2018年12月15日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その7、傍記が混入した異文)

 曇り空の中を、新幹線で上京しました。いつも、富士山を見るのを楽しみにしています。しかし、今日は曇っていたため、頂上付近は見えませんでした。そんな写真はこれまでに掲載してこなかったので、これからは雲に覆われた富士山もアップすることにします。

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 日比谷図書文化館に近い新橋駅前には、機関車にサンタクロースが乗っていました。クリスマスシーズンが到来していることを実感します。

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 日比谷公園も師走に入ると、冷たい風が吹き抜けています。それでも、多くの人が集っておられます。園内の噴水広場では、「東京 クリスマスマーケット 2018 in 日比谷公園」が賑やかに開催されていたからです。ドイツさながらの雰囲気が再現されており、ビールや木工芸品、そしてスイーツのお店が36店舗も出ていました。手作り体験もでき、活気に満ちています。

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 日比谷図書文化館で『源氏物語』を読む会が始まる前に、地下のラウンジで研究協力者の淺川さんと今後の打ち合わせをしました。
 科研のことや視覚障害者のみなさまのお手伝い、そしてNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動のことなど、整理しなければいけない話は山ほどあります。
 特に、科研のホームページについては、さまざまな研究妨害を掻い潜り、やっと再構築に着手するメドが立つところまで来ました。昨年4月に科研が採択されて以来、研究情報の公開という一時だけに1年9ヶ月もかかったことになります。科研研究への無理解や非協力的な姿勢と露骨な妨害に加えて、先週からはまたもや無知からくる信じられない研究妨害と契約への遅延行為などと闘っていました。この期に及んでまだそこまでやるか、という思いを胸に押し留めて耐えました。精も根も尽きそうになっていた今週半ばに、それも何とか光明が見いだせるようになったので、また前を見て歩み出そうとしています。研究の遂行よりも、こうしたこととの戦いに精力を割かざるを得ない現実との闘争に疲れ果てます。研究の意味が理解されない環境に身を置くとは、思いもしなかったことであり、なかなかつらいものがあります。もっとも、今はそんな弱音を吐いている場合ではありません。時間がないのです。
 2年目の年度末になり、遅れに遅れている膨大な研究成果の公開に向けて、これから3ヶ月が追い込みです。プロジェクト研究員、研究協力者の学生たちと共に、ここを乗り切ろうという思いを強くしています。変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いします。

 今日の講座では、最初にいつものように『源氏物語』をめぐる関連情報を提示しました。
 メリッサ・マコーミック先生が刊行された『源氏物語画帖』を回覧し、この講座を受講なさっている方が翻字の協力をしてくださったことなどを伝えました。
 受講者の中には、今夏ご一緒にハーバード大学でこの『源氏物語画帖』を見た方もおられるので、身近な話題として説明できました。古典という時間的な隔たりのみならず、ボストンという地理的な遠さが一気に縮まる機会となったことは、得難いことだったと思います。
 その他、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に『御物 各筆源氏』の複製本の寄贈を受けたこと、新年に京都ライトハウスで開催される『百人一首』のかるた会の案内、国宝の『源氏物語絵巻』が額面装から巻物装に戻されたこと、さらには、精力的に『源氏物語』を女房語りで読み続けておられる山下智子さんの案内チラシを配布して説明をしました。この山下さんの語りの会には、講座を受講なさっている何人かが参加しておられます。

 さて、今日は時間を有効に使い、35丁表の8行目「さ満も・可ゝ羅ぬ」から、37丁表の4行目「うちと遣ぬ」までの、約4頁分を確認しました。異例のスピードです。
 今日、一番時間をかけたのは、現在読んでいる橋本本のグループ(河内本を中心とするもの)と、現在一般に読まれている大島本のグループに、大幅に語句が入れ替わるという現象を見せる箇所があったことです。校訂本文で比べると、「くはしく」「おほかたの御ありさまなと」などの言葉が、両グループでその置かれている場所が大きく異なるのです(私が提案している文節番号では「052818」以降)。こうした本文異同の形成過程には、私案である「傍記本文が本行に混入する時に、当該語句の前に混入するか、あるいは後に混入するかによって生まれる本文異同」という考え方を導入しなければ説明できないところです。日比谷図書文化館での講座は、こうしたことを詳細に語る場所ではないので、現在読み進めている橋本本と、現在一般に読まれている大島本の文章の成り立ちがこんなに違うものですよ、ということの確認に留めました。

 また、「ひ(比)」(35丁裏3行目)

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と「え(江)」(36丁表9行目)

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がよく似た形で書かれています。
 このことは、書家の宮川さんが参加しておられるので、専門家の立場でその仮名文字の成り立ちについて板書して説明していただきました。

 講座が終了してからは、有志の方々と有楽町のビアハウスで、いつものように勉強会となりました。今日は、お世話役の土屋さんが、渋谷栄一氏の校訂本文と現代語訳を橋本本と対照できるような資料を作成して来てくださっていました。そこで、それをもとにして、これからどのようにして橋本本の現代語訳を作成していくかを相談しました。次回には、土屋私案としての現代語訳を追記した資料を提示してくださることになりました。
 この課外の集まりも、呑むことだけでなく、こうして着実に勉強の成果が確認できるように進んでいます。現在は10人ほどで取り組んでいます。この集まりだけに参加なさりたい方がいらっしゃいましたら、遠慮なくお知らせください。折り返し、ご案内を差し上げます。時間は、午後5時半から7時過ぎまでです。私が午後8時前の新幹線で京都に帰りますので、それまでの時間を有効に活用しての勉強会です。

 新幹線はガラガラでした。
 京都駅前に聳えるタワーは、今日はクリスマスモードです。

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2018年12月14日

明浄社会人講座(5)宮野「考古学、摩訶不思議な古代アンデスの建築」

 今日の社会人講座は、宮野元太郎先生の「考古学、摩訶不思議な古代アンデスの建築」です。
 宮野先生には、今夏ペルーの調査では大変お世話になり、現地でいろいろとお話は伺っていました。しかし、やはりご専門のことをあらためて聞くと、奥深い内容に引き込まれてしまいました。
 宮野先生は、アンデス考古学がご専門で、建築の視点から研究をなさっています。ドローンを活用しての遺跡調査では、立体的な再現図が視覚的にもわかりやすく、研究手法の最先端の成果を見せていただくことができました。
 その前に、この古代アンデス社会からインカ帝国までの歴史を、噛み砕いてのわかりやすい説明もありました。
 ナスカの調査権は日本が持っていること。お祭りの時に食べるネズミの唐揚げのこと。これは、宮野先生と一緒にペルーへ行った時にいただいたので、その写真も写しての説明でした。
 1532年に、スペインのピサロがやってきてペルーを征服する話も、おもしろく伺いました。
 1996年12月17日に、ペルーの首都リマで起きたテロリストによる在ペルー日本大使公邸占拠人質事件での裏話では、宮野先生のお友達のことが出てきたこともリアルな展開でした。サンダルや吊り橋、そしてマチュピチュに地上絵の謎など、その起源と今に至る話も興味が尽きません。
 古代アンデス文明もインカ帝国も、共に文字のない社会だったそうです。文字がないことが、文明や文化を発展させる上で、どのような事情や背景があったのか? まさに摩訶不思議なことだらけなのです。
 100枚以上の写真を映写しながらのお話でした。矢継ぎ早の語り口に、知らないことを知りたくなる心理を巧みについた、時間を忘れる講座でした。
 宮野先生、楽しい時間をありがとうございました。
 
 
 
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2018年12月13日

【聞き取り報告】今年から妊娠したら「妊婦加算」という罰金刑?がかかっていたこと

 今日、12月13日(木)のニュースで、見逃せないものが2件ありました。

(1)2019年度の税制改正で、シングルマザーなどの未婚の一人親に対して、住民税の軽減措置を導入することが検討されることになったようです。

(2)妊婦が病院で受診した場合、「妊婦加算」という自己負担が平成30年4月1日から請求されていました。それが、2020年度に向けて上乗せ徴収をせず、制度自体も廃止への検討が始まったそうです。

 この2件は、次の世代を担う子供たちに関係する問題です。これから、この社会から身を引いていく我が身のことを思い、さらにはこの世から姿を消していくことも切実な課題となってきた私には、この2件はいろいろと考えさせてくれるニュースです。

(1)は、今の私には喫緊の課題ではないので、しばらく措きます。

(2)は、我が家に直結する問題です。
 昨日、来年早々に第二子を出産する予定の家族が、「妊婦加算」と記された紙を見せてくれました。「妊婦加算」について私は、聞いたことがある程度の認識でした。 しかし、聞いてみると、とんでもないものであることがわかりました。マスコミなどの報道は、いろいろなところに配慮した書き振りです。しかし、実際に直面している家族の話を聞くと、他人事として評論家ぶっていてはいけないことを思い知らされました。
 妊婦の受診にあたっては、初診で750円、再診以降は毎回380円が加算されていたのです。しかも、手の込んだことに、この「妊婦加算」という文字列は、領収書には書かれていません。領収書の「初診・再診料」の欄にまとめて加算されています。それでは、「妊婦加算」という文字列や項目はどこに書かれているのかというと、もう1枚別の、明細書の中の「初診・再診料」の下の段に、紛れ込ませるようにこっそりと書かれていたのです。しかも、その明細書に印字されていた文字の大きさが、領収書よりも格段に小さい文字です。露骨にいやらしい手口です。まさに、妊娠したことに対する罰金刑です。
 これは、「妊婦税」だとも言われているようです。マスコミは、このことで不満を煽らないような書き方で、波風が最低限に収まるような記事に仕立てていました。しかし、これは、ありていに言えば、わかりやすく言えば、妊娠した人に対する罰金以外の何ものでもありません。省庁や医療関係者のコメントを引くマスコミの記事を通して見る限りでは、報道機関も含めて、自分とは関係ない広い視点からの聖人君子を気取った説明文にしか読めません。というよりも、今から遡ること8ヶ月前から実施されていたことであり、それに私が気付かなかっただけ、という問題ではすまないように思います。
 妊娠したというだけで、医療機関に支払うお金が10ヶ月で1万円以上も余分に払うことになるのです。妊娠しても、おちおち病院へなど行っていられません。その間に体調を崩しても、うかつに病院へも行けません。コンタクトレンズにも加算されるのです。
 妊婦の診察に「妊婦加算」が徴収されていることに関して、今日は大学で学生に聞いてみました。すると、ただの一人として、このことを知っている学生はいませんでした。これでは、「堕ろすしかない」という反応もいたしかたないと言えるでしょう。このままでいいのか、大いに疑問に思っていたところです。そこへ、上記のニュースにあるように、この「妊婦加算」の制度の廃止を検討するとのことです。
 私の家族は間に合わないにしても、若者たちが妊娠を避けるような制度は、早急にやめるべきです。これは、一人っ子政策よりも酷い、子供を産まないことを国が推奨することにつながるものとしか、私には思えません。それでいて、外国から労働者を受け入れる体勢を作ろうというのですから、こうした背景に何があるのか穿った見方をしてしまいます。
 思いもしなかった話を聞いた後に、上記のニュースに接したので、これも私が生きている時代にあった出来事として、ここに記し残しておきます。

 さらにいろいろなことを聞いています。以下に、その一端を紹介します。マスコミは、どうしたわけか、いつものように自制した記事を書いておられます。様子見なのでしょう。新聞記者も、平和が続く世の中の発想で仕事をしておられます。次の実際の事例のような調査は、なさっているのでしょうか。また、掌握しておられるのでしょうか。
(1)なぜ妊婦がやり玉に上がったのか。ストレスを溜めたくないのと、体がしんどいのとで、反抗しないから? せいぜい10ヶ月我慢すればいいことなので諦めるだろうと、妊婦がなめられて対象になったのでは?

(2)マスコミでは「保険診療では3割負担で100円ちょっと」と言われている。しかし、実際には妊娠に関わる診察は保険対象外(妊娠は病気じゃないから、らしい)だから、全額の750円とか380円を払うことが多い。産婦人科の診察でも取られる。だからマスコミとかで100円くらい払えよって言われるのは、何か違うと思う。

(3)10ヶ月の間に妊婦健診は、まじめに全部受けたら15回はある。これは最低限受けましょうって言われているもの。この他に、何か異常あれば病院へ行く(というか何も異常のない妊娠ってほとんどない)。最低でも20回は病院へ行くかな。

(3)病院を変えたらその度に初診になる。
 これ以外に歯医者(?)とか風邪とかで行っても取られる。

(4)でも、これはお金のことではない。要は、妊娠したら罰金みたいな、妊娠した奴はめんどくさいから病院に来るなよ、みたいなことが問題だと思う。

(5)おなかの子供が生まれて大きくなってから、このニュース見て、母親が妊婦罰金を払って自分が生まれたって知ったらどう思うだろう。そこも問題だと思う。

(6)ちなみに、「丁寧な診療」ってされた覚えはないですから。

 
 
 
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2018年12月12日

読書雑記(253)【復元】〈その5〉上映中の「ダ・ビンチ・コード」は編集変更版?

 消えたブログを、折々に復元しています。再構築できたもので、『ダ・ヴィンチ・コード』と『ユダの福音書』に関するシリーズ全5話については、これが最終話です。
 これまでに、これに関連する4本の記事は、以下の通りです。

「読書雑記(247)【復元】〈その1〉『ダ・ビンチ・コード」(2018年12月02日)

「読書雑記(248)【復元】〈その2〉「古代エジプト語(コプト語)の写本解読」(2018年12月03日)

「読書雑記(249)【復元】〈その3〉「空中分解する日本語訳」(2018年12月05日)

「読書雑記(250)【復元】〈その4〉『ユダの福音書を追え』のユダとは何者」(2018年12月09日)


(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年5月21日公開分
 
副題「撮影道具と物語展開がバラバラ」
 
 やはり突然でしたが、映画『ダ・ビンチ・コード』を、封切りの日に観に行きました。奈良の西大和にある小さな映画館です。観客はいっぱいでした。しかし、私にとっては大ハズレの映画でした。最近は、わざわざ映画館に脚を運んでも、ガッカリして帰ることが多いのです。そんなに観ないから、ということもあるのでしょうか。自分が時代遅れになったようで、選ぶセンスが狂ってきたのかもしれません。ことごとくハズレばかりを観ています。私の興味が、映画となったものとズレているとしか思えません。ただし、『たそがれ清兵衛』はいい映画だったと思います。鑑賞基準が違うせいだ、ということにしておきましょう。

 さて、『ダ・ビンチ・コード』というベストセラーの映画化も、期待を大きく裏切る出来の悪さでした。現今の映画は、楽しむためにはそれなりのルールがあり、その制約の中で観るようになっている、ということなのだとしたら、私には映画を観る資格はないと言えましょう。映画が私を楽しませてくれないし、うまく騙してくれないのです。
 それはともかく、以下は、とにかく思いつくままに。

 先月の、4月6日に「聖書の増補・改訂とは? ―知的な刺激に満ちた『ダ・ビンチ・コード』―」というタイトルで本ブログを書きました。そこで私は、「何かと話題になっている割には、この本はそんなに長く読みつがれることはないように思われます。おもしろい話です。しかし、その反面、飽きやすいともいえましょう。もう一度読もうとは思わない人が多いと思います。」と書きました。
 小説はいまいちでした。しかし、キリスト教に関する問題提起をしてくれたのは有益だったと思います。ちょうどいいタイミングで、つい先頃の4月7日に、『ユダの福音書』という1700年前のパピルス文書も解読されたというニュースが公表されたばかりです。これまでの常識を再検討することは、キリスト教の原点に目を向ける意味からも、意義深いことです。この小説はともかく、映画はそうした役割の一端を担うべきものでした。残念です。

 映画がわかりにくかったのは、どこに起因するのでしょうか。あらかじめ小説を読んでいたにもかかわらず、それでもストーリーを追うのに疲れました。また、映画は、字幕版と吹替版があり、私は内容をしっかりと理解したかったので、吹替版を観ました。字幕版は、会話が相当省略してあることが多いので、今回のように言葉による説明が大切な内容の時には、吹替版がいいと思います。そして、吹替版ですら内容がよくわからなかったのですから、字幕版の内容は、どの程度の翻訳だったのか、次に機会があれば、ぜひ字幕版を観たいと思います。

 映画館では、まずパンフレットを買いました。その巻頭見開きには、「ダ・ビンチは、その微笑みに、何を仕組んだのか。」とあります。

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 これは、モナリザの絵のことを言っているのでしょう。しかし、モナリザの絵は、この映画ではほんの一瞬しか出ませんし、話題の展開には大きな影響を持っていません。『最後の晩餐』についてのコメントならば、そのメッセージはパンフレットを手にした人に伝わります。なぜこんなことばが、巻頭にあるのでしょうか。

 主演のトム・ハンクスは、2004年にスピルバーグ監督の『ターミナル』に出ていました。その映画は、私にとっては作り話過ぎて、トム・ハンクスも大根役者を演じていたので失望しました。落ち目のアメリカを象徴する映画でした。今回の『ダ・ビンチ・コード』では、トム・ハンクスはがんばっていました。しかし、いかんせん台本が悪かったとしか言いようがありません。映像は良かったので、総合的な完成度の低さが惜しまれます。

 監督のロン・ハワードは、『ビューティフル・マインド』ですばらしい映画を作った人です。なぜこの『ダ・ビンチ・コード』がこんな不出来に終わっているのか不思議です。
 私の今の結論をメモとして記しておきます。撮影終了後のフイルムの編集段階で、内容が引き起こすキリスト教に関するさまざまな問題に配慮をしたために、当初の編集意図が変更されたのでは、と思われます。事実、この映画が上映されるや、世界各地で上映禁止が取りざたされています。バチカンの法王庁も、この映画は事実ではない作り話だとの声明を出しました。本来は、監督はもっと小説にあるがままに、ストレートにキリスト教に対する問題点を盛り込むつもりだったにもかかわらず、いろいろな状況により映像をつなぎ変えることとなり、結果的に撮影シーンの選択と物語展開がバラバラになったのではないか、と判断します。
 映画のパンフレットに、監督のインタビューが載っています。そこでハワードは、

この本ではキリストの人生について、衝撃的な説が展開されていますね。この説に、あなたは賛成ですか、反対ですか?

という質問に対して、次のように答えています。

このプロジェクトに携わった初期の段階で、僕はある決心をした。それは、僕自身がこれらの説についてどう思うかを、絶対表には出さないということだ。僕らの目的は、観客自身に考えてもらうこと。そして新鮮にミステリーやサスペンスの要素を楽しんでもらうこと。僕個人の意見を押し付けるのは、間違っている 。

 つまり、最初から監督のメッセージは封印されていたのです。これでは、いい映画になるはずがありません。
 ぜひ、監督が本当に作りたかった映画に再構築して、本来の物語展開にして観せてほしいものだと思います。話の切れ目がうまくつながっていないところも、丁寧に埋めたものにしてほしいものです。まさに、反応を恐れた妥協の産物に堕落したものとなっているのですから。

 映画パンフレットに、監督のハワードが語ったこととして、こんなことも記されていました。ここで彼とあるのは、小説の作者であるダン・ブラウンです。

彼が学んだり読んだりして得たものを我々が解釈していくうえで、彼は貴重な情報源となった。その情報の中には、彼が本を書いた後に発見したものもあって、それらも脚本に織り込まれている。だから、この映画は、ある意味で『ダ・ビンチ・コード』の最新版、注釈付きの『ダ・ビンチ・コード』なんだ

 それならなぜ、最近明らかになった『ユダの福音書』について、少しでもいいから触れなかったのでしょうか。関係者の間では、この文書のことは話題になっていました。もっとも、内容の不足を補強するには、時間が足りなかったのかもしれません。この映画がイマイチ盛り上がりに欠けるのは、こうした事情も関係しているのかもしれません。とにかく、監督がテーマから逃げていることは明らかです。
 さらには、小説も映画も、ルーブル美術館のガラスのピラミッドが活かされていません。聖杯に結びつけるために、無理やり持ち出したものとしか思えません。ルーブル美術館へ行ったことのある方には伝わるかと思います。
 これは、作り直してほしい映画です。編集し直してほしいものです。

 この映画は、莫大な興行収入が予測されています。ベストセラー小説とともに記録として残るでしょう。しかし、共に作品の寿命は短いものだと言えましょう。

********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
posted by genjiito at 23:25| Comment(0) | 読書雑記

2018年12月11日

読書雑記(252)小松左京『大阪万博奮闘記』

 『やぶれかぶれ青春記・大阪万博奮闘記』(小松左京、新潮文庫、平成30年10月)を読みました。

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 本書は、「第一部 やぶれかぶれ青春記」、「第二部 大阪万博奮闘記」の2部構成です。そして、「第二部 大阪万博奮闘記」は「ニッポン・七〇年代前夜」「万国博はもうはじまっている」「小松左京と走り抜けた日々」(加藤秀俊)の3本でまとめられています。以下では、この第二部に関して記します。

 大阪万博の言い出しっぺである小松左京氏が、梅棹忠夫氏や加藤秀俊氏に「万国博を考える会」の趣旨説明をするところ始まります(以下、敬称略)。
 昭和39年7月、小松は「万国博を考える会」を発足させました。その背景には、「京大人文研(京大霊長類学)」や「放送朝日」を通じての交流があったのです。

 まず、次の「国際」という言葉の意味の確認から。

名称も、当時新聞関係は「国際博」をつかっていたが、私たちは「万国博を考える会」にした。「万国博」という言葉は、何だか明治的で、語感として古めかしいのではないか、という意見も出たが、「国際」という単語こそ近代主義的−特に「戦後近代主義」的ニュアンスがつきまとっている、という梅棹氏の意見に、結局みんな賛成した。
「国際関係ちゅうと、特にインテリやエリートは、じきに欧米のことを思いうかべよるねン」と梅棹氏はいった。「中国との関係や、ネパールやザンビアとの関係を、国際問題と思いよれへん」
 とりわけ日本でおこなわれるとするならば、AA諸国の参加を重視しなければならないだろう、ということが、京都の発起人会の席上で、みんなの頭にすぐうかんだ。
(中略)
 いったい、関西で万国博を、という話がどこから出ているのかしらべると、どうやら通産省の輸出振興関係、それにジェトロもからんでいるらしい、ということがわかった。話の持ち上がったのも、ここ一年以内の話で、何しろまだオリンピックの方さえ開かれていないし、その成功か失敗かもわかからない状態なので、万国博が果して本当に開かれるかどうかもまだわからない。
 しめた、これなら今からトレースすれば、ある程度間にあうかも知れない、と私は思った。−その時は、まだ、自分たちが万国博を「つくる」側にまきこまれることになろうとは夢にも思わなかった。よくいえば純粋な好奇心、悪くいえばヤジ馬根性で、日本の社会の中で、この壮大なイヴェントがつくられ、利用されて行く過程を、傍でじっくりながめられると思ったのである。(255〜256頁)


 昭和15年の「皇紀」二千六百年記念に計画された、いわゆる「幻の東京万国博」のテーマは、「東西文化の融合」だったことについて、西田哲学の影響か? と小松は言います。会場は晴海あたりが想定されていたようです。こうした、大阪万博の背景にある政治がらみの話は、興味深いものがあります。
 この「考える会」の存在は、万国博の批判団体だとか、万国博協会と敵対関係にあるものだと思われていたそうです。そうした背景も、ユーモア交じりに語られています。

 小松は、「飴が歯にくっついたみたいな」万博協会とは直接折衝しなくてもいいように、深く関わらないようにして、距離を置くことに腐心しておられる姿がよく伝わってきます。お役所仕事には、徹底抗戦の様相です。岡本太郎とのくだりは鮮やかです。国家的な事業におけるお役所仕事の優柔不断さへの嫌悪は、身に染みておられたからでしょう。

 予算といえば、あの「エキスポの顔」といわれた高さ六十メートルの名物「太陽の塔」があやうく消えかかったことがある。テーマ展示の総予算は前にもいったように建設費こみのあら見積もりで三十億は必要だと、岡本氏のスタッフははじき出していた。(この金額で理事会で説明する時、岡本氏はテーマ展示には、「最低三十万円」必要だ、とやってしまった。石坂会長の「明治四十五年の万国博」とともに万国博の二大迷言とされている)
 大蔵省筋はこの規模を内々に承認していたが、監督官庁の通産側は、あまり正面に大きなものを建てられると、ホストカントリーの日本政府館が目立たなくなる、という理由で強硬に反対した。テーマ展示の総予算はせいぜい三、四億でいい、というのだ。モントリオールのテーマ予算百億と大変なひらきだ。そんな予算ではとてもテーマ展示はできないとプロデューサー側がいうと、もともとテーマなんてものは万国博にはいらないものだ、とまで極言した。(339頁)


 全編、熱気が伝わってくる文章でした。
 そして今に目を転じ、先月に開催が決定したばかりの2025年大阪万博について、現在はどのようにものごとが動いているのか、興味が湧いてきました。小松らのように、真摯な議論と検討がどこで、誰が、どのようにしてなさっているのでしょうか。いつの日にか、後日談としての「2025年 大阪万博奮闘記」を読みたいと思います。

 本書は、2025年の大阪万博が決定(2018年11月24日)を見越した刊行だけに、タイムリーな復刻版となっています。これからの2025年大阪万博の動きと比較する参考情報として、格好の資料だと思います。【4】
 
 
初出誌︰巻末に以下の情報が記されています。
「ニッポン・七〇年代前夜」
初出 『文藝春秋』(文藝春秋)一九七一年二月号
書籍 『巨大プロジェクト動く』(廣済堂出版、一九九四年七月)
   『小松左京全集完全版47』(城西国際大学出版会、二〇一七年六月)
   *『文藝春秋』記事を底本とした。

「万国博はもうはじまっている」
初出 「万国博覧会資料」一九六六年
書籍 『未来図の世界』(講談社、一九六六年九月)
   『小松左京全集完全版28』(城西国際大学出版会、二〇〇六年十月)
   *講談社『未来図の世界』を底本とした。「万国博覧会資料」の現物は確認できていないが、万博協会関係者によれば、六六年七月より、万博協会主催で国内企業の参加奨励のための説明会が行われ、小松は丹下健三と共にその講師を務めた。本稿は、理念を担当した小松が説明会の資料用に書いた文章であると推測される。同資料の現物をお持ちの方は、編集部までご一報ください。

 
 
 
posted by genjiito at 20:16| Comment(0) | 読書雑記

2018年12月10日

読書雑記(251)河添房江著『源氏物語越境論』から科研の現状を想う

 河添房江氏の『源氏物語越境論 唐物表象と物語享受の諸相』(岩波書店、2018年12月7日)が刊行されました。

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 本書に収録されている諸論稿の中でも、第三編の3本の論稿は、広く読まれるようになればいいと思い続けていたものです。
第三編 近現代における受容と創造
 第一章 国民文学としての『源氏物語』――文体の創造
 第二章 現代語訳と近代文学――与謝野晶子と谷崎潤一郎
 第三章 翻訳と現代語訳の異文化交流――世界文学へ

 それが、読みやすく整理されてまとまっているのを確認し、一人勝手に安堵しました。
 自分の興味と関心のありようから、与謝野晶子と谷崎潤一郎には思い入れがあります。それ以上に、『源氏物語』の受容に関する問題として、世界各国で翻訳されているものを対照とした研究が広がればいいと願い、折々に機会を得てはその話をしてきました。特に若い方々には、これから取り組む研究テーマの一つとして、問題意識を持っていただきたいと思っていたものです。メインでなくてもいいのです。主食でなくてもいいのです。幅広くものを見る上で、このテーマは大切だとの思いからでした。
 今回、本書の第三編の中でも、特に「第三章 翻訳と現代語訳の異文化交流――世界文学へ」は、現在私が取り組んでいる科学研究費補助金による研究(「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」)との関連から、周りにいらっしゃる方々に、ぜひとも読んでくださいと言える章となっています。
 この章は、本書の中では周縁に位置するものです。けっして、メインのテーマではありません。河添氏がおもちの多くのテーマを、側面から支える1つのものでしかありません。しかし、私には、まずはこの章だけで満足をしています。この章が置かれているだけで、河添氏に感謝したい気持ちです。
 さらには、この章の後注で次のような記述があり、これに勇気づけられました。

(1)伊藤鉄也氏の「海外源氏情報」のサイト(http://genjiito.org/)では、『源氏物語』翻訳史として、一八八二年の末松の英訳から、最新の二〇一六年の朴光華のハングル訳の夕顔巻まで、各国の翻訳情報を計二九〇件、挙げている。その他、このサイトでは、『源氏物語』や平安文学の翻訳や国際会議、国際共同研究に関する諸情報やオンライン・ジャーナル(「海外平安文学研究ジャーナル」vol.1.0〜6.0)が提供されており有益である。


 個人的に取り組んでいる地味な調査の報告にもかかわらず、このようにして紹介していただけたことを、ありがたく思います。私だけではなくて、私のまわりで情報収集や資料の整理のお手伝いをしてくださっている多くの方々に、お役に立っているのだということを実感できる、心強い支援となっているのです。
 これまで、自分が論文の書き手であった頃には、このような注記が持つ意義や側面に意識が向いていませんでした。新たな生活の中で、1つの注が意外な研究支援の役割を果たすことを、今さらながらあらためて知らされました。他人さまにとっては、本当に些細なことです。どうでもいいことでしょう。しかし、このようなものの見方ができるようになったことを、自分一人で嬉しく思っています。

 今、この注の中で紹介されている「海外源氏情報」(http://genjiito.org)は、さまざまな問題に巻き込まれ、新しく予定している[海外平安文学情報]に移行できずにもがいているところです。最近は、その状況を、次のブログの記事にしています。

「科研のHP[海外へいあんぶんがく情報]が半歩前進」(2018年11月24日)

「科研[海外へいあんぶんがく情報]のHPが本格的に始動」(2018年11月29日)

 しかし、先週からこのホームページの移築がストップを余儀なくされています。外圧と無理解により、なかなか思うように進みません。

 川添氏の論稿の中の1つの注記から、このサイト「海外源氏情報」(http://genjiito.org)がお役に立っていることを、あらためて実感しました。現在、私を取り巻く周辺で生起する雑音に負けることなく、研究協力者とともに着実に前を見て[海外平安文学情報]のサイトの移築に向かって突き進んでいきたいとの思いを強くしました。

 以上、あまりにも個人的な感懐となりました。この記事がブログである、ということでご寛恕のほどを願います。
 それはさておき、本書の全体像を知るためにも、岩波書店のホームページから目次を引き、拙文の欠を補っておきます。

序 二つの越境――異文化接触とメディア変奏

凡 例

第T部 東アジア世界のなかの平安物語

第一編 威信財としての唐物
 第一章 『竹取物語』と東アジア世界――難題求婚譚を中心に
 第二章 『うつほ物語』の異国意識と唐物――「高麗」「唐土」「波斯国」
 第三章 『枕草子』の唐物賛美―― 一条朝の文学と東アジア

第二編 『源氏物語』の和漢意識
 第一章 高麗人観相の場面――東アジア世界の主人公
 第二章 唐物派の女君と和漢意識――明石の君を起点として
 第三章 梅枝巻の天皇――嵯峨朝・仁明朝と対外関係
 第四章 和漢並立から和漢融和へ――文化的指導者としての光源氏

第三編 異国憧憬の変容
 第一章 平安物語における異国意識の再編――『源氏物語』から平安後期物語へ
 第二章 『栄花物語』の唐物と異国意識――相対化される「唐土」
 第三章 平家一族と唐物――中世へ

第U部 『源氏物語』のメディア変奏

第一編 源氏絵の図像学
 第一章 「源氏物語絵巻」と『源氏物語』――時間の重層化と多義的な解釈
 第二章 「橋姫」の段の多層的時間――抜書的手法と連想のメカニズム
 第三章 「源氏物語絵巻」の色彩表象――暖色・寒色・モノクローム
 第四章 源氏絵に描かれた衣装――図様主義から原文主義へ
 第五章 源氏絵に描かれた唐物――異国意識の推移

第二編 源氏能への転位
 第一章 『葵上』と『野宮』のドラマトゥルギー――葵巻・賢木巻からの反照
 第二章 『半蔀』のドラマトゥルギー――夕顔巻からの転調
 第三章 『住吉詣』のドラマトゥルギー――澪標巻のことばへ

第三編 近現代における受容と創造
 第一章 国民文学としての『源氏物語』――文体の創造
 第二章 現代語訳と近代文学――与謝野晶子と谷崎潤一郎
 第三章 翻訳と現代語訳の異文化交流――世界文学へ


初出一覧
あとがき
索 引

 
 
 
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2018年12月09日

読書雑記(250)【復元】〈その4〉『ユダの福音書を追え』のユダとは何者?

 これまでに、情報発信の母体としていたプロバイダのサーバーがクラッシュしたり廃業するなどによって、公開していたブログの記事が消滅したものが数多くあります。その内、探し出せた文章などを整理して、このように復元を続けています。
 今回は、『ダ・ヴィンチ・コード』と『ユダの福音書』に関するシリーズ全5話の内の、四つ目の記事の復元です。
 いずれも、『源氏物語』の生々流転を考えるときの参考になる事例だと思い、再建してここに残して置きます。

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)

********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年5月19日公開分
 
副題「新発見の古文書が語るドラマチックな流転の物語」

 今月の2日に『ユダの福音書を追え』(日経ナショナルジオグラフィック社)が発売されると同時に本書を買い、数日で一気に読み終えました。古書をめぐる、古美術商とその流転の物語です。ここで言う古書とは、『ユダの福音書』という1700年前のパピルス文書です。そのドラマチックな変転の軌跡を、推理仕立てで語っています。
 転々とするこの本の最終的な行方は、すでにニュースで知っているとはいえ、その背景の複雑さと数奇な運命に驚嘆するばかりです。本と人との波乱万丈の巡り合いが、次から次へと意外な展開の中で語られるので、休む暇なく読み耽ってしまいました。

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 『源氏物語』にも、このようなドラマがあってもいいと思います。いや、近い将来、こんな展開が日本でもありそうに思えました。『ユダの福音書を追え』を読み終えた満足感のまま半月が過ぎた頃に、そうだブログに書くのだった、と思い出したしだいです。ちょうど、今日は映画『ダ・ヴィンチ・コード』の封切り日です。この映画をいつ見に行こうかと、何かと忙しい日々の中で、その日の設定を思案しています。どうも難しいのです。突然映画館へ行くことになるはずです。

 さて、本書の冒頭に「BCE」と「CE」という略号の説明があります。世界史の時代区分の用語である「紀元前」と「紀元後」のことなのですが、この新語を今回初めて知りました。私はこれまでは、「B.C.」(before Christ)と「A.D.」(anno Domini)という略称で覚えていました。学校でそう教わったのです。しかし、今は「B.C.」は「BCE」(before Common Era)、「A.D.」は「CE」(Common Era)と言うのだそうです。これは、あくまでも特定の文化圏の時代区分を、別の文化圏に押し付けないための配慮なのだそうです。イエス・キリストの誕生年を基準にした西暦に違和感を抱いていた私は、この説明なら西暦のありように理解を示すことができます。この西暦を日本人が使うかどうかは、今は別の問題としておきます。

 それにしても、イエス・キリストとは何者なのか、本書を読んでみて、ますますわからなくなりました。

 これから本書を読まれる方の興味を削がないためにも、ここでは私の気を引いた箇所だけを紹介します。

この写本は二十年近くもの間、買い手を求めてエジプトから持ち出され、ヨーロッパから米国へと転々としていた。(379頁)


 これまでに運命的な出会いによって発見紹介された『源氏物語』の古写本も、それぞれが数奇な運命を背負っていました。もっとも、海外で発見されたものはないので、ドラマ性は低いのですが。私は、インドと中国にあるはずの、伝阿仏尼筆本と従一位麗子本の出現を心待ちにしています。

・問題の写本を持っていた古美術商のハンナは「ナイル・ヒルトンのコーヒーショップで待ちあわせすることもあっただろう。」(75頁)とあります。このカイロの中心地にあるホテルは、私が昨秋泊っていた所で、このコーヒーショップに、私も毎日いました。この物語が、俄然身近に感じられました。

カイロに移されたこのパピルスの写本には、歴史上最も有名な裏切りに関する異説が述べられ、ほとんど誰もが信じてきた事実がくつがえされていた。イエスが弟子の一人の裏切りによって磔刑にかけられたことは、ずっとキリスト教の教義の要だった。(改行) ところが、新たに見つかった福音書には、ユダはただ師イエスに言われたことをしただけ、という驚くべき記述があったのだ。(77頁)


 いわゆる常識となっていたものへの懐疑は、いつの世にもその検証が必要なようです。

キリスト教の歴史が始まってからずっと、キリスト教徒は、イエスはユダヤ人のせいで殺されたと非難し、ユダはイエスを裏切ったユダヤ人の象徴であった。もし、本当にイエスとユダが、ユダの使命について示し合わせていたのなら、ユダヤ人とキリスト教徒の関係のとらえ方も変わってくる。(81頁)


キリスト教を、ユダヤ人以外の人々にも分かりやすく伝えたのは、パウロの大きな功績のひとつだった。(中略)パウロの不断の努力が実って、キリスト教は、ユダヤ教という母体から離れ、独自の宗教としての地位を確立していく。(245頁)


『ユダの福音書』は、新約聖書とほぼ同時代か、ほんの少し後で書かれたものだ。そしてこの文書は、ユダが正しい行動をとったと擁護している。(201頁)


 本当に、キリスト教とは何かが、改めて問われる時代に入ったと思います。もっとも、無宗教の典型的な日本人を自負する私は、この問題に切実さは感じないのですが。
 従来のキリスト教の教義を信奉していた方々は、こうした資料の出現に対して、どのように思っておられるのでしょうか。

巻物ではない冊子本の写本は、聖典や古い文書の原典を複写したものである。巻物よりもずっと多くの分量を記すことができ、取り扱いも容易なため、初期キリスト教の教徒は冊子本を用いた。(178頁)


 『源氏物語』にも、絵巻詞書と冊子本があります。最初の『源氏物語』は、巻物だったのか冊子本だったのか。私は、当初の物語は巻物形式だったと思います。それを整理した段階のものが、冊子本だと思っています。

キリスト教正典としての新約聖書は徐々に形成されていき、完成するまで何世紀もかかった。(248頁)


 そうです。わが『源氏物語』も、長い時間の中で成長し文字として固定したのだと、私は勝手に思っています。

初期キリスト教の世界は波乱に満ち、福音書にしても、現在新約聖書に収録されている四つだけでなく、三十以上も流布していて、それぞれが正典であると主張していた。(249頁)


 『源氏物語』も、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、たくさんの写本が伝えられていました。それが、徐々に整理され、五十四巻にまとめられ、統合して一つの証本なるものが定められて来ました。どの国にでも、同じような経緯があるようです。

エイレナイオスは(中略)、福音書は四種類だけであって、多数存在してはならないと宣言した。四と言う数は意味があって、(中略)福音書も四つでなければならなかった。福音書として認められるのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネのみであり、いずれも神の啓示を受けたものとされた。のちに、この四つが正典福音書となる。(259頁)


 日本でも、三とか六とか八は神聖数とされてきました。どこの国でも、特別の意味を持つ数字があるものです。

こうした著作が消えていったのは、古代から中世にかけて、筆記者が書写をやめたからである。プロフェッショナルの筆記者が模写を行うのは、そういう依頼があって、報酬が支払われる場合だけである。キリスト教の教典が神学理論にとって不要、あるいは危険と判断されたら、そうした書物の模写を依頼する者はいないし、筆記者自身が仕事を拒絶した可能性もある。現存しているキリスト教関係の手稿本のほとんどは、独立したプロフェッショナルの筆記者ではなく、修道院で製作されたものである。「異端」の書の書写を、修道院長が認めるはずがない。また本の材料や書写サービスは、とくに古代には費用がかかるものだったので、需要のない書物はすぐに消えていった。(271頁)


 『源氏物語』も、書写を専門とする人たちの一団がいて、お金をもらって書写していました。いわゆる賃書きです。奈良の天理近辺にもいたようです。『源氏物語』が普及するにともなって、異本や異文は書写されなくなります。私は、この書写されなくなっていった本文である〈別本群〉に興味を持っています。『源氏物語』の本文についても、まだまだ解明されていないことが多いのです。

『ユダの福音書』が写本専用の写字室で作成されたものであるのは明らか(359頁)


 『源氏物語』の別本と言われるものが、ほとんど今に伝わらないのは何故なのか、という疑問に関連することだと思われます。古典の伝流と、その裏側にいる書写者の存在について、注意しておきたいものです。

・放射性炭素年代測定によると、「ユダの文書が作成されたのは紀元二四〇年から三二〇年の間」(351頁)ということになっています。
 『源氏物語』の鎌倉期の古写本に対して、このような調査の手が延びることを期待しています。

『ユダの福音書』の中のイエスは大いに笑い、地上に生きる人々のありとあらゆる欠点や、さまざまな個性の中にたっぷりとユーモアを見出している(354頁)


 キリストは、四箇所で笑っているそうです。キリストは人間とどう違うかを考える上で、非常に大切なポイントだと思われます。

『ユダの福音書』には、その後の歴史においてユダヤ人に対する蔑視や大量虐殺、あるいはナチの強制収容所における大虐殺を引き起こすことになる。いわゆる血の中傷をもたらすような内容は記されていない。ユダは、イエスに愛された弟子として、崇拝する主の意向に従ったのだ。(374頁)


 世界史の再検討を促すような話です。

 なお、『ユダの福音書』に関する内容と問題点だけを知りたい方は、『ナショナルグラフィック日本版 ユダの福音書を追う』(2006年5月号、日経ナショナルジオグラフィック社)という雑誌を読まれることを薦めます。

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 私は、こちらの方から読みました。もっともこれは、書籍に先立つ4月28日に発売になった、という事情もありますが。こちらを読んで、興味が掻き立てられたら書籍の『ユダの福音書を追え』を読んで、本をめぐるドラマに参加したらいいと思います。

 冊子には、次のことばが記されています。

レマン湖にある建物では今も、専門家がばらばらになったパピルス文書の修復作業を続けている。―現代によみがえったユダが、まもなくその姿を現そうとしている。(58頁)


 こうした基礎的な資料の検討は、評価は低いのが実情です。しかし、ぜひみんなで継承したい仕事だと思います。目先の成果よりも、近い将来を見据えての評価と提言の方が、今は大切なことではないでしょうか。
 
 
 
posted by genjiito at 19:17| Comment(0) | 読書雑記

2018年12月08日

大学コンソーシアム大阪で『伊勢物語』を語る -2018-

 大阪駅前第2ビル4階にある「キャンパスポート大阪」で、特定非営利活動法人 大学コンソーシアム大阪が開催する講座で講義をしてきました。

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 昨年の開講日は、1月下旬ということもあって雪の日でした。今日は年末なので、昨日よりも少し寒いだけです。それでも、日本海側は昨日から雪模様となっているようです。

 今年は「ツーリズムと社会」というテーマでの開講です。私のタイトルは、「『伊勢物語』と大阪」にしました。
 今回の参加者30名の所属は、以下の通りでした。半数は4回生のようです。

大阪市立大学・大阪府立大学・追手門学院大学・大阪経済大学・大阪国際大学・関西外国語大学・近畿大学・相愛大学・阪南大学


 昨年の様子については、次のブログを参照願います。

「「キャンパスポート大阪」で「源氏物語と大阪」と題する講義をして」(2017年07月01日)

「大学コンソーシアム大阪で『伊勢物語』を語る」(2018年01月27日)

 この講座を受講されているみなさんは、文学を専攻している学生さんではありません。昨年の反応を見て、今年は取り扱う作品の内容をもっと丁寧に語ることにしました。
 『伊勢物語』に関しては、今年も第23段の河内高安の里の話である「筒井筒」の段を取り上げました。奈良と大阪を舞台とするので、看板である観光と関係づけしやすいためです。

 物語本文は、男と女の恋愛心理を丹念に読み解き、その気持ちの揺れ動きを詳しく追っていきました。日ごろは、こうした文学との接点が薄い学生が多いせいか、その反応は十分には読み取れませんでした。しかし、終了後に話に来た学生がいたので、興味の一旦はくすぐったのではないか、と思っています。

 今回も、『伊勢物語』の複製の影印本2種類を回覧しました。これは、古典文学作品を扱う時の、私の流儀です。活字で作品を読むことになるにしても、元々は写本であったことの確認は大事なことの一つにしているのです。そして、『伊勢物語』にも異文が伝わっていることも、忘れることなく話しました。

 今年の大学コンソーシアム大阪での講座は、今回の一回だけです。昨年は二回ありました。これは意義深い連続講座だと思います。しかし、大学としてはこの取り組みは今年までとして、来年度からは実施しないとのことです。縮小し、消滅していくイベントとなるようです。こうした催しは、大学の存在や、先生方の研究内容を知っていただくためにも、よい機会だと思います。それがなくなるのは、もったいないことです。何らかの形で、社会人講座も含めて、積極的に社会に問いかけていくことが大事です。あらためての企画に期待したいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 19:39| Comment(0) | ◆講座-研究会

2018年12月07日

メリッサ・マコーミック編著『The Tale of Genji : A Visual Companion』

 ハーバード大学のメリッサ・マコーミック(Melissa McCormick)先生が、ハーバード大学美術館所蔵の『源氏物語画帖』を、プリンストン大学出版社から美麗な美術研究書として刊行なさいました。

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 日本美術と文化の研究成果が、このように豪華な一書としてまとまったのです。『源氏物語画帖』がフルカラーで自由に確認できるようになったことは、『源氏物語』の受容史のみならず、日本文化史においても画期的なことです。
 本書は、巻頭に解説を置き、絵と詞を左右に配して54図を見開きで掲載し、その絵の詳細な解説を続く見開きで展開する構成となっています。巻末には詳細な索引もあり、利用者への細やかな心遣いがなされています。
 見開きの各画帖には、場面解説(英文)・ローマ字・翻字が添えてあり、わかりやすい『源氏物語』の絵解きに接することができます。

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 この画帖の絵は土佐光信らが、詞は三条西実隆などが筆を揮っています。まとまった画帖としては、現存最古のものだと言えます。私は、精密な絵はもちろんのこと、特に詞の力強い文字に惹かれます。

 これまでに、この画帖には3回ほど、間近に接する機会を得ています。直近では、今年の8月にハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の原本調査でボストンへ行った折に、メリッサ先生のご高配により直々のご説明を伺いながら画帖を拝見することができました。その時のことは、「ハーバードのフォグミュージアムで古写本『源氏物語』の調査」(2018年08月29日)に記録として残しています。

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 今回のご著書では、詞の翻字に関して少しお手伝いをしました。本書では、明治33年に平仮名が1文字に統制された時の方針によって、現在一般に流布する五十音の平仮名で翻字がなされています。しかし、もし可能であれば、字母が明確に識別できる「変体仮名翻字版」で翻字をすると、実際に書かれた文字と整合性をもった仮名文字として対照しやすくなります。現行の方式の翻字では、不正確な文字に置き換えられています。実際には「古」と書いてあるのに、それを仮名表記の統一ということで「こ」に置き換えて読むのですから、崩し字の初学者は混乱します。その翻字から、元の仮名文字に戻れないのですから、厳密に言うと嘘の翻字ということになります。ジレンマに陥るところです。
 たとえば、この「桐壺」の「変体仮名翻字版」による翻字は、次のようになります。

古濃【君】の【御】わらは春可た
い登可遍万うくお本せと【十】
【二】尓て【御元服】志多ま婦ゐ
多ちおほしいとな三てかきり
あ類【事】尓古とをそへ佐せ【給】


 実は、今回の翻字のお手伝いをした時に、併せて「変体仮名翻字版」のデータを同時に作成しておきました。何らかの形で、変体仮名交じりの正確な翻字がお役に立てばいいのに、と思っています。

 さらには、解説などを日本語にしてもらえると、英語がわからない私にも親しく読める本となり大助かりです。

 とにかく、『源氏物語画帖』を繙くすばらしい環境が提供されました。日本の古典文学や古典文化に親しめる、道案内の書となるにちがいありません。一人でも多くの方が手に取ってご覧になることを願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | 変体仮名

2018年12月06日

キャリアアップ講座(その13)『源氏物語』のくずし字を読む(書写者の交代)

 昨日(12月5日)の京都新聞に、国宝の『源氏物語絵巻』が修復を終え、額面装に改装されていたものを、あらためて本来の巻物装に作り変えて展示されていることが報じられていました。83年ぶりに巻物に仕立て直したとのことです。

 この記事を受けて、今日の社会人講座では、まずは巻物がどのようなものであるのかを、架蔵の巻子を持参して見てもらいました。巻物の表装や大きさ、重さ、長さ、紙質などは、実際に触って見ないとわかりません。とにかく、我が身の五感を使って実感することが大事です。この講座では、その実践活動もしています。

 また、林望氏の『謹訳 源氏物語』を回覧し、その背表紙を外すと現れる造本のおもしろさも、実見してもらいました。書店でカバーを外すことはしないので、これには驚いておられました。
 いつものことながら、たくさんの質問をいただき、私がお答えできる範囲で説明しました。みなさん、知的好奇心が旺盛な方々なので、楽しい意見交換ができます。

 写本を読む本来の講座では、前回が1行半しか見られなかったこともあり、今日はとにかく進みました。10丁裏2行目の「志の者累ゝ」からです。

 順調に字母を確認しながら変体仮名を読み進めて行き、12丁裏に入ったところで書写が不正確なものが目立つ所で立ち止まりました。そして、その見開き左右頁(12丁裏、13丁表)に書き写されている文字の雰囲気が異なることを、時間をかけて確認しました。

 私の意見は、右丁にあたる12丁裏だけは書き手が違うのではないか、ということです。
 その推測の理由を以下に記しておきます。

 12丁表の最後に「とうさい【将】」と書いてから紙をめくって次の裏丁(12丁裏)に「なと」と書き出します。この改丁後に「なと」と書く時に別人とバトンタッチし、そのまま12丁裏を書き写したと思われます。前の丁末で黒々と「とうさい【将】」と書いてあるのに、次の丁の「なと」は墨が薄くなっています。ここにしばらくの時間差があったことは明らかです。書き手の交代の間に少し時間を要した、と思われます。
 次の写真をご覧ください。これは、12丁裏から13丁表に丁が変わる所の3行を抜き出し、画像処理をしたものです。白黒反転して、文字のエッジを明確にしてみました。

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 この写真の右側3行が、12丁裏の最終3行です。この丁末にあたる「堂ゝ【人】さ満尓」と書いた書写者は、次の紙の13丁表を書く時に元の書写者と入れ替わって「おほし可へ里て」と書き始めたのではないか、と考えてみたいのです。左右の文字の形や雰囲気の違いが、この写真だけからもわかります。
 私がよく言う、トイレに行ったのか、来客があったのか、何か用事があったために、一時的に弟子か家族に筆写を交代したのではないか、という想定です。
 この前後の書写状態で確認できるように、丁が変わる時の丁末の文字の濃淡や書写ミスと、次の丁のはじめの文字の墨色や書写ミスが多くなっていることなどが、その書写者の一時的な交代という可能性の高さを見せています。

 写本を読む時には、ただ単に文字を追いかけていくだけでは飽きます。書写されているその現場を思い浮かべながら文字を見ていくことで、書写者が置かれている環境や背景などがいろいろと想像できて楽しめます。そんな楽しさを、どうぞ味わってみてください。新しい写本の読み方につながると思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆講座-研究会

2018年12月05日

読書雑記(249)【復元】〈その3〉「空中分解する日本語訳」

 これまでにブログとして公開しながらも、何度も消え去った記事を復元したものです。
 今回は、2006年4月8日に公開した、「読書雑記(248)【復元】「古代エジプト語(コプト語)の写本解読」」(2018年12月03日)に続くものです。これは全5回で構成されており、その内の3つ目の記事になります。

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年4月8日公開分
 
副題「原書はどんな文章なのでしょうか」
 
 久しぶりにハズレの本を読むことになりました。
 先日のブログで触れた『ダ・ビンチ・コード・デコーデッド』(集英社、2006.4.10)は、目次と小見出しに釣られて買った本でした。既述の通り、『ダ・ビンチ・コード』を読み終わったので、早速、本書を手にしました。読んでみてガッカリ。半ばまでは、まったくおもしろくありません。というより、日本語の文章がすんなりと入ってきません。知識の断片がこれでもかと飛び交うだけで、キリスト教に素人の私には、とてもついて行けません。話が次から次へと展開し、あっちへ跳びこっちへ跳びしているうちに、内容が空中分解していくのです。私には、そうとしか感じられず、本当に字面を流し読みするしかありませんでした。

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 半ばを過ぎたころに、こんな文字列に、フト目が留まりました。

キリスト教徒の休日は土曜日から日曜日に変更され、ユダヤ教とキリスト教との間の距離が広がった。しかも、かつてキリストの誕生日は一月六日に祝われていた。(127頁)


 しかし、この話題もおもしろくならないままに、すぐに終息します。楽しそうなネタが並んでいるようなのです。しかし、原作者が話ベタなのか、それとも日本語の翻訳がうまくいかなかったのか、本当に気の毒な本になっています。
 一見して豊富そうなネタを、読者のほうで繋ぎ合わせて楽しめる人にとっては、意義深い本なのでしょう。しかし、私には、とてもついて行けません。原作が酷いのか、日本語訳に問題があるのか、あるいは読者を選ぶ本なのか。私とは相性の合わない本であったことは確かです。自分の理解力の欠如は、今は目を瞑ります。
 後半に、教訓書からの次の引用がなされています。皮肉にも、これは私にとっての本書のことを言い当てているようなので、ついチェックをしてしまいました。

本を買うときには必ず、博学で慎重なキリスト者の忠告を仰ぐようにしよう。無益なものや、有害なものを買ってしまうかもしれないから。本をかかえていると思ってはいるが、ごみ袋を持ち歩いている人が実に多い(127頁)


 言いえて妙、とはこのことでしょうか。私は、しっかりと、ごみ袋を抱えてしまいました。

 あまり貶してばかりではいけないので、本書を読んで少し勉強になったことも記しておきましょう。第五章(123頁)と第七章(158頁)にある以下の文章は、今後の確認事項になるかもしれません。前述の「キリストの誕生日」のことも、この部分にあります。これらは、本当は、本書で詳しく、楽しく述べておいてほしいことなのですが。

コンスタンティヌスは歴史の書き換えを決行する機会をつかみ、新版・新約聖書の編纂を命じた。キリスト教の指導者たちが適切だと判断した範囲内で、自由な創作が認められたのだ。〈改行〉 これの意味するところは、現在我々の元にある新約聖書は、四世紀に、コンスタンティヌスにとって好ましい政治的意図をもって書かれたということである。それは、アメリカ大統領が、自分の政治的目標と合致するようにシェクスピアを修正するようなものだ。
(中略)我々の知っているキリスト教の創立者は一世紀のイエス・キリストではなく、四世紀のコンスタンティヌスとなる。(「新約聖書の書き換え」の項、129頁・131頁)
 
 
我々が信じ込むよう仕向けられたもう一つの誤解は、ユダによるイエスへの裏切りである。ユダが、自分にとって不利であるにもかかわらず、警戒されているキリストの使徒だと宣伝することは不自然であり、彼がこの役割に選ばれたのは、反ユダ的策略の一環である。イエスの告発を招いたとされているユダヤの人びとと、名前が似ているためだった。(「ユダの〈裏切り〉」の項、156頁)


 この指摘は、昨日のニュースで発表された、2世紀に異端の禁書として文献に出てくる〈ユダの福音書〉の解読のことなどは、まったく知られていない時点で書かれたものです。「反ユダ的策略の一環」というのは問題ですが、ユダの裏切りへの著者なりの疑問は、もっと信念を持って書き込めばよかたっのにと、惜しまれます。

福音書の中には、キリスト教の〈公認路線〉に合致しないために切り捨てられたものもある。元来の、互いに矛盾するマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書は、その時々の流儀と政治的傾向に沿って訳され、書き換えられてきた。五千ほど現存する新約聖書の写本の中に、四世紀以前のものはない。昔の柄と刃がその時々に取り換えられてはいても、提示されているのは原初のキリスト教の斧だと信じる者もいるようだが、それは明らかに間違っている。(「福音書の書き換え」の項、157頁)


 ここに、「四世紀以前のものはない」とあります。しかし、昨日のニュースによると、2世紀には確認されている〈ユダの福音書〉の解読に成功したのですから、これからの進展が楽しみです。

 結局、私はこの本を、読み飛ばすことになりました。これだけ氾濫する出版物の中から選択するのですから、こんなこともある、という例として記しておきます。

********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
 
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | 読書雑記

2018年12月04日

京洛逍遥(523)京都造形芸術大学から北の紅葉 -2018-

 京都造形芸術大学の北東は、宮本武蔵で知られる一乗寺地域です。その白川通りの山側一帯を、紅葉を求めて散策しました。

 本願寺北山別院は、気楽に参拝できます。

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 その南側の金福寺も、すばらしいところです。

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 散り敷く黄葉を踏みしだきながら、急な坂道を裏山に上がると、波切不動尊に至ります。

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 裏手には、水行の滝がありました。カーテンやハンガーの向こうに、一筋の落水とお不動さんが見えます。

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 さらに山道を登ると、あまりの急勾配で息が切れました。

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 続く獣道のような狭い山道を下ると、八大神社の境内に出ます。すると、剣豪宮本武蔵が迎えてくれました。

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 八大神社の手前には、詩仙堂があります。多くの方がここを訪れておられたのでパス。

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 用事のあった京都造形芸術大学の構内からは、こんな景色が望めました。

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 大学を出る頃には、曇り空が突然の大雨となっていました。
 今年は少し遅いながらも、こんな紅葉狩りが楽しめました。
 
 
 
posted by genjiito at 19:18| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年12月03日

読書雑記(248)【復元】〈その2〉「古代エジプト語(コプト語)の写本解読」

 これまでにブログとして公開しながらも、何度も消え去った記事の復元です。
 今回は、2006年4月6日に公開した、「読書雑記(247)【復元】『ダ・ビンチ・コード』」(2018年12月02日)に続いて書いた記事です。

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年4月7日公開分
 
副題「『ユダの福音書』の写本が解読されたニュース」
 
 Yahooニュースに、以下のような読売新聞、共同通信、時事通信の記事が掲載されていました。
 『ダ・ビンチ・コード』を読んでから、こんなニュースに目が留まるようになりました。
 まずは、時間的に早い読売新聞から。(引用者注:ネットのニュースの全文引用はどこまで許されているのか、今は不明なので、そのまま引きます。問題があるようでしたら、どなたかご教示をお願いします。)

■ユダ裏切ってない?1700年前の「福音書」写本解読
 米国の科学教育団体「ナショナルジオグラフィック協会」は6日、1700年前の幻の「ユダの福音書」の写本を解読したと発表した。
 イエス・キリストの弟子ユダがローマの官憲に師を引き渡したのは、イエスの言いつけに従ったからとの内容が記されていたという。
 解読したロドルフ・カッセル元ジュネーブ大学教授(文献学)は「真実ならば、ユダの行為は裏切りでないことになる」としており、内容や解釈について世界的に大きな論争を巻き起こしそうだ。
 13枚のパピルスに古代エジプト語(コプト語)で書かれたユダの福音書は、「過ぎ越しの祭りが始まる3日前、イスカリオテのユダとの1週間の対話でイエスが語った秘密の啓示」で始まる。イエスは、ほかの弟子とは違い唯一、教えを正しく理解していたとユダを褒め、「お前は、真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在になる」と、自らを官憲へ引き渡すよう指示したという。
 同文書は3〜4世紀に書かれた写本で、1970年代にエジプトで発見され、現在はスイスの古美術財団で管理されている。同協会が資金援助し、カッセル元教授らが5年間かけて修復、内容を分析した。
 福音書はイエスの弟子たちによる師の言行録で、実際は伝承などをもとに後世作られたものと見られている。うち新約聖書に載っているのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人分だけ。ユダの福音書は、2世紀に異端の禁書として文献に出てくるが、実物の内容が明らかになったのは初めて。
 詳細は、28日発売の「ナショナルジオグラフィック日本版」に掲載される。
(読売新聞) - 4月7日3時13分更新


 今日のお昼には、共同通信が、以下のニュースを流しました。

■裏切りはキリストの指示? 「ユダの福音書」写本解読
 【ワシントン6日共同】米地理学協会(本部ワシントン)は6日、「異端の書」としてほとんどが破棄されたとみられていた「ユダの福音書」の写本を解読したと発表した。キリストを敵に売った使徒として知られるユダが、実はキリストの指示を受けていたと記されており、今後論争を呼びそうだ。
 写本は古代エジプト語(コプト語)でパピルスに記され、放射性炭素による年代測定などで、3−4世紀(約1700年前)の本物と鑑定された。
 ギリシャ語の原本から訳されたとみられ、キリストは、自分を人間の肉体から解放する手助けを、教えの本当の意味を理解していたユダに頼んだとの内容になっている。(共同通信) - 4月7日11時44分更新


 この写本の内容が、これまでのキリスト関係の理解をどのように変えるのかは、素人の私には皆目見当もつきません。しかし、今までの解釈に何かが付加されることは確かでしょう。
 と、昼食をとりながらこの記事を書いている時に、このニュースサイトの内容が更新されました。上記のニュースは、本日11時台のものであり、12時台には、時事通信の以下のような詳細な記事となりました。

■「わたしを裏切りなさい」=キリストが弟子ユダに命令・古写本解読
  拡大写真の一部を切り抜き引用((Copyright (C) 2004 〔AFP=時事〕 All Rights Reserved.)12時09分更新)

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【ワシントン6日】約1700年前に書かれた初期キリスト教の外典「ユダの福音書」の写本が解読され、米ナショナル・ジオグラフィック協会で公開された。新約聖書には、イエス・キリストの弟子ユダがイエスを裏切り、刑吏に引き渡したと記載されているが、「ユダの福音書」では、イエスがユダに対し、自分を裏切るよう命じていたと書かれてあり、キリスト教理解に大転換を促す内容になっている。
 この古写本はギリシャ語で書かれた原本のテキストを紀元3―4世紀に古代コプト語に移し替えたうえでパピルスに記録されたもので、66ページに及んでいる。放射性炭素測定やインク分析などを使った徹底的な分析を経て、本物と認定された。
 写本には、イエスがユダに対し、「お前はあらゆることがらを越えていくだろう。なぜなら、お前はわたしを包んでいるこの男を犠牲にするからである」と述べたとあり、イエスの肉体からの離脱を手助けすることによって、ユダはイエスの内部にある聖なる「セルフ」の解放を手伝ったと解釈されるという。
 ナショナル・ジオグラフィックの担当研究者は「写本の解読はキリスト教研究史上、過去60年で最も重要な発見の一つであり、初期キリスト教の理解のあり方に多大の貢献をするものだ」と位置づけている。
 「ユダの福音書」の写本は1970年代にエジプトで見つかり、さまざまな骨董商の手を経て欧州から米国に渡った。ニューヨークの金庫に16年間にわたって保管された後、2000年にスイス・チューリヒの骨董商に買い取られた。
 歴史に「ユダの福音書」の名が登場するのは、紀元180年にリヨン司教の聖イレナエウスが残した文書が初めて。この文書では、福音書は偽書であると決め付けられている。
(時事通信) - 4月7日12時9分更新


 現在読み進めている『ダ・ビンチ・コード・デコーデッド』を今日中に読み終えるつもりです。この本にも、このニュースと関連することが書いてあるので、また改めて報告します。今は、取り急ぎ、ということで。

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posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | 読書雑記

2018年12月02日

読書雑記(247)【復元】〈その1〉『ダ・ビンチ・コード』

 これまでに何度も、ウエブに公開した記事が消えています。すべて、プロバイダの情報管理に起因するものでした。特に、2004年から2006年にかけて書いたブログの記事は壊滅状態です。
 そのような中で、自宅のハードディスクの中やウェブ上で幸運にも探し出し、拾い出せた文章や写真は見つけ次第に、忘れない内にと復元してきました。これまでに、105本の記事を復元して公開しています。記事のタイトルの中に【復元】と記しているので、検索すればそれらを特定することは容易です。

 今回の復元記事は、今から12年半以上も前に書いた5本を、公開した順番にアップします。
 いずれも、ベストセラーとなった小説『ダ・ビンチ・コード』に刺激され、当時いろいろと聖書や福音書に関する本を読んでいた頃のメモです。こうした問題は、10年も経った今はどのような評価がなされているのか、今まだ検証していません。的外れなコメントや、すでに批判の対象となっていることを取り上げているかもしれません。その点は、かつての記事をそのまま復元したものであり、その後の勉強が追いついていないということでお許しください。
 しかし、『源氏物語』の本文が写本としてどのような経緯で今に伝えられて来ているのか、という問題意識は明確にその根底にあります。
 このようなことを考えていた、というメモとして、ここに復元しておきます。
 
(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
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2006年4月6日公開分
 
元題「聖書の増補・改訂とは?」

副題「知的な刺激に満ちた『ダ・ビンチ・コード』」
 
 角川文庫の『ダ・ビンチ・コード』が、発売1ヶ月ほどで発行部数が百万部を突破したそうです。来月から映画が公開されるので、そのこととも関連して読む人が増えているのでしょう。
 私も、単行本の時から読もうと思いながら、それでも文庫化を待っていました。電車の中で読むことになるので、持ち歩きに便利な文庫本が重宝するからです。単行本が2冊セット、文庫本が3冊セットです。さらには、写真が100枚以上も収録されたビジュアル版もあります。しかし、これは重たい本です。
 海外の翻訳物を読む時、私はどうしても巻頭に添えてある「主な登場人物」のリストを参考にします。それが今回、なんとなく犯人が見えてきた原因となりました。上中下の3冊のうち、中巻でおおよそわかりました。犯人探しにはあまり興味がないので、どうでもいいことですが。

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 何かと話題になっている割には、この本はそんなに長く読みつがれることはないように思われます。おもしろい話です。しかし、その反面、飽きやすいともいえましょう。もう一度読もうとは思わない人が多いと思います。
 私は、この本を読んでから、すぐに『ダ・ビンチ・コード・デコーデッド』(集英社、2006.4.10)を買いました。「デコーデッド」とは「解読」の意味なので、これは謎解き本です。すでに、『ダ・ビンチ・コード』の嘘を暴く式の本が何冊か書店に並んでいます。しかし、これは、そうした興味本位一色ではないようなので買いました。でも、まだ読んでいません。このブログを書くまでは、自室のこれから読む本を並べた書棚に置き、頁を繰るのは我慢しています。この本は、ようやく明日から読むことになります。

 『ダ・ビンチ・コード』を読んで、私は、登場人物の一人である英国人の宗教史学者ティービングの、次のことばに興味を持ちました。

聖書は人の手によるものだということだ。神ではなくてね。雲の上から魔法のごとく落ちてきたわけではない。渾沌とした時代の史記として人間が作ったもので、数かぎりない翻訳や増補、改訂を経て、徐々に整えられた。聖書の決定版というものは、歴史上一度も存在していないのだよ(文庫・中・130頁)


 このくだりの「増補、改訂」に、私は反応しました。私は、現在伝わっている『源氏物語』が、紫式部一人が執筆した作品だとは思っていません。いろいろな人の手が入った、いわば「増補・改訂」されたものを、今読んでいると思っています。だから、こうした記述に出会うと、つい反応するのです。聖書もそうなのか? と。
 そして、次の箇所では、エジプトやインドへと思いが飛びました。

十二月二十五日はエジプトのオシリスや、ギリシャのアドニスとディオニュソスの誕生日でもある。また、インドのクリシュナが生まれたときには、イエスと同じく金貨と乳香と没薬を贈られている。キリスト教の毎週の聖日すら、異教から借用したものだ(132頁)


 私はキリスト教について疎いので、おもしろい指摘だと思いました。
 さらには、次もそうです。

“神の子“というイエスの地位は、ニケーア公会議で正式に提案され、投票で決まったものだ」(134頁)


 こうしたことは、学問的にはどうなっているのか、興味があります。ティービングの語ることは、まだ続きます。今度は、少し長い文章を引用します。非常に問題のある箇所だと思います。

コンスタンティヌスは資金を提供して新たな聖書を編集するよう命じ、イエスの人間らしい側面を描いた福音書を削除させ、神として記した福音書を潤色させた。以前の福音書は禁書とされ、集めて焼却された(中略)
 コンスタンティヌスが抹殺しようとした福音書のなかには、かろうじて残ったものがある。一九四〇年代から五〇年代にかけて、パレスチナの砂漠にあるクムラン付近の洞窟で、死海文書が発見された。そして、一九四五年にはナグ・ハマディでコプト語文書が見つかっている。これらは聖杯の真実の物語を記すとともに、イエスの伝道を実に人間くさく描いている。もちろんヴァチカンは、情報操作の伝統に則って、文書の公開を懸命に阻止しようとした。まあ、当然だろうな。これらの文書によって、史実とのあからさまな矛盾や欺瞞が露見し、今日の聖書が改竄編集のたまものであることが疑問の余地なく立証されるのだから。イエス・キリストという男こそ神であると言い広めて、その影響力を権力基盤の安定のために利用してきたことが発覚してしまう(136頁)


 聖書が編集された背景、とでもいうべきものが暗示されています。「今日の聖書が改竄編集のたまもの」だという記述は、その真偽を調べたくなります。その聖書の編集者に関して、ティービングはさらに次のように語りを展開させていきます。

かつての教会は、人間の預言者であるイエスが神だと世間を納得させなくてはならなかった。それゆえ、イエスの生涯の世俗的な面を記した福音書を、すべて聖書から除外した。しかし昔の編集者にとっては不都合なことに、とりわけ扱いにくいひとつの話題が数々の福音書に繰り返し現れていた。それがマグダラのマリアだ(153頁)


 最後にもう一箇所、興味あることばを引いておきます。

イエスは男女同権論者の草分けだ。教会の未来をマグダラのマリアの手に委ねるつもりだった(161頁)プラム


 ここで引いたこれらのことばは、すべて中巻にあります。この本は、この中巻までが一番盛り上がります。そして、下巻に入ると、徐々におもしろくなくなりました。読後感は、肩すかし、というのが正直なところです。後半がもったいないように思えます。でも、知的な刺激を与えてくれた点では、いい作品といえましょう。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
posted by genjiito at 19:45| Comment(0) | 読書雑記

2018年12月01日

古都散策(69)紅葉真っ盛りの大和でお茶のお稽古

 今日は、大和平群でお茶のお稽古をする日です。月に2回、休まずに通っています。
 東京で仕事をしていた頃は、なかなか来られませんでした。それでも年に数回ながら細々と続けて来たということもあり、辞めることもなく今につながっています。

 駅前を流れる龍田川は、今がまさに紅葉時です。

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 山道の木々も、彩りが鮮やかです。

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 今日は、入子点のお稽古をしていただきました。前回は、曲げ物の建水を使いながらも、丸卓を置いての普通のお点前でした。しかし、この入子点の方が、我が家でお茶を点てるのにふさわしいと思っています。老人向けとも言われているようですが。

 しばらくやっていなかったので、危なっかしい所はそれとして、自分ではほぼ流れがわかっているつもりです。特に、最後の場面で、右手に棗、左手に茶碗を持ち、一気に持ち上げて目の前の天板にかざる動作をする、この最後の瞬間が気に入っています。壮付けの形もきれいです。
 終わってから、使った道具がそのまま残されているのです。同じ空間を共有した方との、その後の語らいの場を盛り上げてくれるのです。

 次回は、濃茶でこのバージョンを自分のものにしたいと思っています。

 今日の京都タワーも、すっきりとした上品さを感じました。

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 駅前は、バスに乗れないほどの大混雑です。乗り込んでも、「扉が閉まりません、扉が閉まりません、扉が閉まりません」というアナウンスが、延々と車内に響きます。
 今日から師走となり、京洛はますます人が多くなりそうです。
 観光のマナーを守ってほしい、と願うのみです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:03| Comment(0) | 古都散策

2018年11月30日

最近見た視覚障害者に関する映画2本

 映画『光』(2017年公開、河瀬直美監督)を観ました。
 視覚障害者のために、映画の音声ガイドを制作する尾崎美佐子は、視力を失いつつある天才カメラマン中森雅哉に出会います。音声ガイドをする女性の苦悩を描く映画です。
 「砂像」のナレーションに対して、意味は何かというクレームが雅哉から付き、最後は、「砂の女性像」となるなど、言葉による表現の問題が扱われています。音声でガイドをたくさん入れてもらうと、主観が入っているようで押し付けがましい、という討論などもあります。
 「生きる希望に満ちている。」というガイドに対して雅哉は、年寄りはいつ死ぬかわからないと思っているのでそのガイドは何か、と言い、言われた美佐子は考え込みます。削り過ぎていて、空間を再現できない、という意見が出たりもします。あるいは、作品の重厚感を壊したガイドになっている、とも言われたりします。スクリーンを観ているというよりも、その中にいるとか、大きな世界を言葉が小さくしているとも。
 ガイドの文章を作成した美佐子は、見える、見えないの問題ではなくて、想像力の問題だと反論。それはどちらなのか、とのアドバイスもあり、音声ガイドの難しさが浮き彫りになっていきます。
 目が見えなくなっていくカメラマン雅哉が、かつて父に連れて行ってもらった夕陽に照らされた山に美佐子を連れて行くシーンが印象的です。


 次に、映画『ブランカとギター弾き』(2015年イタリア製作、2017年に日本公開、長谷井宏紀監督)も観ました。
 フィリピンのマニラで路上生活をする孤児の少女ブランカと、目が見えないギター弾きの老人ピーターの2人が織り成す物語です。ブランカは、「3万ペソで母親を買います」というビラを撒き、お金を集めることに奔走します。そして、買えるものと、買えないものがあることを知るのでした。大人は子供を買うのに、という理屈はショッキングです。お金持ちと貧乏人はなぜいるのか、という問いもあります。
 最後のシーンでの、感動的な笑顔が忘れられません。
 そしてエンディングで、盲目のギター弾きピーターは本作品完成後、ヴェネツィア音楽祭の後に突然の病により亡くなった、との字幕が流れます。それを見て、また感激が増幅しました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | 視聴覚障害

2018年11月29日

科研[海外へいあんぶんがく情報]のHPが本格的に始動

 遅れに遅れていた科研のホームページが、本日ようやく動き出すことになりました。

 採択されてすぐの昨年4月下旬から、その研究成果を公開するホームページの構築に着手しました。しかし、不可解な問題や疑問が伏流する中に身を置き、一年後のこの初夏には、担当することとなっていた業者とは関係を解消しました。
 それまでの経緯は、本ブログに報告した通りです。昨年5月以降の経緯は、この科研が終了してから報告します。

 今日は、新たにお世話になる東京の業者と、科研に関する業務の契約に関して、大学の事務責任者と共に正式な契約書を交わす手続きを終えました。月末の超多忙な日に、関西国際空港に近い所とはいえ、わざわざこのことだけのために遠路お出でいただいたことに感謝しています。

 この2年間、多くの方々のご理解とご協力をいただいたおかげで、膨大な成果が上がっています。年末年始は不眠不休で、情報公開の遅れを取り戻すことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:57| Comment(0) | ◆情報化社会

2018年11月28日

京洛逍遥(522)下鴨神社の紅葉-2018-

 今秋の颱風の後、下鴨神社の境内の木々は大きな痛手を負いました。
 まず、印納社が建て替えられていました。

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 これまで、ここ下鴨神社の紅葉はあまり注目していませんでした。よく見ると、なかなかいいものです。

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 河合神社も、いい雰囲気の一角に望めます。

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 復元された瀬見の小川も、紅葉が映える工夫がなされていました。

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 旧三井家下鴨別邸の望楼は、紅葉越しに見るとまた格別です。

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 この糺ノ森は、晩秋も楽しめることを実感しました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:30| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年11月27日

NPO-GEMに寄贈していただいた『御物 各筆源氏』(復刻版)

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が「be京都」で開催している「町家 de 源氏物語の写本を読む」に参加なさっているTさんから、東山御文庫蔵『源氏物語』(通称『御物 各筆源氏』)の復刻版(影印本)を頂戴しました。

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 これは、静岡県のT氏が所有なさっていたものを、Tさんが間に入ってNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に届けてくださったものです。
 この寄贈のお話は、先週土曜日の源氏の会で伺い、それが早速、2個口の荷物として本日届いたのです。
 T氏とTさんに、ここに拝受のことを記して広く報告し、お礼にかえさせていただきます。ありがとうございました。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で、大切に管理します。
 『源氏物語』の「変体仮名翻字版」による本文データベースを構築する時の翻字用資料として役立てます。また、多くの方々に、『源氏物語』の古写本の姿を実見していただく上での、大切な資料として、会員を通して永く伝えて行きたいと思います。

 この『源氏物語』について、特に収納箱と写本の書誌に関しては、別冊の『東山御文庫蔵 源氏物語(各筆源氏)解題』(阿部秋生、秋山虔、池田利夫編、日本古典文学会・貴重本刊行会、昭和61年11月)の巻頭にある「書誌」(池田利夫担当)より引用して、参考情報とします。

   (1)収納箱

 本体を収納する金蒔絵の塗箱と、これを覆う黒塗の外箱とよりなる。外箱は盒に作り、蓋をした状態で縦四一センチ、横二五・二センチ、高さ二八センチである。身の部分は低く、台座風に作られたその下に緑色の平紐が通してあり、蓋の上で結ぶ。蓋の表には、上述の二枚の白い紙片が貼られ、中央の一枚は縦三一・六センチ・横八・七センチで「宸筆源氏物語」と墨書されており、この右に頭を揃えて貼られている縦一四・二センチ、横六・五センチの一枚には「源氏物語(傍記:宸筆以下)」と記されている。現在は、二枚の紙片を覆うように鈎形に切った半透明の薄様斐紙で外縁を糊付けしてあるので、以上の文字が透けて見えるのである。
 内箱は四つの抽出しを収納している。全体が黒漆地で、表全面は菊花葉文の金蒔絵が施され、花芯には螺鈿があしらわれている上、頭部四周は金箔卍繋ぎの文様に縁取ってある。側面の一枚蓋を外すと、中は上下二段に分かれ、各二つの抽出しが仕切りなしに接して収められている。抽出しの箱も黒漆塗地であるのは本体と同じであるが、前後が刳貫きになっていて、外側は撫子が群生する金蒔絵仕上げになっている。そして上縁を刳貫き部分を含めて天金とし、内側は金箔で裾縞様に装飾される等、総じて贅を尽した作りなのである。
 四つの抽出しに『源氏物語』五四帖を分納するのはもちろんであるが、それぞれに斐紙で包んだ小形の色紙が配され、収納されている抽出しごとの巻名が記されている。「付属文書」の項で述べるが、古筆了和の鑑定によると、烏丸光広の筆になるという。ただ箱の文様を始め、鍵の銀金具などにも旧蔵者を想定させるような紋章はないが、古筆了仲の副状の一節に「一家之重宝のみならす本朝之隹■」とあるのから察すると、この鑑定以後、皇室に献上されたかと思われる。

   (2)本体書誌

 すべて一巻一帖仕立ての写本五四帖、列帖装の六半本である。取合せ本に、ある時期ほぼ同じ表紙を付けたとおぼしく、各巻の大きさに若干の相違がある。巻ごとの寸法は他の書誌とともに次項に一覧させたが、縦は一六・○〜一五・五センチ、横は一五・六〜一四・八センチと、相互の差は最大でも一センチに満たない。
 枡形の表紙が白茶地の厚手鳥の子紙であるのは共通しているが、文様に二種がある。一つは淡墨の霞文を引いた上を丁字で彩り、さらに草花や山水などを素描して、往々に葦手書きが見られる。ただ、澪標のみは「みをつくし」と読めて巻名と知られるが、帚木は「おり/\に」、若紫は「みや」、末摘花は「なつ」とあって意味が定かでなく、他の葦手は、その一部もしくは大部分が、左上に貼られた題簽の下になって読めない。桐壺など葦手のない巻もあるが、以上のような体裁の表紙は一〇冊に及び、これをA群と称すると、A群はすべて第一五巻の蓬生までに集中している。一方、他の四四帖は、ごく簡略に丁字の横線や螺旋を引くのみの表紙で、葦手もなく、これをB群と呼んで区別することはできるが、AB両群間に、本文の筆跡や書写年代、あるいは本文系統などとの関連は見いだせない。
 題簽は各巻共通で、赤褐色無地の縦七・九センチ、横二・八センチ(桐壺)ほどである。ここに書かれた外題は、了仲の極めに依ると、飛鳥井雅康(宋世)という。いずれにしても、葦手が題簽の下に隠れている巻があるのからすれば、後補のものであろう。そして、今は扉紙になっている各帖の第一丁表の左上には、やや小さ目の白色題簽を剥がした跡をとどめているので、現在の装丁に至るまでには変遷があったと思われる。
 見返しは金箔に空押しで、梅・撫子・繋輪・菊・薄・唐草・小松・千鳥・萩のいずれかの模様が浮き立たせてある。列帖の折数は、少くて二折、多くて七折、前付遊紙は前述の扉紙が各巻すべて一枚、後付遊紙はない巻もあり、多いのは一五枚にも達する。本文丁数は多い巻で若菜下(一五七枚)・若菜上(一三四枚)・手習(一一五枚)などであり、少いのは篝火(五枚)・花散里・関屋(各七枚)などである。そしてこれらも書誌一覧に示した。
 本文料紙は、斐紙、楮斐交漉と幾通りかあり、厚さもさまざまであるが、いずれも鳥の子紙と称して良いであろう。本文書写の毎半葉ごとの行数や、和歌の書写形式も一覧に見るとおりに相違があり、特に一帖の中で行数や形式の定まらない巻が多いのにも注意される。本文は墨付第一丁表より書写されるのが通常であるが、竹河のみは裏より写し始める。また、花散里・須磨・関屋・蛍・夢浮橋の五帖を除くと、本文に朱の句読点が施され、加えて朝顔・常夏・野分・行幸・真木柱の五帖には合点が見られる。なお、花宴の第五丁裏と第六丁表、須磨の第二七丁裏と第二八丁表とが空白になっているのは、書写に際して一枚めくり過ぎたのであろう。他に、欠丁、脱文、錯簡なども見られるが、それらについては後述する。
 印記は、いずれの巻にもない。(7〜9頁)

 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆NPO活動

2018年11月26日

目が見えない方との「新春! 東西でかるたを楽しむ会」のご案内

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」の代表者である兵藤美奈子さんから、新春企画としての嬉しい催しの案内が届きました。

 これは、東京の「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」と、大阪の「大阪点字付きかるたを楽しむ会」との合同企画です。

 今年の初夏に開催された東西合同企画の様子は、「大阪で開催された「東西でかるたを楽しむ会」に参加」(2018年05月04日)に報告しています。どのような集まりかを知りたい方は、掲載した写真などをご覧ください。
 「1日だけの参加も OK」とのことです。
 私は、両日参加する予定です。
 参加して見ようと思われる方は、下記の兵藤美奈子さんか関場理華さんにメールで連絡をお願いします。


☆「新春!東西でかるたを楽しむ会」開催のご案内



今、目が見えない人も見えにくい人も見える人も、一緒に百人一首かるたを楽しもうという機運が、全国的に高まってきています。そんなな中、今年の5月に引き続き、東京の百星の会と、大阪点字付きかるたを楽しむ会の合同企画「東西でかるたを楽しむ会」が、1月12日・13日の両日、京都で開催されます。
また、12日の午後には幅広い方が体験できる「体験会」も行います。
平成最期の新春、一緒にかるたを楽しみませんか?
初心者の方・点字が読めない方も、大歓迎です。
さあ皆さんご一緒に、レッツちはやふる!

日時:2019年1月12日(土)14時〜13日(日)12時
会場:12日午後…京都ライトハウス
   (〒603-8302 京都市北区紫野花ノ坊町11 電話:075-462-4400)
宿泊&13日…宇多野ユースホステル
   (〒616-8191 京都市右京区太秦中山町29 電話:075-462-2288)
費用:19歳以上 6,000円
   18歳以下 5,000円
   ※一泊二食と施設使用料等含む
   1日目のみ参加他の方…100円
定員:宿泊される方=20名程度

<プログラム(予定)>


1月12日(土)
13:30 受付開始(京都ライトハウス1階和室)
14:00 開会、かるた体験会(自己紹介、初心者向けワークショップ・個人戦)
17:00 体験会終了、宿泊される方はバスで移動
18:00 宇多野ユースホステル着、夕食・入浴・交流

1月13日(日)
09:00 かるた団体戦開始
11:30 後片付け・出発準備
12:00 宇多野ユースホステルにて閉会
※以下はオプショナルツアー(予定)です。
12:30 昼食(場所は未定)
14:00 JR乗車
15:00 近江神宮見学
16:00 近江神宮発
17:00 京都駅解散


申込〆切 12月5日(水)
※ただし、1日目のみ参加の場合は12月26日(水)まで。

お問い合わせ・お申し込みは、
下記いずれかまで、メールでご連絡ください。

○「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」
 代表アドレス・100boshi.hyakuboshi@gmail.com
 事務局 関場理華

○大阪点字付きかるたを楽しむ会
 代表 兵藤美奈子・putti-castle205@key.ocn.ne.jp・
 事務局 野々村好三

※ご不明な点はご遠慮なくお問い合わせください。

 
 
 
posted by genjiito at 19:31| Comment(0) | 視聴覚障害

2018年11月25日

[町家 de 源氏](第14回)(補入となぞりの確認)

 「be京都」での『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』を読む会は、昨日からストーブをつけています。急に冷え込むようになりました。

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 今回は、まず巻子本(巻物)を実際に見てもらいました。一巻になっている巻物をすべて解くと、京間の壁際2辺(7m)を占めます。巻かれている状態からしだいに伸びだすと、あれよあれよという間に壁を伝い、意外と長いことに驚かされます。
 その巻子本から冊子本になることや、和歌などを切り継ぐのに便利なことも話題にしました。
 日本の古典籍は、それが伝えられてきた形を知ると、意外と親近感が湧くものです。活字本に慣れ親しんだ現代の読書文化の中で、かつての本の実態を知ることは大事なことなのです。

 この日は、9丁表の4行目「とりへ【山】・もゑし・个ふも/ふ+里」からです。
 ここで、「ふも」の間に補入記号の「◦」を付けて、その右横に「里」が書き添えられています。

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 写本で使われている記号の話から、「まる」「ぜろ」「オー」を筆でどう書いたのかを、みんなで考えました。この補入記号の「◦」が、ミセケチ記号の「˵」や「ヒ」と紛らわしいことも、ここで確認しました。

 「那く」のところでは、「く」がなぞられています。

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 その下にどんな文字がかいてあったのかを、はみ出した微かな線を頼りに、みんなでじっくりと考えました。可能性としては「う」「と」「ら」「し」などなど、いろいろと考えられます。なぜ、この語尾の所でなぞった上に墨継ぎをしているのかも、説明し難い状況です。

 先の補入記号のことに始まり、このなぞりの状態をどうみるのか、ということなどで、みんなであれこれとその可能性を語っているうちに、あっという間に時間が経ちました。
 そんなこんなで、3行分しか読めませんでした。
 次回は、9丁表の6行目「あ可【月】の」から読みます。

 来月の第15回は、12月22日(土)14時〜16時まで。
 新年の第16回は、1月20日(日)10時〜12時までです。

 ご自由に参加していただける会です。この記事のコメント欄を利用して連絡をいただけると、詳しい説明を差し上げています。
 
 
 
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2018年11月24日

科研のHP[海外へいあんぶんがく情報]が半歩前進

 現在取り組んでいる、科研(基盤研究A)「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)の研究成果を公開するホームページが、昨春(2017年3月31日)より進展していませんでした。

 これまでに準備したホームページ[海外へいあんぶんがく情報]のデザインを含めての経過(昨年12月末まで)は、「昨春採択の科研(A)のホームページが公開できない理由(7)」(2018年04月18日)などに詳しく報告した通りです。
 昨秋より紆余曲折はあったものの、大学から紹介されたIT業者とは今春決別し、今は心機一転、心強い助っ人を得て、新しいホームページ「海外へいあんぶんがく情報」の構築に取り掛かかるところです。
 そして、やっとのこと、このことを公に告知できるようになりました。

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 まだ、「2019.4 Website Released.」という一枚のバナーを追加しただけです。しかし、この一枚のバナーを貼り付けるだけでも、1年半以上にわたり膨大な時間と労力を費やさざるを得ない事態に巻き込まれていたのです。消化管を持たないひ弱なこの身体が、よくも持ちこたえられたものだと、いまさらながら感慨深い想いの中にいます。

 これからは、来年4月にこの2年間の成果を正式に報告できるように、集めた膨大な情報と研究成果を整理することに努めます。インド・ミャンマー・ペルー・アメリカで調査をしたことが中心となります。そのなかでも特筆すべき成果は、ビルマ語訳『源氏物語』を発見し、その翻訳者を研究会に迎え、日本語への訳し戻しもしたことです。

 研究分担者と連携研究者の諸先生方はもとより、プロジェクト研究員の大山さん、研究協力者として私の研究室に出入りしている7人の学生たち(池野・門・田中・松口姉妹・ナイン・チャンさん)、東京からこの科研を支援してもらっている研究協力者の淺川さん、さらにはデザイナーの塔下さんの力を借りて、お役に立つ平安文学情報を発信するための作業を鋭意進めます。やっと、学生たちには本来の仕事をやってもらえます。

 どうにかこうにか、ここまで漕ぎ着けました。一歩前進とまでは言えないので半歩です。情報公開については、入口に立ったまでです。これまで、何度か挫けそうになった気持ちを支えてくださった方々に感謝をしながら、来春の正式公開に向けてこのまま進んでいきます。

 今後とも、情報提供を含めた温かいご支援を、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 
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2018年11月23日

藤田宜永通読(31)『彼女の恐喝 Blackmail』

 藤田宜永の『彼女の恐喝 Blackmail』(2018年7月、実業之日本社)を読みました。

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 通読し終えて、犯罪を犯す者に罪悪感が希薄な設定に物足りなさを感じました。恐喝に殺人、そして別人への成りすましなどなど、成り行きで実行されます。人間への切り込みが浅いのは、人間を見つめる鋭さと深さに欠けるせいです。特に、男と女の心理の読み合いには、スナックでのおもしろおかしい痴話の域を出ていません。
 相変わらず、藤田宜永は書き出しが粗雑です。第2章「国枝悟郎の秘密」からおもしろくなるので、お急ぎの方は「プロローグ」を読んだら、第1章の109頁分は読み飛ばしてもいいかと思います。
 なお、第3章「下岡文枝の疑い」は、登場人物が整理されないままに話が展開し、収束します。これは読者に対して、あまりにも不親切です。再度ストーリーを整理して改編したら、もっとおもしろい話になりそうです。
 藤田宜永については、初期の犯罪小説や冒険小説がおもしろかったので、以来この藤田作品を追っています。不慣れな恋愛小説で低迷した後、今は気抜けしたおじさんの話と共に、若かりし頃のパワーが少し感じられる作品が産み出されようとしています。読み続けることで、一人の作家の変転を見つめて行きたいと思っています。こんな小説の読み方があっても、いいのではないでしょうか。【2】

 [memo]嫌な人をやり過ごす会話の手法
 「さ、し、す、せ、そ 理論」
 「さあね」「しらない」「すてき」「せっかくだから」「そうね」を繰り返すこと。(21頁)
 
 
 
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2018年11月22日

キャリアアップ講座(その12)『源氏物語』のくずし字を読む(白熱した討議)

 早くも学内の一角には、クリスマスツリーが飾られています。

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 今日の社会人講座は体調不良の方が多く、男性3人と女性2人の6人で始まりました。

 まず『拾遺和歌集』の複製本を見てもらいました。前回に引き続き、日本の古典籍の実態を実見してもらおうと思ってのことです。列帖装の装丁や表紙のありようを、じっくりと見てもらいました。

 次に、ちょうど今日は千年前に、藤原道長が「この世をば我が世とぞ思ふ望月の〜」と詠んだ日だということで、そのことを報じた今朝の京都新聞を配って確認しました。昨夜の満月を見たという方がいらっしゃいました。皆さまと一緒に、窓を開けての月見ができなかったことが残念です。

 スムースに『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編、新典社、2015年10月)を読み進んでいた時でした。読み始めて1行半のところに出てきた、「いとゝ」の踊り字の説明をしているうちに話が脱線し、日本の文化が海外の方々に正しく理解されているのか、という問題にまで及びました。近隣諸国の日本理解に始まり、イエスかノーの2つに分けられない日本的な発想について等々、まさに自由な意見交換の場となりました。つまるところ、過去の歴史を今のモノサシで測るのはいかがなものか、ということだったかと思います。

 1時間以上、参加者のみなさまが想い想いの意見を述べながら、年中行事の話で落ち着きました。ハロウィンは定着するのか、という問題も含めて。

 熊取町には、まだ町内会が機能していて、地蔵盆や鬼灯市が残っているそうです。日本文化を語り合うには格好のメンバーが揃っていたのです。そんなこんなで、語り尽きせぬ想いを温めながらの散会でした。

 次回は、巻物を見てもらうことにしました。
 『源氏物語』を読み進めなかったことはそれとして、50、60、70台の熟年世代が意見交換の楽しさを満喫できたことは、貴重な時間の共有となりました。得難い時間となったことも、今日の収穫です。

 3時間半をかけての帰り道、途中の乗り換え駅である梅田から、観覧車越しに優雅な満月を望めました。

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 京都の自宅前からも、澄み切った夜空にきれいなまんまるのお月さまが見えました。

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 千年の時が、一気に身近なものとして感じられました。
 期せずして、今日は「いい夫婦の日」でもあります。
 平凡な日々の中で、満ち足りたお月見となりました。
 
 
 
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2018年11月21日

清張全集復読(29)「乱気」「雀一羽」「二階」

■「乱気」
 加賀の前田利昌は、柳沢吉保に可愛がられていました。しかし、織田秀親が何かとライバルとして立ち現われてきます。
 将軍綱吉が亡くなってから、利昌の生き様が変わります。綱吉に正一位を贈位する儀式で、利昌はあろうことか秀親と協力しなければならない役が当たります。困りました。同じような役目で、浅野内匠頭と吉良上野介の刃傷沙汰が思い合わされます。今回は、秀親からどんな意地悪をされるか、わかったものではありません。気が重いのでした。神経質過ぎる男である利昌を通して、人の心の中で思い込みが増殖拡大する様が丹念に描かれます。
 最後の意外な結末は、人間が考えることのあやふやさを、いや増しに煽るものとなっています。【4】
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(1957年12月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
この殺人事件は一見「不条理」にみえないこともない。そこがわたしの興味をひいた。(550頁)

 
 
 
■「雀一羽」
 元禄年間のこと。五代将軍綱吉は、生類憐愍の令を出しました。謹厳実直な旗本で順調に出世していた内藤縫殿の若党で、喜助という男が、酒の勢いもあって雀を殺します。そのことが原因で、縫殿は御書院番組頭の役職を罷免となったのです。柳沢吉保の処置でした。
 その後、生来余裕のない小心者だった縫殿は、15年間も無役のままで放置されます。いつかいつかの思いは、なかなか叶いません。ようやく綱吉は亡くなり、家宣が六代目を継ぎました。生類憐憫の令は廃止。雀一羽のことで15年間も腑抜けの生活を強いられた縫殿は、依然として音沙汰のないままに放置されています。しまいに縫殿は、隠居した柳沢吉保への恨みが嵩じて狂態を見せるようになります。小心者であったがゆえの豹変。その人格の変転がみごとに描かれていきます。これだけの感情の起伏が描けた作者清張には、身に覚えのある体験が裏打ちされた心情なのでしょう。いたたまれなくなるほどの表現が、読者を掴んで離しません。

縫殿の頭には、柳沢吉保への憤怒が烙きついて消えぬ。小心で正直なだけに、自分の一生を墜した彼への遺恨が凝り固って神経を狂わせた。美濃守に対する憎悪は、混濁した脳で復讐の場面ばかりの幻視がうろついている。呟きや無気味な独り喘いは、ただ、この敵に対っているだけであった。(77頁)

 妻のりえは、もう夫への対処ができません。親類筋は座敷牢に閉じ込めました。この後、ことの顛末はみごとに描き納められます。さすが清張。「この恨み晴らさでおかものか。」という言葉を読後に思いました。さらには、清張の温かいまなざしも感じられるほどの閉じ方です。『松本清張全集 37』でいうと、たったの14頁の短編です。その分量の少なさがわからなくなるほどに、充実した話としてまとまっています。【5】
 
初出誌:『小説新潮』(1958年1月)

※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
「雀一羽」は「乱気」と同じく柳沢吉保の隠退前後を背景とした。が、これはつくりごとである。わたしの「無宿人別帳」のうち「島抜け」の動機の設定と似通うものがあるが、「雀一羽」のほうが少し不自然である。(550頁)

 
 
 
■「二階」
 心満たされない男が描かれています。2年も俳句を作りながら療養所で暮らす英二は、自分の分まで働く妻に感謝しています。いつしか妻は、夫の熱意にほだされて退院させます。それが後悔につながっていくのでした。
 雇った看護婦は、とにかく良い人でした。それが、印刷所の2階で夫の世話をするうちに、お決まりの展開となります。妻は、看護婦に女を意識するようになりました。妻といる時の夫のおどおどする様子が見られます。猜疑心と闘う妻。派出看護婦に夫を略奪された妻の心情が、克明に描かれています。そして、予想通りの展開で話が閉じられるだろうと思った私を、さらに裏切る顛末となります。人間関係をめぐっての意外な結末。取り残された人間の心情がみごとに描かれた作品です。【5】
 
初出誌:『婦人朝日』(1958年1月)
 
 
 
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2018年11月20日

清張全集復読(28)「発作」「怖妻の棺」「支払い過ぎた縁談」

■「発作」
 男は月給3万円の内、結核を病む妻に今では月に3千円しか送っていません。愛人との情事と競輪に消えるため、月々の前借りと金貸しからの借金が溜まっていました。会社でも、不満ばかりです。仕事での間違いから、クビになるかもしれない不安が過ぎります。そんな男の目を通して、身辺の他人を冷静に突き放した目で描写していきます。イライラした日々の男の気持ちが、丹念に描かれます。苛立ちの中で男がしたことが、実に生々しくて、読後は読んでいた手の力が抜ける気がしました。【4】
 
初出誌:『新潮』(1957年9月)

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
衝動的な殺意が醸成されるまでの心理的な経過を描いた「不条理の文学」の秀作。(161頁)

 
 
 
■「怖妻の棺」
 弥右衛門は妻に萎縮しています。ある日、隠している女の所から帰らないことから、愛人の家で亡くなったことがわかります。しかし、家督相続の関係で、妻は遺骸を引き取ります。もっとも、死んではいなかったのですが。
 二重にも三重にも身動きが取れない男の困惑が、実にリアルに描かれていきます。そして、妻に頭の上がらない男が、ピエロのように描かれています。その死さえも、読者をごまかします。【3】
 
初出誌:『週刊朝日別冊 炉辺読本』(1957年10月)
 
 
 
■「支払い過ぎた縁談」
 しがない大学の講師が、結婚を申し込んで来ました。追いかけるように、社長の息子が求婚して来ます。山奥の田舎で、行きそびれていたこともあり、親娘は天秤にかけ、お金持ちの方を選びます。しかし、話は唖然とする結末を迎えました。作者の遊び心たっぷりの小話です。【4】
 
初出誌:『週刊新潮』(1957年12月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
そのころは、O・ヘンリーのような短編の味を狙ったものである。(550頁)

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
ブラック・ユーモア・ミステリーの快作。(80頁)


 
 
 
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2018年11月19日

第14回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週11月24日(日)午後4時から6時まで、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で14回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 テキストは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)です。

 昨日18日(日)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、この勉強会を呼びかける記事が掲載されましたので、あらためて本ブログでも紹介します。

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 今回は、「9丁表4行目」の光源氏の歌「とりへ山〜」から読みます。
 前回の内容については、「[町家 de 源氏](第13回)(変体仮名「う」と「こ」の字形)」(2018年10月14日)をご覧ください。

 700年前に書写された『源氏物語』を、変体仮名に注目して読み進めることに興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内を差し上げます。
 参加費は、初回だけは体験ということで千円です。2回目以降は二千円です。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員は割り引き特典があります。

 なお次の第15回は、12月22日(土)14時から16時まで行ないます。
 会場は、いつもの「be京都」です。
 しばし、京都で、千年前の異文化体験を一緒にお楽しみください。
 
 
 
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2018年11月18日

古都散策(68)お茶のお稽古を通して能の「紅葉狩」に行き合う

 大和平群へ行く途中で、生駒山のテレビ塔を望みました。紅葉はまだです。

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 いつものように、龍田川の上流を見下ろすと、少しずつ色付いて来ているのがわかります。それでも、今年は遅い紅葉です。

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 山道を登りながら、信貴山の方を見ました。ススキと落ち葉を焼く煙の彼方に、信貴山があります。秋から冬へと移り変わるのが実感できます。

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 今日は、炉で丸卓を使った薄茶のお稽古をお願いしました。思い出しながらお点前をしていたら、もっと肘を動かして、とか、手首だけでしない、などなど先生からのアドバイスがあります。きれいなお点前をするように、とのことです。

 お稽古の最中に、夏にやった入れ子点てのイメージが混じります。最後に、丸卓の上に柄杓を縦に置くのか斜めに置くのかや、蓋置きを手前に置いたら棗がないことに慌てたりしました。棗を置くのは入れ子点ての時だったのです。

 丸卓の下の棚に水差しを置いているので、最後に水次が必要です。新しいことに移った時には、他のことがつい思い出されて邪魔をします。

 龍田川をイメージした、紅葉を描いた茶碗が使われた時でした。「紅葉狩」をテーマにしたことを想定して、茶杓の銘を「しぐれ」にしたら、という先生からの助言がありました。
 お客様が、その背景に謡曲の「紅葉狩」があることに気付かれ、話題がそんな方面に展開したらおもしろいでしょうね、とのことです。これはまた、レベルの高いお茶席になります。

 先生の口から、「時雨を急ぐ紅葉狩、時雨を急ぐ紅葉狩、〜」という、謡曲「紅葉狩」の一節が出て来て、そのあらすじのお話におよぶと、お茶の世界から展開する遊び心がお茶室中を満たします。自分の勉強不足を知ることにもなりました。
 『源氏物語』なら第7巻「紅葉賀」と関係付ければいいのでしょうか。

 お茶のおもしろさの一端をかいま見る、刺激的なお稽古となりました。

 京都駅は、相変わらず人の波が絶えません。
 通りがかりの駅前で見上げたタワーは、鮮やかな緑と青でした。

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2018年11月17日

今夏ペルーで収集した平安文学関係の書籍を整理

 今夏、ペルーのリマに行った際、多くの日本文学関連の翻訳書の存在を確認しました。
 主な翻訳書に関しては、「エレナコハツ図書館で確認したスペイン語訳平安文学」(2018年08月13日)に、表紙の画像とともに報告しています。

 この翻訳書群については、帰国後すぐに、科研の研究協力者である淺川槙子さんから、さまざまな情報を整理した上で報告をいただいていました。そのことを、忙しさにかまけて本ブログには掲載していませんでした。今、本年度の研究活動を整理している中で、このことに気づいたため、忘れないうちに記録としてここに残しておきます。

 淺川さんから提供された情報は、以下の通りです。引用するにあたり、科研の成果物としてこれまでに編集刊行した多くの書籍と同じように、その掲載の形式を補正しています。
 今後は、これを基礎データとして、さらに詳細な書誌情報に育てて行くことになります。
 これらの書誌に関連する情報も含めて、ご教示いただけると幸いです。

(1)『源氏物語』(「夕顔」のみの訳)
・翻訳者:マヌエル・タバレス(Manuel Tabares)
・出版社/出版地:Editorial Galerna / Buenosaires(アルゼンチン)
・初版:1977 年
・再版/重版:情報ナシ
・底本:Arthur Waley,The tale of Genji(出版社・出版年は未記載)
・参考文献 
 Donald Keene, La Literatura Japonesa, Fondo de Cultura Economica,1956 
・翻訳範囲
「夕顔」巻のみである。空蝉との場面を除いた翻訳となっている。最後は、光源氏が口ずさんだ「正に長き夜」の元である『白氏文集』巻 19 律詩「聞夜帖(夜砧を聞く)」の3・4句「八月九月正長き夜 千聲万聲了る時無し」(岡村繁編『新釈漢文大系 第100巻 白氏文集4』p.318(明治書院、1990年))を翻訳した文で終わっている。
・巻名の表記
 タイトルと同じく、「La fugitiva de Chujo」である。巻名の「夕顔」をそのまま訳したものではない。「fugitiva」は「逃亡する・はかない・つかの間の」という意味である。このことについて、「「夕顔」の原文が「御忍び歩きの頃」で始まることから、御忍び歩きの光源氏と夕顔とのはかない逢瀬を示す題名にも通じる」との指摘(菅原郁子「7 La fugitiva de Chujo」伊藤鉄也編『スペイン語圏における日本文学』14頁、非売品、2004 年 9 月)もある。
・備考
 本文の前に、翻訳者自身による解説「Una Historia de Genji」(『源氏物語』の歴史)があり、紫式部や『古事記』・『万葉集』など日本文学の説明がされている。またドナルド・キーン(Donald Keene)や、長編小説『失われた時を求めて』の作者であるマルセル・プルースト(Marcel Proust)と比較した、メキシコの詩人オクタビオ・パス(Octavio Paz)の書評が掲載されている。叢書 Coleccio Avesdel Arca の1冊である。
 ※上記の解説文は『スペイン語圏における日本文学』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、14頁、2004(平成16)年)に掲載されていたもの。それをふまえて、「スペイン語訳『源氏物語』の書誌について」(『海外平安文学研究ジャーナル 2.0』71〜72頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、2015年3月11日)に、淺川槙子が情報を整理して掲載している。
 本書は架蔵本の中にはないものの、複写物はある。



(2)『源氏物語』
・タイトル:La Narrativa Japonesa
(直訳は『日本の物語:『源氏物語』から漫画まで』)
 ※翻訳ではなく、古典文学から現代文学にいたるまでの評論のようである。
・翻訳者:Fernando Cid Lucas(フェルナンド・シッド・ルーカス)
・シリーズ:Critica y estudios literarios
・出版社:Catedra
・出版年:2014年
(出版社URL)https://www.catedra.com/libro.php?codigo_comercial=150201
・メモ:Angel Ferrer Casals(アンヘル・フェレール・カザルス)による『源氏物語』の評論の他、『平家物語』、井原西鶴、十返舎一九、夏目漱石、芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫、大江健三郎、村上春樹、手塚治虫などについての論考が収められている。
(参考URL:https://kappabunko.com/2015/10/15/la-narrativa-japonesa-del-genji-monogatari-al-manga/
・表紙:下部には「蓬生」巻が描かれた扇子が掲載されている。



(3)『古今和歌集』
・タイトル:Kokinshuu
・翻訳者:Carlos Rubio(カルロス・ルビオ)
・シリーズ名:Coleccion de poemas japoneses antiguos y modernos : el canon del clasicismo
・出版社:Hiperion
・出版年:2005年
・表紙:「高砂」と書いてある。絵入版本の挿絵からとられたか。
 ※現物は未所有。



(4)『伊勢物語』
・タイトル:Cantares de Ise
・翻訳者:Antonio Cabezas Garcia(アントニオ・カベザス・ガルシア)
・出版社:Hiperion
・出版年:1988年(2版と表紙にあることから)
・表紙:慶長13(1608)年刊行の嵯峨本『伊勢物語』50段「鳥の子」(国立国会図書館に同版あり/WA7-238)
・メモ:『海外における平安文学』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、349頁、2005年)の「52番/p.63」、『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)の「p.167〜170」に初版(1979年)の情報を掲載する。



(5)『土佐日記』(英訳)
・タイトル:The Tosa diary
・翻訳者:William N. Porter
・出版社:Charles E. Tuttle
・出版年:1981年
・表紙:歌川広重『冨士三十六景 駿河薩タ之海上』(薩タ→現在の地名では薩埵)
・メモ:『海外における平安文学』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、349頁、2005年)の「96番/p.108」、1912年の初版本については『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、319頁、2014年)に掲載している。
 これまで整理した翻訳史年表(「海外源氏情報」http://genjiito.org)によると、1912年・1976年・1980年・1981年に出版されていることがわかる。



(6)『土佐日記』
 下野泉&イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン訳
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(180〜182頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。



(7)『蜻蛉日記』
 下野泉&イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン訳
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(182〜183頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。
 ※今回リマで拝受した本。



(8)『枕草子』
 下野泉&イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン訳
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(178〜180頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。



(9)『堤中納言物語』
・タイトル:La dama que amaba los insectos y otros relatos breves del antiguo Japon
・翻訳者:Jesus Carlos Alvarez Crespo(へスース・カルロス・アルバレス・クレスポ)
・シリーズ名:Maestros de la literatura japonesa, 20
・出版社:Satori
・出版年:2015年
・表紙:中村大三郎『班女』を反転させたもの。



(10)『更級日記』
・翻訳者 Akiko Imoto(井本晶子)、Carlos Rubio(カルロス・ ルビオ)
・出版地 Girona(ジローナ/スペイン)
・出版社、発行者 Atalanta(アタランタ) 発行
・出版年:2008 年
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(184〜185頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。
 ※架蔵本



(11)和歌
タイトル:El pajaro y la flor:Mil Quinientos Anos de Poecia Clasica Japonesa
 (直訳すると『鳥と花 日本の古歌の1500年』)
・翻訳者:Carlos Rubio(カルロス・ルビオ)
・シリーズ名:Alianza Literaria (AL)
・出版社:ALIANZA EDITORIAL
・出版年:2011年
・メモ:『万葉集』から与謝野晶子や種田山頭火まで174首の歌がおさめられている。
(参考URL:https://www.casadellibro.com/libro-el-pajaro-y-la-flor-mil-quinientos-anos-de-poesia-clasica-japone-sa-clasica-ed-bilingue-e-ilustrada/9788420652122/1846744
・表紙:磯田湖龍斎『名鳥座舗八景 いんこ晴嵐』(中判の錦絵、安永年間初期(1772〜1781)のもの)

 
 
 
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2018年11月16日

明浄社会人講座⑷谷口「文化人類学、人種や民族をめぐって」

 今日は、高校の授業が午後4時に終わってから、生徒の面接練習の相手を2時間ほどしました。場所は、1階入口正面にある応接室。明日が入試で、面接試験がある生徒の特訓です。
 私はいつも、面接の時には自分のことを具体的に語り、他の優等生的な答えとの違いで勝負をするように言っています。そのためには、自分らしいネタをいくつか用意しておくのです。受け答えの中では、やる気と誠意を存分にぶつけるための秘策を、いくつか伝授しました。

 それからすぐに、今日の社会人講座の会場の準備に向かいました。隙間の時間に、夕食を兼ねた軽食を口にしました。

 今日の社会人講座は、谷口裕久先生の「文化人類学、人種や民族をめぐって」と題するものです。
 スライドとプリントを見ながら、楽しい話を伺いました。

 まずは、「人種」の概念のあいまいさからでした。「あなたは何民族ですか?」という質問には、なかなか答えられないことがよくわかりました。

 グルジアやアルメニアの映像を見ながら、ノアの箱船がたどり着いた中央アジアなどに思いを馳せました。ワールドワイドな展開です。

 日本人とは何かという説明の中で、テニスプレーヤーの大坂なおみが例に出ました。「ナオミ」は旧約聖書の「ツル記」に出てくる名前でもあるのだとか。これは意外でした。

 中国からベトナムなどの調査旅行での写真は、実際のフィールドワークの時に撮影したものだったので、興味深く見ました。映画の一部を映写しての説明も、理解を深めるのに役立ちました。

 普段はあまり「人種」や「民族」について考えることはないので、視野が開ける楽しい話を伺いました。受講者の方々も、海外での調査活動の大変さに思いをはせつつも、やはり身体が丈夫でないと、という感想に落ち着きました。

 今回も、みなさまと充実した時間を共有できました。講師の谷口先生、ありがとうございました。

 次回は、アジアから南米のチリへと飛びます。これも、また、楽しみです。

第5回 12月14日(金)国際交流学部 講師/宮野 元太郎
     「考古学、摩訶不思議な古代アンデスの建築」
 
 
 
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | ◆講座-研究会