みしていたお茶のお稽古を始めました。
 場所は、大和西大寺駅の右前にある奈良ファミリーの中の近鉄文化サロン奈良です。安倍晋三元首相が銃弾を受けて亡くなられた、駅前広場のすぐ近くです。
 M先生には、15年前に私が癌の宣告を受けてすぐに教えを受け出し、以来五月雨式にではあるものの、根気強く東京や京都から奈良のご自宅にお稽古に通い指導を受けて来ました。最初の日のことは、「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934820.html)に書いています。そして何と、手術の2日前に「心身雑記(71)入院2日目にしてお茶のお稽古へ」(2010年08月28日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934855.html)に書いた通り、大和平群にお稽古に行っているのです。
 2019年9月には、お茶名「宗鉄」をいただきました。「9年目にいただいたお茶名は「宗鉃」」(2019年09月29日、http://genjiito.sblo.jp/article/186624763.html)に、その頃の状況を書いています。それなりの形はあるもののいまだ未熟者で、以来ずっとお茶とは遠ざかっているので、本当に初心者に戻ってお稽古をすることになります。

 今先生は、茶道裏千家淡交会奈良支部の副幹事長で教授という要職に就かれています。2年半前に脳梗塞になってからはお稽古も途絶え、お誘いがあればお茶会に参加するという程度に、足が遠のいていました。最近では、2ヶ月前の「古都散策(74)春日野でのお茶の講演会と野点用の茶碗」(2025年10月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/191526968.html)に書いたように、奈良春日野国際フォーラム甍での講演会場でお目にかかっています。ただし、この時には年内にお稽古を始めるとは思いもしませんでした。

 今、朝食後にポットで沸かしたお湯でお茶を点てる程度の日々です。そんな中で、妻がお茶に興味を示し出したことを機に、初心者のためのお稽古を先生にお願いしたのです。よくぞ、と快諾を得て、今日は2人揃って大和平群のご自宅ではなくて、大和西大寺の文化サロンの受講生となったのです。

 まず、今日は体験会です。
 イスに座って、みなさんがなさるお稽古を拝見しました。この本科は、7名の生徒さんがいらっしゃいます。中に、お一人だけ知っている方がいらっしゃいました。今年の5月に先生の月釜がかかり、往馬大社で開催されたお茶会に参加した時、水屋でお弁当を出してくださった方だったのです。これから一緒にお稽古をすることになるので、これも奇縁といえるでしょう。
 その月釜の日のブログの最初に、「私も、足と手がしっかりしたらもう一度お稽古を、と思いました。」(「往馬大社でのお茶会の後はHONBAKO京都宇治でのパーティへ」2025年05月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/191363526.html)と書きました。それから半年が過ぎ、年内にやっと念願が叶うことになったのです。

 先生は本科と研究科をお持ちで、今日の本科は楽しさが伝わってくるお稽古でした。先生のご自宅がある大和平郡に、急な山道を登ってお稽古に通っていた時は、どちらかというときびしめのお稽古でした。しかしここは、開かれた社会人講座の一環ということもあってか、雰囲気が穏やかで、アットホームな感じがしました。それでいて、先生のピシッとした厳しい指摘はいつも通り飛びます。
 体験で参加した我ら2人にも、お菓子と薄茶を出してくださいました。お菓子のいただき方、お茶碗の扱い方など、他の方に見られる中でもあり、緊張しました。

 次回からは、我らも少しずつお稽古が始まります。のんびり、コツコツ、マイペースで楽しみたいと思います。

 帰りは、新祝園駅にある「スッカマ源氏の湯」の温泉に行きました。過日行った時に、妻が帽子を忘れて帰ったので、すぐに連絡をして保管していただいていたのです。それを受け取りがてら、温泉にも入ったのです。

251222_スッカマ源氏の湯.jpg

 冬至ということもあり、ユズ湯がありました。柚子が40個も入ったお湯なので、じっくりと暖まって来ました。

 今日も電車のトラブルに巻き込まれました。行きも帰りも、奈良線のトラブルの影響で、電車が遅れました。昨日は東京で、今日は奈良でと、実害はなかったものの年末年始の繁忙期ということもあってのことでしょうか。余裕を持って移動することを心がけなければなりません。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *身辺雑記

2025年12月21日

江戸漫歩(182)いわさきちひろの絵を息子さんの解説で見る

 今朝の神宮外苑絵画館前のイチョウ並木は、冬支度のせいか寒そうに見えました。絵画館も霞んでいます。

251221_イチョウ並木.jpg

 地下鉄大江戸線で、青山一丁目駅から中井駅まで出て、そこから西武新宿線で上井草駅へ行きました。西武新宿線では、今日も我々にとってはお決まりの、車両点検で電車が遅れました。

 上井草駅からちひろ美術館へは歩いて7分ほど。初めて行くところです。
 入口で受付の方に、館内で食事ができるかを聞くと、喫茶しかないとのことです。この近くで食事ができる場所を聞くと、近くのお蕎麦屋さんを紹介してくださいました。食後にまた来ます、と言って館外に出て少し歩くと、先ほどの受付の方が走って追いかけて来られました。何だろうと振り返ると、丁寧にお蕎麦屋さんの場所を教えてくださったのです。頼りない老夫婦と思われたのでしょうか。お気遣いを、ありがとうございました。

 ちひろ美術館・東京は、いわさきちひろの自宅とアトリエの跡に建っています。

251221_ちひろ美術館.jpg


 いわさきちひろは、子供を生涯のテーマとした画家で、独特な水墨画の技法には、藤原行成流の書の影響があるとのことです。1974年に55歳で亡くなり、夫の松本善明氏、息子の猛氏のことも広く知られています。

 絵本作家になるのが夢だった妻は、かねてよりこのいわさきちひろに憧れていました。しかも、今日は息子である猛氏のギャラリートークがあります。千載一遇のチャンスとばかりに駆けつけたのです。

 2時からのギャラリートークには、大勢の方が詰めかける事態となり、説明を聞きながら絵を見て歩くという予定は変更され、一階の広い展示室で猛氏の説明を聞く、という形式となりました。
 母親の話ということもあり、リラックスした語り口で、楽しい話をたくさん伺いました。このモデルは僕です、とおっしゃる絵の前では、母の思い出話も交えて、ほほえましい貴重な説明を伺うことができました。
 ちひろが描く絵の中の女の子は、穏やかで優しさが溢れています。しかし、描かれたその目には、微かに涙が認められるという指摘にはハッとしました。もう一度、あらためて原画を見直す機会を得たいと思います。

 会場では、昨日の日比谷図書文化館での2つの講座に参加なさっている方もお出ででした。一緒に、猛氏の話を伺いました。

 ロビーでは、おいしいコーヒーもいただきました。また足を運ぶことでしょう。

 帰りは西武新宿駅に出て、雑踏の新宿歌舞伎町を横切り、中央線に乗って東京駅に出ました。
 新幹線に乗り込んで間もなく、品川駅で無理な駆け込み乗車があったとのことで、しばらく運転が中断されました。鉄道トラブルは、今日で2つ目です。
 結局、大きや事故には至らなかったからいいものの、旅に出ると相変わらずハラハラドキドキの電車トラブルに巻き込まれています。




posted by genjiito at 22:01| Comment(0) | ・江戸漫歩

2025年12月20日

日比谷で「須磨」(31)と『百人一首』(8)を読んだ後は息子に教えを受ける

 肌に感じないほどの霧雨の宇治を早朝に出て、新幹線で3時間かからないうちに微かに霧雨が感じられる有楽町に降り立ちました。うまく雨をすり抜けて東京に来られました。

 早めのお昼ご飯は、西銀座にある回転寿司の「くら銀座」です。開店時間を少し待って入りました。
 ここは、京都の三条通から新京極通を下ったところにあるお店と同じ店構えで、清潔感が漂うお店です。

251220_くら銀座.jpg


 ゆっくりと、お寿司とドリンクとデザートをいただいてから、日比谷公園に向かいました。

 ミッドタウン日比谷の前にいる大好きなゴジラを、今日は斜め後ろから撮りました。初めての角度です。

251220_ゴジラ.jpg

 しばらく公園を散策すると言う妻と別れて、私は先に日比谷図書文化館に入りました。妻は終日図書館で、公園の緑や皇居方面の景色を見ながら、窓辺のイスに座って好きな本を読むことを、ここに来る楽しみにしています。

 掲示板がいつものように立っています。

251220_日比谷の掲示板.jpg


 今日の最初は、「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」です。
 まず、先週の大阪府立中之島図書館と同じように、版木『略解○古訓古事記巻中』と、版本『絵入源氏物語』を実際に触ることで版本の世界を体感していただきました。やはり、実物が訴える重みはズッシリと伝わったようです。

 この講座のメインとなる、ハーバード大学蔵『源氏物語 須磨』については、57丁表から57丁裏3行目まで[変体仮名翻字版]で確認しました。鎌倉時代の古写本の実態について、少し立ち入った話をしたこともあり、予定した範囲の四分の一もできませんでした。すべて、年明けに持ち越すことになりました。

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あさ者可尓・みいれらる・【五】・すく【六】・
堂き乃/堂±ん〈薄墨〉、き〈左濁点〉、(堂んき乃)・てうとやう乃・毛乃・ゐ【中】王さ尓・
し奈し堂る・いと・を可し・【念】寿の・くと
毛ゝ/(くと毛毛)・めつらしき・さ満尓・し徒ゝ/(し徒徒)・をこ
なひ・川と免・【給】介りと・三ゆる・毛の・万いれ
る・さ満那とこと佐ら尓/こ&こ・【所】尓・つけて・けう
あ里て・志那し堂り・あ満とも乃・あさり
して・かい川【物】・毛てまいる越・めしいてゝ/(めしいてて)・
【御】らん春・うらに・とし・ふらん・さ満なと・ゝ
者勢/(と者勢)・【給】へ八・さ満/\尓/(さ満さ満尓)・やすけ奈きみの/(57オ)
--------------------------------------
うれを/れ±へ、う〈墨ヨゴレ〉、(うれへを)・【申】いてゝ/(【申】いてて)・そこ者可と・奈く・さ
え徒るも/え〈虫喰、ママ〉・【心】の・ゆくゑは・於奈し・こと奈
る可・こと那るあ者れ尓・[12.20 ココマデ確認]
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 1時間の休憩を置いて、次は「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」です。

 ここでも、まずは前列に並べた版木と版本を触ってもらいながら、写本と版本と活字本の違いなどをお話しました。

 続いて、これも中之島図書館で先週紹介した、包装紙に描かれた『百人一首』の例を確認しました。そして、俳優の伊東四朗さんが70歳を過ぎて「百人一首」の暗記にチャレンジしたという話を紹介しました。これは、脳科学の立場からいえば廃用現象を防ぐ賢明な方法だそうです。物覚えに衰えを感じ出した方は、参考になさってはと提案しました。

 次は、廬山寺の境内に建つ57番歌の紫式部と58番歌の大弐三位の歌碑の写真を見ながら、そこに刻まれた『百人一首』の歌を「変体仮名翻字版」で確認しました。
 また、同時に、有馬温泉の瑞宝寺町公園に建つ58番歌の大弐三位の歌を確認しました。これは、変体仮名は1文字もなく、すべてが現行の五十音図の範囲内での平仮名と漢字で書かれたものなので、不鮮明な写真からいかに文字の輪郭を読み取って文字として認識するかの練習になりました。

 この講座のメインである『変体仮名でよむ 百人一首』の確認は、44番歌の中納言朝忠から54番歌の儀同三司母までを終えました。特に注意をした文字は、陽明文庫のカルタに見られる「支」(ki)でした。何度も出て来るにもかかわらず、どうしても文字が仮名として認識しずらいからです。

 最後は、また来年、元気にお目にかかりましょう、という挨拶で終わりました。

 日比谷図書文化館を出てからは、息子がいる青山に直行です。
 今日は、息子から生成AIを使いこなすコツを伝授してもらいました。具体的には、『源氏物語』の鎌倉時代の写本の一覧を生成AIに作ってもらうことを通して、より時間をかけて網羅的な情報を得るための設定を教えてもらったのです。現役で生成AIを使いこなしているだけに、的確なアドバイスに感謝です。「負うた子に教えられ……」とはこのことです。いやいや、今の息子に対して「自分より劣っている」とか「未熟な者」に教えられたと言うのはお門違いです。専門家に教えてもらうことなので、親子の関係などは問題ではありません。根気強く教えてくれる子を、逞しく思いました。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ■講座学習

2025年12月19日

集会所でクリスマス会とガレージセール

 早いもので、もう年末です。集会所では、恒例のクリスマス会が行われました。
 お茶やコーヒーをいただきながら、オモチャの射的で当たったお菓子をもらい、そこに指示された番号のお土産を受け取ります。

 私は、おいしいビスケットの箱とお箸のセット、妻は、ラミーチョコレートとランチョンマットでした。いずれも、欲しかったものだったのでラッキーでした。

251219_射的.jpg

 ガレージセールは、ほとんどが女性の衣類で、好きなものをもらっていいとのことです。妻は、財布をはじめとして、いろいろといただいていました。大喜びです。
 男物としてはカッターシャツくらいでした。退職後はカッターを着る機会もなくパスです。
 品物を手にしては、思い思いに話が弾んでいます。

 私の横には、以前この集まりを担当しておられた方が座られました。宇治のシェア型書店HONBAKO京都宇治に1度行った、とおっしゃっていました。今度また行くとのことです。
 いろいろな方が宇治の新しい本屋さんのことを話題にしてくださるのは、嬉しいことです。人が集まる場所が本屋さんというのは、これからの社会で求められるコミュニティスペースです。

 会場の横には、新しいクリスマスツリーが置かれていました。以前の物とは違い、大人のためのシックな姿を見せています。

251219_新ツリー.jpg

 これから年の瀬になると、このツリーが会場の雰囲気を作ってくれることになったのです。少しずつ、みんなの集まりとして、小道具も更なる充実をしていきます。楽しみが増えることはいいことです。

 今年も、みなさんには毎週毎週、いろいろとお世話になりました。元気をもらいました。
 気になるのは、100歳のTさんが先週から腰の調子がよくないとのことで、お休みになっていることです。
 来週の火曜日には、元気な姿を見せてくださることを楽しみにしています。




posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月18日

終日京大病院で過ごす

 宇治は、雲がポカリポカリと浮かぶ快晴の朝でした。しかし、如意ヶ岳の大文字山は寒さに縮こまっています。

251218_大文字山.jpg


 京大病院の院内学級の花壇は、春を迎える準備をしています。

251218_花壇.jpg


 今日は病院の中で、のんびりと一日を過ごす日です。
 最初は、糖尿病・内分泌・栄養内科。診察の前に、採血の順番待ちが30分以上あります。事前に採血を受け、その結果が1時間後に出てから、それを踏まえての診察があります。
 今日のヘモグロビン A1cの値は、前回の「7.0」から「6.9」へと、少し下がっていたので安心しました。消化管のない私には、安全圏内です。この半年間の推移は、次の通りです。

「6.9」→ 「7.1」→  「7.0」→「6.9」

 糖尿病の対処は、高め安定で概ね良好、というところです。
 血液検査による診断では、肝臓などの臓器に問題はないとのことでした。消化管周りの管理は、このままの調子でいいようです。

 妻は、本の広場「ほっこり」で、何時間でも本を読みながら待っていてくれます。
 今日の本の広場には、クリスマスツリーが飾られていました。

251218_児童書のツリー.jpg

 何人かの子供が、はしゃぎながら本を読んでいました。

 糖尿病の後は、引き続き4時間半待つことで、次の脳神経内科の診察になります。元々遅い時間に設定されていた上に、1時間半遅れで順番が来ました。先生は丁寧に診ておられるので、相当時間が押しています。ジッと待つしかありませんでした。

 昔、高校の教員をしていた頃に、三者面談で丁寧な対応をしていて、次々と時間が押していったことを思い出します。3年生で進学受験のことがあると、余計に超過したものです。多くの保護者の方々にご迷惑をおかけしました。今日も病院の先生の気持ちがわかり、自分もそうだっただけに、苦情を言うわけにもいきません。他の方も、まだかまだかと痺れを切らしておられました。ダラダラと世間話をするな、とおっしゃる方がお出ででした。しかし、脳神経内科はサッサと終わる内容ではなく、患者の話をジックリと聞くことが大切だと思います。それだけに、予約の時間の兼ね合いと、心を開いた診察のバランスが微妙な問題を投げ掛けています。今日の先生の目は真っ赤でした。ご無理のないように、とこちらが気遣いするほどでした。

 脳梗塞に関しては、特に際立った変化はありません。ただし、右足が1ヶ月半前からむくむので、相談をしました。
 血流が悪いためで、下肢エコー(静脈の流れと血栓)の検査と、血液検査を年明け早々に入れてくださいました。いつもながら、対応が早くて助かります。それだけ、私がギリギリの危うい状態の身体で生きているということです。かつての私を知る人は、まだ生きていることに驚かれることでしょう。そうなのです。京大病院の先生の理解と手助けを得て、いまだに仕事をしています。一番驚いているのは、泉下の両親であり、姉でしょうか。早め早めの対処で、危なっかしいながらも、何とか健康的な日々を送っています。

 今朝は8時半に家を出て、帰ってきたのが18時半でした。今日の通院には、12時間かかったことになります。時間を惜しまず、体調管理に気をつけています。




posted by genjiito at 21:02| Comment(0) | *健康雑記

2025年12月17日

伏見の湯で英気を養った後に食事で違和感を覚える

 午後は雨模様でした。しかし、何となく気怠いので伏見にある温泉「力の湯」へ行きました。
 いつものように、入場券と定食のセットを頼むと、先月末から食事は別の業者になったために、セットの販売はなくなったとのことです。温泉の受け付けの方は、仕事が分断されたことをいかにも残念そうにおっしゃるので、いろいろとあるのだなと思いました。

 今日は、露天風呂の温泉だけにして、リラックスしてきました。身体がホカホカして、足腰の力が抜けて快適に動きます。脳梗塞で何となくぎこちなかった右半身が、血行が良くなったせいか滑らかになっているのです。まさに、温浴効果のおかげです。

 1階で妻と待ち合わせをし、食事をすることにしました。そして、業者が変わったことを実感しました。
 まず、メニューは自分のスマホに表示して注文するのです。支払いは、現金が使えず、キャッシュレスです。クレジットカードは使えるとのこと。終わってから、支払いは自分のスマホでするシステムです。つまり、徹底したスマホによる注文と支払いのシステムになったのです。

 私は、スマホのメニューが見づらいのと、小さな画面を行ったり来たりして選ぶのが嫌いなので、お店の方にその旨を伝えると、代理でするとのことです。すべて、お願いしました。メニューは、立派な冊子があるので、ページを捲りながら選びました。とにかく、私にとっては面倒なシステムです。人件費削減のためだと、お店の方がおっしゃっていたので、今後の日本における人間の激減を意識しての態勢のようです。海外のアルバイトの方が、片言の日本語で、ぎこちない応対をされるのも疲れます。人口減少の現実の前では、こうした方式の方が無難なのでしょうか。

 また、私はいつも現金でものごとを処理しているので、支払いもスマホを使わず、日頃は使わないクレジットカードを取り出して、それで小さな四角の端末をタッチしました。キャッシュレスとスマホの操作ばかりを強調せずに、他にもやり方があることを最初に説明してもいいのではないか、と思いました。
 ここは、若者が多い温泉施設です。しかし、それに負けず劣らず、高齢者も多いのです。高齢者は、いずれはいなくなることを想定しての方針変更なのでしょうか。時流と言えばそうです。しかし、もう少しユルユルでスタートしてもいいのではないでしょうか。

 帰る際に、いつもは食器類を自分でカウンターに返していたのに、これからはお店の方が片付けるそうなので、食器はそのままにしてお店を出ました。この点は、お店の方が手間をかけてするのだというのです。これまでは、我々客の方が食器を下げていて問題はなかったのに、なぜこのところだけ面倒なことをされるのか、よくわかりません。

 今後は、こうした方式が広まっていくのでしょう。しかし、どうも私の生き方とは違いすぎるので、今後はお風呂上がりにここで食事をすることはなくなることでしょう。食事は美味しかったので、残念なことです。もうすこし穏やかな移行処置でもよかったように思います。今日、対応してもらった若者は、とにかくこちらの意向を汲んだ動きをしておられました。しかし、あまりにも急激な変更を強調されたので、人間が持つ特性を生かした運営を、つい望んでしまいました。

 過日、新祝園にあるスッカマ源氏の湯の食堂で、私のお子様ランチをいただきたいという希望を叶えてくださった店員の方は、まさに人間だからこその対応でした。そのお店の店員さんのお母様も、私と同じように消化管を切除しておられたので、私が望むお子様ランチを調理場と掛け合って、用意してくださったのです。何でも一刀両断のもとに切り捨てずに、いろいろな対応ができるシステムとの共存を望みます。




posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎情報社会

2025年12月16日

集会所で新しいゲームのディスコンを楽しむ

 いつものラジオ体操と貯筋の運動をした後は、ボッチャに似たゲームをしました。これは初めてするゲームです。名前は、ディスコン(ディスク・コントロール)と言い、岡山県生まれのスポーツだそうです。
 日本レクリエーション協会のホームページから、使用する用具の画像を引きます。

251216_ディスコン.jpg


 ボッチャが丸いボールを投げるのに対して、これは赤と青の表裏2色の円盤を投げ合う、新しいポーツです。ルールは、ボッチャと同じです。違うのは、最初に一つだけ投げた黄色のポイント(的)に向かって円盤を投げ、できるだけ近づけることです。円盤がコロコロと転がって、思いも寄らない方向に行くことがありました。また、跳ねるのでコントロールの難しさもあります。円盤が裏返ると、相手の色となります。この、裏返ることがあるので、おもしろさが倍増します。

 初めてにもかかわらず、みんなで賑やかに楽しめました。上手い下手の差が出にくいゲームのようで、1点を争うことになりました。円盤の飛び跳ね方が不規則なので、かえって誰にでも遊べるのです。

 また、新しいゲームを覚えました。次々と新しいものが考えられていくようで、次はどんなゲームができるのか、今後が大いに楽しみです。




posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月15日

高い評価を得ているグリーンカフェのこれまで

 主宰者であるNさんの報告によると、このグリーンカフェの取り組みは、宇治市での関係者の集まりでも非常に高い評価を得ているそうです。
 地域住民のための居場所作りを目的として、これまでに10件以上が各地域でコミュニティカフェなどのスタイルで立ち上がったものの、今も活発に活動を展開しているのはここの集まりだけだそうです。ひとえに、運営を主導なさっているNさんと、それを支援するサポーターであるボランティアの方々の思いが後押しをしていると言えます。

 この集まりが始まったのは、2022年12月のプレイベントからでした。その時の事は、「グリーンカフェのプレオープンを祝して」(2022年12月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/189986049.html)に書きました。
 そして、本格的なスタートは、「第1回グリーンカフェと今後を話し合う場に参加」(2023年01月16日、http://genjiito.sblo.jp/article/190105720.html)で報告している通りです。
 このイベントの目的は、上記のブログにも書いたように、次の言挙げが明確に示しています。


 目的の確認
高齢になっても誰もが住み慣れた地域で、生きがいを持ちながら、安心して暮らしていけるよう、住民の皆さんを主体に、多様な民間企業、関係機関、専門機関、色々な方たちと地域づくりを考えていきます。


 なお、ここに記している犬の鳴き声の問題は、管理会社は誠意ある対応をしないままに、見て見ぬふりで逃げました。私には、一言の挨拶もなく、無視されたままで今に至っています。いわゆる、不作為の責任というものです。その言葉の説明を、以下に生成AIの解説から参考までに引きます。

「すべき行為(作為)をあえてしないこと(不作為)によって生じた結果に対して負う責任で、法律上、行政や企業、個人が「知っていたのに何もしなかった」ことで問われる法的・道義的責任を指します。これは、積極的な行動を起こさなかったこと(作為)が、結果として損害や問題を引き起こした場合に発生し、「やらないこと」が「やること」と同等の法的・倫理的責任を伴う点が重要です。」

 今でも私は、その渦中の8月中旬に脳梗塞になったのは、このことが引き金になったと思っています。

 閑話休題

 グリーンカフェの話でした。
 2022年の4月にこの地域に引っ越しをして来て、すぐの6月中旬からこの集まりに参加し出しました。Nさんとの出会いがあったからこそ、今につながっています。
 毎日書くブログを振り返ると、「ぬりえ&間違い探し&ナンプレに挑戦」(2022年06月23日、http://genjiito.sblo.jp/article/189620851.html)が私と妻が参加した最初の記録のようです。

 毎月1回、地域の住民が気ままに参加し、お茶やコーヒーとお菓子を楽しみながら、体操やゲームなどもします。今日の指の体操は、右半身がいまだに本調子ではない私には、輪ゴム一つで手軽にできるリハビリになるものでした。

251215_グリーンカフェ.jpg

 一人じゃないよ、を合い言葉に、顔の見える関係を作ったり、困り事があれば専門職への相談につなげてもらえます。ここには自治会組織がないために、行政の情報なども伝わりにくい環境にあります。そんな中で、一人暮らしの住民が多くなった今、ここは仲間として受け入れてもらえる、心落ち着く場所となっています。

 立ち上げから関わった一人として、いろいろな場面を見聞きしました。管理会社の「いけず」も柳に風で受け流し、新型コロナウイルスの中なのに9号棟の小さい部屋に押し込められての、肩身の狭い思いをさせられたスタートでした。しかし、みんなの声がNさんを後押しをしたこともあり、今は広い集会所で開催できています。忍耐強く、初志貫徹の姿勢を示された運営方針と支え合う力は、これからもこの集まりを続けていく推進力となります。
 これからもお手伝いをしていく中で、ここが楽しい出会いの場となるようにしたいという思いを、あらためて強くしています。





posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月14日

京洛逍遥(957)天使突抜通を歩いた後は錦の富美家で夕食

一昨日の集会所で、天使突抜通(てんしつきぬけどおり)を知ってる? と聞かれた時に、名前は知っているけど通ったことがないんです、と答えました。その後、私のブログで検索したところ、名前は取り上げていても確かに行ってはいません。ブログには、五條天神宮(天使の宮)に関して、次のように書いています。

 その名前から、菅原道真を祀る天満宮かと思い、駒札の説明を読んで、まったく違うことを知りました。ここは、創建当初は「天使の宮」とか「天使社」と言い、社号の天神(テンシン)は天つ神を意味するものであり、道真の天神(テンジン)と違うのでした。「天使突抜(てんしつきぬけ)」という通り名の由来になった所のようです。街区表示板に「天使突抜二丁目」というのがあるそうです。しかし、たまたま行き合っただけの私には、そこまで思いが至らず見かけませんでした。次に通りかかったら、この表示板を探してみましょう。(「京洛逍遥(863)西洞院通を四条通まで歩き、義経や道真や小町と出会う」2024年04月04日、http://genjiito.sblo.jp/article/190843415.html

 それでは行って見ようと今朝方思い立ち、地下鉄五条駅から歩きました。
 通称の天使突抜通は、実際には東中筋通と言うようです。

251214_天使突抜通.jpg

 雰囲気のある建物がありました。このあたりは民泊が多い地域で、ここは1棟貸しの宿のようです。写真の右端に写り込んでいる地名表示に注目です。

251214_民泊.jpg

 歩いていると、一際目を引く暖簾を見かけました。唐松 京都天使突抜店は、京町家を鉄道ショップに改装したお店です。外観とお店の中は落差がありそうなので、通りすぎることにしました。

251214_鉄道の唐松.jpg

 近くにあった駐車場の表示が気に入りました。おしゃれです。

251214_駐車場.jpg


 途中で見かけたお店の表示に、京ことばが書かれていました。

251214_おくれやす.jpg

 毎週火曜と金曜日に行く集会所での集まりには、かつて御所の近くに住んでいたと言われる方が、「〜おくれやす」とよくおっしゃいます。吉本新喜劇で座長をし、今も大活躍の役者さんのお母さんです。明日も会うので、こうした京ことばのことを聞いておきましょう。

 天使突抜を抜けて高辻通に出ると、道元禅師遺蹟之地がありました。

251214_道元聖地.jpg

 横の標識には、次のように書かれています。先月末に永平寺に行き、宇治の平等院の対岸には興聖寺があるので、説明文をじっくりと読みました。ここで54歳で亡くなったとあり、その若さに驚きます。

道元禅師示寂の地
 この地は曹洞宗の開祖道元禅師が生涯を閉じたところである。
 道元禅師は、正治二年(一二〇〇)に京都で生まれ、比叡山で出家の後、建仁寺の栄西の門に入って禅を学び、貞応二年(一二二三)に入宋した。帰国後、建仁寺に足をとどめたが、その後、深草に興聖寺(後に宇治に移る)を建て、教化活動を続けた。晩年にいたって、権勢を逃れ、越前(福井県)の地に永平寺を創建し、釈迦正伝の仏法である禅の厳格な宋風を樹立した。
 建長五年(一二五三)病の療養のために弟子懐弉を伴って上落し、この地(下京区高辻通西洞院西入)にあった俗弟子寛念の屋敷に滞在し 同年八月に五四歳の生涯を閉じた。
                      京都市


 四条通に出ると、西洞院四条の南に小野小町の別荘があり、ここに化粧水があったということは、上掲の「京洛逍遥(863)西洞院通を四条通まで歩き、義経や道真や小町と出会う」にも書いた通りです。

 四条通を少し東に歩くと、膏薬辻子(こうやくのずし)があります。ここは、大納言藤原公任の邸宅である四条宮のあった場所でもあります。

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 錦市場の中にある富美家で、鍋焼きうどんをいただきました。お出汁と言えば富美家と言われています。確かに美味しいお出汁です。

251214_鍋焼きうどん.jpg

 2010年に、私は京大病院で胃ガンの手術をしました。その退院を控えた9月のある日、外出許可をいただいて、見舞いに来てくれた長男と一緒に、お互いに自転車でこの富美家へうどんを食べに来ました。息子は四条通に近い仏光寺に住んでいて、私は下鴨貴船に住んでいたので、京大病院はお互いのちょうど中間地点だったのです。そして、料理人の息子が胃を無くした私の退院記念に選んでくれたのが、この富美家だったのです。具のないうどんでした。しかし、息子が推奨するだけあって、そのお出汁の美味しかったことが今も忘れられません。今日も、そのお出汁を妻と堪能して来ました。




posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年12月13日

中之島での『百人一首』(第19回)と『源氏物語 蜻蛉』(第30回)

 今日も、最初の90分は「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」〔入門講座〕です。
 配布したプリントは、次の2枚でした。

251213_中之島100人-19_1.jpg

251213_中之島100人-19_2.jpg

 2枚目の「包装紙に描かれた『百人一首』」は、現行の五十音図の平仮名以外の文字、つまり変体仮名をサッと見分ける練習用として配布したものです。みなさん、区別は手早くできていました。これは易しかったようです。
 今日の2種類の『百人一首』の確認は、52番歌の藤原道信朝臣から58番歌の大弐三位までを終えました。
 判別しにくい文字として、「支(き)」「王(わ)」「弖(て)」「帝(て)」「希(け)」「遣(け)」「盤(は)」がありました。
 なお、テキストである『変体仮名でよむ 百人一首』(伊藤鉄也・吉村仁志 編、新典社、2025年5月)において、57番歌である紫式部の作者欄に「『源氏物語』を編纂」と記載していることに関して、私は紫式部を『源氏物語』の作者だと特定していないことの補足説明をしました。

 30分の休憩時間を挟んで、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」になります。

 まず、次の2枚のプリントを配りました。

251213_中之島・蜻蛉-30+版本_1.jpg


2251213_中之島・蜻蛉-30+版本_2.jpg

 この講座では、いつも古写本の話ばかりしています。そこで今日は気分転換も含めて、江戸時代の版本に関する資料を持参しました。目で見ることが主体となっている現代の文化を、今日もいま一度見直しましょう、というアピールです。先月は、『探幽筆三十六歌仙』という人物画の作成に使われた模本(粉本)の実物を見て触っていただきました。
 前掲の写真は、架蔵の『略解 ○古訓古事記巻中』の版木です。版木の実物を触ることはなかなかないので、貴重な体験となったことでしょう。写真の上は現物そのものの板面。その下は、コンピュータグラフィックで左右を反転して、刷り上がった状態がわかるように加工したものです。写真をクリックしていただくと、精細な写真が表示されるので文字がよく見えると思います。
 版木の重さのみならず、文字が精細に彫られていることが、目で見るだけでなく、指で触って実感できたことは、こうした印刷物の理解が深まったはずです。

 2枚目の資料の『絵入源氏物語』の版本は、現在はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉が所蔵しているものです。山本典子氏より寄贈されたものです。この山本春正編『絵入源氏物語』(漆山文庫旧蔵)の版本は、江戸時代・慶安三年(一六五〇年)の版であり、旧蔵者山本節氏は山本春正のご子孫です。山本典子氏によると、約五〇年以上茶箱に保管されていたものだということなので、編者である山本春正の手元にあった初版本である可能性が高いものです。宇治十帖を持参して並べ、実際に手に取って見ていただいたので、受講者のみなさまには版本の実態が体感できたかと思います。興味津々で、袋とじの本をご覧になっていました。

251213_『絵入源氏物語』.jpg

 ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』を[変体仮名翻字版]で確認することは、今日で巻末まで行く予定でした。しかし、版本の閲覧と実見で時間を取ったために、67丁表6行目までを確認して時間が来ました。あと1頁文が残りました。年明けには、最後まで終えることになります。

 今日問題となったのは、次の2例です。

 (1)65丁裏9行目 「きこ江さ勢/え【給】&江さ勢、江=え」

2251103_ハーバード「蜻蛉」65uL9え給.jpg

 「え【給】」の上から「江さ勢」とナゾリ、その「江」の右横に「え」を傍記しています。
 本行の中でのナゾリなので、書写者自身がナゾッていると思われます。

(2)67丁表5行目 「うち/△&う」

251212_ハーバード「蜻蛉」67oL5うち.jpg

 ナゾッている文字の「う」の下の文字が、私にはどうしても読めません。そこで不読文字として「△」を用いて、「うち/△&う」としました。今後の課題として残すことになりました。

 今日確認したハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』の「変体仮名翻字版」は、以下の通りです。


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■ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』65丁裏9行目〜67丁表6行目

翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部
( 「 )・末尾( 」 )、底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
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よろこひきこ江さ勢/え【給】&江さ勢、江=え、(きこえ【給】)・【給】めると・いふ・な三/\
の/(な三な三の)・【人】めきて・【心】ちなの・さ万やと・ものうけれ八/(65ウ)
--------------------------------------
もとより・於ほしす川ましき・すちよりも・いま八・
万して・さるへき・ことに・川介ても・於ほし多つ
ねんなん・うれしかるへき・うと/\しく/(うとうとしく)・【人】川
てなとに・もてなさせ・【給】八ゝ/(【給】八八)・江こそと・能【給】尓・
け尓と・いひさ者きて/=【思】〈薄墨〉、(【思】さ者きて)・【君】を・ひきゆるかすへ
介れ八/す〈虫損〉・万川も・む可しのと能三/も&能、(む可しのとも三)・な可めらるゝも/ゝ±二、(な可めらるるも、な可めらるる二も)・
もとよりなと・能【給】ふ・すちは・万めや可尓・多のも
しくこそ八と・【人】川てとも・なく・いひなし・
【給】へる・こゑ・いと・王可や可尓・あいきやうつき・
やさしき・【所】・そひ多り・堂ゝ/(堂堂)・なへ弖の・かゝる/(かかる)・す三可の/三〈次頁〉、(66オ)
--------------------------------------
【人】と・於も八ゝ/(於も八八)・いと・於可しかるへきを・
多ゝいま/(多多いま)・い可て可八・か者可りも・【人】尓・こゑ・きか
すへき・ものと・ならひ・【給】介ん・な万うしろ
め多し・か多ちも・いといま免可しからんと・み
ま本し幾・け者いの・したる越・この・【人】そ・
【又】・れいの・【御心】・三多るへき・川万なめると・
於かしうも・阿り可多のよやとも【思】い多ま
へり・[35]これこそは・可きり・なき・【人】の・かし
つき・於ほし多て・【給】える/介&え・ひめきみ・【又】・
か者可りそ・於ほく八・あるへき・あやしかりける/(66ウ)
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【事】葉・さ累・ひし里乃・【御】あ多里尓・【山】能・
ふ登古ろより・いてき堂る・【人】〻の/(【人人】の)・可多本
なる葉・な可り介累こ楚・古の/古〈虫損〉・者可奈し
や・可ろしや奈登・於もひ奈須・【人】毛・可や
うの・うち身累/△&う・介し支八・い身しう楚・
を可し可里し可登・…………途中まで(67オ)
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 帰りは、大阪駅まで歩きました。途中で、曾根崎心中でよく知られている「お初天神」の境内を通ることになり、久しぶりに「露天神社」にお参りすることになりました。

251213_お初天神.jpg

 ここに来るのは数十年ぶりになります。「恋人の聖地」となっていて、若者がたくさんいました。私が知っていた「お初天神」が明るく様変わりしていたので、とにかく驚きました。

 大阪駅前の阪神百貨店の地下には、いか焼きで有名なお店があります。小さい頃に何度か行って以来なので、懐かしさも手伝ってその場で妻と一緒に立ち食いをし、持ち帰りのお土産もいただいて帰りました。以前は、あまりにも長い行列のために諦めました。551の蓬莱といい勝負です。大阪の粉モン文化は健在です。

 大阪駅からJRで京都駅に出て、その駅前のキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)に立ち寄りました。3月分の予約をしたままで教室の利用料金の支払いが終わっていなかったので、済ませるためです。
 今日のスケジュールは、これで無事に終わりました。
 京都駅の構内は、相変わらずの雑踏となっています。中国語が飛び交う状況は一変し、多くの東南アジアの方々と擦れ違いました。日本人の観光客は、まだ京都を敬遠しておられるようです。しかし、年末年始は京洛各地で日本古来の文化を背景にした行事が多くなるので、日本の方々が増えることでしょう。




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2025年12月12日

読書雑記(362)中野信子『フェイク』

 『フェイク ウソ、ニセに惑わされる人たちへ』(中野信子、小学館新書、2022年6月)を読みました。

251212_中野『フェイク』.jpg

 本書は、ウソやフェイクを上手く活用して、生きるためのスキルを磨くことが大切な時代だ、ということを優しく語っています。
 私がチェックした箇所を引きながら、勝手なコメントを付けておきます。

 「はじめに」で次のように言います。

 正義の顔をしたフェイク、善意を装って大げさに誇張された括弧付きの「真実」を目にするたびに痛感させられることは、私たちは、意外なほど「ウソに弱くできている」という事実です。
 なぜなら、ウソのほうを心地よく感じ、フェイクのほうを美しく見てしまうのが、私たちの脳の性質だからです。(14頁)

 このことに関しては、人間が物語の楽しさを求めていることにつながっているからではないか、と私は思っています。自分が物語を作る中で、ウソやフェイクが巧く利用されるのではないのでしょうか。

 「脳は騙されたがっている」という項目では、次のように言います。

 脳は、酸素の消費量が人間の臓器の中で最も多く、その占める割合は、身体全体で消費する酸素量のおよそ4分の1です。
 ですから、基本的にあまり働かないように、つまり思考しないようにして脳の活動を効率化し、酸素の消費を抑えようとします。
 最も効率のいいリソース節約術と言えば、人からの命令に従うことです。
 そのため脳は自分でゼロから決めていくよりも、命令されることを心地よく感じる傾向があります。自分で考えずに、誰かからの命令に従うことは、脳の省エネ策であり、人間の本能、生理的機能の表れでもあるのです。(49頁)

 社会には、指示待ち人間が多くいます。これは、脳の省エネで生きている人のことだと言えるでしょう。

 また、次の説明は誰でも体験し、見聞きしたことなので納得します。

 私たちは自分の先入観に沿う情報だけを集め、その集めた情報を自分の都合のよいように解釈して書き換えてしまうという現実があります。
 これが「確証バイアス」です。与えられる情報の中で、自分に都合のよいものだけを選択し、都合の悪い情報は無意識に排除してしまうのです。さらに、冷静に検証すればそれが詐欺であると気付くことでも、この「確証バイアス」により、自分に都合のよい情報だけを付加し、そして自らウソを補強する思考をしてしまうことによって、その枠組みから抜け出せなくなってしまうのです。(54頁)

 次の説明も、ウソをつく背景を知る手がかりになります。脳が長い文脈を省略することで、話が捻じれていくことを想定すると、ウソが生み出される現場が想像できます。

 もし、記憶の細胞間コミュニケーションが100%の確率で起きるのであれば、私たちは見たもの、聞いたことを全部忘れないはずです。しかし、脳はハードディスクのように確実に記録されるようにはできていません。
 細胞同士が情報を伝えるときに、すべてを伝えず、適当に伝えている。つまり「ウソ」をついている状態があるということがとても興味深く、不思議な現象として、むしろ美しく感じられるのです。(84頁)

 ウソでもいいから相手を褒めることは有効です。ただし、その際には次の注意点があるとのことです。少しだけ、味付けが必要だそうです。

 期待感は本人に伝えても効果があると考えられます。ただしそのとき注意したいのは、「頭がいいね」ではなく、「期待しているよ」「君ならできるよ」と伝えること。もしくは「よく頑張ってるね」と伝えること。
 「頭がいいね」と言われた子は、「頭がいい」という評価を失いたくないために、失敗を恐れて確実に成功できるタスクばかりを選択するようになる可能性があるからです。(103頁)
(中略)
 この研究結果では、「頭がいいね」と褒められた子供は萎縮してしまい、挑戦する意欲を失い、さらには失敗を隠そうとウソをつく傾向が高いことが示されています。
 そして研究チームは、褒め方には注意が必要であり、結果だけを褒めるのではなく、チャレンジする姿勢、工夫に対して評価することが、失敗を恐れない心を育て、その子の能力を伸ばすと結論づけています。(105頁)

 ウソの効用については、プラシーボ効果(偽薬効果)の例が示されています。日本では、戦時中に兵隊さんがお腹の病気になった時に軍医がハミガキ粉を飲ませるだけで直った、ということがあったようです。これは、馬の医者であった父の体験談でもありました。直ればいいのです。

 本来なら薬効のないはずの偽薬を飲んでも、患者自身が「この薬は本物であり、効果がある」と信じ込むことで、実際に病気が治ってしまうという現象です。
 これは1955年にハーバード大学の麻酔学者ビーチャーによって明らかにされ、広く知られるようになりました。
 例えばその薬が砂糖の塊といったまったくの偽薬であっても、「これを飲めば絶対に自分はよくなる」と信じて飲んでいれば、症状が改善されることが統計的に確かめられているのです。
 さらに、偽薬の服用をやめたとたん症状が悪化するといった、プラシーボとの逆の効果もあることが分かっています。これが「ノーシーボ効果」と言われるものです。
 ある研究では、「自分は心臓病にかかりやすい」と信じている女性の死亡率は、心臓病にかかりやすいと信じていない女性の4倍に上ったということです。
 脳にはそもそも思い込みがあるとはいえ、ウソによって生死さえも左右されてしまうというこの結果を見ると、騙されることの効用、上手によいウソをつく意義について検討されてもよいのではないかと思ってしまいます。(106〜107頁)

 そして著者は、次のように言います。

 人生を振り返り、あの時、うまいウソが言えていれば面倒なことにはならなかったのに、という場面はたくさんあると思います。
 この本を読まれた方には、ウソをすべて否定するのではなく、上手に使い、楽しく、賢く生きていただきたいものです。(110頁)

 本書で語られている中で、ウソに関して役立つ知恵を、1例だけあげます。
 「Youメッセージ」ではなく「Iメッセージ」で伝える、ということです。

 もしも、相手に「自分はあなたのウソで傷ついた」ということを理解してもらい、後悔してもらいたいのならば、言い方を工夫してみましょう。
 例えば浮気の圧倒的な証拠があったとしても、もし関係性を継続することを望むのであれば、相手を主語にして糾弾する「Youメッセージ」ではなく、「私はあなたに女として見てもらえなくなったと思うと悲しい」などと、自分を主語にする「Iメッセージ」で伝えるほうが、信頼関係を壊さずに自分の思いを伝え、ちゃんと相手に後悔させることができるでしょう。(178頁)

 優しい語り口で話題が展開するので、読みやすい本だと思います。
 本書から私は、次の三点についてヒントをいただきました。

 「人は何のためにウソをつくのか」
 「なぜ人は騙されるのか」
 「ウソとの付き合い方と生き方」




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2025年12月11日

宇治徳洲会病院から大急ぎで京大病院へ

 朝の送迎バスで、宇治徳洲会病院へ行きました。前回は満員で乗れなかったために、早足で病院に駆けつけました。今日は無事に乗れたので一安心です。
 今日の午後は京大病院へ飛んで行くことをご存知の担当医のご配慮があり、比較的早い順番で診察がありました。

 昨日、帽子を2箇所で忘れたことなどを、談笑の中で報告しました。細かなことも含めて諸々を、丁寧に電子カルテに書き取ってくださっています。根明で何事もおもしろおかしく話す妻なので、先生も臨機応変に硬軟取り混ぜてのアドバイスや判断を示してくださいます。娘よりも若い先生とは、あるがままにお話ができるので、日々の不安が氷解します。

 小気味良い面談となっているここでの診察は、2週間ごとに不安を取り除く楽しい日となっています。さらには、昨日行った温泉で行方不明となった妻の帽子が、無事に受付に届けられていたとの連絡があり、この心配事も晴れて解消しました。みなさまに感謝です。

 1階の観察室に移動し、レカネマブ(レケンビ)の点滴を受けます。今日も段取りが悪く、時間がどんどん経過します。この病院では、妻のような治療をする方は他にはいらっしゃらないようで、手順も心もとない限りです。血液検査をして1時間も待たされていた方が、どうなっているのかと苦情を言っておられました。とにかく、看護師さんが少なすぎます。今日も、隣のベッドには、重病の方が点滴を受けておられました。ごった煮の部屋、という環境なので、気持ちの切替が求められます。
 妻の付き添いで来た私も、ベッドの横にいたくてもイスが他の方に占領されているので、外の待ち合いのソファで、持って来た書類の整理をしていました。

 終わるが早いか、病院の送迎バスで京阪中書島駅まで行き、そこから京大病院へ行きました。あらかじめ、京大病院には遅れるとの電話を入れておきました。余裕を持って組んだ予定も、時間が押し詰まってしまい、アタフタと対応に追われる始末です。こちらがもっと巧く立ち回る必要がありそうです。

 今日の大文字山は、短い秋を終えようとしています。

251211_大文字.jpg

 今日は、主治医の先生に宇治徳洲会病院での様子や、最近の体調などのことを報告しました。来年3月で1年になるので、MRIや対面での試験などで、アミロイド β がうまく消えているのかなどの検査が入りました。そして、来年の9月で一旦この治療を一区切りとし、その先の対応が必要かどうかを検討することになりました。
 先生の見立てでは、順調に来ているとの感触を得ておられるようでした。悪くはなっていないとのことなので、信頼して指示に従うことにします。

 私からは、もう一つの懸案であるタウに関する対処はどのように考えておられるのかを聞きました。それに関しては、今はまだ、まったく研究が実用化まで届いていないので、検討の中には入っていないようでした。
 また、最近のニュースで注目されている「ドナネマブ(ケサンラ)」の成果についても、失礼を省みずにお尋ねしました。今は、その薬での対処は考えていないことを、丁寧に説明してくださいました。
 とにかく、最先端の動向を見据えながら、適切な治療がなされています。気遣ってくださっている方々には、治療は順調です、という取り急ぎの中間報告とします。




posted by genjiito at 23:43| Comment(0) | *健康雑記

2025年12月10日

温泉施設の源氏の湯でお子様ランチをいただく

 近鉄新祝園駅から送迎バスに乗り、スッカマ源氏の湯に行ってきました。すぐ南が奈良県なので、京都の最南端の地にあります。けいはんな記念公園や国立国会図書館関西館の向かい側、と言ったほうがわかりやすいでしょうか。

251210_玄関.jpg


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 この近くに奈良先端科学技術大学院大学があり、奈良県生駒郡に住んでいた頃には、そこの入学願書を入手して受験を考えていました。見学会にも行きました。しかし、結局は間際に別の大学院の博士後期課程に変更したため、受験はしませんでした。もしここで勉強していたら、私の学位記は「博士(文学)」ではなくて「博士(理学)」だったことになります。願書をどこに提出したかによって取得する名称がまったく違うことになったので、今から考えるとおもしろい道のりを歩いてきたことになります。紙切れ1枚とはいえ、肩書きは人生を楽しいものにしてくれることを、あらためて噛みしめています。

 源氏の湯グループのもう一つの施設である宇治天然温泉源氏の湯が近鉄大久保駅の近くにあり、これまでにも何度か紹介してきました。施設の中の雰囲気はよく似ていました。
 新祝園駅に降りたのは初めてです。ちなみに、「新祝園」は「しんほうその」と読みます。知らないと読めない駅名です。

 高濃度炭酸泉にゆったりと浸かり、露天風呂で30分ほどのんびりとしました。
 なお、スッカマとは炭窯サウナのことだそうです。サウナは苦手なので入りませんでした。

 お風呂上がりに、お食事処へ行きました。私が、あえてお子様ランチを頼むと、大人の方は……とのことでした。何にしようか迷っていると、注文を取りに来られた方と妻が話をしているうちに、その方のお母さんも胃がないとのことが話題になっていました。そして、一旦奥に戻られたその方が、お子様ランチを用意できますよ、と優しく語りかけてくださったのです。調理場で掛け合ってくださったようです。感謝です。これまでにも、チャレンジしたことがあります。 しかし、ことごとく失敗でした。60年ぶりに、お子様ランチをいただくことになりました。

251210_お子様ランチ.jpg

 左端の飲み物はカルピスです。これでも私には多くて、おにぎりの半分とポテトを2個、妻に渡しました。これは、私が外食で苦労しているほんの一例です。こんな事情があるので、いろいろな方と一緒にお食事ができなくて申し訳ないことです。

 余程の大病をした年寄りと思われたのか、途中で食べられるかどうかと声掛けをしてくださいました。その優しさに感激です。お母様の食事を思ってのことだったのでしょう。お気遣い、ありがとうございました。

 帰りに、その方に丁寧にお礼の挨拶をしました。臨機応変の対応に、接客における人の役割を再認識させられました。生成AIを搭載したロボットでは、こうした対応はできないと思われるからです。
 この話は、生成AIと人工知能の仕事をしている息子に、しっかりと伝えておくことにします。




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2025年12月09日

集会所で通販のトラブルの話を聞いた後に家族葬の相談に行く

 今日の集会所では、宇治市消費生活センターの方がお越しになり、通信販売でのトラブルに関する話や、悪質商法の話がありました。正直言って、眠かったのです。バラエティに富んだ事例を話題にしていただけたら、興味をもって聴けたかと思います。すでに聞いたことのある話ばかりだったので、他の方も同じ思いだったのではないでしょうか。

 お話は、通信販売におけるトラブルがメインでした。しかし、私に関してはネットでの買い物はまったくせずに現物を見て触って買い、そして現金で何事も対処するようにしています。高齢者には、このタイプが多いと聞いています。ネットがらみの話は、対象となる聴き手の見定めが必要かと思いました。

 私は先月、歯の治療に関して宇治市消費生活センターに電話連絡をし、いろいろなアドバイスをいただきました。歯科医院の院長が、インフォームドコンセントという治療の「説明と同意」がないままに不可解な治療がなされたので、そのことに関して相談をしたのです。このセンターが、本来は扱う内容ではなかったようです。しかし、丁寧に解決のための方策を提示していただけました。どうしたらいいのかわからない時だったので、大いに助かりました。

 終わってから、集会所でのお仲間の方に我々がお葬式の相談をしていることを話すと、近くにある家族葬のホールのことを教えてくださいました。今とりたてて急ぐ話ではないものの、善は急げとばかりに電話をして、直接担当者に話を聞きに行きました。
 父の時の葬儀屋さんは、間違いや行き違いが多くて難儀をしました。母の時は、お花に包まれた家族葬をしたはずなのに、法外な請求に驚きました。
 そんな経験があるので、今から準備をしておこうということです。

 今日は、我々各々の家族葬のプランも決めました。妻とはプランに微妙な違いがあったので、おもしろいものだと思いました。骨壺はどれにするかなど、まだ実感がないことでもあり、楽しく話が進みました。戒名は早く付けておこう、という点では一致しました。
 急ぐことのない、この歳になったからこその将来設計です。楽しみながら、自分たちのために詰めておくつもりです。




posted by genjiito at 21:43| Comment(0) | *身辺雑記

2025年12月08日

京都駅で相愛大学本の臨模本について打ち合わせ

 鎌倉時代に書かれた『源氏物語』の臨模本を制作中の宮川保子さんと、京都駅中のホテルのラウンジでこれまでに試し書きとしての下書きと仮の清書本を置いて、文字列の慎重な検討と今後の打ち合わせをしました。
 臨模本を作るに当たり、基本的な共通理解を踏まえて、あとは宮川さんの判断で模本が作成されています。

 すでに、「須磨」(ハーバード大学蔵)、「蜻蛉」(ハーバード大学蔵)、「鈴虫」(国立歴史民俗博物館蔵)の3冊の臨模本は、すべて原本を共に実見して出来上がっています。
 次は、相愛大学の春曙文庫所蔵の断簡である「帚木」、「藤裏葉」、「橋姫」、「宿木」、「手習」の5冊に宮川さんは挑戦中です。

 あらかじめ託されていた5冊の試作本の内、すでに「橋姫」の前半は私の視点からの字母の特定などのコメントを記入したものはお渡ししていました。今日は、それを含めての5冊すべての紛らわしい文字に関して、その字母を判定した私からのコメントを直接確認しながらお伝えしました。

 今回の相愛大学本の文字は、非常に曖昧な表記が多くて、悩ましい問題を抱えています。
 今日、宮川さんが、これは『源氏物語』の草稿本の写しではないか、とおっしゃったことが私の心に突き刺さりました。ハッの思ったのです。本文を書き写す立場からの直感は、研究という視点とはまったく異なる感触があったようです。これまでのハーバード本や歴博本とは、明らかに書かれている文字の字形や印象が違います。
 例えば、「思」「程」「給」の漢字は、字形に揺れがあります。仮名についても、「あ」「那」「ら」「越」などにも、崩し方が自由奔放です。
 粗雑というと語弊がありそうなので、清書本を書き写した写本ではなさそうだ、と言っておきましょう。

 「手習」の巻から、1例だけあげます。
 これは「ひめきみ(姫君)」という単語を「ひめ支見」と書いたとしか思えない文字列です。「支(ki)」も「見(mi)」も、そのつもりで見ればそう書いてあります。しかし、この写本の書写者は、果たしてその文字が何というか音を表すものか、わかっていたのか疑問です。

251208_相愛「手習」8uL4ひめ支見.jpg

 親本の文字が乱れていたのか、書き写す時に注意力が散漫になっていたのか。こうした例の一々を取り上げながら、この相愛大学本の本文の素性を検討すべきだと思います。

 文字の字形以外にも、本文の違いも顕著です。
 現在の『源氏物語』の基準本文となっている室町時代の写本に江戸時代の手が入った校訂本文「大島本」とは、この鎌倉時代の本文は大きな異同を見せています。
 春曙文庫の収集所蔵者であった田中重太郎先生が、次のようにおっしゃっていたことが、実際に本文を確認していると実感として伝わってきます。


■源氏物語本文について(田中重太郎)
 ところで、源氏物語の本文でも定家の証本がいま定本視されているが、いわゆる別本系の本文と読みくらべると、いまの源氏物語の本文は、なんだかばかに整頓され、みがかれ過ぎた感じがする。架蔵の鎌倉初期書写の源氏物語断簡(昭和三十九年十月刊)を読みかえしていると、こんな本文の源氏物語がすくなくとも平安末期にはあって、読まれていたのだと思い、いま行われている源氏物語の本文と読みあわせると、そらおそろしい気がして来る。(下略)
(清少納言と「ほのかなり」と、『平安文学研究』第四十二輯、昭和四十四年六月号、『枕草子三十五年』再掲)


 書道家である宮川さんも、忠実に臨模を続ける過程で、本書の特殊性を身をもって体感なさったようです。これは、これまでの写本とは何か違う、と。
 相愛大学蔵本『源氏物語』として伝わる5冊の写本(断簡)は、平安時代から鎌倉時代にかけて、物語本文が形成される道程を照らす資料となるかもしれません。

 ひきつづき、本文の「変体仮名翻字版」の作成を続けます。今後のさらなる翻字作業と、本文の調査や検討が楽しみです。
 本書に興味と関心をお持ちの方は、私がNPO活動として展開している、キャンパスプラザ京都(京都駅前、「帚木」巻を読む)と、シェア型書店HONBAKO京都宇治(宇治駅前、「橋姫」巻を読む)でこれらの本を読んでいる勉強会にご参加ください。遅々として進まないものの、順調に前に向かって取り組んでいますので。




posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◎源氏物語

2025年12月07日

こんな日もあるということで

 昨夜は、めずらしく午前零時前に寝ました。
 昏々と眠り続けていたようで、目が覚めたのはお昼前でした。
 お腹がすいていたので食事をし、また寝ました。
 またお腹がすき、目が覚めたのは夕方の6時。
 本日2回目の食事をして、今キーボードの前に向かっています。
 1日6回食の生活なので、今日はまだ2食です。
 いつものように、午後10時半の食事が最後の食事になるので、今日は3回食の1日となりそうです。
 風邪気味のようです。
 寝るのはいつも午前2時過ぎなので、今日予定していた仕事をこれからしましょう。
 こんな日もある、ということで、体調を考えながら山積みになっている仕事に取りかかります。




posted by genjiito at 19:50| Comment(0) | *健康雑記

2025年12月06日

宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(7)

 シェア型書店HONBAKO京都宇治の入口のガラス戸越しに、通りからクリスマスツリーが見えています。

251206_本箱正面.jpg

 中も、クリスマスムードが感じられるようになりました。本箱も活発に本の入れ替わりがあります。活気が感じられるようになりました。

251206_本箱のツリー.jpg


 そんな中で、今日は「店名:モモ Handmade」が手提げバックのチャリティ販売をする日でした。クリスマスツリーのすぐ前に、手作りのバッグを並べています。妻と姉の手仕事の布小物です。この日のために、姉も遠路芦屋から駆けつけて、お手伝いをしてくれました。姉も箱主なので、立派なオーナーです。
 この催しは月に1回なので、次は新年2月7日(土)です。
 シェア型書店HONBAKO京都宇治は、地域の人々や全国各地の本好きの仲間のコミュニティの場となることを活動の柱としています。さまざまな取り組みで、この空間が人と人との出会いの場となることを願っています。

 さて、今日の勉強会は新しい参加者を得ました。それも、新婚さんお2人です。写本を読むのは初心者だとのことだったので、丁寧に進めていきました。変体仮名とは何か、古写本に関する知識、書写の道具、街中の変体仮名、などなど。
 書写された文字が訂正されている箇所については、次の例を見ました。

251203_相愛「橋姫」9uL3いり墨.jpg

 これは、「まいり/いり〈削、墨〉、=万いり」と翻字した箇所です。
 書写者はまず、「まいり」と親本の文字列を書き写しました。しかし、他の人か後の人が、「いり」の部分を墨で塗り潰し、なかったものとしました。続いて、その右横に「万いり」と正しいとする文字を書き添えています。
 ここで気になるのは、「ま」と「万」の文字表記が異なるにもかかわらずそうではない「いり」が墨で塗り潰されていることです。これは、どのような意味を持つのでしょうか。写本に残された、その意図がよくわからない例として取り上げました。写本に手を入れる、という行為が意味することには、よくわからないことが多いという例です。

 基礎的なことを確認しながら、ということもあって、1ぺージも進みませんでした。
 以下に、本日確認した「変体仮名翻字版」の翻字をあげます。

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(1)相愛大学本『源氏物語 橋姫』第九丁裏〜第九丁裏七行目 [変体仮名翻字]

翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)

--------------------------------------
の【給】ふ毛の越・支こゑ者遣ま
して・【御心】・者けまひ・堂てま川らんと・於ほい
て・のとや可なる・ゆふくれ尓・まいり/いり〈削、墨〉、=万いり・【給】へり・れい
乃・さま那る・【御】も乃可多里・木こゑ可王し/木〈ママ〉・
【給】ふ・川い弖尓・うち乃三この・【御事】・き古
ゑい弖ゝ/(き古ゑい弖弖)・みし・可【月】の/±あ・あ里さまなと・くは
しう・ナシ・
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 新年正月は、この宇治での勉強会はお休みです。
 次は、新年2月7日(土)となります。
 みなさま、よいお歳をお迎えください。




posted by genjiito at 21:13| Comment(0) | ■講座学習

2025年12月05日

12月6日に HONBAKO京都宇治でハンドメイドのお店を出店

 12月6日(土)と2026年2月7日(土)の 12:00 〜 16:30の間に、「お店番」として妻が担当者となって「店名:モモ Handmade」が、布製のブックポーチ・ブックカバー・手提げバックのチャリティ販売をします。
 よろしかったら、シェア型書店HONBAKO京都宇治の入口近くのテーブルに作品を何点か並べていますので、お手に取ってご覧ください。

 同じ時間帯に、2階にあるシェアスペースで「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の勉強会をしています。こちらへの参加も、どうぞよろしく。
 以下の画像をクリックすると精細画像になります。

 インスタグラムでの告知もなされています。


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251204_モモ-1.jpg

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2025年12月04日

中之島図書館での歌舞伎と『源氏物語』の講演会

 大阪万博も終わり、一躍有名になったキャラクターのミャクミャク君は、今は大阪市役所本庁舎の正面玄関前で、向かいに建つ日本銀行大阪支店を眺めながら寝そべっています。多くの方が写真を撮っておられました。

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 本日の講演会の会場となっている大阪府立中之島図書館は、このミャクミャク君がいる反対側、市役所の東隣にあります。

 第8回となる平安文学リレー講座は、「歌舞伎と『源氏物語』 〜今話題の映画に思いを寄せて〜」と題して、薮下敦朗氏の歌舞伎語りでした。薮下氏は、早稲田大学や鳴門教育大学大学院で近世文学を専攻され、現在は日本演劇学会や日本音楽表現学会の会員です。

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 歌舞伎の世界では『源氏物語』はあまり扱われなかったようです。その理由は、皇室のスキャンダラスな話となるため、敬して遠ざけられたことにあるようです。昭和26年に、11代目市川團十郎が『源氏物語』をやったことから、世の中が変わったそうです。

 映画「国宝」を観ての感想が至る所に鏤められ、みなさんの興味と関心を集めながらのお話でした。映画では、難曲の「鷺娘」や「道成寺」を踊りで見せる場面は、お見事の一言だそうです。2人の若い役者を絶賛しておられました。

 歌舞伎の歴史を概観し、俳優史から文化・文政以降の演劇界の動きを紹介し、映画「国宝」の時代背景に留まることなく、実際に薮下氏が生の舞台から得たものや、数多くの人間国宝の方々との交流史も交え、豊かな話題で歌舞伎の魅力を語ってくださいました。

 本日の話は、とにかく薮下氏自身の豊富な演劇体験に基づくものであり、書物からの知識ではない、生き生きとした内容が魅力の講演でした。終わってからも、多くの方が質問などをしておられました。

 帰りに本日の講演会場だった中之島図書館を振り返ると、満月がふくよかな顔を見せていました。

251204_満月.jpg

 淀屋橋のすぐ近くにあるカフェで、薮下氏ご夫妻と長時間にわたって話をしました。かつて高校の教員時代の同僚であり、祇園へ何度か連れていってもらったこともあり、思い出話が尽きません。気の置けない仲間との時間は、あっという間に過ぎていきました。




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2025年12月03日

本年度の変体仮名を読むNPO活動の報告

 本日、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で、来年2月と3月の予約をしてきました。使用する部屋が決まりましたので、今後の京都駅前会場の情報をまとめてお知らせします。

 2025年12月27日(土)第8講習室 14:30〜16:00
 2026年1月24日(土)第5講習室 14:30〜16:00
 2026年2月28日(土)第5演習室 14:30〜16:00
 2026年3月28日(土)第4演習室 14:30〜16:00

 今年度の刊行物は、次の『百人一首』の本でした。

『変体仮名でよむ 百人一首』(伊藤鉄也・吉村仁志 編、新典社、2025年5月)

 さて、毎週土曜日には、4会場(宇治・大阪・東京・京都)で変体仮名を読む会を開催しています。変体仮名が読める方が一人でも多くなることを願ってのNPO活動です。

 変体仮名を読む会の、これまでと、これからの日程を以下に整理します。
 日時の都合が合う時に、ご参加ください。
 資料の用意があるため、本ブログのコメント欄を使って事前に連絡をお願いします。

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【シェア型書店HONBAKO京都宇治】
 第1土曜日 HONBAKO京都宇治
   「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」
    14:00〜16:00
   2025-5/31、7/5、8/2、9/6、10/4、11/1、12/6
   2026-1/3(休会)、2/7、3/7
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【大阪府立中之島図書館】
 第2土曜日 中之島図書館
   @「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」〔入門講座〕
    13:00〜14:30
   A「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」
    15:00〜16:30
   2025-4/12(体験)、5/10、6/14、7/12、8/9、9/13、10/11、11/8、12/13
   2026-1/10、2/14、3/14
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【東京都千代田区立日比谷図書文化館】
 第3土曜日 日比谷図書文化館
   @「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」
    13:00〜14:30
   A「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」
    15:30〜17:00
    2025-4/19、5/17、6/7、6/21(体験)、7/19、8/16、9/20、10/18、11/29、12/20
    2026/1/17、2/21、3/21
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【キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)】
 第4土曜日 キャンパスプラザ京都
   「相愛大学本『源氏物語 帚木』を変体仮名で読む」
    14:30〜16:00
   2025-4/26、5/24、6/28、7/26、8/23、9/27、10/25、11/22、12/27
   2026-1/24、2/28、3/28
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 毎回、終了後にその日の活動の報告を「たつみのいほり より」(http://genjiito.sblo.jp/)に掲載しています。予習、復習に利用していただいています。欠席なさった時にもお役に立つかと思います。
 また、遠隔地の方で参加できない方など、国内外の多くの方がこのブログで勉強しておられます。
 今日も、ブログの1日のアクセス数が、すでに25,000アクセスを越えています。
 身が引き締まります。
 今後とも、変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いします。




posted by genjiito at 23:47| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年12月02日

[その2]宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(第7回)のご案内

 本日の京都新聞の山城版「まちかど[宇治]」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の案内記事を掲載していただきました。

251202_新聞NPO.jpg

 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 宇治の地で、宇治十帖の初巻である第45帖「橋姫」に書かれた、鎌倉時代の文字を読み進めています。
 扱う古写本は、相愛大学の春曙文庫が所蔵する『源氏物語 「橋姫」』(断簡)です。
 写本の画像は、国文学研究資料館の国書データベースで公開中のものを使います。

 開催日時は、毎月第1土曜日の午後2時〜4時
 会場は、シェア型書店HONBAKO京都宇治の2階にあるシェアスペース
 今後の日程は、次の通りです。

 2026/1/3(休会)、2/7、3/7

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 『源氏物語』の内容は扱わず、仮名文字を読むことを主眼としており、毎回読み切りです。
 参加費は2,000円。
 毎回の勉強会の様子は、この[たつみのいほりより](http://genjiito.sblo.jp/)に報告しています。先月の活動内容は、以下のサイトから確認できます。
「宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(6)」
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、JR宇治駅から歩いて3分(京都府宇治市宇治宇文字2-38)、宇治警察署の裏側。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。
 お知り合いの方へのご紹介も、よろしくお願いします。




posted by genjiito at 23:30| Comment(0) | ◎NPO活動

[その1]集会所でミニらいとモルックを楽しむ

 ラジオ体操は、今日も第2でした。しかし、少し慣れてきたこともあり、あまり戸惑わずに手足を動かすことが出来ました。

 次は、ミニらいとモルックという、これまでやって来たモルックのスモール版というべきゲームをしました。日本で開発されたゲームだそうです。すべてが小さいサイズの、日本の木材で出来たものを使います。
 ​ミニらいとモルック協会のホームページから画像を引きます。

251202_ミニライトモルック.jpg

 ミニチュア版なので簡単なのかと思いきや、意外と難しいのです。まず、投げる細長い棒のスキットルが、軽くて小さいためにマットレスの上を飛び跳ねて、あらぬ方向に行くのです。とにかく、不思議な動きをします。おもしろいようにピンを避けて飛び跳ねるため、1本も倒れないことが何回もありました。そのことを見越してか、3回連続で0点が続くと負け、というルールが適用されます。
 一投で12本のピンすべてを倒した方が、MVP となられました。
 投げたスキットルが飛び跳ねて予測できない動きをするために、正式なモルックよりもかえって難しく、その分だけおもしろいゲームだったと思います。これは、室内でウレタンなどのシートの上で楽しむからこそ、こうした不規則な動きに笑いを誘うゲームになっています。
 こうしたさまざまなゲームをしながら、みなさんでワイワイガヤガヤと親交を深めています。

 一般社団法人mini light Molkky協会のホームページを見ると、次の説明文が冒頭に記されています。

 体格・年齢・障害など関係なくみんなで対等にに楽しめるスポーツゲームはないかな?
 認知症予防・介護予防に毎日取り組める楽しいゲーム性のある運動はできないかな?
 そんなお悩みが解決できるスポーツゲームが日本で生まれました!
​ それが・・・ミニらいとモルックです

 なお、ミニらいとモルックはニヨ活(認知症 (ニ) 予防 (ヨ) 活動 (活) )推奨商品となっていることを知りました。ニヨ活とは、一般社団法人認知症予防コンソーシアムが運営している認知症予防活動のことだそうです。「認知症で人生をあきらめる人をゼロにしたい」という想いで、認知症の予防と共生の両輪の必要性を広げる活動をしておられるようです。
 いろいろな組織があり、いろいろなゲームが、いろいろな用途で考えられていることを知り、今後の活動支援に役立つ知識が増えていくことを実感しています。




posted by genjiito at 18:40| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月01日

私の歯科医療に関する文章は脅迫文だそうです

 これまでにも何度か取り上げた、現在困っている歯科医療について、新たな動きがあったので報告します。

 私から書面で、A歯科医院の院長に治療の問題点についての「インフォームドコンセント」に基づく説明を求めたことに端を発して、何も回答がないままに1ヶ月が過ぎました。
 その書面というのは、以下の2つの記事に引用していますので、まずは問題点の始発点を明らかにしておきます。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、 http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置ろについて考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

 歯の治療が本年10月23日から1ヶ月以上も放置されているので、何とか事態の打開を図りたいとの思いから、本日のA歯科医院における診察が始まった頃合いを見計らって、私から電話をしました。すると、院長と話をしている途中で、私の歯の治療は「もうしない」と宣告されました。何度も確認したのは、以下の言葉です。

 「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。

 これが、お仲間や関係者や大学病院とも相談をして出した、院長の結論だそうです。この結論を出されるのに、10月23日から起算して1ヶ月以上もかかったことになります。その間、私のことは放ったらかしだったことに関しては、お尋ねしても返答はありませんでした。
 私は、やりかけの治療を他の歯医者さんでやってもらうわけにもいかず、じっと1ヶ月もの間、この院長からの回答を待っていたことになります。そして今日、私から電話をしなければ、さらにずっと無視され続けていたのです。私の治療をしないのであれば、もっと早く言ってもらえたら動きようもあったのに、と言うと、私に電話をしたので連絡を待っていた、とおっしゃいます。
 それは、「宇治徳洲会病院とHONBAKO京都宇治と宇治市総合福祉会館へ」(2025年11月27日、http://genjiito.sblo.jp/article/191555537.html)の最後に次のような補足説明を私が本ブログに書いたことをおっしゃっているようです。

1つだけ報告があります。それは、私の書面を院長が読まれているかどうか、ということに関して18日に歯医者さんに確認の電話をした後に、夕刻に院長から私の携帯に電話がありました。ただし、私が登録しているA歯科医院の電話番号ではなかったので、迷惑電話として留守電に入っていたことを、翌日の19日に、書面を受け付けに手渡ししてから後で気付きました。その伝言は、以下のものでした。私は常に事実を記すことにしているので、この件も追加情報としてここに報告します。

「もしもし、A歯科医院の院長のAですけれども、先ほどお電話いただいたようなので、折り返し電話をさせていただいたんですけれども、もしもし、今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。」
 そして、この後に何も連絡も回答もないことが続いているのです。

 院長はすでに電話をしたので、私からの折り返しの電話を待っていた、とおっしゃいます。しかし、上記の文面に引用している留守番電話にあることばでは、私に折り返しの電話を求めているものではなく、今日はそちらに出勤して対応できないのでまた後で具体的な内容の電話をする、という、いわば無視はしていないという口実を作るための電話だった、と思われます。それは、その日の午前中に私がA歯科医院に電話をし、先生に書面を渡してもらえたか、ということと、先生はそれを読まれたか、という確認の電話をしていたので、仕方なしに先生は私にアリバイとなる電話をなさったのだろう、と思っています。
 その後、今日までの2週間というもの、院長からの電話はありません。

 上記の「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という、治療拒否の口実も矛盾点が噴出します。しかし、そのようなことを言われる書面を渡した私の文章にも、配慮が足りない部分があったかもしれません。医者と患者では、あまりにも立ち位置が違うので、もっと別の対処や言葉遣いがあったとしたら、その点は申し訳ないと思います。

 こうしたことを言い出したら切りがないので、A院長の矛盾する点をほんの1例だけ提示します。
 下の歯に関して、本年2月に明らかに不具合が多いものを作り、それを作り直した3月にも私には不適合なものだったのに、3つ目は半年後でないと着手できない、と言われていたことです。これでいくと、9月には着手すべきなのに、何の動きもなく今に至っています。8月に下の歯の対処をお願いしたのに、下ではなくて上の歯の治療に取りかかられました。
 私の文書が脅迫文だとおっしゃるその文書は、10月29日と11月19日に渡したものです。明らかに2ヶ月も時間軸が前後することなので、9月に着手しなかったことの理由としては、苦しい弁解というか道理に合わない詭弁です。

 私の治療はしないと、院長が直接おっしゃるのですから、これでご縁も切れたことでもあり、不当な医療放棄という問題はこれ以上は言わないことにします。
 ただ1点だけ、最後の確認です。確認ばかりしていて申し訳ありません。
 私から念のための確認として、「脅迫とおっしゃいますが、私がなにか事実と異なることを書いていましたか?」と問うと、社会通念とか書面での回答とかいろいろな方と相談して、そして医者と患者の違い、という曖昧なことで濁しておられました。私が何か事実誤認をしているのか気になるものの、これ以上のやりとりは不毛だと思い、最後にまた「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という院長の言葉の念押しの確認をして、「わかりました」と言って電話を切りました。

 さて、私は今年の4月以来、ずっと忍耐強く待たされていたことの縛りがなくなったので、そのすぐ後に、あらためて別の歯医者さんに連絡をして、心機一転あらたに診察を受けることにしました。
 ちなみに、先週の11月27日に弁護士さんとの無料法律相談の折にいただいたアドバイスにより、セカンドオピニオンを受けるためにある別の歯科へ行きました。その際、別の歯科で問題となっていることの説明に、A院長のことを記したブログに書いた文章を印刷して持参しました。もちろん、具体的な固有名詞はすべて記号化したものです。しかし、そのセカンドオピニオンを受けるために行った歯科の院長はそれを開封もせず、さらには私の口の中を見ることもなく、診察台に横になってセカンドオピニオンを受ける態勢で待つ私に、冒頭から「あなたのことは引き受けられない」、とはっきりとおっしゃいました。誠実な先生と伺っていたのに、煩わしさを背負い込みたくないとの判断からか、診察を断わられました。それでは、セカンドオピニオンが受けられる歯医者さんはありますか、と尋ねると、自分で探してもらうしかない、とのことでした。
 初対面にもかかわらず、あまりにも突き放した言い方だったので、なぜあのような冷たい対応をなさったのか不可解です。あらかじめ書かされた問診票には、妻がここで診察を受けていることを書きました。既往歴や服用している薬や生活習慣などの問いにも答えました。あの問診票は、セカンドオピニオンを受けるのに必要なものだったのでしょうか。そして、時間をかけて書いた問診票は、その後どうなったのでしょうか。個人的なことを書いているので返してほしい、と言うこともできずに惨めな思いで帰って来ました。
 とにかく門前払いだったので、何も聞いてもらえなかったことが、今も残念な思いでいます。

 さて、今日の初診となるTH歯科には書面は持参せず、自分の口で説明しようと決めて行きました。内心、また診療を拒否されるのでは、と危惧しながらも、まずは直面している困り事の相談を聞いてほしい、と先生に言いました。すると、とにかく口の中を見ないことには、ということで診察台に横たわりました。そして、口の中を見ながら首を捻っておられたので、別の歯科でどのような経緯があってここに来たのかを、具体的にお話をしました。先生は聞き上手だったことに加えて、今後の対処についての詳しい説明もわかりやすかったので、問われることに対してお任せします、ということで進みました。
 前の歯科で放置されていることの専門家としての見立てや、その先生はこれからどうしようとしておられたのかなど、専門的な観点からの説明は患者の立場の私でもわかりやすいものでした。多分に、前の歯科医院の院長を擁護するような内容や説明だったのは、同業者としての思いやりからだったと思われます。わかりやすい話だったので、納得しました。

 私は、人との出会いには恵まれていて、多くの方々に助けられて今に至っています。頑固で癖が強い、といつも妻に言われています。しかし、身の回りの方々には、心優しくお付き合いしていただいています。人間関係では、幸運な道のりを歩んで来ていると思っています。

 ただし、1点だけ、歯医者さんとの出会いはあまりよくありません。歯医者さんに関しては、東京でのとんでもない歯医者さんに振り回された経験があり、妻も私と同じように苦労をして来ました。しかし今回は、いい出会いの歯医者さんに診てもらえそうなので、モヤモヤしていた時でもあり、少し気持ちが落ち着いています。
 このTH歯科を紹介してくださったNさん、いつもお気遣いをいただきありがとうございます。




posted by genjiito at 23:39| Comment(0) | *身辺雑記

2025年11月30日

江戸漫歩(181)結婚式を挙げた六本木から東京タワーへと歩く

 地下鉄南北線の六本木一丁目駅を出ると、すぐ角に全特六本木ビルがあります。ここに、我々が50年前に結婚式を挙げた全特会館(全国特定郵便局長会館)がありました。道を隔てた向かいには、サウジアラビア王国大使館があります。

251130_全特会館.jpg

 この高層ビル群の間から、東京タワーが見えます。

251130_隙間から東京タワー.jpg

 この地に関しては、11年前の12月に来た時のブログに報告を記したので、よろしければご笑覧ください。

「江戸漫歩(93)六本木・東京タワー・芝公園へ紅葉狩り」

 そこから東京タワーに向かって歩くと、途中の麻布台ヒルズが賑やかです。何だろうと思って入ると、子供連れの若者たちが小さなブースに並んでいます。海外でのクリスマスマーケットを模したイベントのようです。

251130_麻布台マーケット.jpg

 この雰囲気にはそぐわない我らも、若者ぶって窓越しに食べ物と飲み物を受け取りました。
 選んだのは、イギリスのお店のフィッシュ&チップス。今から25年前の銀婚旅行では、妻と2人でイギリスを、レンタカーで走り回りました。そのことを思い出しての選択です。
 25年前の夏。ロンドン大学の前のホテル・ラッセルに泊まり、イギリスの旅が始まりました。ホテル・ラッセルは、アーサー・ウェイリーが『源氏物語』を英訳した時の滞在ホテルです。ここは、それまでにも私がよく泊まったホテルです。その横にあったレンタカー屋さんで借りた車が、何とベンツ。そのベンツで、オックスフォードやストーンヘンジからコッツウォールズ一帯を泊まり歩いたのです。宿の予約などはないままに車を走らせ、夕方になって着いたあたりでB&Bを探す、という気儘な旅でした。日本語しかできない私でも、定型文句で旅はできました。

 ヨークで留学中の娘の部屋に泊めてもらい、勝手知ったるケンブリッジを散策するなど、当時のことは妻共々、今でも脳裏に刻み込まれています。その頃の話をしながら、今日は金婚記念にと思い出のフィッシュ&チップスを一緒につまみました。ケンブリッジでのフィッシュ&チップスは、もっと安い値段でポテトが5倍はありました。

251130_フィッシュ&チップス.jpg


 東京タワーに登った記憶はありません。京都タワーもそうです。これは、見上げることに価値がある、と思っています。

 JR竹芝 水素シャトルバスが無料の送迎バスとして東京駅まで走っていたので、これ幸いと記念試乗をしました。

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 左端にいる妻が持っている、青いプチプチに包まれた大きな荷物は、昨日の日比谷図書文化館で受講生のみなさまに見ていただいた『探幽筆三十六歌仙』を頑丈に梱包したものです。美術搬送にすると費用が高額になるので、こうして手に下げて東海道五十三次を往復しました。

 パリから日本に戻ってきた狩野派の手になる歌仙絵の下絵として描かれた36人の歌人たちも、江戸見物に連れ回されるとは思いもしなかったことでしょう。私の手元にある『探幽筆三十六歌仙』は、京狩野ではなくて江戸狩野の作業現場で実際に使われていた粉本(下絵)だと思われます。まさに里帰りということになります。
 昨日は、日本橋馬喰町に宿を取っていました。木挽町にあった狩野画塾は、どちらも東京都中央区にあるとはいえ、地理的には少し離れています。絵画史に疎い素人の話として聞き流してください。
 なお、かつて銀座周辺にあった狩野画塾は、明治時代になってから狩野芳崖や橋本雅邦を最後に姿を消します。その頃に、その作業現場で使われていた『探幽筆三十六歌仙』は、フランスに渡ったと思っています。これまた、根拠のない私の想像に過ぎませんが……

 さて、東京タワー前から東京駅までの水素シャトルバスは、気持ちがいいほどにノンストップでした。乗り心地も快適だったので、貴重な体験となりました。

251130_シャトルバス2.jpg


 東京駅の丸の内側に着いたので、あたりの秋の気配を写し留めました。
 正面奥が皇居です。その左側に、日比谷公園や千代田区立日比谷図書文化館があります。日比谷図書文化館での毎月1回の源氏講座は、今年で13年目に入っています。気長に、『源氏物語』の古写本に書き写された変体仮名を読み解いています。東京通いも、まだしばらく続きそうです。

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posted by genjiito at 20:57| Comment(0) | ・江戸漫歩

2025年11月29日

日比谷で「須磨」(30)と『百人一首』(7)を読む

 東京に着くと、いつものようにまずは有楽町に出ます。お昼ご飯は、駅前のビックカメラの中にあるスシローで腹ごしらえをします。その日に合わせて食べる量を調節できるので、消化管を持たない私は重宝しています。最近は、デザートが充実してきました。

 ビルを出ると、東京国際フォーラムの広場で「大江戸骨董市」をやっていました。400もの店舗が出店しているそうです。東京駅の近くまで延びていました。大半が海外からの観光客のようです。ざっと見たところ、弘法市や天神市よりも相当高目の値札が付いていました。

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 日比谷公園に入ると、「魚ジャパンフェス 2025 in 日比谷公園」をやっていました。全国各地の新鮮な魚介を使った料理が集結する、日本最大級の魚食イベントでした。

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 最近私は、お寿司よりも海鮮ものに興味が移っているので、大いに期待して見て廻りました。しかし、その値段が我が家の予算の2倍から3倍だったので、このイベントは無縁のものだと諦め、早々に日比谷図書文化館に入りました。

 入口では、いつもの掲示があります。

251129_掲示板.jpg

 まずは、「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」からです。
 今日は、先日も中之島図書館の講座で見てもらった『探幽筆三十六歌仙』を12枚ほど持参したので、テーブルに拡げ、その概略をお話しました。これは、国宝『源氏物語絵巻』の「鈴虫(1)」(五島美術館蔵)の画面を赤外線写真で調査したところ、彩色の下から文字が出て来たことに関連して、絵に書かれた指示書きというもののお話につなげるものです。
 実際に『探幽筆三十六歌仙』(架蔵粉本、一部数枚)を手に取っていただき、実感実証の体験をしていただきました。私がコンピュータグラフィックを駆使して描いた歌仙絵も見てもらいました。また、30年前に仲間と刊行した『パソコン国語国文学』(啓文社、平成7・1995年1月)を紹介し、その中に収録した「画像としての小野小町」(第4章、伊藤鉄也、添付フロッピーディスクに画像収録)についても話しました。

 次は、前回先送りにした「天」と「弖」について、その識別のポイントを説明しました。併せて、「介」と「个」の識別方法についても説明しました。

 ハーバード大学蔵『源氏物語 須磨』の「変体仮名翻字版」の翻字確認については、55丁表5行目から56丁裏まで、用意した資料のすべてを終えました。以下に、この部分の翻字をあげます。

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堂ゝあま尓毛/(堂堂)・なり奈ん・う三の・そこ尓
毛・いり奈んとそ・【思】ひける・ちゝ【君】/(ちち【君】)・【所】世く・
【思】ひ可し徒きて・とし尓・ふ多ゝひ/(ふ多多ひ)・す三よ
し尓・まうてさせ介り・【神】乃・【御】志る
志を・とく【見】者やとそ・於もひける・【251129_ココカラ】→[31]す満尓八・
としなと・可へりて・【日】・な可く・徒れ/\なる
尓/(徒れ徒れなる尓)・うゑし・王可き乃・さくらの・本の可尓・さ
きそめ・そらの・うらゝ可なる尓/(うらら可なる尓)・よろ川
乃・こと・於ほしいてゝ/(於ほしいてて)・うち奈き・堂満ふ・於里・
於ほ可り・【二月】・【廿】よ【日】尓・なりて・い尓し/(55オ)
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とし・【京】を・王可れし・【程】・【心】くるし介奈
里し・【人】/\乃/(【人人】乃)・【御】あ里さ満なと・いと・【恋】
しく・【南殿】乃・さくら八・さ可り尓・なり
ぬらん・ひとゝ勢乃/(ひとと勢乃)・【花】の・えむ尓・【院】能・
【御】介しき・【内】の・うへ乃・いと・きよらに・奈
満免きて・【我】可・川くれる・【句】を・春ん
しなとし・【給】ひし【御】あ里佐ま奈と・【思】い
てきこゑ・【給】・
「い徒と・那く・【大宮人】の・【恋】しき尓・
佐くら・可さしゝ/(可さしし)・介ふ毛・きに介り」・[32]いと/(55ウ)
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徒れ/\なる尓・可の於ほとのゝ/(於ほとのの)・【三位中将】八
【今】八・【宰相】尓・なりて・【人】可ら乃・いと・よ介れ
八・【時】よの・於ほえ・いと・於毛くて・【物】志・【給】へと・よ
乃【中】・あ者れ尓・あちき奈く・毛のゝ/(毛のの)・を
里ことに・こひしく・於ほえ・【給】へ八・こと乃・き
こゑ・あ里て・徒三に・あ多るとも・い可ゝは/(い可可は)・
勢んと・於ほし奈して・尓は可尓・まうて・
【給】へ里・うち三るより・め川らしく・うれ
しきに毛・ひと川・奈三多なら須そ・こ本
れる・すまい・【給】へる・さ満・い者ん可多奈く/く〈次頁〉、(56オ)
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可ら免い多り・【所】乃・さ満・あ多り・ゑ尓・可き
堂らん・やうなる尓・堂け・あ免る・可き・
志王多して・いしの・はし・【松】の・者しら・
をろそ可なる毛乃可ら・めつら可尓・を可し・
【山】可川めきて・ゆるしいろの・き可ちなる・
あを尓ひ乃・可里きぬ・さしぬき・うち
や徒れ弖・こと佐ら尓・ゐ【中】ひ・毛て奈
し・【給】へるし毛・い三しうみる尓・ゑ万れ・
きよらなり・とり川可ひ・【給】へる・てうとも・
堂ゝ/(堂堂)・可里そ免尓・うちして・於満し【所】なと毛/な〈次頁〉、(56ウ)
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 1時間の休憩時間を置いて、次は「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」という2つ目の講座になります。

 この時間は、『変体仮名でよむ 百人一首』(伊藤鉄也・吉村仁志 編、新典社、2025年5月)をテキストにして進んでいるものなので、今日はカルタの人物画がどのような性格のもので、どのようにして描かれたものであるのかということを、『探幽筆三十六歌仙』の実見を通して体験してもらいました。『探幽筆三十六歌仙』は画家の工房から出た資料なので、なかなか見られるものではありません。実際に見てもらい、その紙面などの実状をお話しました。
 直前の講座にも出席しておられた方も数人いらっしゃるので、その時よりも詳しい説明をプリントに沿ってしました。
 お話の内容は、「八人会蔵『探幽筆 三拾六哥仙』について」(『大阪明浄女子短期大学紀要 第8号』1994.3.10)(https://genjiito.sakura.ne.jp/t_ito/HTML/R2.3_ronkou/R2.3.1_MJ08kasen.html)に書いたことの要点をプリントにまとめて提示したので、相当詳しく歌仙絵の説明をしたことになります。興味を持ってくださった方が多かったようなので、またいつか、さらに具体的な歌仙絵の話をしようと思っています。

 テキストである『変体仮名でよむ 百人一首』に関しては、37文屋朝康から43権中納言敦忠までの歌仙絵と和歌の説明をしました。

 つい説明に時間をとったこともあり、配布したプリントにあった、自販機に『百人一首』の絵柄が描かれたものの紹介は、まったくできませんでした。これは次回にします。

 終わってからは、今日の宿がある日本橋馬喰町に移動しました。
 連日、慌ただしい日々が続いています。インフルエンザが流行し出した時期でもあり、しっかりとマスクをして街中を歩いています。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ■講座学習

2025年11月28日

オジャミを飛ばすゲームとベランダの花たちのこと

 今日のラジオ体操も第2でした。みなさんと一緒で、私もまだ慣れません。次の動作に移る時に一瞬動きが止まり、周りの方の手足の動きを確認します。それでも最後まで身体がついて行くので、学校で教えられた動きが刷り込まれているのでしょう。
 インドの人たちは「廻れ右」がどうしても出来ませんでした。日本の学校で育った人は、だれもが出来ることです。小さい時からの教えは、貴重な体験となることを実感しています。

 さて、おもしろかったゲームのことです。
 くじ引きで2人1組の相手を決めます。そして、タオルを両方で持って引っ張り、その上にオジャミを載せ、1、2、3で前に飛ばすゲームをしました。目の前には、得点を書いた紙を貼った箱があり、そこに入った点を競います。
 私は相手の方と相談をして、真上に投げ上げて放物線を描くやり方にチャレンジしました。惜しいところに落ちるだけで、1つも入りません。2巡目には、真っ直ぐ横に飛ばしました。それでも、1つも入りません。簡単なゲームほど、意外と思いに任せることが難しく、悪戦苦闘を強いられます。そこが楽しく、おもしろいのです。

 久しぶりに、ベランダで妻が大切に育てている花たちの様子を写しました。
 今はこんな感じです、という報告です。

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 この花のほとんどは、毎日お仏壇にお供えする仏花でもあります。一昨日、永平寺からいただいてきた仏壇用の小さなお茶碗に、湯気の立つお茶を入れているので、お花とお茶がセットで並んでいます。年末を控え、賑やかなお仏壇です。


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posted by genjiito at 21:06| Comment(0) | *福祉介護

2025年11月27日

宇治徳洲会病院とHONBAKO京都宇治と宇治市総合福祉会館へ

 慌ただしく宇治市の3箇所を飛び廻る1日でした。
 まず、宇治徳洲会病院へ行くために送迎バスを待っていたら、やってきたマイクロバスの運転手さんが、申し訳ないけれど今日は満員で乗れない、とのことでした。仕方がないので、歩いて病院へ行くことにしました。25分のウォーキングです。

 いつもの先生がお休みだったため、代診の先生の診察を2階で受けました。前回同様、早く診てもらえました。付き添いの私も、診察室で先生の質問に答えました。妻が背中に貼っているリバスチグミンテープのことは、まったくご存知ではないようでした。痒み止めの塗り薬がなくなるところです、と説明すると、それはこちらにはない薬なので京大病院でもらってほしい、とのことでした。この種類の点滴治療を、この病院ではほとんどしないためなのかな、と思いました。

 次は、1階の観察室でレカネマブ(レケンビ)の点滴を受けます。今日は前回と違って患者さんが少なかったので、ベッドはガラガラでした。私は、点滴が始まってから大部屋に入り、ベッドの横で読書と書類の確認をしていました。時々、前回と違って今日は静かでいいね、と妻とのんびり会話をする1時間でした。前回は、生きる死ぬの渦中に置かれたり、呻く方の横だったので、点滴を受けていても心が静まらない状況下だったのです。

 点滴が終わるとコンビニで食料を買い、カフェで飲み物をいただいて簡単なお昼ご飯です。この、お昼ご飯を食べるタイミングが難しいのです。
 帰ろうとした時、病院の南側に定食屋さんが半年前にオープンしていたことを知りました。まったく気付きませんでした。これから1年間は月に2回はこの病院に通うので、ここでの昼食も予定に入れましょう。

 病院から宇治市街に出て、JR宇治駅の前のシェア型書店HONBAKO京都宇治に立ち寄りました。ここは、私が毎月第1土曜日に、『源氏物語』の変体仮名を読む勉強会をしているところです。本が充実し、来店者も多かったので嬉しくなりました。新たに1冊、『めざせ110歳! 支え合い繋がりあって元気もりもり』(細井恵美子、文芸社、2020年6月)という本をいただきました。集会所で会う100歳のTさんのことをもっと知るために、読んでおこうと思った本です。読み終わったら、読書雑記に取り上げましょう。
 妻が、ここのスペースをお借りして、布製のブックカバー、バッグ、ブックポーチの手作り品を並べ、販売もすることになりました。収益は、さまざまなボランティア活動に生かされます。開催日は12月6日(土)、2月7日(土)の2日間です。どんなものが並びますか、お楽しみに。興味のある方は、お立ち寄りください。

 そこから歩いてすぐの、宇治市総合福祉会館へ行きました。過日、宇治市消費者相談センターに、近くの歯医者さんに私の歯の治療が放置されたままになっていることについて相談をしたところ、ここで開催される無料の法律相談を受けたら、ということで予約を入れていただいたので来ました。
 20分間という枠ながら、担当の弁護士さんから有益な情報をいただきました。今後の対応の参考になります。ありがとうございました。
 なお、くだんの歯医者さんには、10月29日に治療に関する私の質問の前半を記した書面を手渡しし、11月19日に後半を記した2通目の書面を渡しました。その日の本ブログで、その書面は公開した通りです。
 それから今日でほぼ1ヶ月が経ちます。歯医者さんからはいかなる回答も連絡もなく、無視を決め込んでおられます。無視をして逃げられるはずはないので、この音信不通の状態が1ヶ月も続いていることが理解できません。4箇所の治療は、中断や放置したままです。この歯科医院の院長の対応に、私は理解に苦しんでいます。
 ただし、1つだけ報告があります。それは、私の書面を院長が読まれているかどうか、ということに関して18日に歯医者さんに確認の電話をした後に、夕刻に院長から私の携帯に電話がありました。ただし、私が登録しているA歯科医院の電話番号ではなかったので、迷惑電話として留守電に入っていたことを、翌日の19日に、書面を受け付けに手渡ししてから後で気付きました。その伝言は、以下のものでした。私は常に事実を記すことにしているので、この件も追加情報としてここに報告します。
「もしもし、A歯科医院の院長のAですけれども、先ほどお電話いただいたようなので、折り返し電話をさせていただいたんですけれども、もしもし、今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。」
 そして、この後に何も連絡も回答もないことが続いているのです。

 会館を出ると、小雨が降り出したところでした。小走りに道を隔てたバス停へと急ぎ、立命館宇治中学・高校前経由で近鉄大久保駅に行きました。ここには、先日来たワークマンやくら寿司や源氏の湯などがあります。しかし、すでに暗くなっていたので、駅前で揚げたてのコロッケをいただいて帰りました。小腹が空いた時に、こうしたコロッケやフライドポテトは、1日6回食の私にとっては最適なエネルギー補給となるのです。




posted by genjiito at 22:26| Comment(0) | *身辺雑記

2025年11月26日

雷雨に打たれながら一晩で温泉に5回入る

 芦原温泉は「弱アルカリ性」のさっぱりとしたお湯でした。リラックス効果が期待できます。
 折々にさまざまな泉質の温泉につかるのは、日本を旅する楽しみです。
 それにしても、雷鳴を頭上に聞きながら露天風呂に入ったのは初めてです。

 昨日は宿につくやいなや、取る物もとりあえず温泉に入りました。そして、食後に一風呂、寝る前にまた一風呂。この時は、ちょうど真夜中の午前零時直前だったので、風炉じまいの準備をなさっている時でした。
 今朝は、起き抜けに入り、さらに食後に入りました。
 一晩に5回も入ったことになります。いろいろな疾患を抱える身なので、いつも温泉地ではこんな調子で修業の一環として入っています。

 この前、この芦原温泉に来たのは15年も前のことになります。
 西国三十三所の満願の寺である華厳寺にお参りした翌日、2010年11月07日でした。今回は、6巡目で後2つを残すお軸と、始めたばかりの7巡目のお軸があります。しかし、その西国札所巡りの2本のお軸は持って来ていません。手元にある集印軸に、総本山である別格寺院の印を捺す場所がないのです。このことは、前回の永平寺に来た時の記事に、次のように書いた通りです。

 今回の西国三十三所の巡拝では、お軸に御詠歌を書いてもらっていました。しかし、どうしたことかスペースがいっぱいになっていて、永平寺の印を書いてもらう場所がありません。受付でそのことを相談しました。
 お二人のお坊さんが対応してくださいました。お軸を広げて見てもらいました。
 結局、もう一つ番外の印を書く空欄がない軸なので、今回は大本山永平寺の印はなしで、このままにしておくことになりました。表装が終わったら、箱書きに永平寺での結願のことを記すつもりです。(「西国三十三所(37)大本山永平寺で結願に」2010年11月07日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934944.html

 その時のお軸は、こんな表装で仕上がり、今も仏事の時には仏壇の横に掛けています。

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 昨夜の芦原温泉では、雷と豪雨に見舞われました。今朝も、送迎バスで新幹線の芦原温泉駅に行くまでは降っていました。しかし、駅に着く頃には晴れていたので、気持ちよく京都に向かいました。

 京都では、永平寺で買った、秋田で今週末に行われる法事のお供えを、駅前の郵便局本局から送りました。永平寺の名前が入ったお菓子と和蝋燭の2つのお供えを、レターパックプラスに入れました。宅急便にしようと思っていたら、姉が600円のレターパックプラスを勧めてくれたのです。郵便はまじめに配達されないと思い込んでいるので、配送の選択肢に入っていなかったのです。秋田での法事は、月末の30日です。今日から5日もあるので、いくらなんでも間に合うことでしょう。




posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | ・ブラリと