2021年05月13日

[学長ブログ]コミュニティ通訳に関するオンライン認証授与式の報告

 大阪観光大学は、今年3月18日より、「ISO13611_2014通訳_コミュニティ通訳のためのガイドライン」の認証機関となりました。日本で初めて認証機関として認定されたものです。
 この資格の用件を満たす方には、大阪観光大学学長署名で『ISO13611:2014 通訳-コミュニティ通訳のためのガイ ドライン』認証書(期限3年間、継続には更新審査要す)を発行します。
 この件では、すでに大阪観光大学のホームページ「『ISO13611_2014通訳_コミュニティ通訳のためのガイドライン』認証授与のお知らせ」(2021年3月18日)で公表しています。「コミュニティ通訳」とは、『ISO13611:2014』の国際規格において「コミュニティ利用の目的で、コミュニケーションの場面において異なる言語の話者間で起こる双方向の通訳」と定義されており、観光客や被災者への通訳行為も含まれる、とされるものです。

 本日、午後3時から〈『ISO13611:2014通訳ーコミュニティ通訳のためのガイドライン』オンライン認証授与式〉を挙行しました。大阪観光大学学長署名で、『ISO13611:2014 通訳−コミュニティ通訳のためのガイドライン』認証書を、8名の方に発行するものです。本邦初の式典であり、しかもコロナ禍でのオンライン授与式ということで、記録と記憶に残る記念すべきイベントとなりました。授与式の様子は、後日ビデオ収録した動画像を再編集したものを公開する予定です。

 この認証は ISO の国際認証規格に基づくものであり、国家レベルの第三者プライベート認証です。
 『ISO13611:2014通訳ーコミュニティ通訳のためのガイドライン』の認証を授与する認証機関は、日本では大阪観光大学が初めてです。この認証授与機関となることに積極的な働きかけをしてくださった、大阪観光大学の佐藤晶子先生によると、大阪観光大学以外の認証機関としては、オーストリアの「インスティチュート・オブ・サイエンス・アンド・テクノロジー・オーストリア」(オーストリア科学技術大学)だけだそうです。まさに、日本で唯一、世界でも2つしかない認証機関だということになります。終始ご助言をたまわりました ISOコミュニティ通訳認証言語能力審査官で大阪大学名誉教授の林田雅至先生には、あらためてお礼を申し上げます。

 今回の授与者は8名。その内の6名が本日のオンラインでの認証授与式参加となりました(2名の方は業務の都合で欠席)。始まるまでは、オンラインの授与式がどんなものになるのか、私にはまったくイメージが湧きませんでした。しかし、佐藤晶子先生と管理課長の佐藤智子さんのご尽力で、すばらしい式典に仕上げてくださいました。そのご労苦に対して、この場を借りて深甚の謝意をお伝えします。第2回は、ぜひとも対面での授与式にしましょう。引き続き、よろしくお願いします。

 さて、本日の式次第の概要を、参考までに以下に掲載します。

『ISO13611:2014通訳ーコミュニティ通訳のためのガイドライン』オンライン認証授与式


14:50    待機室 順次入室
15:00    開会の挨拶 佐藤晶子
 「皆様、本日は緊急事態宣言発令中の中、オンラインでお集りくださり、ありがとうございます。
 大阪観光大学は3月18日『ISO13611:2014』認証機関となりました。
 地方独立行政法人りんくう総合医療センター国際診療科部長、大阪大学医学系研究科 招へい准教授、阪大医療通訳養成コース責任者 南谷かおり先生、
 一般社団法人 臨床医工情報学コンソーシアム関西務局長 石井洋子様、
 大阪大学COデザインセンター教授 林田雅至先生、
 株式会社スーパーステーション ディレクター、一般社団法人ナレッジキャピタル 総合プロデューサー首席補佐、大阪大学COデザインセンター 招へい教員、大阪大学医療通訳養成コース講師 印南敬介様、
 公益財団法人大阪公衆衛生協会 井戸事務局長、会長高野正子様
 以上の産学官連携によるご協力を賜り、本認証は実現いたしました。
 ここに厚くお礼申し上げます。
 本国際規格認証は、第三者プライベート認証となります。
 本認証授与式は録画させていただいております。ご了承ください。

 本学伊藤 鉃也 学長より皆様にご挨拶申し上げます。」

15:05-15:20 ご挨拶 伊藤学長

15:20-15:30 認証授与式
 (以下、オンライン出席の6名に、学長からの認証授与/画面共有で認証書を画面に投影)

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15:30 -15:40 ご挨拶 林田教授
15:40- 15:50 認証授与者の方々からのコメント
       研究協力者である大阪観光大学教授谷口裕久先生と、管理課長佐藤智子さんからのコメント
15:50   閉会の挨拶 佐藤晶子


 すばらしい授与式となりました。
 認証書を読み上げた後に、実際に証書を手渡しする感触がなかったことだけが、私としては心残りです。
 「おめでとうございます。ますますのご活躍を祈念します。」という気持ちが、この手渡しによって伝わると思うからです。感触を共に感得するという貴重なコミュニケーションを、このネット越しでどう共有するか、ということです。オンラインの授与式なので無理難題だとは知りつつも、これらは次回の課題とします。
 とにかく、第1回は大成功でした。
 関係者のみなさま、ご協力をありがとうございました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:35| Comment(0) | ■大学新生

2021年05月12日

入院3日目の退院直後にリモート会議と高野散策

 昨夜は、脳波を調べるため頭部に電極を20個ほど、心電図のために手足と胸に10個の電極が貼り付けられた状態で寝ることとなりました。

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 鼻には風が送られてくるマスクを、昨日と同じように着けています。
 呼吸法がわかったせいか、息苦しさはありませんでした。それでも、いつもと違って顔を覆った状態なので、ほとんど眠れませんでした。
 真夜中、眠れないままに気晴らしにスマートフォンでニュースを読んでいたら、脳波などの検査に影響するということで注意を受けました。楽しみにしていたブルックナーも聴けないまま、ウツウツと朝を迎えることとなりました。2日続きの睡眠不足で、今日はボーッとしています。仕事で睡眠時間が少ないことは、しばしばです。しかし、身体を拘束されての不眠は、疲れが倍加します。

 朝食のオムレツはフワフワで、おいしくいただきました。

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 食後に、主治医の先生から簡単な結果の説明と、今後の治療の話がありました。とにかく、マスクに風を送る機器を枕元に置いて眠る生活が、これから毎日続きます。これがいつまで、何年続くのか、先のことはよくわかりません。言われるがままに、指示のままに対応していくしかありません。脳梗塞や心筋梗塞のためにも良い影響があるとのことなので、長生きをするためということで、馴染むしかありません。
 毎日のデータは、機器にセットしたSDカードに記録されます。毎月の診察時にそのSDカードを持参し、記録されたデータから経過を観察していただくことになります。
 2日間の体験をやってみて、この治療方法は苦痛で受け入れ難いので別の対処策はないか、と訊ねようかとも思いました。しかし、とにかくこの提案を受け入れ、問題が出てきた時点で治療方針の再検討をお願いしよう、と思い直しました。何事もまずはやってみてから、という開き直りです。
 その後、看護師さんから機器の使い方の説明などを受けました。大きなバッグに、機器一式を詰めて持ち帰ります。長いホースなどがあることもあり、重くはないものの嵩張る道具類が詰まったバッグです。

 退院手続きを終えてからの帰りに、病院の敷地内で東大路通り沿いにおられる全快地蔵さまに、退院の報告と今後の安穏をお願いしました。

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 写真の左端に、消防署員の方がおられます。実は、退院手続をしている最中に、病院の館内に非常ベルが鳴り響いたのです。火災警報です。これが、3度ほど間欠的に作動したので、手続き待ちをしている方々も腰が浮き上がっていました。地下1階で非常ベルが鳴っているとのことです。そのために、消防車が3台は来ていたようです。特に異常はなかったようで、署員の方は念を入れた確認をしておられるところでした。いろいろなことがあります。

 自宅に帰るとすぐに、予定されていた大阪観光大学の最高意思決定機関である大学協議会の会議に、リモートで参加しました。病院での3日間とまったく違う時間の中に身を置いたので、突然の切り替えはかえってスムーズでした。モニタに映る私は、数時間前までベットに横たわっていた人間と同一人物だとは、どなたも思われなかったことでしょう。
 破綻した大学の「新生・再建」は、管財人の弁護士さんと教職員のみなさまのおかげで、順調に進んでいます。そうであっても、さまざまな問題が山積しています。一つずつ丁寧に対処し、処理をしている段階です。

 1時間40分の会議が終わってから、このところ運動不足だったので、高野にある洛北阪急スクエアへ行き、館内を歩き回りました。外は本降りとなっています。広いショッピングセンターを、とにかく大股で歩きました。気分の切り替えは、今日だけで2段にわたってギアをチェンジしたことになります。

 無事に、慌ただしい日常に戻りました。
 元気に長生きするためにも、これまでと変わらず、日々を大事にしていきたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 20:25| Comment(0) | *健康雑記

2021年05月11日

入院2日目の記録

 一晩中、マスクをした状態で空気を送り込む「鼻マスク持続陽圧呼吸療法」を受けました。鼻から強制的に空気が送られてきていると、息が吐きにくくて眠れません。こんな時こそ、あの長ーぃブルックナーの交響曲を聴くに限ります。今回は下野竜也(大阪フィル)の0番にしました。

 真夜中の2時頃でした。突然鼻の通りが悪くなり、グスグスしているうちにクシャミが立て続けに3回。続いて鼻水も。マスクを着けていると何も対処できないので、外して鼻をかみました。そうこうするうちに、看護師さんが天井に設置されている監視カメラで私の様子を確認なさっていたようで、すぐに来てくださいました。事情を説明すると、シーパップという機械には加湿の機能もあるとのことで、すぐにその装置を追加で装着。これで、呼吸がずっと楽になりました。

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 送られてくる空気も柔らかくなり、しかも幾分弱めになったために、息苦しさはなくなりました。呼吸も格段に改善。
 今度は、カール・ベーム(ウィーンフィル)のブルックナー第4番「ロマンティック」にしました。この曲が一番好きです。事ある毎に、無心になりたい時に聴く曲です。これで、朝までウトウトしました。

 今朝の食事は適量で、昨日に続き完食。

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 朝の回診に来られた先生の話では、途中経過ながら、昨夜の私の呼吸は頻繁に止まることもなく、ごく普通だったそうです。機器を使った効果は明らかだとのこと。予想通りの結果に満足のご様子です。この機器を今後レンタルするための書類に、説明を伺いながらサインしました。フィリップスの製品です。明日の夜からは、我が家の寝室にこの機械が鎮座するのです。まだ、これを自宅で使っているイメージが湧きません。月極のレンタルで、毎月1回の受診となるそうです。糖尿病の診察が2ヶ月に1回なので、うまく日にちを合わせましょう。

 お昼ご飯の前に、運動不足を解消するために院内を歩きました。階段を登り降りしていると、息切れがしてきました。歩数3,000歩で。階段のために負荷がかかっていたとはいえ、相当身体は弱っています。明日から、また賀茂川散歩に励みます。

 お昼ご飯も完食。今回は、ご飯の焚き具合がイマイチのように思われます。この積貞棟の調理場は、すでに何度か書いたように、にぎり寿司も出せるほどに評価が高いはずです。しかし今回は、おかずも少し味が濃くなったように思います。病棟の味付けが変わったのか、私の体調のせいなのか。この1年間に4回も入院した病院なので、いろいろな変化に気付くことがあります。どうでもいいことですが。

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 その後、また病院の書類を書かされた後、昨日よりも早めにシャワールームへ行き、さっぱりとしました。

 私の入っている病室のすぐ隣の建物は、山中伸弥先生がおられる iPS細胞研究所です。

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 山中先生は、新型コロナウイルスにも挑戦中とのことです。今、何をなさっているのでしょうか。あまりマスコミに取り上げられていないので、きっと密かなミッションに挑んでおられることでしょう。発表が楽しみです。

 メールを書いたり持参した本を読んだりするうちに晩ご飯です。

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 今夜は、昨夜の機器に加えて、身体中に電極をつけられます。前回の3月と同じように、30個以上の端子が頭や身体に貼り付けられます。まさに、私は今は実験材料と化すのです。
 食後の8時以降は身動きができないので、今日の入院記録はここまでです。
 明日の朝、無事に目覚めたら、今夜のことを書きましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 19:35| Comment(0) | *健康雑記

2021年05月10日

入院初日はマスクを着けて寝る

 本日午後、1時間以上も早く入院手続きをするために京大病院へ行きました。しかし、私の前の方が手続きに手間取っておられたので、30分ほど待たされました。
 私の手続きが終わり、病室に入ったのは、ちょうど入院予定の時間でした。
 病院での時間は、日常とは違う不規則な振れ幅で蛇行しています。
 今夜から、睡眠時無呼吸症候群の検査と治療が、2泊3日で始まります。2ヶ月前にも、この積貞棟の同じ階のこの同じ部屋に入院しました。今日は、その延長の治療です。11年前には、この積貞棟で胃癌の手術を受けているので、勝手知ったる病棟です。看護師さんも、ご存知ですよねと、説明や案内にショートカットがいくつかありました。

 トイレに掲示されていた注意書きに、時代の変化を感じました。いろいろな背景を考えさせてくれる文章です。

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 夕食は、ごく普通の食事です。というよりも、少なすぎです。食後、持参した栄養剤やビスケットを口にしました。

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 食後、シーパップという機材を着けて寝ました。装備は、なかなか大げさです。これを毎晩使うとなると、いつまで続くのか心配になります。

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 治療の計画書によると、「鼻マスク持続陽圧呼吸療法」を導入することで、その効果を判定する、となっています。夜間の、睡眠時の検査と治療が中心です。この蛇腹のホースから空気が出てくるので、睡眠中に舌で咽が塞がれるのを防ぐのだそうです。

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 息を吸うのはいいとして、吐く時に空気を鼻から押し出す感じで呼吸をします。慣れれば、どうということはないそうです。とにかく、一晩やってみます。今日は、前回のようにたくさんの電極は着けません。
 
 
 
posted by genjiito at 20:37| Comment(0) | *健康雑記

2021年05月09日

京洛逍遥(706)賀茂川畔を走る人たち

 ゴールデンウィークが明けた週末は、賀茂川の散策路をランニングする人たちで溢れ返っていました。連休の運動不足を補おうとするかのように、老若男女が思い思いの姿で走っておられます。遠来の旅行者ではありません。
 以下、スナップ写真をご覧ください。

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 鷺たちも、いつものようにしっかりと河原を見張っています。

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 飛び石は、水嵩が低いので楽に渡れます。

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 鴨たちも、のんびりと泳いでいる休日のひと時でした。

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posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年05月08日

京洛逍遥(705)白川通りから国際会館へ

 白川疎水通りを東に向かって歩き、白川通りのあたりをブラブラしました。
 人の少ない所を選っての散策です。

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 曼殊院までは行かず、修学院駅から高野川に出ました。そして、川の水音を聞きながら新緑の小径を縫い、国際会館へと北上しました。

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 2羽の鴨が、奥まった茂みの中までやってきて、狭い水路で水浴びを始めました。わざわざこんなところにまで来なくても、と思いながらも、鴨には鴨の考えがあってのことなのだろうと、しばらく様子を見ていました。二人きりになりたかったようです。

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 宝ヶ池公園の子どもの楽園は、予想通り臨時休園でした。コロナ対策のためです。このいい天気の一日、子供たちが遊び場で走り回れないのは、感染予防で致し方なしとはいえ、本当に気の毒です。こいのぼりも淋しそうです。

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 比叡山を視界に入れながら飛び石を渡ると、北園に出ました。

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 北園では、比叡山を背に国際会館を眺めてお弁当をいただきました。

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 人が少なかったので、誰に気兼ねすることなく、のんびりと緑の中に身を置くことができました。ゴールデンウィークの余韻に浸る一日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 18:38| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年05月07日

京大病院で入院前のPCR検査

 今日は、2軒(?)の病院をハシゴです。
 午前中は駅前の歯医者さん。なかなか完治しません。日本のコロナ政策よろしく、チビチビと小出しで治療がなされています。治療しているのは、昨年7月に手を着けた治療の延長です。間欠的に痛みが出ます。東京にいた時には、東京医科歯科大学の官舎で暮らしていたこともあり、結構恵まれた環境で治療ができていました。
 お医者さんを変えるというのは、なかなか悩ましいものです。コンビニの数以上に歯医者さんはあります。我が家の周辺にも、両手に余るほどの多さなので、どこへ行けば一番自分に合った治療が受けられるのか、難しい選択を強いられます。そして、1度行くとなかなか抜けられないので、困ったことになります。これはもう、縁と思うしかありません。

 午後からは京大病院。来週10日(月)から、2泊3日の予定で入院します。その事前検査として、本日はPCR検査がありました。感染防止は徹底しています。
 院内の別室でセルフサービスよろしく、一人で孤独に綿棒を使って検体を採取し、手渡された液体入りの小さな筒に綿棒を入れて提出します。陰性の場合は予定通りの入院となり、陽性の場合に限り中止の連絡があるそうです。2ヶ月前(3月1日)の入院前の時と同じ方式です。
 この前のPCR検査では、綿棒を鼻の奥まで突っ込み過ぎて苦しい思いをしました。今日は、要領もわかっていたので、手際よくスムーズにできました。

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 いつもは大混雑の院内も、コロナのせいもあってか今日は閑散としていました。診察や検査に、制限でもかかっているのでしょうか。もしそうだとしたら、コロナ以外の病気に罹った方などは、どうしておられるのでしょうか。
 高度な医療で命拾いをする方は、私を含めて多くいらっしゃるはずです。生き続けられることを保証することは、医療にとって大事なポイントです。コロナに限らず、他の病気においても、万人に満遍なく診察が受けられるような医療体制が確立しているのでしょうか。コロナが特別視され過ぎているように思えてなりません。もちろん、いろいろな基礎疾患を持っている私自身にとっても、コロナは一番の関心事です。そうであっても、しかし、という思いが、こうして総合病院に来ると、心のどこかに疑問として生まれます。これは何なのでしょうか。
 以上、今日たまたま見た範囲での感想です。コロナの対応に追われておられる方には、的外れな印象批評で失礼な物言いかもしれません。ご寛恕のほどをお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 18:43| Comment(0) | *健康雑記

2021年05月06日

読書雑記(312)伊井春樹著『人がつなぐ源氏物語』

 『人がつなぐ源氏物語 藤原定家の写本からたどる物語の千年』(朝日選書1017、朝日新聞出版、2021年2月)を読みました。

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 本書の冒頭、「はじめに−−『源氏物語』写本への招待」に、本書の位置付けが明記されています。

 今後も長く信頼のおける「源氏物語」を読む上において、作品が生み出された時点から、時を経て今日まで伝えられてきた実態をたどり、今後の課題を提起してみたく思う。(8頁)


 そして、第一章が始まるや否や、大島本の本文に問題点があることが提示されます。「持仏」なのか「仏」なのか、ということです。ただし、掲載されている図版写真や大島本のカラー写真を確認すると、この「志も仏」と書かれている「志」の右横には、「持イ△」という傍記があり、それが擦り消されています。本書では、このことの説明はありません。この傍記は何でしょうか。また、「尓しおもて尓」と「志も仏」の文字の間には朱点があります。この朱点も、その意味することをあらためて確認する必要がありそうです。この部分に関しては、この指摘を出発点としてさらに問題は拡大しそうです。大島本に書き写されている文字列に疑問を持ち、さらには補訂の手が多く入っていることを再検討すべきことの大切さがわかります。

 本書で語られる文中には、歴史の背景や舞台裏などが配されています。また、文学史を彩る作品は、その内容を具体的に引いて解説が進みます。いわば、本書は教養の書ともなっています。面目躍如の伊井節となっています。わかりやすく語られているので、古典文学に興味がなかった方でも、その世界に身を置き、楽しんでページを繰ることができます。
 一例をあげます。イメージを豊かに膨らませて、学問的な知見に裏付けられた伊井語りが展開しています。一般の方も、楽しく読み進められます。

 中宮彰子に男御子の誕生という喜びに続く数多くの行事も一段落し、内裏へ還暦する日が近づき、女房たちは道長邸を離れる支度もしなければならない。何かとあわただしい中、中宮の強い意志のもとに、準備を進めていた『源氏物語』の書写作業が始まる。紫式部は朝早く中宮の前に控え、最終的な『源氏物語』本文の点検をしたのち、さまざまな色の料紙も整える。道長の意向のもとに能筆家たちも加えられ、書写者にはあらかじめ連絡がなされていたはずである。紫式部が一人ひとりに手紙を書き、そこには中宮の一筆も添えられ、原本の冊子と料紙が届けられる。藤原行成や公任も加えられていた可能性もある。(58頁)

(中略)

 研子も『源氏物語』の話を知り、しかも姉のもとで書写されているのを目にするにつけ、何とか読みたいとの思いが強かったはずで、父道長に本の入手を懇願する。新しく書写された本文は中宮彰子のもとに届けられ、料紙に添えた紫式部の浄書本も同じく返却されてくるはずで、道長はそれを妍子に与えようと考えていたのではないか。ところが、紫式部自身も嘆いていたように、「よろしう書きかへたりしは、みなひきうしなひて」と、大半の原本は戻ってこないで、それぞれ書写した人が手もとに残してしまった。担当したのは、一巻か二巻なのだろうが、「これは興味深い物語だ」と、返却しないのだ。
 道長は、紫式部が浄書前の揃い本を部屋に隠し置き、時に本文などを確認しているのを知っており、娘の願いをかなえようと、留守を狙ってすべてを盗み出し、妍子に与えたというなりゆきなのであろう。妍子にとっては読みたいと願う物語で、道長も世の中を知る上にもふさわしいと判断していた。この事実一つによっても、『源氏物語』は中宮彰子だけではなく、貴族世界の頂点にいる道長も公認していたと知られる。(74頁)


 本書の特色は、『源氏物語』を取り巻く平安文学がわかりやすく引き込まれていることでしょう。視野が広いために、『源氏物語』の周辺が見えてきます。さらには、やはり物語の本文を読む、ということに対する独自の視点が際立っています。物語の本文が、異本や異文を引き合いに出して、複眼的に物語を見据えます。これまでは、論文を通して理解していたことが、本書では多視点で読み解かれているのです。私にとって、学ぶことの多いものの見方でした。
 今は伝わらない「巣守」巻や「さくら人」巻については、次のように語られています。

 紫式部は内容を全面的に改稿し、ヒロインを浮舟に改め、大筋ではもとの作品を踏襲し、歌なども再利用することがあったようだ。巣守三位の登場する「巣守」巻から、新しく「手習」巻に書き改めて取り換えたものの、世の中では新旧の判別もなく、浮舟の物語も併せて読まれ、結果的に二つの巻が流布してしまった。こうでも想像しないと、「風葉集』に巣守三位と浮舟が同時に登場するのは考えられない。(108頁)

(中略)

 わずかな本文の残滓から巻の内容を拡大して解釈するのは危険ではあるが、「さくら人」巻には明らかに「夕顔の御手」の本文があり、玉鬘と何らかの関係をもっていたのは確かであろう。現在の「真木柱」巻と内容は重なりながら、源氏が玉鬘を六条院に引き取った後、昔の面影を思んで消息文を取り出したとも考えられる。『源氏釈』には「さくら人」との巻名に続けて、伊行自身が加えたのであろう、細字で、
  この巻はある本もあり。なくてもありぬべし。蛍が次にあるべし。
と、『源氏物語』の伝本によっては、「さくら人」巻をもたない本文も存在しており、あってもなくてもよいとし、内容からすれば「蛍」巻の後に続くべきだとする。
 定家や河内家が、数多く世に伝わる『源氏物語』の本文を校訂し、それらが人びとから認められて五四巻に定着する以前は、「巣守」巻とか「さくら人」巻も加えられた、流動的な時代が続いていた。今日では失われたそれらの巻々は紫式部の作なのか、後人が別案として創作したのか、知るすべはないが、平安時代末期には明らかに流布して読まれ、系図として示され、また注釈までなされていた。
 詳細は省くが、のちの五四巻とは異なる「さくら人」巻が添えられていたというだけではなく、『源氏釈』に引用された『源氏物語』の本文も、各巻において定家や「河内本」との違いが目立つ。鎌倉時代になって、二つの有力な本文が出現したため、それ以前に読まれていた本文は、徐々に淘汰され、やがて消失してしまう。伊行の所持本は整理される以前の、平安時代の人びとに読まれていた本文の一部の痕跡でもあった。(112頁)

(中略)

 伊行の娘の右京大夫が家に伝えられた『源氏物語』を読んでいたとすれば、それには「さくら人」巻が付され、『無名草子』が用いた本文と重なり、源氏が紫上の文を漉いて写経した場面が語られていたのであろうか。(119頁)


 次の文章は、定家が『源氏物語』の本文といかに対峙し格闘していたかがイメージできる説明となっています。

 「初音」と「真木柱」巻の例を検討しただけで、そこには定家が本文の校訂に情熱を注いだ姿勢の一端をうかがい知ることができる。「河内本」が多数の本文を取捨選択して出現した混成本であるのに対し、定家本は古い本文に手を加えることなく書写しているため、より平安時代に近い『源氏物語』の姿をとどめていると評価されてきた。しかし実態はそうではなく、文字を削り、補入し、訂正するなどさまざまな方法を用いて新しい本文の作成に向かっていた。批判された巻末の注記は切り離して別冊にし、残された本文はその後も校訂の手を緩めなかった。本文の訂正を長年継続し、「証本」として書写したのが嘉禄元年本ではなかったかと思う。自筆「奥入』に残されたのは、定家の校訂作業の過程を示す本文なのであろう。それと注目されるのは、定家が訂正する以前の所持本は、「別本」や「河内本」と重なる性格をもっていたことである。(161頁)

(中略)

 定家は宣陽門院を転写し、家の本にしたとしているので、後鳥羽院は一連の経緯を知った上で物語の和歌抄出を求めたのであろう。定家は、新たに手にした後白河院から伝わる素性のよい本文を重宝し、注記を書き入れ、本文の校訂も長年にわたって続けたはずである。定家の「証本」の源流が、後白河院から伝わる伝本であったとするのも一つの仮説にすぎないが、定家は少なくとも宣陽門院本を書写して所持したのは確かである。それが切り出された『奥入』につながるとを想像したいところで、本文は「河内本」や「別本」と共通する性格をもっていた。定家は長い年月の間、他本とも校合を重ね、自分なりの『源氏物語』の姿を求めて校訂を続け、やがて「証本」に定着したと、私なりの本文の成立過程を示しておきたい。(168頁)

(中略)

 定家は宣陽門院本を転写して架蔵本にしたと述べているように、この本文が定家本の基本となったのであろう。『古今集』や『伊勢物語』の作業で確認したように、定家は理想とする本文の校訂作業を持続していく。その具体的な姿を示す一つが、残存する自筆『奥入』の「六半本」である。一応の成果を得た定家は、嘉禄元年に五四帖の「証本」にすべく、四半本にした書写に踏み切ったものと思われる。
 定家本がはじめから現在見る「青表紙本」の本文として存在していたわけではなく、「証本」の出現までには、「河内本」や「別本」と称する他の本文とも共有する性格ももっていた。「いかに多かる」の引歌一つにしても、よりふさわしい場面の表現を追求し続け、時には削除し、新しい典拠を求めて本文を変えるなどの判断を続けたのであった。(175頁)

(中略)

 定家は必要がない表現と判断し、大幅に削ったことになる。物語に直接関係しない、説明とか挿話的な話になると「青表紙本」では削除していくというのが、定家の本文づくりの基本的な方針だったようである。(247頁)

(中略)

 「青表紙本」を伝えた一人の肖柏だけではなく、ほかにも二人の本文の違いが指摘されるなど、定家は俊成本は受け継がなかった。俊成と光行とは本文の相談をしてきたとするように、むしろ俊成本は「河内本」に近い内容だったのであろう。河内家が諸本の校訂に用いた伝本の注記に、「五条三品俊成卿、京極黄門定家卿」とし、それぞれ独自の存在として扱っているのも一つの証跡といえる。
 定家本が父の俊成本と異なり、「河内本」とも違いがあるというのは、独自に校訂した結果というほかはない。定家が平安時代の由緒正しい本文に手を加えることなく写し、そのまま今日に残されているのであれば、たとえ転写を重ねていても、古い姿を留める貴重な存在といえる。「青表紙本」が現代でも高い評価を得ているのは、古写本の一本を継承しているとの認識を前提にしており、定家が河内家と同じく諸本を参照し、みずからの和歌的な情趣という美的な判断のもとで本文を校訂していたとすれば、論の前提は崩れてしまう。中世において、「青表紙本」の優位性が認められたのは、諸本を公正に比較検討した上ではなく、定家という歌学における権威者を尊崇し、了俊などの指摘する和歌的な表現の情趣深さに引かれての結果であった。(259〜260頁)

(中略)

 「河内本」と「青表紙本」の本文を並べると、多くは同じ文章が続き、ささいなことばの異なり、語順の違いが目につく程度である。例文によって知られるように、「青表紙本」は「河内本」に比べて文章量が少ない傾向にあり、詳細な叙述がなされていても、内容の展開にかかわらない場面になると定家本では簡略化する傾向があり、それだけ緊密な文体の表現になったともいえる。
 定家が採用した本文には存在しなかったのか、むしろ意図して説明的な文辞は省き、情趣深い文体にしたのか、判断はつきかねる。ただ定家が自分の描く理想の物語にするため、文章を改作したとまでは考えられず、多くの諸伝本から本文を選択して校訂した結果が、「河内本」や「別本」との違いになったと考えたい。もし定家が手を加えたとしても、平安時代の紫式部の文体を再現するための、最小限度の訂正であったろう。「河内本」はときには「別本」と共通した性格をもち、鎌倉時代に同種の本文が存在したと知ると、逆に「青表紙本」が孤立してくる。表現を重んじた「青表紙本」はいわば玄人好みの文体といってもよく、講釈する者は知識を披歴し、自分なりの物語の場面を語る余裕が生まれる。定家の情趣に富んだ表現は歌論書として重んじられ、定家崇拝の時代の流れにより、「青表紙本」は『源氏物語』の標準テキストとして世の中を席捲していった。(276〜277頁)


 定家をめぐる〈いわゆる青表紙本〉に関する話は、謎解きの妙味も加わり、写本の行方を一緒に追ってしまいます。〈いわゆる青表紙本〉が流転していく様を体感することができました。

 〈源氏読み〉のくだりでは、脳が活性化されました。その文章を引きます。

 雅有は、阿仏尼の〈読み〉を「世の常の人の読むには似ず」としているので、『源氏物語』の本文をたんに朗読するのではなく、物語の世界の内容にふさわしい抑揚をつけての語りがなされていたのだろう。「源氏読み比丘尼」と記されるに至ったのは、読みが〈芸〉として知られ、康富邸だけではなく、各所にも招かれて語っていたのではないかと思う。南北朝のころから流行した、琵琶を弾き、『平家物語』を語る琵琶法師の「平曲」の存在が知られるが、〈源氏読み〉は楽器を用いて、曲節をつけてまでの芸能には成長しなかった。
 祐倫には、宝徳元年(一四四九)に『山頂湖面抄』、享徳二年(一四五三)には『光源氏一部歌』という著作が残される。前者は「源氏物語巻名歌」の注釈、後者は『源氏物語』のダイジェストに語釈を付し、「口伝」とする秘説の解釈も加える。『河海抄』とか『花鳥余情』といった堂上の注釈内容ではなく、地下層に伝えられた俗説も含まれるなど、『源氏物語』の広がりが知られ、それを公卿が聞くという、これまでとは異なる享受の逆転の現象といえる。
 『源氏物語』は、個人で読む場合は一人で物語の世界に浸ればよく、「黙読」であろうがつぶやくような「音読」であってもかまわない。だが他者に読み聞かせるとなると、「音読」による朗読という行為が伴い、阿仏尼などは御子左家の伝統ある読みがなされ、素性が明らかではない祐倫になると、さまざまな俗説を吸収し、独特の〈芸能〉としての〈源氏読み〉を生み出していたのかもしれない。(210頁)


 こに長文を厭わず引いたのは、私の大学の卒業論文の題名が『源氏物語と唱導文芸の交渉』という、民俗学の視点から書いたものだったからです。今それは読む価値のない、恥ずかしいものです。しかし、明石入道を中心とした物語りの法師を取り上げ、『源氏物語』が元々は音読で語り伝えられた唱導文芸だったことを、幼い論文として書いたのです。以来、私は『源氏物語』の作者を個人としての紫式部とせず、最終編集責任者が紫式部だとする考えを確立しました。この視点は、折口信夫の考えを展開しようとしたものです。そのことを、上記の〈源氏読み〉の説明から思い出し、しばし自分の想念の世界に浸りました。またまた、本書が手放せなくなりました。
 源氏読みの「源氏播磨西円」のことも話題となります(233頁)。「松風」巻で、本文は「荻の枝」なのか「小木の枝」なのか、という問題です。この西円については、私が博士前期課程の時に指導教授に出した論文が思い起こされます。研究のレベルが低いとのことで、指導教授からは再考を促されたまま、まとまらなかったテーマです。それが、ここで興味深い切り口で語られているのです。慧眼とは、まさにこのことなのでしょう。

 さらに、『源氏物語』で読まれる本文が、河内本から〈いわゆる青表紙本〉へと時代を経るうちに移り変わっていくさまを、古注釈書などに記されている記事を丹念に検討しながら解き進められていきます。わかりやすく、『源氏物語』の本文の受容史が見えてきます。
 本書は、講説における視野の広さと読解の深さを存分に発揮した内容であり、これまでに教わってきたことが、実は限られた一面であることを知ることになる本であると思います。
 研究から離れつつあった自分に、また知ることと調べる楽しみを教えられることになりました。
 すでに引いたように(259頁)、現在読まれている定家の校訂本文に関して、その評価に大いに疑問を提示しておられます。このことは、これからの若手研究者によってさらに検証を重ね、その妥当性を広く認識すべき『源氏物語』の受容環境を形成することだと思います。
 具体的には、陽明文庫本の例が好例です。この問題が指摘されている箇所を引きます。

 「別本」は残された数は少なく、相互に関係性はないが、河内家や定家の影響を受けない古い姿を残している可能性があり、そこに見いだされる特異な本文は注目される。具体的には平安時代末期成立の『源氏釈』に引用された本文が、「別本」の陽明文庫本と近似する例など、「河内本」や定家本とは異なる物語の世界も見られる。
 『国宝源氏物語絵巻」の「詞書」も定家本とは距離をもっている。これらによっても、現代の読者は平安時代の『源氏物語』を読んでいるわけではないことがあらためてわかる。「古系図」もそうだったが、河内家や定家の校訂本の出現は、それ以前の混乱した本文を否定し、鎌倉時代の物語として再編、変質した姿ともいえる。
 本文の大きな流れからすると、「河内本」はときに「別本」と共通するなど古体をとどめ、定家本と距離をもつのは、新しい作品に再生しようとの定家の意識が根底にあったからかもしれない。紫式部の手から離れた『源氏物語』は一本ではなく、複数の本文にすでに違いが生じていたのであろうし、人びとに書写されるに従い異文が派生するのは仕方のないことである。それだけ興味深い作品として、読者は享受し楽しんでいたはずだが、二〇〇年ばかりのちの鎌倉時代になって、伝本によって異なる本文を一本化しようとしたのが、河内家や定家の校訂本であった。残念なこととはいえ、現代の私たちは平安時代の『源氏物語』ではなく、鎌倉時代に定家の方針のもとに整理し直された本文で読んでいることになる。よしんば平安時代の伝本が残っていたとしても、異なる表現の多さに振り回され、作品の解釈には困難が伴い、人気のある作品として読まれていたのかおぼつかなくなる。定家の校訂によって、紫式部の意図を汲んだスタイルの『源氏物語』が復活したのだとも考えたい。結果として紫式部の原典に近づいたのか、むしろ表現がそぎ落とされ、和歌的な要素の横溢した鎌倉の作品になってしまったのか、それ以上は想像するしかない。(269〜271頁)

(中略)

 「河内本」では読者の理解を深めようとことばを補った結果、独自の本文となったのかと疑いたくもなる。ところが、別本の「陽明文庫本」においても「あやしき山がつ、たびしまで見たてまつらんことを、あらそひはべるなれ」とするなど、以下「河内本」と共通する本文が続く。河内家で勝手に説明を加えたのではなく、校訂に採用した本文が、現存する別本と同種の祖本に依拠していたにすぎなく、かえって古い姿を留めている可能性もある。
 「青表紙本」の叙述は簡潔だといっても、「河内本」のように「地方からも聞き伝え、わざわざ妻子まで引き連れて上洛する人が多いと聞いている」とか、「今日は気分がよさそうだから、お出かけなさい」と大宮がことさら適して車や従者の手配を命じたと書かれなくても、各地から階層の隔てなく人びとが都に上っているとか、牛車で出かけるには前駆が必要なことは説明するまでもない。
 了俊が指摘していた、「源氏、見なれざる人のためには、河内本大切のこと」とする、初心者には「河内本」がふさわしい本文だとする認識と重なり、定家本が「ことばも世の常よりも枝葉を抜きたる本」(『幻中類林』)とする言及と通底してくる。定家は、葵祭の見物に出かけるまでの経緯を、こまごまと説明する必要はなく、葵上と六条御息所との「車の所争い」による緊迫した場面に早く移行する方が効果的と判断したとも考えられる。了俊のいう「詞は青表紙本なほおもしろく」とは、『源氏物語』に習熟した者にとってはリズムのある文体として評価するとの意になる。(273頁)


 とすると、「大島本」とはいったいどんな本だったのか。論点は次第に絞られていきます。そして、「大島本」の素性が赤裸々に語られます。

 ここでも「大島本」は傍線部をもたなく、朱筆で他の「青表紙本」を参照したのか細字で補われる。「大島本」の独自異文というのではなく、これらの一文がなければ物語が成り立たなく、不明な内容になってしまう。明らかな誤脫としかいいようがない。しかも各所で脱文を見いだすため、「大島本」の書写方法は意味内容など考えることなく、丁寧さにも欠けた態度であった。
 大内政弘が「青表紙本」の複本を作るため、飛鳥井雅康に書写を依頼したとなると、できあがった書写本は脫文の多い、いわば手抜きの本文だったことになる。歌人であり、能書家としても知られた雅康の書写が、これほどまでに粗略であったとはとても考えられない。
 江戸時代以降になり、代々の所蔵者たちは、世間に流布するさまざまな「青表紙本」と違いが多いのに気づき、訂正の手を加えていったとしか考えようがない。一○○年、二〇〇年と流伝する間に、複数の人によって校合がなされていく。結果として「大島本」は、削られた痕跡、胡粉の塗抹、行間から余白には多数の書き込みがなされるなど、美麗な写本とはほど遠くなってしまった。(318頁)

(中略)

 「大島本」には江戸時代を通じて多数の訂正が複数の手によってなされ、現代ではその最終的に修正された本文を純正な「青表紙本」のテキストとして使用する。古典文学では採用した写本の本文を忠実に再現するのが原則だが、「大島本」を用いる『源氏物語』に限っては、書写された当初の底本だけではなく、後になって訂正、書き入れられた本文を重視する方針で一貫する。(321頁)

(中略)

 書写当初の「大島本」は「青表紙本」の性格をもつのは確かだが、「河内本」「別本」特有の語句ももつため、混態本だったと評すべきであろう。所持者は江戸時代に流布する本文にしようと、校訂を重ねたものの、誤って「河内本」も採用するなど、結果的に「青表紙本」諸本の中でも孤立した本文になってしまった。(326頁)

(中略)

 つぎつぎと書き込みの訂正がなされたことで、「より青表紙本の特色をもつことになった」と述べる藤本孝一説は、実態とはかけ離れているというほかはない。文明一三年に大内政弘の求めによって雅康が書写したのが「青表紙本」だったのであれば、複雑な後人の訂正など必要がなかったはずである。雅康筆本が流転して「大島本」になったと池田亀鑑は論じるが、多くの人びとによって脫文を補い、語句の訂正がなされるなど、すっかり性質を異にしてしまった。冊子本そのものは室町時代末から生き残ったにしても、本文はもとの姿を大きく変えてしまっている。雅康本は「青表紙本」であったと高く評価しながら、江戸時代に変化した最終版の本文も「青表紙本」であると認定する池田亀鑑の判断は、きわめて矛盾しているというほかはない。定家本を忠実に書写した雅康本であったのであれば、その後多様な形態によって手を入れる必要などなかったはずである。(327頁)


 終盤は、〈いわゆる青表紙本〉の伝来過程が中心となり、その消息が興味深く語られます。謎解きに参加している気分になります。

 最終章の「第一〇章 「大島本」の本文の意義」は、現在活字の校訂本文で『源氏物語』を読む人には必読の章となっています。「大島本」の〈いわゆる青表紙本〉における位置づけを、池田亀鑑の評価を踏まえて再検討する章だからです。

 池田亀鑑の説明は不明瞭で、あらためて確認しておくが、将軍義政の「青表紙本」が大内家に入ったのは、山名氏を経由して大内良隆の婚姻においてであり、祖父大内政弘没後のことであった。将軍義政本が大内家に伝わったのを政弘時代とし、複本を作成するため飛鳥井雅康に書写の依頼をしたと考えたのであろうか。もともと乗阿說事態が不正確だが、池田亀鑑は書かれてもいない記述をつくり出し、さらに時代の前後を無視した、都合のよい說にしてしまった感じがする。(307頁)

(中略)

 このように雅康の書写本は大内氏から流転を重ね、佐渡で発見され「大島本」と称されるようになった。数百年もの間、人びとによって訂正され続け、正統な「青表紙本」へ成長したというのでは、論理的に矛盾するとしかいいようがない。雅康が書写したのは、大内政弘所持の「青表紙本」だったはずである。江戸時代を通じて、人びとはどのような本文を用いて訂正の手を加えていったのであろうか。雅康が書写したのが「青表紙本」だったのであれば、それ以上のすぐれた本文はなく、訂正する必要はなかったはずである。
 新出の定家本「若紫」巻が「青表紙本」の一部だったのか、別の定家本だったのか明らかではない。『奥入』(「六半本」)に残存する本文と定家本とが共通していない事実からも、定家は書写するたびに本文の校訂をしていたことは明らかである。些細な違いはここでは取り上げないが、「大島本」と定家本「若紫」とを比べると、両本にはさまざまな違いが存すると知られる。(315頁)


 このような「大島本」をこれからも読むのかと問われれば、多くの人がしばし思考停止に陥ることでしょう。私も、このことを数十年にわたりテーマとし、論じてきました。本書でのインパクトも、非常に大きいと言えます。『源氏物語』を「大島本」で読んでいる方々には、ぜひとも本書を一読していただきたいと思う理由でもあります。

 この章の最後では、一昨年発見された定家自筆の「若紫」と「大島本」の本文を読み比べ、「大島本」の粗雑さを丹念にしていきていきます。

 一部を示したにすぎないが、他の用例も併せての判断によると、新出の定家本は三条西家グループと接近し、「大島本」とは距離を置く傾向にある。「大島本」は、江戸時代に複数の人物によってつぎつぎと校訂していったという要素も考慮する必要がある。「青表紙本」と思って校訂したところ、「河内本」や「別本」を用いてしまった例もあるなど、「大島本」は青表紙グループに属しながら、その中でも孤立した存在になってしまった。(333頁)

(中略)

 「大島本」の「初音」巻が「河内本」として排除され、江戸時代には人びとの訂正の手が加えられ、室町時代末書写の本来の姿も変貌した実態からは、もはや純正な「青表紙本」と認定することはできないはずである。
 「大島本」の評価は繰り返す必要もないが、伝来そのものにもはや信頼が置けず、「青表紙本」とされる中にどうして「河内本」の「初音」巻が挿入されているのか、有効な解決案もないまま不問に付されてしまった。
 このように言及してくると、平安時代の『源氏物語』と信じて読んでいた現代の読者は、鎌倉時代に校訂された本文を読んでいたと知り、しかも定家本ではなかったことに落胆しかねない。平安から鎌倉の新しい時代の訪れにより、河内家も定家においても本文の姿を大きく変えたことは確かである。しかしいずれも勝手に改作したのではなく、伝来した本文の枠から外れることのない校訂であり、読みやすさを求めて說明的な本文としたのか、簡潔で情趣的な本文を選んだかの違いであろう。
 歴史的にも「青表紙本」への傾倒は当初から変わらないとはいえ、池田亀鑑は平安時代の古写本に手を加えることなく継承したのが定家本であり、それを復元できるのが「大島本」であると高く評価し、「河内本」は鎌倉時代の混態本であるとして退け、戦後の本文の流れを決定づけて今日に至っている。ところが自筆『奥入』の残存本文と、残された定家本五巻によって、本文の違いだけではなく、定家は絶えず校訂を継続し本文の姿を変えていた実態が知られるようになった。しかも乗阿が大内氏のもとで定家本を見たとの記述を読み誤り、それが転々として佐渡で発見され、「大島本」になったと論じていく。そこから遡及して大内政弘が雅康に書写させたのはし「青表紙本」であったとするが、すでに論理的に破綻しているのはもはや繰り返すまい。
 雅康本は「青表紙本」だったとしながら、江戸時代を通じて複数の人物による複雑な加筆訂正により、定家本に近づいたとする。この論理だと、もとの本文は「青表紙本」ではなかったことになる。ここまでくると、「大島本」を用いての『源氏物語』のテキストづくりは、振り出しに戻って根本的に見直す必要がある。
 今のところは、定家本が全巻発見でもされない限り、いずれかの系統の転写本で読むしかない。個人的には三条西家本の再評価と、併せて「河内本」も読むべきだと考える。現代ではあまりにも「大島本」に集中し、すっかり読み慣れてしまっているが、いずれの機会に変更すべきだと思う。(337〜340頁)


 引用文末にある「三条西家本の再評価」ということがどのような理由によるものであり、どのような意味をもっていくか、今の私にはよくわかりません。全巻が揃っているから、ということなのでしょうか。
 もし、本書の続編が書かれるのであれば、この定家自筆「若紫」と「大島本」を、詳細に読み解いていただきたいと思います。まさに、伊井語りの本領発揮となることでしょう。そして、新しい『源氏物語』の読み方の提唱となるに違いありません。楽しみにしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■読書雑記

2021年05月05日

読書雑記(311)高田郁『あきない世傳 金と銀 十 合流篇』

 『あきない世傳 金と銀 十 合流篇』(田郁、時代小説文庫、2021年2月)を読みました。

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■第一章「秘すれば花」
 開巻早々、緊張した場面と雰囲気が伝わってきます。そして、話が明るいので読む気にさせられます。
 『風姿花伝』の一節が、次の展開を心待ちにさせます。【4】

■第二章「初瓜」
 高田郁の文章からは、音が聞こえてきます。季節感、色使いに加えて、嗅覚と聴覚とリズミカルな音が心地よく読者に届きます。
 上方から下って来た3人との待ちに待った出会いは、生き生きと情愛たっぷりに描かれています。【4】

■第三章「嚆矢」
 江戸に出て来た菊栄の、これからの活躍が楽しみとなる、間奏曲のような章です。みんな、平穏無事で安泰です。【3】

■第四章「川開き」
 型彫師の梅松は新たな仕事に精を出すあまり、お梅さんとの恋愛話が進展していません。まもなく、女衆のお梅さんは大坂に帰ってしまうのです。
 両国で川開きの花火を楽しむ五鈴屋の面々は、梅松とお梅さんの仲を取り持つことに腐心します。口下手で職人気質の梅松は、猫を媒にしてお梅に気持ちを伝えるチャンスを活かしきれません。翌日、お梅が大坂に旅立つ朝、お梅は猫を口実に江戸に残ると言います。右の頬にできる笑窪が印象的で、読ませる話となっています。【5】

■第五章「菊栄の買い物」
 菊栄は、友達である幸が営む五鈴屋の隣の三嶋屋を、そっくりそのまま買い取ることにしました。2人の女の気持ちのいい決断が、爽やかに語られます。人のつながりと信頼が、その背景にしっかりと築かれています。そして、このことが後半の思いがけない展開へとつながっていきます。【4】

■第六章「切磋琢磨」
 湯島の物産会の話は、いろいろなネタを物語に与えそうです。しかし、ここではそれは展開しません。後のために作者は残しているのでしょうか。
 滑らかな筆の運びで、つなぎ役を果たす章となっています。【3】

■第七章「羽と翼と」
 職人の心意気と生き様が描かれていきます。花火の図案をめぐり、型紙に始まり、型彫師、染物師のことや錐彫り、道具彫り、型付師などなど、まさに総合芸術のコラボレーションの様が語られます。この後の展開が楽しみです。【4】

■第八章「雲霓を望む」
 探していた寸法の大きな型彫の地紙が、やっと見つかりました。これで、花火の図案は具体化していきます。そして、ついに花火の図案が出来上がりました。みんなの力が結集することで、望みのものが目の前に広げられたのです。【3】

■第九章「機は熟せり」
 型彫師と型付師が、渾身の花火の型紙を完成させました。新しい浴衣は、やがてできあがりました。花火柄の藍染の反物は、月を愛でながらの鑑賞会となったのです。月光が見事に物語を盛り上げています。月をみごとに配した作品として、記録しておきましょう。
 菊栄が買い取った隣の三嶋屋は、そっくりそのまま五鈴屋のものになります。話がさらに膨らみ、ますます先行きが楽しみな物語へと展開する、大きな世界へ乗り出して行くことになります。【5】

■第十章「揃い踏み」
 花火の柄の浴衣を五百枚縫い始めます。風呂屋に配るのです。流行を仕掛ける、知恵の見せ所です。しかも、両国の川開きの日に湯屋仲間五百人が船を仕立てて漕ぎ出すとのこと。藍染の浴衣を着て。さらには、かつて手伝った二人の奉公人も加わります。何事も、めでたく話が進んでいきます。あまりにも順調なので、大丈夫だろうかと心配になる程です。作者には深い読みがあることでしょう。今後の展開が、ますます楽しみです。【5】

■第十一章「昇竜」
 両国の川開きで、湯屋船に乗る500人はみな、藍色の地に白抜きの花火の柄です。【3】

■第十二章「あい色の花ひらく」
 水冷式の団扇は、藍色の浴衣地を張ったものです。紙ではなくて、木綿は濡らせるのです。発想の転換でした。
 幸たちは、花火柄の浴衣がどうなっているのか知るためにも、湯屋に出かけました。藍の花が咲いていたのです。
 そんな中、型彫師の梅松は、お梅さんの気持ちを受け取ることができないのでした。幸が言った「木綿の橋を架けたい」と言う言葉を思うと、男女の違いを越え、身分を越え、木綿の橋を架けたいのだと。
 冬になると、泉州木綿が好まれるようになったそうです。このことは、もっと語ってもらいたいことです。これからの話で、取り上げられるのでしょうか?
 そしてついに、梅松がお梅さんに求婚して、この巻は終わります。
 明るく元気の出る話が多い巻でした。続きの巻が出る今年の夏が、今から楽しみです。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 20:54| Comment(0) | ■読書雑記

2021年05月04日

京洛逍遥(704)大田神社の杜若と上賀茂神社

 今日火曜日の新型コロナウイルスの感染者は、大阪884人(先週1,230人)、京都113人(先週112人)でした。一週間前の同じ曜日と比べると、大阪は極端に減っています。この調子で、毎日減ることを願います。このゴールデンウィーク開けには、京都の北部から大阪の南部に通う生活が待っているので、大阪の感染者数の推移は私にとっては重要な情報です。
 京都は、17日連続の百人超えが続いています。海外からの観光客は激減していても、日本全国からの観光客が押し寄せているそうなので、しばらくは百人以上が続くのでしょう。
 今日の散策は、自宅から北へと歩きました。
 白川疎水通りと下鴨中通りの角にあった和菓子の「笹屋吉清」さんのご主人は、その世界では指導的な立場におられた方です。お店での販売はこの春で辞めて、今秋から和菓子作りの指導に専念するとのことで、現在は改修中です。

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 休館中の京都府立京都学・歴彩館と京都コンサートホールの横を北上し、まっすぐに神山に向かって30分ほど歩くと、杜若(かきつばた)で有名な大田神社にぶつかります。すでに何回も来ていることと、あまりにも苑内に人が多かったので、恐縮ながら囲いの外から拝見し、お参りだけにしました。

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 この大田神社の向かいには、茶道具や料理で知られる北大路魯山人の碑があります。

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 西に少し歩いて、奈良の小川が見えると上賀茂神社の境内です。

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 上賀茂神社は、一の鳥居の前をロータリーにするために工事中です。今しかみられない光景なので、意識して写真に収めています。

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 御園橋のあたりは道幅が広くなり、これまでとは様変わりをしています。

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 境内に入ると、手水舎がきれいになっていました。感染防止のため、ここにも柄杓はありません。

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 紫式部の歌碑が置かれている前で、葵祭の時に斎王代が潔斎をする舞殿(橋殿)の下を流れる奈良の小川が好きです。

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 今日も、この小川では子供たちが大はしゃぎをしていました。夏のおとずれを楽しみにさせてくれる清流です。奥には、三の鳥居が建っています。

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 次は、『百人一首』に「風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける」(家隆)と歌われる、夏の暑い日にこの小川に来て清涼感を味わうことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:09| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年05月03日

京洛逍遥(703)お店も河原も人ひとヒト

 今日月曜日の新型コロナウイルスの感染者は、大阪847人(先週922人)、京都121人(先週119人)でした。一週間前の同じ曜日と比べても、ほとんど変わっていません。感染拡大防止を願った注意喚起の効果は、今のところはありません。
 今日は、地下鉄北大路駅の上にある、ビブレという4階建てのショッピングセンターへ散策の途中で立ち寄りました。1階の食料品や日用品の売り場が営業していることはいいとして、2階から上の専門店街は、スポーツクラブ以外はすべて開いていたことに驚きました。緊急事態宣言が発令されている時なので、1階だけが営業していると思い込んでいました。これだけ大々的にすべてのお店が開店しているということは、生活必需品というものの解釈が私とは違っていたからなのでしょう。家電量販店と書店と文房具屋さんが開いているのは、私にとっては助かるものの、これで本当にいいのでしょうか。
 そして、お客さんはいつもよりも多いように見受けられます。自分も出歩いている身なので気が引けるものの、またまた、これでいいのかと思わずにはいられません。
 尋常ではない人混みを避けたいので、買い物はせずに早々に建物を出ました。
 帰り道の北大路橋から、上流と下流を望みました。いつもの年のゴールデンウィークよりも、人出は殊の外多くなっています。

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 三条大橋から北へ上がった賀茂川沿いの散策路には、普段はあまり人が来ません。しかし、今年は出町柳から北でも、多くの人で賑わっています。今日の賀茂川散策は、コロナから我が身を守るためにも辞めることにしました。
 今回のゴールデンウィーク中のウォーキングは、歩くコースを考え直すことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年05月02日

感染者数が京都は15日連続で百人超え(GW-2)

 今日も、新型コロナウイルスとその変異種のため、一日中自宅に引き籠もっていました。
 大阪の今日の感染者は1,057人。これで、6日連続の千人以上です。
 京都の今日の感染者は164人。15日連続で百人を超えています。

 家を出るのは、歩いて3分の所にある市場まで。
 ちょっとした買い物に行く時だけです。
 身体を動かさないと、免疫力も低下します。
 そこで、家の大掃除を始めました。

 実は、4年前に東京から持ち帰ってきた荷物が、まだ押し入れの中に10箱以上も未開封のままで押し込んであります。それを、何箱か開けました。まずは、何が入っているのかの確認です。
 次に、これも東京から運び込んだ本と書類の山を、少しだけ崩しました。見なくても、4年間どうということもなかったので、思い切って見ずに処分してもいいはずです。しかし、取り出して見ると、捨てるには惜しいメモや書類や本ばかりのように思えてくるのです。整理の難しさは、物が過去と未来を手繰り寄せるからだ、と思われます。
 今日のところは、大きめの紙袋に一杯分の書類を、気になるものはスキャンして電子化してから捨てました。後に引き摺らないためにも、明日はちょうどゴミの日なので、朝早く捨てることにします。
 コロナ自粛のこの間に、家の片づけに専念です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:30| Comment(0) | *身辺雑記

2021年05月01日

あえてコロナと闘わない日(GW-1)

 ゴールデンウィークなのに、新型コロナウイルスとその変異種のため、一日中自宅に引き籠もっています。
 家を出るのは、歩いて2分の所にある市場まで。
 ちょっとした買い物に行く時だけです。
 事態は、尋常ではありません。
 コロナの感染被害が我が身に及ばないように。
 また、及ぼさないように。
 今週から来週にかけては、無理をせずに休息を最優先にして過ごします。
 みなさまも、どうぞお気をつけください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:47| Comment(0) | *健康雑記

2021年04月30日

現実味の乏しい電子会議の新しい運用方法を

 猛威を振るう新型コロナウイルスとその変異種の感染を避けるようにして、これまでとはまったく異なる生活パターンとなっています。
 午前中に、大学の経営会議準備会がありました。ただし、これまでのように自宅から3時間をかけて行っての、大学で開催される会議ではありません。自宅で、ズームというコンピュータアプリを使った、バーチャル・ミーティングに参加するのです。この、参加という感覚が、時代の転換点を示すものだと言えます。
 一昨日も、このアプリを使ったリモート会議に参加したので、要領はわかっています。しかし、正直なところ、イマイチ会議をしたという手応えや充足感はありません。
 インターネットを活用した、コミュニケーションの利便性については認めます。しかし、会議の質は、これまでの肌感覚では、格段に低下しています。議論や意見交換や会話に、リアルな感触がないのです。息遣いや表情が、平面的な画面からは伝わってこないのです。意見を言うのが億劫になります。いま言わなくてもいいか、という気持ちになります。生中継を見せられている、という感触が拭えません。視聴者の一人であり、発言権があるというだけだと思えばいいでしょうか。自由に討議ができるとは、とても思えません。もっと、別の仕掛けが必要です。これは、井戸端会議の延長にしかすぎません。
 出かけて行って、直接面と向かって語り合うのが、コミュニケーションとしてはこれまでの肌感覚にあったものであり、それがいいに越したことはありません。しかし、外出することにより、コロナ感染のリスクが生じます。そうであれば、やらないよりもマシ、という選択肢から、消去法で残ったのが、この通信回線を活用したリモート会議です。
 ここまでは理解できるだけに、やはり一日も早く、安心で安全で信頼できる、リアルな会議をしたいものです。
 そして思います。このバーチャル会議は、これまでの会議と同じ発想で捉えてはいけないのではないか、と。このバーチャルな世界は、それに相応しい対処方があり、それで取り組めば意義深い会議が可能になるのではないのか、と。
 とすると、このあらたな会議の運用方法を考える必要があります。まずは、司会進行の心得と進め方。そして、会議資料の提供や提示の仕方も。発言の仕方や、同意や異論の提示の仕方も、バーチャル向けに検討すべきです。
 新しい時代の流れに、否応なく乗せられています。それなりに有効活用するためにも、その活用方法について、あらためて模索する段階です。いつの時代も、こうした過渡期があったのですから。この30年以上にわたり、パーソナルなコンピュータの普及と情報文具としての活用に、私は精力を注ぎ込んで来ました。常に、新たな技術との格闘であり模索の連続でした。そのことを振り返ると、この電子会議も否定や拒否ではなくて、許容と順応と活用が求められていると思わなければなりません。その意味では、また新たな文化へのチャレンジが始まったと言えるのです。
 おもしろくなります。楽しくなります。そのためにも、長生きしなくてはなりません。
 
 
 
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2021年04月29日

弱視児童の支援から生まれた本の紹介

 『アイリス《弱視通級指導教室》〜アイリス児の実態と指導内容 そして望まれる支援〜』(弘報印刷(株)出版センター、令和3年4月3日)という報告書を、著者である上川恒雄先生(新道小(東山区、閉校)元校長)より送っていただきました。貴重な情報と資料が詰まった報告書なので、ここに紹介します。

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 本書は、京都新聞(2021年4月19日、夕刊)に紹介されました。すぐに連絡をとり、送っていただいたのです。希望者には無料で配布なさっています。問い合わせ先は、元新道小学校となっています。
 私は、弱視児童への「通級指導」というものを、まったく知りませんでした。弱視児童の割合は1万人に3人ということです。意外に少ないと思いました。しかし、それだけに指導の手が届きにくいのです。弱視通級指導は、まだ30年弱の歴史しかありません。そのために、さまざまな課題があるのです。
 京都新聞の記事に添えられた補注を引きます。

弱視児童への通級指導

 弱視児童が普通学級で授業を受けながら個々の障害に応じた指導を受ける制度。1993年度から全国で始まった。京都市では両眼の矯正視力が0.04以上 0.3未満または視野狭窄(さく)などの障害があり、普通学級での学習が可能な児童を対象に学校を巡回して指導する方式をとる。通称「アイリス教室」。新道小閉校後、拠点を総合支援学校に移し、支援学校の教員が指導にあたっている。


 著者である上川先生と弱視通級指導の背景がよくわかるように、上川先生からいただいたお手紙の後半を引きます。

 閉校まで弱視通級指導教室(通称:アイリス教室)として、京都市唯一の視覚障害教育の設置校として新道小学校が存在していたことから、閉校後も私は新道校の管理をしながら、引き続きアイリス教室の指導に陰ながら関わらせていただいておりました。
 消えゆく新道小学校の校舎とともに、私も施設管理やアイリス教室へも一区切りつけることにいたしました。そこで後進の方々へアイリス教育を委ねるために稚拙な物ですがアイリス教育について書き留めました。

 これまでアイリス教育に携わっていただき、お教えをいただいた先生方、現在アイリス教室をご指導いただいている先生方、在籍校でアイリス児に支援をいただいた先生方、ご協力いただいた関係機関等へのお礼の意味と、今後アイリス教育に携わられる新しい先生方、そして養護教諭の先生方、また現職の学校や児童施設で子どもたちを見ていただいている先生方に読んでいただき、弱視児童の発見に少しでも役立てていただければとの思いで、本小誌を送らせていただいた次第です。(なお、京都市内でお心当たりの事例がありましたら、京都市教育委員会総合育成支援課へお知らせいただき、ご相談いただきますようお願いいたします。)

 本小誌は私の私見も多々ありますので、ご批判等遠慮なくお知らせいただければ幸いです。
 皆様方のますますのご活躍とご健康をお祈りいたします。
2021年4月
上川恒雄


 さらに、本書の冒頭部分を引き、問題とされていることの背景の確認をしておきましょう。

1.アイリス児の実態


(1) アイリスの児童

 京都市の弱視通級指導教室(通称:アイリス教室)の子どもたち(アイリス児)は、京都市内の小学生で両眼の矯正視力が0.04以上0.3未満であること、または視野狭窄や視野欠損など何らかの視機能障害があり、見えに困りを感じている子どもたちである。
 さらに将来、点字による教育が必要ではなく、発達にも遅れがなく普通学級での教科学習が可能なこともアイリス教室入級の条件となっている。
 アイリス児の実態は様々である。筆者が見てきた平成19年度以降令和2年度までの14年間の対象児35名のうち、眼疾患の病名が確認できた31名の病種は以下のとおりである。( )は人数

(以下、囲みの中に列記されている病種を、私にスラッシュで区切った)

未熟児網膜症(8)/斜視による視力障害(7)/先天性白内障(1)/乱視(7)/白内障(1)/網膜剥離(3)/先天性緑内障(1)/網膜色素変性症(3)/続発性緑内障(2)/網膜分離症(1)/無虹彩症(2)/不同視弱視(3)/無水晶体眼(2)/強度近視(屈折異常性弱視)(6)/黄班部低形成(3)/家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)(2)/虹彩発達不全症(1)/錐体ジストロフィーによる視野狭窄症(1)/視神經乳頭陷没1)/スティーブンスジョンソン症候群(中毒性表皮壊死症)(1)/眼球振とう症(6)/眼皮膚白皮症(先天性白皮症)(2)/透明中隔欠損による視神経乳頭低形成症(1)/硬膜下血腫脳挫傷による視力障害(1)/杆体一色型色覚(1)/高眼圧症(1)/小眼球症(1)/角膜混濁(1)/コロボーマ角膜混濁(1)/ピータース奇形(1)/マルファン症候群(1)


 さらに、この弱視通級指導教室(通称:アイリス教室)に興味を持たれた方のために、本書の目次も揚げます。指導と支援と課題が、この目次を通覧するだけでも、わかりやすくなると思われるからです。
 さて、これから私は、本書を熟読するモードに入ることにします。

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目次

1.アイリス児の実態
 (1) アイリスの児童
 (2) アイリス教室の歩み
 (3) アイリス教室巡回小学校一覧
 (4) 未熟児網膜症
 (5) 弱視児の出現率
 (6) 弱視児の視行動
 (7) 弱視児の理解
 【「見える」とは?】

2.アイリス教室の指導
 (1) 法的根拠と京都市の基準
 (2) アイリス教室の使命
 《アイリス教室「学びの地図」》
 (3) アイリス教室の指導
  @指導形態
  A指導目標
  B指導内容
 【「弱視」とは?】

3.自立活動
 (1) 自立活動
 (2) 自立活動の目指すもの
 (3) 自立活動の内容
 《自立活動の指導と教科指導の違い》
 《自立活動の内容》
 (4) 指導にあたって
  @実態把握
  A指導目標
  B「指導分野」と「年間指導計画」との系統性
  C「本時の展開」も自立活動の内容で説明できる
  Dあくまでも「自立活動の目標」であること
  E授業の振り返り
 (5) 自立活動の吟味を!
 (6) 指導時の留意点
  @〈2.心理的な安定〉
  ○2 -(2)「状況の理解と変化の対応に関すること」
  A〈4.環境の把握〉
  ○「単眼鏡」の活用
  B〈5.身体の動き〉
  C〈6.コミュニケーション〉
 (7) 自立活動を意識する
 (8) 特設の自立活動に準じた指導
 《自立活動のL字型の指導》
 (9)“教え込み”から“学び取り"へ(マン・ツー・エンバイロメント)

4.視覚発達支援
 (1) 視覚発達支援
  @視覚発達支援の場
  A視覚発達支援において大切にしたい点
 (2)視覚行動の見極め
  ○弱視児の視覚認知能力の段階
 (3)具体的な指導の場で
  @指示語は極力使わない
  A児童との関係
  B見え方の確認
  C教材の提示や学習環境
 【「視力」を伝えるには?】

5.在籍校の支援
 (1) アイリス児にとっての自立活動の場
 《自立活動の課題位置とアイリス教室の指導の方向性》
 (2) アイリス教室の授業研究には、在籍校職員の参加を!
 (3) アイリス教室の保護者観
 (4) 弱視児が普通学級(在籍学級)で学習する条件
 (5) 中学校進学に向けて…
 【「アイリス」とは?】

6.アイリス教室の諸課題
 (1) 弱視児童の少なさが招いている弱視教育の課題
 (2) 教具が高額であること
 (3) アイリス教室が「小学校」から
  「総合支援学校」に設置替えになったことについて
 (4) 在籍校への理解、京都市全体への理解
 (5) 通級指導教室の「設置校」
 (6) 就学指導システムの枠を感じるケース
 (7) 視覚障害教育に使用される用語
 (8) 個別の指導計画
 (9) 普通学級の指導以上の“やりがい”を感じてほしい
 【「晴眼者」?】

7.アイリス教室Q&A

8.添付資料について

あとがき

引用参考文献
 〈添付資料〉
  @「自立活動の区分項目に対する指導内容」記入用紙
  A「自立活動の区分項目に対する指導内容」記入例
  B「自立活動指導計画プレシート」記入用紙
  C「自立活動指導計画プレシート」記入例
  D「自立活動の『特設指導』と
   特設の自立活動に『準じた指導』との関係例」

 
 
 
posted by genjiito at 20:44| Comment(0) | ■視覚障害

2021年04月28日

京洛逍遥(702)京都市交響楽団

 鞍馬口通りの散策をしていたら、西光寺の向かい側の小路に、京都市交響楽団への道しるべがありました。

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 ここから行くと回り道です。賀茂川沿いに走る賀茂街道を少し北へ上がり、右に比叡山と大文字山を見ながら土手を左に降りるとすぐに入口があります。

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 ここが、1956年に自治体直営のオーケストラとして創立された「京饗」の練習場所です。
 関係者ではないので、中には入りませんでした。
 京都コンサートホールで「京饗」の演奏は何度か聴きました。
 「ウィキペディア」には、「1962年、カウフマン(第2代常任指揮者)がブルックナーの交響曲第3番ニ短調を日本で初演」とあります。
 ブルックナー好きの私は、こうした記事に目が留まります。
 現在の指揮者は、第13代常任指揮者兼芸術顧問「広上淳一」(2020年4月〜)。
 詳しくは、「京饗」のホームページ(https://www.kyoto-symphony.jp)をご覧ください。
 最近の定期演奏会は延期となっています。
 また、これも私の散策コースになる京都コンサートホールのホームページ(https://www.kyotoconcerthall.org)も参考までに。
 コロナ禍で、いずれも活動が思うようにいかないのは残念です。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月27日

京洛逍遥(701)出雲路橋から西方寺へ

 鞍馬口へ買い物に行く途次の散策です。
 出雲路橋周辺を歩きました。
 いつもの散策コースです。しかし、あらためてキョロキョロすると、いろいろなものが見えてきます。
 出雲路橋から東をグルリと見渡すと、左に京都五山の送り火で有名な船形、真ん中に比叡山、右に送り火の大文字山が見えます。

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 大文字山に向かう鷲(?)がいました。

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 鞍馬口通りを地下鉄鞍馬口駅に向かって歩いていると、「石敢當」と刻まれた石柱があります。以前から気になっていました。

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 すぐ先の西光寺の境内に入ってみたところ、そのいわれがわかりました。魔除けの石柱だったのです。この西光寺の境内には、初めて入りました。

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 本堂の右横には雲井弁財天がいらっしゃいます。

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 裏の墓地の入り口に、味わい深い御利益のありそうな仏さまがお立ちでした。

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 このお寺のことは、今はあまり詳しくはわかりません。 
 『京都を歩くアルバム』というブログの「出雲路の西光寺」(http://kyoto-albumwalking2.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-13637f.html、2020年9月10日)には、さまざまな推測を交えながらこのお寺のことがまとめてあります。『都名所図会』『拾遺都名所図会』『都林泉名勝図会』には、このお寺のことは掲載されていないとのことです。「明治25年以降大正11年までに西光寺が建てられたと考えられます。」とあるのは、その後どなたかが検証なさっているのでしょうか。いずれにしても、このブログには写真が多いので参考になります。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月26日

集団検診の結果は3つの癌の疑いありと

 新年度の4月3日に職場であった集団検診の結果が届きました。
 判定結果を見ると、いくつか問題があるようです。
 そこで、かかりつけ医から説明を受けました。

(1)血糖値と貧血は、現在京大で治療中なので今は措きます。
(2)新たに大腸癌の疑いが出ました。
  これに関しては、5月中旬にかかりつけ医に検査をしていただきます。
(3)新たに膵臓癌の疑いが出ました。
  これは、京大での血液検査では問題がないので、後日確認します。
(4)新たに食道癌の疑いが出ました。
  これは、逆流性食道炎に苦しむ身なので、後日京大で再確認します。


 これまでに私は、さまざまな病気に罹っても、発見が早かったことで命拾いを何度もしています。
 今回も、新たに3つの癌の疑いが見られるとのことです。この対応については、早速行動を起こしています。何もないことを願いながらも、日々の活動の中での優先順位を上げて、精密検査に取り組むことにします。

 5月は、睡眠時無呼吸症候群の検査で、すでに10日から2泊3日で京大病院に入院することが決まっています。その時に、上記の3つの癌への対応を、主治医と相談することにします。

 病気の気配を感じたら、私はすぐに病院へ行くことにしています。
 昨年の3月と5月に、2度も手術をしました。私にとって、春から夏にかけては、身体を修復修繕する時期なのかも知れません。
 とにかく、1日も長く生き続けるためにも、この早期発見と迅速な治療を、これからも心がけていきます。
 また、ご迷惑をおかけするかも知れません。
 ご理解をお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:41| Comment(0) | *健康雑記

2021年04月25日

京洛逍遥(700)下鴨神社から出町柳へ

 緊急事態宣言の初日は日曜日です。
 昨日の賀茂川散策では、多くの人と出会ったので、今日は反対側の下鴨神社に向かっての散策です。
 ここは、観光客がまったくと言ってもいいほどにいないので、比較的安全な散策路でした。
 手を清める場所では、いつもの柄杓はありません。竹の樋から流れ出る水で手と口を漱ぎます。

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 西の門から入ると、すぐ左に大炊殿があります。その左横に置かれている唐車は、塀越しにいつでも見られます。

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 境内は新緑に包まれています。

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 御手洗川に架かる橋殿では、結婚式の記念撮影中でした。

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 その手前の輪橋には、尾形光琳の『紅白梅図屏風(国宝)』で知られる「光琳の梅」に、みごとな梅の実が生っていました。

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 授与所で干支の箸置きをいただきました。帰ってから早速使おうとしたところ、背中が狭すぎて箸がおけません。ウサギは箸の先がどうにか置けました。しかし、龍はまったく背中に乗りません。箸置きとは名ばかりで実用品ではなくて、飾り物のようです。もう少し背中を工夫したらよかったのに、と思いました。

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 下鴨神社には4つの川が流れています。泉川、瀬見の小川、御手洗川、奈良の小川です。糺の森を南北に流れる泉川は、今も千年の流れを感じさせてくれます。

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 昨年に続いて、今年も5月3日の流鏑馬神事は中止となりました。緊急事態宣言の発令がその理由となっています。残念なことです。

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 下鴨神社から東にまっすぐに抜けて、高野川に出ました。

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 高野川を南下すると出町柳に出ます。賀茂川と合流する賀茂大橋の手前に広がる鴨川デルタには、大勢の人が休日を満喫しておられました。明日からが、実質的な緊急事態ということになりそうです。

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posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月24日

京洛逍遥(699)緊急事態宣言発令前日の散策

 明日25日(日)からの緊急事態宣言発令に伴い、前日の今日は人出が多かったようです。
 家に閉じ籠もってばかりでは身体によくないので、運動がてら賀茂川散歩に出かけかけました。
 河原で若者が小さな集団となって点在しているのは、新入生歓迎のクラブやグループなのでしょう。

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 散策路は、いつもよりも人は少なめです。

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 半木の道の緑のトンネルを歩くと、気分は爽快になります。

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 帰りに見た大文字山は少し曇っていました。

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 さて、明日からの緊急事態宣言下の街は、どのように変わるのでしょうか。
 京都新聞によると、明日から休業となる施設は以下の通りだそうです。
 具体的な名前を公表されると、とにかく大変な事態を迎えることになるのが、ジワジワと実感として伝わって来ます。

京都市動物園(京都市左京区)

京都府立植物園(京都市左京区)

京都市京セラ美術館(京都市左京区)

国立京都近代美術館(京都市左京区)

京都府立京都学・歴彩館(京都市左京区)

京都府立図書館(京都市左京区)

京都市国際交流会館(京都市左京区)

京都府立陶板名画の庭(京都市左京区)

無鄰菴(京都市左京区)

岩倉具視幽棲旧宅(京都市左京区)

旧三井家下鴨別邸 (京都市左京区)

京都国立博物館(京都市東山区)

京都水族館(京都市下京区)

京都鉄道博物館(京都市下京区)

京都文化博物館(京都市中京区)

京都国際マンガミュージアム(京都市中京区)

京都万華鏡ミュージアム(京都市中京区)

元離宮二条城(京都市中京区)

京都府立堂本印象美術館(京都市北区)

京都府立山城郷土資料館(京都府木津川市)

京都府立丹後郷土資料館(京都府宮津市)

T・ジョイ京都(京都市南区)

MOVIX京都(京都市中京区)

TOHOシネマズ二条(京都市中京区)

京都高島屋(一部を除き休業、京都市下京区)

大丸京都店(一部を除き休業、京都市下京区)

ジェイアール京都伊勢丹(一部を除き休業、京都市下京区)

藤井大丸(一部を除き休業、京都市下京区)

ひらかたパーク(大阪府枚方市)

 
 
 
posted by genjiito at 21:15| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月23日

コロナのワクチン接種券が昨日届きました

 昨日、京都市から「新型コロナウイルス ワクチン接種券」が送られてきました。
 券面には、次の注意書きが枠囲みで書かれています。

新型コロナウイルスワクチンをお受けください。
費用負担はありません。


年齢等により接種いただける時期が異なります。
接種いただく時期は、改めて連絡します。
その時に必要になりますので,この接種券は大切にお持ちください。


 同封されていたチラシも、資料としてスキャンしておきます。

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 後日、「予約開始のお知らせ」が届くようです。
 私は、2種類の基礎疾患を持っています。
 それが、接種の優先順位に関係するかのような報道がなされています。
 京都市でも考慮の対象になっているのかは、今私にはわかりません。
 また、券面には、「メーカー/Lot No.〈改行〉(シール貼付け)」という欄があります。
 どのメーカーのワクチンが当たるのか、楽しみです。
 問題となっている某社の場合、拒否はできるのでしょうか。
 可能であれば、もう一つの会社のワクチン接種を望みたいところです。
 さらには、国産ワクチンが間に合えば、それが一番望むところです。
 ただし、それは来年以降の話なので、諦めざるを得ません。
 返す返すも、残念なことです。
 とにかく、ワクチン接種というイベントは、このようにして少しは動いているようです。
 いつの日にか、「予約開始のお知らせ」が届いたら、またこのブログで報告します。
 
 
 
posted by genjiito at 21:41| Comment(0) | *健康雑記

2021年04月22日

[学長ブログ]苦手な数字列から多くの啓発を受ける

 今日の会議では、大学の経理や財務に関する詳細な報告を受けました。図表を駆使して、これまでとこれからの推移を、私のように数字と計算が大の苦手な者にもわかるように、噛んで砕いての説明を受けました。

 初めて聞く用語に戸惑いながらも、この大学が資金繰りから破綻した実態を知り、現在果敢に挑んでいる「新生・再建」の道筋を、お金の面から見つめることとなりました。そして、これまで、まったく気づかなかった視点からの実態とこれからの方向づけが、朧げながらもわかりだしました。わかる、というのは、経営面からみても「新生・再建」は可能である、ということです。あくまでも、今後とも入学者の定員が確保できることが条件ではありますが。

 私は、数字が並んだ資料を見ると、何をどう読み取ったらいいのか皆目わからず困惑します。しかし、知りたいという気持ちで数字列を眺めていると、その意味するものが少しずつ私に迫ってくる感覚に襲われました。わかりかけてきた、というのは、この感覚をいうのでしょうか。

 最後に私から、科研費は今日の財務資料のどこに位置し、どのような性格の収入として扱われるのかを伺いました。これにも、会計上は非常にありがたい資金として扱えるものであることを、丁寧に教えていただきました。これまで以上に、先生方には科研費を獲得しましょう、と言い続ける根拠を教えていただいたことになります。先生方からは、敬して遠ざけられがちな話題ではありますが。

 4年前の定年までいた国文学研究資料館では、昨年は4件の基盤研究Aを獲得していました。これは、1件が年間約1千万円の研究費が配分され、その内の3割方が基盤研究機関に間接経費として割り振られます。私は、これを先月までの16年間獲得し続けていたので、組織には相当貢献してきたはずです。

 大阪観光大学は、今年度は9件という大量の科研費件数を獲得しました。しかし、基盤研究Aは採択されなかったので、来年度はぜひともこの基盤研究Aを総力戦で獲得できるように策を練って臨むつもりです。
 難しかったお金の話も、この科研費の位置付けがわかったことで、少しではあるものの、私にも理解できる手がかりが得られました。

 今後は、他の先生方にもこのお金の話を理解していただくことで、現在の大学運営の問題点を知っていただく必要があります。そのためには、今日の説明をさらにわかりやすいものにする必要があると思われます。図表や例え話の役割が大きくなることでしょう。

 事務の方々には、さらなる説明手法の研鑽をお願いしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 21:21| Comment(0) | ■大学新生

2021年04月21日

コロナ禍でのカルタ遊び

 新型コロナウイルスのために、いろいろなことに制約が生まれています。カルタ遊びにも、その影響があります。
 視覚障害者が集う「点字付百人一首〜百星の会」でも、人と人とが接することや、大きな声を上げられないこと、カルタを取る手がぶつかることなどから、これまでのカルタ取りができない状況で、活動が停滞しています。さまざまな工夫をしておられます。しかし、妙案はいまだ浮かんでいないようです。
 そのような中、昨日の京都新聞に、京都市西京区役所の若手職員によって、コロナ禍に対応した新しいカルタの遊び方が提案されている、という記事が掲載されました。これは、取り札を直接手では触らずに、指で示す方法で遊ぶものです。
 その遊び方を、記事から引用しましょう。

 遊び方は、間隔を開けて取り札を置き、札を取る時は「ハイ」と声を上げ、札を触らずに指で示す。同時だった場合はじゃんけんで決める。


 この記事を読んで、「点字付百人一首〜百星の会」の活動の中でも「四人一首」として南沢創さん(宇都宮市立中央小学校教諭)が啓蒙活動を展開しておられるカルタ遊びとの連携を思いました。「四人一首」については、「『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事」(2020年01月23日)に詳しく書いていますので、参照願います。
 これだと、札が置かれている距離も十分に離れています。掲載した写真のように、手と手が重なることのないような配慮をすることで、それこそ指し示す行為だけで十分に勝ち負けはわかります。白熱した勝負も可能になります。となると、目が見えない人同士の対戦の場合は、審判が果たす役割が重要となります。そうであれば、札と札の距離は、さらに遠ざけても大丈夫でしょう。一枚ずつの札の位置と、次々と置かれていく札の内容は、各自の頭の中、仮想空間にあるのですから。目に頼った実際の距離は関係ないのです。まさに、安全で楽しいカルタ遊びができます。もっとも、カルタを撒き散らして複数の人で取る方法は無理です。一対一の対戦型に向いています。あとは、いろいろと知恵を出し合って、さまざまなケースを想定したらいいのではないでしょうか。
 新しい遊び方を、これを機会にぜひとも考え出したいものです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:34| Comment(0) | ■視覚障害

2021年04月20日

読書雑記(310)大石直紀『二十年目の桜疏水』

『二十年目の桜疏水』(大石直紀、光文社文庫、2019年9月)を読みました。京都を舞台とするショートミステリーです。

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■「おばあちゃんといっしょ」
 騙す人と騙される人がそれぞれ巧みに描かれています。そうかと思うと、ピントがずれ、また合います。巧みな語りに振り回されながら、楽しく読みました。もっと長い話にしても良かったように思います。【3】

■「お地蔵様に見られてる」
 過去のできごとに真っ直ぐに向き合う話です。文章が生き生きしています。心の中が素直に表現されています。【3】


■「二十年目の桜疏水」
 スウェーデンの大学の日本語学科で教える主人公は、母の危篤で帰国します。死にゆく母は、謝ったまま他界しました。一体何が、と話に惹きつけられます。うまい語り口です。
 母の臨終の言葉から、大学時代の雅子と結婚できなかった思い出が蘇ります。事故のために火傷でケロイドとなった雅子との、ひ弱な男の思い出語りが行き来する話です。疏水通りの桜がきれいに扱われている作品でした。最後の「合格!」が秀逸な綴じ目となっています。【5】

■「おみくじ占いにご用心」
 違和感が通底する話に、何となく歯切れの悪さを感じました。ネタが咀嚼されていないような感じがします。登場人物がつながらず、盛り上がりません。【2】


■「仏像は二度笑う」
 テンポのいい語り口で展開します。仏師になった男が贋作に手を染め、それをめぐって迷走する物語が紡がれます。ただし、登場人物の描き分けが甘いと思いました。エッジが立っていません。話がボーッとしています。残念です。
 また、終半は余分だと思います。サッと切り上げたら、話は締まったはずです。【2】

■「おじいちゃんを探せ」
 女主人公の母の両親は、おじいちゃんの浮気が原因で離婚していました。しかし、おばあちゃんが年賀状のやりとりをしていたことを知り、それを契機に、母が隠すおじいちゃんのことを探り出すことになりました。
 出生の秘密にまつわる物語です。緩急自在な語り口に、話を堪能しました。【5】


※本書は、光文社より二〇一七年三月に刊行されました。

○初出誌
「おばあちゃんといっしょ」
 『小説宝石』二〇一五年一二月号

「お地蔵様に見られてる」
 『宝石 ザ ミステリー Blue』二〇一六年一二月刊

「二十年目の桜疎水」
 『小説宝石』二〇一六年八月号

「おみくじ占いにご用心」
 『小説宝石』二〇一六年五月号

「仏像は二度笑う」
 『宝石 ザ ミステリー Red』二〇一六年八月刊

「おじいちゃんを探せ」
 『小説宝石』二〇一六年一二月号
 
 
 
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2021年04月19日

今日は健康護持のためにお休みです(4月-2)

 新年度が始まったばかりの4月も、何かと慌ただしい日々となっています。
 加えて、新型コロナウイルスというよりも、その変異種の感染拡大の猛威は、大阪が緊急事態宣言を国に要請するまでに至っています。
 とにかく、日常が一変しています。
 心身の休養と身辺を点検をするために、今日の「鷺水庵より」の記事はお休みします。
 これからは、職場の緊急時対応と自身の健康護持のため、本ブログをお休みとすることが増えるかも知れません。あらかじめ、ご了承のほどをお願いします。

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posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | *健康雑記

2021年04月18日

京洛逍遥(698)新緑の府立植物園から見た比叡山を包み込む虹

 いつもの散策路である半木の道に接する、府立植物園を歩いて来ました。
 欅の通りは、黄緑色で埋まっています。

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 植物園に入ると、眩しいほどの鮮やかな色が出迎えてくれます。

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 「ニュートンのリンゴ」というバラ科の花に出会いました。その逸話を知りたくなります。

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 木の間から比叡山が遠望できます。

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 休憩所で軽く食事をしました。新型コロナウイルスの感染に配慮しているため、安心していただけました。

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 園内の散策は緑とパステルカラーに包まれて、日常を脱した気分になります。

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 帰ろうとしたところ、比叡山の様子がいつもと違います。虹が山を幔幕で包むかのように棚引いているのです。この自然現象は何と言うのでしょうか。初めて見る光景です。

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 いつもの散策路である半木の道に出ると、先ほど見た比叡山が不思議な絵の1枚だったように思い起こされました。日常に戻った気がして、あらためて散歩を続けました。

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posted by genjiito at 21:24| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月17日

今あらためて〈観光学〉について考えるために

 昨日の京都新聞(2021年4月16日)に、次の記事が掲載されました。

 京都市の門川大作市長は16日、(中略)感染再拡大を受けて「今は観光という時ではない」と述べた。大型連休を前に、京都への往来自粛を求める認識を示した。
 京都府内では16日まで3日連続で新規感染者が100人を超え、感染が広がっている。門川市長は「医療崩壊につながりかねない」と危機感を示し、「それぞれの自治体が感染拡大地域に行かないでほしいと訴えている。今は日本中で外出自粛が必要」と強調した。


 門川市長は先月15日に、有識者でつくる京都市観光振興審議会から「持続可能な京都観光」への転換が必要だとの、次期観光振興計画の最終案を受け取っています。その際、「観光課題解決の先進都市を目指す」と述べていました。その課題解決が、昨日の「今は観光という時ではない」という発言とどうリンクしていくのか、今後のコメントに注視したいと思います。

 折しも東京の小池百合子都知事は一昨日の15日に、「通勤も含め、都外に住むエッセンシャルワーカー以外の方は可能な限り東京に来ないでいただきたい」(京都新聞、4月15日)と言っていました。

 京都も東京も、このニュースは人の移動が大きなカギとなっています。それに〈観光〉という問題を絡めた場合、〈観光〉とは何なのかというテーマが浮かび上がってきます。

 今、私はこの問題についての自分の考えをまとめようとしています。
 4年前、定年退職後に東京から京都に帰り、そして大阪南部にある大阪観光大学に復職しました。以来、〈観光〉について考えるようになりました。
 そこへ、昨年春から、新型コロナウイルスが突然〈観光〉を直撃したのです。4年前から、大学のありようとの関連もあって考え出した〈観光〉に関する課題が、昨年からまったく質を変え、まったく別の視点から考えざるを得なくなりました。〈観光〉というよりも、〈観光学〉とは何なのか、という自問から、職場の仲間への問いかけに展開した矢先のことです。〈観光学〉はどのような社会還元をして来た学問なのか、そもそも〈観光学〉は学問なのか、ということを考えていた日々の中に、新型コロナウイルスが私を別次元の思索に引き摺り込んでしまったのです。

 こうしたことを考えていた日々の中で、昨日から、京都市長が語られた「今は観光という時ではない」という発言と、東京都知事の「東京に来ないでいただきたい」という言葉は、今や私を大混乱に陥れています。
 これから5月の大型連休が終わるまでに、社会の動向を見据えながら、情報を収集しながら、懸案の〈観光学〉というものを見つめ直していきたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 19:00| Comment(0) | ◎情報社会

2021年04月16日

[学長ブログ]来週からの大阪観光大学のコロナ感染対策

 2021年04月14日(水)に、新型コロナウイルス感染拡大防止対策の一環として、大阪府は大学に対して、「原則オンライン授業の実施と部活動自粛の徹底」の要請を出しました。
 また、ここ数日にわたり、大阪のコロナ感染者数が千人を超えています。

 これを受けて、大阪観光大学としては、以下の対応を決定し、公表しています。

(1)「新型コロナに関する活動制限指針」を、現状の[レベル1]から「レベル3」に変更

(2)実施期間は、4月19日(月)〜前期終了まで

(3)職員に関しては、可能な限り在宅勤務や時差出勤を実施


 本日が、前期授業における対面授業の最終日となり、来週19日(月)からオンライン授業となります。
 今日の学内では、多くの学生が慌ただしく授業での指示を聞き逃すまいと、教室を出たり入ったりしていました。

 「新型コロナウイルス感染拡大防止のための活動制限指針」などの詳細は、大阪観光大学のホームページに掲載している「【重要】今後の授業等の対応について」(2021年04月15日)を参照願います。

 1日も早い「レベル」の見直しを、今はひたすら待ち望んでいるところです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:16| Comment(0) | ■大学新生

2021年04月15日

[学長ブログ]野球部の春季リーグ出場辞退のこと

 新学期が始まって2週間が経ちました。
 大阪観光大学では対面授業を基本方針としているため、新入生も含めて多くの学生が、学バスや自転車や徒歩で校門をくぐって来ています。

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 大阪観光大学のキャンパスは、新緑の木立とハナミズキが、初夏を感じさせてくれます。
 教室に向かう学生たちも、コート姿はなくなりました。

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 そのような中、硬式野球部が近畿学生野球連盟1部春季リーグの出場を辞退したことは、大学のホームページの「クラブ活動」で、次の文章を掲示してお詫びをした通りです。

2021.04.09
【硬式野球部】2021年度春季リーグ戦の出場辞退について
この度、大阪観光大学硬式野球部は、昨年、当野球部員が起こした不祥事を重く受け止め、近畿学生野球連盟T部春季リーグの出場を辞退することにいたしました。
この度の部員による不祥事及び春季リーグの出場辞退により、関係各所の皆様に大変なご迷惑をおかけしていることを、深くお詫び申し上げます。
https://www.tourism.ac.jp/news/cat4/8250.html

 昨年秋には秋季リーグ戦で優勝し、1部に昇格したばかりです。「【硬式野球部】2020年秋季リーグ戦終了・優勝報告を行いました」(2020年11月04日)それだけに、残念な思いで見守っていました。
 本日、新年度を迎えた野球部の様子を、グランドに行き見てきました。
 授業が終わったばかりということもあり、選手たちはまだグランドには来ていません。公式戦は辞退したとはいえ、練習や対外試合などはできるので、秋季リーグ戦に向けて日々の活動は怠ってはいません。

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 昨年設置した新しい更衣ロッカーは、部室の雰囲気を一転させました。

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 昨年のグランドを報告した時の写真と見比べると、明らかにすっきりとしました。
 「[学長ブログ]野球部のグランドを実見して」(2020年11月06日)
 学生たちへの整理整頓の指導も、しっかりと守られています。

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 そんな折、昨日の大阪府から出された、新型コロナウイルスと変異種による感染被害の急拡大にともなう方針変更で、クラブ活動の見直しが求められています。大学の警戒レベルも「1」から「3」へとアップしたことに伴い、来週からの授業は、「対面重視」から「原則オンライン」へと変更されます。そして、クラブ活動についても、当面の間は自粛となります。学生たちは、各自がトレーニングをして身体を鍛える日々となるのです。
 弱り目に祟り目とは、このことをいうのでしょうか。不祥事を反省して自らを見つめ直す中で、しばらくは、忍耐の日々が強いられます。
 秋季リーグ戦でまた優勝し、大学に明るいニュースをもたらし、ぜひとも1部に返り咲いてほしいと願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:24| Comment(0) | ■大学新生

2021年04月14日

[学長ブログ]教職員集会で年度当初のご挨拶

 本日開催された〈第1回合同教授会〉の冒頭で、本年度最初ということで大学運営者からの挨拶と報告をしました。

・新年度のご挨拶 伊藤 学長
・中期計画と今後の取り組み 山本 顧問
・教育課程改革の進め方 山田 副学長


 私の挨拶の内容は、次の5項目としました。

(1)共同研究の手法で問題に対処
   (昨夏の就任時の方針を継続)

(2)麦島体制へ移行のための1年
   (そのため若手と中堅を支援)

(3)情報発信を最大の戦略とする
   (HP刷新とサテライト実現)

(4)科研費獲得と研究環境の整備
   (事務方に研究支援をお願い)

(5)定員充足に教職員の協力態勢
   (深刻な来年度の学生の確保)


 この内、(1)(3)(4)は、昨年7月に学長に就任した際の挨拶でもお話したことです。それを繰り返すことで、今年度も引き続き取り組むことを強調しました。
 (2)は、昨年8月に支援者が決まってからの動向を踏まえたもの。
 (5)は、現在進行中のコロナ禍での、今後の学生募集に関係することです。
 教職員全員が集まるこうした機会を得て、大学が進む方向の明確化と、その実現に向けての意思を伝えていきます。この内容や情報を全員で共有することで、ブレない「新生・再建」の道を歩んでいきます。変わらぬご支援を、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 19:00| Comment(0) | ■大学新生

2021年04月13日

読書雑記(309)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール5』

 『ヤンキー君と白杖ガール5』(うおやま、KADOKAWA、2020年12月)を読みました。

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 アルバイト仲間の、無口で大人しいクリスさんとの、意思疎通の話から始まります。コミュニケーションのことがテーマです。
 そんな中で、店長が話す、「従業員(ひと)が会社のためにいる」という考え方と、「会社が従業員のためにある」ことへと話が展開します。社会には「余白」が必要だ、という考えも提示されます。
 物語は、ゆっくりと進みます。自分の居場所があることの大切さが、少しずつ伝わってきます。
 目が見えないことで「心配される」のではなくて、彼とは対等な心でいたい、というユキコは、しだいに逞しくなっていきます。対等でいたかったら敬語をやめろ、とユキコが言うのは、人間関係の微妙な絢を突いています。
 大人を演じきれない、純粋な気持ちをぶつけ合うユキコと黒川は、愛情表現もぎこちないままです。前へ進む勇気をもらい合う2人のラブコメディーは、まだまだ続きます。

 点字を読めない人が多いので、点字+拡大文字なら便利だという最後の話は、今後ともさらに具体的に物語として描いてほしいと思いました。
 現在、点字が不自由なく読める人は、目が見えない人の1割にも満たない、という統計が以前から公表されています。9割の方は、点字が読めないのです。しかし、一般的には、目が見えない人は点字を読んで情報を得ている、と勘違いしている現実があります。
 このギャップは、エレベータに乗ると、点字が貼り付けられている位置がいかに非道なことをしているかが、実際に触るとわかります。低い位置に貼られている点字を触読しようとすると、手首が痙攣するはずです。こんな肉体的な苦痛を強いながら、不自由な思いをしている人を支援しているという、大きな錯覚が横行しているのです。私が、まずはエレベータから、と言っている原点を、ぜひとも確認してみてください。そして、この問題を、この漫画でも今後は取り上げていただきたいと思っています。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 23:23| Comment(0) | ■読書雑記

2021年04月12日

来週4月24日の〈紫風庵〉での勉強会は中止とします

 昨日、本ブログで、東京・日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で開催中の、私が担当する『源氏物語』の古写本を読む講座が、4月と6月ともに中止となったことをお知らせしました。それを受けて、京都で変体仮名を読む会に参加のみなさまへの連絡です。

 京都・船岡山の〈紫風庵〉での「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」も、予定では「4月24日(土)こそ開催日とし、今から心の準備をしておきたいと思います。」との決意を表明していました。しかし、現在京都市では、新型コロナに関する「まん延防止等重点措置」を4月12日〜5月5日まで適用中という状況にあるため、〈紫風庵〉での勉強会も残念ながら自粛するしかありません。いろいろと感染予防の対策を検討しました。それでも、何より安全・安心を第一に守り、今月も中止とせざるを得ません。
 〈紫風庵〉の襖に貼られた歌仙絵と歌色紙が実見できないのが、非常に残念です。

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 次回は、5月22日(土)が予定日です。
 この日こそ、晴れて心置きなく〈三十六歌仙〉と『源氏物語』の勉強会を、みなさんと一緒に開催できることを願うのみです。

 取り急ぎ、確認をかねて中止の連絡です。
 5月に、久しぶりにお目にかかれることを、心待ちにしています。
 今は変異種も暴れ回っています。
 みなさま、外出などには、気を緩めずに十分にお気をつけください。
 
 
 
posted by genjiito at 19:46| Comment(0) | ◎NPO活動

2021年04月11日

日比谷の今期の講座は中止となりました

 東京の日比谷図書文化館「古文書塾 てらこや」で開催中の、私が担当する『源氏物語』の古写本を読む講座は、4月と6月ともに中止となりました。
 この講座に関しては、今月18日(日)と6月6日(日)が予定されていました。すでに、受講者も確定していました。
 中止や休講が続いているのは、新型コロナウイルスの感染予防のための対処であり、どうしようもありません。特に今は、大阪と東京の往き来には慎重な判断が求められています。「不要不急」ではないものの、自粛せざるをえません。
 今期の講座については、本ブログの「日比谷の源氏講座は4月から再開します」(2021年02月19日)で、その詳細を告知していました。それだけに、この中止は残念でなりません。
 それにしても、昨年3月からずっと、私の講座は中止が続いています。受講生のみなさまには、本当に申し訳ないことです。
 リモートでの講座も考えました。しかし、リアルな対面形式ではない画面越しの対話では、お互いの息遣いが伝わりません。会議や講義、そして講演などでオンラインを利用することがあります。いずれも、私にとっては、どうもしっくりきません。集中できません。いろいろな意見があるものの、古写本を読む学習においては、緊張感が持続しにくいので、数十人とのリモート学習は効果が薄いように思います。
 何かいい方策がないものか、引き続き考えてみたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 20:57| Comment(0) | ■講座学習

2021年04月10日

京洛逍遥(697)洛陽三十三所(23)東寺

 久しぶりの観音巡礼です。
 前回の洛陽三十三所巡りは、1年半前の「京洛逍遥(575)洛陽三十三所(27)平等寺」(2019年09月08日)でした。
 6巡目を歩いている西国三十三所は、次に石山寺を予定しています。しかし、このコロナ禍に遠出をして出かけることはできません。洛陽三十三所はしばらくご無沙汰だったので、新緑を求めて東寺(教王護国寺)に出かけました。勝手知ったる市中巡拝なので、うまく人混みを避けて行くことができました。

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 境内では、洛南高校の生徒がブラスバンドの行進を練習していました。明日、イベントがあるようです。

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 東寺のトイレの表示をあげます。少し凝った絵柄です。

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 食堂では、藍染めの展覧会をしていました。コロナウイルス対策のためのグッズであるマスクフィルターとして、藍染めのものがあったのでいただきました。本藍染めには殺菌力があり、花粉症などの予防によいそうです。
 弘法大師空海さんのご加護を得て、これを着けて感染しないように気を引き締めます。

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 国宝である五重塔の周りは、新緑が気持ちをリフレッシュしてくれます。慌ただしい日々の中で、いい気分転換になりました。

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 朱印は、繊細な線で丁寧に書いてくださいました。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から、東寺の略説と地図を引きます。

第二十三番札所
東寺
◎宗派・東寺真言宗◎十一面観音菩薩(食堂)
御詠歌:らくようや たつねめぐりて まいるらん たれにとうじの うちのかんのん

東寺は、平安遷都の二年後の延暦十五年(七九六)に、都の正面玄関である羅城門の東に創建された官寺で、正式には教王護国寺といいます。後に嵯峨天皇から弘法大師に下賜され、真言密教の根本道場となりました。多数の国宝・重文を有しており、特に五重塔[国宝]は国内最高の古塔で、また御影堂[国宝]の弘法大師像[国宝]は木像としては最古のお大師様尊像です。更に講堂[重文]の立体曼荼羅は十六尊が[国宝]、五尊が[重文]です。

毎月二十一日の御影供は「弘法さん」と親しまれ、境内には千軒以上の露店が並び、多くの参拝客で賑わいます。食堂(じきどう)は、元来僧侶が集まり食事修行を行ったお堂で、食堂(しょくどう)の語源になりました。東寺食堂は承和十年(八四三)迄に創建され、醍醐寺の開祖理源大師聖宝が彫られた千手観音像を御本尊としてお祀りし、南北朝期には足利尊氏が居住しました。

昭和五年に火災に遭い、国宝指定を受けていた千手観音像は焼損しましたが、昭和八年再建され、十一面観音菩薩が御本尊として祀られ今日に至っております。現在、千手観音像は修復されて宝物館に遷され、重文指定を受け、春・秋に特別公開されております。



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posted by genjiito at 21:36| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月09日

[学長ブログ]2021年度の大阪観光大学の科研運用は9件です

 本年度の科研の採択発表があり、大阪観光大学は驚異的な採択数と採択率をあげました。
 私は、大学は研究機関であるということを、声を大にして言って来ました。
 そんな中で、本年度の科研の採択において、大量の採択結果となりました。
 これまでは0件の年が多く、あっても1件だったそうなので、大学始まって以来の快挙です。
 研究する大学へと展開できる、楽しみの多い結果となりました。

 昨秋提出した科研申請は、基盤A=2件、基盤B=4件、基盤C=7件、萌芽=2件、若手=2件の、合計17件でした。
 この申請数だけでも、大学始まって以来の大量申請でした。

 そして、今回の結果は、基盤A=0件、基盤B=1件、基盤C=3件、若手=2件の、合計6件もの驚くべき数の課題が採択されたのです。

 これに加えて、継続分として基盤Bが1件あり、人事異動に伴い今年度から運用することになった継続分に、2件の基盤Cがあります。

 つまり、今年度から大学が新規に運用する科研は8件、継続分が1件、都合9件ということになります。
 さらに、挑戦的研究(萌芽)は、7月上旬交付内定予定であり、これには2件が本学から申請されています。
 ますます楽しみが拡がります。

 まだ、採択結果が発表されたばかりです。
 詳細は、後日ということになり、今は速報ということでの報告です。

 なお、来年度の科研の申請に関しては、2ヶ月前倒しとなったため、9月初旬が申請の〆切りとなりました。
 科研の申請に関しても、慌ただしい年度のスタートです。
 次の目標は、2桁の採択件数と、基盤研究Aの獲得です。

 大阪観光大学のさらなる発展のために、この科研においてもチャレンジを続けていきたいと思います。
 「新生・再建」の道を歩む中で、明るいニュースとしてこの科研の朗報がアップできることを、心から嬉しく思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ■大学新生

2021年04月08日

[学長ブログ]今日の8大討議検討事項について

 今日も、多くの会議と打ち合わせがありました。慌ただしさにかまけることなく、後日振り返る際のためにも、しっかりと記録を残しています。

(1)ホームページ刷新の打ち合わせ
 (本日からフットワーク良く始動)

(2)研究補佐員の大山氏来学
 (終日伊藤科研報告書の発送業務)

(3)定例経営会議
 (東京の支援者とのウェブ会議)

(4)諸問題の意見交換会
 (運営責任者と懸案事項の検討)

(5)日中交流協会への感謝状贈呈式
 (留学生への食料品生活用品支援に対して)

(6)中期計画の打ち合わせ
 (教授会での説明に関する確認)

(7)管財人との面談
 (諸問題解決と科研の情報交換)

(8)副学長への報告
 (今日一日の各種事案の情報共有)


(1)ホームページを活用した情報発信と情報戦略は、私の一番得意とする分野です。科研費研究とNPO活動では明確な実績があるので、この大阪観光大学でもホームページのさらなるパワーアップを図ってミッションを実現します。

(2)先月終了した科研の大阪大学での補佐員として獅子奮迅の活躍をしてくださった大山氏に来学していただき、科研の報告書の発送業務をしていただきました。発送する冊数が多いので大変です。この間、私は会議と打ち合わせに振り回されていたので、すべてをお任せしての作業となりました。

(3)毎月実施している経営会議です。東京におられる支援者及び弁護士さんと、ウェブ会議を通して「新生・再建」の進捗状況を具体的にお伝えしています。質問やご意見を伺いながら、課題や計画を着実に実行しているところです。

(4)日々起こる学内での諸問題に関して、情報交換をしながら意見交換をする中で、対処と対応策を練っています。

(5)過日拝受した日中交流協会からの食料品などの支援支給に対して、ささやかながら感謝状を贈呈することでお礼と感謝の気持ちをお伝えしました。

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(6)来週の教授会で現在鋭意策定中の中期計画の説明をして、先生方と情報共有をはかる件での確認をしました。

(7)管財人である奥津理事長代理と、懸案事項の問題が解決に向かっていることの報告を受け、その後は今後取り組むべき研究テーマへの貴重なご教示をいただきました。

(8)今日一日の会議や打ち合わせの要点を、山田副学長に報告し意見交換をすることで、現在進行中の情報に関する共有をはかりました。

 本学の会議や打ち合わせでは、さまざまな案件を扱っています。これ以外にも、メールなどを通して、さらに多彩な問題が解決に向けて進捗しています。すべてが同時進行なので、解決の目処が立ったものから順次報告しているところです。
 とにかく、このような内容の諸問題に関して、多彩な切り口で検討を重ねる中で、経緯と今後を見据えた対処策を導き出しているところです。
 順調に進む大阪観光大学の「新生・再建」については、気長に、温かく見守っていただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:11| Comment(0) | ■大学新生

2021年04月07日

今日は休養日です(4月-1)

 新年度が始まったこともあり、慌ただしい日々のために今日は休養の1日とします。
 ゆっくり休んで、英気を養うこととします。

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posted by genjiito at 22:30| Comment(0) | *健康雑記

2021年04月06日

京洛逍遥(696)高野川を下って出町柳に出る

 我が家のチューリップが、元気よく花開いています。近所の方が、玄関先の植え込みを見ながら、通りを明るくしてもらってありがとう、と声をかけてくださいます。こうしたやりとりをご近所さまとできることは、こちらも嬉しくなります。

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 表通りに出ると、さまざまな植物が花を咲かせています。


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 今日の散歩は、高野川を下って出町柳に出るコースです。高野川沿いに歩いて下るのは初めてです。
 途中で、鷺が獲物を捕まえるシーンに出くわしました。目の前で展開する生き物の本能は、なかなか迫力があります。

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 しばらく歩くと、御蔭橋越しに京都府立医科大学の病棟が、その右手奥に京都御所の木立が見えます。

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 御蔭橋をくぐると、川向こうに下鴨茶寮があります。何度か、宴会や法事でお部屋をお借りして食事をしました。今は新型コロナウイルスの影響で、大変なことでしょう。とにかく、料理が絶品の料亭です。

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 河原から上がった鳥も、のんびりしたもので、石段をジャンプして遊んでいます。

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 出町柳に着きました。現在、この高野川に架かる河合橋は工事中です。現在と完成図をあげます。

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 この川中は、賀茂川(鴨川)と高野川が合流する地点であり、ギリシャ文字Δ(デルタ)に似ていることから鴨川デルタと呼ばれています。今日は、新年度が始まったこともあり、近くの京都大学・同志社女子大学・同志社大学の学生たちのグループが集っています。密にならないようにと願うばかりです。川向こうが今出川です。

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 高野川に架かる河合橋に続く、賀茂川に架かる出町橋を渡り切ると、送り火の大文字が望めます。

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 1時間半の高野川散策でした。
 
 
 
posted by genjiito at 20:53| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月05日

京洛逍遥(695)半木の道の枝垂れ桜

[本ブログでは、写真はすべてサムネイル(簡易版の縮小画像)で表示しています。
 写真をクリックすると、精細な画像として表示されます。]

 植物園の西側、賀茂川沿いに南北に通る半木の道の桜は、ようやく咲き揃いました。
 北大路橋の南側を見通すと、ソメイヨシノが少し散り初めています。

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 北大路橋の北側に仁王立ちしている紅枝垂れは、私が標準木としている桜です。この桜が満開になった時、この半木の道の葉桜が一番美しいのです。
 右の円の中に、比叡山が望めます。桜の前に置かれた自転車に、多くの方がベストショットが撮れなくて残念そうに立ち去っていかれました。左端の石碑には、「奈からぎ能道 みんなで 鴨川を 美しく」と刻まれています。

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 枝の先には、かわいい蕾がいくつも花開くタイミングを見計らっているようです。まだ1週間は楽しめます。


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 植物園のすぐそばの散策路も、気持ちのいい時を楽しめます。

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 鴨たちが、楽しそうに逆立ちをして食事をしていました。

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 対岸の賀茂川左岸から植物園を望みました。

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 左の北山大橋から右の北大路橋を眺めました。
 かつての颱風の影響で桜の木の大半が倒れました。その後の手入れや植樹で大分恢復したとはいえ、まだまだ道半ばです。これから毎年、少しずつ美しさを増していくことでしょう。
 
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posted by genjiito at 22:17| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月04日

京洛逍遥(694)葵の小径の疎水沿いの桜

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 これまでに何度か紹介した「しもがも葵の小径」は、散りゆく桜と新芽の息吹がきれいです。少し雨が降る中を、白川疎水通り沿いに、桜を惜しむ散策にでかけました。

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 みかんが稔っているのは意外でした。

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 比叡山も木間がくれに望めます。

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 高野川から比叡山を見上げました。山肌に点々と桜が咲いているのが確認できます。

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 高野川には、多くの花びらが散りかたまっています。

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 歩いている内に雨は上がりました。
 花びらが散りしきる中の散策は、心が洗われる思いがするので大好きです。
 そして、新緑に気持ちが爽やかになります。
 
 
 
posted by genjiito at 21:04| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年04月03日

健康診断と加湿器の手入れ

 大学の門を入ると、新緑が爽やかに感じられるようになりました。

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 今日は朝から健康診断です。定期的にやっている私は、検査機関が変わるとまたいろいろなことがわかると思い、あえて同じような検査項目を受けています。血液検査は、京大病院では診てもらっていない項目も選んでみました。
 心電図は、枕元で動く針が描く線の上下動が気になりました。手元の Apple Watchの心電図とどう違う図を描いているのか、比べてみたくなります。

 和歌山県に近い大阪府の南部から京都市の北部にある自宅に帰るにあたり、時間帯を考えました。今日は土曜日です。昼間の早い方がいいのではと思って移動したところ、実際には阪和線を北上するにつれて乗客が増え、堺から天王寺の間はギュウギュウ詰めの満員電車でした。
 天王寺駅で地下鉄に乗り換える経路も失敗でした。コンコースは超が付くほど過密です。淀屋橋駅からは人出が少なかったので、のんびりと京都の出町柳まで快適に帰りました。ただし、出町柳からのバスは混んでいました。このところ、京都には旅行客が増えています。着物姿の若者たちが多いので、花見を兼ねた行楽シーズンになっていることがわかります。
 大阪のコロナ感染者が3日連続で600人を超えています。京都も増えています。
 私のように、大阪の南から市内を縦断して京都に移動する者にとって、この大移動は緊張を強いられます。こんなピリピリした日が、まだまだ続きそうです。

 自宅の加湿器の掃除をしました。昨年の2月から、同じメーカーのしっかりとした製品を3台設置して、ちょうど1年が経過したところです。情報によると、この加湿器が雑菌を部屋にばらまく道具となっているので、手入れには十分に気をつけるように、とのことです。そこで、我が家では、除菌・消臭の液体を水に混ぜています。

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 二、三日おきに水を取り換え、こまめに器具の中を掃除します。抗菌カートリッジといわれるものは、指示通りに半年に1度交換しています。それでも、週1回のお掃除では、器具の内部が汚れているのが見た目にもよくわかります。付属のお掃除ブラシでこすりながら、街中の施設やお店などで使われている加湿器や空気清浄機は、どの程度お掃除がなされているのか気になります。自宅のものは3.3リットルのものなので小さい方かも知れません。大きいものは、その手入れはどうなのでしょうか。
 また、私が使っている除菌・消臭液は、器具の製造メーカーが販売しているものです。しかし、この種の商品は、器具を売っている電器店でも、ないことが多いので入手がなかなか困難です。加湿器というハードウェアは売っていても、実際に使い出すと必要な小物の入手は困難です。器具を売るだけという商売に、疑問が生まれます。そこで、この液体を見つけた時に多めに購入しています。この除菌・消臭液は、薬局やスーパーマーケットには置いていません。洗剤メーカーなども、製造販売していないようです。器具が売れているのにその必需品が売られていない、ということは、そんなに丁寧に使われていないということなのでしょうか。加湿器を使っておられる方々は、こうした小物をどこで、どうして手に入れておられるのでしょうか。
 まわりを見回したところ、こうした手入れはなされていないのではないか、と思われます。ということは、加湿器は雑菌を撒き散らす道具と化しているのではないか、という可能性も考えられます。
 気にしたらきりがないことです。しかし、この新型コロナウイルスに加えて、変異種が蔓延し出したこのご時世なので、感染しないためにも気になるところです。空気清浄機も、同じことが言えそうです。情報が入れば、また話題にします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:30| Comment(0) | *健康雑記

2021年04月02日

科研の2020年度報告書3冊をデジタル公開

 3月31日に、伊藤の科研(A)「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(17H00912)の最終年度の報告書3冊を、ホームページ「海外平安文学情報」に公開しました。
 自由にダウンロードしてお読みください。

 その方法は、まずトップページの「おしらせ」の冒頭にある「海外平安文学研究ジャーナルの新刊を掲載(2021/03/31)」をクリックしてください。

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 すると、次の画面に変わります。

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 ここから、次の3種類のファイルがダウンロードできます。

『海外平安文学研究ジャーナルvol.7.0』(69.70 MB)

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『海外平安文学研究ジャーナル 中国編2019』(19.39 MB)

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『海外平安文学研究ジャーナルvol.8.0』(10.54 MB)

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 それぞれのファイル名をクリックしていただくと、各冊の目次が表示され、その下部にある「DOWNLOAD」のボタンをクリックすると、ダウンロードが始まります。
 ご感想やご意見を、本ブログのコメント欄にお寄せいただけると幸いです。

 この3冊のジャーナルの作成と公開は、大阪大学特任研究員の大山佳美、同技術補佐員の吉村仁志の奮闘によるものであることを、ここに明記しておきます。
 その他の研究協力者のみなさまにも、あらためてお礼申し上げます。
 4年間の科研研究に対する多くの方々のご支援にも、感謝いたします。
 ありがとうございました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:14| Comment(0) | ■科研研究

2021年04月01日

[学長ブログ]おごそかに執り行なわれた令和3年度入学式

 令和3年度が始まりました。
 入学式の様子を、速報としてお届けします。
 会場は、卒業式と同じ、関西国際空港の1駅手前にある「スターゲイトホテル関西エアポート 6階 RICCホール」。
 控え室の窓からは、大阪湾が一望のもとに見渡せました。この海域のことは私が本日の式辞で触れることなので、しっかりと写しておきました。

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 本日の式次第は、卒業式と同じ装幀の冊子に書かれています。

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1. 開式の辞
2. 入学許可宣言
3. 学長式辞
4. 祝辞
5. 来賓紹介
6. 祝電披露
7. 入学生宣誓
8. 大学紹介
9. 閉式の辞


 本年、2021年度の入学者総数は 231名。その内訳は次の通りです。
新入生 201名
 (観光学部 137名/定員130名、国際交流学部 64名/定員60名)
編入学生 30名
 (観光2年 3名、観光3年 17名、国際2年 3名、国際3年 7名)


 私の入学許可宣言に続いて、次の祝辞を述べました。

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■学長式辞■
  −夢を実現する場としての大学−

 大阪観光大学にご入学のみなさん おめでとうございます。
 本学への入学をお祝いし、教職員ともども心よりお迎えします。

 昨年春からの新型コロナウイルスにより、社会や生活が一変しました。観光業の世界は、大きな打撃を受けています。しかし、観光は常に人々に寄り添う、心と身体の栄養剤です。必ず、魅力的なものとして再評価され、生まれ変わります。そうした中で、大阪観光大学では新しい観光学を立ち上げるために、さまざまな検討をしているところです。

 昔から、日本人は旅の中から自然を再発見し、自分を見つめ直したことを、記録や文学作品の中に書き残しています。例えば、奈良時代以来、奈良や京都の貴族は吉野や紀伊へ足を延ばしていました。『日本書紀』には、この日根野の地にあった茅渟宮を舞台とする、衣通郎姫の話があります。『万葉集』には、泉佐野という地名が何首にも見られます。
 平安時代になっても、貴族が日根野に何度も狩にきていました。『大和物語』や『和泉式部集』にも「日根」という地名や場所が出てきます。『土左日記』には、西暦935年1月から2月にかけて、泉佐野や貝塚あたりから泉大津に続く松原を見ながら海路を北上しています。『枕草子』には、泉佐野の蟻通神社の説話が出てきます。『更級日記』にも、泉大津のことが書かれています。枚挙にいとまがないほどに、この泉南の地は、歴史と文化の中に書き記し留められているのです。ただし、平安時代の『源氏物語』を研究している私にとっては、住吉大社より南の地が『源氏物語』に出てこないことをもの足りなく思っています。

 この泉南の地で、みなさんはこれから大学生活を送られるのです。ものを学び考える上では、この文化的な背景は恵まれた環境だと言えます。池に囲まれた大学の校舎の窓からは、和泉山脈の山々が望めます。今入学式が行なわれている会場の向こうには関西国際空港があり、淡路島や四国が横たわっています。そして、その左には紀伊水道から太平洋が開けています。前途洋々たる大海原や大空に向かって、大きく未来へと羽ばたいてください。

 さて、若者の特権は、自分が抱く夢を実現するために、自分と真っ正面から闘うことができることだと思います。あなたの夢を実現するために、大阪観光大学は全力であと押しをします。その夢を叶えてこそ、お互いにとってすばらしい出会いであった、と言えるのです。
 大阪観光大学は、今、新しい大学として生まれ変わろうとしています。この一大変革の今、みなさんの目に留まる出来事は、お互いの今後の明るい未来を実感させるに違いありません。授業や自由時間に、あるいは先生や友達と情報のキャッチボールをする中で、大阪観光大学の新しい魅力がみなさんに伝わることでしょう。

 私は、昨年7月から学長としてこの大学に来ました。それ以来、すべてを白紙にして、ゼロからの再出発を始めることにしました。これを私は、「新生・再建」と言っています。「再生・再建」ではなくて、「新生・再建」なのです。「再びうまれる」ではなくて、「新しくうまれる」ということをスローガンにしています。その中には、多くの夢を詰め込んでいます。こうしたい、こうあってほしい、こんなことはできないか、こんなこともおもしろいはずだ、などなど、夢が限りなく広がっていきます。もちろん、夢ばかりでは前には進めません。しかし、夢がなくては、力は出ません。活力も推進力も生まれません。多くの夢を温めながら、着実に一歩一歩を進めているところです。

 みなさんも、自分の夢を抱きながら、その夢の実現に向かって進んでください。いつもうまくいくとはかぎりません。しかし、諦めたらそこで終わりです。一緒に、夢を温め続けましょう。チャンスはみなさんに、平等にあります。お互いが励まし合う中で、小さなことから実現していきましょう。
 夢に向かって進むみなさんを、われわれ教職員は全員で応援し支援していきます。そのことを、ここでお約束します。
 みなさんのこれからの大きな前進と、ますますの活躍を楽しみにしています。
 本日は、ご入学まことにおめでとうございます。

令和3年4月1日 大阪観光大学学長 伊藤鉄也


 続いて、学校法人明浄学院を代表して、理事長兼管財人の中井康之弁護士の祝辞がありました。学生たちのさらなる成長に期待する気持ちが伝わる、心にしみ入るメッセージがストレートに語られるお祝いのことばでした。

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 入学生宣誓は、初々しさが感じられる、さわやかなものでした。

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 上掲の写真の通り、厳粛さが感じられる、いい入学式になったと思います。
 来賓のみなさま、そしてご参列の教職員のみなさま、そしてこの日のために準備をしてこられた関係者のみなさま、すばらしい入学式を挙行していただき、ありがとうございました。

 入学式終了後は大学に戻り、着物姿のままで辞令交付式を行ないました。
 教員13人、事務職員13人に、一人ずつ辞令をお渡ししました。
 「新生・再建」を共通の目標として、共に大学の建て直しに力を貸していただきたい気持ちを伝えました。
 こうして、新年度が始まりました。
 来年4月からは、大阪観光大学の支援者である麦島氏が理事長として支えてくださいます。この1年は、そのための準備期間でもあります。緊張感を持って、大学改革に取り組んでいきます。
 引き続き、ご協力のほどをよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:21| Comment(0) | ■大学新生

2021年03月31日

[学長ブログ]年度末の慌ただしい一日

 満開の桜と新緑に包まれた今朝の大学は、年度末の総整理の中で、明日の入学式で新入生がやってくるのを待っているところです。

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 そうした中、岸和田市日中友好協会からの朗報で、生活に困っている留学生たちのために食料などの支援を受けることとなり、会長の武井俊成氏が、支援物資を直接大学に届けてくださいました。お目にかかって受け取り、お礼を申し上げました。後日、またお越しいただくことになっているので、その時にまた詳しい報告やお話をしたいと思っています。

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 その後すぐに、東京とのオンライン会議に出席しました。コンピュータで zoom を使った遠隔地との会議は、臨場感と細やかな気遣いを気にしなければ、便利な仕掛けです。うまく活用することで、効率のよい会議の運用ができます。ただし、これが授業でどの程度の効果をあげているのか、私にはまだ実感としてはわかっていません。私は、気迫と目力で授業をしている、と言われてきました。さて、私のような者に、このネットワークを駆使して画面を通した授業はうまくできるのでしょうか。授業をまったくしなくなって、もう2年になります。授業をやりたい希望は伝えています。しかし、なかなか実現していません。

 今日は、大阪観光大学の民事再生が決定して、ちょうど1周年になる日だそうです。私は昨年7月からの就任なので、この1年間の経緯と管財人の先生をはじめとする大学関係者のみなさまのお話を伺いながら、あらためてこの「新生・再建」の道の険しさと、これからの明るい未来を再確認することとなりました。

 休む間もなく、オンラインで2社のプレゼンテーションを受けました。
 これまでに、パワーポイントを使った講演や研究発表などは経験しています。しかし、そのすべてが、ストーリーが決まっているお話を聞くだけの、受け身のものであり、研究テーマからは啓発を受けることはないものばかりでした。原稿を読み上げるだけのものと、何ら変わりのない、知的な刺激のない、退屈極まりないものでした。目先が変わっているだけで、その場にいる時間がムダなので、たいていは席をはずすことにしていました。
 今日は、業者が行なうプレゼンテーションでした。目的も趣旨も異なるものだったこともあり、パワーポイントもこうした利用にはツールとして使えるのだ、という感想を持ちました。もちろん、講演や研究発表には使えそうもないツールなので、組織や自分をアピールするという限られた用途には、ということになりますが。

 さらに、打ち合わせや面談が終日続き、夜になってやっと開放されました。
 さて、明日は関西国際空港にほど近いホテルで入学式です。
 これから身体を休めて、明日の大役を果たすことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:15| Comment(0) | ■大学新生

2021年03月30日

今日は第2休養日です(3月-2)

 相変わらず慌ただしい日々なので、今日は今月の第2休養日とします。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、毎月2度の休養日を設けることにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 18:56| Comment(0) | *健康雑記

2021年03月29日

5月に無呼吸で再入院することと血糖値が急上昇したこと

 京大病院で定期検査と診察に行ってきました。
 丸太町橋から荒神橋越しに北山を望むと、散策路の桜は見頃であることがよくわかります。

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 京大キャンパス内にある、iPS 細胞研究所の前で咲く桜もみごとです。

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 病院の玄関から大文字山を見ると、雨雲に覆われていました。このような暗い姿を見るのは初めてです。

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 病院内の採血室前で待っていると、ロボット型の案内係が通りかかりました。これまでに何度も出会っています。しかし、シャッターチャンスに恵まれず、やっと写真が撮れました。

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 今日の診察は、まず呼吸器内科で睡眠時無呼吸症候群の診察です。3月初めに入院した時の検査結果を元にして、詳しい説明を聞きました。いただいたプリントのコメント欄には、次のように記されています。

(解析者:M)
 閉塞性の呼吸イベントを認めます。低呼吸を中心にイベント認めますが、REM 期で増悪傾向あり、REM期では閉塞性無呼吸が見られました。PVC、PAC の頻発が見られます。いずれも最大は2連発でした。PLMS あり。うち中途覚醒を伴うものも6.94/時見られました。


 ほとんど私には意味不明です。しかし、結論としては再入院をして、さらに詳しく検査をしましょう、ということです。
 「CPAP導入のための睡眠終夜ポリグラフ検査」のために、5月10日(月)から2泊3日(水)の入院をすることになりました。
 説明資料によると、次の写真のような姿で2晩寝ることで、さまざまなデータを取ることになるようです。そして、このマスクを常時着けて寝ることになるのかが決まります。

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 手術後の酸素マスクは何度も着けた経験があります。しかし、空気を送り込むことによる治療は、未体験です。とにかく、長生きするための治療であれば、何でもします。これも、命にかかわることなので、即答で承諾しました。
 ということで、5月10日(月)から12日(水)までの2泊3日は、前回と同じように積貞棟に入院します。この時期にはさまざまな予定が入りそうです。しかし、生き続けるための応急処置なので、多くの方々にご迷惑をおかけすることは承知で、ご理解をお願いします。

 引き続き、糖尿病・内分泌・栄養内科での診察です。ここでも、衝撃的な検査結果を見ることとなりました。ヘモグロビン A1cが、いつもの「7.2」ではなくて、「7.7」に跳ね上がっていたのです。

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 先生は、私の仕事の内容をよく理解してくださっています。今年に入ってから、特に2月から3月にかけては、とにかく多忙を極める日々に身を置いていました。体調管理が難しい時期であり、さまざまな問題に対処したことにより、心労も並大抵ではなかった期間でもあります。よくぞ身が持ったものだと、我ながら感心することしきり、というのが実感です。
 これまでは、薬で血糖値をコントロールしてきました。そろそろ、注射による対処となる境界に来ています。しかし、先生は私が置かれている状況と、これまでの私の糖尿病との闘い方をご存知なので、このままもうしばらく様子をみましょう、ということになりました。激務の中で、身体の疲れを糖質などを摂取することで生き抜いていたようです。つい、甘いもので疲れを癒やしていたのです。今後は、もう少し刺激の少ない生活環境に身を置くように心がけます。
 血液検査による限り、血糖値以外はまったく問題はありません。
 ということで、睡眠時無呼吸症候群とヘモグロビン A1cの値のコントロールが、これからの課題であることが明らかになりました。
 今の時点で、このことがわかっただけでも収穫です。
 1日でも長生きするために、可能なことは何でもするつもりです。早速、今夜から秘策に取り組むことにします。

 病院からの帰りに、高野橋から比叡山を望みました。右手が比叡、左手が送り火「妙法」の「法」の字です。

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 振り返って、高野川の下流の出町柳の方も、ソメイヨシノが満開です。この飛び石は、渡りにくい配置です。

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 さらに北大路橋まで帰ってきて、北山を望みました。
 半木の道の紅枝垂れは、まだまだです。

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 この橋から大文字を見やると、「大」の文字は午前中よりもはっきりと見えます。

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 今日は、いろいろな桜を見ることができました。
 生活改善のためにも、いい気分転換になりました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | *健康雑記

2021年03月28日

京洛逍遥(693)半木の道から北山大橋周辺の桜

 玄関先の花が、黄色の輝きを増してきました。もう春です。
 このブログでは、写真はすべてサムネイル(簡易版の縮小画像)で表示しています。
 写真をクリックすると、精細な画像として表示されます。

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 白川疎水道路沿いの桜が、辺りを明るくし出しました。

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 今週は忙しい日々が続いたので、久しぶりの賀茂川散歩です。

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 楽しみにしていた「鴨川茶店」は、昨年に続いて今年も中止です。

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 私が毎年楽しみにしている、売茶翁の石碑を背負う紅枝垂れは、4月にならないと咲かないようです。右上のリングの中に見えるのは比叡山です。

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 半木の道の桜は、早咲きのものはみごとに開花しています。

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 しかし、枝垂れ桜のほとんどが、これから咲こうとする蕾たちです。背景に雲を纏った比叡山が見えます。

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 半木の道の南は、これからみごとな桜並木に変貌します。3年前の颱風で多くの木が倒れました。それから、関係者の手でここまで再生したのです。今年の復活した姿が楽しみです。

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 北山大橋の下で、トランペットの練習をしている方を見かけました。折しも、小雨が降り出した時です。少し川下の出雲路橋の袂に京都市交響楽団の練習場があることもあってか、一般の方や学生もこの河原でよく練習をしておられます。なんでもできる河原です。

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 北山大橋から北を望むと、ソメイヨシノが咲き誇っています。左手の山肌に、送り火の船形が見えます。

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 帰り道で、桜見物をする鷺と鴨に出会いました。

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 来週あたりから枝垂れ桜が満開になると、この河原がさらに鮮やかに映えます。
 今は、散策もなかなかままならない忙しさの中にいます。
 身体を動かすためにも、河原に出かけることは心がけたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:02| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年03月27日

[学長ブログ]理事会出席のために文の里へ

 ポカポカ陽気で汗ばむ日となりました。新型コロナウイルスの感染者が増え続ける大阪市内への移動に、内心ビクビクしながらも、地下鉄谷町線文の里駅にある明浄学院高校へ行きました。今日は、理事会が開催される日です。
 会場となっている高校では、満開の桜が校門で出迎えてくれます。

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 理事会の運営は、管財人である弁護士の先生方によってなされます。議事の進行がテキパキしているので、今日も14件の議案があったにもかかわらず、1時間以内で終わりました。質問や意見が出ても、気持ちよく進みます。
 予算、事業計画、人事規程改正などの審議の後、大学側から提出した人事刷新の2学部長と3委員長、そして日本語別科長(校長)に私が就任する選任案など、すべて賛成多数、というよりも全会一致で可決となりました。
 大学の支援者で来年4月から理事長に就任予定の麦島様が、遠路東京から出席なさっています。私の隣にお座りなので、大学運営を新体制で臨むことの決意を、私からあらためて直接お伝えしました。「ご苦労さまです、よろしくお願いします」と、いつものように優しく温かい励ましをいただきました。
 こうして、大阪観光大学の「新生・再建」は、理事のみなさま方の了解をいただきながら、着実に進展しています。
 これからも、変わらぬご理解とご協力とご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | ■大学新生

2021年03月26日

[学長ブログ]中止になった令和2年度入学式の振替挙行

 昨年4月の入学式は、新型コロナウイルスのために中止となっていました。
 何とか、遅れてでも入学式をとの教職員の思いから、本日のオリエンテーションが終わってから、日本人と留学生それぞれを2つのグループに分け、明浄1号館3階の明浄ホールで、令和2年度入学式の振替挙行を執り行ないました。

 校門を入ると、1年遅れであっても、桜が入学を祝うように咲き誇っています。

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 式次第も、過日の卒業式に合わせたデザインです。

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 入学式が遅くなったことへの学校からの気持ちを、饅頭をお土産とすることで伝えることにしました。

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 オリエンテーションの流れと入学生の人数の関係から、密にならない配慮によって、日本人と留学生の2つのグループに分けての実施です。

 午後早々の日本人の入学式で、私は以下に引用する祝辞に加えて、日本文化における饅頭の意味に触れました。小さな丸い形は魂を表わし、紅白の意味や小豆には疫病退散と病気平癒の願いが込められていることです。

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 夕方からの留学生を対象とした入学式では、以下に引用する祝辞に加えて、図書館で翻訳本の展覧会を開催していることと、世界各国で日本の古典文学が翻訳されていることを話しました。

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 いずれも、夢を育てる場としての大学の意味を語りました。
 あと3年間という時間があります。ぜひとも、自分の夢を大きく育ててもらいたいと願っています。

新2年生への祝辞

◆夢を実現する場としての大学◆



 大阪観光大学にご入学のみなさん、おめでとうございます。
 みなさんは、昨年春からの新型コロナウイルスのために、入学式がないままに今を迎えられました。そのことは、本学の関係者みんなが、申し訳なく思っていたことです。それが今日、1年遅れながらも晴れてこのように入学式を挙行することができました。
 大阪観光大学への入学を心よりお祝いし、あらためてみなさんをお迎えします。本日お渡しした縁起物の饅頭は、お祝いの気持ちを伝える日本文化の良き伝統にのっとったものです。この1年間を思い出しながら、味わってください。
 みなさんは、すでに大学生活を1年間体験しているために、この入学式に新鮮さは感じないかと思います。しかし、何事にも節目が大切です。今日を「気分一新」の日とし、新たな生活への一歩を踏み出してください。

 若者の特権は、自分が抱く夢を実現するために、自分と真っ正面から闘うことができることだと思います。その、あなたの夢を実現するために、大阪観光大学は全力であと押しをします。その夢を叶えてこそ、お互いにとって素晴らしい出会いであった、と言えます。
 大阪観光大学は、みなさんもご存知のように、今、新しい大学として生まれ変わろうとしています。この一大変革の今、みなさんの目に留まる出来事は、お互いの今後が明るいことを実感させるに違いありません。授業や自由時間に、あるいは先生や友達と情報のキャッチボールをする中で、大阪観光大学の新しい魅力が、みなさんに伝わることでしょう。

 私は、昨年7月から学長としてこの大学に来ました。それ以来、すべてを白紙にして、ゼロからの再出発を始めるようにしました。これを私は、「新生・再建」と言って取り組んでいます。「再生・再建」ではなくて、「新生・再建」なのです。「再びうまれる」ではなくて、「新しくうまれる」ということをスローガンにしています。その中には、多くの夢を詰め込んでいます。こうしたい、こうあってほしい、こんなことはできないか、こんなこともおもしろいはずだ、などなど、夢が限りなく広がっていきます。もちろん、夢ばかりでは前には進めません。しかし、夢がなくては、力は出ません。活力も推進力も生まれません。多くの夢を温めながら、着実に一歩一歩を進めているところです。

 みなさんも、自分の夢を抱きながら、その夢の実現に向かって進んでください。いつもうまくいくとはかぎりません。しかし、諦めたらそこで終わりです。一緒に、夢を温め続けましょう。チャンスはみんなに、平等にあります。お互いが励まし合う中で、小さなことから実現していきましょう。
 夢に向かって進むみなさんを、われわれ教職員は応援していきます。そのことを、ここで約束します。
 このことを、みなさんにお伝えし、遅ればせながら、入学をお祝いする言葉とします。あと3年あります。3年「も」あります。大きな前進と、ますますの活躍を楽しみにしています。

令和3年3月26日
大阪観光大学学長
伊藤鉄也


 2つの式の合間に、キャンパスの周辺を散策しました。
 桜、レンギョウ、ボケ、フリージアなど、多くの花々が春を待ち望んでいます。
 新しい年を迎える気持ちと準備が、こうして静かに進んでいるところです。

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2021年03月25日

[学長ブログ]日本高等教育評価機構の審査結果を受けて

 本日、公益財団法人日本高等教育評価機構より、令和2年度の認証評価に関する審査結果が公表されました。大阪観光大学に関しては、「2017年(平成29年)度認証評価結果を不適合とする」との認定(認証評価結果の変更)を受けました(https://www.jihee.or.jp/achievement/archive_year/)。
 この評価結果に関して、大阪観光大学のホームページより「日本高等教育評価機構 認証評価「不適合」に関する本学の見解と今後の対応について」と題して、以下の学長名のステイトメントを公表しました(https://www.tourism.ac.jp/news/cat1/8160.html)。


日本高等教育評価機構 認証評価「不適合」に関する本学の見解と今後の対応について



2021年3月25日

大阪観光大学 学長 伊藤鉄也



 国公私立すべての大学は、7年以内に1回、文部科学大臣の認証を受けた評価機関(認証評価機関)による第三者評価(認証評価)を受けなければならないと定められています。

 本学は、2017年(平成29年)度に当該認証評価機関である公益財団法人日本高等教育評価機構(https://www.jihee.or.jp/top/)の審査を受けていましたところ、今般、同評価機構から、「2017年(平成29年)度認証評価結果を不適合とする」との認定の通知を受けました。その具体的な理由は、平成29年6月から7月にかけて、本学を運営する学校法人明浄学院(以下「学校法人」といいます。)の当時の理事長が、適切な手続をとることなく、学校法人から金21億円を出金して横領するなどの不祥事を起こしたことによるものです。

 本学としましては、認証評価機関から「不適合」の評価を受けたことを真摯に受けとめており、改めて本学として改善に務めてまいります。

 一方で、不適合の評価を受けたのは、上記のとおり、平成29年当時の理事長による不祥事が理由とされています。

 当時の理事長は令和元年6月に理事長を退任し、その後業務上横領罪によって逮捕されています。また、平成29年当時の理事会を構成する理事や当時の本学学長は既に全員が退任しており、現在は学校法人や本学の運営には全く関与していません。

 学校法人は、令和2年3月から民事再生手続に入り、管財人によって再生が進められてきました。そして、管財人の下で経営陣を刷新し、内部統制機能の強化、ガバナンスの再構築及びコンプライアンス推進体制の強化などにより、現在は学校法人及び大学の管理運営・教育研究は適正に行われています。 さらに、令和2年8月には本学の支援者も決まり、支援者から資金的な支援を受けておりますので、学校法人及び本学の運営は財政的にも安定しています。

 認証評価につきましては、学校法人及び大学の新生・再建のための諸施策を継続することにより、次回認証評価受審時には「適合」の評価をいただけるよう、教職員一丸となって努力してまいります。

 学内外の関係者の皆様におかれましては、引き続きのご理解と一層のご支援・ご厚情を賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。


 この声明文の後半に記している通り、大学の「新生・再建」は順調に進んでいます。こうした評価を受けたことを真摯に受けとめ、本学のさらなる発展のために鋭意改善に務めているところです。
 これまでと変わらぬご理解とご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 17:00| Comment(0) | ■大学新生