2018年10月18日

大阪湾に沈む夕陽の先に見える淡路島

 秋らしく空気が澄み切っています。
 大学の8階にある研究室から大阪湾を望みました。
 沈む夕陽がこんなに鮮やかな光景は、めったに見られません。
 左端が和歌山方面、正面が淡路島、右端が関西国際空港です。
 イオンモールの先にあるJR日根野駅から帰ります。
 京都までの帰りは、3時間半の小旅行です。

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2018年10月17日

清張全集復読(23)「九十九里浜」「いびき」「声」

■「九十九里浜」
 突然舞い込んだ手紙から、家系の複雑さが姿を見せます。40年目にして初めて異母姉の存在がわかったのです。逢いに行きます。しかし、話は私が思ったようには展開しないままに終わります。
 背景として、清張自身の祖父母のイメージを持って語っているように思いました。ただし、うまくまとまらなかったようです。【2】
 
 
初出誌:『新潮』(1956年9月)
 
 
 
■「いびき」
 自分ではどうしようもない鼾。それをテーマにした、何となくおかしい中にも、人間の根源を突く問題が語られています。いい味が出た作品に仕上がりました。【4】
 
初出誌:『オール讀物』(1956年10月)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
この小説の発想は私自身の経験からの空想で、もし、兵隊で敗走したとき、敵は敵軍ではなく、私のいびきを恐れる戦友ではないかと考えたものだ。この体験を、市井の浮浪者に置き換えたもので、このとき参考資料として使った『日本行刑史稿』に拠って、あとで一連の「無宿人別帳」を書いた。これはのちに私自身の手で一幕ものにし『文學界』に発表した。前進座で上演され、別にテレビでは宇野重吉が演じた。(544頁)


※戯曲『いびき地獄』(『文學界』、1982年12月)は、この「いびき」を3幕物に仕立てたものです。『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のように記されています。
物語の構成、登場人物、舞台設定ともほとんど変わらない。ただし、科白回しに一段と工夫が凝らされ、劇作家としての清張の力量をうかがわせる。(17頁)

 
 
 
■「声」
 新聞社で電話交換手をしている朝子は、声で誰かがわかる耳を持っていました。社員300人もの声を聞き分けるというのです。そして、殺人事件の現場に間違い電話をかけ、犯人らしき男の声を聞いたのです。その朝子が殺されます。
 警察は、客観的、合理性のある筋道のどこに間違いがあるのかを考えます。読者も付き合わされます。あまり複雑なトリックではありません。しかし、きれいに収まるので納得します。ささやかな謎解きで読者を惹きつける、うまい展開です。【4】
 
 
初出誌:『小説公園』(1956年10・11月)
 
 
 
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2018年10月16日

読書雑記(242)望月 麻衣『京都寺町三条のホームズ 10』

 『京都寺町三条のホームズ 10 見習い鑑定士の決意と旅立ち』(望月 麻衣、双葉文庫、2018年07月)を読みました。

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 このシリーズもこれで最終巻かと思わせる展開です。しかし、「あとがき」で作者が「京都ホームズは、まだ最終回ではありません。もう少し続きます。」(292頁)と言うように、もう少し続くようです。
 たしかに、一時は退屈な迷走がありました。しかし、掌編というつなぎの小話を入れながら、また息を吹き返しそうな気配が兆しています。もうしばらく、この物語にお付き合いしてみようかな、と思っています。
 
 
■「プロローグ」
 雪舟を意識して、鼠と斎王とみさごを配した掛け軸が、展覧会の後に盗まれます。その盗難事件と海外でのオークション、そして民法でいうところの「即時取得(善意取得)」の説明がわかりやすく語り出されます。

■「京の三弘法と蓮月の想い」
 ホームズは、四条通りに面した大丸京都店で修行をします。物語を離れた現実では、今年の8月下旬に、その大丸の隣にアップルストアがオープンしました。このことは、本作の発売日にはすでに知れ渡っていました。京都在住の望月氏は、アップルユーザーではないようです。
 作中でホームズは、四条通りを挟んだ大丸の真向かいのビルの2階にある「営業推進部」で仕事をしています。京大の大学院で「文献文化学」を勉強し、論文は『古都・京都の文化が世界に与えた影響』だといいます。
 ここでの話題は、観光ツアーのプランニングです。これは、後々展開するのでしょう。
 茶器と蓮月尼の話は、よくまとまっています。しっかりと次へとバトンタッチされていく章となりました。【4】

■「掌編 宮下香織の決意」
 以前にも書いたように、この小話は、単調になってきた物語に緩急をつけるために挿入された、別伝の話です。香織が語り手になっています。このように、視点を変えた話を挟む意図は何なのでしょうか。話の流れを切り替えるためか、マンネリ打破のためか、話に奥行きをもたせるためか。【2】
 
 
■「二人の旅立ちと不穏な再会」
 クルーズトレインの「七つの星」で、ホームズと葵は九州の旅に出ます。葵の誕生日を祝っての、いわば婚前旅行です。車中のことが丁寧に語られます。ファッション、食事と、明るい話題が続きます。
 そんな中、意外な人物が現れ、突然の謎解きが展開します。ただし、その内容といい推理といい、中途半端なものに留まっています。物語の内容のみならず、背景と登場人物の個性が鮮明になっていただけに、言葉足らずです。もったいないと思いました。【3】
 
 
■「瞳に映るもの」
 クルーズトレイン「七つの星」の中で起こった、嫌がらせの張り紙をめぐって、筆跡鑑定がなされます。具体的な例証が文字面からは伝わりにくいためもあって、スッキリしません。後半の求愛の場面は、さらりと語り終えようとしています。若い読者たちへの配慮でしょうか。もう少し語ってもよかったのではないでしょうか。【3】
 
 
■「掌編 宮下香織の憂鬱」
 挿話が中途半端です。いっそのこと、オムニバス形式にした方が良かったのでは、と思いました。
 香織は、「蔵」の店長に告白する前に振られます。話を持ちかけられての、そこでの店長の言い分に異議があります。あまりにも単純だからです。違う考えも、当然のことながらあります。【3】

■「エピローグ」
 爽やかなまとめです。これまでと、これからが見通せています。人の心が描けていると思いました。
 
 
■「掌編 秋人は見た〜一触即発の夜〜」
 短いながらも、軽妙で楽しい話です。この作者は、こうしたショートコントがうまいと思われます。物語性が求められる中編と、さらに構成力が必要不可欠な長編は、さらなる文章修行が求められると思いました。【4】
 
 
 
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2018年10月15日

面接の時に心に留めておきたい「心構え」と「心掛け」

 先週金曜日の高校での授業では、7時間目に面接対策のビデオを見ながら、受け持ちの生徒にはいろいろなアドバイスを伝えました。
 その後すぐの午後6時からは、「明浄社会人講座」の第1回があったため、会場の設営や受講者を出迎える準備にバタバタしていました。そのせいもあって、この面接対応の授業のことを書き残しておくタイミングを逸していました。
 その授業の中では伝え切れなかったことを、以下に整理しておきます。

 大阪の高校で教員をしていた頃は、指導困難校と言われる学校に長く在職していたこともあり、就職指導と面接指導は特に力を入れて行なって来ました。次に揚げるものは、私家版の「面接の時に気をつけるポイント」です。
 面接室への出入りをスマートに見せるコツと、椅子に座る際のマナーなどについては、すでに生徒には伝えたのでここでは省略します。

◆面接での基本的な心構え◆

(1)自信をもって胸をはって面接に挑戦
(2)ここに何とか合格しようという意欲
(3)思いをとにかく訴えようとする熱意
(4)対話の心得として謙虚で丁寧な対応
(5)正直な答えに拘らず嘘も時には必要


■面接での応答に関する心掛け■

(6)質問者に向かって相手の目を見て答える
(7)質問された内容をよく理解してから話す
(8)質問が聞き取れなかった時は再確認する
(9)自分の体験を話題に入れて具体的に語る
(10)否定的かつ批判的な口調では対応しない

 
 
 
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2018年10月14日

[町家 de 源氏](第13回)(変体仮名「う」と「こ」の字形)

 今日の[町家 de 源氏物語の写本を読む]は、午後4時から6時まで行ないました。

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 「be京都」で和室の襖やガラス戸を開けていると、肌寒い風が欄間を通して心地よく吹いています。座敷机の前に座っているだけで、秋の到来を実感する季節になったのです。来月は暖房をつけての読書会となりそうです。

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 今日は、ペルーで手に入れたカカオのお茶を飲みながら、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の変体仮名を読み進めました。

 今日のポイントを、次の表で確認しておきます。

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 ここで、歴博本「鈴虫」に見られる「う」(右から2番目の2文字目の例)は、諸本との異同や意味を考えると「こ」となるはずの文字です。そうであっても、ここでは「う」としか読めない例といえます。
 そこで、かつては一緒の揃い本だった「須磨」「蜻蛉」の例を照合しながら確認しましょう。
 「須磨」で見られる「う」(左端の1文字目の各例)と、「蜻蛉」の「う」(右端の1文字目)は、「鈴虫」と同じ字形です。
 参考までにあげた「須磨」の「きこゑ」(左から2番目の2文字目の例)は、見方によっては「う」と紛らわしい文字だと言えます。
 ということで、「鈴虫」の例は、「きうえ」と翻字していいことが、この「須磨」と「蜻蛉」の例から言えると思います。

 今日は、8丁裏に見られる「支・す・ま」が紛らわしい字形であることも確認しました。
 こうして、ハーバード大学蔵『源氏物語』の「須磨」と「蜻蛉」、そして歴博本「鈴虫」の写本に写し取られた文字の特徴が、少しずつ整理できていきます。とにかく、根気強くこうした読みを続けて行けば、何年かかるかわからないにしても、いつかはそれぞれの写本の位置づけが可能になるはずです。

 今日は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』の写本の、8丁裏の3行目「の多まへ八」から9丁表の3行目「給て」までを読んで、書かれている仮名文字を字母レベルで確認しました。
 脱線して雑談で終わらないように気をつけながら、文字にこだわるネタをとにかく意識しました。しかし、やはり平仮名、簡体字、繁体字、ハングルの話から逸れて行きました。さらには、漢語と和語の違いから「入管難民法」と「移民」にまで及び、今後の日本語のあり方にまで。
 それでも11行も読み進んでのですから、よく読んだ方だと言えるでしょう。

 次の第14回は11月24日(土)14時〜16時まで。
 また、第15回は12月22日(土)14時〜16時まで。
 新年、第16回は1月20日(日)10時〜12時までです。

 ご自由に参加していただける会です。この記事のコメント欄を利用して連絡をいただけると、詳しい説明を差し上げています。
 
 
 
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2018年10月13日

明浄社会人講座(1)池田「言語学、英語をやさしく身にまとう」

 今秋から開催することになった社会人講座の第1回が、大阪観光大学の併設校である明浄学院高校で、昨日12日(金)午後6時より無事に開催できました。
 今回の講座は、全10回通しの受講者は3名です。今日は、そのうちのお2人がお越しで、もう1人は仕事の調整がつかずにお休みとの連絡をいただきました。
 今回は、高校の英語科の先生2名も参加です。

 最初ということもあり、受講者を校門に出迎え、2階の会場にご案内しました。今回の社会人講座のお手伝いをしてくださることになっている高校国語科の堀先生は、高校側から了承をいただいているということもあり、ご一緒に校門付近で受講者をお待ちしていました。当初予定していた第1会議室は広過ぎるので、10人以内に最適な第2会議室に変更しました。そのこともあって、玄関先まで出迎えに行ったのです。
 玄関には、事務の田村さんが掲示板を設置してくださっていました。お昼に更衣室で出会った時、この日の社会人講座のことを心配していてくださり、ご好意で作っていただいた案内板です。まさに文化祭ののりで、何もかもが見よう見真似の手作りイベントです。

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 急遽部屋を変更したこともあり、講義をしていただく池田和弘先生は、パソコンと音声の調整に大忙しです。本当に申しわけありません。

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 講座を開始するにあたり、代表世話人を務めている私から、簡単にご挨拶をしました。この講座の意義と、今後の展開への協力のお願いです。小さく産んで大きく育てる、ということです。

 第1回となる今日は、池田和弘先生の「言語学、英語をやさしく身にまとう」です。
 言語学の基礎知識の確認から始まりました。わかりやすい話でした。
 少し話が進んだ頃に、講師の問いかけに応える形で、受講者から質問が出ました。それに池田先生が丁寧にご自分の考えを答えられ、その後は、参加者の意見を聴きながら進めていかれました。

 この講座が始まって30分もしないうちに、私はこの部屋の熱気にただならぬものを感じ出しました。受講者が学ぼうとなさる意識の高さが、スクリーンを見つめるその視線と講師の話に聴き入る姿から、自ずと伝わってきたからです。知的好奇心が旺盛で、理解力があり、疑問点と共感を覚える点が即座に整理でき、それが質問という形で発せられ出したからです。また、池田先生の問いかけに対する答えが、自分の考えを控え目ながらも織り交ぜてなされていたことにも驚きました。

 この企画とプランニングは昨年12月に着手し、本年4月中旬にできあがりました。しかし、その後の動きが後手後手だったために、ポスターとチラシができ、正式な案内を公にしたのは先月、9月の中旬でした。このことは、すでに本ブログの「大阪天王寺地域で新しく社会人講座がスタートします」(2018年09月12日)と、「高校での入試前の授業と社会人講座の広報活動」(2018年09月14日)でお知らせした通りです。

 その広報での対応が遅きに失したこともあり、宣伝活動がほとんどできなかったという事態の中で、昨日の開講に漕ぎ着けたしだいです。
 それが、少数ながらも予想外といえば受講者に失礼ながら、驚くべきレベルの高さの講座となったのです。聞き手の意識が、講座の内容に如実に反映しだしたのです。また、受講者の疑問に的確な説明をなさる池田先生にも、日頃のお付き合いの中では気づかなかった、専門家としての奥深い経験と知識の蓄積を知る機会ともなりました。

 イギリスのケンブリッジ大学にいらっしゃったピーター・コーニツキ先生とは、16年間にわたって共同研究として「コーニツキ版欧州所在日本古書総合目録データベース」に取り組んできました。打ち合わせなどでの訪英も、十数回にも及びます。「「コーニツキー版欧州所在日本古書総合目録」がリニューアル(その1)」(2018年07月20日)に、その経緯などを整理しています。
 そのお付き合いの中で、ピーター先生の授業がマンツーマンの討議であることを知りました。理想的な教育と研究が展開する場だったのです。今日は、そのピーター先生の講座の雰囲気を思い出させる、人と人とが知識と知恵と敬意を背景にして交流する、熱気溢れるものだったのです。

 さらに余談を。
 「コーニツキ版欧州所在日本古書総合目録データベース」の公開は2001年でした。当初は、あくまでも私が館長命令で取り組むデータベースの構築であり、国文学研究資料館の業務として認められたものではありませんでした。時間と共にアクセス数が多くなり、その意義が館内で認められ出した2011年から、館で公認のデータベースとなり、予算も正式に付くようになりました。つまり、自主的な活動が認められるまでに、10年を要したことになります。この経緯については、本ブログの「「コーニツキー版欧州所在日本古書総合目録」がリニューアル(その3)」(2018年07月30日)にまとめています。

 今回の明浄学院高校を会場とする社会人講座も、今はまだ認知を受けていない自主的な講座です。講師を引き受けてくださった先生方も、校務としての講義ではないことを承知で協力してくださっています。上記にも引用した本ブログの「大阪天王寺地域で新しく社会人講座がスタートします」(2018年09月12日)の「開講の趣旨」で、次のように記しました。

 明浄学院高等学校は、創立100周年に向けて、2021年4月に文の里新校舎が完成する予定である。その新館に、大学のサテライトが入ることとなっている。そこで、それまでの3年間に現校舎の施設を活用して、以下の10講座をスタートさせることにした。


 つまり、今回スタートした自主的な社会人講座が認知を受けるまでには、少なくとも3年はかかると思っての開催なのです。

 もっとも、今日の講座は、もう社会人講座の域を超えて、学びたいという受講生の熱意と、その気持ちに応えようとする池田先生の、丁々発止のやり取りの場となっていたのです。それにつられて、私も飛び入りでいくつか素人なりの質問をしました。
 巷には、カルチャースクールやカルチャーセンターと言われる社会人講座が数多くあります。しかし、今日、この文の里にある明浄学院高校の2階で展開していたのは、大学院レベルの討議と言うか、お互いが啓発し合う意見交換の様相となっていたのです。

 この展開の中で私は、今後の講座運営に向けての、刺激的な示唆をいただきました。全国至る所で展開している初心者向けの講座とは一線を画した、これからの研究成果が待ち望まれるような討議をする講座があってもいいのではないか、と思うようになったのです。

 こうなると、次回の講師である私としては、この受講者の求めに応えられる内容にしなければなりません。プレッシャーがかかります。しかし、この社会人講座のもともとには、大学の講義では語りきれなくて、語ると止まらない講座を意識したものだったのです。その意味では、ハイレベルの情報を基にして、受講者と一緒に考える講座があってもいいのです。
 まだ1回目が終わったばかりです。今後のことは、もう少し考えさせてください。

 さて、池田先生の講座の内容について、私なりのメモを通して簡単な記録を残しておきます。

・「エマージェント・グラマー」という第三の文法については、まだ知られていない考え方だそうです。英語から脱落した私にとっては、新しい物の見方や考え方には、大いに興味があります。

・バーチャル空間におけるバイリンガルが例示されました。話を聞いていると、私にも英語が話せるようになるのかな、と思いました。錯覚でしょうか?

・同時通訳者は何語で考えているか? ということで、受講者とのやりとりが活発に行われました。概念的に存在しないものは訳せない。言語の意味がイメージできないと訳せない。ということが確認されました。

・言語の獲得装置と普遍文法のギャップについても、受講生を交えてやりとりがありました。

・文法は発信のためにあるのか、受信の中にあるのか。これについての質問と意見は、参加者からいろいろな考えが出てきました。
 どうやらこの講座では、受講者とコミュニケーションをとりながら進めていくといいようです。

・池田先生の英語指導は、日本語を重視して活用しているとのことです。概念が分かっているなら、日本語の中に英語を入れてやる、とも。

・人間の脳の働きにあった英語教育の方法についても、わかりやすい説明がありました。

・「マイクロラーニング」には可能性があるとも。

 本日の講座には、明浄学院高校の英語科の先生がお2人も参加しておられました。熱心に聞いておられたので、講座の最中や終了後に、いろいろな感想やアドバイスを伺うことができました。

 定刻を15分もオーバーして終わりました。
 心地よい知的な刺激を堪能できた1時間半でした。

 終了後、みなさんがお帰りになってから部屋の片付けをしました。しかし、私が机の並べ方と椅子の配置を前後逆にしていたとのことで、この講座のお手伝いをしてくださっている堀先生が、元あったように並べ直してくださったとのことでした。勝手のわからない中で、不手際をフォローしていただき感謝します。

 このような講座に興味と関心をお持ちの方は、残り9回ありますので、全10回通しで参加していただくことは可能です。大阪観光大学の事務に連絡をいただければ、ご要望に対応いたします。また、特定の講座をスポットで参加なさる方は、1週間前までに連絡をください。こうした刺激的な時間を、ご一緒に共有しましょう。

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2018年10月12日

第13回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末の10月14日(日)午後4時から6時まで、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で13回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 テキストは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)です。

 本日12日(金)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、この勉強会を呼びかける記事が掲載されましたので、あらためて本ブログでも紹介します。

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 今回は、「8丁裏3行目」の「の多まへ八」から読みます。
 前回の内容については、「[町家 de 源氏](第12回)(変体仮名「可・尓・多」が圧倒的に多い)」(2018年09月22日)をご覧ください。

 700年前に書写された『源氏物語』を、変体仮名に注目して読み進めることに興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 参加費は、初回だけは体験ということで千円です。2回目以降は二千円です。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員は割り引き特典があります。

 なお次の第14回は、11月24日(土)14時から16時まで行ないます。
 会場は、いつもの「be京都」です。
 
 
 
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2018年10月11日

キャリアアップ講座(その9)『源氏物語』のくずし字を読む(悩ましい「る」と「日」)

 今日は、この社会人講座の直前にあった授業で中国からの留学生と話し合った、年齢の数え方やミドルネームのことから始めました。いつもは、この脱線から本線に戻れなくなるので、あまり寄り道をせずに写本を読み進めました。

 6丁裏の2行目「こと・ひろこり遣累」から7丁裏7行目「多てまつ累とて・なら寿」までを確認しました。

 次の例は「ける越」という語句です(6丁裏4行目)。しかし、一見「は越」と書いてあるように見えるので、真ん中の「る」を見過ごしてしまいそうです。

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 次はどうでしょうか。

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 最初の行の「けなる」(6丁裏7行目)の「る」は「り」のように見えます。
 次の行(左隣)の「返ける」(6丁裏8行目)の「る」の方は迷いません。この2つは、共に「る」です。
 一番左側の行は「八可りも」と読みます。「八」と「可」は、この「鈴虫」の書写者の書き癖に慣れないと、立ち止まってしまいます。そして、この前後の意味を考えて、正しく読むことができるようになる例です。

 次の「る」はどうでしょうか。

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 まず1行目です。ここは、「多可日ぬへし」(7丁表5行目)と書いてあります。
 「る」のように見える文字は、前後の意味や他の写本を参照すると「日(ひ)」と読むことになる文字です。「日」と「る」の読み分けは、なかなか判定が微妙な例です。迷ったら、言葉の意味を考えて決めます。
 この「ひ」と読む変体仮名の「日」については、「キャリアアップ講座(その6)『源氏物語』のくずし字を読む(字母まで正確に書写)」(2018年07月19日)でも取り上げています。参照していただけると、変体仮名を読むおもしろさと悩ましさを実感していただけるかと思います。
 次の行の「ある」の「る」は、今と同じ平仮名です。
 4行目は「給つる」と読むのではなくて、「給つゝ」と読みます。「る」のように見える文字は、ここでは踊り字の「ゝ」にした方が、他の写本との関係で自然なことばとなります。ただし、この「ゝ」は「る」という字形になっているので、テキストである『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)では、この「ゝ」の右横に「(ママ)」と注記を書き添えておきました。さらに検討を要する文字だと思っているからです。

 今日は、「る」という一文字でもいろいろな形で書かれていることを確認できました。
 無限に姿形を変える変体仮名です。それだけに、読んで意味を考える楽しさが増します。
 
 
 
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2018年10月10日

翻訳本ミニ展示「比べてみよう!『源氏物語』における翻訳の差《中国語編》」

 大阪観光大学の図書館1階で、昨年より好評のうちに開催している翻訳本のミニ展示も、今回からは翻訳された文章の巻頭部分が読めるようにして展示をすることにしました。
 中国からの留学生が多いこともあり、まず最初は、中国語訳からスタートします。中国語訳『源氏物語』は20種類以上もあるので、5回に分けての展示となるはずです。
 今回も、私の科研(A)で研究協力をしてくれている学部2年生の池野陽香さん、門宗一郎くん、田中良くんが、選書・演示・解説資料の作成などなど、展示のすべてを担当しました。これまでの経験が回を追うごとに蓄積され、さまざまな配慮が見られる展示となっています。ゆっくりご覧ください。そして、引き続き次回以降を、楽しみにお待ちください。

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翻訳本の展示
「比べてみよう!『源氏物語』における翻訳の差《中国語編》



  開催期間:2018年9月27日〜2018年10月31日

  場所:大阪観光大学 図書館 1階階段前

 今回の特設コーナーでは、『源氏物語』における翻訳の差を比較していただけるような選書をしました。
 元は同じ『源氏物語』という作品であっても、参考にした底本(翻訳するときに使用した書籍)は異なります。
 『源氏物語』の首巻「桐壺」の冒頭部分を展示しています。
 じっくりと読み比べて、楽しんでいただけると幸いです。

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◯中国語訳(1996年)
 殷志俊 訳
 表紙は伊藤小坡『伊賀のつぼね』(猿田彦神社内 伊藤小坡美術館蔵)。後醍醐天皇の妃である阿野廉子の御所に亡霊が出るとの噂が立ち、6月の夜に真偽を確かめるために、伊賀局が庭に出ている姿。

◯中国語訳(2001年)
 黄锋华 訳
「世界文学名著系列シリーズ」の1つ。表紙はボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』。

◯中国語訳(2002年)
 夏元清 訳
 表紙は衣冠束帯姿の男性と、おすべらかしを結った女性の絵。

◯中国語訳(2011年/第6版)
 豊子ト 訳
 与謝野晶子・谷崎潤一郎などが訳した『源氏物語』を中国語に翻訳したものか。
 表の表紙は『絵入源氏』「宿木」巻で宇治の中君が月を見ている場面、裏表紙は同書の「紅葉賀」で光源氏が青海波を舞う場面。

◯中国語訳(2012年)
 康景成 訳
 1巻の表紙は徳川美術館蔵『源氏物語絵巻』「柏木三」(復元図)で、光源氏が生まれたばかりの薫を抱いている場面。2巻は同絵巻の「蓬生」で光源氏が惟光と末摘花のいる常陸宮邸に行く場面。
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 参考までに、【『源氏物語』が翻訳されている34種類の言語】は以下の通りです。

アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(インド)・英語・エスペラント・ オランダ語・オディアー語(インド)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロヴェニア語・セルビア語・タミル語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・ハングル・パンジャービー語(インド)・ビルマ語・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤーラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語



 以下の『源氏物語』に関する【中国語翻訳史年表】も合わせてご覧ください。図表をクリックすると、画像は精細になります。

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2018年10月09日

京洛逍遥(516)今朝の散策で見かけた鴨と鷺たち

 早朝の河原には、秋らしい爽やかな川風が吹き渡っています。散策をしていると、鴨や鷺たちが気持ちよさそうに遊んでいる姿を見かけます。
 しばらくは、のんびりとした光景を見ながら、散歩が楽しめる季節となりました。

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 如意ヶ岳の大文字の「大」は、来年の夏までは微かにその文字の一部を思い起こさせるだけです。知らないと、その山肌に「大」の文字が浮かぶとは、思いもしないことでしょう。

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 鷺たちも北山を目指して移動して行きます。

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posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年10月08日

読書雑記(241)白川紺子『下鴨アンティーク 暁の恋』

 『下鴨アンティーク 暁の恋』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2017年6月)を読みました。アンティーク・ミステリー・シリーズの第6弾です。

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 快調に筆は進んでいます。そして、この巻が一つの折り返し地点となっているようです。

■「椿心中」
 居候で大学准教授の矢島慧に、主人公である野々宮鹿乃は前作で想いを告白しました。その後の鹿乃の心の揺らめきから語り出します。
 「衣通姫」と名付けられた、椿が描かれた振袖にまつわる話です。義兄弟の心中が背景にあり、よくまとまっています。ただ、その落ちた椿が枝に戻るところは、中途半端な処理のように思えました。
 鹿乃への一歩が踏み出せない慧の様子が、たどたどしい表現で語られます。これが、なかなか的確に心の中を読み当てているように思いました。最後は今後の展開を考えてか、どうも煮え切らないままです。【3】
 
 
■「月を隠して懐に」
 着物の柄に関係のある、能の「班女」と下鴨神社の話が意外と展開しなかったので惜しいと思いました。
 鹿乃は慧が怖いと思っていることを考えます。しかし、慧は父との会話の中で、鹿乃とのことを思い直すのでした。
 こうしたくだりで、慧と父の心の交流を描く場面には違和感を覚えます。何か違うのです。その反面、慧の母親は少ない言葉数ながらもよく描けていると思います。【4】
 
 
■「暁の恋」
 軒端の梅という帯と、和泉式部と民俗学が連環して話が展開します。さらには、『和泉式部日記』にまで発展していきます。日本の古典文学の香りが行間から漂って来ます。その和泉式部を巻き込んだ話が、折しも慧から突き放された時だったことと重なり、知人の大学生である石橋春野からのデートを鹿乃は承諾したのです。しかし、回りくどい話の流れを経て、慧は鹿乃に結婚の申込みをする事態にまで、一気に進むのでした。場所は蹴上のインクライン。
 人を好きになった者同士の心の戸惑いや迷いが、爽やかに語られます。着物の話が霞むほどに、行きつ戻りつしながら相手のことを想い合う、純粋な恋愛感情がぶつかり合う、恋物語が出来上がりました。さらには、慧はあれだけ遠ざけて来た父との生活に踏み切ります。そんなに急がなくても、と思うほどに円満な大団円で幕を閉じます。【5】
 
 
■「羊は二度駆ける」
 緩急自在の展開です。
 鹿乃と慧の話が幸せの道を歩み出しました。それと合わせたかのように、鹿乃の兄である良鷹と、その幼馴染である真帆の関係が、友達の一線を越えることになります。
 祟りの話は味付けに過ぎず、新しいカップルを生み出した話に仕上がりました。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 19:26| Comment(0) | 読書雑記

2018年10月07日

「第5回 大阪点字付きかるたを楽しむ会」のご案内

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」の兵藤美奈子代表から、第5回となる点字かるたの会の連絡をいただきました。

 この会は、昨年11月にスタートして1年。順調に活動が展開しています。
 私は土曜日には何かとイベントが入る関係で、まだ1度も参加できていません。
 そして、今回も11月10日(土)は、東京の日比谷図書文化館で源氏の講座があり、残念ながら参加できません。
 以下、その案内をすることで、自称広報担当の責任を果たしたいと思います。


第5回 「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」ご案内

金木犀の香りに秋の訪れを感じる頃となりました。
皆さんお元気でお過ごしでしょうか。

さて、「点字の百人一首を楽しめる場を大阪で作りたい!」という思いから、日本点字制定記念日の直後、昨年の11月4日に初めて集りを持ちました。
このたび、おかげさまで1周年を迎えることとなりました。
これまでのご縁を大切にしつつ、ますます多くの方々と、かるたの魅力・楽しみに触れられればと思っております。

毎回、坊主捲りや4人一首、
文字通り100枚使っての百人一首で盛り上がっています!
点字の付いたカルタ(百人一首)のお持ち込みも大歓迎です。
ご持参いただける方は、お申し込み時にお知らせください。
「点字は苦手」という方もお子さんも、一緒に楽しめる場にしたいと思います。
皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2018年11月10日(土)14時30分〜17時
場所  日本ライトハウス情報文化センター 4階 会議室3
(大阪市西区江戸堀1-13-2 電話  06-6441-0015)
交通:大阪市営地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」北改札から2番出口を出てすぐ左。
 もしくは地下鉄御堂筋線・京阪本線「淀屋橋駅」4番出口から西へ400m
 (肥後橋交差点の南西角)
費用:大人−500円 高校生以下−無料
定員:先着20名(定員になり次第締め切ります)
申込:事前に、下記へメールでお願いします。
 putti-castle205@key.ocn.ne.jp (楽しむ会代表・兵藤美奈子)
※いただいたメールにすぐにご返信できない場合もありますが、ご容赦ください。
※メールは前日までにお願いします。
お問い合わせ先:野々村好三(電話090−3841−9107)

<持参予定の点字付きの札について>
⑴「点字付き お坊さんめくり」(発売元:京都ライトハウス)
⑵ 4人一種セット(製作:「百星の会」=非売品)
⑶ 百人一首(製作:点訳ボランティアの方)
⑷ 競技用百人一首、白黒反転(発売元:京都ライトハウス)

<参考1>
坊主捲りには、上記「点字付き お坊さんめくり」を使用しています。
札を横長に置いた時の左上の角が丸くカットされ、上下に札の記号があります。
札は姫は「メメ」(姫のメ)、坊主は「こた」(お坊さんの頭?)、殿は1本線のほか、皇族を表す台座も点字で表されていて、手で触って区別しやすくなっています。

<参考2>
2016年公開映画『ちはやふる』[上の句][下の句]は、シネマデイジーでお楽しみいただけます。手に汗握る、競技かるたの世界をご堪能ください。

 
 
 
posted by genjiito at 22:32| Comment(0) | 視聴覚障害

2018年10月06日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-体験講座)

 週末ごとに颱風が日本に襲いかかって来ます。招かれざる客の情報を気にしながら、早朝から上京しました。今回の颱風は日本海側を通過中ということもあり、新幹線はいつも通り普通に走っています。もっとも、乗客は長旅を自粛してか、車内は空いていました。

 そんな中で、隣に座っておられたご夫人が、名古屋を過ぎたあたりから、突然バッグから香水らしきものを取り出されたのです。ビンの口を嗅ぎながら、何かなさっています。その匂いの臭いこと。とても、香りという世界とは程遠い、まさに異臭が襲いかかって来ます。

 学生時代のこと。
 学芸員のための講座の中に、博学で知られる樋口清之先生の授業がありました。あのベストセラーになった『梅干と日本刀』をお書きになった先生です。
 その樋口先生が、多くの欧米の方々は体臭を消すために香水をつけるのであり、日本人は食事のこともあり無臭の人が多いので、香水の用途は限られている、とおっしゃっていました。そのかわりに汗臭さをごまかすために、着物にお香を焚き染める程度だとも。
 薫と匂宮はどうだったのかはともかく、隣の席で化学薬品をブレンドした時の悪臭プンプンの方は新横浜で降りられたので、やっと苦痛から解放されました。
 私が座っていたのは自由席なので、いつでも別の車両に移れます。しかし、今日は通路側のその方が大きなスーツケースを抱えておられたので、窓側にいた私は出ようにも出られなかったのです。カメムシのような匂いの攻撃には、打つ手がありません。

 有楽町駅からブラブラと日比谷公園に向かいます。途中で、いつもそばを通るのを楽しみにしているゴジラを見上げます。

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 日比谷公園の中では、鉄道マニアが大挙して集まっての一大イベント「鉄道フェスティバル」が繰り広げられていました。

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 今の私に馴染みである、京阪電車と阪急電車のブースだけは立ち寄りました。とにかく、ものすごい人の列です。

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 日比谷図書文化館の地下にあるラウンジで、昼食をいただきました。そして、この時間を利用して、科研の運用とホームページに関する打ち合わせを、待ち合わせをしていた仲間4人で、2時間ほど話し合いました。新しい展望が見えてきました。昨年来K社のお陰で完全に頓挫したままになっている科研のホームページについては、また後日、明るい展望のもとに詳しい報告をします。とにかく何もしてもらえないままに振り回され、一年半もの長きにわたり研究妨害を受け続けて来たのです。ほとほと疲れた、と言うのが本音です。この状況も、間もなく道が拓けます。今少しの時間をください。

 今日の古文書塾「てらこや」の講座は、5回ごとに切り替わるごとに設定された「体験講座」です。14名の方が、様子見の参加をなさいました。
 とはいえ、私の方はいつも通りのマイペースで、写本は2行ほどを読んだだけです。お話ししたことは、『源氏物語』の本文が大島本だけで読まれている現状や、鎌倉時代に書き写された写本の大切さを訴えました。
 また、変体仮名が昨年からユニコードの中に認証されたことや、現行の平仮名は明治33年以降に各音に1文字ずつを割り振られ、絞り込まれて広まったものであることも確認しました。
 もちろん、目が見えなくても写本が読める方が講座に参加しておられることも。立体コピーの実物を回覧しました。

 この講座が、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の背景を持つものであることも、NPO活動の説明とともにしました。

 いつものように、予定を大幅にオーバーして終わりました。終わってから、国文学研究資料館が品川の戸越にあった頃に、歴史の史料館にアルバイトで行っていたという方が声をかけてくださいました。いろいろな出会いがあるものです。
 事務の方の話によると、今日お越しの半分くらいの方が、来月からの講座に参加されるそうです。継続の方を含めると、これまでよりも多くの方々が参加なさるようです。ありがたいことです。

 すでに源氏の講座に参加なさっている方もお出ででした。あらかじめ伺っていたこともあり、池田本の「早蕨」と「宿木」の資料をお渡ししました。これを例として、NPO活動として取り組んでいる変体仮名を取り込んだ翻字作業の実態も、詳しく説明しました。

 この翻字作業については、多くの方にお願いしながら、まだ作業用のデータを渡しきれていません。
 大学も始まり、少しずつ落ち着いてきましたので、来週から作業用のデータをお届けしようと思います。
 これまでは、私が手元で管理しているエクセルのデータから抜き出した本文データを、一旦ワードの文書にして渡していました。しかし、それは私が変換作業に手間取り、お渡しするのが遅くなるばかりです。そこで最近は、エクセルのデータを切り出してお渡しし、それに直接補訂の手を入れる作業をしていただくことにしています。
 翻字のお手伝いをしてくださっている方には、こうした方針の変更についてのご理解をよろしくお願いします。

 また、今日は、築地市場の最終日でした。越中島に住んでいた昨春までは、築地に近かったこともあり、自転車でよく銀座へ散策に行く時に立ち寄りました。今日が最終日なら、帰りに築地に寄ろうか、と思いました。しかし、明日もいろいろと予定が入っていることもあり、残念ながら帰洛の途に着くことにしました。
 台風情報が行き渡っていたせいもあってか、新幹線はガラガラでした。
 
 
 
posted by genjiito at 22:06| Comment(0) | ◆講座-研究会

2018年10月05日

高校で入試のための面接練習をする

 金曜日は高校へ教えに行っています。ただし、秋は学校行事が立て込んでいて、今日は3週間ぶりの授業となりました。

 まずは、文化庁が先月発表した、紛らわしい表現のアンケート結果などを確認して、文章表現や日常会話などで気をつけることを確認しました。
 例えば、「なし崩し」の意味を「なかったことにする」とした誤答率は65.6%、「げきを飛ばす」は67.4%が「元気のない者に刺激を与えて活気づける」という意味に誤解し、「チームや部署に指図を与え、指揮する」を「采配を振るう」と答えたのは56.9%などなど。
 もっとも、いくつか私も引っかかりましたが。

 言葉は時とともに変化していくものです。本来の意味とは異なって受け取られていく変化と推移は、言葉が生きたものである以上は当然のことです。そのため、過去にしがみつくことなく、時代の変化に柔軟に対処してもいいと思っています。緩やかな変化には、柔軟に順応すればいいという対応をとっています。

 今はやりのクイズ番組では、答えは一つしかないという偏狭な立場で番組を構成しています。物事にはすべて正解がある、というのも、ある意味では一つの見識でしょう。しかし、それは学校という狭い世界での論理なのであって、無理やり正解はあるものだと決めつけて正誤を要求するのはどうでしょうか。実社会では、多様な答えがあります。正解は追求するものの、流動し変化する言葉の世界では、いにしえへの回帰だけが最終目標ではないはずです。

 そうした観点から言えば、面接の指導も多様な対応が求められます。いろいろなアドバイスを参考にして、生徒たちは実際の試験に立ち向かうのです。
 今、私が受け持っているクラスは特進看護コースです。生徒が受験するのは、人を相手にする仕事に就く人材が学び集う看護学校の入試です。就職試験とは違う要素があります。
 今月から受験が始まっています。明日が試験日だという生徒が3人いました。
 いろいろと話をした後、3人ほどを指名して、教室で模擬面接をしました。

 20年以上前に府立高校の進路指導部に所属していた頃、毎年夏ごろから面接の練習に立ち会い、指導をしていました。応接室などにビデオカメラを設置して撮影するなど、生徒が緊張する場面を設定して面接訓練を行いました。その10数年間の経験が、昨日のことのように思い出されたので、我がことながら驚きました。また、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻でも、長い間面接を担当しました。そんな経験が活きる場面が、こうしてあったのです。

 今、『看護師専用 お悩み外来』(宮子あずさ、医学書院、2008年7月)という本を読んでいます。

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 数多くの病気を、私は現在進行形で経験しています。さまざまな手術と入院歴を誇る私は、この本のお悩み相談の背景がよくわかります。
 来週から、この本にある例証を取り上げて、学習指導の中に取り込んでいくつもりです。

 高校3年生の授業は、あとは数える程となっています。学力をつけて卒業する後押しをするとともに、折々に、私が出来ることを、出来る範囲で、アドバイスとして生徒たちに伝えたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:54| Comment(0) | 身辺雑記

2018年10月04日

読書雑記(240)伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗、光文社新書、2015年4月)を読みました。

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 先入観が揺さぶられる本です。意外なことが、スッキリと理解できます。そーなのかーっ、と納得します。
 帯に書いてある文章が、本書の内容を端的に示しています。

 自分と異なる体を持った存在のことを、
 実感として感じてみたい

本書のテーマは、視覚障害者がどんなふうに世界を認識しているのかを理解することにあります。(中略)障害者は身近にいる「自分と異なる体を持った存在」です。そんな彼らについて、数字ではなく言葉によって、想像力を働かせること。そして想像の中だけかもしれないけれど、視覚を使わない体に変身して生きてみること。それが本書の目的です。(本文より)


 以下、私がチェックした箇所を、今後のために引用し列記していきます。
 
◆最近私は、点字ブロックの必要性と、その反面で迷惑がられている点について、街中で写真を撮りながら考えています。次の言葉に接し、何かヒントがないかと思って読みました。しかし、本書では点字ブロックについての言及はここ以外にはありませんでした。
たとえば新しい点字ブロックの考え方やより創意に富んだ支援サービスを生み出したらいいな、と私としては望んでいます。(42頁)

 
 
 ただし、次のような説明を見ると、街中の点字ブロックの利点が生かされていると言えます。この足の感覚を、もっと活用することで、点字ブロックの問題点を解決したいものです。
 そんななか、自分が透明人間でないということをかろうじて証明してくれるのは、周りにいる人や物に触れる触覚、そして何より足の裏の感覚です。暗闇に入ると、足の裏からこれほど多くの情報が得られるのかと、その豊かさに驚きます。見えない世界では、サーチライトの役割を果たすのは、目ではなく、足なのです。自分が立っているそこが土なのか、絨毯の上なのか。傾いているのか、平らなのか。体重をかけていいのか、まずいのか。もし見えないまま和室の中を歩いているとすると、畳の目の向きから、壁の方向さえ推測できるかもしれません。(121頁)

 
 
◆居住空間に関する次の指摘から、目が見えない方は触読で文字の識別をする時などに、独特の感性を発揮して崩し字なども正確に読めるのでは、と思いました。
 こうした見えない人の空間把握の仕方がわかるのが、見えない人の住まいのインテリアです。人は、世界をとらえるよう世界を作ります。つまり、空間のとらえ方が幾何学的で抽象的であるということは、幾何学的で抽象的な仕方で空間を作るということです。もちろん個人差はありますが、全体的な傾向として、見えない人の住まいは幾何学的で抽象的な傾向があります。
 幾何学的で抽象的な住まいといっても、椅子が真っ白いキューブだったりカーペットが無地の円形だったりする、ということではありません。言ってみればエントロピーが低い、つまり乱雑さの度合いが低い、ということです。余計なものがなく、散らかっていない。きちんと整理されていて、片付いているのです。
 理由は簡単です。物がなくなると探すのが大変だからです。きれいに片付いているということは、言うまでもありませんが、使ったものは必ずもとの場所に戻されているということ。つまり、あらゆるものに「置き場所」があるということです。ハサミは引き出しの中、財布はテレビの横、醤油はトレイの奥から二番め云々。置き場所がきちんと指定されていれば、欲しいものがすぐに手に入ります。
 あるべきものが「定位置」にない場合は、それを探さなければならないわけですが、これは見えない人にとっては非常に労力がかかることです。部屋のすぺての場所を手で触ってくまなく探さなければならないからです。リモコンが見つからなくて友達に電話して来てもらう、なんてことになりかねません。(58〜60頁)

 
 
◆次のことから、塙保己一を思い起こしました。
メモという形で情報をアウトソーシシグできないため、情報を効率よく蓄積しておく方法を身につけなければならなかったのです。(61頁)

 
 
◆「文化的なフィルター」を通して見ていることの意味を、ここで具体的に知ることになりました。
私たちは、まっさらな目で対象を見るわけではありません。「過去に見たもの」を使って目の前の対象を見るのです。
 富士山についても同様です。風呂屋の絵に始まって、種々のカレンダーや絵本で、デフォルメされた「八の字」を目にしてきました。そして何より富士山も満月も縁起物です。その福々しい印象とあいまって、「まんまる」や「八の字」のイメージはますます強化されています。
 見えない人、とくに先天的に見えない人は、目の前にある物を視覚でとらえないだけでなく、私たちの文化を構成する視覚イメージをもとらえることがありません。見える人が物を見るときにおのずとそれを通してとらえてしまう、文化的なフィルターから自由なのです。(67頁)

 
 
◆点字の識字率については、私もよく例に出す数字です。1割の方しか点字が読めないという現実の中で、身の回りになんと点字のラベルが氾濫していることか。私は、点字よりも音声によるガイダンスに力を入れるべきだと思っています。そのためにも、白杖をアンテナにすれば、無線で音が自由に拾えるのです。
 まず「見えない人=点字」の方程式について。少し古いデータですが、二〇〇六年に厚生労働省が行った調査によれば、日本の視覚障害者の点字識字率は、一二・六パーセント。つまり、見えない人の中で点字が読める人はわずか一割程度しかいないのです。(89頁)
 
 
 さらに深刻なことに、こうした電子化の影響は、若い世代ほど強く受けています。見える世界でも若者の「活字離れ」が叫ばれて久しいですが、見えない世界でも同じように「点字離れ」が進んでいます。若い世代は電子化の波をダイレクトに受けていて、パソコンや携帯を駆使して見える人と同じように情報を収集します。スマートフォンを使いこなす視覚障害者も増えています。タッチパネルも、もちろん使いこなします。(90頁)

 
 
◆現在、変体仮名は立体コピーにした資料で読んでいただいています。しかし、次の文章を読んでから、音声と融合したテキストを作成する方策を考え出しています。
 このようなことを知らずに、「見えない人=点字=触覚」の方程式で状況を解こうとしてしまうと、「見えない人にとって、必要な情報は何でも触れるようにしてあげるのがいい」と杓子定規に考えがちです。たとえば、図形や絵の情報を伝えるために、それを立体コピーして見えない人に渡したとします。立体コピーとは線の部分が浮き出るように加工する印刷技法で、エンボスとも言われます。立体化された図形などを触って観察することを「触察」と言い、教育現場にも導入されるなど有用な場面もたくさんありますが、細かい図になってくると、見えない人であっても、理解するのは容易ではありません。線が混ざって模様のようになってしまう。
 けれどもこうしたケースでは、「分からない」とはなかなか言いだしにくいものです。「わざわざ立体コピーをしてくれたのに悪い」と感じてしまう人もいるでしょう。それではますますディスコミュニケーションが深まってしまいます。詳しくは第4章で紹介しますが、図形の「情報」そのものではなく、やわらかい、楽しそう、などその「意味」を伝える方法もあるはずです。(91〜92頁)

 
 
◆本書の最後では、語り尽くせなかったことに言及があります。「しょうがい」という言葉と、その表記についての問題に対して、著者の明確な考えが示されています。
 従来の考え方では、障害は個人に属していました。ところが、新しい考えでは、障害の原因は社会の側にあるとされた。見えないことが障害なのではなく、見えないから何かができなくなる、そのことが障害だと言うわけです。障害学の言葉でいえば、「個人モデル」から「社会モデル」の転換が起こったのです。
 「足が不自由である」ことが障害なのではなく、「足が不自由だからひとりで旅行にいけない」ことや「足が不自由なために望んだ職を得られず、経済的に余裕がない」ことが障害なのです。
 先に「しょうがいしゃ」の表記は、旧来どおりの「障害者」であるべきだ、と述べました。私がそう考える理由はもうお分かりでしょう。「障がい者」や「障碍者」と表記をずらすことは、問題の先送りにすぎません。そうした「配慮」の背後にあるのは、「個人モデル」でとらえられた障害であるように見えるからです。むしろ「障害」と表記してそのネガティブさを社会が自覚するほうが大切ではないか、というのが私の考えです。(211頁)

 
 
 
posted by genjiito at 21:44| Comment(0) | 読書雑記

2018年10月03日

文化庁が京都に来る意味を考える充実したシンポジウム

 2020年に、遅くとも2021年には、文化庁が京都に全面的に移転して来ます。それを踏まえてのシンポジウムが今夜、京都文化博物館で開催されました。

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 今回私は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の代表理事の立場で参加し、発言や意見を伺いました。今後は、可能であれば文化庁の存在と力を借りながら、『源氏物語』の写本文化を中心としたNPO活動に結びつけたいと思っています。

 今回のイベントは、新しい文化庁がどのような組織で、何をしようとしているのか、ということを広く京都の地で知ってもらおう、という企画です。

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 基調講演で松坂浩史氏(内閣参事官、文化庁地域文化創生本部事務局長)は、これまでは文化を分析的に見ていた、これからは全体的に捉えていくことになる、とおっしゃいました。そのことを含めて、私にはよくわからない抽象的な理念が語られていました。そのために京都に移転することとの関連性が、希薄だったように思います。いろいろあってやはり京都となった、という経緯はわかりました。しかし、それなら地方であればどこでもいいのでは、という感想も抱きました。

 今日の説明では、京都の方々にこの地に来るのだ、という説得力には欠ける説明だったように思います。東京では通用したことでしょう。しかし、京都で理解を得るには難しいものがあります。出身が東京とのことだったので、この関西の気風に馴染まれるのにもっと時間がかかりそうに思われました。その前に、お役人という立場を匂わせておられたので、それは関西では通用しないところが多々あるように思えます。それが、後半のディスカッションの中で、会場からの反応で実感としてよくわかりました。文化庁に対する異見が出ると、場内から拍手喝采という応援があったからです。

 新しく京都の地でやっていこう、という意欲は伝わってきます。次は、具体的に何をどうするのか、ということになります。その理解を得るためには、まだこのような集会が何度か必要だと思います。

京都文化博物館開館30周年記念
京都画廊連合会主催シンポジウム
「文化庁は京都に何を求め、京都は文化庁に何を求めるのか?」

と き / 平成30年10月3日(水)6:30PM〜8:30PM
ところ / 京都文化博物館・別館ホール(定員200名) 入場無料

文化庁の京都本格移転が近づいてきました。けれど「文化庁って何?」「京都で何をするの?」と多くの人は「?」ばかり、あまり関心が高まっているようにも思えません。文化庁の方も「京都ってどんなところ?」と思っていらっしゃるかもしれません。この際、地元京都の状況をふまえた京都からの意見発信、文化庁をはじめとする文化行政全般との意見・情報交換の場を、一般の府民・市民に開かれた形で設ける必要があるのではないか?それが、日頃多くの作家や美術・文化を愛する市民と接している私たち画廊連合会の責務ではないかと考え、企画したものです。皆様の御参加をお待ちしています。

−プログラム−

6:30〜7:00pm
講演︰「文化庁の京都移転で目指すもの〜新・文化庁とは〜」
松坂浩史氏

7:00〜8:30pm
シンポジウム︰「文化庁は京都に何を求め、京都は文化庁に何を求めるのか?」
松坂浩史氏、森木隆浩氏、潮江宏三氏、太田垣實氏、川村悦子氏、星野桂三氏
コーディネーター:山中英之氏


 シンポジウムでの質問をいくつか拾っておきます。
 
◎今、なぜ「生活文化」なのか?
 →食を含めて、世界の流れに文化庁は遅れていた。
◎京都に文化庁が来るメリットは?
 →京都の人は出不精なので、来てもらうとものが言いやすくなる。

 そして、私が今回のシンポジウムで活気が生まれたと評価したいのは、京都画廊連合会の星野さんの存在でした。星野さんは、いろいろな例をあげて、文化庁には期待はしていないということを明確におっしゃいました。文化庁の動きをじっと見守っていく、との発言もありました。これについては、会場からは大きな拍手が湧き起こりました。京の町衆のパワーを垣間見た思いです。
 とにかく、文化庁の松坂さんとの対立が鮮明で、今後の成り行きを見守るという展開となったのです。
 コーディネーターの山中氏は、京都の人は冷ややかに見ながらも見る目があるので文化庁の真価が問われますよ、とフォローというか文化行政の心構えを再確認しておられました。

 その後も、文化庁や文化に対する星野氏からの辛辣な意見には、会場からたびたび拍手が起きます。この盛り上がりには、基調講演をなさって俎板の鯉とでもいうべき状況に置かれた松坂さんも、苦笑いで躱しておられました。
 後半は、終始、京都の人の目と耳が厳しいことを、肌身で実感するシンポジウムでした。東京の発想が、そのまま関西では通用しない、させないという文化の違いが、今日は鮮明に浮き彫りにされました。
 主催者側の立場でパネラーとして登壇なさっていた星野さんは、多分に京都人特有のパフォーマンスで異見をおっしゃったと思われます。これは、京都人のいけずではなくて、長い歴史で培われた、異文化の流入に対する抵抗姿勢の一つではないのか、と思われます。
 しかし、京都は、新しい変革が大好きです。そうであるからこそ、常に文化の中心にいられたのです。今日は、東京からのお仕着せの姿勢への反撃を、それも楽しさや期待を持たせながらの余裕の対立を、まさに目の当たりにしたのです。貴重な文化交流会を通して、いい勉強の機会となりました。

 最後のテーマとして、文化財の活用に関して、保存の観点から複製の意味する話題はよかったと思います。日本は「仕舞う」文化だということも、今後に展開する貴重な提言でした。いずれも、文化庁との絡みで、今後とも話題性がある問題提起だと思いました。充実した、東西の文化の違いが体感できるシンポジウムでした。

 なお、10月に入った今週から、文化庁のシンボルマークが次のように新しくなっています。

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posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆情報化社会

2018年10月02日

読書雑記(239)船戸与一『神話の果て』

 『神話の果て』(船戸与一、講談社文庫 新装版、1995年11月)を読みました。

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 本書のことは、今夏8月にペルーのリマへ行った折、日秘文化会館の中にあるエレナコハツ図書館で、同僚で同行のアンデス考古学者の宮野元太郎氏よりご教示いただきました。その時には、図書館の書架にあった単行本を手にして、ご自分の調査地などのことを交えて話を伺いました。帰国後、すぐに入手できた文庫本で読みました。

 アンデスが専門の文化人類学者である志度正平は、酔いだくれとして登場します。スペイン語はもとより、ケチュア語とアイマラ語を巧みに操れる日本人です。正平は、殺し屋としての仕事となると、まさにプロとして別人になります。その落差が、巧みに語られていきます。
 ペルーの高地に、天然の純度の高いウラン鉱床が発見されたのです。これが、アメリカの権力機構を変えるというのです。ただし、その一帯はゲリラの支配下にあるのです。そのゲリラ組織を破壊することが問題として浮上します。
 月光の中で、ツトム・オオシタは脱獄します。そのツトムと正平が入れ替わるのです。話は、船戸らしく急展開です。
 言語による問題で、組織的な闘争が失敗する例は興味深いものがあります。

第四インター系の革命家ウーゴ・ブランコに指導されたその闘争は結局、失敗に終わる。その理由のひとつに闘争内部の言語の問題があった。組織のなかの統一言語としてケチュア語が採用されたのだ。山岳地帯ではケチュアとアイマラが混在している。当然それはアイマラの反撥を呼んだ。そのことがやがて闘争そのものを衰弱させていく一因となったと言われている。(158頁)


 コンピュータで書類を作成し、それを暗号化して FAX するなどの通信事情のくだりは、この背景となる時代を感じます。この作品が最初に『小説推理』に公表されたのは1984年です。それは、ちょうど私がNECのPC-9801F2を購入し、本格的に漢字平仮名混じりの日本語で『源氏物語』のデータベースを構築し始めた頃です。当時勤務していた大阪府立の高校に、富士通のFM77を25台導入し、パーソナル・コンピュータ(当初は「パーコン」と言っていた)を活用した国語教育に着手した時代でもあります。1986年に、私は初めての著書となる『新・文学資料整理術 パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年11月)を刊行しました。

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 これは、文科系におけるコンピュータを活用した知的生活の啓蒙活動を始めた頃でもあります。

 オリバレスは机の左手に置かれているマイクロ・コンピュータのまえに腰をおろした。
 解読文のコピーに眼を落したまま指がすばやくキイを叩きはじめた。ディスプレイに次々とアルファベットが浮きあがる。すべてを写し終え、文書の再確認を終了したのは十二時半をほんのすこしまわったところだった。オリバレスは解読文の全文にクリストファー・ビッグフォードの死と志度正平の予想される行動を附記し、末尾に『至急、指示を乞う』とつけ加えて新たなキイを四度叩いた。
 このコンピュータには三日おきに異った乱数表がインプットされる。いま写し終えた解読文はその乱数表に従って判読不明の彪大な量のアルファベットの不規則な羅列に変わるのだ。そして、それはコンピュータに繋がる周辺機によってただちにプリントされる。
 プリントされた不規則なアルファベットの羅列はファックスによってワシントンのポトマック河畔にある小さな商事会社に送られる。この商事会社は中央情報局(CIA)のダミーだ。情報は瞬時にしてそこから五マイル北西にあるヴァージニア州ラングレーにある本部に届けられる。(163頁)


 インディオの集団が、明るく生き生きと語られています。ただし、ここで著者は、観光を否定的に捉えています。私自身の問題意識と関連するので、今後のためにメモとしてその箇所を切り取っておきます。

「南北に伸びようとする共和国も現状ではクスコ、プーノと言ったアンデス山岳地帯に存する観光都市に分断されている。観光というインディオの魂を蝕む最悪の都市に!」
「カル・リアクタが顕在化するというのは……」志度正平は声を落として訊いた。「そういう観光都市への攻撃をいよいよ開始するということですか?」(330頁)
 
 
「教会の人たちやナザレの住人たちになぜ人家を購入するのかと不審がられたら、観光資本が新たな観光資源を開発するために調査員を送ってくるのだと秘密めかして喋っていただきたい。要求はただそれだけです」(460頁)


 CIAの破壊工作員ジョージ・ウェップナーは、志度を密殺するためにアンデスの山中まで追いかけます。また、殺し屋ポル・ソンファンも、志度を追いかけています。2人に狙われる志度がどうなるのか。それに加えて、元ボリヴィア解放戦線の活動家でソヴィエト国家保安委員会(KGB)とも関係を結ぶシモン・アルゲダスという男が加わります。目が離せません。チャカラコ溪谷に眠る鉱石をめぐって、米ソを交えての情報戦が繰り広げられたのです。

 カル・リアクタというゲリラ組織の長であるラポーラとは、一人の固有の肉体を持つ人物ではなくて、概念としてのものであり、複数存在することもある、という設定であることが終盤で明かされます。何代目のラポーラという考えで見ればいいようです。ということは、破壊工作員の志度正平が一人のラポーラを抹殺するという使命は、まったく無意味だったということになります。
 最後の赤く濡れた月影が印象的な長編小説です。【5】
 
 
※初出誌:『小説推理』(1984年1〜7月号に連載)
 その後、大幅に加筆修正をして、昭和60年1月に双葉社より単行本として刊行。
 
 
 
posted by genjiito at 20:14| Comment(0) | 読書雑記

2018年10月01日

京洛逍遥(515)京都っ子で第2世代となるメダカたちとノーベル賞

 メダカが好きな私は、折々に自宅に連れてきては面倒を見ています。

 東京の越中島(門前仲町)にあった東京医科歯科大学の官舎にいた頃には、江東区の豊洲にあるホームセンター「ビバホーム」の中にあるペットショップでいただいたメダカを、6年間で第3世代まで育てていました。

 第1世代は「江戸漫歩(44)深川も夏から秋へ」(2011年09月14日)に写真があります。

 第2世代は「新しく我が家の一員になったメダカたち」(2012年09月05日)に。

 そして、第3世代は、東京から京都へと連れてきました。ただし、「うっかりミスで和やかな一日となる」(2018年05月18日)という記事の最後に、東京から連れてきたメダカたちが京都の水に慣れることができなかったのか、1年ほどで亡くなってしまったことを報告し、新しく出町柳でいただいた京都っ子のメダカがやってきたことを書きました。

 その、新しく初夏から一緒に住むことになった京都っ子の第1世代となる出町のメダカは、今夏、かわいそうに2ヶ月ほどでみんな亡くなってしまったのです。露店で売られていたメダカだったので、異常気象に加えて元々の管理がよくなかったこともあってか、残念ながら短命でした。

 今年は猛暑だったので気候が落ち着くのを待ち、先週やっと新しい家族を迎え入れました。今回は、京都大学の農学部に近いところにある、金魚とメダカの専門店でいただきました。

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 この記事を書いている時に、2018年度ノーベル医学生理学賞を京都大学特別教授の本庶佑氏が受賞なさったというニュースが飛び込んできました。授賞理由は、「がんの免疫逃避機構の抑制による治療法の発見」だとか。私は、京大病院のがん病棟である積貞棟で胃ガンの手術をして、命拾いをしました。
 これも京大つながりの話題として縁がある、と無理やりこじつけて、京大育ちのメダカが我が家にやってきたことを、この機会に取り上げることにしました。
 さて、この京都での第2世代となるメダカたちを家族に加えたこともあり、これまでと変わらぬ穏やかな日々を過ごすことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:06| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年09月30日

読書雑記(238)望月 麻衣『京都寺町三条のホームズ・9』

『京都寺町三条のホームズ・9〜恋と花と想いの裏側〜』(望月 麻衣、双葉文庫、2018年3月)を読みました。

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 今夏テレビアニメになるという宣伝と、コミック版(作画:秋月壱葉)が発売されていると帯にあります。
 
 
■「プロローグ」
 ホームズのライバルである円生が、葵を「スルメ」だと言って帰ります。何のことだろう、と思いながら、次節へとページをめくりました。
 
 
■「花と酒と恋の鞘当て」
 冒頭に出てくる「府立総合資料館」は、本書が刊行された本年3月よりも前の2年前(平成28年12月)に、「京都府立京都学・歴彩館」としてスタートしています。また、「風見はみるみる画面を蒼白とさせ、額に手を当てた。」(167頁)とか、「今日 皆に暴かれます。〈改行〉 エンターテインメントにすべてを捧げたあなたは、エンターテ インメントの中で消滅してください」(268頁)などは、校正が間に合わなかったようです。
 次第に親しさを増していくホームズと葵の会話が、そろそろ鼻に付くようになりました。特にホームズの歯の浮いたような葵への言葉遣いは、私には次第に下品になって来たように思われます。この作者には男が描けないことが、こうしたところからわかります。
 話の展開中に、抹茶に合う和菓子のことが出てきます。もっと盛り上がればよかったと思います。
 小野小町の「恋ひわびぬ〜」の歌の訳で、「夢に見れなくても、」(118頁)とあります。がっかり。
 この作品は、人間関係で遊びすぎです。短編では、読者が追いかけるのに疲れます。長編にして、もっと豊かな作品に仕上げたらいいと思いました。【2】

 ここで出てくる和歌は、以下の通りです。
 「見せばやな 雄島のあまの 袖だにも〜」(殷富門院大輔)
 「つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ人〜」(和泉式部)
 「君こひり 寝てもさめても くろ髪を〜」(与謝野晶子)
 「忘れじの 行く末までは 難ければ〜」(儀同三司母)
 「恋わびぬ しばしも寝ばや 夢のうちに〜」(小野小町)
 「思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ〜」(小野小町)
 「玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば〜」(式子内親王)
 「君がため 惜しからざりし 命さへ〜」(藤原義孝)

 
 
■「掌編 答え合わせ」
 なぜここに挿入されているのか、意味不明です。内容も、後の物語に関係するのでしょうか。男同士のやりとりとして、ピンボケで品のない話です。【1】
 
 
■「金の器と想いの裏側 〜清貴 十三歳になった日」
 これまた中途半端な話です。前の掌編と話を繋げられます。しかし、この掌編の位置付けが不明です。【1】
 
 
■「掌編 宮下香織の恋路」
 これも、中途半端な短編です。【1】
 
 
■「復讐のショータイム」
 ホームズは、女の子にモテるための前提条件は、清潔感だと言います。若者へのメッセージなのでしょうか。
 本話は、枚方パークでのイベントをめぐる話が中心です。ただし、話と推理がちぐはぐで、読み飛ばしました。シリーズ化における手詰まり感が伝わってきました。【1】
 
 
■「エピローグ」
 これまでを振り返り、これからの話に期待を持たせる話ぶりは、なかなか旨いと思います。
 本書を読み始めて間もなく、もうこのシリーズはこれまでかな、と思いながら読み進めて来ました。しかし、この最後の言葉を読み、次も読んでみるか、と思いました。この、無理をしない、飾らない語り口がこの作者の本領なのでしょう。
 
[追記]「あとがき」に次の付記があります。
 前回、清貴の修業先をメインに書いてしまったことで、葵の十九歳の誕生日の様子をお伝えすることができず、『ちゃんと誕生日を祝ったのでしょうか?』という質問をたくさんいただきましたので、今回、振り返るかたちでエピソードを紹介させていただきました。
 また、シリーズもここまで長くなると、各々のキャラクターのドラマがあり、それをいつもの短編連作に組み込むことが難しくなってきました。
 悩んだ結果、前回同様、『掌編』と分けてお届けすることにしました。
 清貴と円生のやりとり、香織の恋の行方など、『掌編』も小さな楽しみにしていただけると嬉しいです。(306頁)

 過日の「読書雑記(236)高田郁『花だより みをつくし料理帖 特別巻』」(2018年09月19日)で書いたように、この作品も短編が積み上げられてシリーズ化することによって、『源氏物語』でいうところの「並びの巻」が読者の受容の中から生まれます。外伝や別伝に加えて、後日談などで物語の隙間を埋めるのです。物語が次第に形を成していく様子が、この作品の形成過程からも伺えるようです。
 
 
 
posted by genjiito at 19:42| Comment(0) | 読書雑記

2018年09月29日

読書雑記(237)中島岳志『保守と大東亜戦争』

 『保守と大東亜戦争』(中島岳志、集英社新書、2018年7月)を読みました。

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 「まえがき」で、「保守=大東亜戦争肯定論という等式は、疑ってみる必要があるのではないか? これが本書のテーマです。(中略)戦中派保守の論理とは、一体いかなるものだったのでしょうか。」(4〜5頁)と、明確な問題提起をして語り出しています。過去の論客たちの思索をたどりながら、その歴史を整理したいという思いが冒頭から伝わって来ます。
 しかし、中島岳志氏の著書にしては、しかも新書にしては、単調で読みにくい文章でした。
 さまざまな保守論客たちの思考の過程を通して、保守というものを照らし出そうとします。私が知っている人が、何人も紹介されています。これまでに知らなかったその人の物の見方や考え方を知りました。立場が違えば、このように違って見えるのかと、あらためて切り口による評価の違いに驚いています。
 それにしても、著者は先人の発言に耳を傾け過ぎたのではないか、と思っています。

 竹山道雄の『ビルマの竪琴』については、竹山自身の思想の紹介と確認が中心でした。『昭和の精神史』は、ぜひ読んでみようと思いました。ただし、私個人の興味と関心からは、もっと竹山の作品である『ビルマの竪琴』の内容にまで及んでほしいと思いました。この、よく知られる小説を読み解いて竹山の考え方を示した方が、『ビルマの竪琴』を知る年配者は、素直に理解が及んだように思われます。
 福田恆存については、国語政策に対する独自の意見を持つ方、という理解しかしていませんでした。一人の人間として、福田の思想と行動を見ていなかったことを教えられました。

 恐怖心を植え付けて服従を強いる構造の指摘が随所にあります。今現在、それは構造的に蔓延してはいないと思いながらも、現実には自分の周辺で思い当たることがいくつもあり、ハッとします。言葉を奪われることの恐ろしさについて、あらためて共感します。思考は停止し、条件反射として命令に服従するようになるのです。

 本書を通読して、中島氏が心からの叫びとしての言葉が少なかったせいか、解説を聞かされている印象が拭えません。誰それがどう言っているか、ということよりも、それをどう思うか、ということを楽しみにしていた私は、眠気が時々襲ってきました。
 戦中派保守の論客の見解を巧みに引用して、持論に導こうとしています。しかし私には、さまざまな論客の意見が渦巻く中を彷徨った、という読後感しか残らなかったのは残念でした。いつもの中島岳志流の切り込みの鮮やかさや、諸説を整理する手際の見事さを共に体験することがなかったのです。さらなる展開を楽しみにしています。【3】
 
 
 
posted by genjiito at 19:49| Comment(0) | 読書雑記

2018年09月28日

キャリアアップ講座(その8)『源氏物語』のくずし字を読む(性を討議)

 昨日の社会人講座では、ペルーで買ってきたコカ茶を、参会者のみなさまと飲みながら始めました。
 スクリーンには、リマ市内にある日秘文化会館において、ペルー日系人協会出版基金から刊行されたスペイン語訳『源氏物語』をはじめとする、多くの日本文学作品のスペイン語訳を映写しました。日系人を中心として、多くの方に日本文学がスペイン語で読まれていることが、その多彩な蔵書から感じ取っていただけたと思います。
 また、ハーバード大学の話では、現在読んでいる『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』とかつては一緒になっていた「須磨」と「蜻蛉」の2冊を調査している様子を、写真で見てもらいました。700年前に書き写された写本が、日本とアメリカに別れ別れで大切に保存されているのです。ハーバード大学でのスライド写真から、そんなことも実感してもらえたと思います。

 この講座でテキストとしている「鈴虫」の変体仮名は、6丁オモテ1行目から6丁ウラ2行目「に者可尓那ん〜」までを確認しました。
 ただし、毎度のことながら、話はあちこちへと飛びます。今日は、頻繁に出てくる「可」「尓」「多」という変体仮名が、明治33年には出現回数の少ない「か(加)」「に(仁)」「た(太)」の平仮名に統一されたことの背景を考えました。
 また、ジェンダーに関する問題も話題にしました。「LGBTX」のことから、男と女の2分類が揺らぎ出した現代において、どのようなことが考えられるかをテーマとするものです。フリートーキングだったこともあり、特に男性からの発言が多く、時間をオーバーして大いに盛り上がりました。
 こうした意見交換は、社会人講座だからこその醍醐味です。今後とも、こうした機会を作りたいと思います。

 次回は、10月11日午後3時からです。
 なお、本講座は年度途中からの参加も可能です。興味と関心をお持ちの方の参加をお待ちしています。
 来週から、また颱風が襲来するようです。
 9月の災害を教訓にして、身の回りでも被害のないように細心の注意をはらいましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 20:30| Comment(0) | ◆講座-研究会

2018年09月27日

本日27日(木)の関空の様子

 卒業生のTさんから、関空の今日の様子が寄せられました。あの、9月4日に空港としての機能を停止した関空の復興状況の記録として、あくまでも個人的な視点ながら、これもまた貴重な情報なので、ここに残しておきます。
 Tさん、いつもタイムリーな情報提供を、ありがとうございます。

 今、関西空港「ターミナル1」です。
 関西空港は公式的には、「9月21日に全面復旧」と発表されているようです。

 現在、空路は、国内線、国際線、チケットの取れたものから、離着陸しています。

 空港内は2階、3階に、「ショップ・レストラン」があり、「一部工事中」です。しかし、待ち時間を過ごす事は可能です。お土産、飲食店、お手洗い、本屋、警察、銀行、など。

 交通手段に関して、道路は、依然片側通行です。
 当初は、「りんくうタウンからの臨時バス」がありました。しかし、今日は終了していて、なくなっていました。

 タクシーは、「一般車両」が利用出来るようになったようですので、りんくうタウンからでも、ご利用になれます。
 その場合、連絡橋の通行料がかかりますので、ご注意下さい。

※空港から「一番近い空港バス乗り場」は、泉北ニュータウンかと思われますので、「JR線」ご利用の方は「ターミナルバス乗り場」に、お気をつけ下さい。

 電車は、JR線、南海線共に復旧しています。

 ちなみに「展望台」は、復旧していませんので、飛行機の離発着は、伊丹空港にある大阪空港展望台でお楽しみください。

 ターミナル1の2階に、24時間の空港ラウンジ(インターネットカフェ機能あり)があります。喫煙所、シャワー、化粧ルームも付いているようです。

 コンビニは復旧していましたので、飲料水は順調のようです。その他商品も、そろっています。

 道路は、ネクスト西日本(道路公団)の予定では、「来年5月予定」としか、空港案内所では発表されていません。「一般車両の通行」は、今の時点では、そのあたりとしか分かりません。
 「ネクスト西日本」「JR線、南海線」は、復旧情報待ちといった具合になってきています。
 私からの『臨時緊急速報(メール)』は、これで修了とさせて頂きます。

 
 
 
posted by genjiito at 21:27| Comment(0) | ◆情報化社会

2018年09月26日

[ロービジョン対応点字付き百人一首かるた取り札]が届きました

 京都ライトハウス情報製作センターが新たに作成し発売に漕ぎ着けられた、「ロービジョン対応点字付き百人一首かるた取り札」が届きました。

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 写真左下にあるカルタの山のうち、上が「古文表記」で、下が「現代仮名づかい」です。これは、点字がどちらの表記で貼付されているか、という違いがあります。この札は、京都の老舗である大石天狗堂製の本物の札で、しっかりとした贅沢な仕上がりです。このカルタを八ッ橋型に丸く反ったものにすると、もっと実践的なカルタになりそうです。私が勝手に言っている「八ッ橋型」については、「点字付百人一首〜百星の会で見た八つ橋型の新開発カルタ」(2017年03月19日)で説明しています。ご笑覧いただけると、その姿形に納得していただけるとかと思います。

 右下の「視覚障がい児・者競技用かるた台」に、カルタを2枚置いてみました。

 左上にある、緑色の表紙にスパイラルで綴じたものは、「全日本かるた協会」と「百星の会」が監修した、「遊び方・ルールブック」です。関場理華さんが事務局を引き受けて精力的に活動なさっている「百星の会」については、本ブログでも機会がある毎に紹介してきました。最近では、「大阪で開催された「東西でかるたを楽しむ会」に参加」(2018年05月04日)をご覧ください。
 本ブログでこうした『百人一首』を取り上げた記事の一覧は、「おかきで楽しむ『百人一首』」(2018年05月21日)を参照願います。

 上の写真の右上は、「点字リーフ 百人一首かるた読み札(点墨併記)」です。

 これらについてのさらに詳しいことは、京都ライトハウスの花田和枝さんからいただいた案内メールの一部を引いておきます。

【視覚障がい児・者競技用百人一首かるたセット】((1)〜(3)は単品での購入も可)

 (1)「ロービジョン対応点字付き百人一首かるた取り札」 3000円
  白黒反転拡大文字の百人一首かるたの取り札に、タックシールで点字をつけまし
た。
  点字は古文表記と現代仮名づかいのどちらかをお選びいただけます。
  全日本かるた協会・百星の会監修の遊び方・ルールブック付き。
  京都のかるたの老舗・大石天狗堂製の本物の札の手触りを感じてください。

 (2)「視覚障がい児・者競技用かるた台」 1000円
  横に5枚を2列、計10枚の札を並べることができるA4サイズの台です。

 (3)「点字リーフ 百人一首かるた読み札(点墨併記)」 1000円
  点字用紙の約3分の1の大きさの用紙に、
  歌と詠み人を点字と墨字で記しています(序歌も入っています)。
  1穴用のリングで綴じられており、シャッフル可能です。

 ※かるたセットをご購入希望の方には9月12日(水)から注文予約を開始させて
いただきます。

また、11月1日〜3日に、東京錦糸町で行われる「サイトワールド2018」に出展し、11月2日には「ロービジョン対応点字付き百人一首を使用した「バリアフリーかるた競技体験会」のイベントをします。
是非お越しください。


 私は、「点字は古文表記と現代仮名づかいのどちらかをお選びいただけます。」とあるので、両方を注文しました。これは、混ざってしまうと後で仕分けるのが大変なので、早めにカルタの裏に何か印を付けようと思っています。

 これまでは、「百星の会」が中心となって手作りなさった札が使われていました。今、私にも、この点字付きのカルタが使えるようになったのです。これによって、「点字付百人一首」に興味を持つ方が1人でも多くなることを願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | 視聴覚障害

2018年09月25日

観光学部の留学生のナインさんが全国弁論大会で優勝

 先週9月22日に、東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで行われた「第22回 WFWP 女子留学生日本語弁論全国大会」において、大阪観光大学の観光学部2回生のエー・タンダー・ナインさん(ミャンマー出身)が、見事に優勝となりました。
 地方大会では約200人が参加し、予選を勝ち抜いた8人による全国大会です。
 学内で回覧された写真を1枚転載します。真ん中でVサインをしているのがナインさんです。

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 ナインさんは、現在私の科研で、科研運用補助員として資料の整理や翻訳のお手伝いをしてくれています。何事にも積極的に取り組むタイプで、昨秋、広島大学で開催された古典の日の公開講演会にも参加しています。

「広島大学で開催されたタチアナ先生による古典の日公開講演会」(2017年11月01日)

 また今春、ミャンマーへ調査研究の旅に行った際には、現地でさまざまな支援をしてくれました。ナインさんのご自宅におじゃました時の話などは、「マンダレーを飛び回り留学生の自宅訪問」(2018年03月15日)の後半に記しています。

 その3月には、ミャンマーから持ち帰った図書資料に関する整理をしてくれました。

 「ミャンマーで調査収集したビルマ語訳の書籍に関する解説文(試案)」(2018年05月16日)

 本年6月17日(日)に開催した「第11回 伊藤科研研究会 「海外における平安文学」でナインさんは、「ビルマ語訳『源氏物語』を日本語に訳し戻して」と題する研究発表をしました。今後の成果が、大いに楽しみです。

「【書影追加】科研の研究会で翻訳に関する多彩な発表と活発な論議」(2018年06月17日)

 さまざまな形で科研に研究協力をしてくれているナインさんです。今回の受賞を、共に喜びたいと思います。
 おめでとう。

 なお、この「WFWP 女子留学生日本語弁論全国大会」の主催団体である「世界平和女性連合(Women’s Federation for World Peace)」は、1992年に創設された国連NGOです。そこでの留学生支援活動の一環として、「女子留学生日本語弁論大会」が行なわれています。
 
 
 
posted by genjiito at 16:26| Comment(0) | ◆国際交流

2018年09月24日

昨日23日までの関空の様子

 今月4日に、関西国際空港が颱風によって孤立し、空港の機能が数日にわたって停止しました。この件で、先週(19日)から今週(23日)にかけて、調査のためにベトナムに行かれた同僚の谷口先生から、旅行者の目で見た関空の様子を教えていただきました。
 観光学はまだ学問として確立されていないとのことです。そこで、こうした災害時のことを少しでも記録に留めることで、今後の【「観光と災害」プロジェクト】のための資料の一つにしていきたいと思います。

2018.09.19_出国
関空の第1ターミナルミに来ております。写真の通りに、見たところでは台風の傷あとは見えません。閉鎖領域もあり、国際線旅客はかなり少ない印象です。

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 伊藤先生が緊急提言なさった、関空の台風被害による「観光と災害の調査研究」の意義は、今となっては少し薄れたかなとも思えます。

リムジンバスが対面交通の1本橋を降りてからは、グルグルとUターン橋を回ってからETCゲートに誘導されます。空港島にたどりつくための左側の元の3車線の橋梁が取り払われていて、ありません。すると、道としては上りと下りがひとつの橋で合流した後に、ひょっとしたら一部、道を逆走させられているかもしれません。
バスは会社からしっかりとした指示を受け、慣れてきたからこそたどり着けるのですね。そのグルグルの途中には分かれ道もあって、分かりにくいですし、一般車両を入れたらたちまち混乱して、事故も起きかねません。
自家用車が入れないために、その車を対岸で預かる外部の駐車場業者は、長期化でかなり割を食うのではないかと思います。


2018.9.23_帰国
つい先程、関空に着きました。
ひとまわりしてみましたが、やはり見る限りでは報道の通りに、21日以降は旅客ターミナル側は全面復旧しているようです。どこの箇所が修復されたのか、すでにわかりません…
結局、何の変哲もない、人の少ない空港の写真になりますので、撮るのをやめました。
しかし、貨物はまだ混乱しているものと思われます。

空港島の中の道を使い、外に向かうには展望ホールへ伸びている、回る橋を使います。
泉佐野方面から空港島へは、橋が切れているところまで上下3車線ずつ。切れた先から空港島までは、泉佐野から2車線、空港からは1車線になっています(19日に出国した時には、双方1車線の対面交通でした)。
車両制限のため、車の数はかなり少ないです。


 この報告からもわかるように、関空の一大事はハイペースで現状回復が進んだようです。
 この経験をもとにして、今後は観光という視点から、まずは閉鎖された空港に取り残された人たちが、どのような情報を受けることができたのか、を可能なかぎり聞き取ることが大切です。そして、どのようして一夜を明かし、空港島をどのようにして脱出したのかも記録したいと思います。そして、関空に入国した旅行者が、どのような旅程に変更して日本を観光したのかの確認も必要です。
 幸い、大阪観光大学には、この空港島でアルバイトをしている学生が多いので、聞き取り調査をお願いするつもりです。また、海外からお出での方々の旅行の足跡は、旅行業者などから情報が得られないかと問い合わせ中です。
 こうしたことに関して、情報を提供してくださる方を探し求めています。
 ご協力のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:07| Comment(0) | ◆情報化社会

2018年09月23日

大和平群でお茶のお稽古(中置の濃茶)

 9月も下旬になると、彼岸花が真っ赤な花を忘れずに咲かせています。
 信貴山を望む田圃の畦道に、線香花火の塊が燃え上がるように並んでいました。

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 今日は、風炉を点前座の真ん中に据えた「中置」という道具の配置で、濃茶のお稽古をしました。道具の置き場所が変わると、初めてということもあり、いつも通りにと言われても戸惑います。
 まずは、水差しの場所が風呂の左横になります。蓋置が左にある水差しの手前です。お仕覆もその手前に置き、後で茶碗をそのお仕覆の手前に置きます。
 柄杓の柄が身体の正面に向かって、真っ直ぐに伸びてきています。その柄の下にある茶入れや茶碗を見つめる時に、寄り目になりそうで目の焦点が揺らぎます。茶筅通しでは、柄が突き出ているので、茶筅は柄の下までしか引き上げられません。
 そんなこんなで、お茶室の中でも二畳ほどの小間を想定してのお稽古ということもあり、慣れない初心者には肩が凝りそうなお点前となります。そこを、背筋を伸ばしておおらかに振る舞うのが、このお手前で気をつけるところなのだろう、と勝手に思いながら進めていきました。

 終わってから、ハーバード大学のお茶室のことを報告しました。その後、お月見の話から『源氏物語』の橋姫巻では撥で月を招く場面があることなどを、問われるままにお答えしました。こうした古典の話は、お茶の世界にふさわしい話題の提供になることを知りました。自宅でお茶会をする時には、意識することにします。

 帰りに、駅のすぐそばの「かんぽの湯 大和平群」に行き、温泉に入って来ました。空の雲は、もう秋の気配です。

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 ここからは、彼岸花越しに二上山が望めました。

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 京都駅前の京都タワーは、今日は鮮やかな緑色です。
 大勢の外国からお出での方々が、みなさんこのタワーを写真に納めておられました。バス停まで真っ直ぐには行けないほど、大混雑です。これから秋のシーズンを迎え、ますます人口が過密な街となります。

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posted by genjiito at 21:31| Comment(0) | 美味礼賛

2018年09月22日

[町家 de 源氏](第12回)(変体仮名「可・尓・多」が圧倒的に多い)

 肌寒かった昨日から、一転して暑くなりました。
 「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)では、晩夏のお花が迎えてくれます。

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 今日は、先月アメリカのハーバード大学で調査をしてきた原本の話から始めました。
 今読み進めているテキストの原本なので、話にも熱が入ります。
 今回の原本調査で翻字に大きな訂正はなかったので、テキストにしている『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)のデータを「変体仮名翻字版」にしたものを使った資料を配布しました。これは、2016年に翻字データを整理したものです。このことに興味と関心をお持ちの方のために、以下に資料を画像にして引用します。(画像をクリックしていただくと精細画像が表示されます)

(1)ハーバード本「須磨」の字母資料(全文字)
 これは、ハーバード本「須磨」に書写されている文字のすべてを抜き出して整理したものです。「漢字」「平仮名」「変体仮名」に分けて一覧できるようにしました。

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(2)ハーバード本「須磨」「蜻蛉」、歴博本「鈴虫」の3巻で、出現数の多い漢字と仮名文字の対比資料

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 この資料をもとにして、今日はほとんどの時間を費やして意見交換をしました。
 特に、(2)の資料にあげた変体仮名で、出現例の多い「可」「尓」「多」については、明治33年に決まった現行の「か(加)」「に(仁)」「た(太)」の意味することを、自由に話し合いました。私は、この現行平仮名は、共に筆先が筆記紙面をポンポンと跳躍する文字であり、きれいに早く書くための旋回文字としての仮名文字としては相応しくないものが選定された背景を考えましょう、と提案しました。今、これについて私案をもっているわけではありません。これは、これまでにもずっと問題提起してきたものです。
 これについて、ご教示いただけると幸いです。

 『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』の写本は、8丁裏の1行目から3行目までと、少しだけ字母を確認しながら読みました。
 「可」が普通に出てくることと、「か」の字形が今と少し異なることを確認しました。

 次の第13回は、10月21日(土)の予定でした。しかし、参加者の都合で、
10月14日(日)16時〜18時
に変更となりました。
 また、第14回は恒例の毎月第4土曜日にもどり、
11月24日(土)14時〜16時
となっています。

 ご自由に参加していただける会です。この記事のコメント欄を利用して連絡をいただけると、詳しい説明を差し上げます。
 
 
 
posted by genjiito at 21:50| Comment(0) | 変体仮名

2018年09月21日

学校での試験について思いを巡らす

 今日は高校で模擬試験があり、その試験監督を割り振られたので行って来ました。
 60分間の机間巡視をしながら、50年前の自分を思い出しました。

 定期試験なら、あらかじめ授業を振り返ってノートを見直したり復習するなり、手の打ちようがあります。試験結果からも、授業の何が重要で、何がわからなかったのかがわかります。しかし、模擬試験は出題範囲が茫漠としていてわからないので、出たとこ勝負です。その結果から自分の実力を知ることになると言われても、勢い、取り組む意欲は半減します。本番の試験を疑似体験するものであり、力試しが趣旨の試験なので、それでいいのです。私は座学が嫌いだったし、成績も思わしくなかったので、やらされることをしていただけでした。

 それ以前に私は、物事には正解などはない、ということを当時から思っていました。というよりも、そのようなことをおっしゃった中学時代の先生の言葉が身に染み込んでいました。その先生からは、教科書の背中を割って、今必要な部分だけを切り取って授業に持ち込む、ということを教えていただきました。この癖は、今も本をバラバラにして持ち歩いたり保管しているので、大きな影響を受けた先生だったと言えるでしょう。

 試験では、記述問題は好きでした。しかし、選択問題は出題者は大変だなぁーと思いながら、答えの組み合わせや、消去法の訓練に頭を悩ませ、戸惑うばかりでした。正解があることを前提にして成り立っているのが、学校での試験です。あれこれ迷って何がしかの回答を出す特訓をしているのだと思って、こうした試験を受けて来ました。

 私の両親は、勉強しろとは言いませんでした。高校時代は私がテニスばかりしていたので、母親は成績不振者を対象とする呼び出しを何度も受け、天王寺にある高校に来ていました。そのことで両親からは何も言われなかったので、担任の先生から何を言われようが、親は私を信頼してくれていたと思います。
 そんなことも影響してか、私は子供たちに勉強しろと言った覚えもないし、成績がどうだったのかまったく知りません。子どもの成績には無頓着でした。もちろん、誰も塾に行きませんでした。行けとも、行くかとも聞かなかったからかもしれません。

 今日の模擬試験は、すべての問題が四者択一のマークシート方式でした。相変わらず悩ましいことを生徒たちがさせられていることを知り、仕方のないこととはいえ、耐えてほしいと思いました。私は、試験は格闘技だと思っています。ひたすら耐えれば、勝機やチャンスは訪れるはずだからです。
 そういえば勤務する大学の入学試験も、すべての問題がマークシートだったことを思い出しました。そのような出題にしている事情や背景がわかっているので、高校生が受けている模擬試験について、何も言えなくなります。

 いずれにしても、試験で人間の能力や学力は測れないと知りつつも、他に代わる方法がないので、先達がやってきたことそのままに、惰性としてやっているのです。儀式と割り切るしかありません。それで自分が持っている知の力量が測られている、などと思わないことです。そんなモノサシで測られることに縛られることなく、興味のあることにのめり込んでいってほしいものです。

 試験監督は1時間だけでよかったので、早々にのんびりと梅田を散策しながら帰りました。
 四条烏丸で、8月下旬にできたアップルストアに立ち寄りました。大丸百貨店の東隣です。

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 行燈をイメージした外観だと聞いていました。そういわれたらそうかな、という感じです。
 店の前には、今日発売のiPhoneやApple Watchを買い求める人が、長蛇の列をなしていました。実は、私もApple Watchを買おうかな、と思っていました。初代のApple Watchは、妻と共に購入しました。しかし、未熟な製品だったので、2ヶ月ももちませんでした。以来、このApple Watchには手を出していません。しかし、今回のApple Watch4は、これまでとは違うようです。ただし、この長い列を見て諦めました。今日は縁がなかったということにして、また機会があれば手に入れるチャンスを窺うことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:55| Comment(0) | 身辺雑記

2018年09月20日

第12回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末の9月22日(土)午後2時から4時まで、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で12回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 テキストは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)です。

 本日20日(木)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、勉強会を呼びかける記事が掲載されましたので、あらためてこのブログでも紹介します。

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 今回は、「8丁裏1行目行頭」の「いと可多个れ」から読みます。
 前回の内容については、「[町家 de 源氏](第11回)(石田版新糸罫と中国版糸罫)」(2018年07月28日)をご覧ください。
 先月末には、アメリカのボストンにあるハーバード大学で、この勉強会で読んでいる原本である、フォグミュージアムご所蔵の「須磨」と「蜻蛉」を直接確認してきました。「ハーバードのフォグミュージアムで古写本『源氏物語』の調査」(2018年08月29日)
 その時の報告も、今回いたします。
 とにかく、のんびりと進めていますので、お気軽にご参加ください。

 700年前に書写された『源氏物語』を、変体仮名に注目して読み進めることに興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 参加費は、初回だけは体験ということで千円です。2回目以降は二千円です。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員は割り引き特典があります。

 なお今後の勉強会は、「第13回 10月21日(日)14時から16時」となっています。
 
 
 
posted by genjiito at 18:30| Comment(0) | 変体仮名

2018年09月19日

読書雑記(236)高田郁『花だより みをつくし料理帖 特別巻』

 『花だより みをつくし料理帖 特別巻』(高田郁、ハルキ文庫、2018年9月)は、これまでの10巻を懐かしく思い出しながら読みました。

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 登場人物たちをはっきりと覚えています。それぞれの巻の内容については、以下の記事にゆずります。

(1)「読書雑記(21)高田郁『八朔の雪 みをつくし料理帖』」(2010年11月25日)

(2)「読書雑記(22)高田郁『花散らしの雨 みをつくし料理帖』」(2010年11月26日)

(3)「読書雑記(23)高田郁『想い雲 みをつくし料理帖』」(2010年12月02日)

(4)「読書雑記(24)高田郁『今朝の春 みをつくし料理帖』」(2010年12月04日)

(5)「読書雑記(33)高田郁『小夜しぐれ みをつくし料理帖』」(2011年04月22日)

(6)「読書雑記(42)高田郁『心星ひとつ みをつくし料理帖』」(2011年09月09日)

(7)「読書雑記(48)高田郁『夏天の虹 みをつくし料理帖』」(2012年04月09日)

(8)「読書雑記(74)高田郁『残月 みをつくし料理帖』」(2013年07月26日)

(9)「読書雑記(94)高田郁『美雪晴れ―みをつくし料理帖』」(2014年02月20日)

(10)「読書雑記(105)高田郁『天の梯 みをつくし料理帖』」(2014年08月24日)

(補1)「江戸漫歩(74)『みをつくし料理帖』の舞台を歩く」(2014年02月23日)

(補2)「江戸漫歩(85)『みをつくし料理帖』の爼橋と千代田図書館」(2014年09月05日)


 この『みをつくし料理帖』シリーズが2014年8月に完結してから丸4年。本編で語られなかったことや、その後のつる屋の面々の話です。いわば外伝とか番外編と言われるものであり、『源氏物語』で言えば「並びの巻」にあたるでしょうか。例えば、『源氏物語』の「帚木」には並びの巻として「空蟬」「夕顔」があり、「若紫」には「末摘花」がそれにあたると考えればいいかと思います。人気を博した物語は、読者の要望からこのように隙間を埋める作品が生まれるのです。今回は、作者である高田郁自身が4編を書き足しました。過去を振り返ると、今後は別の作者が現れてこの「みをつくしシリーズ」を書き継ぐことも想定されます。物語の生成過程を見せてくれる好例だと思います。その意味では、『源氏物語』のように物語が長い年月の中で成長発展していく様を現代において追体験できたことは、幸いな時代に身を置いたと言えるでしょう。
 
■「花だより 愛し浅利佃煮」
 江戸から大坂にいる澪に会うために、つる屋に縁のある人々が東海道を下ります。しかし、いろいろなハプニングもあって、箱根から江戸に引き返すことになります。相変わらず、爽やかで人の想いが伝わる話になっています。【4】
 
■「涼風あり その名は岡太夫」
 一風変わった妻乙緒の話です。こうした女性を描けるのは、作者の大いなる成長です。
 小野寺数馬の妻となった乙緒は、夫が過去に惚れていた女料理人、澪のことを知ります。そして、自由に生きる道を選ばせる夫だったことに思い至るのでした。さらには、醍醐天皇も好まれたというわらび餅が、義母とその息子である夫を間に挟んで、つわりに苦しむ乙緒を助けることになります。ひいては、心を開かなかった夫婦が、互いを理解し合うことになるのでした。これまでになかった、高田郁の新しい作風の完成です。【5】
 
■「秋燕 明日の唐汁」
 舞台は大坂高麗橋に移ります。澪の幼馴染だった野江は、唐高麗物を扱う淡路屋を営んでいます。主力の品は眼鏡。方や澪は、道修町に源斎と住み、北鍋屋町に料理屋みをつくしを出しています。二人の往き来は、幼い頃のことや、天涯孤独で江戸に出てからを知る読者を安心させます。
 本話は、野江の婿選びが主題です。その中で語られる、吉原での思い出語りは読ませます。そして最後に辰蔵に対する「嫌だす」が効いています。【5】
 
■「月の船を漕ぐ 病知らず」
 大坂に疫病ころりが蔓延します。源斉も病の床に伏します。澪の料理屋みをつくしも店じまいです。源斉に心尽くしの料理を出しても、まだ食べてもらえません。
 「月も無く、星も無い。暗い暗い闇の海で、船を漕いでいる……」(267頁)とあり、「生きて生きて、生き抜くことだけを考えろ」(268頁)という言葉が、私にも思い当たることが幾度もあっただけに染み渡りました。人の思いやりが静かに伝わる話です。
 澪は、姑に教えられた江戸の味噌汁で源斉に活力を与えます。二人で煌々と輝く月を観ながら語り合う場面は秀逸です。本話も次の話が待ち遠しくさせる趣向となっています。ぜひとも、大坂四ツ橋での料理屋みをつくしの話が続くことを、今から楽しみにしています。ただし、特別付録の「みをつくし瓦版」によると、特別巻の後の続編の予定を聞かれた作者は、次のように答えています。「名残惜しいのは私も同じですが、この特別巻ののちは、皆さまのお心の中を、澪たちの住まいとさせてくださいませ。」(309頁)【5】


posted by genjiito at 12:46| Comment(0) | 読書雑記