2018年01月17日

科研(A)「海外における平安文学」の第10回研究会のご案内

 2017年4月に、科研・基盤研究(A)で新たに採択された「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(研究代表者・伊藤鉄也、課題番号:17H00912)における第2回目(通算第10回)の研究会を、以下の通り東京で開催します。

 広く公開していますので、興味と関心をお持ちの方の参加を歓迎します。
 懇親会だけの参加でも構いません。
 なお、参加を希望なさる方は、準備の都合上、前日夜までにはこのブログのコメント欄を利用して連絡をいただけると幸いです。


2017年度 伊藤科研 第10回研究会

日時:2018年1月20日(土)14:30〜18:00(開場:14:00)

場所:水道橋駅前ホール
(東京都千代田区三崎町2-9-5 水道橋TJビル 2F 202号室)

海外における平安文学


・挨拶(伊藤鉄也) 14:30~14:35
・自己紹介 14:35~14:50
・報告「2017年4月〜12月までの研究報告」(淺川槙子) 14:50~15:00
・報告「2018年度の研究計画」(池野陽香) 15:00~15:10
・研究発表「インドにおける『源氏物語』の読みのパラダイム:ウルドゥー語の翻訳を通して@」(モハンマド・モインウッディン) 15:10~15:40
・研究発表「中国における世界文学としての『源氏物語』−中国語訳の序を通じて−」(庄婕淳) 15:40~16:10
・休憩(10分) 16:10~16:20
・研究紹介「「翻訳論」の意味を考える」(谷口裕久) 16:20~16:30
・研究紹介「『今昔物語』に現れたインドのイメージ」(佐久間留理子) 16:30~16:40
・研究発表「翻訳書籍の展示報告」(池野陽香) 16:40~16:55
・研究発表「『源氏物語』ベトナム語訳し戻し」(松口果歩・松口莉歩) 16:55~17:15
・研究発表「橋本本における『は』と『ば』」(門宗一郎・田中良) 17:15~17:25
・ディスカッション 17:25~17:50
・連絡事項 17:50~17:55

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懇親会【膳菜や 水道橋店】
所在地:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-2鶴屋ビルB1
電話番号:050-3462-1443
アクセス:水道橋駅東口から徒歩2分。研究会会場(水道橋駅前ホール)からすぐ
URL:https://r.gnavi.co.jp/g299403/
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2018年01月16日

読書雑記(219)永井和子編著『日なたと日かげ』

 永井和子先生が折々にお書きになった、研究者としての日々のほとばしりや心優しい随想が、このたび『日なたと日かげ 永井和子随想集』(永井和子、笠間書院、2018年1月)としてまとまりました。装幀もさわやかです。

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 一般に手にし易い本や雑誌にお書きになったものは、私もいろいろと拝読していました。しかし、幅広く活躍なさっている先生のことなので、本書で初めて読んだものの方が多いのです。文学が、人間が、社会が、さまざまな角度で姿を見せます。それらを、ひとところに集めて編んでくださったのですから、ありがたい本となっています。

 巻頭の〈「老い」と「日なたと日かげ」と〉は、『医歯薬桜友会会報』の第16号(2009年1月)に掲載されたものであり、本書のタイトルとも関係する文章です。原子朗氏の詩「ひかげの嘆語」を引いて、人間の生について語っておられます。その最後に記される、次の文が心に残りました。

老いを問うことは時間・生・人間を問うことである。昨今は美しい老い、豊かな老い、といった表現が多いが、ある意味でそれは人間世界の埒を出ない表現であって、本物の老いではないと思う。美しさや豊かさを喪失しつくした負の状態が老いである。その極限がおのずと人間世界の価値観に突き刺してくる異世界をこそ私は問いたい。(12頁)


 この詩の作者である原氏は、本書の「あとがき」によると、2017年7月4日に逝去されたとあります。それは、永井先生が本書を編集なさっている時のことだったそうです。

 読み終えての個人的な雑感を記すと、それはもう際限がありません。
 いくつもの話が、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第2集』(新典社、2013年)の巻頭に置いた、永井先生との対談「前田善子の紅梅文庫と池田亀鑑の桃園文庫」を呼び起こします。長時間お話をうかがった時のことを日記として書き残した「永井和子先生との対談余話」(2012年07月19日)も、本書を読み進む内に、いくつかの話題の隙間から思い起こされました。
 選りすぐりの58編のお話を、私は長時間通勤の合間合間に、楽しみながら読みました。

 この春から新たな出発をしようとしている若い方たちに、ぜひとも薦めたい一冊です。興味を持ったタイトルから拾い読みすると、日本古典文学を読み、わからないことに出くわしたら調べる、ということの楽しさが伝わってくるはずです。そして、人と人とのつながりの奥深さも、わかってくることでしょう。
 
 
 
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2018年01月15日

食べることに不安を覚え鼻から胃カメラ

 昨年末から、食事がなかなか喉を通りません。食欲はあります。しかし、一回の食事でいつもの半分くらいしか食べられなくなったのです。半分は残すつもりで食べています。50キロを目標としていた体重も、今は47キロ台と減りました。

 妻も日々いろいろと食事に工夫をしてくれています。少量で高カロリーで、かつ血糖値を上げない食事、ということですから、なかなか難題です。

 一食を2〜3回にわけるので、一日中何かを口にしていることになります。ただし、夏から秋口によくあった、逆流性食道炎はめっきり減りました。これについては安堵しています。

 消化管を持たない私は、こうした原因を探るのも一苦労です。2010年に胃ガンで、消化管のすべてを摘出しました。順調に回復し、2015年には完治という宣言を受けました。その後、特に変わったことはなく、日々元気に飛び回っていました。しかし、昨春からの定年退職に伴う心身の酷使からか、少しずつ疲れが出だしたようです。食が細くなったのも、もっと休めという危険信号ではないか、と思っています。

 今の体調不良の原因を知りたいとの思いから、胃カメラによる内視鏡検査をすることにしました。毎年受けてきた人間ドックも、定年を控えての多忙さから、つい見送っていました。

 京大病院では、待ち時間が長いので、今はその時間の確保すら難しい時期です。幸い、我が家の近くに内視鏡の設備を持つお医者さんがいらっしゃいました。小さな町医者でこれだけの機器を揃えておられるのですから、これはぜひとも診てもらうに限ります。これまでにも、京都に帰ってきている週末には、風邪や花粉症などでこの医院で内科の診察を受けてきました。その意味では、よく知っている、お世話になっているお医者さんです。

 今日はお昼前から、内視鏡検査でした。鼻からカメラを入れるので、口からと違って苦しみはまったくありません。また、カメラの付いた管も細くなったように思いました。麻酔などもよくなったこともあってか、身構えることもありません。先生がこの分野の専門家、ということはもちろんあります。

 モニタに映し出される自分の喉・食道・小腸などを、先生の説明を聞きながら見ていました。喉から食道を通って40センチほど入ったところから、小腸が真っ直ぐにつながっていました。接合部分の手術の痕もきれいだそうです。黄色っぽい胆汁も充分に出ているようです。
 胃がないのですから、食道から来た食べ物は、小腸と大腸でごく短時間に消化されます。食道も小腸も、赤くなっている部分はまったくありませんでした。一安心です。念のために、食道で白く盛り上がっている箇所の細胞を何箇所かピンセットのようなもので採っておられました。一応念のために、ということで細胞検査に回しておきます、とのことでした。

 こうして、先生とお話をしながら、いろいろと質問をしながら、自分の身体の中を見ていました。話をしながら、というのがすごいと思います。身体への負担はもちろん、気分的にも楽に身を任せられます。
 私は、自分の身を守るためにも、病院と親しくお付き合いしています。それだけに、医学の進歩に驚いています。ありがたいことだと感謝しています。

 今日のところは、特に異変は認められませんでした。再来週、検査結果を踏まえて診察があります。
 それにしても、食事が喉を通らない現状については、まだ対処策は見つかりません。これまで飲んでいた薬に加えて、消化を助ける漢方薬を出してくださいました。

 内臓には異変がないようです。すると、満腹中枢など神経繊維を流れる信号等が関係するのでしょうか。ストレスなども、複雑に関係するのでしょう。身体の中で目に見えない所で活躍する、良いものと悪いもののせめぎ合いが、体調にいろいろと悪さをしているのでしょうか。
 今、自分ではどうしようもないことなので、これまでのように仕事でも何でも、突っ走らないことを心掛けるように、もうしばらく様子を見ることにします。

 回遊魚の私は、どうしても立ち止まれないのです。走り回ることをやめたら、それまでのような気がします。停まる勇気がありません。なかなか悩ましいことです。
 
 
 
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2018年01月14日

雪の日に大和平群へ行き濃茶のお稽古

 今朝の京都は雪でした。お地蔵さんが寒そうです。

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 お茶のお稽古に出かける途中、北大路橋から北山方面を望みました。雪化粧です。

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 奈良では雪は降っていませんでした。降り立った元山上口駅では、多くのハイキング帰りの方に出会いました。平群のお山の奥には、千光寺という、役行者が大峯山を開く前に修行したとされる修験道の霊場があります。そこが元山上千光寺と呼ばれることから、駅名が付いたようです。ユースホテルもあります。みなさんは、千光寺から歩いて下って来られたのです。

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 さて、今日のお稽古は濃茶です。年末から始まりました。前回は、先生の言われるがままにやりました。今日は、この前はどうだったかな、と少し考えたからでしょうか。まったく前とは違う所作としか思えないほど、あれっ! そうだったのかな? こんなことをしたのかな? ということの連続でした。

 後で、先生も、一緒にお稽古をしていたお仲間からも、滑らかにできていた、とおっしゃいます。しかし、どうも不思議な感覚が残りました。お稽古を積み重ねることで、自然と身体が動くようになるのでしょう。気長に続けるしかありません。

 お菓子は奈良町元興寺近くにある樫舎の「飛梅」でした。いつも、贅沢でおいしいお茶菓子をいただいています。

 今日も、先生にたくさんの質問をし、興味深いお話をうかがいました。へぇー ということが多いので、飽きることがありません。何気なくしている挨拶も、あらためてその言葉の意味やそこに込められた心遣いがわかると、まさにおもてなしの世界であり、忖度の社会であることが実感できます。「忖度」という言葉が、あの政治的な問題で悪い意味だけで知られるようになり、使われなくなっていく風潮が残念です。辞書に書いてある以上に、相手の気持ちを思い遣る意味を持っていた言葉だと思っています。言葉に手垢がついたり、貶められて品性をなくすのは、生き物である言葉が持つどうしようもないものなのでしょうが・・・・・

 そんなこんなで、いつも何か手応えを得て帰って来ます。
 
 
 
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2018年01月13日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-第8回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で、『源氏物語』の変体仮名を読む講座を持っています。観光客で大混雑の京都から、大雪の心配をしながら新幹線で上京です。
 いつもより早めに起き、雪で新幹線が遅れないような早めの時間に京都を発ちました。
 難関の関ヶ原は、そんなに雪が降っていません。少し過ぎてから、岐阜羽島駅のずっと手前で、一面の雪景色となりました。これなら大丈夫です。

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 名古屋から東の天候は快晴です。富士山がきれいに見えました。

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 永井和子先生の近著『日なたと日かげ』(笠間書院、2018年1月)を読み終わったところです。その中で、益田鈍翁の直系の方が「ベストインターナショナル」というジュエリーのお店を、帝国ホテルにもっていらっしゃるということが書かれていました。帝国ホテルは日比谷図書文化館へ行く途中なので、立ち寄ってみました。1984年の記事に「現在」としてあることなので、まだあるのかなと思ったからです。
 ホテルの方に尋ねると、丁寧に調べてくださいました。結局、今はもうお店はなくて、いつまであったのかも確認できませんでした。五島美術館ご所蔵の国宝『源氏物語絵巻』に関係する話の一環だったので、念のために確認したのです。

 今回早く上京したのは、雪のことに加えて、もう一つありました。科研のことで、いろいろと打ち合わせをすることになったのです。日比谷図書文化館の地下のレストランで、これまで7年にわたった科研の研究員をしてもらってきた淺川さんと、大阪観光大学でその事務の一部を手伝ってくれている池野さんも同席して、今とこれからについて相談をしました。来週土曜日に、東京で研究会をします。そのことや、今年度の成果をどのようにして公開するか、などなど、多くの検討事項があります。これらは、無事にメドがたちました。淺川さんのおけげで、打ち合わせは順調に終わりました。

 今日の日比谷の講座では、変体仮名としての「て」にこだわった話に終始しました。これは、一昨日書いた内容の延長上のものです。「天」「弖」「氐」のどれを字母にするか、ということです。

 また、スクリーンに写真や画像を映し出しながら、さまざまな文字の話をしました。

 今日も、お話が1時間、写本を読むのが1時間ということになりました。

 写本を読んでいる時も、終わってからも、受講生の方々がいろいろな意見を出してくださいます。それが、私にとってもいい刺激であり、いいヒントになるのです。

 今日は、28丁裏の1行目まで読みました。次回は、2月10日。熱心な方々がお集まりの会なので、私も楽しみにして毎月通っています。
 
 
 
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2018年01月12日

高校生が出す年賀状と『拾遺集』を回覧したこと

 今日は高校で、新年最初の授業がありました。年頭の話をする中で、年賀状のことに触れました。年賀状を一通も出さなかった生徒はちょうど半数でした。逆に言えば、半数は出したのです。私は、出した生徒はもっと少ないと思って聞いたつもりでした。スマホなどのコミュニケーションツールが普及したことから、わざわざハガキを使わないと思っていたので、これは意外でした。
 この17歳の女性徒たちは、さまざまなつながりを楽しんでいる、と思ったらいいのでしょうか。これも、一つの日本文化を継承している姿だと言ってもいいのでしょうか。そして、男子たちはどうしているのでしょうか。いつか確認してみたいと思っています。

 続く日本文学史の時間には、三代集の一つである『拾遺和歌集』の複製本を回覧しました。これは、『復刻日本古典文学館〈特装版〉山岸徳平蔵 拾遺和歌集〈限定四二〇部〉』(山岸徳平 解題、日本古典文学会、ほるぷ出版、昭和五十三年三月)として刊行されたものです。

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 回すにあたり、見てほしいと言ったことは、次の8点です。

(1)桐の箱に入っていること。
(2)白い絹の布で包まれていること。
(3)少し縦長の本であること。
(4)中に古筆鑑定家の極め札が貼り付けてあること。
(5)裏表紙が金の色の紙であること。
(6)8つの束ねた紙を糸で縫ってあること。
(7)ページが左右に平らにきれいに開くこと。
(8)桐の箱の裏に小さな穴があいていること。


 みんな、興味津々で触っていました。複製とはいえ、非常に精巧な作りです。歌集というものの原本の姿を目の前にして、しかも実際に手で触ることは、文学の歴史を理解する上で大事なことだと思っています。教科書からの文字による情報だけでなく、身体で書物というものを実感することも大切だからです。これは、私が目の不自由な方々とのお付き合いの中で、自然と体得したことです。千年近くも前の短歌が、こうして紙に書かれ、糸で綴じた冊子としてまとめられていることを、直に目と指の感触を持って実見するのです。
 この次は、和歌が巻き物になっていた姿も見てもらおうと思っています。

 昨秋の授業では、平安時代に書かれた3冊の日記を回覧しました。影印本として刊行されている『和泉式部日記』(三条西家本)・『紫(式部)日記』(黒川本)・『更級日記』(御物本)です。いずれも、宮内庁書陵部ご所蔵の古写本でした。今回は、さらに豪華な装幀の本です。
 いつかどこかで、こうした和本の手触りや姿を思い出してくれたら、との思いから、こんな機会を授業の中に作っています。
 
 
 
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2018年01月11日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」

 熊取ゆうゆう大学で『源氏物語』の「若紫」を読む集まりも、今日が今年の第1回目です。参会者は7人。

 数行も進まないうちに、「て」の字母のことで立ち止まってしまいました。「天」と「弖」に加えて「氐」も検討することにしたからです。

 図書館にあった『くずし字字典』や『異体字字典』などを参考にしていると、いろいろな問題点が見つかりました。
 これまでにも、この「て」に関することは書いて来ました。「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」(2017年12月14日)
 今日も問題となったので、中間報告として記します。

 『難字・異体字典』(有賀要延、国書刊行会、平成5年12月第7刷)に、次のような例があります。「弖」と「氐」の箇所を引きます。「夷」に下線が付いた文字は初めて見ました。いずれも「て」と読む文字のようです。

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 『かな字典』(井茂圭洞、二玄社、1993年5月 四刷)には、次のような例があります。ここには、藤原定実の字を例に借ります。この字典には「て」の変体仮名として「弖」は採られていません。

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 字母の字形のどこに線引きをするのかは、実に悩ましいところです。

 ここで、「阿弖流為」(あてるい)の「弖」の意味を考えようとしたところで、もう夜となったので帰ることになりました。
 この勉強会には、地域の社会人と学部の1回生だけしかいません。丁寧に変体仮名を確認しながら見て行くので、遅々として進みません。しかし、素朴な疑問が新たな疑問を呼びます。ああでもないこうでもないと盛り上がるので、歓声が絶えません。

 帰途、研究仲間の王先生にこうした字典の資料をお見せして、漢字が持つ中国での意味を教えていただきました。
 「弖 = 互 = 氐」の3文字は、いずれも「互いに」という意味を持つ漢字だそうです。
 「弖」は「互」と同じく「hu」と読みます。「氐」は「di」と読み、始皇帝の頃の中国の少数民族の名前でもあり、星の名前でもあるようです。
 「夷」に下線が付いた文字は、野蛮とか他民族の意味を持つ漢字だとのことです。
 もっとも、これらのことは車中でいただいた教示なので、あらためて帰ってから調べて教えてくださることになりました。

 こうした断片的なことをつなげて、「て」の字母が持つ背景に初学者と立ち向かおうとしています。
 まだ彷徨っている状況にあります。それぞれの分野の専門家からのご教示を、心待ちにしています。
 
 
 
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2018年01月10日

読書雑記(218)白川紺子『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』

『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2016年7月)を読みました。シリーズ第4作です。

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■「星の花をあなたに」
 登場人物たちが考え、そして、自分の思いを語っています。その背景に、ファッションや草花が鏤められています。丁寧な語り口に惹かれます。
 ただし、ゆったりとした流れに、つい読み飛ばした部分があります。この作者の語りは、読む場所と時を考えて、のんびりと読み進むのがいいようです。作品は上質です。しかし、それを読もうとする私が慌ただしすぎました。『万葉集』を謎解きに使った、古典的な和歌の世界を持ち込んでいます。機会があれば、次はゆったりと読みましょう。【4】


■「稲妻と金平糖」
 鹿乃が生まれた野々宮家は、明治までは陰陽道が家職で拝み屋だったそうです。これは、別の作品に展開していく芽でもあります。
 後半で、やっと人の情が語られます。これまでとは違う文章になっています。突然のように、作者は新しい表現方法を手に入れたようです。前作でやや文章に張りがなくなっていたので、これは今後につながるいい傾向です。
なお、賀茂の丹塗りの矢の伝説は、作中に生かしきれていません。そのために、話題となった雷の帯の話が死んでいます。せっかくいいネタを揃えたのに、もったいないことでした。【3】


■「神無月のマイ・フェア・レディ」
 人間関係が少し複雑になってきます。帯の謎を追いかけていくうちに、慧の親をめぐり、さまざまなことがわかりかけてきました。人のつながりが、思いやりを持って語られます。慧が母親について思い返す場面の点綴は巧みです。そして、慧と鹿乃の距離も接近します。さらにその間に、春野が割り込んできます。ますますおもしろくなっていきます。人間が描けていることで、読み物の領域を出て、小説として成り立っています。【4】


■「兎のおつかい」
 天皇の即位式の後の頃の話だとあります。大正時代ではなくて、昭和の時代でしょうか。とすると、新築されたという京都駅はいつのものなのでしょうか。いずれにしても、ずっと昔の話に立ち返って語られます。兎の櫛が話題となります。時代の雰囲気をよく伝える内容です。
 物語も、夫婦の縁についてのものです。そして、お互いが思い違いをし、すれ違いの愛情がうまく語られています。素直な心とボタンのかけ違いの話がよくわかりました。
 最後に、曽祖父の蛙のネクタイピンと、曽祖母の兎の帯留めの話が、きれいに物語をまとめ上げています。【5】
 
 
 
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2018年01月09日

大和平群で初釜を楽しみ成人の日に思う

 今日はお茶の先生のお宅で初釜です。今年も、お稽古を根気強く続けたいと思います。
 生駒線の中でも単線区間にある駅舎は、この町で子育てをしていた頃とは様変わりしています。
 駅前がきれいに整備されていても、実は無人駅なのです。

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 町内を流れる龍田川は、昨夜来の雨で濁っていました。今朝方からの雨は上がり、生駒山から吹き下ろす風の冷たさから、今夜は雪になるのではと思わせます。

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 昨年の初釜には参加しなかったと思っていたのに、皆さんからは来ていたとおっしゃいます。食事をいただいている内に、少しずつ思い出しはしたものの、やはり記憶が茫洋としています。とにかく、昨年は東京最後の年だったために、特に正月以降は仕事以外のことはほとんど記憶の彼方にあります。
 帰ってからブログを見ると、昨年も同じ今日、確かに初釜に行っていました。しかも、その日のブログでは詳しく報告していたのです。夢遊病の日々だったとはいえ、大変失礼しました。

「大和平群での初釜と茶室披きに行く」(2017年01月08日)

 席入りした床には「万年祝峯松」の書とウグイスカグラが、後席ではアケボノという椿が飾られていました。そういえば、待ち合いの床には「千年春」と書かれた扇が掛けられていました。お正月らしい演出であることには、後で気づきました。

 私が正客役ということになり、いろいろと指示を受けながらお茶事は進みました。
 亭主である先生の心配りが自然なのに感心しながら、食事やお菓子やお茶をいただきました。

 すっかりお客さん気分でいたところ、突然お点前をすることになり慌てました。何事にも動じないように、という訓練でもあります。とにかく、場数を踏むことで、作法や礼節を身に付けることにします。

 今日は成人式のために祝日です。途中の駅では、着物姿や正装の若者を見かけました。京都の新成人は、団塊の世代の頃の半数になっているそうです。若者が年ごとに少なくなっていく時代に入っています。逞しく育ってほしいと願うだけです。

 成人式というと、すぐに自分の時を思い出します。私の成人式は、東京での下宿先が火事になって焼け出された直後だったため、エントリーしていたマラソン大会にも出られず、大田区にある鷲神社の会館の板の間で、区から配給された毛布にくるまって過ごしていました。これまでに何度もこのことは書いたので、詳しくは省きましょう。「江戸漫歩(118)深川大鳥神社の酉の市」(2015年11月29日)

 帰りの京都駅前のタワーは、お正月らしく紅白にライトアップされていました。

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 我が家の紅白梅も、ほとんど咲きそろって来ました。

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 鉢の間に置いた小犬は、今日のお茶事の最後にいただいたおみくじ付きの犬です。その中には、次のように書いてありました。なかなかいい年になりそうです。
  中吉
「いいこと」いっぱい
このみくじにあう人は
今年一年良いことに
たくさん出会うでしょう


 さあ、明日から今年の仕事が本格的に始まります。
 身体に充分気をつけて、目の前のテーマに挑んで行きたいと思います。
 ただし、決して無理をしないようにという声も、そこここから聞こえてきます。
 またまた、今年もみなさまにお詫びをしながらの日々になる予感もします。
 早々と、ごめんなさい、と言って身を守ってのスタートとします。
 
 
 
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2018年01月08日

読書雑記(217)山本兼一『まりしてんァ千代姫』

 『まりしてんァ千代姫』(山本兼一、PHP文芸文庫、2015年11月)を読みました。

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 まず、「ァ」を「ぎん」と読むことを、本書で始めて知りました。
 ァ千代姫は一見男まさりのようで、実は花を愛でる心優しい女神だったといいます。舞台は16世紀の九州北部。ァ千代姫を中心とする戦国時代の物語です。

 作者は、女心をさも自分が見聞きしたかのように自在に語っています。男である作者山本兼一が描く女性心理は、どれだけ的を射ているのか知りたいところです。ァ千代姫が結婚した場面などは、13歳の女の子の気持ちが詳細に語られています。これも、現代の女性たちはどのようにその描写を読むのか、非常に興味があります。

 しばらく読み進んで来た時、印刷の文字のフォントが違って来たことに気づきました。作者の語る部分と、ァ千代の侍女みねが語る部分は、文体はもちろんのこと、見た目にも書き分けられているのです。

 前半に据えられた「祝言」の章は秀逸です。人間の気迫と情熱が語られる物語です。
 戦をする時の人の気持ちが、男と女の両面から語られています。特に、ァ千代という女の視点からの語り口に、新鮮で温かい眼差しを感じました。

 ァ千代が秀吉の人質として、九州から大阪に行くくだりから、話はさらにおもしろくなります。
 その後、ァ千代の夫は柳河に移り、さらに朝鮮へ出兵します。夫婦は大きな歴史の荒波に漕ぎ出すことになったのです。そんな中でも、ァ千代は冷静沈着に立ち動きます。「女はつらい」という言葉を何度も漏らしながら。

 人質として預かった公家育ちの側室に手を焼くァ千代が、魅力的に描かれています。その中で、『源氏物語』が自分たち田舎者には馴染めない例として引かれています。『源氏物語』の受容史の一例として引いておきます。

 ァ千代が問いかけると、宗虎が首をふった。
「わしも、最初はそう思うてな。あれこれと話そうとしたのだが、なにしろ京の今出川家と内裏の界隈からほとんど外に出ずに育ったとかでな。歌と源氏物語のこと、香と季節の花のことよりほかには、なにも話ができぬのだ」
 ァ千代は、くすりと笑ってしまった。(434頁)
(中略)
「よろしいではございませんか。源氏物語のお話をお聞きになっておあげなさいまし」
「ああ、すこしは聞いた。しかし、どうにも退屈でな」
 いにしえの殿上人の恋の話を、我慢しながら聞いている宗虎の顔を思い浮かべて、ァ千代はまた微笑んでしまった。
「いや、葵上を苦しめた生霊の話はおもしろかった。というより、ぞっとして恐ろしかったのだがな。女とは、げに恐ろしき生き物だと、聞いていて鳥肌が立ったわい」
 源氏物語の主人公光源氏の正室葵上は、夫の愛人である六条御息所の生霊に取り憑かれ、ついには命を落としてしまう。
 ァ千代は、幼いころ、母の仁志から読み書きを習った。源氏物語はそのころに読んだ。
 生霊の話は子どものころ、ただ恐ろしいだけだった。ひさしく忘れていたが、言われて思い出した。女の心の底には、たしかに生霊となるほど強い嫉妬や執念が眠っている。
 いまなら、そのことがよく分かる。(435〜436頁)


 この長編物語は、読者の心を掴んだまま、意外な方向へと静かに終わります。作者の構想と筆力の凄さを、存分に堪能しました。本を閉じてから、物語の最初から最後までを、しばらく思い返しては再度その展開と人物像を確認しました。
 一人の女性が実に生き生きと描かれています。夫婦の愛情が籠もった物語としても、出色の作品になっています。【5】

初出誌:『文蔵』(2010年11月号〜2012年8月号)
    単行本はPHP研究所から2012年11月に刊行。
 
 
 
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2018年01月07日

清張全集復読(13)「笛壺」「山師」

■「笛壺」
 死に場所として、武蔵野の寂しい所を男は選びました。
 父親のことを、「俺が幼い頃、親父は女を作って家出し、零落して木賃宿住いをしていた。」(335頁)と言います。自分の父親のことを思い浮かべての文なのでしょう。
 男は今年69歳で、かつては延喜式の研究で恩賜賞を受けた畑岡謙造。彼は、妻子と1万5千冊の蔵書と学問を捨て、貞代という女に走りました。後悔はありません。
 25、6歳の頃、福岡県の中学で歴史を教えていた畑岡は、東大史料編纂所の淵島所長を調査地に案内し、高い評価を得て東京に出ることになります。しかし、恵まれないままようやく成果を出した後は、2人の女に恵まれない、孤独な学者の末路を歩むのでした。
 最後が、短編のせいもあってか、語りつくせないものを残して終わります。【3】
 
初出誌:『文藝春秋』(昭和30年6月)
 
 

■「山師」
 猿楽役者の大蔵藤十郎は、家康に知恵を授けます。それは、山師の技量を活かした金脈の掘削です。やがて天下を我が物にした家康は、佐渡金山と石見の銀山を唐十郎に任せました。職能集団の姿が描かれます。これは、清張自身の職工としての体験に裏打ちされた物語なのです。
 最後は、打算家としての家康の姿が描かれます。思い上がる職人を冷ややかに見つめる清張の奥深い眼を感じました。【3】
 
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(昭和30年6月)
原題は「家康と山師」
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
私の歴史小説としては最初の気に入ったものである。(526頁)

 
 
 
posted by genjiito at 01:00| Comment(0) | 清張全集復読

2018年01月06日

紅白梅の可憐な様子と飛ぶ鳥の雄姿

 今年も紅梅と白梅が少しずつ花開いています。
 七草粥の頃には満開になっていることでしょう。

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 床の間には、お正月らしく百鶴図を掛けています。
 その鶴の姿を思わせるような、散策路沿いの松の木から飛び立つ鷺の姿を見かけました。

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 今年も穏やかに始まりました。
 今年度末までの予定はビッシリと埋まっています。
 と言っても、昨春の気が遠くなるほどの夢遊病状態を思えば、今年はその比ではありません。
 それでも、一つずつ着実にこなしていくことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 00:05| Comment(0) | 身辺雑記

2018年01月05日

初泳ぎで健康に気遣った生活を始めました

 今年も元気で一年を無事に過ごせるように、スポーツクラブで初泳ぎをして来ました。
 通勤時間が長くなったために、車中での読書時間が増えました。しかしその反面、歩く距離が格段に減っています。移動距離は日に200キロでも、ほとんどが座席に座ったままでの移動です。駅の中を歩いているだけなので、これでは運動と言えません。長距離移動に伴う疲れが溜まるばかりです。

 週に1回はしっかりと運動をしようと、昨秋から再度スポーツクラブへ通い出しました。東京で銀座4丁目のクラブ(コナミです)へ通っていた頃を思い出し、日々体調の維持管理に気を遣うようにしたはずです。しかし、その週1回が、しだいに怪しくなってきたのです。昨年末の12月は、忙しいことを口実にして、たった1回しか行きませんでした。というか、行けませんでした。ますます体力が衰えていきます。

 今日の初泳ぎで、まずは快調にスタートしました。
 年明け早々ということもあってか、プールで泳ぐ人はまばらです。水中ウォーキングをする人は、ほとんどがお節料理でポッチャリとした高齢者。そんな中に混じって泳ぐ痩せっぽちの私は、少し気が引けます。それでも臆することなく、いつものように25メートルのプールを行ったり来たりと、無心に水掻きをして来ました。

 スチームサウナやジャグジー風呂でゆったりとして、ロビーで野菜ジュースを飲んで帰ります。こうして、今年も健康的な生活が始まりました。
 
 
 
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2018年01月04日

京洛逍遥(482)上賀茂神社へ初詣

 下鴨の地に居を構える前は、賀茂川を挟んだ西側の右岸に5年ほど仮住まいをしていました。その頃の氏神様が上賀茂神社でした。ということもあり、毎年両神社にお参りしています。
 今日は突然の小雪と小雨が降り、賀茂川畔の散策路も少し泥濘んでいました。
 御園橋の架け替え工事も一通り終わり、今は新旧二本の橋が架かっています。

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 手前の袴を着けたような新橋は、三条大橋に似ています。灯籠は付いていないようです。
 写真の向こう側にまだ残っている旧橋は、これから片づけるのでしょうか。

 上賀茂神社は静かでした。お正月も三日目となり、参拝客もぐっと少なくなっています。いつものように、バス停前の葵家でヨモギ入りの焼き餅をいただき、口にしながら一の鳥居を潜って参道を歩きます。斜め向かいの神馬堂にはヨモギ餅がないので、行かなくなりました。

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 二の鳥居の正面に建つ細殿の左右には絵馬があります。その前の2つの「立砂」は、賀茂別雷神が降臨したという本殿背後の「神山」をかたどったものです。三角錐の先端に松葉が立っています。左側は三葉、右側には二葉の松の葉が挿してあるそうです。そう聞いていたのに、実際にはよく確認したことがありません。また次の機会にでも忘れずに。

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 本殿は、階段を上がったところです。神山に向かって、これまでの感謝の思いと今年のいろいろなお願いをしました。

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 紫式部と縁の深い片岡社の前を流れる御物忌川(おものいがわ)は、神事に使う祭器などを洗い清める川です。この片岡橋から舞殿(橋殿)に向かう水の流れは、いつも清々しくて好きです。

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 紫式部の歌碑は、年月の流れを感じさせるいい色合いになってきました。そろそろ結界を設けてもいいかもしれません。

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紫式部
 ほとゝきす聲
 とは
 片岡の杜の
 しつくに
  立ちや
   ぬれま
    し


 7年前の元日には雪が積もっていたことが、古いブログからわかりました。定期的に記録を残しておくものです。

「京洛逍遙(177)上賀茂神社へ初詣_2011」(2011年01月01日)
 
 
 
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2018年01月03日

京洛逍遥(481)仕事始めの『蜻蛉日記』の後は下鴨神社へ初詣

 今日は恒例となった、テーブルに資料を広げて箱根駅伝を見ながら仕事始めとなる日です。
 今年の初仕事は、阿波国文庫本『蜻蛉日記』の影印本を見ながら校訂本文を作成することです。これまで少しずつ進めて来ていたので、上巻と中巻は終わっており、年末から下巻に入っています。
 『蜻蛉日記』は、一般的には宮内庁書陵部所蔵桂宮本の本文が読まれています。主要な本文は、『データベース・平安朝日記文学資料集 第二巻 蜻蛉日記』(伊藤・関本編著、同朋舎、1991(平成3)年)で公開しました。その後、阿波国文庫本『蜻蛉日記』が国文学研究資料館の所蔵となったので、それを元にした校訂本文を新たに作成しているところです(公開画像は「http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200021025/」から確認可能)。

 『蜻蛉日記』は、写本に書き写された文字を翻字しただけでは、意味が通らない箇所が無数にあって内容がよくわかりません。そこで、推測本文というものを作ります。ああでもない、こうでもないと、新しく本文を想定して校訂本文にするので、なかなか面倒な作業を伴う仕事です。そのせいもあって、遅々として進みません。

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 また、国文学研究資料館が所蔵する『蜻蛉日記』の別の本文(文政元年版(1818)「http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200005724/」)が、『日本古典籍データセット』(国文学研究資料館等所蔵)に収載されており、その公開データも利用できるようになっています。この版本に印された固有名詞の推測結果は、このタグ(200005724_tag.csv)をたどれば、試案として提示している推測本文の一部が確認できるようになっています。古写本における誤写・誤読に興味のある方は、ぜひご覧いただき、ご教示いただけるだけ幸いです。

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 これらは共に「人文学オープンデータ共同利用センター」から広く公開されており、原本による古典文学の受容への便宜が図られています。実に便利な時代となりました。

 さて、今年はどのような成果が公開できるのか、自分でも今から楽しみです。

 駅伝が終わってから仕事を切り上げ、昨日果たせなかった氏神様への初詣に出かけました。

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 今日も、着物姿の方はほとんど見かけません。街中でよく見かけたのは、海外からの観光客の着せ替えに目がいっていただけの流行現象だったのでしょうか。

 舞殿の前に飾られる今年の絵馬は、なかなか力強い犬です。

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 その舞殿の西側には、昨日の元日ほどではないにしても、長い行列がつづいています。

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 今年も破魔矢として「丹塗の矢」をいただきました。『古事記』や『山城国風土記』で知られる神婚伝説に基づく矢です。それとともに、「鴨のくぼて」もいただきました。これは、下鴨神社の境内から出土した土器をもとにして制作されたものです。私はこれをおつまみ入れにして使っているので、今日も一個いただきました。

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 楼門の手前では、いつもの甘酒がありました。毎年いただいています。火鉢に手をかざし、指先を温めながらいただく甘酒は、なかなかいいものです。

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 片づけなどを手伝っているのは、神社のボーイ・ガールスカウトの子供たちです。かいがいしく立ち働く姿は、清々しいものがあります。ここでの甘酒はお勧めです。

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 帰りに境内の一画にある「さるや」で猿餅をいただいてから、バス通りに出て下鴨本通りの「ラ マルチーヌ」で洋菓子を2つ選び、家で「焙煎工房Hug」の香り高いコーヒーと一緒にいただきました。

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 このお店の左隣が焼き餅の「ゑびす屋加兵衛」さんです。
 このあたりには、みたらし団子で知られる「加茂みたらし茶屋」さんなど、楽しいお店が多い地域でもあります。「読書雑記(216)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・3』」(2017年12月07日)の中の「聖夜の涙とアリバイ崩し」でも触れたように、河原町通りから下鴨地域はスイーツ好きの方には堪らないエリアとなっています。
 ただし、残念ながら糖尿病の私には禁断の区域です。下鴨地域に点在する和菓子屋さんと共に、その時々に理由をつけていただいて帰ることに留めています。

 この年末年始は、いろいろなものを口にしました。来月の血糖値の数値が、今から心配です。
 
 
 
posted by genjiito at 01:31| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年01月02日

下鴨神社への初詣と河内高安への墓参 -2018-

 元日には氏神様へご挨拶に行きます。
 大晦日には小雨が降ったものの今日は快晴。
 ブラブラと下鴨神社に向かいました。

 境内に入ってびっくりです。鳥居から本殿まで、長蛇の列なのです。こんな光景は見たことがありません。いつもは元日の午前中にいく下鴨神社も、今日は午後です。家を出る時間が良くなかったようです。

 ここにはいつでも来られる、という気安さがあります。お参りはそこそこにして、大阪の八尾にあるお墓参りをすることにしました。少し南に下った出町柳から京阪電車で向かいます。ただし、どうしたことか、電車はガラガラでした。

 4回乗り換え、2時間ほどかかって、河内高安にある近鉄信貴山口駅に着きました。駅前から乗った霊園の送迎バスの運転手さんの話では、年末年始の墓参はいつもより少なかったそうです。みなさん、のんびりとした寝正月なのでしょうか。

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 大阪湾越しに、淡路島や四国が望めます。

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 新年を迎え、いつもと同じように、同じことをしています。
 それにしても、片道2時間の道中で人出の少なさに拍子抜けしました。たまたま時間帯がそうだったのかもしれません。下鴨神社の初詣客がすごかったことと、街中の様子が対照的です。

 そして、今年は着物姿の方が京都でも少ないように思います。海外の方がレンタルの着物で楽しんでおられるのはそれとして、女性が少ない以上に、男性はさらに見かけません。もう少し様子をみることにしましょう。
 
 
 

posted by genjiito at 00:05| Comment(0) | ブラリと

2018年01月01日

今年のお節料理も多彩です

 我が家のお節料理は、最近はだいたい息子が主となって作っています。大助かりの妻は、嬉しそうにお手伝い役に回っています。小さい頃から妻の手料理で育ってきた子供たちは、今はそれぞれが自分流に引き継いでいるのです。

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 両親やご先祖さまへのお供えのお節も、また別に作っています。

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 そうこうするうちに、娘から孫のために作ったという「離乳食おせち」をの写真が送られてきました。

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 すべて柔らかく煮込んで作っているので、潰しながら食べさせているようです。

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 これも妻の影響か、すべて手作りです。私の母から妻へ、そして娘や息子へと、確実に日本の文化が伝わって行きます。
 私は一切口を出さず、ゆっくりと黙々と、いつも通り2時間をかけて、シェフと愛妻の合作である美味しいお節料理をいただいています。

 いつもと変わらない、静かなお正月です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:31| Comment(0) | 美味礼賛

2017年12月31日

京洛逍遥(481)大晦日に京都護国神社と錦市場へ行く

 坂本龍馬と中岡慎太郎に関する調査で、大晦日にも拘わらず高台寺の裏にある京都霊山護国神社へ行きました。長い坂を登った所にあります。

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 墓地には実に多くのお墓がありました。
 案内板に記された人名を手がかりにして、龍馬に関わる明治維新の人々のお墓と、その墓石に刻まれた文字を確認して廻りました。

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 大政奉還150周年、明治維新から150年という節目の年ということもあり、龍馬と慎太郎の像には国内外から次々と人が立ち寄っています。人気のスポットのようです。

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 ここには、とにかく多くの明治維新に関係する人々のお墓があるので、お墓の案内板があっても、誰の墓がどこにあるのかを探すのも大変です。
 そんな中で、偶然ながら東京裁判でただ一人日本は無罪だと主張した、パール判事の顕彰碑があることがわかりました。
 ただし、そこへ行く途中で、「平和の杜」にあった記念碑の裏面に、ビルマ(現・ミャンマー)派遣軍の方が建立されたことが記された碑を見かけました。年明け早々にミャンマーに行くので、これも何かの縁だと思い、写真に収めました。

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 池を挟んだ右側には、「満州開拓青年義勇隊碑」もありました。

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 両親がいた満州のことになると、無意識に反応します。両親は命からがら、満州から終戦後に日本に帰ってきました。親がそのことを話をしてくれなかった、ということよりも、聞かなかった自分の不徳を申し訳なく思っています。もっと戦争のことを聞くべきでした。両親は艱難辛苦の末に、やっとのことで過ごしながら、私と姉を育ててくれました。機会あるごとに、感謝の気持ちを伝えるようにしています。

 パール判事のエリアは、狭いながらも引き込まれます。

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 パール判事に関しては、中島岳志氏の本で得た知識が大半です。
 「読書雑記(2)『パール判事』快著誕生」(2007年08月02日)
 こうしたところに来たことも縁なので、今後はもっとあの戦争について考えたいと思っています。

 龍馬と慎太郎のことを確認できたので、その流れで河原町に下り、「坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地」という石碑の横にある回転寿司屋のかっぱ寿司に入りました。

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 その足で、毎年恒例となっている大晦日の錦市場で、お正月用品やお節料理の材料を買いに行きました。この錦市場には伊藤若冲がいたところということもあり、各お店のシャッターには若冲の絵が描かれていて壮観です。

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 これでお正月の準備は万端です。
 2018年が良い年になりますように。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆国際交流

今年のブログに掲載した特選写真(その5)

(40)2017年10月28日
 [町家 de 源氏物語の写本を読む](第2回)の報告
 (落ち着いた部屋です)

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(41)2017年10月31日
 孫娘が茶道具を手に拝見のまねをして
 (将来が楽しみです)

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(42)2017年11月01日
 広島大学で開催されたタチアナ先生による古典の日公開講演会
 (11年前の再現です)

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(43)2017年11月13日
 記憶に残る「Hug」の珈琲が届きました
 (このアイデアに感謝しています)

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(44)2017年12月14日
 熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処
 (字母をどうするか?)

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(45)2017年11月18日
 龍田川の紅葉を見てからお茶のお稽古
 (龍田川の上流を走る生駒行きの電車)

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(46)2017年11月19日
 読書雑記(214)中村久司『サフラジェット』
 (13年前に見た著者のご自宅の草花)

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(47)2017年11月26日
 京洛逍遥(475)府立大学前の紅葉と上賀茂から琵琶湖に渡る虹
 (比叡山を背景とする虹)

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(48)2017年12月24日
 クリスマスイブに大和平群で濃茶のお点前を稽古する
 (イブの夜の京都タワーの演出)

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posted by genjiito at 01:10| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月30日

今年のブログに掲載した特選写真(その4)

(31)2017年08月15日
 今年のお盆でもお元気な養林庵の庵主さん
 (庵主さんとたくさんお話をしました)

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(32)2017年08月16日
 京洛逍遥(455)快晴の中で京都五山の送り火-2017
 (火が点いた瞬間が好きです)

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(33)2017年08月19日
 京洛逍遥(456)地元の地蔵盆に初めて参加
 (子供たちの数珠回し)

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(34)2017年08月21日
 京洛逍遥(458)京大病院がある聖護院地域での長かった一日
 (荒神橋に刻まれた「くわう志ん者し」)

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(35)2017年08月28日
 「いちぢく」と「いちじく」という表記を見かけて
 (後日、表記が統一されていました)

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(36)2017年08月31日
 大阪市営地下鉄のトイレの前で見かけたピクトグラム
 (「ようおこし」と頭が肩に埋まった姿に違和感が)

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(37)2017年10月01日
 井上靖卒読(210)井上靖が四高時代に住んでいた下宿を訪問
 (親切に案内してくださいました)

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(38)2017年10月08日
 京洛逍遥(469)家族でお茶の後は下鴨神社へ帽額幕の奉納に行く
 (孫が私のお点前を覗き込む)

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(39)2017年10月11日
 鉄道会社の「鉃」の字に関する疑問
 (古い車内の吊り広告)

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2017年12月29日

今年のブログに掲載した特選写真(その3)

(21)2017年06月03日
 京洛逍遥(448)第8回 京都吉田山大茶会に行く
 (茶釜がツルハシで吊られている)

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(22)2017年06月06日
 300年経つ雲南省の茶の木の紅茶をいただく
 (お茶の文化の奥深さを知る)

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(23)2017年06月17日
 京洛逍遥(449)梅雨入りしたのに雨が降らず賀茂川の水嵩が心配です
 (流れない水の路)

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(24)23017年06月24日
 充実した第6回池田亀鑑賞授賞式
 (本橋さんおめでとう)

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(25)2017年06月29日
 熊取駅と天王寺駅に貼られた翻訳本展示に関するポスター
 (目立たない場所で残念でした)

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(26)2017年07月03日
 目が見えない方々と須磨を散歩をするための下見
 (触って聞く散策を企画)

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(27)2017年07月15日
 孫の「百日の祝い」の後に絵本が引き継がれる
 (33年の時の流れを共有)

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(28)2017年07月17日
 京洛逍遥(451)[洗い茶巾]のお稽古の後、巡行を終えた祇園祭の山鉾を見る
 (四条通りのお旅所の前で)

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(29)2017年07月22日
 目が見えない方々と須磨で『源氏物語』の散策をしました
 (石に刻まれた行平の歌を触読して一弦琴の体験)

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(30)2017年07月23日
 神戸で百人一首の合宿の後はお楽しみの食事とスイーツツアー
 (あまりの早業にカメラの連写写真で判定しました)

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posted by genjiito at 17:23| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月28日

今年のブログに掲載した特選写真(その2)

(11)2017年03月20日
 江戸漫歩(153)越中島の花壇と公園
 (9年間住んだ宿舎の花畠は妻が育てたもの)

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(12)2017年04月09日
 京洛逍遥(435)京都御苑と第43回鴨川茶店の桜
 (ここまでは観光客が来ません)

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(13)2017年04月10日
 新しい命との対面
 (生まれた日と2日目)

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(14)2017年04月13日
 京都と大阪の花模様から今の想いまで
 (研究室は補修中の大学管理棟の8階に)

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(15)2017年04月14日
 京洛逍遥(437)半木の道の桜と賀茂川の鷺たち
 (仲のいい鳥たち)

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(16)2017年04月16日
 京洛逍遥(439)あかちゃんがきました
 (桜花の下で記念撮影)

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(17)2017年04月21日
 京洛逍遥(440)売茶翁の詩碑と散り初めた桜
 (お茶に関する記念碑)

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(18)2017年05月05日
 京洛逍遥(444)ゴールデンウィークに飛ぶ鷺たち
 (優雅な姿)

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(19)2017年05月09日
 大阪観光大学で翻訳本『源氏物語』の表紙絵を楽しむ
 (小さいながらも大きな意義をもつ展示)

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 2017年06月02日
 翻訳本『源氏物語』の展示は《中国・韓国・インド編》に衣替え
 (右端のポスターは卒業生のデザイナーによる作品)

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(20)2017年05月17日
 『週刊 東洋経済』の大学ランキングを見て夢が膨らむ
 (意外な評価に驚きが広がる)

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posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月27日

今年のブログに掲載した特選写真(その1)

(1)2017年01月01日
 京洛逍遥(429)下鴨神社と河合神社に初詣
 (元旦の紅白梅とおせち)

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(2)2017年01月02日
 お墓参りの後は娘たちとの新年会
 (娘が作ったお菓子たち)

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(3)2017年01月03日
 京洛逍遥(430)あらためて下鴨神社へ初詣
 (破魔矢と干支絵と土鈴)

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(4)2017年01月14日
 【追記】高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会
 (目が見えなくてもこの気迫)

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(5)2017年01月18日
 『葛原勾当日記』の製作再現映像を試験公開します
 (動画像をホームページから公開)

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(6)2017年02月20日
 『源氏物語別本集成』の前に進行していた『源氏物語別本大成』
 (企画の原案となる資料)

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(7)2017年03月02日
 橋本本「若紫」で同じ文字列を同じ字母で傍記している例
 (なぜ同じ語句を書写したのか?)

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(8)2017年03月16日
 橋本本が伝える本文から大島本とは違う表現世界を考える
 (講座の会場である日比谷図書文化館)

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(9)2017年03月19日
 点字付百人一首〜百星の会で見た八つ橋型の新開発カルタ
 (『点字百人一首』は日々進化)

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(10)2017年03月31日
 『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました
 (目が見えない方のための字典と学習帳)

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posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月26日

名古屋大学で科研Aのデータベースに関する打ち合わせ

 相変わらず、年末でも飛び回っています。
 今日は、名古屋大学に行きました。

 過日、東京の帝国ホテルでK氏と打ち合わせをした際、名古屋大学のO先生のことを教えてくださいました。そのご縁が薄れない内にと思い、取り急ぎお目にかかって、私が考えていることと連携がはかれないか、相談をすることにしたのです。
 幸い、今日も東京のK氏が同席してくださいました。寒波襲来にもかかわらず東西から名古屋に集まり、O先生と打ち合わせをすることになりました。

 O先生のご専門は情報学です。自然言語処理の中でも、機械翻訳に関する研究をなさっています。今回は、自動翻訳を活用した多言語検索に対応したデータベースシステムの話で、名古屋大学へ行ったのです。そこで、私が取り組んでいる、『源氏物語』の多言語翻訳の成果をウェブ上で活用する仕掛けとの接点がないか、ということで意見交換をしました。
 また、『源氏物語』の本文データベースで、諸本間の本文異同を検索して表示することにも有効な手立てがないか、ということもお尋ねしました。

 お話を伺うなかで、今回のシステムでは作成したデータの表記が統一されていることが必要である、ということがわかりました。大量の翻訳データがあっても、そのコンテンツであるデータの形態や形式が問題です。現在、私の手元にあるデータは、まだそこまで整理をしていません。しかし、そこは工夫次第でどうにかなるのでは、と考えています。

 多言語検索については、ベトナム語やウズベキ語の法令翻訳支援に関する、クイック検索の実例を拝見しました。もともと、ウイグル語やウズベク語と日本語との間の機械翻訳を研究なさっている先生なので、これはその延長上のシステムです。タイ語も用意されているそうです。

 クイック検索については、かつて仲間と、パスカルという言語でデータベースシステムを開発しました。その成果は、次の2冊に盛り込みました。

(1)『データベース・平安朝日記文学資料集 第一巻 和泉式部日記』(伊藤編著、同朋舎、1988(昭和63)年)

(2)『データベース・平安朝日記文学資料集 第二巻 蜻蛉日記』(伊藤・関本編著、同朋舎、1991(平成3)年)


 これは、縦書きに対応した検索表示システムで、パスカル言語によって作成したものです。『蜻蛉日記』に関しては、問題となる検索結果には桂宮本の影印画像も表示されるという、非常に凝った仕様の画像データベースでもあります。このシステムを作っていただいた浅茅原竹毘古さんについては、以下の追悼記事に詳しく書いています。

「亡き仲間を偲んで我が家でお茶会」(2013年08月15日)

「27年来の仲間を思い出しながらの追善供養」(2013年08月04日)

「27年前の西大寺の夜を懐かしく思い出しながら」(2013年04月11日)

「27年も続くパソコン仲間との交流」(2013年04月07日)

 こうしたデータベースの作成に関わった経験があるので、今回の話は、私の構想の中で動くデータベースと連携できそうに思いました。

 『源氏物語』の諸本間の本文異同の比較検討については、今日の時点ではペンディングです。また別の方向から考えることにします。

 今日の打ち合わせは、データベースの背景で動く検索と表示をするためには欠かせない、使い勝手の良いツールとの出会いを続けている旅の一環というべきものです。探し求めて彷徨うこの旅も、かれこれ25年以上も流浪するだけのものとなっています。
 今回は、業者を紹介してくださるとのことです。今日の話が、これからどのように展開していくのか、私自身が大いに楽しみにしているところです。

 仲介の労をとってくださったK氏には、心よりお礼申し上げます。お陰さまで、また新たな展望が拓けそうです。これからの進展を見守っていただき、折々にまた温かいご助言をいけだけると幸いです。本日は、遠方よりお疲れさまでした。ありがとうございました。
 
 
 

posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年12月25日

2017年の十大出来事〈身辺のこと〉

 先週記した「2017年の十大出来事〈新生活での取り組み〉」(2017年12月22日)に続き、さらに〈身辺のこと〉を追補します。
 まったくの個人的なことながら、時間を追って書き出すと、我が一年が炙り出されてきます。いろいろなことがあった一年でした。

(1)ブログを「イオ」から「さくら」にお引っ越し

(2)定年退職で東京を引き上げ京都を終の住処とする

(3)大阪観光大学国際交流学部に19年ぶりの再就職

(4)科研費の基盤Aで海外平安文学研究が新規採択に

(5)娘たちに初孫となる女の子が誕生しお爺ちゃんに

(6)コナミスポーツクラブに再入会し運動を心掛ける

(7)頭部神経痛と皮膚炎と逆流性食道炎に悩まされる

(8)非営利活動を中心とした年金生活の日々を送る

(9)明浄高校の教壇に立ち26年ぶりに国語を教える

(10)大阪観光大学 国際交流学部の学部長職務代理に

 
 
 
posted by genjiito at 20:39| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月24日

クリスマスイブに大和平群で濃茶のお点前を稽古する

 年の瀬の大和路は、思ったよりも寒くありませんでした。
 多分にヒートテックの下着を着ていたせいもあるのでしょう。このヒートテックは、マイナス34度だった数年前の1月に行ったモンゴル・ウランバートルでも、驚異的な効果を発揮してくれた優れものです。今は極暖タイプもあるので、外出には欠かせません。

 龍田川の上流は、お正月を迎える清流になっています。

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 平群のお山を登っていると、少し汗ばむほどでした。この、信貴生駒連山を望む風景が好きです。左端に信貴山があります。

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 お茶のお稽古は、今日から濃茶のお点前です。これまでは薄茶のお稽古をしていました。あらかじめネットで、男性が濃茶を点てる動画を何度か見ておきました。行きの道中の2時間は、車中でこの動画で予習です。しかし、先生もおっしゃるように、動画にもいろいろなパターンがあり、怪しいものがアップされているものもありました。それでも、お手前の流れはイメージできました。

 初めての濃茶にチャレンジした感想としては、動画を見たことはあまり役には立たなかったように思えます。見よう見まねであっても、実際に先生に教えていただきながらの方が、記憶に刻み込まれるような気がしています。お稽古で反復練習をして身体に覚え込ませる、というのは、言い古されたこととはいえ、確かなことのようです。見物ではなく、実際に自分の距離感で、自分の視線と感触で確認しながら実地訓練をするのですから。

 もっとも、それが後で、自分の中でなかなか正確に再現できないので、この思い出せないことが、こうしたお茶の習得などにおいて大問題なのです。それが凡人にはなかなかの難題なのです。お稽古は若い時に、ということは当たっていることを実感しています。

 さて、今日から取り組み出した濃茶のお点前は、これからどのような展開で習得できるのでしょうか。夏の風呂と冬の炉に加えて、薄茶と濃茶、そして丸卓を使ったり箱を使ったりと、さまざまなパターンがあります。このお茶の世界が、ますますおもしろくなってきました。

 帰りの京都駅前から、京都タワーを見上げました。今日はクリスマスイブ仕様のライトアップのようです。

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posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | 身辺雑記

2017年12月23日

緊急連絡︰明年一月のミャンマー行きを延期します

 慌ただしい年の瀬に、突然のことながらミャンマー行きを延期することになったお知らせです。
 かねてより進めていたミャンマーへの調査旅行に関して、ビザが出発日までに間に合わないことがわかりました。残念ながら、延期します。

 関係するみなさま、急遽このような事態となり延期としますので、各自のご都合をお知らせください。

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 先週からミャンマー行きのビザ取得などで、伊藤の科研(A)の研究分担者である谷口裕久先生が、精力的に動いてくださっていました。いくつかの業者や、オンライン申請についても検討してくださいました。
 しかし、残念なことに、予定していた出発日である1月20日までに、ビザが取得できないことが確定しました。ミャンマー国内での移動において、航空券のお客様控えが不可欠だということです。手配の完了を確認したいということが、今回は最大のネックとなったのです。
 その他、1月4日がミャンマーの独立記念日です。さらには、8日の成人の日の月曜日まで、大使館は続けて休む可能性が高い等のことも絡んでいます。

 ミャンマーの国内での航空券の控えが先に必要だとなると、ビザを一括申請するために東京のミャンマー大使館に行くことの意味もなくなります。旅程の行程表と予約一覧が必要なので、今からでは出発には間に合いそうにないのです。無理はしない、というよりも慌ただしく飛び回らないことを優先することにしました。

 今回の経緯を谷口先生から報告していただき、何度か連絡をとりながら、旅行と観光についていい勉強をさせられました。
 そこで現在は、2月にミャンマーからインドへ渡るプランに切り替えて、慎重に練っているところです。

 いずれにしても、もう少し時間をください。
 早急に次善の策を講じて、年明け早々にはビザなどの手続きに着手します。

 取り急ぎ、関係者への緊急連絡です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆国際交流

2017年12月22日

2017年の十大出来事〈新生活での取り組み〉

 今年も、1年を振り返る時期となりました。
 まだまだ、多くの仕事を抱えたままです。
 しかし、思うに任せぬ進捗状況の中で振り返るのも、これまた焦りを鎮める効果があるようです。
 定年退職間際の、あの夢遊病者と見紛うほどの1月、2月、3月を思い出しました。
 また、4月からはまったく新しい環境に身を置き、ひたすら前だけを見て日々を送りました。
 後ろを振り返る暇は、まったくありませんでした。
 そんな1年を過ごしたこともあり、あまりにも多くの出来事が去来したので、十大出来事を2回に分けます。
 まず最初は〈社会活動〉を中心に列記し、明日は〈身辺のこと〉をとりあげます。
 この歳になり、こんなに激変する生活があるとは思ってもみませんでした。
 とにかく、毎日が病人状態であっても大病はしませんでした。
 消化管がない身ながらも、生きているのが奇跡だと言われながら、こうして生き続けています。
 支えていただいている多くの方々に感謝しています。
 持ち越す仕事と来年の仕事を両睨みで、これから年を跨いでいきます。

(1)世界各国の翻訳本の表紙絵を大学図書館で6回にわけて展示

(2)日比谷図書文化館の「古文書塾」で変体仮名講座を継続する

(3)日比谷図書文化館での講座の後に有楽町で課外学習会をする

(4)熊取ゆうゆう大学の社会人講座で『源氏物語』の古写本を読む

(5)「点字付百人一首〜百星の会」のみなさまを須磨散策に案内

(6)広島大学で開催のロシア・タチアナ先生の講演会のお手伝い

(7)NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のロゴマークが完成

(8)京町家のBe京都で『源氏物語 須磨』の写本を読む会を再開

(9)NPO法人の活動報告や役員交代に伴う登記手続きが完了

(10)NPO法人主催の第2回源氏物語散策の後に自宅でお茶会

 
 
 
posted by genjiito at 21:21| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月21日

米田先生から突然のお電話をいただいて

 携帯電話にメッセージが入っていることに気付きました。長崎県美術館の米田耕司館長からでした。つい先程くださったようです。

「お元気ですか? 今 長崎の院友会です。酵素風呂が健康に良いとの話です。」


 大学からの仕事帰りに、大阪駅で乗り換える時、先生からメッセージが来ていることがわかりました。電話を鳴らしても私が出なかったので、メッセージにしてくださったようです。

 折り返しメッセージを送ると、すぐに電話がかかって来ました。いつものお元気な声です。しかも、宴会の最中のようです。
 以前も、酒席から電話がありました。思いついたら、すぐに電話をなさる先生です。

 今回は、私の体調が気になるので、京都にある酵素風呂を紹介してあげる、ということでした。
 長崎での宴会中に、ガンを患っている方の話になり、そこで先生は私のことを思い出されたようです。

 酵素風呂に詳しい方が、代わって電話口に出られました。大学では私の8年後輩であるという自己紹介から、いろいろなガン患者の事例を話してくださいました。
 一通り伺ってから、また電話を代わられた先生は、押し付けではないけど、興味があったら調べて行ってみたらどうだ、とおっしゃいます。お気遣いに、気持ちが温かくなります。

 幅広くご活躍の先生が、ヒョイと私のことなどを思い出してくださるだけで、ありがたく嬉しいことです。先生こそ、大きな病気をなさっているので、それだけ教え子や後輩のことが気になるのでしょう。

 私は、先生から1年間だけ、博物館学の経営論と情報論を受講しただけです。そのことは、本ブログの「長崎県美術館の米田館長からの温かい励ましの声を聞いて」(2017年06月13日)に書いた通りです。

 米田先生に思い出してもらえるのは、身に余る光栄です。あらためて感謝の気持ちを強くしました。
 先生こそお酒はそこそこに、ますますのご活躍をお祈りしています。また、九州に、長崎に行きたくなりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 健康雑記

2017年12月20日

今年の研究成果として刊行した編著書を整理すると

 今年は、定年退職と同時に3つの科研費研究の最終年度だったこともあり、予想外に多くの研究成果を3月に集中して刊行・発行しました。以下のように9点ありました。
 このうち、(2)はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉からの刊行で、(7)は国文学研究資料館から発行したものです。それ以外はすべてが、科研の研究成果を報告書としてまとめたものです。
 私の研究生活の最終盤は、このように、ほとんどが日本学術振興会から交付された科学研究費補助金による、公的資金による研究であったことが、これで一目瞭然となっています。個人的な研究テーマは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉から公開していると言ってもいいようです。
 そして、文学研究の分野でも〈作品研究〉ではなくて〈研究基盤〉とでもいうべき、インフラの整備に特化したものとなっています。
 さて、今年の4月からは職場も仕事の内容もガラリと変わり、研究者という肩書きは脱ぎ捨てて、新たな生き方に転身しました。この成果が確認できる形で公開できるのは、まだまだ先です。
 しかし、新たな世界に所を変え、自分なりの取り組みを着実に進めていますので、これまでとは違った成果物を楽しみにしていただければ幸いです。

(1)『日本古典文学翻訳事典〈2・平安外語編〉』を刊行
(2)『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」(第一版)』を刊行
(3)『海外平安文学研究ジャーナル vol. 6.0』を電子版で発行
(4)『海外平安文学研究ジャーナル《インド編 2016》』を電子版で発行
(5)『海外平安文学研究ジャーナル』Vol.1〜6の合冊本を2冊同時刊行
(6)『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル2』を電子版で発行
(7)総合研究大学院大学最終講義『国文研蔵橋本本『源氏物語』の実態』を刊行
(8)視覚障害者用の立体文字版『変体仮名触読字典』を刊行
(9)視覚障害者用の立体文字版『触読例文集』を刊行

 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 回想追憶

2017年12月19日

第2回「大阪点字付きかるたを楽しむ会」のご案内

 今秋11月4日(土)に、【第1回 大阪点字付きカルタを楽しむ会(仮称) 「手探りで始めてみます」の巻】がスタートしました。
 これまでは、畑中ご夫妻が大阪で点字百人一首を楽しむ会を、長年なさっていました。しかし、ご夫妻が東京へ転居なさることとなり、5月27日(土)をもって活動を停止し、残念ながら閉会となっていました。
 畑中さんとは何度も会っています。本ブログで紹介した記事では、「【追記】高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会」(2017年01月14日)があります。そこでは、畑中さんのことを、次のよう紹介しています。

 大阪のカルタ会では「まゆみさんの和歌講座」をしているとのことです。そこで、専門書に書かれている解説を、畑中さんが読みあげてくださいました。詳細な光孝天皇の歌の解釈に、うなずいたり感心したりと、これも中身の濃い時間をみんなで共有することとなりました。
 この「百星の会」では、行くたびに新しい点字かるたの台が開発されています。
 今回も、まだ東京と大阪に1セットずつしかないという、畑中さんの開発による、5列5行に札を並べる新台で、上級者の試合が行なわれました。1人が25枚なので、50枚を取る競技です。こうなると、目が見えるとか見えないということは、まったく問題ではなくなります。
 新しく考えられたルールでは、15分で札を並べ、覚えるのに5分というのが原則なのだそうです。ただし、まだ出来たばかりなので、今後ともさらなる改良がなされるようです。


 その大阪の灯を絶やさないようにと、兵藤さんが「百人一首を楽しむ場を、大阪で!」という旗印の下、「大阪点字付きかるたを楽しむ会」を新しく立ち上げられたのです。京都ライトハウスの野々村さんも協力なさっています。

 日本語による点字は、1890年(明治23年)11月1日に制定されました。それにちなんで、特定非営利活動法人 日本点字普及協会が11月1日を「点字の日・日本点字制定記念日」と制定したのです。奇しくも、「古典の日」と一緒になっています。私の関心事では、この11月1日は「すしの日」「いい医療の日」「本の日」でもあります。ちなみに、「キティちゃん」の誕生日もこの日だそうです。

 それはともかく、東京で関場さんが精力的に展開なさっている「点字百人一首〜百星の会」と響き合う形で、東西の『点字百人一首』の会がますます発展することを楽しみにしています。
 私は点字も『百人一首』も素人なので、この東西の活動を広報する立場で協力していきます。

 なお、前回の第1回目は、私が東京の日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座を開講する日でした。
 そして今回の第2回目も、あろうことか、またもや日比谷図書文化館での講座の日と重なってしまいました。
 今回も私は欠席です。しかし、興味と関心のある方は、下記の兵藤さん宛に連絡を取られたらいいと思います。大阪中之島の肥後橋が会場なので、交通の便がいいところです。

 新年早々、盛会となることをお祈りしています。

第2回「大阪点字付きかるたを楽しむ会」ご案内



師走の気忙しい時期を迎えておりますが、皆さんお元気でお過ごしでしょうか。
「点字の百人一首を楽しめる場を大阪で作りたい!」という思いから、日本点字制定記念日の直後、今年の11月4日に集まりを持ちました。
当日は9名の方が参加してくださり、坊主捲りや4人一首などで盛り上がりました。

さて、いよいよお正月です。お正月と言えば、何といってもかるたです。
そこで、第2回「かるたを楽しむ会」を開催し、色々な方法で百人一首を楽しみたいと思います。
点字の付いたカルタ(百人一首)をお持ちの方は、ご持参いただけるとありがたいです。
「点字は苦手」という方も一緒に楽しめる場にしたいと思います。
皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2018年1月13日(土)14時30分〜17時
場所 日本ライトハウス情報文化センター 4階 会議室3
(大阪市西区江戸堀1-13-2 電話  06-6441-0015)
交通:大阪市営地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」北改札から2番出口を出てすぐ左。
もしくは地下鉄御堂筋線・京阪本線「淀屋橋駅」4番出口から西へ400m
(肥後橋交差点の南西角)
参加費:大人―500円 高校生以下―無料
定員:先着20名
申込:事前に、下記へメールでお願いします。
putti-castle205@key.ocn.ne.jp(兵藤美奈子)
お問い合わせ先:野々村好三(電話090−3841−9107)


posted by genjiito at 20:28| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年12月18日

ミャンマー政府ホテル観光省からの研修生の「修了証書」授与式

 今日は、大阪観光大学の明浄1号館3階にある明浄ホールで、「ミャンマー政府ホテル観光省 研修生 修了証書 授与式」がおこなわれました。ミャンマーからお越しの俊英5名が9月から3ヶ月間、初めての慣れない日本での生活を乗り切って、無事に研修を終了なさったのです。おつかれさまでした。

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 今日のみなさまの挨拶をうかがい、この3ヶ月間に日本語が格段に上達なさったことが、その話しぶりからよくわかりました。多くの得難い実務の体験や勉強の成果が、今後の日本とミャンマーの文化交流に生かされることでしょう。
 来月の下旬にミャンマーへ行く計画を練っている私にとっても、心強いことだと思いながら祝福の拍手を送りました。

 この式典の直前に、5名のみなさまが私の研究室においでになりました。そして、プランニング中の私の渡航に関して、親しく相談に乗ってくださいました。ありがとうございます。
 今日の段階で、おおよその旅程がまとまって来ました。もっとも、また大幅に変更になるかと思いますが……

■目的
 ミャンマーにおける、日本文学と日本文化に関する研究情報と関連書籍と翻訳本の調査収集。
 1.日本学を研究しておられる先生や学生に会う
 2.日本の文学や文化に関する研究情報を収集する
 3.日本の文学や文化を翻訳した書籍を入手する


 今回この旅に参加されるみなさんは、過密スケジュールの中を調査研究の協力をしてくださいます。そのため、慌ただしい行程となっています。ご協力をありがとうございます。

 現地の研究情報や翻訳本などの資料収集の成果は、今年度中に公開します。楽しみに、お待ちください。
 
 
 

posted by genjiito at 21:51| Comment(0) | ◆国際交流

2017年12月17日

学外授業で堺の与謝野晶子記念館へ行く

 大阪観光大学における後期の授業では、与謝野晶子の短歌を読んで来ました。座学だけでは作者の実像がわからないので、校外での授業を実施することで補うことにしました。
 幸い、与謝野晶子が生まれた堺市へは、大学から至近の距離にあり、電車一本で行けます。学生も40分ほどで行けるということなので、寒波が襲来している中をものともせずに日曜日の時間をとって出かけました。
 行き先の「さかい利晶の杜」は、与謝野晶子と千利休を通じて堺を体験できる施設で、2年前の2015年に開館したところです。

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 実は、私は勝手知ったる与謝野晶子文芸館というイメージから、今回の集合場所をJR堺市駅にしました。しかし、実は与謝野晶子文芸館が南海堺駅の方に移転して、与謝野晶子記念館になっていたのです。
 これまでに、与謝野晶子文芸館のことは、以下のブログで詳しく取り上げています。

(1)「与謝野晶子と蜻蛉日記の講演会」(2011年01月17日)

(2)「西国三十三所(27)粉河寺」(2010年10月27日)

(3)「与謝野晶子の自筆原稿『新新訳源氏物語』と『蜻蛉日記』の撮影」(2010年10月26日)

(4)「与謝野晶子の源氏訳自筆原稿「夕顔」等を確認」(2010年07月16日)

(5)「神野藤昭夫先生の晶子がたり」(2010年02月21日)

(6)「与謝野晶子の『新新訳源氏物語』自筆原稿画像データベース公開」(2010年02月20日)

(7)「与謝野晶子と『源氏物語』(2)」(2008年09月07日)

(8)「与謝野晶子と『源氏物語』(1)」(2008年09月06日)

 上記のブログで報告している通り、一時はここに通い詰めていたことがあったのです。そのため、この与謝野晶子文芸館が移転しているとは思いもしませんでした。与謝野晶子文芸館は今、堺アルフォンス・ミュシャ館となっていました。

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 すぐに堺市駅前からバスで「さかい利晶の杜」へ移動しました。
 また、一人だけ遅れて来た学生も、奇跡的としか思えない偶然で、目的地である「さかい利晶の杜」の入り口で出会えました。私の思い込みからスタートが遅れてしまいました。しかし、幸いなことに大事には至りませんでした。

 与謝野晶子文芸館に足を運んでいた頃にお世話になった方が、今も記念館にお勤めだということがわかりました。しかし、今日はお休みということで、お目にかかることはできませんでした。これを機会に、今春からは大阪の大学にいることの報告を兼ねて、あらためて連絡を取りたいと思っています。

 記念館の中では、学生に説明しながら、ゆっくりと観て回りました。ただし、文芸館の頃の専門的な立場からの充実した展示を知っているので、この記念館の展示の内容には大いに失望しました。与謝野晶子と千利休という、堺が輩出した偉人を広く広報することを目的とする施設なので、専門性は限りなく削ぎ落とされています。しかし、それにしても内容がありません。
 さまざまな制約の中で、やっとここまでできた、という事情があるに違いありません。そうは言っても、やはり義務教育の生徒を対象にしただけのこの展示では、少し与謝野晶子を知っている人には物足りないはずです。何も知らない人ばかりを対象にするのではなく、少しずつ理解が深まる展示をお願いしたいものです。一見さんだけではなく、何度も足を運べる内容にすべきです。これは、展示スペースが狭いということとは別問題です。生意気なようですが、学芸員の一人としてこのことを痛感しました。

 また、晶子が生まれた和菓子屋「駿河屋」の再現はまったく無意味です。これだけのスペースをこんなものに充てるのは、究極の無駄遣いです。堺市は晶子に関するすばらしい資料をお持ちです。せっかくの宝物が死蔵されているのはもったいないことです。この展示室は、根本的なところから見直すべきです。来訪者を甘く見過ぎです。

 このことは、その下の階にあった千利休茶の湯館も同じことです。お茶に関係するものが並んでいるだけで、まったく面白味も中身もありません。共に、著名人の名前に寄り掛かった無策の展示室となっています。企画展示室が2部屋もあるようです。ここの利活用には、大いに期待したいと思います。

 一通り見終わってからは、ロビーの一角で説明を補ったり今後の打ち合わせなどをしました。
 また、遅れてきた学生が先日の授業を休んでいたので、その補講を兼ねて帰り道に南海堺駅まで一緒に歩きながら、いろいろな話をしました。こんな授業があってもいいでしょう。

 堺駅前には、植え込みに与謝野晶子と千利休がデザインされたフラワーポットがありました。

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 また、西口駅前には、平成10年に晶子生誕120年を記念して建てられた、与謝野晶子の等身大のブロンズ像がありました。

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 その台座には、明治38年に『明星』に発表された次の歌が刻まれています。

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  ふるさとの 潮の
 遠音の
  わか胸に ひひくを
      おほゆ
   初夏の雲
      晶子の
       う堂


 帰りに振り返ると、晶子の自信に満ちた後ろ姿が印象的でした。

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 次の機会には、晶子の歌碑めぐりをしたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ブラリと

2017年12月16日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第4回)の報告(虫損と誤読)

 本日「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で開催した、第4回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]の報告です。参加者は5名でした。
 図書館関係の方が参加なさっていることもあり、いつものように、写本を読むことよりも書物としての写本のありようや、変体仮名というものについての話が中心となりました。
 テキストとしている『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)は、5丁裏1行目から6丁表最終行までの見開き2ページ分を確認しました。今日の進行役も、前回に引き続き須藤圭氏(立命館大学)です。

 読み進んでいる内に、黒丸に見え点が問題となりました。

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 翻字の部分には、何も注記がありません。すると、須藤氏から虫食いではないか、という見方が示されました。そう思って前後のページを見返すと、その可能性が高いことがわかりました。

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 次のページの同じ位置にも、この虫によると思われる穴があります。

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 この箇所を左右逆転した鏡文字にしてみると、まさに穴の位置と虫が食べた方向がまったく一致します。

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 さらによく見ると、この写本の表紙から虫が入ったことがわかりました。
 また、この写本の書き始めである、墨付き本文第1丁表の手前に貼られた極札にも、虫食いの跡があることに気づきました。

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 ということは、この極札は虫が食う前からこの位置に貼られていたことになります。思いつきながら、ここに虫が入ったのは、江戸時代以降のこと、ということになりそうです。写本は、いろいろと楽しいことを教えてくれます。

 さて、ここが虫食い箇所ならば、国冬本「須磨」で「つかうまつらせはや△/△〈虫損〉」(123510)としたように、ここに〈虫損〉という付加情報としての記号を使っているはずです。
 後でハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」とそのツレの巻である歴博本「鈴虫」を調べてみると、この3本に関する私の手元にある翻字データでは、〈虫損〉という記号は1例も使っていませんでした。さらに、同じ鎌倉時代の書写になる『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』においても、この〈虫損〉という付加情報は見当たりません。どうやら、2年前から取り組みだした「変体仮名翻字版」の翻字データでは、〈虫損〉という記号によって虫食い箇所を明示してはいないようです。これについて、今後は詳細な付加情報を付けるような対処をすることにします。

 なお、このハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨』の凡例では、次のように記したところがあります。

(12) 書写状態を明示するため、説明的な注記を傍記した場合がある。
  例 (五ト六ノ間ニ墨デ中黒点アリ)
     五六人はかり
 「五六人はかり」(42ウ2行目)では、「五ト六ノ間ニ墨デ中黒点アリ」と注記を右横に付した。


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 このことから、先に揚げた例が〈墨〉による点ではないことは、おおよそ推読できます。墨の跡や汚れについて、丹念に注記で明示したつもりです。しかし、それも指摘漏れがあるようです。

 上掲の写真で〈墨ヨゴレ〉と思われる箇所については、次のような状況にあります。ここは、〈墨ヨゴレ〉としておくべきでした。

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 さらには、テキストにしている刊行本(27ページ、6丁表最終行末)に、明らかな翻字間違い(誤字)があることもわかりました。

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 ここを私は、「ぬ可」として印刷しました。しかし、これは「ぬに」が正しい翻字です。「変体仮名翻字版」として表記すると「ぬ耳」です。これは、この丁の前から2行目に「可尓」という漢字表記があり、これは「べきに」と読ませるものです。それに引かれて「耳」を「可」としてしまった勘違いです。

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 鎌倉時代の写本としてシリーズ化して刊行したハーバード大学美術館蔵『源氏物語「須磨」「蜻蛉」』の2冊については、下段の翻字が写本に正確なものではありません。明治33年に統制された、従来の50文字に限定された現行平仮名による翻字でした。そのため、正確な翻字としての「変体仮名翻字版」は、その直後に刊行した『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)の巻末に、「須磨」と「蜻蛉」のものを掲載しました。そこでは、この箇所は「ぬ耳」(78頁)と正しく印刷されていますので、ご安心ください。

 今回は、こうした不備に関する確認をできたことが大きな収穫でした。翻字を進めつつも、確認を怠らないことを肝に銘ずる場となりました。
 
 
 

posted by genjiito at 19:31| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年12月15日

明日11月16日(土)に[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催

 明日の[町家 de 源氏物語の写本を読む]集まりに関して、今回も京都新聞の「まちかど」欄に告知を掲載していただきました。

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 この記事をご覧になって参加なさる方は、実際のところはほとんどいらっしゃいません。しかし、活動報告を兼ねて、掲載していただいています。
 前回から、「NPO法人 源氏物語電子資料館」という主催者名を追加してもらいました。どこの「伊藤さん」なのかわからないので、怪しげな集まりには参加しない、とか、物を売りつけられるのではないか、という声を耳にしたからです。
 今回は、定例の第4土曜日ではなく、また時間も午前10時からです。
 いつもと違いますので、お気をつけください。

 明日は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、185頁、2013(平成25)年)の第5丁裏1行目行頭の「くなんなと・きこゑ給て」(テキスト26頁)から文字を追いかけていきます。変体仮名の字母を確認しながら進めていきます。

 前回は4名の参加者でした。少人数で読み進めていますので、短期間に変体仮名が読めるようになると思います。興味のある方は、本ブログのコメント欄などを利用して連絡をいただければ、折り返し詳細をお知らせします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:05| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年12月14日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処

 大阪観光大学の課外勉強会では、社会人の方々と学生とを交えたメンバーで、気楽に『源氏物語』の古写本を読んでいます。
 場所は、大学の図書館1階にあるラーニングコモンズというスペース。活動時間は、学生たちの授業が終わる午後4時半から6時までです。

 今日の参加者は10名で、橋本本「若紫」を前回の続きである2丁裏1行目「あな」から3丁裏3行目「の堂まふ」までを読みました。
 ただし、私はいくつかの用務が入ったために、出たり入ったりで落ち着かないことで、本当に申し訳ないことでした。1年生のK君に進行役をお願いし、私は事務室と図書館を行ったり来たりしていました。

 今日は、これまで「て」で統一していた字母の「天」と「弖」について、これからは読み分けたいことを伝えました。先週の日比谷図書文化館がそうであったように、「天」と「弖」は、字母の認定で二つに分けるということです。これは、長い間をかけて逡巡して来たことです。しかし、この時点で変更することによって、当座は様子見をすることにします。

 もちろん、起筆と終筆の書かれ方を見ると、どちらかに読み分けるのは問題が残ります。

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 「く」のように見える「弖」の場合、終筆の線が右下に流れる様子は「天」の方に近いからです。素人の集まりである今日の勉強会でも、この不自然さはみんなが認めるところでした。割り切ったと言っても、実のところはスッキリと説明しきれません。
 しかし……です。書き写されている文字の形が明らかに違うのですから、ここは字母を異なるものに認定しておいた方が何かといいのでは、と判断しました。

 このことは、「个」と「介」についても言えます。ただし、今日はその例が出なかったので、このことはまた次回に考えます。

 思ったままの、素直な疑問がぶつけられる勉強会だからこその、怖いもの知らずの結論です。いつでも訂正や方針の変更ができることだと思って、こうして好き勝手に書いています。

 なお、この問題はすでに今から1年前に、「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げています。その後も、時々問題としてきました。迷いながらの、「変体仮名翻字版」の翻字方針に関する、あくまでも暫定的な変更です。
 折々に、みなさまのお考えを聞かせていただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | 変体仮名

2017年12月13日

通院は4時間半の小旅行

 私の身体は、体内に部品が少ないこともあり、何かと面倒な問題を抱えています。そのため、病院とは親しくお付き合いをしています。今回も、定期的な検査のため京大病院のお世話になって来ました。
 診察時には、あらかじめ採血した検査の数値と尿検査の結果を基にして、主治医と面談をします。そのため、1時間前に血液を採ってもらいます。採血室には多くの方が並んでおられるので、毎回30分以上の待ち時間があります。その前に、自動受付機に15分ほど並びます。さらには、自宅から病院までバスで行くので、その乗車時間が20分。
 つまり、予約した診察時間の2時間前には家を出ていないと、診察が後回しになるのです。

 診察を受ける時間は、毎回10分前後です。今回は、35分遅れの診察でした。
 診察の後は会計窓口で並び、書類の点検や保険証の確認などをしてもらってから、自動支払機の前で20分は待たされます。この待ち時間を有効に使うため、薬をもらう指示書である処方箋を病院の前にある薬局に提出しておきます。いつも行く薬局でも、毎回40分以上の待ち時間は覚悟しています。
 薬局で待っているうちに、病院から渡されている受信機が支払い可能になったという通知をしてくれます。それから、病院に引き返して支払いをします。そしてまた薬局に戻って、薬をもらうために待ちます。

 こうして、家を出てから家に戻るまでを、だいたい4時間半とみておけば大丈夫です。

 さて、今回の検査結果では、ヘモグロビン A1cの値は、前回の【7.2】から【7.3】へと、少し悪くなっていました。しかし、これは誤差の範囲なので、前回から変化なし、と考えていいようです。
 それよりも、今回はタンパク質が急に少なくなっていることを指摘されました。思い当たることは、何もありません。運動の後にプロテインも試してみては、とのアドバイスをもらいました。しばらく様子をみます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | 健康雑記

2017年12月12日

京洛逍遥(480)kokoka 京都市国際交流会館で打ち合わせ

 地下鉄東西線で蹴上駅を降りてから、右手に南禅寺とインクラインを、左手にウェスティン都ホテルを見ながら平安神宮に向かって坂道を下りました。すると、すぐに「kokoka 京都市国際交流会館」があります。

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 この近くには、パナソニックの迎賓館である「松下 真々庵」があります。そこへ行った時のことは、「京洛逍遥(208)「真々庵」でPHPを考える」(2011年12月22日)に書きました。

 今日は、「kokoka 京都市国際交流会館」の3階で説明会と打ち合わせです。

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 部屋の窓からは、南禅寺が望めます。写真の左手には、永観堂が見えます。

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 2階にあるフランス料理の「TSUMUGI」に入りました。ここでは、窓から東山の絶景が一望のもとに見渡せました。

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 右端に永観堂の塔が、左端に真如堂の塔が聳えています。

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 みごとな眺めを楽しんでいた時、永観堂の塔の右側から煙が立ち上ってきました。しばらくして消えたかと思うと、またあたりを白煙が包みます。お店の方に聞くと、国宝や重要文化財があるところで落ち葉を焚くことはないはずなのに、とおっしゃっていました。消防車が駆けつける事態ではなかったようです。一体何だったのでしょうか。何事もなかったようなので安堵しました。

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posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年12月11日

科研の打ち合わせを帝国ホテルで一日中おこなう

 今回は、日比谷図書文化館での講座と勉強会が終わってからは、赤坂の宿に移動しました。夜の散策の途中に、高層マンションの間から東京タワーが見えました。私が好きな東京タワーです。京都タワーよりも、このスタイルの方が気に入っています。

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 東京の新聞配達店に住み込みで仕事をしていた19歳の時、両親を東京見物に呼びました。そして、お店の車を運転して東京タワーに案内したのです。母が私の車庫入れを褒めてくれたことを、今でも懐かしく思い出します。結婚式は、この東京タワーの真下で挙げました。私が好きな漫画家である西岸良平の『夕焼けの詩』と、その映画『三丁目の夕日』シリーズは、何度も見ました。私にとって東京というと、まずはこの東京タワーです。

 翌日曜日の朝から、帝国ホテルの1階のラウンジで、IT関係者と科研に関する打ち合わせをしました。科研のホームページがまったく進展しないので、新しくやり直すためです。ホテルのロビーには、立派なツリーが飾られています。

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 目の前に現れたのは、私がコンピュータと出会った36年前にはまだ生まれてもいない若者でした。完全に4世代は隔たってしまっていることを実感します。昔抱いていた夢と今の夢が交錯する、実に楽しい話をしながら、科研で私がやりたいことを語り、支援をお願いしました。彼なら、夢を実現してくれそうです。頼もしい若者とのいい出会いとなりました。

 そのすぐ後、午後からはまた別の方と、今度は場所をホテルの地下に移し、和食をいただきながらの打ち合わせです。今度は、データベースの構築について、その実現に向けた夢のある話です。具体的には、多言語に翻訳された日本文学作品を比較検討するためのデータベースを、どのようにして実現するか、という問題です。名古屋大学の先生を紹介していただくことになりました。
 また、『源氏物語』の写本を翻字してデータベース化して公開することについても話し合いました。打ち合わせを重ねる中で、まずは池田本と大島本の本文を「変体仮名翻字版」でデータベース化し、その2つの本文の違いが容易に確認できるデータベースの構築に取り組むことになりました。これから、その手配に着手します。
 異分野の方の力を借りて、積年の課題を何とか実現したいと思っています。

 あまりにも楽しい話が続いたので、つい話し込んだこともあり、新幹線に乗ったのは、もう夜でした。
 2つの面談は、これまでの課題を新しく展開させる上で、共に数歩前に進むことを確信させるものでした。今年一番の、稔り多い打ち合わせでした。
 車中では、話し合った内容を思い出し、期待に胸を膨らませながら文字にまとめていきました。
 人との出会いに恵まれていることを実感します。このいくつかのプロジェクトも、うまく展開していきそうです。感謝しながらの帰洛となりました。

 京都では、駅ビルの吹き抜けの間から、電飾に彩られたツリーが見えました。

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 駅前の京都タワーの前では、これも艶やかな水芸のショーが見られました。
 年の瀬となり、光の粒々が賑わいを盛り上げる演出を手伝っています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:42| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年12月10日

日比谷図書文化館で橋本本「若紫」を読む(2017-第7回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で『源氏物語』の変体仮名を読む講座のため、観光客で大混雑の京都から上京しました。
 会場である日比谷公園へ行く前に、帝国劇場の隣にある出光美術館で、「書の流儀U 美の継承と創意」という贅沢な展覧会を見ました。高野切や石山切など、重要文化財や重要美術品を堪能しました。みなさんと仮名文字を読む前に、いい目の保養となります。
 出光美術館の展望室から日比谷公園を望むと、もう紅葉は終わりかけていることがわかります。

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 日比谷図書文化館では、国文学研究資料館所蔵の橋本本「若紫」を読み進めています。
 昨日は、27丁表の3行目「や可て・可の・く尓より」からです。

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 ここで、「や可て」の「て」について、これまでとは字母の認定を変えたいと思っていることを話しました。
 これまでは、「く」に見える「て」の字母は、「弖」ではなくて「天」としてきました。「弖」は、最終画が横棒になっていない限り、字母として採択してこなかったのです。しかし、「天」とは明らかに違う形の文字で書かれている「く」に見える「弖」らしき文字は、その区別を明確にしておくべきだと思います。そこで、筆の入り方が「て」のようにはっきりとした横線ではなく、筆を突いてすぐに下に流れ、さらに「く」の線を描く仮名は、「天」ではなくて「弖」を字母とするものにしたいと思います。

 とはいっても、例外が多くて、一概にそうとは言い切れない文字もあります。
 今回の「や可て・可の・尓より」とある文字列でみると「尓より」の「く」などは、文脈からは「く」としか読めないものの、「弖」との形を区別することは容易ではありません。

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 「弖」を認めつつも、今後ともさらに検証していくという方向で対処していきます。

 また、これまで「个」としてきた文字についても認定を変えたいと思います。最後の縦棒がまっすぐ下に引かれず、一度立ち止まって筆を右に折り返して横向きの線を残してから下に流れる場合は、「个」ではなくて「介」を字母とするものとしたい、ということです。

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 これらの「弖」と「介」については、今後とも様子を見ながら、これまでの認定を変えていく方向で検討をすすめていきたいと思います。

 昨日は、27丁表の最終行末「ときやうの」まで進みました。

 終了後は、日比谷図書文化館の地下にあるレストランで、課外の勉強会である橋本本「若紫」を現代語訳する集まりに参加しました。この日は風邪が流行っていることもあって、幹事さんなど数人が欠席でした。しかし、それでも7名で侃侃諤諤の検討を展開しました。遅々として進まないながらも、楽しく「若紫」の解釈に挑んでいます。

 なお、多くのおもしろい話題が交わされた中で、「変体仮名」という名称に代わるものを提案してくださる方がいらっしゃいました。
 「大和仮名」「いにしえがな」「源仮名」「よめんがな」「歴字」「なでしこがな」などなど。
 今後、若い方々と共に親しむ「へんたいがな」の普及を考えた時、その名称は大事です。これについては、さらに検討を重ねることになりました。ご意見をいただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | 変体仮名

2017年12月09日

オイオイ!!と思うこと(5)バスやバス停で

(1)女性が持ち歩いておられるバッグのほとんどが、口をパックリと開けたままです。中が丸見えなので、財布や個人が特定できるものが眼に入ると、目のやり場に困ります。平和すぎて無防備になった社会に戸惑います。

(2)雨の日のバス停で、通りかかった車に水飛沫を浴びせかけられた時は、その車を追いかけてクリーニング代金を請求したくなります。

(3)やっと来たバスに乗ろうとした時、車体に沿うようにして来て割り込む方がいらっしゃいます。しかも、サッと乗り込むやいなや仲間のために席をいくつか確保されると、これから45分乗って帰る身としては「オイ」と言いたくなります。生活者と観光客が共存できる社会を考えるのも「観光学」だと思います。

(4)バスの中で化粧や食事をする方がいらっしゃいます。効率的な生活を実践しておられるようです。しかし、そんな醜態を見せられる方としては、できることなら見たくないものです。

(5)京都駅前のバス停では、最近は待つ人の列をジグザグにする線を地面に引いて、狭いスペースの効率化を図ろうとしておられます。しかし、現実にはその卍のような線は無視され、一直線に長々と列が続きます。緑の窓口や銀行のATMのように、ポールとベルトを屋外に設置するのも大変です。日本人だけならまだしも、海外からの方々にもこうしたルールを周知徹底することは至難の技のようです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | 身辺雑記

2017年12月08日

エクセルではなくてナンバーズを使い出す

 高校は、2学期の期末試験の時期となっています。いつもよりも早めに、天満橋経由で文の里にある明浄高校に行きました。
 私の出講日である金曜日でいうと、今年は学校行事と重なることが何度かありました。その関係で、2学期の中間試験以来、たった2回だけの授業で期末試験をすることになりました。授業はもとより、試験問題を作成するのにも何かと苦労し、そのためにいろいろと工夫をしました。

 試験日の今日は、出題した試験問題の質問を受けるために、教室を回りました。とにかく、26年ぶりの高校教員なので、昔を少しずつ思い出しながら対応しています。
 始まって30分してから、受験教室となっているクラスへ行きました。みんな、必死に試験問題と格闘していました。
 「何か質問は?」と遠慮がちに聞き、一通り教室内を机間巡視してから、試験監督の先生に挨拶をして部屋を出ました。5分くらいだったでしょうか。
 解答中の生徒のじゃまをしてはいけないと思い、そっと解答用紙を見て回りました。前回の中間試験の平均点がよかったので、この期末試験では少し多めの出題をしました。時間が足りないことが予想されてか、生徒たちは文学史の暗記をまずは片づけて、それから長文読解と作文に没頭しているところでした。

 回収されてきた解答用紙は、午後から早速採点にかかりました。
 ほぼ予想通りで、納得しながら生徒の顔を思い出して成績処理に入りました。

 その成績処理のプログラムは、これまではエクセルを使っていました。しかし、今回からはアップルのナンバーズを使うことにしました。
 エクセルをやめたのは、マイクロソフトのサポートがあまりにもいいかげんだからです。

 今年度の科研で購入した3台のMacMiniのために、マイクロソフトの「Office Academic 2016 for Mac」を2本購入しました。1本で2台までインストールできる製品です。
 アルバイトで来ている学生たちに、そのインストールをしてもらいました。しかし、私のパソコンと同様に、どうしてもインストールできないのです。私の場合は、「マイクロソフトの心寂しくやがて笑える電話サポート」(2017年10月20日)と、「他人のパスワードを勝手に削除するマイクロソフトのスタッフ」(2017年11月10日)に書いた通りです。

 学生が電話でサポートセンターに相談しても、結局はインストールを諦めざるをえなくなったのです。とにかく、電話口の担当者のおっしゃることが、学生にも意味不明なのです。理解できないのは、私だけではなかったのです。自社のサポートチームがサポートしきれない製品など、販売すべきではありません。信じられないほどに、あの栄華を誇ったマイクロソフトの惨めな凋落は、これ以上は見たくはありません。

 エクセルは、ビル・ゲイツがマッキントッシュのために作ったソフトだと聞いています。そうだからこそ、使いにくいと思いながらも、私は30年近く使い続けて来ました。しかし、多機能すぎて使いにくいエクセルは、もう我慢しながら使うことはしないことにします。
 学生たちは、Macにはナンバーズというソフトウェアが標準装備されているので、これで十分にエクセルの仕事はできる、と言います。マイクロソフトに無為な時間を吸い取られるよりもいいかと思い、もったいないことながら2本の「Office Academic 2016 for Mac」は引き出しの奥で仮死状態となります。

 今日、私はナンバーズを初めて使いました。しかも、iPad Pro で。初めてなのに、問題なく使えました。その後、iPhone と Macintosh でも、そのデータが自由に確認や書き換えができることもわかりました。

 2学期中間試験と期末試験を足して2で割り、それを国語科で決められた比率で置き換えます。そこに、これも教科で決まっている基準で産出した平常点を加えて100点満点にしたものを、2学期の成績とします。これらの一連の数字の処理を、ナンバーズで立ち所にできました。初めて使うソフトとは、とても思えませんでした。

 次は、機会を見て、マイクロソフトのワードに代わる、アップルのページズを使いこなそうと思っています。
 
 
 

posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年12月07日

読書雑記(216)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・3』

 『京都寺町三条のホームズ・3 〜浮世に秘めた想い〜』(望月麻衣、双葉文庫、2015年12月)を読みました。

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■序章「忍ぶ想い」
 平兼盛の「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」などが話題となります。これをプロローグとして、物語は軽快に進みます。物語る人々と物語られる内容や環境が、うまく物語世界に導いてくれます。心優しい仕掛けです。【3】

■「歌舞伎美人の恋慕」
 芸事をめぐる、雅な話題が展開します。ホームズに憧れるアルバイトの葵は、かすかな恋心を秘めてお店に通います。ホームズも、この葵が気になりながらも、特に話を発展させることなく語りは続きます。この微妙な二人の心の内が、巧みに語られて行きます。そして、歌舞伎の世界におけるドロドロとした愛憎が渦巻くのです。
 後半を楽しみにしていました。特に、喜助の襲名にあたっての口上を。しかし、作者はその内容を書きません。どう盛り上げるのか、楽しみにしていたのに、作者には逃げられました。下世話な話に脱したのは残念です。この作家の限界を感じてしまいました。【1】
 
 
■「聖夜の涙とアリバイ崩し」
 ホームズが葵の家に来ます。話題になるお菓子屋さんの「バイカル」「ラマルティーヌ」「ふたば」は、私にとってもご近所さんなので、日常生活の延長として、現在進行形で物語の中の一人になれます。
 しかし、語られる恋愛談義には、作者の無理な背伸びが感じられます。また、人の心を読むくだりにも、ぎこちなさを感じました。これは何なのでしょうか。空疎感が漂う物語です。
 また、次のような表現は意味不明でした。
「人は誰しも自分のことになると駄目になるとは、よく言ったものだ。
 どんなに性能の良いコンピユーターでも、甘いシロップをかけてしまったら壊れてしまうのと同じなのかもしれない。」(153頁)
 これは、不可解な文章です。【2】
 
 
■「祇園に響く鐘の音は」
 話は展開するものの、描写が少ないように思います。話に膨らみを齎らすためにも、人の心や情景を描いてほしいものです。
 新京極通りの八社寺詣りには、まだ行ったことがありません。おもしろい話題です。
 宝探しゲームと真贋判定ゲームも、それぞれにおもしろい話でした。しかし、バラバラの流れとなり、一つの作品としては構成が崩れています。このあたりがまとまれば、小ネタでつなぐ一発芸、ピン芸人的な作家から抜け出せるのではないでしょうか。子供騙しの話に終わらないストーリーテーラーになってほしいと思いました。【2】
 
 
 
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2017年12月06日

日本とミャンマーの国際交流研究会に出席して

 大阪観光大学の2階にある国際交流サロンで、観光学研究所主催の「日本とミャンマーの国際交流研究会」がありました。
 今回は、以下の趣旨と内容で開催されました。配布資料から、そのプログラムを引用します。

 ミャンマー政府ホテル・観光省職員5名の当大学での研修終了にあたって、学内で日本とミャンマーの国際交流研究会を開催します。
 研修生の所属に合わせ、テーマを「ミャンマーの食と観光」とし、プロモーションの観点でプレゼンテーションしてもらうとともに、日本人にいかにしてミャンマーをPRできるかについて参加者と討議します。

タイトル:日本とミャンマーの国際交流研究会
テーマ:「ミャンマーの食と観光」
期日:12月6日(水)15:00−16:30
   *意見交換会 16:30−17:00
場所:大阪観光大学国際交流サロン
主催:大阪観光大学観光学研究所
コーディネーター:大阪観光大学観光学部 中村忠司

プログラム:

発表1 「ミャンマーの観光について」  ミャンマー政府ホテル・観光省
       ティッパイン・チョ(日本語) テッテッ・ウェー(英語)

発表2 「ミャンマーの食について」   ミャンマー政府ホテル・観光省
     テーザー・トゥン(日本語) タンザー・チュー・ジン(英語)

発表3 「日本におけるミャンマーのプロモーションの検討」
               大阪観光大学 中村忠司(英語、日本語)

質疑応答

*発表の視点:地域再生、イベント、ユニバーサル、女性、健康


 まだミャンマーに行ったことのない私にとって、非常に興味深い内容でした。
 最後に私は、一つ質問をしました。それは、日本文学作品でミャンマー語に翻訳されている本を集めたいと思っていることです。
 これに関しては、実際にミャンマーに行けば、いろいろとお手伝いしていただける、という回答をいただきました。
 これまでがそうであったように、実際に現地に足を運ぶと、書籍はもとよりさまざまな情報が集まります。大学の先生のみならず、図書館の司書の方とお話をする中で、貴重なものが得られるのです。こうした手法で、海外における日本文学に関するたくさんの情報をこれまでに得て来ました。
 今、私の手元には、ミャンマー語訳の日本文学関連の書籍も情報も皆無です。これは、自分で実際に行って収集して来るしかありません。
 ということで、来週は具体的に現地調査についての打ち合わせをすることになりました。
 これに関連する情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ◆国際交流

2017年12月05日

読書雑記(215)白川紺子『下鴨アンティーク 回転木馬とレモンパイ』

 『下鴨アンティーク 回転木馬とレモンパイ』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2015年6月)を読みました。シリーズ第2作目です。

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■「ペルセフォネと秘密の花園」
 粗筋だけが語られています。描写がないので、話に付き合うだけでした。モタモタした話で、緊張感がない眠い話です。【1】


■「杜若少年の逃亡」
 連想ゲームのように、メッセージを巡って話が展開します。能の演目であったり、シェクスピアであったり。しばらくは振り回されました。この話が、スーッときれいに着地してまとまります。この作者は、短めの話がうまいようです。【3】


■「亡き乙女のためのパヴァーヌ」
 アンティーク調の着物を着た女子高生たちのティーパーティーが、軽やかに音楽の話へと転調していきます。帯に刺繍された音符から謎解きが始まります。中程からは、鹿乃の友達の奈緒が中心となります。話が長くなったにも関わらず、この手法で物語は緩んだり拡散したりしません。うまい切り替えです。
 昭和20年の西陣空襲のことが、話を引き締めています。男女の恋心も、ふんわりと話全体を覆っています。【5】


■「回転木馬とレモンパイ」
 本話は、アンティークの着物ではなくて、オルゴールの謎解きです。回転木馬にレモンパイなど、話が飛び過ぎていて作り過ぎだと思いました。情の部分で話を盛り上げようとします。しかし、空回りをしていたのが残念です。最後はなんとか着地しました。しかし、作り事めいた印象が終始拭えませんでした。【2】
 
 
 
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2017年12月04日

京洛逍遥(479)冬支度に入った洛北北山と有馬六甲

 賀茂川上流に位置する北山方面の景色は、鮮やかな紅葉が見られないままに冬支度へと移っていきます。

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 川風が弱い日に、鴨たちは賀茂川の散策路に上がってきます。川岸には、鷺が一休みしています。

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 賀茂街道は桜と欅の並木道なので、紅葉が見られるのはほんの数箇所です。

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 洛北は日々冬に向かって、色あいを薄くしています。

 義兄のお見舞いがてら、芦屋から六甲に行ってきました。紅葉はすでに終わり、山は冬支度に入っています。東六甲の展望台から眼下を眺めました。
 眺望図の左手の北から右手の南へと視線をずらすと、私の通勤経路が一筋の線として確認できます。

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 まずは、左端に比叡山が。

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 続いて、中央に生駒山が。

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 そして、右端に関西国際空港が見えます。

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 こうして見ると、左端から右端へと通勤で移動するのに3時間かかるということが、視覚的に納得できます。距離にしてちょうど100キロメートル。鳥の目で見る鳥瞰図というものを体感することができました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年12月03日

アレッ! と思う時〈その4〉日々の中で

(1)颱風の襲来で大暴れしている風鈴。異常気象のせいか、夏や秋にこれまでになかったパターンで颱風が来るようになりました。日本的な風物詩も、自然と社会の噛み合わせがうまくいかず、実情と合わないものに出くわすことが多くなりました。

(2)空き家の軒下にぶら下がったままの、なんとも寂しげな風鈴。もちろん、短冊は付いていません。京都でも洛外は空き家が目立ちます。狭い路地の奥の家は、建て替えもできず、さびれ行くままです。高齢化と少子化の波が押し寄せているせいだとか。

(3)確認や相談のために病院や会社に電話をしたら、ちょうど受付時間が過ぎていた、ということがよくあります。不具合やトラブルの対処を、まずは自力でします。そして、電話で確認や相談をしようとする頃は、決まって17時を過ぎていることが多いのです。

(4)用事のある会社が、コンビニに変身していたことに気づきました。用件をすまそうと思って行ったところ、お目当ての会社がなかったのです。最近、会社やお店が移転や新設をめまぐるしく行なっています。これは洛中に多い現象です。喫茶店・美容室・歯医者・携帯電話店・コンビニ・パン屋・ラーメン屋などなど。

(5)電車の自動改札で、別の鉄道会社の定期券やカードや回数券を入れて「ピンポン」と鳴った時。通勤に3つも4つもの鉄道を乗り換えているので、無意識に別会社のカードを出してしまうことが増えました。いろいろな経路を試し、一番いいものを探しているせいでもあります。
 
 
 
posted by genjiito at 20:39| Comment(0) | 身辺雑記

2017年12月02日

オイオイ!!と思うこと(4)バスの中で

(1)バスなどの車内放送で、「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください。それ以外の方は通話をご遠慮ください。」と流れています。これは実態とあまりにも違いすぎます。「電源」と「通話」という言葉が虚しく聞こえます。みなさん、この放送を無視しておられるのではなくて、単語が意味をなしていないのです。

(2)バスの車内案内で、「次、停まります。扉が開くまでその場でお待ちください。」とか、「バスが停車するまで、お立ちにならないでください。」というアナウンスが流れます。これは、他の乗客に迷惑をかけないためにも早く降りなければ……、という、他の乗客への気遣いという心理と、その実情が合っていません。

(3)前降りのバスの精算機付近が狭くなっています。旅行者が荷物を持っていると、なかなか降りられません。特に京都では日常茶飯事で、運転手さんがマイクで「降りる方のために空けてください」と叫んでおられます。この実態を受けて、最近は前乗り後降りが検討されているようです。

(4)前から降りるバスでは、出口付近がすぼまっています。その近くに座っていると、しばしば靴のつま先を踏まれたり蹴られたりします。旅行者のキャリーバッグが弁慶の泣き所や膝の皿などにぶつかると、本当に蹲ります。かと言って後方に座ると、降りるときに人を掻き分けるのが大変です。

(5)車中で女性が肩から掛けておられる高価そうなバッグが、目と鼻の先で揺れています。座席に座っている私の顔を、そのバッグで殴られることがよくあります。角などが当たると、顔面を覆ってしばらく苦しみます。当のご本人は知らぬ存ぜぬなので、独り静かに耐えるしかありません。
 
 
 

posted by genjiito at 19:21| Comment(0) | 身辺雑記

2017年12月01日

翻訳本のミニ展示・第六弾は《上代・中世・近世文学》

 6回目となる翻訳本の展示替えをしました。
 大阪観光大学の図書館3階の一角を借りて、日本文学作品の翻訳本を展示しています。
 これで、本年度のミニ展示は終了します。
 今回も、『源氏物語』以外の作品として、上代・中世・近世文学の諸作品をご覧いただきます。
 20冊の翻訳本を並べました。ただし、今回も個人的に持っている本ということもあり、平安時代以外の本は極端に少なくなりました。お手元に余っている翻訳本がございましたら、ご恵与いただけると幸です。
 なお、これまでに展示した翻訳本と書誌情報は、一冊のパンフレットとしてまとめる準備を進めています。明年3月までには発行しますので、しばらくお待ちください。

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 この展示で見ていただくのは表紙だけです。しかし、それでも多彩な各国の顔がうかがえますので、どうぞお楽しみください。

 今回も、展示ケースの上にプリントを置きました。ご自由にお持ち帰りください。以下に、その内容を参考までに引用します。



《世界中の言語に翻訳された上代・中世・近世文学》



  平成29(2017)年11月30日(木)〜
       平成30(2018)年3月30日(金)

          於:大阪観光大学 図書館3階

 今回の特設コーナーでは、翻訳された上代文学・中世文学・近世文学の表紙デザインの多彩さを楽しんでいただけるような選書をしました。各国で古典文学作品がどのように受容されているか、という視点でご覧いただけると幸いです。

【上代文学・中世文学・近世文学が翻訳されている21種類の言語】
イタリア語・英語・韓国語・スペイン語・タイ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・デンマーク語・ドイツ語・トルコ語・ハンガリー語・ヒンディー語(インド)・フランス語・ブルガリア語・ベトナム語・ベンガル語(インド)・ポーランド語・ポルトガル語・ラトビア語・ルーマニア語・ロシア語


【展示している作品】
上代:『古事記』、『風土記』、『万葉集』

中世:『山家集』、『住吉物語』、『徒然草』、『東関紀行』、『とはずがたり』、能(『葵上』、『敦盛』、『綾鼓』、『生田』、『生贄』、『烏帽子折』、『杜若』、『景清』、『通小町』、『邯鄲』、『砧』、『熊坂』、『絃上(玄象)』、『猩々』、『須磨源氏』、『隅田川』、『卒塔婆小町』、『高砂』、『谷行』、『田村』、『張良』、『経正』、『錦木』、『白楽天』、『羽衣』、『橋弁慶』、『鉢の木』、『初雪』、『船弁慶』、『放下僧』)、『弁慶物語』、『毎月抄』

近世:『心中天網島』、『懐硯』、『万の文反故』



≪ 上 代 ≫


☆『古事記』
◯イタリア語訳『古事記』(2006年)
パオロ・ヴィランニによる訳。
表紙には、アイボリー色の地にタイトルと古事記の文字。

◯タイ語訳『古事記』(2010年/タイの暦で2553年と記載)
スワンダラー・アッタヤにより、『古事記』に登場する神と神話、神社の話が翻訳されている。
表紙には、日本地図、花、渦巻き模様。

☆『風土記』
◯英訳『風土記』(1997年)
ミチコ・山口・青木による訳。
表紙には、赤茶色の地に金色の字でタイトル、同じく金色で月と木。

☆『万葉集』
◯英訳『万葉集』(2009年)
中村久司による訳。
表紙は風景写真の地に緑色と桃色の絵の具をかける。

◯スペイン語訳『万葉集』(1992年)
ジェニ・ワキサカによる訳。
表紙は『万葉集』第4巻543にある笠金村の歌「大君の行幸のまにま〜立ちてつまづく」のうち、「(真土山 越ゆら)む君は〜すべを」までの写本の画像。裏表紙には、同歌の画像が全文掲載。

◯中国語訳『万葉集』(2002年)
赵乐甡による訳。
表紙は徳川美術館蔵『国宝源氏物語絵巻』「橋姫」。


≪ 中 世 ≫


☆『山家集』
◯英訳『山家集』・『聞書集』(1991年)
バートン・ワトソンによる訳。
表紙は岩佐又兵衛が西行を描いたもの。

◯英訳『山家集』(2003年)
ウィリアム・R・ラフレールによる訳。
表紙は加山又造『花』(東京国立近代美術館蔵)。

☆『住吉物語』
◯イタリア語訳『住吉物語』(2000年)
カロリーナ・ネグリによる訳。
表紙は早稲田大学蔵『住吉物語』の絵。

☆『徒然草』
◯中国語訳『徒然草』(2004年)
王以鑄による訳。
表紙の上部には草の絵。

☆『東関紀行』
◯フランス語訳『東関紀行』(1998年)
ジャクリーヌ・ピジョ−による訳。
表紙は『西行物語絵巻』の一部。

☆『とはずがたり』
◯フランス語訳『とはずがたり』(2004年)
アラン・ロシェによる訳。
表紙はいわゆる引目鉤鼻の女性の顔を描いたもので、絵巻の一部と思われる。

☆能に関する翻訳書籍
◯能に関する翻訳書籍(英語・1959年)
『通小町』、『須磨源氏』、『熊坂』、『猩々』、『田村』、『錦木』、『砧』、『羽衣』、『景清』、『葵上』、『杜若』、『張良』、『絃上(玄象)』
エズラ・ウェストン・ルーミス・パウンド/アーネスト・フランシスコ・フェロノサによる訳
パウンドがフェロノサの遺した原稿を英文でまとめたもの。能の写真が掲載されている。
表紙は、能の写真を中心にチャールズ・カプランがデザイン。

◯能に関する翻訳書籍(英語・1965年)
『敦盛』、『生田』、『経正』、『熊坂』、『烏帽子折』、『橋弁慶』、『景清』、『鉢の木』、『卒塔婆小町』、『綾鼓』、『葵上』、『邯鄲』、『放下僧』、『羽衣』、『谷行』、『生贄』、『初雪』、『白楽天』
アーサー・ウェーリーによる訳。
上記の作品の他に、代表的な作品と狂言についての解説を掲載。
表紙はクリーム色の表紙に橙色でタイトルの文字。

◯能に関する翻訳書籍(英語・1981年)
『敦盛』、『生田』、『経正』、『熊坂』、『烏帽子折』、『橋弁慶』、『景清』、『鉢の木』、『綾鼓』、『葵上』、
『邯鄲』、『放下僧』、『羽衣』、『谷行』、『生贄』、『初雪』、『白楽天』(英語・1981年)
アーサー・ウェーリーによる訳。
上記の作品の他に、代表的な作品と狂言についての解説を掲載。
表紙は『羽衣』に登場する天女の写真。

◯能に関する翻訳書籍(スペイン語・2008年)
『高砂』、『敦盛』、『杜若』、『羽衣』、『隅田川』、『邯鄲』、『通小町』、『葵上』、『船弁慶』
クララ・ジェーンズにより翻訳され、高木香世子が編集したもの。本文には翻訳作品の他、能に関する解説・写真と『羽衣』の版本と『七十一番職人歌合絵巻』「白拍子」・「曲舞々」の絵を掲載。
表紙は能の写真を中心にチャールズ・カプランがデザイン。

☆『弁慶物語』
◯アラビア語訳『弁慶物語』(2001年)
アフマド・モスタファ・ファトヒによる訳。
表紙には赤紫色で「弁慶物語」というタイトル。

☆『毎月抄』
◯イタリア語訳『毎月抄』(2006年)
アルド・トリーニによる訳。
表紙は書道家のナツミ・カトウによる、「帰るさのものとや人のなかむらんまつ夜ながらの有明の月」、「旅人のそて吹きかへす秋風にゆふ日さひしき山のかけはし」の歌と、その背景に「藤原定家」の文字。

≪ 近 世 ≫


☆『心中天網島』(スペイン語・2000年)
◯スペイン語訳『心中天網島』
ハイメ・フェルナンデスにより翻訳され、タシアナ・フィサックと高木香世子が編集したもの。
表紙は鈴木春信『雪中相合傘』。

☆『懐硯』・『万の文反故』(フランス語・2000年)
◯フランス語訳『懐硯』巻1-1、1-2、2-2、『万の文反故』巻5-3
ダニエル・ストリューブによる訳。翻訳本文の他に、西鶴の研究者による論文を掲載。
表紙は芳賀一晶『浪華西鶴翁像』、裏表紙はこの書籍の説明と「烏賊の甲や我が色こぼす雪の鷺」(難波西鶴/『俳諧百人一句』)という、西鶴の俳句が書かれた絵。

 
 
 
posted by genjiito at 23:47| Comment(0) | ◆国際交流

2017年11月30日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その8)「盤」という文字

 今日も大学の図書館の一角で、学部1年生を担当者として、橋本本「若紫」の写本を変体仮名に忠実な読みをしながら勉強しました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とがテーブルを囲み、一緒に変体仮名を読む集まりです。あくまでも、自主的に開催している課外学習です。今日の参加者は7名でした。

 ちょうど、付箋跡がある所が出て来たので、私がこの「若紫」を実見した時のことを話しました。この付箋跡は、書写した写本の本文を、跡で修正や追記するための目印だと思われます。もっとも、書写した人とは違う、別の人の仕業かもしれません。あるいは、後の人が他本と校合しながら、補訂箇所に付箋を貼ったのかもしれません。
 いずれにしても、後でまとめて手を入れる作業をするため、その行頭に目印として付箋を貼り付けた箇所であり、剥がした跡なのです。
 原本の紙面を、懐中電灯の光を斜めに当てて仔細に見ると、付箋の痕跡がはっきりと確認できます。このことは、昨秋、日比谷図書文化館の講座を受講しておられた皆さんと、原本を閲覧した折に確認したことでもあります。テキストとして使っている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)では、こうした痕跡も忠実に再現できるように注記しています。

 橋本本「若紫」を読み進めていると、「盤」を字母とする文字は濁る音に使われていることが多いのではないか、ということが想定できるようになってきました。このことに、参加者は大いに興味を示しました。ささやかなことながらも、この集まりとしては一つの発見なのです。
 今日見た本文では、次の「【見】ゆれ盤」という文字列がその例の一つです。

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 手元にあるデータベースでこの「盤」が出てくる箇所を確認すると、この文字の使われ方の傾向がわかるはずです。来週にでも、テキストを作成した時の基礎資料が手元のにあるので、そのデータベースを使って、学生たちに調査してもらおうと思っています。疑問点や仮説が生まれたら、すぐに調べ、暫定的であっても何らかの結論を得ておく、という訓練をしてもらうつもりです。この勉強会に集まっている1年生は、まだ研究の意義も手法もわからない状態にいます。そうであるからこそ、こうした疑問を抱いたその時が、解決するための方策を模索する格好のタイミングなのです。そうした態度を、試行錯誤の中で身に付けてくれたら、という期待を込めて調査してもらおうと思います。

 もし、すでにこのことを記した書籍や論文などをご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 変体仮名